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琥珀の指輪(季節の便り~12ケ月/11月・SS・誕生石ホラー)
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うんと子供の頃に、アマゾンの森で迷ったことがあります。
可愛がっていた老犬が、森に入って帰ってこないのを心配して探しに行き迷ったのです。
すると、黒い軍隊蟻の群れに出会しました。
追っていくと探していた犬に――死んで動かない犬に蟻たちが群がり、みるみる骨にしていったのです。
怖くて動けない私の後ろに、瞳を閉じた一人の少女が立ちました。
夜のように黒い髪で、月の光のように美しい少女でした。
「あれは命の最後に森の贄になるのを望んだの。森のためになるとても尊いこと。
だからお別れを言ってあなたは帰りなさい」
そう言って瞼を開くと中には美しい月夜が広がっていて、わたしは吸い込まれました。そうして気がつくと、生まれた村の自分の家の前にいて、心配して待っていた家族に迎えられたのです。
森であった少女について語ると、「それは森を守る精霊様だよ。お前、気に入られたみたいだね」とばあばが言いました。もう昔の話です。
私が大人になる少し前に、私たちインディオの村に銃を持った白人たちがやってきました。
私たちの神への捧げ物である金を取り上げ、年寄りは殺され、男は首枷をされて奴隷に、若い女はみんな召使。綺麗な娘は首領のアンバーの女にされました
「どうして俺の名前がアンバーが教えてやろう。俺の誕生日は11月7日だ。その日の誕生石が琥珀なんだと。瞳の色にあってるからと、親父がつけた。
琥珀ってのは、木の樹液が長い時間かけて石になったもんだ。木を切ると、粘っこい汁が出るだろう? アレだよ。
まだ切り立ての柔らかい樹液にうっかり触れた虫どもは、逃げることもできずにそのまま中に沈んで取り込まれ、一緒に石になるのさ。
つまり、虫けらのお前らはもう俺《アンバー》のもんだってことよ」
アンバーは自分が手をつけた女の子達全員に、蟻の入った琥珀の指輪をさせました。それが「アンバーのもの」である、死ぬ迄外せない焼印でした。
アンバーは夜になると指輪の女の子たちを一人選び、裸にして縛って鞭で打ちます。女の子が悲鳴をあげて泣くのを見るのが好きなのです。
「俺のお袋はすげえ美人だったが、メスチソでよ。死ぬまで親父にいいように殴られ続ける奴隷だった。俺はラッキーな事に親父に似て肌が白かったから、後継として育てられた。
だけど、俺が4分の1だとわかると、白人どもは、途端に下等生物扱いしやがる。どんな努力したってダメだった。
そのうち学んだ。イヤな思いをしたくなけりゃ、自分より下の人間のところにいれば良いんだとな。インディオなら俺より下、女はさらにその下だ。
インディオの女は、人間で一番の下等生物。いつでも白人の男が踏みつけて殺していい虫けらの蟻と同じだ。俺は女に生まれなくて本当によかったよ!」
そう言って、最後に女の子の首を絞めるのです。あの最中に首を絞めると、キュッとしまって良いんだと言って。
運が良ければ死なずに済みますが、アンバーの気分次第で、女の子は死んでいきました。
一つ減った指輪の主に次は誰がなるのか……女達はいつも怯えていたのです。
私はまだ、大人にはなっていません。でも私も後と1・2年で、琥珀の指輪を嵌めさせられて、あの男の女にされる。
あゝ嫌、嫌、嫌! なのにいつも銃に狙われて、逃げる術はないのでした。
私はその日、アンバーが女たちと過ごす部屋を飾るいい匂いの蘭の花を探しに、一人で森に行きました。逃げるわけにいきません。私が逃げたら怒ったアンバーが、きっと他の女の子達を殺すからです。
その時、森の中を歩いている不思議な女の人に会ったのです。
目が見えないのでしょうか? 両目を閉じています。なのに何にもぶつかることなく歩いていきます。たくさんの小さな動物や蝶や虫たちが周りを飛び交い、そこだけ別世界のようでした。
私が見惚れていると、その女の人は私に向かって歩いてきてこう言いました。
「良い匂いがする」
その声を聞いた時、なぜでしょう胸がときめいて……その人と私の身体が一つに溶け合ったように感じたのです。
ターン!
