上 下
55 / 58

デュラハンの切り札

しおりを挟む
 異次元と同じように赤い景色だが、澄んだ空気が満ちている……気が付くと、俺とデュラハンは夕焼けの野原に立っていた。離れた場所に、みんなもいる。
 俺が剣を構えると、デュラハンも構えを取った。
 霊感は来ない……デュラハンに斬り込む気がないからだろう。まだ、『メガクラッシュ』も届かない間合いだった。
 突然、辺りの気温が10℃近く下がる。と、デュラハンが口を開いた。

「聞けい、ジュータ・イスルギよ! こちらもただ、異次元に篭っていたわけではないぞ。我が主へとしらせは届けられている。この地には既に、『レギオン』の一部が来ているのだ!」

 声と共に、夕日に染まる地面から何かが浮かび上がる。
 ……現れたのは幽霊だった。まるで燐光のように薄ぼんやりとした、人の形が次々と現れたのだ。
 豪奢な貴族の、鎧を身に付けた戦士、あるいは市民の、みすぼらしい奴隷の幽霊が、際限なく地の底から湧き出てくる……低級霊だ。
 彼らは単体ならば、とても弱い。銀の武器、あるいは祝福を受けた武器さえ持てば、一般人でも余裕で勝てるほどである。思考力もほとんどなく、盲目的にこちらに突っ込み、生気を吸い取るだけの存在だ。
 しかしそれは、尋常な数ではなかった。
 数百、数千、あるいは万を越えよう大群を目にして、マリオンが叫ぶ。

「あ、あっ……あれだぁ! オレは、あれにやられたんだ!」

 ダリアは杖で地面に魔方陣を描くと、素早いステップで跳ね回った。彼女の周囲に光がほとばる……『ゲート』だ。ダリアは叫ぶ。

「ユーフィンに避難してるからぁ、終わったら呼びに来なさぁいっ!」

 杖を構えるダリア、ガタガタと震えるマリオン、飛び出してこようとするシャルロット、それを抑えるウラギール……光は皆を飲み込むと、あっという間に消えてしまった。

 デュラハンと大量の幽霊の真っ只中に、俺は取り残される。
 だが、恐れはない。
 なぜならそれは……だったから。

 デュラハンが剣を振り抜き、命令する。

「幽霊共よ! 全てを飲み込め!」

 地に満ちる幽霊が、空中に浮遊する幽霊が、未だ地から湧き出す幽霊たちが、俺に殺到する!
 デュラハンは、俺と距離を保ったままだ。前回の戦いで、俺のスキルの有効範囲を見ているからだ。
 俺は幽霊に触れられる前に、『メガクラッシュ』を打ち込んだ。
 あっという間に、千に近い幽霊が消滅した。しかし、後続の幽霊は構わずに俺に突っ込む。
 と、同時にデュラハンも地を駆けた。
 そして幽霊の何体かが、ついには俺の身体に触れて……そのまま素通りした。取りつく事はかなわない。

「な……なにぃ!?」

 デュラハンの動きが、驚愕に固まる。
 俺は2発目の『メガクラッシュ』を撃ち、また千に近い幽霊を消滅させる。
 さらに3発目、4発目……すでに幽霊の軍勢は、3分の1が消えていた。
 デュラハンが慌てて片手を上げて、幽霊の動きを止める。
 俺は一息ついてから、デュラハンに向かって言った。

「……ふぅ。お前さ、俺のスキルを『カウンター』と同じ、『物理無効』かなんかだと思ったろ? 『物理無効』なら生命力吸収が効くもんなぁ……」

 デュラハンは答えない。
 きっと奴の予定では、スキルの合間に幽霊の何体かが俺に取り付き、それによって生命力を奪いとるはずだったのだ。
 もちろん、俺は『メガクラッシュ』で取り付いた幽霊を吹き飛ばす。しかし、一度に数体の幽霊に取り付かれては、おそらく10秒と持たずに意識を失っていたはずだ。どれだけ吹き飛ばしても、これだけの数で際限なく飲み込めば、いずれ限界がくるだろう。
 だが、そうはならなかった……実は、俺とマリオンは、ある仮説を立てていたのだ。

 それは【神は『カウンター』を盗まれたから『メガクラッシュ』を作った】と言うものだった。

 この仮説は、俺たち『転生者』にしか立てられない。
 ……普通、神と言えば全知全能で威厳のある姿を想像するんじゃないか?
 だけど、実際に神に会った、俺とマリオンは知っている。あの女神様は適当極まりなくて、やる気の感じられない存在だった。きっと神はこの世界を面倒だと感じていて、それでも滅ぼすわけにいかないから、仕方なしに厄介事を転生者に押し付けてるのだ。
 伝説級のスキルを持った人間が現れれば、地上のトラブルは必然的にそいつの元に集まることになる。強大なモンスターやドラゴンの討伐、国同士のいざこざまで、誰もがそいつを頼るだろう。
 しかも転生者には血縁や祖国のしがらみがなく、それなりに知恵もあり、人死にを嫌うお人好しばかり。神が面倒みなくても、彼らは勝手に地上を平和にしてくれる。
 要するに転生者は、『神が楽をするためのシステム』なのだ。

