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知りすぎたんだ、あなたは……

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 夜が明ける直前の、気だるい空気。
 東の空が白々としてきた頃に、地面を見ている鑑識はまだ仕事をする。

 建設中のビルは、むせかえるような血の臭いだ。

 中年の刑事は、コンビニで買ってきた袋パンをかじりつつ、その様子を見上げていた。

「ひでーもんだ」

 相棒になっている若手の刑事が、すぐに答える。

「ええ! 殺された死体はどれも、この近くにいる組事務所の連中のようです。……奴らは白を切っていましたけど。やっぱり、抗争っすかね?」

「そっちは、専門に任せりゃいい! っと、少し待て」

 中年男が、取り出したガラケーを耳に当てれば――

浦路うらじの旦那! ザザザ……あるんですがね?』

 鉄骨に囲まれた場所だからか、電波の状態が悪い。

 舌打ちした浦路は、通話するほうに手を当てながら、指示する。

「用事ができた! ここは任せるぞ?」

「……あ、はい」

 部下らしき刑事が応じるも、その時には遠ざかる背中を見るだけ。

 ため息をついた若者は、現場で続く作業を見守った。


 ――下町にあるサウナ

 刺青を入れた客が珍しくない、古びた空間で、2人の男が汗を流していた。
 他に客はおらず、どんどん体温が上昇。

 股間を隠しているだけの浦路は、隣に座っている男に話しかける。

『んで、ネタは?』

『昨夜の建設中のビルでの虐殺だよ! いやー、これがまたビックリで――』
『買った!』

 情報屋は、もったいぶる。

『ククク……。ホシは3人だから、いつもの3倍でたのまあ』
『5倍出してやる! 男に焦らされる趣味はねえよ!』

 真面目な顔になった情報屋は、すぐに話す。

『俺も、信じられねえんだが……。大学生らしき男子1人と、女子2人だ。うち1人はセーラー服で、追われていただけ』

『残り2人が?』

『ああ! どうも、大学生がやったようで……。けど、最後に女子2人で飛び降りつつ、地上にいたヤーさんを撃ち殺したみてーでな?』


 サウナから出て、袋の中で現金を数えた情報屋は、コインロッカーの鍵を渡す。

「毎度、どうも! そっちの写真や映像はブレまくりだから、期待しないでくれ」
「料金分は、期待しているぜ」

 服を着た浦路は、足早に出ていった。

 それを見届けた情報屋は、盗み聞きした奴がいないかを探りつつ、袋のままでロッカーに仕舞い直す。

(どうせだから、サウナに入り直すかね?)

 刑事との取引のせいで、整える暇もなかった。

 今度はゆっくりと入り、水風呂によって冷やす。

 すると、こんな場末に似つかわしくないイケメンの姿。

 ジッと見られたので、警告する。

「兄ちゃん? ここは、そういう場所じゃねえぞ?」

「……失礼。少し遅かったようだ」

 優雅に会釈したイケメンは、さっそうと出ていった。

(何なんだ、ったく……)

 けれど、予想よりも多くの収入を得たことで、すぐ機嫌を直す。

(次は、虐殺されたほうに売り込みますか! 気が立っているから注意しねえと――)

 急に苦しくなった情報屋は、立ち上がろうとするも、ドタッと倒れ込んだ。

「ぐうぅっ……」
 
 近くにいた客が驚き、声をかけるも、彼はそのまま目の光を失った。


 ◇


 駅前のコインロッカーを開けた浦路は、包装を破り、中身をチェックした。

 そこに映っていたのは、セーラー服の女子高生である二条にじょうさえや、槇島まきしま睦月むつき

 和装に刀を下げた室矢むろや重遠しげとおも……。

「マジか……。その筋でも、これほどヤバくねーだろ?」

 何の躊躇いもなく、魚を下ろすようにどんどん斬っていく姿。
 邦画の撮影としか思えない。

 商店街の店は仕込みで、もう動き始めていた。

 適当に声をかけた浦路は、警察手帳と写真を見せて、尋ねる。

「セーラー服の嬢ちゃんなら、元家電屋に住んでいる西永にしながの坊主と一緒にいたぜ? 彼女かどうかは微妙だが」

「ご協力、ありがとうございました」

 理由を説明せず、いかにも聞きたそうにしている店主から離れた。

(ちょうど朝駆けになる……。このまま、突っ込むか? いや)

 武装した5人以上が返り討ちだ。

(署に応援を頼むか! 緊急通報は、まだ早え……)

 けれど、ガラケーは残りのバッテリーが不安だ。

 舌打ちした浦路は、近くの公衆電話へ向かおうと――

「すまないが、止めてくれないか?」

 立ち止まった浦路は、短めの銀髪で金色の瞳をした若い男を一瞥しただけ。

(仕事明けのホストか……)

 そう思いながら、釘を刺す。

「警察だ! それ以上は、お前をしょっ引くからな?」


 ――10分後

 緑色の公衆電話を見つけた浦路は、受話器を持ち上げ、カチカチと番号を押していく。

 プルルル……ガチャッ

『はい、江戸杯えどはい警察署です』
「刑事課の浦路だ! そっちに繋いで――」

 殺気を感じた浦路は、とっさに片手でリボルバーを抜いた。

 振り向きざまに、後ろへ銃口を向ける。

 そこには、さっき会ったばかりの若い男。
 笹西ささにし新太あらたが立っていた。

 リボルバーを向けられているのに、困ったような笑顔。

「優秀というのも、考えものだね? 知りすぎたんだよ、あなたは」
「お前――」

 手から滑り落ちたリボルバーが下のコンクリートにぶつかり、ガシャリと音を立てた。

 本人も、膝から崩れ落ちる。

 新太は、棒立ちのままで告げる。

「警察署ごとでなくて、まだ良かった」

『浦路? おい、どうした――』
 ガシャン

 ぶらぶらと揺れていた受話器を戻した新太は、浦路の資料を持ちながら立ち去った。

「彼は、ボクが待ち望んでいた人間だ……。それを邪魔するのは、やめてくれ」
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