銃声が響き、あの人のそばを飛んでいた鳥が落ちました。動物も、虫たちも逃げていきます。アンバーでした。
「ほう?こんないい女、どこに隠れてたんだ」
「やめて、この人はあんたが触れていいような人じゃない」
私は咄嗟にあの人の前に立ち、あいつからあの人を庇おうとしました。
「俺様に指図するとはいい度胸だ」
私はアンバーの銃の台尻で散々殴られて大怪我をし、あの人は無理矢理連れて行かれました。
そして次にあの人に会った時、あの人の左の指には、蟻の入った琥珀の指輪が嵌まっていたのです。
私は自分の無力を泣きました。あの人は黙って私を撫でてくれました。
アンバーはあの人に夢中でした。
それで、私はあの人のお世話係をする事になりました。
あの人が辛くないように、少しでも幸せでいられるように。できることはわずかでしたが。その分、他の女たちは痛い目に合わなくて済むので、あの人にみんな感謝していました。
夜のお勤めの時、ドアの向こうであの人が、アンバーにされていることを思うと涙が止まりませんでした。
朝になって、傷ついたあの人の湯浴みする体を拭きながら泣く私を、あの人はやはり何も言わずに優しく撫でてくれました。
毎晩アンバーの相手をさせられながら、不思議にあの人は疲れも、衰えも、悲しみも見せません。一言も喋らず、相変わらず瞳は閉じたまま。
イヤなことを何も見ないで済むのだから、目が見えないと言うのは幸せなことかもしれないとその時私は思ったのです。
アンバーは次の金儲けを思いつきました。船や家を建てる建材として、私たちの命の糧である、森の木を切ってアマゾン川を使って、街まで運んで売るというのです。
毎日斧の音が森に響き、男たちが木を切ります。銃で狙われているので逆らうことはできません。たくさんの鳥や獣や虫たちが、住処を追われて、逃げていきます。
切り倒された木たちは枝を払われ、繋がれて筏となって川を下るのです。
女たちも、働くために連れてこられました。その中にあの人もいました。
そしてあの人の口が開き、怒りに震える声が飛び出しましだ。
「この匂い……森の木を切ったのか、こんなにたくさん!お前は森を殺す気か。
私一人の我慢で済むなら良しと思ったが、もう許さない」
ついにあの人の瞳が開きました。あの日と同じ美しい月夜がそこにありました。
やはりこの人は、子供の頃に会った森の精霊様だったのです。
途端に風が竜巻となり、川のなかの筏が波に振り回されて、乗っていた男たちは水の中に投げ出されて、ピラニアに食べられてしまいました。
切掛けの大木たちは、風に煽られ、つぎつぎとアンバーと銃を持った男たちの上に倒れて、みんな潰していったのです。
「おいで、私の子供たち。好きなだけお食べ」
森の奥から、黒い軍隊蟻の群れが現れ、身動きできずにもがくアンバー達に襲い掛かたのです。白人達は生きたまま食べられて骨になっていきました。
「クズが。森の贄になれたことを光栄に思うが良い」
それをみて、男奴隷は首輪を、女達は琥珀の指輪を捨てて逃げました。
みんなそんなものに縛られるのは、もう真っ平だったのです。
あの人は指輪を拾い、息を吹きかけました。すると、全てのアリが生き返り、森へと逃げて、時が戻って滴る樹液は切られた木たちに降り注ぎ、木々は元の通りになったのです。
ことが終わると、あの人は森に帰ろうとしました。
私は夢中であの人に手を伸ばします。
「精霊様、お願い私を一緒に連れてって」
精霊はにっこり笑い、その瞳の中に私は吸い込まれていきました。
後には捨てられた銃と、軍隊蟻に食べ尽くされた骨の列とが、登ったばかりの満月の光の中で白く輝いていたのです。
可愛がっていた老犬が、森に入って帰ってこないのを心配して探しに行き迷ったのです。
すると、黒い軍隊蟻の群れに出会しました。
