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第二章 月光の下でのかぐや姫の娘
お前のもの(死亡フラグ)は俺のもの
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「いやー! まさか、海豚(ハイツン)に会えるとはな?」
嬉しそうに言ったのは、VRの釣りゲームで知り合ったフレンドだ。
30代後半の男で、経験と体力がピークになっている頃。
長い黒髪だが、薄い青の瞳をしている。
俺は海豚で、目の前の男は|熊猫(ションマオ)と名乗っていたが――
「よく分かりましたね?」
「まーな? 声だけでも、意外と気づくものだ」
いかにも武術家という雰囲気の男は、腕を組んだまま、うんうんと頷いた。
声から年上と知っていたが、意外に若い。
傍にいる男子高校生が、俺を見た後で、熊猫のほうを向いた。
「那是谁?(そいつは誰だ?)」
「就是――(えっと――)」
熊猫が、大陸語で話し始めた。
ネイティブ同士の会話で、聞き取れず。
けれど、すぐに終わる。
男子高校生は、俺に会釈した後で離れた。
熊猫が、こちらを向く。
「海豚はどうして、ここにいるんだ? お前、日本生まれの日本人だろ? いや、来るなってわけじゃないけど……。まさか、ウチの門下生?」
ネトゲと同じ、マイペースな話し方。
念のため、敬語の有無を確認したが、構わないそうだ。
ここの大陸人のグループは遠巻きで、邪魔せず。
その視線を感じつつ、答える。
「俺は関係ないんだけど、付き添いで……」
時翼月乃のほうを見た。
何かを察した熊猫が、俺に視線を戻す。
「あの子の名前は?」
「すまん。本人に確認しないと……」
「そ、そうか……」
熊猫は心ここにあらずで、明らかに挙動不審だ。
しきりに、月乃のほうを見ている。
(ここで真実を伝えるべきかどうか……)
おそらく、一時的な滞在だろう。
このまま別れたほうが、お互いのためか。
「そう言えば、熊猫は大陸で忙しいのだろう? 長くいるのか?」
「ああ! ここで武術を教えている先生に会いに来たんだ。ちょうど帰るところでな? 本当は、お前とも少し手合わせをしてみたいんだが」
彼は、疲れ切った雰囲気で、無理に笑顔を作る。
よく分からないが、楽しい話題ではなかったようだ。
「そっか……。また、いつものネトゲで――」
俺の別れの言葉は、先ほどの男子高校生の叫びで途切れた。
大陸語だ。
それを聞いた熊猫は、血相を変えた。
同じく、大陸語で叫びつつ、そちらへ足早に移動する。
◇
奥の間。
大陸街にある武道場だが、ここは洋風だ。
先ほどの熊猫と男子高校生を含めて、俺たち4人がソファーに座っている。
さらに、影が薄い初老の男が1人。
すでにお互いの自己紹介を済ませており、その初老の男、季 一诺(チー・イーヌオ)――月乃の母親を大陸から逃がした人物――が事情を説明した後だ。
誰もが、口を閉じている。
大陸の高そうな茶と菓子は、それぞれの前に置かれたまま。
男子高校生の永 飛龍(ヨン・フェイロン)が、顔を上げた。
「老師から『時翼を見逃して欲しい』と嘆願され、それを受けた。が! それは出会わなければ、の話だ! こうして顔を合わせた以上、もはや開門搏撃拳の宗家、次期宗家候補として話さざるを得ない。……日本とはいえ、ここは拠点の1つだ。俺たちが会ったことは門派に知れ渡る。時翼の素性もな?」
今さら、見なかったことにはできない、と。
飛龍は、ガチガチに固まっている時翼月乃を見た。
「室矢については、ベラベラと喋らなければ、それでいい。ウチの門下生や同胞ではなく、お前の付き添いに過ぎん。親父のネトゲ仲間のようだしな? 問題は、お前の処遇だ」
ため息を吐いた飛龍が、尋ねる。
「先に確認しておくが……。お前は、自分の素性をどこまで知っている?」
「老師には武術を教えてもらったけど、お母さんと知ったのも初等部の高学年ぐらいだったし……」
「親父? ここまできたら、全て説明しろ」
――1時間後
自分の出生にまつわる秘密を知り、呆然自失の時翼月乃が、こちらです。
付き添いだった俺も、巻き添えになりました。
熊猫こと永 俊熙(ヨン・ジュンシー)が、おずおずと尋ねる。
「つき……時翼は、俺たちと一緒に来る気はないか?」
俺のほうをチラリと見た月乃は、自分の父親に向き直る。
「ど、どうして?」
(言われた直後に聞かれてもな?)
