18 / 33
オオジロと硯
しおりを挟む
3. お城の池のほとりで
「怪我はない?」
池のそばの桜の木の陰から現れたのはオオジロでした。
「僕は大丈夫だけど、薪が濡れちゃったぁ……」
あんなに我慢して泣かなかったのに、また失敗して薪を台無しにしてしまったのでした。
「う……うあーん、うああーん」
五つ窪みは、とうとう堪えきれずに大声で泣き出しました。
「もう本当に泣き虫ねぇ。動ける? ほら杖につかまって、引っ張るわよ」
オオジロの杖に取っ手をとられて、五つ窪みはやっと池から這い上がりました。
「怪我はしてないようね。今ちょうど桜の花が散ってて、木の周りも池の上も花びらの絨毯みたいになってるから、池の縁が分かりにくくなって、他のカップも時々落ちるのよ。だから気にしないでいいの。薪は乾かせばまた使えるしね」
オオジロの言葉に、五つ窪みはやっと泣き止みました。
「それにしても、五つ窪みは桜の花びらがよく似合う。まるで夜桜みたいに綺麗だわ」
産まれて初めて褒められて、驚いた五つ窪みが自分の体を見ると、濡れた黒い体一面に桜の花びらが張り付いて、綺麗な絵のようになっていました。
「僕、綺麗なの?」
「そうよ。黒って色は地味だけど、他の色を引き立てる色なの。昼間に夜桜が観れて得したわ。私のパートナー名は“桜”なの。“月ちゃん”が私のことをそう呼んでたから」
オオジロは笑っています、嘘では無いようです。
「ほらそこに薪を出して並べて、乾いたら積むから。薪ってのはもともと小さく切ってから一年置いて、乾燥させて初めてよく燃える。使うのは一年後だから、それまでには絶対乾くから安心していいのよ」
見ると、オオジロは斧を持っていて、大きな切り株の上には丸太がのっています。五つ窪みが門を壊した時のあの丸太のようです。
「オオジロさん、薪割りしてるの?」
「そう。せっかくの丸太、無駄にするわけにいかないからね。城にはこの硯の斧を使えるほど“浮き”の強いものは私しかいないから。今でこそ踊り子姉さんの頭になってるけど、この城を作る時は、私も手伝ったんだよ。煉瓦の粘土踏んだりしてね」
粘土踏み、オオジロさんが……そういえば昔はやんちゃしてたって、白様が言ってたっけ。
「で、でもオオジロさん、踊り子さんでしょ? 薄いから危ないんじゃ」
「ああ、産まれたてはまだ知らないのか。踊り子はね、踊るのが好きなだけの子と、踊り子になる以外選択肢のない、薄くて軽い“踊り子質”の子と二種類いるんだよ。
前者は、私や白様や鋼。北山の火山の熱だけで冬が越せる。後者は、籠目や十六夜やお前を乗り回してたカルテット。この煉瓦の城のペチカがなければ、冬が越せないで割れて死んでしまう。当然、踊り子以外にはなれない。この城は本来そういう子の為にあるんだよ」
「あの、僕、薪割りします。萩さんに教わったからできます。やらせて下さい」
五つ窪みは慌てて言いました。杖がないと歩けないオオジロに薪割りをさせたくなかったのです。
「そう? じゃ頼もうかな。私も歳だから薪割りはキツイのよね」
「待って、薪が飛ばないようにやりますから」
五つ窪みは薪を縛ってきた蔓をほどいて、丸太の一番下のほうにグルリと巻きました。
「大きな丸太を割るときは、こうやって丸太の下の方を蔓で固定してから、蔓を切らないように、年輪の真ん中から皮の方へ斧を打ち込むの。続けて薪の周りを回りながら放射状に打ち続けると、最後にはパラって崩れて割れるんだ。薪が飛んでいかないから安全だって、萩さんに教わったの」
「さすがは萩さん。薪割りなんてしたの、硯と一緒にこの城を作って以来だから七十年ぶり、すっかり忘れてた。こういう工夫を見ると、硯を思い出すわ」
「硯さん、西山の墓場で似姿を見ました。真っ黒ですごく厚くて、取っ手もなくて、高台の代わりに突起が四つ下の方についてる、窪みが半分しか無いの不思議な形のカップでした」
