57 / 78
致命的な人違い
しおりを挟む ベタウン子爵の居城には、大浴場があって、しかも源泉掛け流しだった。
いかにも転生者である。何故か三人で入ったが、泡プレイなどもせずに終わったのには驚いた。
ファツィオが、久々の風呂を楽しむエイリークに、遠慮したのだ。
湯けむりを透かして、うっとりと眺めてはいたが。
薬を盛ったり、策略を用いたり、とやり方はエグいが、彼もエイリークを好きなことには、間違いない。
入浴後、騎士団の面々と、無礼講と称する夕食兼宴会に同席した。
食堂のテーブルと椅子を片付け、野営みたいに、食器を床へ直置きしていた。ただし、床には織物を敷いてあり、各々の席には、クッションが用意されていた。
俺とエイリークは、ファツィオの両脇である。
「かんぱーい!」
副隊長の音頭で開宴した。皆で一斉に、肉へかぶり付く。骨付き鶏のローストが山ほど、豚の丸焼きもカット済みで並んでいる。酒は瓶ではなく、樽で用意されていた。それぞれ各自が汲んだり取り分けたりして、飲み食いするのだ。
「うめえ!」
肉で空腹を満たすと、酒を飲む。あっという間に、食堂は酔っ払いだらけになった。
本当に、無礼講である。誰も、隊長や副隊長に、お酌しに来ない。あれは、日本の悪習か。
「隊長! あのビッグベアー、過去最高のデカさですぜ」
酔った隊員が、酒入りカップ片手にファツィオへ話しかける。
俺たちは、従卒らしく、ファツィオの皿に肉を盛ったり、カップに酒を満たしたりした。彼自身は、あまり飲み食いせず、部下やエイリークに料理を勧めるのだった。
「エイリーク。この果物は、我が領地で採れた物だ。食べさせてやろうか」
「自分で食べます」
俺も、横からファツィオに肉を勧めた。
「ファツィオ様。塩漬け肉の炙りを、どうぞ」
三人とも、人前では、貴族と平民の関係を保っている。しかし、部下たちは、彼らなりの解釈をしていた。
「隊長! 俺は、嬉しいです。やっと、隊長に春が来たって、みんな喜んでいます」
「これで、俺たちも安心して、女を口説ける」
「今までは、隊長目当てに近付く女ばかりだったからな」
隊長が美形だと、部下も苦労する。
一同は、ファツィオと俺が恋仲だと思っているようだ。テントで毎朝ヤったせいに違いない。
俺から見れば、今のファツィオは、明らかにエイリークの方と親密にしていた。顔など、ほとんどキスする距離であった。
先に二人で部屋へ下がろうとしたら、ファツィオまで付いてきた。部下たちは、遠慮なく飲み続けている。
これでは、エイリークと二人きりになれる時間が、まるでない。
「ここが僕の部屋。入って‥‥そこで何をしている?」
ファツィオが咎めるより前に、気配で察したエイリークが脇をすり抜けて部屋へ飛び込んだ。
俺も一応、主を庇う体で、戸口から中を見渡す。
「いやっ。何するのよっ!」
エイリークに取り押さえられたのは、一人の侍女だった。出迎えに並ぶ列で、顔に見覚えがある。
「騒ぐな。ここに、お前の仕事はない筈だ。何故いる?」
侍女は、口を半開きにしてファツィオに見惚れ、主の冷え切った声に涙を浮かべた。ファツィオは美形だけに、冷淡な表情の効果も、てきめんである。
「お許しを。新しくいらしたお付きの方々の、ベッドメイクをし忘れていたことを思い出し、只今終えたところにございます」
「彼らの支度をするために、私の寝室へ入る必要はない」
その部屋には、俺たちが使った扉の他、両サイドにも扉が付いていた。続き部屋である。そちらの部屋へも、直接廊下から出入りできる作りになっている。つまりは、ファツィオの指摘した通りである。
「いいえ。あのっ、そういうつもりではなく」
侍女は、もはや何を言っているのかわからない言い訳を口にする。
ファツィオがベルを鳴らすと、使用人が連れ立ってやってきた。中には家政を取り仕切る、貫禄のある女性もいた。
「まあ、カシルダ。姿が見えないから、もしやと思ったら、やっぱり」
「きっちり指導しておけ。次に同様の事を起こしたら、私から直接、本家に伝える」
「そ、それだけは勘弁」
「口を閉じてカシルダ」
エイリークから引き渡された使用人たちが、取り囲むようにしてカシルダという侍女を連れ出した。
ファツィオは一人だけに、残るよう命じた。
「ここにある酒とグラスを全部下げて、新しい物を持ってきてくれ。その酒は、中身を全部捨てるように」
「かしこまりました」