心の中で突っ込むが、俺の出る幕ではない。
傷ついた様子の俊熙は、口ごもる。
「そ、そうだよな? 急に言われても――」
「ハッキリ言ってやれ、親父! 時翼、お前が選べるのは3つだけだ」
――開門搏撃拳の門派、または指定した誰かと結婚する
――大陸にある本拠地へ移住して、国籍も変える
――暗殺される
パクパクと口を開けた月乃は、すがるように俺を見つめた。
けれど、飛龍の説明は続く。
「宗家の直系であるため、その技が不十分で決して名乗らずとも関係ない! お前の子孫が『開門搏撃拳の正統である』とすれば、いらぬ火種になる」
「だから……。ボクを連れていくか、消すと?」
絞り出すような、月乃の声。
頷いた飛龍は、冷徹に告げる。
「そうだ」
「すまない、時翼……。俺を父親と思わなくてもいいが、お前が殺されるのだけは許せない! それ以外を選んでくれ」
俊熙の追撃に、月乃はさらに俺のほうを見つめた。
死亡フラグ。
死亡フラグ。
(またか……)
原作の【花月怪奇譚】を生き延びたと思えば、コレだ!
けれど、千陣流の宗家としての家督争いで命を狙われ続けた俺には、他人事ではない。
知らず知らずのうちに、声に出ていた。
「板村迦具夜……」
その場にいる全員が、注目した。
構わずに、続きを述べる。
「迦具夜への文句は、俺に言え」
嬉しそうに言ったのは、VRの釣りゲームで知り合ったフレンドだ。
30代後半の男で、経験と体力がピークになっている頃。
長い黒髪だが、薄い青の瞳をしている。
俺は海豚で、目の前の男は|熊猫(ションマオ)と名乗っていたが――
「よく分かりましたね?」
「まーな? 声だけでも、意外と気づくものだ」
いかにも武術家という雰囲気の男は、腕を組んだまま、うんうんと頷いた。
声から年上と知っていたが、意外に若い。
傍にいる男子高校生が、俺を見た後で、熊猫のほうを向いた。
「那是谁?(そいつは誰だ?)」
「就是――(えっと――)」
熊猫が、大陸語で話し始めた。
ネイティブ同士の会話で、聞き取れず。
けれど、すぐに終わる。
男子高校生は、俺に会釈した後で離れた。
熊猫が、こちらを向く。
「海豚はどうして、ここにいるんだ? お前、日本生まれの日本人だろ? いや、来るなってわけじゃないけど……。まさか、ウチの門下生?」
ネトゲと同じ、マイペースな話し方。
念のため、敬語の有無を確認したが、構わないそうだ。
ここの大陸人のグループは遠巻きで、邪魔せず。
その視線を感じつつ、答える。
「俺は関係ないんだけど、付き添いで……」
時翼月乃のほうを見た。
何かを察した熊猫が、俺に視線を戻す。
「あの子の名前は?」
「すまん。本人に確認しないと……」
「そ、そうか……」
熊猫は心ここにあらずで、明らかに挙動不審だ。
しきりに、月乃のほうを見ている。
(ここで真実を伝えるべきかどうか……)
おそらく、一時的な滞在だろう。
このまま別れたほうが、お互いのためか。
「そう言えば、熊猫は大陸で忙しいのだろう? 長くいるのか?」
「ああ! ここで武術を教えている先生に会いに来たんだ。ちょうど帰るところでな? 本当は、お前とも少し手合わせをしてみたいんだが」
彼は、疲れ切った雰囲気で、無理に笑顔を作る。
よく分からないが、楽しい話題ではなかったようだ。
「そっか……。また、いつものネトゲで――」
俺の別れの言葉は、先ほどの男子高校生の叫びで途切れた。
大陸語だ。