コン、コン、と斧を振って丸太を割りながら、五つ窪みが言いました。
「そりゃあそうだよ、硯はカップじゃないんだから。でも私達と同じに、ちゃんと心もあって喋れたよ。水の中なら踊ることもできた」
五つ窪みは驚きました。カップ以外の心のある生き物なんて、この世にいると思わなかったのです。
4. オオジロの昔話~硯《すずり》
「硯はね、あの人の“字を書く道具”で、だからあの人の書く字はみんな読めて、私達カップを心配する、あの人の悲しいため息をいつもそばで聞いてたんだって。
だから、あの人に『僕が言って、カップ達にあなたの名前を伝えます、行かせて下さい』と願い出たんだそうよ。硯には勝算があったの。体の裏側に金であの人の名前が書いてあって、それを読めばいいと思っていたの。
『うまくはいかないだろう』
あの人は言ったけど、頼み込んで硯はこの世に降りてきたの。
ところがいざ産まれてみたら、あの人の名前を忘れてしまうわ、怪我をしたカップに出会って、金継ぎをするために、金で書かれたあの人の名前を削って使ってしまうわで、計画はオジャン。
硯って、頭いいくせにどっか抜けてるのよね。そこが可愛いかったんだけど。
五つ窪み見てるとアイツの事思い出しちゃったな」
オオジロは楽しそうに笑っています。五つ窪みは驚きました。怖いとばかり思っていたオオジロが、こんな風に笑えるなんて思わなかったのです。
「でも、硯のおかげで金継ぎの技術がこの世界に伝わって、死ぬカップがすごく減ったの。文字を教えてくれたから、戸籍の記録も残せるようになったし、火山から火をとってきて、松明で夜を安全にしたり、鉄の作り方を教えてくれて、斧や鋸ができて木を切れるようになった。
そしてその頃増えだした、冬を越せずに死んでいく“踊り子の質”のカップを救うために煉瓦を焼いて、ペチカのお城を作り出した。木を無駄にするからって反対する人達もいたから、北山から離れた南の山の麓で、一人でコツコツ作り続けてたの。
白様は、踊り子の質の子たちは、体が薄くて軽くて、まるでタンポポの綿毛みたいに“浮く”ことができることに気づいたから、踊りを見せて冬の薪を手に入れることにしたの。
私が生まれたのは、その年の夏。
白様に踊りを習ってたけど、飽きちゃって一人で遊びに出て、湖で熱くなった黒い体を冷やしている硯を見たの。
ほら、水に入ると光が曲がって、体が半分位に短く見えるでしょ? だから硯が平べったいのに気づかなくて、半分しか窪みの無い、変わったカップだと思って『半分お月様だー』って言って、水をすくって入れちゃったの。意味もわからずにね。
後で白様にバレて散々叱られて『硯は踊り子たちのために大事な仕事をしてるんだから、邪魔をしてはいけません』と言われた。
反省した私は、次の日から硯を手伝いだした。あの頃はどこも壊れてなかったから、すごい力持ちだったのよ。木をどんどん切って、薪を作って、煉瓦を焼いて、雪の降る前には、踊り子たちが全員入れる煉瓦のペチカの城が完成した。
硯は門の大きさを私が入れるように、わざわざ測って大きく作ってくれた。
『君だって踊り子だもの入っておくれ』と言われた。
でも、煉瓦のペチカを作っている間に、踊り子達が何人も生まれて、私が入ったら、その子たちが入れなくなってしまったの。
『私は北山で大丈夫だから』と言ったら、
『でも僕は君に入って欲しくて、これを作ったんだ。お願いだオオジロ、冬が明けて大人になったら、僕のパートナーになってくれないか? 二人であの人の名前を見つけよう』って申し込まれた。
でも私は、パートナーって白様と黒様みたいに、一緒に踊れる人じゃないとダメなんだと思っていたの。硯のこと好きだったけど……
『だって硯は踊れないもの。私パートナーは一緒に踊れる人がいい』
といってしまった。
『そうだね。ゴメン、今の忘れて』