追っていくと探していた犬に――死んで動かない犬に蟻たちが群がり、みるみる骨にしていったのです。
怖くて動けない私の後ろに、瞳を閉じた一人の少女が立ちました。
夜のように黒い髪で、月の光のように美しい少女でした。
「あれは命の最後に森の贄になるのを望んだの。森のためになるとても尊いこと。
だからお別れを言ってあなたは帰りなさい」
そう言って瞼を開くと中には美しい月夜が広がっていて、わたしは吸い込まれました。そうして気がつくと、生まれた村の自分の家の前にいて、心配して待っていた家族に迎えられたのです。
森であった少女について語ると、「それは森を守る精霊様だよ。お前、気に入られたみたいだね」とばあばが言いました。もう昔の話です。
私が大人になる少し前に、私たちインディオの村に銃を持った白人たちがやってきました。
私たちの神への捧げ物である金を取り上げ、年寄りは殺され、男は首枷をされて奴隷に、若い女はみんな召使。綺麗な娘は首領のアンバーの女にされました
「どうして俺の名前がアンバーが教えてやろう。俺の誕生日は11月7日だ。その日の誕生石が琥珀なんだと。瞳の色にあってるからと、親父がつけた。
琥珀ってのは、木の樹液が長い時間かけて石になったもんだ。木を切ると、粘っこい汁が出るだろう? アレだよ。
まだ切り立ての柔らかい樹液にうっかり触れた虫どもは、逃げることもできずにそのまま中に沈んで取り込まれ、一緒に石になるのさ。
つまり、虫けらのお前らはもう俺《アンバー》のもんだってことよ」
アンバーは自分が手をつけた女の子達全員に、蟻の入った琥珀の指輪をさせました。それが「アンバーのもの」である、死ぬ迄外せない焼印でした。
アンバーは夜になると指輪の女の子たちを一人選び、裸にして縛って鞭で打ちます。女の子が悲鳴をあげて泣くのを見るのが好きなのです。
「俺のお袋はすげえ美人だったが、メスチソでよ。死ぬまで親父にいいように殴られ続ける奴隷だった。俺はラッキーな事に親父に似て肌が白かったから、後継として育てられた。
だけど、俺が4分の1だとわかると、白人どもは、途端に下等生物扱いしやがる。どんな努力したってダメだった。
そのうち学んだ。イヤな思いをしたくなけりゃ、自分より下の人間のところにいれば良いんだとな。インディオなら俺より下、女はさらにその下だ。
インディオの女は、人間で一番の下等生物。いつでも白人の男が踏みつけて殺していい虫けらの蟻と同じだ。俺は女に生まれなくて本当によかったよ!」
そう言って、最後に女の子の首を絞めるのです。あの最中に首を絞めると、キュッとしまって良いんだと言って。
運が良ければ死なずに済みますが、アンバーの気分次第で、女の子は死んでいきました。
一つ減った指輪の主に次は誰がなるのか……女達はいつも怯えていたのです。
私はまだ、大人にはなっていません。でも私も後と1・2年で、琥珀の指輪を嵌めさせられて、あの男の女にされる。
あゝ嫌、嫌、嫌! なのにいつも銃に狙われて、逃げる術はないのでした。
私はその日、アンバーが女たちと過ごす部屋を飾るいい匂いの蘭の花を探しに、一人で森に行きました。逃げるわけにいきません。私が逃げたら怒ったアンバーが、きっと他の女の子達を殺すからです。
その時、森の中を歩いている不思議な女の人に会ったのです。
目が見えないのでしょうか? 両目を閉じています。なのに何にもぶつかることなく歩いていきます。たくさんの小さな動物や蝶や虫たちが周りを飛び交い、そこだけ別世界のようでした。
私が見惚れていると、その女の人は私に向かって歩いてきてこう言いました。
「良い匂いがする」
その声を聞いた時、なぜでしょう胸がときめいて……その人と私の身体が一つに溶け合ったように感じたのです。
ターン!
