上 下
26 / 43

がんばれ空那の40分風呂地獄

しおりを挟む
 さすがはスイートルームである。
 風呂は驚くほど広かった。二人どころか、四人は入れる広さであった。
 ただ、だからと言って本当に四人が一度に入るのは、この風呂の設計上、想定されていないだろう。

 女三人に男一人。身体にバスタオルを巻いた四人は、湯気の篭る浴室へと入ってゆく。
 風呂の湯にはミルク色の入浴剤が溶けていて、浸かってしまえば身体は見えない。
 空那は早速、湯船に入ろうとするが、後ろから腕を掴まれてしまう。雪乃だった。

「ちょっと、空ちゃん! みんなで入るんだから、先に身体を洗うのがマナーでしょう」

 やはり、おかしい。どう考えても、おかしい。
 この風呂に入るまでの一連の流れ……雪乃と砂月が口にしてたのは、完璧に屁理屈であった。完全に言いがかりであった。というか、アレは脅迫であった。極悪であった!
 だが、決して嫌だと言い切れない、悪であった……。

 ……無理であるッ!
 健全な男子ならば、このお風呂の誘いを断ることなど、絶対に不可能である!
 イヤだと言い切る奴がいたら、そいつは女に興味がないに違いない!

 空那は、首から上が燃えるような恥ずかしさの中、そう思いながら、チラリと横を見た。
 ……雪乃の大きな胸の谷間が、バスタオルの隙間から見て取れる。空那は知っている。あの胸の感触を、知っている……。

(バ、バカっ! こんな時に、なにを想像してんだ、俺は……!)

 と、雪乃がそんな彼の視線に気づいて、顔を赤らめる。

「んもう、空ちゃん……どこ見てるのよう?」
「わ、悪い!」
「ううん、そうじゃなくって……見たいなら、バスタオルなんて、言い出さなきゃよかったのにって思ったのよ。……それとも、今から外す? 私はいいよ?」
「い、いや! 外さないでくれっ!」

 空那は、あわあわと手を振る。
 実は全員が付けてるバスタオル、彼の理性がギリギリで出した条件だった。
 だってせめて、バスタオルでも装着してもらわなければ、耐えられないではないか!
 今までは、なんとか二人のアタックを交わし続けてきた。
 好き好き光線、効いてないフリした!
 キスされても耐えましたとも!
 おっぱい押し付けられても我慢したよ!?
 太ももが擦り付けられても頑張った!
 それもみんな、二人を大切に思ってたからだ。前世とやらでおかしくなってるのだから、そんなのに流されちゃダメだと考えたから。

 だけど……間近で見る……裸だけは、ダメだ!
 それはもう、絶対にアウトだ!
 ……しかも、一緒にお風呂だとぉ!?
 そんな事になってしまったら、さすがに理性も思い出も家族愛も友情も吹っ飛んで、ただ肉欲のままに溺れてしまうだろう!

 で、そんな想像していたら……あーあ、やっちゃった。
 空那だって、男の子である。健康なんである。どうにもならない肉体の変化も、当然起こってしまうわけである。で、そうなった状態を、三人の乙女に見られるのは、あまりに恥ずかしい。
 そしてそれは、バスタオル一枚では隠すのが、非常に難しい。
 だから。慌てて椅子に座ろうとすると、尻がペロリと撫でられた。
 思わず硬直すると、砂月がいやらしく笑ってる。

「ウヒヒ……昔を思い出すなぁ……。よく一緒に入ったよねぇ!」

 その言葉に、雪乃の顔が蒼白になる。

「わけわかんないこと言わないでよっ!」
「わけわかんないこと言ってないし。昔って、子供の頃だし」
「子供が、そんないやらしい手つきするわけないでしょう!」

 ぎゃいぎゃい言い合いを続ける二人を無視して、空那は気づかれないように前屈みになりながら、手早く身体を洗う。……ぜんぜん洗えている気がしないが、ここはとにかくスピード命だっ!
 だって早く洗わないと、また砂月辺りが妙な事をしはじめて、それでどうにかなっちゃうかもしんない。

 ふと視線を移すと、アニスはどこまでもわが道を行くように、ミストサウナのスイッチを入れて、出てくる霧に気持ちよさそうに身をゆだねている。その腹が見事に丸く膨れているのを見て、やはり、さっきの食べ物は全部あそこに入っているのだなぁ、と感心してしまう。