その時の硯の悲しそうな声を聞いたとき、心が半分潰れたような気がして、霙の降り出した中、怖くて全速力で北山に帰って、うずくまって震えてたの。
白様が様子が変なのに気づいてくれて、硯の申し出のことを話したら
『硯ったら、生まれて三ヶ月にもならない子供に、意味が分かるわけないじゃないの!』
そう言って、怒りだしたわ。
『明日になったら、一緒に硯に会いに行きましょう。硯を私が叱ってあげます。パートナーの申し込みは、冬を越した大人にしか許されていないの。悪いのは硯の方よ、お前じゃない』
慌てた私が『でも、ひどく叱らないで。硯が可哀想よ』って言うと、『あら、そうなの? ふうん……まあいいわ。明日が楽しみね。』そう言うって笑った。
でも、次の日から休みなく、七日七晩、雪は降り続けて全く止まなかった。止んだ時には、もうお城に行くのは誰が見ても無理な程、雪が深く降り積もってしまってたの。
私悔やんでねえ。
『きっと硯は、私が硯のこと嫌いなんだと思ってる……もう許してくれない』
白様は、そんな事ないと言ってくれたけど、心が砕けちゃって、蹲って泣いてばかりいた。
5. もう一度逢いたい
その頃踊ったのが『もう一度逢いたい』よ。五つ窪みはまだ見たことないと思うけど、北山では火山の温泉池そばに踊り場があるの。夏は閉鎖されてるけど、あそこで冬の暖かい日に、松明の灯りでみんなで踊る事が時々あるの。
私、白様に励まされて踊り出したんだけど、長い間蹲ってたし、涙で体が重くてうまく踊れなくて、初めは物凄いゆっくりした踊りだった。
でもだんだん心が熱く高まって、体が勝手に動き出して、回転は早く、さらに早く、涙は渦巻いて天に向かって飛び散った。最後に空っぽになった私は、まるで踊り子の質の子みたいに、取っ手で回転して宙に舞っていた。
白様が『最高の踊りよ、もう何も教える事はない』と言ってくれた。
踊った後でなぜか私は、硯は必ず待っててくれると確信してた。新しい夏が来たらもう大人、硯のパートナーになるんだと心が決まったから。
「怪我はない?」
池のそばの桜の木の陰から現れたのはオオジロでした。
「僕は大丈夫だけど、薪が濡れちゃったぁ……」
あんなに我慢して泣かなかったのに、また失敗して薪を台無しにしてしまったのでした。
「う……うあーん、うああーん」
五つ窪みは、とうとう堪えきれずに大声で泣き出しました。
「もう本当に泣き虫ねぇ。動ける? ほら杖につかまって、引っ張るわよ」
オオジロの杖に取っ手をとられて、五つ窪みはやっと池から這い上がりました。
「怪我はしてないようね。今ちょうど桜の花が散ってて、木の周りも池の上も花びらの絨毯みたいになってるから、池の縁が分かりにくくなって、他のカップも時々落ちるのよ。だから気にしないでいいの。薪は乾かせばまた使えるしね」
オオジロの言葉に、五つ窪みはやっと泣き止みました。
「それにしても、五つ窪みは桜の花びらがよく似合う。まるで夜桜みたいに綺麗だわ」
産まれて初めて褒められて、驚いた五つ窪みが自分の体を見ると、濡れた黒い体一面に桜の花びらが張り付いて、綺麗な絵のようになっていました。
「僕、綺麗なの?」
「そうよ。黒って色は地味だけど、他の色を引き立てる色なの。昼間に夜桜が観れて得したわ。私のパートナー名は“桜”なの。“月ちゃん”が私のことをそう呼んでたから」
オオジロは笑っています、嘘では無いようです。
「ほらそこに薪を出して並べて、乾いたら積むから。薪ってのはもともと小さく切ってから一年置いて、乾燥させて初めてよく燃える。使うのは一年後だから、それまでには絶対乾くから安心していいのよ」
見ると、オオジロは斧を持っていて、大きな切り株の上には丸太がのっています。五つ窪みが門を壊した時のあの丸太のようです。
「オオジロさん、薪割りしてるの?」