銃声が響き、あの人のそばを飛んでいた鳥が落ちました。動物も、虫たちも逃げていきます。アンバーでした。
「ほう?こんないい女、どこに隠れてたんだ」
「やめて、この人はあんたが触れていいような人じゃない」
私は咄嗟にあの人の前に立ち、あいつからあの人を庇おうとしました。
「俺様に指図するとはいい度胸だ」
私はアンバーの銃の台尻で散々殴られて大怪我をし、あの人は無理矢理連れて行かれました。
そして次にあの人に会った時、あの人の左の指には、蟻の入った琥珀の指輪が嵌まっていたのです。
私は自分の無力を泣きました。あの人は黙って私を撫でてくれました。
アンバーはあの人に夢中でした。
それで、私はあの人のお世話係をする事になりました。
あの人が辛くないように、少しでも幸せでいられるように。できることはわずかでしたが。その分、他の女たちは痛い目に合わなくて済むので、あの人にみんな感謝していました。
夜のお勤めの時、ドアの向こうであの人が、アンバーにされていることを思うと涙が止まりませんでした。
朝になって、傷ついたあの人の湯浴みする体を拭きながら泣く私を、あの人はやはり何も言わずに優しく撫でてくれました。
毎晩アンバーの相手をさせられながら、不思議にあの人は疲れも、衰えも、悲しみも見せません。一言も喋らず、相変わらず瞳は閉じたまま。
イヤなことを何も見ないで済むのだから、目が見えないと言うのは幸せなことかもしれないとその時私は思ったのです。
アンバーは次の金儲けを思いつきました。船や家を建てる建材として、私たちの命の糧である、森の木を切ってアマゾン川を使って、街まで運んで売るというのです。
毎日斧の音が森に響き、男たちが木を切ります。銃で狙われているので逆らうことはできません。たくさんの鳥や獣や虫たちが、住処を追われて、逃げていきます。
切り倒された木たちは枝を払われ、繋がれて筏となって川を下るのです。
女たちも、働くために連れてこられました。その中にあの人もいました。
そしてあの人の口が開き、怒りに震える声が飛び出しましだ。
「この匂い……森の木を切ったのか、こんなにたくさん!お前は森を殺す気か。
私一人の我慢で済むなら良しと思ったが、もう許さない」
ついにあの人の瞳が開きました。あの日と同じ美しい月夜がそこにありました。
やはりこの人は、子供の頃に会った森の精霊様だったのです。
途端に風が竜巻となり、川のなかの筏が波に振り回されて、乗っていた男たちは水の中に投げ出されて、ピラニアに食べられてしまいました。
切掛けの大木たちは、風に煽られ、つぎつぎとアンバーと銃を持った男たちの上に倒れて、みんな潰していったのです。
「おいで、私の子供たち。好きなだけお食べ」
森の奥から、黒い軍隊蟻の群れが現れ、身動きできずにもがくアンバー達に襲い掛かたのです。白人達は生きたまま食べられて骨になっていきました。
「クズが。森の贄になれたことを光栄に思うが良い」
それをみて、男奴隷は首輪を、女達は琥珀の指輪を捨てて逃げました。
みんなそんなものに縛られるのは、もう真っ平だったのです。
あの人は指輪を拾い、息を吹きかけました。すると、全てのアリが生き返り、森へと逃げて、時が戻って滴る樹液は切られた木たちに降り注ぎ、木々は元の通りになったのです。
ことが終わると、あの人は森に帰ろうとしました。
私は夢中であの人に手を伸ばします。
「精霊様、お願い私を一緒に連れてって」
精霊はにっこり笑い、その瞳の中に私は吸い込まれていきました。
後には捨てられた銃と、軍隊蟻に食べ尽くされた骨の列とが、登ったばかりの満月の光の中で白く輝いていたのです。
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