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たまたま当たったのなら仕方ない

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 ここで、間奏。
 周囲のペアが、慌ただしく動き出した。

 ダンスのお礼を述べて、別れるペア。
 次の曲に備え、その場から動かないペア。

 別れた人間は、目をつけていたか、約束していた異性と合流した後に、改めて陣取る。

 楽団も、余裕を持たせた演奏。

「気分が優れないので……。また、お誘いくださいませ」

「今後の親睦のためにも――」

 時間制限があるだけに、事前の根回しがなければ、厳しいようだ。
 ただし、人気がある奴は、えり好み。

 さて、俺も引き上げるか。と思ったが――

 正面から抱き着いてきたエルザは、耳元で囁く。

「時間切れですわ♪ 今離れられると、私が恥をかきます。もう一曲、お付き合いください」

 繋いでいる手に力を込めながら、艶っぽく誘うエルザ。

「子爵令嬢との機会は、滅多にありませんよ? 街で金を出せば買える女とは、訳が違います。少しは魅力があると思っていたのですが……」

 言いながら、周りが見えないよう、ドレス用の長い手袋の片手でなぞり、当てている手の平の全体で優しく揉んできた。

 その手を優しく握りつつ、離した。

「貴族の令嬢がそんなことをして、いいのか?」

「いやですわ……。たまたま、手が当たっただけですのに……。何をご想像なさったの?」

 こいつ、上手いこと言ったつもりか?

 エルザは俺にもたれつつ、耳元で息を吹きかけるように、逆のことを言う。

「ほら? 離れるのなら、今のうちですわよ? この感触とも、お別れになりますけど」

 言いながら、エルザは正面から抱き合った状態で、上下左右に動いた。

 動きを止めた彼女は、突っ立ったままの俺を見て、微笑む。

「フフ……。正直で、よろしい♪ では、もう少しだけ楽しみましょう? 今のあなたは、周りに見られたらマズいから、今度はずっと密着したままで」

 楽団は、ダンスに入る前奏へ……。

 やがて、一斉に踊り出すも、最後までエルザに主導されっぱなしだった。

 最後のポーズを決めたまま、2人で止まる。

 エルザが片手を上げて、指を動かす。

 控えていたメイドの1人が、薄いコートを手に、駆け寄ってきた。

「この方に」
「はい、お嬢様! ……失礼します」

 室内用だが、パーティーでも着られそうなデザイン。

 俺の背後に回ったメイドは、そっと両肩に羽織らせる。

 それを見たエルザが、俺を見たまま、少し後ずさった。

「これなら、目立たないでしょう? 前を閉じれば……」

 言いながら、エルザは、自ら手を動かして、コートの前を閉じた。

 ゆったりした大きさゆえ、足元まで見えない。

 ニマーッと笑ったエルザは、悪戯っぽく、別れを告げる。

「この後のお付き合いができず、大変申し訳ありませんわ……。本日は私のダンスのお相手をしていただき、嬉しく思います。そのコートは、そちらの都合が良い時に返していただければ、結構です。ごきげんよう……」

 傍に控えていたメイドも、会釈して、それに続く。

 周りの、踊らないなら退け、という視線を感じて、壁際に退避する。

 グラスを持っていない杠葉ゆずりはが、少女にしか見えないドレス姿で歩み寄ってきた。

 呆れた様子で、薄いコートを着込んだ俺を上から下まで、ジロジロと見る。

「ずいぶんと楽しんだな? 望乃ののたちには、黙っておいてやる……。まあ、ダンスで足がもつれるか密着している異性のどこに触っても、ご愛嬌だ! 貴族と言っても若い男女だ。これぐらい、可愛いもの。どうせなら、お返しで胸や尻を揉み返せば良かったのに。基本的に囁き声なぞ聞こえんし、パーティーのダンスは無礼講だ。マズいのは、2人でどこかへ行った場合だ。関係がなくても、言い訳できん。」

「そういえば、続けて踊ったことは問題か?」

 俺の横にある1人用の椅子に座った杠葉が、こちらを見上げた。

「2回なら、ギリギリだ……。3回連続は『恋仲』、あるいは『婚約する意志がある』という意味。それでも、『乗り気である』と見なされるだろうよ? あと、お前が考えているようなレディはどこにもおらん! まして、こんな場所で令嬢をやっていれば、気が強くて当たり前だ」

 野次馬根性のような視線や、敵意を感じる。

 杠葉は、苦笑した。

「あの令嬢に楽しませてもらったんだ。これぐらいは、自分で何とかしろ……。女が嫌うのは『はしたない』と周りに思われることであって、さっきのように言い訳できるシーンなら、わりと仕掛けてくるぞ? 覚えておけ」

 あとは知らん。と言わんばかりに、杠葉は会場に向き直った。
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