「そう。せっかくの丸太、無駄にするわけにいかないからね。城にはこの硯の斧を使えるほど“浮き”の強いものは私しかいないから。今でこそ踊り子姉さんの頭になってるけど、この城を作る時は、私も手伝ったんだよ。煉瓦の粘土踏んだりしてね」
粘土踏み、オオジロさんが……そういえば昔はやんちゃしてたって、白様が言ってたっけ。
「で、でもオオジロさん、踊り子さんでしょ? 薄いから危ないんじゃ」
「ああ、産まれたてはまだ知らないのか。踊り子はね、踊るのが好きなだけの子と、踊り子になる以外選択肢のない、薄くて軽い“踊り子質”の子と二種類いるんだよ。
前者は、私や白様や鋼。北山の火山の熱だけで冬が越せる。後者は、籠目や十六夜やお前を乗り回してたカルテット。この煉瓦の城のペチカがなければ、冬が越せないで割れて死んでしまう。当然、踊り子以外にはなれない。この城は本来そういう子の為にあるんだよ」
「あの、僕、薪割りします。萩さんに教わったからできます。やらせて下さい」
五つ窪みは慌てて言いました。杖がないと歩けないオオジロに薪割りをさせたくなかったのです。
「そう? じゃ頼もうかな。私も歳だから薪割りはキツイのよね」
「待って、薪が飛ばないようにやりますから」
五つ窪みは薪を縛ってきた蔓をほどいて、丸太の一番下のほうにグルリと巻きました。
「大きな丸太を割るときは、こうやって丸太の下の方を蔓で固定してから、蔓を切らないように、年輪の真ん中から皮の方へ斧を打ち込むの。続けて薪の周りを回りながら放射状に打ち続けると、最後にはパラって崩れて割れるんだ。薪が飛んでいかないから安全だって、萩さんに教わったの」
「さすがは萩さん。薪割りなんてしたの、硯と一緒にこの城を作って以来だから七十年ぶり、すっかり忘れてた。こういう工夫を見ると、硯を思い出すわ」
「硯さん、西山の墓場で似姿を見ました。真っ黒ですごく厚くて、取っ手もなくて、高台の代わりに突起が四つ下の方についてる、窪みが半分しか無いの不思議な形のカップでした」
コン、コン、と斧を振って丸太を割りながら、五つ窪みが言いました。
「そりゃあそうだよ、硯はカップじゃないんだから。でも私達と同じに、ちゃんと心もあって喋れたよ。水の中なら踊ることもできた」
五つ窪みは驚きました。カップ以外の心のある生き物なんて、この世にいると思わなかったのです。
4. オオジロの昔話~硯《すずり》
「硯はね、あの人の“字を書く道具”で、だからあの人の書く字はみんな読めて、私達カップを心配する、あの人の悲しいため息をいつもそばで聞いてたんだって。
だから、あの人に『僕が言って、カップ達にあなたの名前を伝えます、行かせて下さい』と願い出たんだそうよ。硯には勝算があったの。体の裏側に金であの人の名前が書いてあって、それを読めばいいと思っていたの。
『うまくはいかないだろう』
あの人は言ったけど、頼み込んで硯はこの世に降りてきたの。
ところがいざ産まれてみたら、あの人の名前を忘れてしまうわ、怪我をしたカップに出会って、金継ぎをするために、金で書かれたあの人の名前を削って使ってしまうわで、計画はオジャン。
硯って、頭いいくせにどっか抜けてるのよね。そこが可愛いかったんだけど。
五つ窪み見てるとアイツの事思い出しちゃったな」
オオジロは楽しそうに笑っています。五つ窪みは驚きました。怖いとばかり思っていたオオジロが、こんな風に笑えるなんて思わなかったのです。
「でも、硯のおかげで金継ぎの技術がこの世界に伝わって、死ぬカップがすごく減ったの。文字を教えてくれたから、戸籍の記録も残せるようになったし、火山から火をとってきて、松明で夜を安全にしたり、鉄の作り方を教えてくれて、斧や鋸ができて木を切れるようになった。
そしてその頃増えだした、冬を越せずに死んでいく“踊り子の質”のカップを救うために煉瓦を焼いて、ペチカのお城を作り出した。木を無駄にするからって反対する人達もいたから、北山から離れた南の山の麓で、一人でコツコツ作り続けてたの。
