知らない国のアリス

うたたん

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8.チェシャ猫

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私は一体誰なのだろう。
記憶は、あの部屋で目覚めてからの記憶しかない。
子供の頃遊んだ記憶も、両親の顔や名前、兄弟がいたのかどうかさえ思い出せない。
なぜ、壁も床も天井も真っ白一色の部屋にいたのか。なぜ、ベットに繋がれていたのか。
両手、両足にベットに繋がれていた時の冷たい硬い感覚が蘇える。
不思議なことはまだあった。
考えただけで出現する細身の刀と、視界に表示される謎の赤い文字。
ふと右手を見ると、細身の真っ白な手が見えた。
表、裏と何度か交互に眺める。
透き通るような真っ白さに、自分でも綺麗と思ってしまう。爪も僅かに光沢を持っているようで、角度によって陽の光がキラリと反射して目に入る。
考えが頭をよぎる。
そもそも、私って女の子だっけ?
それすら私の記憶にはなかったのだ。

「アリス?アリスってば! 」

レーブルの大きな声でふと我に帰った。周りの雑踏の音が急に聞こえだす。声がした方を眺めて、初めてレーブルに両肩を掴まれていると把握した。

「アリス!どうしちゃったの?」
「えっ、えっ、何が?」

私は少し動揺していた。

「何がって、しばらく話しかけても反応ないし、肩を叩いても目は虚だし、自分の手を見てブツブツ言い出すで凄く心配したんだよっ!」
「えっ、うそ!あーうん、何でもない。大丈夫よ、少し考え事をしていただけだから」

レーブルの表情から笑顔の要素が消えていた。今まで冗談みたいな表情しか見せなかったのに、それ程私の行動がおかしかったのか。

「あー良かった、アリスがおかしくなっちゃったかと思ったよっ! 」

よっぽど心配してくれたんだろう。私はまだ両腕をレーブルに掴まれていた。

「レーブル痛いわ、離してくれる? 」
「あ、ごめん、ついつい……痛かったかい? 」
「ううん、平気よ」

レーブルはそっと手を離してくれた。
さて、時間も潰せたし次はいよいよ女王様との謁見かな?
そう思ったんだけど違うようだ。何やら大きな声が聞こえてくる。
レーブルもその大きな声に気がついたようだ。
声は大きな通りが交差した広場のように開けた場所から聞こえてくるみたいだった。

「アリス、なんだろう」
「分からない、見に行ってみようか」

私は重いブーツの為、遅い足取りで出来るだけ急いだ。

「アリス、しょうがないなぁ、抱っこしてあげ……」
「いいわ、すぐそこじゃない!!!」

レーブルの声を遮って、私は重たい足を運んだ。
銀色の鎧を身に着けている人だかりが見えた。どうやらこの国の兵士達のようである。
兵士達は私よりもずっと背丈が大きく、私の視線からは中の様子を見ることは出来ない。

「レーブルは中の様子、見える?」

レーブルは結構長身だから、もしかしたら中の様子が見えるかも。

「いや、全く見えないね」

そりゃそうか、兵士達はレーブルより身長ありそうだもんね。でも何してるんだろう、見る限り十人前後はいそうよね。

「アリス?そんなに見たいなら肩車してあげよ……」
「いいわ!恥ずかしいから!」

まったく、この馬鹿うさぎは!何考えてるのかって何も考えてないか!

「坊主!お前自分がなにをしたのか分かってるのか?」
「お前、俺たちが騎士団だってわかってるのか?謝るなら今のうちだぞ?」

鎧の兵士達の声が聞こえる。
私は兵士達の集まりから少し離れたところで足をとめた。

「レーブル?」
「何だい?抱っこされる気になったのかい? 」
「馬鹿!もう……まあいいわ、それよりも何だか揉めているみたいよ? 」

レーブルがチラリと視線を兵士達に送る。

「だね、あれはこの国を警護する兵士の一団だ。しかも不幸なことに、ギャラクティカ隊長が率いる一団だね。これ以上は近寄らないほうが良いよ」
「ギャラクティカ?なんだか派手な名前ね」
「うん、正式にはヴィンステクタ家の馬鹿息子が隊長を務める一団だね。何かと騒ぎを起こすのさ。普通、兵士は国を守るものだけど、奴らは街中を大威張りで歩き、少しでも気に入らないことがあれば絡んでいくんだ。ああやって毎日国の権力を振りかざして人々に言うことを聞かせるのさ。そうやって自分のちっぽけな承認欲求を満たしてるんだ」

