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いなくなる娘より愛をこめて

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 未来の娘となる、女子高生のりょう愛花莉あかり

 それを知らないまま、近くで立つ梁有亜ありあは、順当に考える。

 自分の想いを否定されて、激怒した。
 気になっている男を貶《けな》されたこともあるだろう。

 私も、中央データ保全隊にいる身。

 彼女から情報を引き出し、次に繋げなければ……。

 しかし、カフェのボックス席にいる愛花莉は、わずか三呼吸で立て直した。

 シートに座ったまま、女子大生の母親を見上げる。

「そういう態度だから、男に愛想を尽かされるのよ……」

「何を――」
「私は、残り少ない時間を有意義に使いたいだけ! ここは騒がしいわ」

 周りはスパイだらけで、下手に喋れば、筒抜け。

 せめて連絡先の交換をしたい有亜は、焦った。

 けれど、次の発言に激高する。

「あなたが思い描いている男は、どこを探してもいませんわよ? 現実を見る気がないのなら、異世界転生をしてくださいませ」

「なっ――」
「有亜?」

 戻ってきた室矢むろや重遠しげとおに話しかけられた有亜は、反論する間もなく、自分の席へ。

 全てを知る咲良さくらマルグリットは、苦笑い。

 すごすごと戻ってきた親友を迎える。


 ◇

 
 トイレから戻ってみれば、姉妹のような母娘が険悪な雰囲気だった。

 残ったドリンクを啜った愛花莉は、入れ替わりで化粧直し。
 違う客を装っているマルグリットも、同じ場所へ。

 1人のボックス席で、ガラス越しの通路や、店内を見る。

 一般客もいるが、スパイだらけ……。

 今の俺に絡んでくるプロはいないだろう。

 そう思っていたら、超空間の戦術データリンクで、マルグリットの声。

『聞こえる? 愛花莉ちゃんだけど、同じ施設内のデパートで物色しているわよ? 逃げたわけじゃなく、サプライズをしたい感じね』

 そちらの判断で、フォローしてくれ。

『了解』


 どうしたものか……。

 食べ終わったテーブルを見ていたら、人の気配。

 いかにも、荒事に強そう。

 座っている俺が横を見れば、いつぞやに会った、ガタイが良い、スーツ姿の男だ。

 確か……。

明大めいだいでお会いした、K県警の吉見《よしみ》です! 覚えていらっしゃいますか?」

 この言い方と、直立不動の姿勢。

 さては、俺がY機関にいると聞いたか……。

「ええ。今は忙しいため、手短にお願いします」

「はい! 室矢さんと一緒にいる女子が例の事件に関係しているため、捜査に協力してもらいたいのですが」

 ふーん。

 コンビの女刑事は、外に出ている愛花莉についたか。

「明大のオープンキャンパスで次元振動研究室に行けば、彼女と話せますよ?」

 吉見は、不服そうな表情。

「行方不明者が増えており、早期解決のためにも……。それに、室矢さんの立場がどうであれ、この山はウチの管轄です! 時間が経つほど、彼女の立場は悪くなります。令状をとっての逮捕もあり得ますよ? 今は重要参考人に留まっており、素直に協力したほうが心証は良くなります」

 是が非でも、愛花莉を任意同行するか、ここで話したいか……。

「我々が先に接触した以上、それは認めません。先ほど述べたように、オープンキャンパスの日をお待ちください」

 息を吐いた吉見は、慇懃無礼に。

「分かりました……。ですが、こちらも準備を進めることはご承知おきください! オープンキャンパスの日に彼女と会えない場合は、あなたにも話を聞かせていただきます」

 ハイハイ。

 愛花莉を逃がすか、ロストすれば、お前の責任にすると……。

「約束するのは、『オープンキャンパスの日に次元振動研究室へ行けば、彼女と会い、話せること』だけです。それも、お忘れなく」

 俺の無限責任にすれば、お前たちを潰すだけ。

 察した吉見は、厳しい表情に。

「オープンキャンパスの日には、我々の判断で動きます。……それはご理解ください」

 そっちがその気なら、遠慮しないぞ?

 機動隊でキャンパスを囲み、強引に検挙しても、苦情を言うなよ? か。

「覚えておきますよ」

「……失礼します」

 吉見は、浅いお辞儀をした後で、自分の席に戻った。

 周りのスパイが、聞き耳を立てている。
 
 次元振動研究室の見学者は、過去最高を記録するに違いない。


 ◇


 カフェから出た、梁愛花莉。

 それを尾行した八代やしろ沙矢さやは、店頭のアクセサリーなどを見ている彼女に声をかけるべきかで迷う。

 しかし、明示めいじ法律大学の理工学部キャンパスで話しており、今の愛花莉が弱気に見えたことで、そのまま近づき――

「動かないで! 首の骨をへし折るわよ?」

 後ろから、聞き慣れぬ女の声。

 同時に、女と思われる手の平が、首の後ろをつかんだ。

 かなり若い……。

 そう思いつつ、立ち止まった沙矢は、相手に話しかけて――

「室矢家の者よ! 彼女はY機関が監視中! 邪魔するのなら、実力で排除するわ。……オープンキャンパスで次元振動研究室に行けば、愛花莉ちゃんと話せるわよ? カフェで、もう1人に聞いてみなさい」

 冷や汗をかいた沙矢は、相手が咲良マルグリットと気づかないまま、撤退を余儀なくされた。

 軽く両手を上げたまま、後ろの人物に答える。

「分かったわ……。戻るから、その手を離してもらえる?」

「ここでは、何もなかった。OK? 監視を残してもいいけど、それで私を詰めるのなら、本気で対応する」
 
 ため息を吐いた沙矢は、まだ粘る。

「監視は、続けていいのね?」

「勝手にしなさい」

 手を離されて、沙矢はサイドステップを踏みながら、振り返る。

 ……誰もいない。

 振り払うように頭を動かし、すぐにカフェを目指す。

 光学迷彩の魔法で見えないマルグリットは、その場に残ったまま。
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