白様は、踊り子の質の子たちは、体が薄くて軽くて、まるでタンポポの綿毛みたいに“浮く”ことができることに気づいたから、踊りを見せて冬の薪を手に入れることにしたの。
私が生まれたのは、その年の夏。
白様に踊りを習ってたけど、飽きちゃって一人で遊びに出て、湖で熱くなった黒い体を冷やしている硯を見たの。
ほら、水に入ると光が曲がって、体が半分位に短く見えるでしょ? だから硯が平べったいのに気づかなくて、半分しか窪みの無い、変わったカップだと思って『半分お月様だー』って言って、水をすくって入れちゃったの。意味もわからずにね。
後で白様にバレて散々叱られて『硯は踊り子たちのために大事な仕事をしてるんだから、邪魔をしてはいけません』と言われた。
反省した私は、次の日から硯を手伝いだした。あの頃はどこも壊れてなかったから、すごい力持ちだったのよ。木をどんどん切って、薪を作って、煉瓦を焼いて、雪の降る前には、踊り子たちが全員入れる煉瓦のペチカの城が完成した。
硯は門の大きさを私が入れるように、わざわざ測って大きく作ってくれた。
『君だって踊り子だもの入っておくれ』と言われた。
でも、煉瓦のペチカを作っている間に、踊り子達が何人も生まれて、私が入ったら、その子たちが入れなくなってしまったの。
『私は北山で大丈夫だから』と言ったら、
『でも僕は君に入って欲しくて、これを作ったんだ。お願いだオオジロ、冬が明けて大人になったら、僕のパートナーになってくれないか? 二人であの人の名前を見つけよう』って申し込まれた。
でも私は、パートナーって白様と黒様みたいに、一緒に踊れる人じゃないとダメなんだと思っていたの。硯のこと好きだったけど……
『だって硯は踊れないもの。私パートナーは一緒に踊れる人がいい』
といってしまった。
『そうだね。ゴメン、今の忘れて』
その時の硯の悲しそうな声を聞いたとき、心が半分潰れたような気がして、霙の降り出した中、怖くて全速力で北山に帰って、うずくまって震えてたの。
白様が様子が変なのに気づいてくれて、硯の申し出のことを話したら
『硯ったら、生まれて三ヶ月にもならない子供に、意味が分かるわけないじゃないの!』
そう言って、怒りだしたわ。
『明日になったら、一緒に硯に会いに行きましょう。硯を私が叱ってあげます。パートナーの申し込みは、冬を越した大人にしか許されていないの。悪いのは硯の方よ、お前じゃない』
慌てた私が『でも、ひどく叱らないで。硯が可哀想よ』って言うと、『あら、そうなの? ふうん……まあいいわ。明日が楽しみね。』そう言うって笑った。
でも、次の日から休みなく、七日七晩、雪は降り続けて全く止まなかった。止んだ時には、もうお城に行くのは誰が見ても無理な程、雪が深く降り積もってしまってたの。
私悔やんでねえ。
『きっと硯は、私が硯のこと嫌いなんだと思ってる……もう許してくれない』
白様は、そんな事ないと言ってくれたけど、心が砕けちゃって、蹲って泣いてばかりいた。
5. もう一度逢いたい
その頃踊ったのが『もう一度逢いたい』よ。五つ窪みはまだ見たことないと思うけど、北山では火山の温泉池そばに踊り場があるの。夏は閉鎖されてるけど、あそこで冬の暖かい日に、松明の灯りでみんなで踊る事が時々あるの。
私、白様に励まされて踊り出したんだけど、長い間蹲ってたし、涙で体が重くてうまく踊れなくて、初めは物凄いゆっくりした踊りだった。
でもだんだん心が熱く高まって、体が勝手に動き出して、回転は早く、さらに早く、涙は渦巻いて天に向かって飛び散った。最後に空っぽになった私は、まるで踊り子の質の子みたいに、取っ手で回転して宙に舞っていた。
白様が『最高の踊りよ、もう何も教える事はない』と言ってくれた。
