上 下
1 / 2

また、これだよ!

しおりを挟む
 そこは、どこかの建物の中だった。

 機能性だけを考えた造りで、例えるのなら、荷物の搬出入や移動だけの空間。

 思わず取り出した生徒手帳を見れば、西坂にしざか一司ひとしのページ。

「夢……じゃないか」

 嘆息した俺は、開いていた生徒手帳から視線を外した。

 中学校の制服を着たまま、どこかの内廊下を歩く。

「何だ、ここ……」


『昨日より、第三中学校の男子、西坂くんが帰宅していないと通報があり――』


 ――数年後

 俺は、高校生になった。

 東羽とうは高等学校。

「ろくに勉強できなかったからな……」

 独白した後に、溜め息をついた。

 教室で自分の席にいるが、クラスには知人だけ。

 中学校で行方不明になり、半年……ぐらいか?
 それだけ経ち、ようやく帰ってきた。

 実家での死人を見るような出迎えに、近所や友人の無神経なツッコミや、周りと一緒になっての誹謗中傷に、俺は逃げ出した。

 地元にいられず、家族や友人だった連中を捨てて、都心へ。

 新しい保護者……のような存在はできたが、前の中学の内申書にどう書かれていたのやら!

 行方不明についてはニュースになったし、金と家族がない俺は私立に行けず、公立高校の1つに振り分けられた。

 おそらくは、どこも嫌がり、押しつけ合った挙句にな?

「ハロハロ♪」

 明るい女子の声で、そちらを見る。

 桜色のような、薄いピンク色の長い髪。

 赤紫の瞳をした女子だ。

 俺は、イリナと呼んでいる。

 こいつの名字は……衣川きぬがわだ!

 衣川イリナという、芸能人みたいなフルネーム。

「よお……。卒業まで、あと何日だっけ?」

 両手を腰に当てたイリナは、息を吐いた。

「ヒト君、もっと楽しんだら? 貴重な高校生活だよ?」

「うるさい……。お前こそ、勝手に楽しんだら……何でもありません」

 目のハイライトが消えた女子は、顔を近づけたまま、俺を見た。

 耳元で、ささやく。

「そうやって、私を遠ざけ、浮気するつもりでしょ?」
「違います」

 どうして、俺はクラスメイトに敬語で話しているんだ……。

 はあっと、ため息を吐く。

 まだ怪しい目つきのイリナに気づき、話題を変える。

「そっちは?」

 欧米人のように、2つの手の平を上に向けたイリナが、呆れる。

「相変わらず! あなたの機嫌を損ねるのが怖いんでしょ?」
「お前もだ……」

 同じ顔ぶれ。

 つまらない授業と、高校のメンツ。

 同じ生徒であるのに、マウントを取り合う連中。

「うんざりだよ……」

 心配そうに見ているイリナが、提案する。

「また、違う場所へ行く?」

「コンクリートに囲まれた部屋よりは、マシさ! ……転校すれば、もっと状況が悪くなる」

 今の高校だって、ギリギリ。
 
 次は、通信制ですら危うい。

 イリナは察したのか、違う場所を見た後で、視線を戻す。

「そうね……。今は、せいぜい普通の高校生――」

 言葉を切った彼女は、目つきを鋭くした。

「気づいた?」

「ああ……。二度あることは三度ある」

 息を吐いたイリナが呆れたまま、突っ込む。

「これで、二度目だよ?」

「そうだったか?」

 言っている間に、俺たちがいる教室は、朝のショートホームルームにやってきた担任を巻き込み、光に包まれた。



「ハーイ! ディエヌスに、ようこそ! あなた方は、選ばれし勇者さまです! その力で、どんどん敵を殺してくださいね?」
 
 いかにもファンタジーで、貴族のような服装をした少女が、笑顔で言い切った。

 長いブロンドヘアーと、エメラルドグリーンの瞳だ。

 状況を呑み込めず、呆然とするクラスの連中。

 周りを見れば、使い込まれた教室から、ヨーロッパの城のようなホールに。

 我に返った担任が、まくし立てる。

「君は、誰だね!? こ、こんなことをして、学校や自治体が――」
 ボンッ!