レーブルの表情が少し悲しそうになる。
私は視線を兵士達に戻した。兵士達は誰かを取り囲んで怒号を浴びせかけているようであった。
一瞬、兵士達の壁が割れて中の様子が見えた。
中にいるのは少年のようであった。

「レーブル!見えたわ! 」
「えっ、なにが? 」
「兵士たちに囲まれてるのは少年だわ! 」
「ダメだよアリス!関わっちゃうと後で厄介なことに……」

私はブーツのせいで遅い足取りをなるべく早く動かして、やっとの事で兵士の近くにたどり着いた。
近くで見上げると、兵士達は大きく見えた。

「お前、分かってるのか?相手はこのギャラクティカ様だぞ? 」

近くまで寄って初めて奇声の様な甲高く頼りない声が聞こえてくる。ははん、この声の主がレーブルの言ってた貴族の御曹司ね。

「おじさん達、良い歳して僕みたいな子供に寄ってたかって言いがかり? 」
「お前!ギャラクティカ様に何て口の利き方を!」

私は壁を作っている兵士の一人の背中を強く叩いた

「ごめんなさい、ちょっとどいてくださらない?」

兵士は身をよじって私の方振り向いた。途端に中の様子が見える。
白い帽子からはみ出た栗色の髪の毛がクルクルっと可愛らしい男の子がいた。
背丈は私より小さいくらい、十二、三歳ってところだろうか。
パッチリと女の子のようなどんぐりお目目に、少し低めのお鼻、それと生意気そうな口からは次々と兵士達へ言葉が投げかけられている。
ベージュのズボンに黒い靴、そして何より薄青色の上着の背中一杯にプリントされた猫の顔がコミカルに写った。

「あぁ?なんだお前。怪我するからあっち行ってろ」
「貴方達こそ、子供相手に何してるの?」
「あの坊主がギャラクティカ様の前を横切ったのさ」
「えっ、それだけ?」

少年は薄笑いを浮かべて余裕の表情である。
それに対して、ギャラクティカの方は自慢の兜を小脇に抱えて顔を真っ赤にして怒り狂ってる様子であった。

「ギャラクティカ様が常々、「自分の前を横切るのは王様と女王様しかいない」と触れ回ってるの知らないのか?……ん?お前見たことない顔だな。よそ者か?」
「そんな事どうでも良いわ、何してるのあの子はまだ子供じゃない」
「子供だろうが何だろうが、ギャラクティカ様の前を横切るのはタブーなんだよ!」

兵士がわたしの顔を覗き込んできた。威圧してるつもりなんだろう。

「アリス!」

レーブルの声が聞こえた。

「ダメだよ警備の邪魔したら」
「あーら?レーブル、何処に隠れていたの?まあいいわ。いい年したおじさん達が中で男の子を虐めてるわ」
「ちょっ、アリスダメだよ本当の事を言っちゃ……って、しまった」

レーブルが恐る恐る兵士の方を見た。私もつられて兵士を見る。鎧越しにカタカタと大きく震え、方は激しく上下動を繰り返していた。多分、怒ってるんだろうな!

「貴様ら!ギャラクティカ様を馬鹿にしてるのか!」

兵士の大きい声が広場をつんざいた。途端、ごちゃごちゃ聞こえていたギャラクティカの声もピタッと止んだ。

「アリス、不味いよ……」
「えっ、失言したのはレーブルでしょ?」
「うぅ……まあ、そうなんだけどさぁ」

レーブルのフードから垂れ下がったトレードマークのウサギの耳が、いつもより一層垂れ下がってる様に見えた。
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