 しかし……アニスは、いい……。

 彼女はとってものんびり屋さんで、エロスだのなんだのから、どこまでも切り離された存在な気がする。

(あ……よかった。先輩みてたら、どうにか収まってきたぞ)

 そんな風にボヘーっとしてると、突然、頭にシャンプーがかけられた。ビックリして振り向こうとすると、砂月が頭に手を伸ばしてきた。

「ね、おにいちゃん! 頭、洗ってあげる!」
「……い、いらない」

 しかし、砂月は笑顔で返す。

「いらなくないよ! 必要だよ! かわいい妹のご奉仕だもん、遠慮しないでいいよ!」
「遠慮してない」
「お客様、かゆい所はございませんかー?」
「お前のその自分勝手な振る舞いが、精神的にすっごくかゆい」

 度重なる抗議の声も空しく、砂月は勝手にシャンプーを泡立て始める。
 ワシャワシャと軽い音が鳴り、頭皮を軽く爪で撫ぜられる。流れる泡に視界を塞がれ、空那は抵抗を諦めて溜め息を吐いた。
 闇の中で、「あ、炙山先輩っ、背中流しますねえ」だの、「ほんっとバカ勇者、胸だけはデッカイわねー」だの、「おみずおいしい」だの、「炙山先輩!? そんな所に入ってる水、飲まないほうがいいですよ!」だのと言った声。
 やがて、優しくシャワーがかけられ、砂月が、「終わったよ」と軽い調子で言う。
 それから雪乃の「早く湯船であったまろ」に、砂月の「ねー、バスタオル、もういらないよね?」、アニスの「おゆ、しろい」、そして雪乃の「あ、炙山先輩。タオル、こっちにまとめちゃいますねー」

 ……続く、いくつかの水が跳ねる音。

「炙山先輩! 狭いんで、私の脚の間に座ってください。頭、胸に寄りかけちゃっていいですから……」
「やわらかい」
「ねえ、ちょっと。アタシの隣はおにいちゃんのスペースなんだけど……ほら、早く入ってよ! おにいちゃーん!」

 砂月が呼びかける。だが、空那は動かない。
 目を開ければ、きっとそこには、男子の本懐とも言うべき、肌色桃源郷な光景が広がっているに違いない。だから彼は……逆に、ギュッと目を閉じる。

(お、俺は勇気がないから開けないんじゃないっ! 勇気があるから、目を開けないんだ! ……だ、だって……さすがにこれ見たら、我慢できないじゃんっ!? 理性が本能にノックアウトされちゃうものっ!)

 見たら終わり、見たら終わり、見たら終わり……だりそうな頭で思いながら、立ち上がる。
 と、アニスが彼のバスタオルを、そっと引っ張った。

「まえみて、あぶない」

 この状況。アニスの手は、まさに天から降りてきた蜘蛛の糸だ。
 その手を握り、真っ赤な顔で敬礼すると、彼は叫んだ。

「ア、アニス先輩っ! も、申し訳ありません! 不肖、荒走空那! 現在、諸事情により目を開ける事ができません! よ、よ、よろしければ、誘導願います!」

 まるで、仲間を守るため敵の前線に、爆弾持って片道決死の特攻かける、余命いくばくな負傷兵のような口調だった。アホ丸出しである。
 実の所、この場に至って、空那もかなりパニックになっていた。
 すると、パチャリと軽い水音の後、誰かが背後にぴたりとくっつく。

「こっち」

 腰に巻いたタオル越しに、濡れた小柄な体と膨らんだ腹がピトリと密着し、腰に細い腕が回される。途端、空那は戦慄した。

「あ!? ああぁっ! せ、先輩っ! そ、それは、マズいでありますぅっ! 非常にマズいでありますーっ!」

 なぜ、マズいかは……当然、湯船にいるであろう二人の視線だ。
 直接は見えないが、いつか感じたような不穏なオーラが、ズモモーっと湧き出してるのが感じられる!
 しかもしかも、さらにアウトなことに。アニスは背が低いので、前に回した手が、とってもアブないとこにある!

(せっかく、どうにか収まってたのに!?)

