命の器の物語

源公子

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名前は五つ窪み

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 3. 名前は五つ窪み

「それなんだけど……鋼、あなたこの子の名付け親になりなさい」

「ええ? 名付け親は、最初に見つけたものがなる事になっているじゃないですか。白様がなるべきです」

「わかってるわよ。でもほんの二・三分の差じゃないの。この子の大きさを見て、私じゃ手に余るわ」

「オオジロを育てた人が何をいってるんですか。それに僕は、十六夜《いざよい》だけで手一杯なの知っているでしょう?」

「だからなの。さっきこの子の産涙を飲んだからわかるのよ、この子は賢いわ。その上力がある。きっとお前の植林計画の助けになる」

「力があるのは見ればわかりますよ。だけど、法律で――」

「ふ……ふぇーん」
 産まれたてのカップはまた泣き出しました。

 涙がドクドク溢れて、周りの土はビショビショになり、小さな川が流れ出しました。
 だってせっかく産まれて来たのに、鋼も白様も、自分の親になりたくなくて押し付け合っているのですから。

「あら、また泣いちゃった。ごめんね、あなたが嫌いとかじゃないのよ」
 白様は、取っ手の先で優しく触れながら言いました。 

「鋼、さっき言ったわね。“世界最長老カップ”その通りよ。同い年のロージンは一月前に死んだ、私もいつ壊れるかわからない。この子の親になっても、成人するまでもたないかもしれない――。
 籠目《かごめ》のことを思い出して。子供の頃に親が入れ替わることが、どれほど心を歪めるか、あなたはよく知ってるわね。私は今年の冬を越す自信がないの」

「白様、そんな……」
 鋼は、声を詰まらせた。

 冬を越す自信がない、いつ壊れるかわからない。
 壊れると心がなくなって、冷たくなって動けなくなって“似姿”って言うお墓になるの?

 “壊れる”、それが“一人ぼっち”の次に、産まれたてのカップが覚えた“怖い”ことでした。

「分りました。名付け親を引き受けます」
 やっと鋼は言いました。

「それじゃ名前を決めて、オオジロの所に届けなくちゃね」
「名前ね。大きくて、黒いからオオグロとか」

 大きくて、黒い。それが僕?

「もっとこの子らしい、素敵な名前はないの? 適当につけちゃ可哀想よ」
 白様は不満げです。

「自分でつければ良いのに」
 鋼が困って、産まれたての周りをぐるぐる回っていると、取っ手のあたりに丸い金色の窪みが幾つかあるのを見つけました。不思議な丸い渦巻きのような模様が五つ付いています。

「これ、金じゃないかな」
 鋼は、まじまじと見て頷きました。

「金色の窪みが五つ、君の名前は“五つ窪み”だ。それで良いね」
 オオグロより、ずっと素敵でした。

「はい」
 その時から産まれたてのカップは“五つ窪み”になりました。


 4. 南の城へ

「それじゃあ急ぎなさい。手続きの時間も掛かるだろうし、南の城へ行って帰ってくるとなると半日はかかる。日暮れまでに北山に戻るにはギリギリかもしれないわ。十六夜を夜一人にしておくのは心配だしね」

「分りました。白様はどうします?」
「私は暫くここで、ロージンを待ってみるわ」

「ただの言い伝えを信じてるんですか?」
「多分無駄でしょうね、分かってるの。それでもそうしたいのよ」

 鋼は白様がさっきしたように、天に向かってため息をつきました。

「分りました、二人で行ってきます。五つ窪み、付いておいで。少し急ぐよ」
 スタスタ進み出した鋼の後を、五つ窪みはヨタヨタとついていきます。


「あんな言い伝えを試してみたいなんて、白様らしくない。でも……可能性があるなら、何でも試してみたくなるんだろうな。パートナーを失えば」

「あの、あの、鋼様」
「鋼でいいよ。なんだい?」

「言い伝えってなんですか? あそこで待ってたら何が起こるんですか」

「命が戻ってきて、あの中に入ると言われている。体が壊れて命が抜けていったのだから、体を直せば命が戻ってくると、昔の人は考えたんだ。
 そして割れた欠片を集めてそっくりな体を作るようになった。それが“似姿”だ。
 でも成功して、生き返ったものは誰もいない」

「じゃあ黒様は生き返らないの? なのに、白様はどうしてあそこで待ってるの?」

「そうなって欲しいからだよ。嘘と分かってても諦め切れないんだ。でも“だったらいいな”なんて決して本当にはならない。それでもそうせずにはいられないほど、白様は黒様を失って悲しいんだよ」

「パートナーを失うって、そんなに悲しいの? だったら、そんなの初めからなんなきゃ良いのに。僕は悲しいの嫌だ」

「産まれたてらしい考えだ。でもね、不思議なことに“心”はいつも相手を求めて彷徨ように出来ているのさ。君は、君を作ってくれた人を覚えてるかい?」

「うん、でも名前を忘れちゃったの。あんなに大好きだったのに」

「みんなそうなんだ。そうしないと新しく誰かを好きになることができないからだと言われている。
 誰かを好きになって二人の心が一つになると、あの人の名前を取り返すことができて、世界を変える力をもたらすと言われている……一度だけ、それに成功して、今の世界を作ったのは、白様と黒様の二人なんだ。だから、二人はとても尊敬されているんだよ」

「じゃぁ白様に聞けばあの人の名前わかるね。僕あの人の名前を忘れたままなの嫌なんだ」

「残念だけど、願いが叶ったとき、名前は二人の心から消えてしまったそうだ。願い事を間違えたからだと、黒様ずっと後悔していた」

「正しい願いと間違った願いがあるの? 黒様は何をお願いしたの?」

「生まれたては知りたがりだな。『小さなカップでなくても、冬に死ななくていいようにしてください』と願ったそうだよ。詳しくは僕も知らないんだ、いつか白様に聞いてごらん。
 もうお城に着いたから、此処からは聞かれたことだけに返事をするんだよ。質問は無し」

 冬ってなんだろう?大きいと冬に死んじゃうのかな。
 でも白様小さいのに冬を越す自信がないって言ってたし――

 五つ窪みが覚えた三つ目の怖いものは“冬”でした。
 どうもこの世界は怖いものがいっぱいある様です。

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