踊った後でなぜか私は、硯は必ず待っててくれると確信してた。新しい夏が来たらもう大人、硯のパートナーになるんだと心が決まったから。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
オレの師匠は職人バカ。~ル・リーデル宝石工房物語~
若松だんご
児童書・童話
街の中心からやや外れたところにある、「ル・リーデル宝石工房」
この工房には、新進気鋭の若い師匠とその弟子の二人が暮らしていた。
南の国で修行してきたという師匠の腕は決して悪くないのだが、街の人からの評価は、「地味。センスがない」。
仕事の依頼もなく、注文を受けることもない工房は常に貧乏で、薄い塩味豆だけスープしか食べられない。
「決めた!! この石を使って、一世一代の宝石を作り上げる!!」
貧乏に耐えかねた師匠が取り出したのは、先代が遺したエメラルドの原石。
「これ、使うのか?」
期待と不安の混じった目で石と師匠を見る弟子のグリュウ。
この石には無限の可能性が秘められてる。
興奮気味に話す師匠に戸惑うグリュウ。
石は本当に素晴らしいのか? クズ石じゃないのか? 大丈夫なのか?
――でも、完成するのがすっげえ楽しみ。
石に没頭すれば、周囲が全く見えなくなる職人バカな師匠と、それをフォローする弟子の小さな物語
閉じられた図書館
関谷俊博
児童書・童話
ぼくの心には閉じられた図書館がある…。「あんたの母親は、適当な男と街を出ていったんだよ」祖母にそう聴かされたとき、ぼくは心の図書館の扉を閉めた…。(1/4完結。有難うございました)。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ
三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』
――それは、ちょっと変わった不思議なお店。
おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。
ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。
お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。
そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。
彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎
いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
両親大好きっ子平民聖女様は、モフモフ聖獣様と一緒に出稼ぎライフに勤しんでいます
井藤 美樹
児童書・童話
私の両親はお人好しなの。それも、超が付くほどのお人好し。
ここだけの話、生まれたての赤ちゃんよりもピュアな存在だと、私は内心思ってるほどなの。少なくとも、六歳の私よりもピュアなのは間違いないわ。
なので、すぐ人にだまされる。
でもね、そんな両親が大好きなの。とってもね。
だから、私が防波堤になるしかないよね、必然的に。生まれてくる妹弟のためにね。お姉ちゃん頑張ります。
でもまさか、こんなことになるなんて思いもしなかったよ。
こんな私が〈聖女〉なんて。絶対間違いだよね。教会の偉い人たちは間違いないって言ってるし、すっごく可愛いモフモフに懐かれるし、どうしよう。
えっ!? 聖女って給料が出るの!? なら、なります!! 頑張ります!!
両親大好きっ子平民聖女様と白いモフモフ聖獣様との出稼ぎライフ、ここに開幕です!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる