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燃える明け方

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 戦いを終えた俺は、ユーフィンの町へと皆を呼びに行った。
 強力なアンデッドの魂は、教会で浄化しないと昇天させられないらしい。放っておくと、また別のアンデッドになってしまう。だからカノッサの首は、ウラギールとシャルロットが近くの教会に届けに行く事になった。
 そしてマリオンは、バラバラになった自分の身体を目にしても、涙ひとつ見せなかった。
 今まで、散々泣いてたのに……俺はそんなマリオンに、焼け焦げた平原の真ん中で、ひたすら頭を下げて謝り続けた。

「マリオン! マリオンの身体を守ってあげられなくて、集めてあげられなくて……ごめん! 許してくれ、ごめんよ!」

 俺は月明かりの中を這いつくばって必死で破片を拾い集めたが、指の何本かと左脚は見つからなかったのだ。
 ひざを抱えて座り込んだマリオンは、ボロクズみたいな自分の身体を見つめながら、静かな声で言った。

「謝る事なんて何もないよ。がんばってくれて、ありがとう」

 やがて、朝になる。
 日が昇るとマリオンは、立ち上がってポツリと呟いた。

「バイバイ……オレの身体。今まで、ご苦労さま」

 それからマリオンは、懐から油の入った瓶とマッチを取り出す。
 グスリと鼻を鳴らし、自分の身体に瓶の中身をぶちまけて、火をつけた。
 あっという間に燃え盛る。炎の赤に被さるように、朝焼けの光が降り注ぐ。
 マリオンは振り向いて、優しい笑顔で言った。

「ジュータ。オレのせいで苦労させて、本当にすまなかったな」

 それを見て俺は、絶望的な気分になってしまう。

「な、なんだよそれ……ダメだよ、マリオン! それはダメだっ!」
「……えっ? ダメって、何がダメなんだ?」

 不思議そうに首を傾げるマリオン。
 俺はワナワナと震えてしまう。

「だ、だって、マリオン。今、ちゃんと泣けてないじゃないか!?」

 そう……マリオンは泣いてない。
 あれほど辛い事があったのに、涙を一切流していない……それどころか、穏やかな笑みを浮かべてる。……あの、すぐ泣くマリオンがだぞ!? こんなの絶対、おかしいだろっ!?
 きっとマリオンは精神的なショックが大きすぎて、壊れてしまったんだ!
 動揺しまくる俺を見て、マリオンはキョトンとした後で、困ったようにポリポリと後頭部を掻いて言った。

「あー……、はいはい。そういう事かよ」

 俺は、真っ青な顔で問いかける。

「マ、ママママ、マリオンっ? ど、どど、どうしたんだよ!? マリオンが泣かないなんて、こんなの変だ! ……な、泣いてくれよ! いつもみたいに、わんわん泣いていいんだぞ!?」

 燃える炎と朝焼けの光を背景に、マリオンは苦笑した。

「ぷ、くくっ。そんな顔すんなよ、ジュータ! うーん……まあ、そうだよな? 確かに、お前が変だと思うのも当然だ。オレが泣かないなんて、おかしいもんな。オレだって実際に目にしたら、もっと泣けると思ってたんだけどさぁ……」

 マリオンは、しばし黙った後で俺に歩み寄る。そして手を取り、落ち着いた顔で言った。

「なあジュータ、聞いてくれ。オレな、最近……夢を見るんだ」
「……夢?」

 問い返す俺に、マリオンは頷く。

「ああ。ちょっと前までは、昔の身体に戻る夢だった。毎晩毎晩、同じ夢を見たよ。夢の中でオレは、元の男の身体で周りに仲間達がいて、みんな元気に暮らしてて……そんな夢だ。そして目が覚めて、オレは現実を思い知って、少しだけ泣く。……そんな朝を繰り返してた」

 その言葉に、俺は唇を噛んだ。

「俺、全然知らなかった……マリオンが、そんな辛い朝を迎えてたなんて……!」

 俺は、マリオンの痛みに気づけなかった。それが悔しかったのだ。
 だがマリオンは軽く「ふふっ」と笑い、頭を振って口を開いた。

「だけど、最近は違う。夢の中でのオレは、男の身体じゃない……女の身体なんだ。この身体のまま成長して、お前とあの屋敷で暮らしてる。そんなオレは信じられないくらい幸せで、とても満ち足りてて……そして目が覚めたら、ホッとするんだよ」

 マリオンは柔らかな笑いを浮かべたまま、俺を見上げて言葉を続ける。

「なあ、ジュータ。あの夜……お前が、寒さで凍えるオレを抱いて一緒に寝てくれたあの夜が……どれだけ嬉しかったと思う? お前がいてくれたから、オレはこの身体で生きてく覚悟ができたんだ」
「覚悟……だって?」
「ああ。『生きる希望』と言ってもいい」

 その言葉と共に、夜の間は決して泣かなかったマリオンの両目から、涙がボロボロと零れ落ちた。マリオンは涙声で言う。

「オ、オレなんか、生きててもしょうがないって……ずっとずっと、そう思ってた! 弱くて、すぐ泣いて、へこたれて……生き返らなければよかった、オレには価値がない……消えちゃった方がいいって……けど、それは間違いだった。オレの大好きなお前が、オレを必要としてくれてる。それだけで、オレが生きる意味には十分なんだ!」

 マリオンの泣き顔は……これまで見てきた、どの泣き顔とも違っていた。グシャグシャの泣き笑いだった。
 それを見た瞬間、俺の胸にも熱いものがこみ上げた。俺は言葉も出せずに、マリオンの手を強く握る。
 マリオンが、俺の手を握り返しながら言った。

「……オレ、ちゃんと辛いよ。男の身体は燃えちゃったし、カノッサも死んだ。もう取り返しがつかないって、すごく寂しいよ。だからジュータがいてくれて、本当に良かった。こんなの一人じゃ、絶対に耐え切れない……これからもきっと、辛い事がたくさんある。他の仲間だって心配だ。けれどジュータが隣にいてくれるなら、どんな困難でも楽勝で乗り越えられる気がするんだ」

 マリオンの言葉に、俺の目にも涙が浮かぶ。信頼されてる。嬉しかった。
 二人の間にある気持ちを、『恋愛』とか『友情』とか……そういう言葉で表現していいのかはわからない。だけど、互いが互いを大切で、心から強く思い合ってると、それだけは確かに伝わった。
 俺たちは今、心の底から幸せだった。ただ、ひたすらに幸福だった。
 きっとこの先、どれだけ苦しい事があっても、今日の思い出があれば生きていける。
 死の間際にも、この瞬間を思い出すだろう。
 朝焼けと炎の赤い光の中で、満ち足りた心で、お互いの瞳を見つめ続けた。

 いつまで、そうしていたのか……。
 気づくと、マリオンの昔の身体は燃え尽きて、真っ黒な炭になっていた。それは一陣の風に吹かれて、サラサラと天空に舞い上がる。
 俺は風の行く先を見上げながら、繋いだ手にギュッと力を込める。小さな手の温もりが、燃えるように熱く感じた朝だった。

 ……だが、その時の俺は知らなかったのだ。
 そんな俺らを遠くから、赤毛の魔女が見つめていた事を……その手に、白い老人の首をたずさえて。
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