 しかし、そんなある日の事だった……いつものように転生者を送り出したら、なんと死霊術士に負けてしまい、オマケに『カウンター』までられてしまった!
 アンデッドは寿命で死ぬことがない。しかも『カウンター』は強力無比で、まともに戦えばまず負けない。ひとつのレアスキルは『世界で一人だけしか所持できない』のだから、『カウンター』の回収は永遠に不可能になってしまう……これはマズい!
 そこで新たな転生者として、俺が送り込まれたんだろう。女神の真の狙いは、『カウンター持ちのアンデッド』と俺をぶつけて、俺に倒させる事だったのだ。
 つまり『メガクラッシュ』は、『対カウンター用のスキル』なのだ。何も考えずに連発してるだけで『カウンター』に勝てるスキル……それが、『メガクラッシュ』なのである。

 で、あるならば。
 いくら神が適当だとしても、『カウンター』を盗まれたのと同じ負け方を、俺にさせるはずがない。それでは堂々巡りで、また面倒が増えるだけ。
 そこで実装した新スキルには、『完全無敵』という今までになかったチートな要素を盛り込んだ。さすがに使い放題だと強すぎると思ったのか、「体力フルで二十回」などという、これまた思いつきとしか思えない、適当な制限もつけた。
 ……本当にふざけてる。言わば俺は、『調整不足のままで投入されたゲームキャラ』みたいに『いい加減な存在』なのだろう。こんなめちゃくちゃな筋書き、デュラハンだって彼を作り出した死霊術士にだって、想像できなかったに違いない。
 俺は余裕の笑いを浮かべ、あざけるように言ってやった。

「で、どうする? もう一度、幽霊を突っ込ませるか? もしくは別次元に逃げ込む? まあ、また引っ張り出してやるけどね……そしたら今度は、幽霊を集める時間があるのかなぁ? それとも無様に背を向けて、走って逃げてみるかい? お前、生きてた時は剣聖とか呼ばれてたらしいじゃん。プライドないなら、それもいんじゃね?」

 かくいう俺は、勝てない相手なら逃げてもいいと思ってる。バトルには相性がある。『戦略的撤退』は恥ではない。かの剣豪宮本武蔵も、自分より強い相手とは戦わずに逃げたと聞く。
 なら、なぜこんな挑発めいた事を言ったのかといえば……実は俺にとって、走って逃げられるのが一番キツいからだった。
 しかしデュラハンは、挑発に乗ったわけでもないだろうが、剣を構えて相対して笑う。

「グフフ。主の命を遂行したいが、もう策がない。わしに勝ち目はないだろう……だが、逃げはせぬ! ここまで予想を超えられると、いっそ清々しく感じるわ。お前とは小細工なしで戦いたい。万策尽きたなら今度こそ、愚直に道を貫くまでよ! 我が身、朽ち果てるまで戦わせてもらおうぞ!」

 言うや否やデュラハンは、大量の幽霊を引き連れて、臆することなく真っ直ぐに向かってきた。
 もう、止まるつもりはないのだろう。
 俺は武器を構えて、迎え撃つ。
 もちろん俺も、最後まで止めるつもりはなかった
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】TSエロゲの世界でチョロインになった件

Tonks
ファンタジー
バーチャルエロゲにログインしたらログアウトできなくなり、そのままTSヒロインとして攻略対象となる物語です。タイトル通りTS後の主人公は基本チョロインです。18禁エロ描写中心。女性化した主人公のディープな心理描写を含みます。 ふたなり、TS百合の要素は含まれておりません。エロ描写はすべて「女になった元男が、男とセックスする」ものです。ただし相手の男はイケメンに限る、というわけでもないので、精神的BLの範疇からは逸脱しているものと思われます。 lolokuさんに挿絵を描いていただきました。本作にこれ以上の挿絵は世界中どこを探しても見つからないと思います。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

貞操逆転世界の温泉で、三助やることに成りました

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
貞操逆転で1/100な異世界に迷い込みました 不意に迷い込んだ貞操逆転世界、男女比は1/100、色々違うけど、それなりに楽しくやらせていただきます。 カクヨムで11万文字ほど書けたので、こちらにも置かせていただきます。 ストック切れるまでは毎日投稿予定です ジャンルは割と謎、現実では無いから異世界だけど、剣と魔法では無いし、現代と言うにも若干微妙、恋愛と言うには雑音多め? デストピア文学ぽくも見えるしと言う感じに、ラブコメっぽいという事で良いですか?

処理中です...