 量販店のセール品であろう、くたびれたスーツを着た中年男は、頭が破裂した。

 そのまま、ドシャリと倒れ伏す。

 受け身をするわけもなく、遠心力によって、ゴンッと痛そうな音。

「キャアアアッ!」
「嘘……」
「おい、何だよ?」

 テレビでは、映さない。

 紛争地帯でも珍しい、頭の粉砕だ。

「対物ライフルか、搭載するガトリング砲ぐらいの威力……」

 銃口を向けておらず、銃弾らしき物体が当たった様子もない。

 脅している令嬢が、俺をジッと見た。

 全体に視線を戻し、説明を続ける。

「お分かりでしょうか? 私には、これだけの力があります。彼の犠牲をムダにしないためにも、話を聞いて欲しいのですが……」

 自分で殺しておいて、よくもヌケヌケと。

 けれど、ご令嬢は、俺たちが思考力を取り戻す前に畳みかける。

「あなた方を召喚したのは、やってもらいたい事があるからです。元の世界に戻すにしても、時間がかかります。その間に、ご検討くださいませ! しばらくは、食事などの世話を行いますので。……申し遅れましたが、私はイングリットと申します」

 選択肢のようで、選ぶ余地がない。

 派手な殺しと併せて、こいつに逆らえば、殺されるか、生活できない。と刷り込んだ……。

 洗脳、詐欺によくある手口のオンパレード。

 案の定、イリナも不機嫌。

「……時間を与えるとは、余裕があるわね?」

「内輪で話し合うほど、あの女の思い通りになるってことだろ」

 元の世界に戻せる。

 この切り札がある以上、こいつらは従うしかない。

 たぶん――

「まだ、隠し玉があるわ」

「だろうな……」



 ――数日後

 高級ホテルのような生活が続き、クラスの連中はいつものグループで話し合っていたようだ。

 俺は友人と呼べる奴がおらず、イリナは他の女子に呼ばれていた。

 例のイングリットは、営業スマイル。

「はい、注目ー! そろそろ、皆さんの返事を聞きたいのですが……」

 わざと溜めを作った女は、ぐるりと見回した後で、宣言する。

「実は! 皆さんには、秘められたスキルがありまーす!」

 ほら、来た。

 利用価値がないのに、わざわざ召喚しないし、勘違いもさせない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

弾丸より速く動ける高校生たちの切っ先~荒神と人のどちらが怖いのか?~

初雪空
ファンタジー
氷室駿矢は、いよいよ高校生になった。 許嫁の天賀原香奈葉、幼馴染の西園寺睦実とのラブコメ。 と言いたいが! この世界の日本は、刀を使う能力者による荒神退治が日常。 トップスピードでは弾丸を上回り、各々が契約した刀でぶった切るのが一番早いのだ。 東京の名門高校に入学するも、各地の伝承の謎を解き明かしつつ、同じ防人とも戦っていくことに……。 各地に残る伝承や、それにともなう荒神たち。 さらに、同じ防人との戦いで、駿矢に休む暇なし!? この物語はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ないことをご承知おきください。 また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※ 小説家になろう、ハーメルン、カクヨムにも連載中

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

令嬢様のおなーりー!

悠木矢彩
ファンタジー
アリシア・ムスタ・レイランド公爵令嬢 「おーほっほ!このアリシア・ムスタ・レイランドを知らないなんてあなたモグリですわね!!」 「お嬢…普通の令嬢はモグリなんて言葉しり…」 「お黙り!レイモンド!」 アイコンはあままつ様のフリーアイコンを使用させていただきました。

死後の世界も生きづらい?

蓮見 七月
ファンタジー
ファンタジーライトノベルを読むのが趣味の主人公。 しかし彼は警察官という職業上の理由、また親友の”死”によって逃げ込むようにファンタジーの世界に没頭する。 そしてついに彼は死ぬ。死後、彼を待ち受けたのは”死後の世界” この”死後の世界”で彼は何を見て何を感じ何を経験するのか? ハーレム、チート、魔法なし! ラノベ文学を目指してがんばります!

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

何だこのクソゲーは!?

ねこセンサー
ファンタジー
変な夢を見たと思ったら、どこかへんな空間で生きている自分。 日付が変われば舞台が変わる。 そんな妙な世界の中で、暮らし続ける主人公。 彼女がその先に見た、幸せは…

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

処理中です...