それを聞いた熊猫は、血相を変えた。
同じく、大陸語で叫びつつ、そちらへ足早に移動する。
◇
奥の間。
大陸街にある武道場だが、ここは洋風だ。
先ほどの熊猫と男子高校生を含めて、俺たち4人がソファーに座っている。
さらに、影が薄い初老の男が1人。
すでにお互いの自己紹介を済ませており、その初老の男、季 一诺(チー・イーヌオ)――月乃の母親を大陸から逃がした人物――が事情を説明した後だ。
誰もが、口を閉じている。
大陸の高そうな茶と菓子は、それぞれの前に置かれたまま。
男子高校生の永 飛龍(ヨン・フェイロン)が、顔を上げた。
「老師から『時翼を見逃して欲しい』と嘆願され、それを受けた。が! それは出会わなければ、の話だ! こうして顔を合わせた以上、もはや開門搏撃拳の宗家、次期宗家候補として話さざるを得ない。……日本とはいえ、ここは拠点の1つだ。俺たちが会ったことは門派に知れ渡る。時翼の素性もな?」
今さら、見なかったことにはできない、と。
飛龍は、ガチガチに固まっている時翼月乃を見た。
「室矢については、ベラベラと喋らなければ、それでいい。ウチの門下生や同胞ではなく、お前の付き添いに過ぎん。親父のネトゲ仲間のようだしな? 問題は、お前の処遇だ」
ため息を吐いた飛龍が、尋ねる。
「先に確認しておくが……。お前は、自分の素性をどこまで知っている?」
「老師には武術を教えてもらったけど、お母さんと知ったのも初等部の高学年ぐらいだったし……」
「親父? ここまできたら、全て説明しろ」
――1時間後
自分の出生にまつわる秘密を知り、呆然自失の時翼月乃が、こちらです。
付き添いだった俺も、巻き添えになりました。
熊猫こと永 俊熙(ヨン・ジュンシー)が、おずおずと尋ねる。
「つき……時翼は、俺たちと一緒に来る気はないか?」
俺のほうをチラリと見た月乃は、自分の父親に向き直る。
「ど、どうして?」
(言われた直後に聞かれてもな?)
心の中で突っ込むが、俺の出る幕ではない。
傷ついた様子の俊熙は、口ごもる。
「そ、そうだよな? 急に言われても――」
「ハッキリ言ってやれ、親父! 時翼、お前が選べるのは3つだけだ」
――開門搏撃拳の門派、または指定した誰かと結婚する
――大陸にある本拠地へ移住して、国籍も変える
――暗殺される
パクパクと口を開けた月乃は、すがるように俺を見つめた。
けれど、飛龍の説明は続く。
「宗家の直系であるため、その技が不十分で決して名乗らずとも関係ない! お前の子孫が『開門搏撃拳の正統である』とすれば、いらぬ火種になる」
「だから……。ボクを連れていくか、消すと?」
絞り出すような、月乃の声。
頷いた飛龍は、冷徹に告げる。
「そうだ」
「すまない、時翼……。俺を父親と思わなくてもいいが、お前が殺されるのだけは許せない! それ以外を選んでくれ」
俊熙の追撃に、月乃はさらに俺のほうを見つめた。
死亡フラグ。
死亡フラグ。
(またか……)
原作の【花月怪奇譚】を生き延びたと思えば、コレだ!
けれど、千陣流の宗家としての家督争いで命を狙われ続けた俺には、他人事ではない。
知らず知らずのうちに、声に出ていた。
「板村迦具夜……」
その場にいる全員が、注目した。
構わずに、続きを述べる。
「迦具夜への文句は、俺に言え」
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