使用人が退出した後も、ファツィオは室内をあちこち見て回った。ベッドの下はもちろん、布団やシーツをめくったり、ランプまで開けて何やら確認する。
俺たちは、彼のやることを目で追うに留めた。その間に使用人が、新しい酒瓶とグラスを補充した。
「大丈夫そうだ。待たせたね。部屋へ案内しよう」
一方の扉を開ける。護衛の控え室というよりは、奥方の部屋に見えた。今いる部屋と遜色ない広さで、壁紙や調度品が柔らかい印象でまとまっている。
こちらの部屋でも、ファツィオは同じように点検した。
怪しい物は、見つからなかった。
「上等な部屋を用意してくれて、ありがとう」
「どういたしまして。ユリア、お前はこっちだ」
「え?」
てっきりエイリークと二人で寝るつもりでいた俺は、腕を取られるがまま、ファツィオに引っ張られた。
エイリークも戸惑った風で、後から付いてくる。
部屋を真っ直ぐ横切って、反対側の扉に着く。
「ユリアの部屋は、ここ」
開いた先は、護衛の詰所だった。一応、ベッドとテーブルは置いてある。それで部屋が一杯になる広さだ。
「向こうの部屋で、二人寝られる。余分に部屋を使わなくてもいい」
エイリークが嬉しい口添えをしてくれる。ファツィオは、満面の笑みを浮かべた。
「ダメです。隣でイチャイチャする音を、聞かされたくありません。一晩くらい、別室で寝たっていいじゃないですか」
「わかった」
エイリークが受け入れたのは、一緒に寝たら、絶対に俺が誘う、という確信があるからだ。当たっている。
「じゃあ、お二人とも、寝る前に一杯付き合ってくださいね」
「薬、仕込んでいないよね?」
「使用人が、新しく持ってきたところを見たでしょう」
王都の騎士団へ戻れば、ファツィオも俺たちと離れざるを得ない。今夜が最後と思えば、呑みに付き合ってもいいか、という気になった。
三人でテーブルを囲む。
「ちょっと」
ファツィオが席を立ち、扉を開けて廊下を確認する。先ほどの侍女が、今夜再び侵入する心配は流石にないと思うが、他にも使用人はいる。住人が大勢いると、自邸でも気を遣う。貴族は大変だ。
「怖い思いをさせてすみません。心配なら、僕の部屋へ通じるドアを、開け放しにして、お休みになってください」
「いや、その必要はない」
エイリークが秒で断った。ファツィオは落ち込みも見せず、瓶の栓を抜き、グラスへワインを注ぐ。
「どうぞ」
グラスを軽く突き合わせて飲み干す。宴会で供されたものとはまた違った風味で、どちらも美味しい。甘い香りが鼻腔に残った。
「ところで、さっきの侍女は何なの?」
「イスキェルド男爵に農作物指導を任せている関係で、分家筋の娘を雇って欲しいと頼まれた。うちは、女主人がいないから、侍女の修行にはならない、と断ったのに、雑用係でもいいから、と頼み込まれて」
「‥‥箔付けだな」
エイリークが、ちびちびとワインを減らしながら、断じる。
ファツィオが、俺のグラスと自分のグラスに、お代わりを注いだ。薬を仕込んでいないといいのだが。試しに鑑定してみたが、単なる高級ワインだった。
「愛人とか、あわよくば妻にとか、思っていそう」
「そうなんだよ」
俺の軽口に、ファツィオが膝を叩いた。
「屋敷に入り込んだのは、あの娘だけで済んだけど、王都でも何かと話が来て、面倒くさい。僕はエイリーク様しか要らないのに。そこで、相談なんだが」
と俺に向かって提案するのは、前世の関係を引きずっていて、俺が首を縦に振ればエイリークも付いてくると思っているからだろう。
実際は違う。エイリークに捨てられないよう、俺がしがみついているのだ。
「お前、エイリーク様とここに住まないか?」
「様は要らぬ」
エイリークが突っ込む。
「すみません、エイリーク。本当はカムフラージュに、形だけでも結婚して欲しいんだけどな。とりあえず、うちの領と専属契約して、ここを拠点に冒険者の活動をしたら、どうかな?」
思いもかけない話を持ちかけられ、反応に困る。
「王都へ行っても、冒険者って基本郊外の仕事だよ。害獣が出現するのは、地方だ。競争も激しいし、移動の時間も勿体ないし、物価も高いし、生活費も大変だ。ここでお金貯めて、やっぱり王都へ行くならそれでもいい。どうせ僕、騎士団勤めで、留守が多いんだ。二人で遠慮なく過ごせるよ。エイリークとユリアが住んでくれたら安心だし、帰る気にもなる」
「執事がきちんと管理しているでしょ。私たち平民よ。同じようにはできないわ」