 確かにアニスは彼にとって、エロスとは無関係の存在である。だが……直接触られれば、それはもはや単なる『刺激』であり、話が別だ!

「せ、先輩!? アニス先輩! そ、それは……あまりにも酷であります! ……ハッ、そうか!? もしや先輩は、この状況でも耐えて見せろと、そうおっしゃられるのですね!? 心頭滅却すれば、火もまた涼しとっ! よ、よーし……尊敬する先輩のご命令とあらばっ! この荒走空那、見事やり遂げてみせる所存にございますッ! はんにゃーはら~みたじ~、しょうけんごうんかいくう」

 で、無心になろうと直立不動で合掌し、タオル一枚で般若心経を唱え始めた。
 まったく、この男も毎度、パニクるとよくわからん真似をするのであった。
 さすがは砂月の兄というべきか、雪乃の幼馴染というべきか、やはり根っこは同じであり、こうなった空那はもはや、興奮した砂月に負けず劣らず、頭おかしい。と、

「空ちゃん?」
「おにいちゃん?」

 とびきり冷たい二人の声と共に四本の腕が伸びてきて、バカ丸出しの空那は、乱暴に湯船に叩き込まれた。


 地獄とも天国とも……いや! やはり間違いなく地獄と感じられる入浴から、さらに30分後……。
 四人は、ようやく仮眠を取っていた。アニスは別のベッドに寝ているが、空那、砂月、雪乃の三人は同じベッドに寝ている。
 他の部屋にもベッドはあったのだが……またぞろ「離れないほうがいい」だの、「子供の頃は一緒に寝た」だの主張しはじめ、いつまでたっても決まりそうにないので、三人で寝ることになったのだ。

 両隣でスヤスヤ寝息を立てる、バスローブ姿のしどけない、二人の可愛い女の子。なのに、空那はぜんぜん楽しくない。

 当然だった。起きた後の心配もあるが、どれだけ積極的に迫られても、空那はどちらにも手を出すことはできないのだ。まさに、生殺しの状態だ。
 左右から漂う石鹸の清潔な香りと、絡み付いてくる柔らかな温もりの中、怒りともやるせなさとも取れる感情で、なんだか泣きたくなってきた。

(なんだよ、こいつらっ! こんな状況、寝れるわけねーだろっ!?)

 そう思っていたが、体は充分に疲れていたらしい。
 暗い部屋で目を閉じて、規則正しい二人の息遣いを聞くうちに……空那も、いつしか眠っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

罪人として生まれた私が女侯爵となる日

迷い人
ファンタジー
守護の民と呼ばれる一族に私は生まれた。 母は、浄化の聖女と呼ばれ、魔物と戦う屈強な戦士達を癒していた。 魔物からとれる魔石は莫大な富を生む、それでも守護の民は人々のために戦い旅をする。 私達の心は、王族よりも気高い。 そう生まれ育った私は罪人の子だった。

世界最強だけど我が道を行く!!

ぶちこめダノ
ファンタジー
日本人の少年ーー春輝は事故で失ったはずの姉さんが剣と魔法のファンタジーな異世界にいると地球の神様に教えられて、姉さんを追ってラウトという少年に異世界転生を果たす。 しかし、飛ばされた先は世界最難関のダンジョンで しかも、いきなり下層で絶体絶命!? そんな危機を乗り越えて、とんでもなく強くなったラウトの前に現れたのは・・・ それから、出会った仲間たちと旅をするうちに、目的を忘れて異世界を満喫してしまう。 そんなラウトの冒険物語。 最後にどんでん返しがある予定!? どんな展開になるか予測しても面白いかも? 基本的にストレスフリーの主人公最強ものです。 話が進むにつれ、主人公の自重が消えていきます。 一章は人物設定や場面設定が多く含まれているのですが、8話に《8.ざっくり場面設定》という、2〜7話までのまとめみたいなものを用意しています。『本編さえ楽しめれば、それでいい』という方は、それを読んで、2〜7話は飛ばしてください。 『ストーリーも楽しみたい』という方は、2〜7話を読んで、8話を飛ばしてください。 ちなみに、作者のオススメは後者です!! 作品へのご意見は感想でお聞かせいただけると嬉しいです。 感想には責任を持って全てに返信させていただきますので、何かあればご遠慮なくお申し付けください。 ※不定期更新

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...