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次期当主は予定であって未定

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 冷や汗を流すギュンターは、折られた魔剣をさやに納める。

「私が負けたわけではない! ここからは、貴様も剣を仕舞い、正々堂々と格闘術で戦え――」
 ブンッ

 俺が投げたロングソードは、ギュンターの顔の横を通りすぎ、その風圧で髪を揺らした。

 その隙に、同じく地面にベクトルを与えたことで、俺は奴のクロスレンジに飛び込む。
 コンパクトに左右の拳を叩き込み、軽量のプレートアーマーの胸部を大きく凹ませた。

「ぐっ!?」

 むろん、拳も強化済みで、ハンマーと同じだ。
 外から叩かれた場合、そこから伝わる衝撃で、ダメージは倍化する。

 プレートアーマーの騎士を倒すには、貫通するクロスボウか、上から叩くメイスとは、よく言われている話だ。

 浸透する衝撃に、ギュンターは苦しそうだ。
 おそらく、呼吸もできない状態。

 屈み、地面を蹴る動きで、全体のバネを活かしたアッパー。
 動きを止めて棒立ちの奴は、あごを跳ね上げられ、両足が宙に浮いた。

 ドサッと、地面に倒れる。

 まるで、土下座をしているような格好だ。

 相手を見たまま、後ずさり。

 十分に間合いを取ったら、ギュンターを勝たせたがっている司会の発言を待つ。

 カウントをする必要はないが――

「もう勝負がついたぜ?」
「やったー! 大勝ちだー!!」
「あれだけ大見得を切って、このザマかよ! ダッセー!」

 見れば、司会は、オロオロとしている。

 この状況で宣言すれば、あいつがランストック伯爵家とギュンターに逆恨みされて、暗殺か、今の生活を目茶苦茶にされる。

 嫌がらせの対象になっている俺は、全く同情しないが……。

『勝負はあっただろう? ランストック君を医務室へ運びたまえ』

 渋い男の声だ。
 ペルティエ子爵のファブリツィオか。

 司会が、ようやく発言する。

『で、では、最後まで健闘したギュンター様に拍手を!』

 観客席のサクラが手を叩くも、大部分は笑ったまま。

 この上なく馬鹿にされたまま、動きやすいプレートアーマーを着たギュンターは、担架で運ばれていった。

 再び、ファブリツィオの発言。

『ジン君は、我がペルティエ子爵家の取引相手だ……。そのことは承知しておけ。いいな?』

 響き渡った声に、買収されていたと思しき司会が震え出す。

『い、いえ……。私は……』

 被せるように、ファブリツィオが話を続ける。

『この決闘は終わりとする。皆の者、ご苦労だった』

 俺は、手の平を返した連中をあしらいつつ、とっとと帰った。


 ◇


 『黄金の騎士団』の本拠地。

 その上にある執務室で、2人の男が向き合っている。


「……貴様は、何を言っている?」

 剣呑な声のギュンター。

 執務室の主であるロワイド・クローは、役員机に向かったままで、微笑む。

 主人に叱られる部下といった構図だが、実際は逆。

「もう一度、言おうか? 君はランストック伯爵家を勘当されて、ただのギュンターになったのさ! これは、迷宮都市ブレニッケを統治しているペルティエ子爵家からの情報だ。前にも言ったが、僕の判断じゃない! 文句があるのなら、ペルティエ子爵か君の実家へ、どうぞ?」

「ぐうっ……。し、失礼する!」

 退室したギュンターは、取る物もとりあえず、ペルティエ子爵家の館へ急ぐ。


 ――ペルティエ子爵家の応接間

 老執事のジェロムが、応対した。

 前回とは違い、きちんとソファーを勧めた後で、間のテーブルに一通の手紙を差し出した。

「ギュンター様には、こちらを預かっております。どうぞ……」

 封蝋で、ランストック伯爵家からの手紙と分かった。

 乱暴につかんだギュンターは、ペーパーナイフを差し込み、すぐに開封する。

“同じく公開の決闘でジンに勝つか、その負けを帳消しにする成果を挙げるまで、お前をランストック伯爵家の人間とは認めない”

「な……な……」

 間違いなく、父親のパウルの字だ。

 そもそも、封蝋があった。
 改ざんの疑いは、皆無。

 ショックのあまり、読んでいた手紙を取り落とすも、ジェロムは待つ。

 我に返ったギュンターは、廃嫡と同じ意味を持つ手紙と封筒を持ち、放心したまま、『黄金の騎士団』の本拠地へ向かう。

 今の彼は、それ以外に、帰る場所がないのだ。


『黄金の騎士団』の本拠地にある、ギュンターの私室。
 分不相応に豪華な内装だが、それはランストック伯爵家の次期当主であればこそ……。

 ベッドに腰掛けた彼は、うなだれる。

「父上が……。嘘だ……」

 廃嫡したジンに、衆人環視が見守る中で、手も足も出せずに負けたのだ。

 ここの領主、ペルティエ子爵家だけではなく、他の貴族もいた。

 近衛騎士団のテストに落ちて、迷宮都市ブレニッケで己を鍛え直すという名目であるのに……。

 理屈では、言い訳のしようがない自分を切り捨てなければ、ランストック伯爵家の権威は地に落ちると分かる。

 だが――

「納得できん……。せめて、もう一度……」

 拳を握りしめるも、グーッと、お腹が鳴った。

 本能には勝てず、部屋を出る。
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