使用人たちも、扱いに困るだろう。それに、ファツィオの留守中に、その館でエイリークとイチャイチャできるか疑問である。
とエイリークを見て、どきりとした。
グラスは空だ。ソファに身を沈め、目をとろんとさせている。旅の終わりに緊張が切れて、疲れが出たらしい。
見ている俺まで眠気がさす。ワインの甘い香りが、いつまでも鼻に残っているのも、眠気を増した。
「独立した棟を用意してくれれば、考える。家賃は払う。契約書を作ってみてくれ」
意外な言葉だった。ファツィオが目を輝かせた。
「なら、作るまで、ここに滞在してください。数日で済みます」
「わかった。しばらく世話になる。ご馳走になった。先に休む」
エイリークは立ち上がって、先ほどの部屋へ向かった。俺も付いて行こうとすると、ファツィオも来る。
「ユリアの部屋は、あっち」
「知っているわ。ベッドへ入るのを、見届けるだけ」
それに、お前が寝込みを襲わないか、見張るだけだ。
「僕も」
二人して、エイリークがベッドへ倒れ込むのを見守った。正確には、素早くかけ布団を剥がし、エイリークが入ったところで上から布団をかけ、履き物を脱がせた。
「ちなみに」
扉を閉め、鍵をかけてから、ファツィオが言う。
「お前も結婚相手の候補だよ。エイリーク様も一緒に住む条件に限るけど。何なら、お前との子供を後継者にする。何せ、僕の童貞を奪った女だからね。考えてみてよ」
以前、エイリークと間違われて抱かれた記憶が蘇る。奪ったとは人聞きの悪い。ファツィオが勝手に捧げたのだ。
悔しいが、顔も体も美しいこの男に抱かれるのは、気持ちが良かった。悪霊に取り憑かれたエイリークに抱かれた時よりも。
気付けば、ファツィオの長い指が、服の上から乳首を弄っていた。ランプの灯りに照らされた金髪が、蠱惑的に煌めく。
「改めて、体の相性確かめておく?」
「私を満足させられるかってこと?」
あっという間にベッドへ運ばれた。美形が眼前に迫る。
「生意気な」
吐息だけを残し、ファツィオの顔が下腹部に埋もれた。熱い舌が、クリトリスを絡めとる。
「ああっ。そこはダメッ」
「エイリーク様が起きるぞ」
声を我慢すると、下の口が雄弁にヒクつき出した。
いかにも転生者である。何故か三人で入ったが、泡プレイなどもせずに終わったのには驚いた。
ファツィオが、久々の風呂を楽しむエイリークに、遠慮したのだ。
湯けむりを透かして、うっとりと眺めてはいたが。
薬を盛ったり、策略を用いたり、とやり方はエグいが、彼もエイリークを好きなことには、間違いない。
入浴後、騎士団の面々と、無礼講と称する夕食兼宴会に同席した。
食堂のテーブルと椅子を片付け、野営みたいに、食器を床へ直置きしていた。ただし、床には織物を敷いてあり、各々の席には、クッションが用意されていた。
俺とエイリークは、ファツィオの両脇である。
「かんぱーい!」
副隊長の音頭で開宴した。皆で一斉に、肉へかぶり付く。骨付き鶏のローストが山ほど、豚の丸焼きもカット済みで並んでいる。酒は瓶ではなく、樽で用意されていた。それぞれ各自が汲んだり取り分けたりして、飲み食いするのだ。
「うめえ!」
肉で空腹を満たすと、酒を飲む。あっという間に、食堂は酔っ払いだらけになった。
本当に、無礼講である。誰も、隊長や副隊長に、お酌しに来ない。あれは、日本の悪習か。
「隊長! あのビッグベアー、過去最高のデカさですぜ」
酔った隊員が、酒入りカップ片手にファツィオへ話しかける。
俺たちは、従卒らしく、ファツィオの皿に肉を盛ったり、カップに酒を満たしたりした。彼自身は、あまり飲み食いせず、部下やエイリークに料理を勧めるのだった。
「エイリーク。この果物は、我が領地で採れた物だ。食べさせてやろうか」
「自分で食べます」
俺も、横からファツィオに肉を勧めた。
「ファツィオ様。塩漬け肉の炙りを、どうぞ」
三人とも、人前では、貴族と平民の関係を保っている。しかし、部下たちは、彼らなりの解釈をしていた。
「隊長! 俺は、嬉しいです。やっと、隊長に春が来たって、みんな喜んでいます」
「これで、俺たちも安心して、女を口説ける」
「今までは、隊長目当てに近付く女ばかりだったからな」
隊長が美形だと、部下も苦労する。
一同は、ファツィオと俺が恋仲だと思っているようだ。テントで毎朝ヤったせいに違いない。
俺から見れば、今のファツィオは、明らかにエイリークの方と親密にしていた。顔など、ほとんどキスする距離であった。
先に二人で部屋へ下がろうとしたら、ファツィオまで付いてきた。部下たちは、遠慮なく飲み続けている。
これでは、エイリークと二人きりになれる時間が、まるでない。
「ここが僕の部屋。入って‥‥そこで何をしている?」
ファツィオが咎めるより前に、気配で察したエイリークが脇をすり抜けて部屋へ飛び込んだ。
俺も一応、主を庇う体で、戸口から中を見渡す。
「いやっ。何するのよっ!」
エイリークに取り押さえられたのは、一人の侍女だった。出迎えに並ぶ列で、顔に見覚えがある。
「騒ぐな。ここに、お前の仕事はない筈だ。何故いる?」
侍女は、口を半開きにしてファツィオに見惚れ、主の冷え切った声に涙を浮かべた。ファツィオは美形だけに、冷淡な表情の効果も、てきめんである。
「お許しを。新しくいらしたお付きの方々の、ベッドメイクをし忘れていたことを思い出し、只今終えたところにございます」
「彼らの支度をするために、私の寝室へ入る必要はない」
その部屋には、俺たちが使った扉の他、両サイドにも扉が付いていた。続き部屋である。そちらの部屋へも、直接廊下から出入りできる作りになっている。つまりは、ファツィオの指摘した通りである。
「いいえ。あのっ、そういうつもりではなく」
侍女は、もはや何を言っているのかわからない言い訳を口にする。
ファツィオがベルを鳴らすと、使用人が連れ立ってやってきた。中には家政を取り仕切る、貫禄のある女性もいた。
「まあ、カシルダ。姿が見えないから、もしやと思ったら、やっぱり」
「きっちり指導しておけ。次に同様の事を起こしたら、私から直接、本家に伝える」
「そ、それだけは勘弁」
「口を閉じてカシルダ」
エイリークから引き渡された使用人たちが、取り囲むようにしてカシルダという侍女を連れ出した。
ファツィオは一人だけに、残るよう命じた。
「ここにある酒とグラスを全部下げて、新しい物を持ってきてくれ。その酒は、中身を全部捨てるように」
「かしこまりました」
使用人が退出した後も、ファツィオは室内をあちこち見て回った。ベッドの下はもちろん、布団やシーツをめくったり、ランプまで開けて何やら確認する。
俺たちは、彼のやることを目で追うに留めた。その間に使用人が、新しい酒瓶とグラスを補充した。
「大丈夫そうだ。待たせたね。部屋へ案内しよう」
一方の扉を開ける。護衛の控え室というよりは、奥方の部屋に見えた。今いる部屋と遜色ない広さで、壁紙や調度品が柔らかい印象でまとまっている。
こちらの部屋でも、ファツィオは同じように点検した。
怪しい物は、見つからなかった。
「上等な部屋を用意してくれて、ありがとう」
「どういたしまして。ユリア、お前はこっちだ」
「え?」
てっきりエイリークと二人で寝るつもりでいた俺は、腕を取られるがまま、ファツィオに引っ張られた。
エイリークも戸惑った風で、後から付いてくる。
部屋を真っ直ぐ横切って、反対側の扉に着く。
「ユリアの部屋は、ここ」
開いた先は、護衛の詰所だった。一応、ベッドとテーブルは置いてある。それで部屋が一杯になる広さだ。
「向こうの部屋で、二人寝られる。余分に部屋を使わなくてもいい」
エイリークが嬉しい口添えをしてくれる。ファツィオは、満面の笑みを浮かべた。
「ダメです。隣でイチャイチャする音を、聞かされたくありません。一晩くらい、別室で寝たっていいじゃないですか」
「わかった」
エイリークが受け入れたのは、一緒に寝たら、絶対に俺が誘う、という確信があるからだ。当たっている。
「じゃあ、お二人とも、寝る前に一杯付き合ってくださいね」
「薬、仕込んでいないよね?」
「使用人が、新しく持ってきたところを見たでしょう」
王都の騎士団へ戻れば、ファツィオも俺たちと離れざるを得ない。今夜が最後と思えば、呑みに付き合ってもいいか、という気になった。
三人でテーブルを囲む。
「ちょっと」
ファツィオが席を立ち、扉を開けて廊下を確認する。先ほどの侍女が、今夜再び侵入する心配は流石にないと思うが、他にも使用人はいる。住人が大勢いると、自邸でも気を遣う。貴族は大変だ。
「怖い思いをさせてすみません。心配なら、僕の部屋へ通じるドアを、開け放しにして、お休みになってください」
「いや、その必要はない」
エイリークが秒で断った。ファツィオは落ち込みも見せず、瓶の栓を抜き、グラスへワインを注ぐ。
「どうぞ」
グラスを軽く突き合わせて飲み干す。宴会で供されたものとはまた違った風味で、どちらも美味しい。甘い香りが鼻腔に残った。
「ところで、さっきの侍女は何なの?」
「イスキェルド男爵に農作物指導を任せている関係で、分家筋の娘を雇って欲しいと頼まれた。うちは、女主人がいないから、侍女の修行にはならない、と断ったのに、雑用係でもいいから、と頼み込まれて」
「‥‥箔付けだな」
エイリークが、ちびちびとワインを減らしながら、断じる。
ファツィオが、俺のグラスと自分のグラスに、お代わりを注いだ。薬を仕込んでいないといいのだが。試しに鑑定してみたが、単なる高級ワインだった。
「愛人とか、あわよくば妻にとか、思っていそう」
「そうなんだよ」
俺の軽口に、ファツィオが膝を叩いた。
「屋敷に入り込んだのは、あの娘だけで済んだけど、王都でも何かと話が来て、面倒くさい。僕はエイリーク様しか要らないのに。そこで、相談なんだが」
と俺に向かって提案するのは、前世の関係を引きずっていて、俺が首を縦に振ればエイリークも付いてくると思っているからだろう。
実際は違う。エイリークに捨てられないよう、俺がしがみついているのだ。
「お前、エイリーク様とここに住まないか?」
「様は要らぬ」
エイリークが突っ込む。
「すみません、エイリーク。本当はカムフラージュに、形だけでも結婚して欲しいんだけどな。とりあえず、うちの領と専属契約して、ここを拠点に冒険者の活動をしたら、どうかな?」
思いもかけない話を持ちかけられ、反応に困る。
「王都へ行っても、冒険者って基本郊外の仕事だよ。害獣が出現するのは、地方だ。競争も激しいし、移動の時間も勿体ないし、物価も高いし、生活費も大変だ。ここでお金貯めて、やっぱり王都へ行くならそれでもいい。どうせ僕、騎士団勤めで、留守が多いんだ。二人で遠慮なく過ごせるよ。エイリークとユリアが住んでくれたら安心だし、帰る気にもなる」
「執事がきちんと管理しているでしょ。私たち平民よ。同じようにはできないわ」
使用人たちも、扱いに困るだろう。それに、ファツィオの留守中に、その館でエイリークとイチャイチャできるか疑問である。
とエイリークを見て、どきりとした。
グラスは空だ。ソファに身を沈め、目をとろんとさせている。旅の終わりに緊張が切れて、疲れが出たらしい。
見ている俺まで眠気がさす。ワインの甘い香りが、いつまでも鼻に残っているのも、眠気を増した。
「独立した棟を用意してくれれば、考える。家賃は払う。契約書を作ってみてくれ」
意外な言葉だった。ファツィオが目を輝かせた。
「なら、作るまで、ここに滞在してください。数日で済みます」
「わかった。しばらく世話になる。ご馳走になった。先に休む」
エイリークは立ち上がって、先ほどの部屋へ向かった。俺も付いて行こうとすると、ファツィオも来る。
「ユリアの部屋は、あっち」
「知っているわ。ベッドへ入るのを、見届けるだけ」
それに、お前が寝込みを襲わないか、見張るだけだ。
「僕も」
二人して、エイリークがベッドへ倒れ込むのを見守った。正確には、素早くかけ布団を剥がし、エイリークが入ったところで上から布団をかけ、履き物を脱がせた。
「ちなみに」
扉を閉め、鍵をかけてから、ファツィオが言う。
「お前も結婚相手の候補だよ。エイリーク様も一緒に住む条件に限るけど。何なら、お前との子供を後継者にする。何せ、僕の童貞を奪った女だからね。考えてみてよ」
以前、エイリークと間違われて抱かれた記憶が蘇る。奪ったとは人聞きの悪い。ファツィオが勝手に捧げたのだ。
悔しいが、顔も体も美しいこの男に抱かれるのは、気持ちが良かった。悪霊に取り憑かれたエイリークに抱かれた時よりも。
気付けば、ファツィオの長い指が、服の上から乳首を弄っていた。ランプの灯りに照らされた金髪が、蠱惑的に煌めく。
「改めて、体の相性確かめておく?」
「私を満足させられるかってこと?」
あっという間にベッドへ運ばれた。美形が眼前に迫る。
「生意気な」
吐息だけを残し、ファツィオの顔が下腹部に埋もれた。熱い舌が、クリトリスを絡めとる。
「ああっ。そこはダメッ」
「エイリーク様が起きるぞ」
声を我慢すると、下の口が雄弁にヒクつき出した。
101
お気に入りに追加
540
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る
神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】
元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。
ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、
理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。
今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。
様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。
カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。
ハーレム要素多め。
※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。
よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz
他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。
たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。
物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz
今後とも応援よろしくお願い致します。
えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始!
2024/2/21小説本編完結!
旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です
※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。
※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。
生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。
伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。
勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。
代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。
リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。
ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。
タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。
タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。
そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。
なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。
レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。
いつか彼は血をも超えていくーー。
さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。
一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。
彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。
コメントやお気に入りなど、大変励みになっています。お気軽にお寄せくださいませ!
・12/27〜29 HOTランキング 2位 記録、維持
・12/28 ハイファンランキング 3位
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる