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頭文字Nがやったこと

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 アニスが椅子を引き、そこをポンポンと二回叩いた。座れ、という意味らしい。
 空那がおとなしく腰を下ろすと、デスクに皿に載せられた料理と、人数分のコーヒー牛乳と箸、取り皿が並んだ。
 金属の爪を動し、炙山父が言う。

「今日は、君に感謝の意を伝えたい。できるかぎりのもてなしをしたいが、私には、君の好みがわからない。用意する食品はアニスに判断させたのだが、間違ってなければ嬉しい……では、食事にしよう!」
  
 その声と共に、アニスがコロッケに箸を伸ばし、ひとつ取ってサクリと噛み切る。炙山父も両腕の爪を伸ばすとコロッケをひとつ取り、器用に衣だけ剥がす。そして、カシャリと胸のパーツを開き、そこに放り込む。
 空那も、コロッケに手を伸ばす。別に、焼き鳥でもよかったのだが……もしかしたら、この家のマナーとして、最初に口にするのはコロッケと決まってるのかも? と思ったからだ。
 炙山父は、衣が剥がれてマッシュポテトになったコロッケを穴に放り込み、同時に、咀嚼音さえ混じらせない声で言う。

「さて、見ての通りと言うべきか。私は、君達がごく一般に言う意味での『人』ではない」

 空那は頷く。

「ええ。そうみたいですね」

 炙山父が言う。

「それほど驚かないね」

 焼き鳥を取ろうとしてた、アニスの手が止まった。
 空那は、のほほんとした口調で続ける。

「はい、まあ。最近は、変わった事がたくさんあったんで……なんつーかな。そんな、いちいち驚いてもいられないって感じなんですよねぇ」

 嘘だった。大嘘だった。
 内心、これ以上ないほどにドキドキしていた。
 しかし、二度、三度深呼吸をして、真正面からその姿を見る。そして、なんとか落ち着きを取り戻す。
 もはや、堂々とした物であった。開き直った、と言い換えてもいい。
 こちとら魔王の妹に、勇者の幼馴染までいますから、と言った具合だ。
 炙山父は、そんな様子を気に留めた風もなく、相変わらず抑揚のない声で話を続けた。

「私は、宇宙空間居住型の生命体。君達にわかりやすく言うならば、『宇宙人』だ」

 言いながら、焼き鳥を一本取る。串から外すと、ネギだけ順番に胸の穴に入れながら続ける。

「私の身の上話をしようと思う。この部分を省略して君に話をする事もできるが、深く理解してもらうには必要だろう。
 私の思考は、言語によって他者に伝える事を前提としていない。ゆえに、理解しづらい部分や誤解もあると推測する」

 空那は首をかしげて、控えめに言った。

「はい……まあ。頑張って、理解に努めます」
「ありがたい。では、始めよう。私は、六十六年前にこの星に飛来してきた。とある星間事故に巻き込まれ、不時着したのだ。
 事故により、私の身体は深く傷ついていた。そこで地球人に、救助を求めようと考えていた。
 ……だが、その期待は大きく裏切られる事になる」

 淡々と、抑揚のない声で話し続ける。アニスが酢豚に手を伸ばし、サクサクとタマネギを食べた。
 炙山父は続ける。

「地球に着いてすぐ、私は研究者達に捕まった。なんと彼らは、私の身体を解体し始めた。衰弱していた私は抵抗もできず、身体をバラバラにされてしまった。
 彼らは、私の『宇宙移動を行うための器官』と、『データを蓄積するための器官』に、特に興味をもったようだ。
 バラバラにされた身体を彼らにいじられるのは、大変な恐怖であった。私は彼らに、そのような行為は止めるように何度も訴えたが、彼らが従う事はなかった。
 ……私は、そこで何年も拘束された」

 つまり炙山父は、不時着して地球人に助けてもらおうとしたら、研究者に身体をバラされた挙句、実験動物にされてたらしい。
 よく見れば炙山父のボディには、たくさんの傷が入ってる。バーナーで焦がしたようなものから、削り取ったような傷、引っ掻いた跡まで……下半身部分がないのも、きっと関係あるのだろう。

 これは……なんというか……あまりにも、むごい話でないか!?
 空那はドギマギと焼き鳥を食べながら、

「あ、あのう……。ほ、ほんとにすいません。地球人が、あなたにひどいことしちゃって……」

 と謝ってしまう。その反応を、彼はどう取ったものか。

「いいや。君に、責任があるわけではない。誰かに責を求めるなら、それは『地球人全体の責任』となる。
 また、同情を求めているわけでもないのだ。
 ……話を進めよう。
 だがある日、私は一人の研究者に助けられる。彼の協力により、私は研究所から逃げることができた。
 しかし見ての通り、私の下半身はここにない。それは厳重に監視され、取り戻すのを断念せざるを得なかったからだ。
 彼と私は逃げ出し、貨物船に忍び込み、ここ日本にやって来た。彼は、私をとある山中のやしろに隠すと、どこかへ行ってしまった。
 そして、二度と帰ってこなかった……おそらく逃亡に失敗して、処分されたのだ。
 私は一人で取り残され、不自由になった身体で苦悩した。社の中で満足に動けずに、何年もそこで時を過ごした。
付近の住民は、私が『特異』な存在であると理解していた。住民は私のもとに様々な品を置いていき、それと引き換えに願いを口にする。
 作物が実らない。病気が治らない。誰かが行方不明になった。
 私は可能な限り、それらに応えてやった。代わりに住人たちは私の望む物を用意し、時に外部の人間から、私を守った。私と彼らの関係は、良好であった。
 住民は、いつしか私を『神』と呼んだ。
 『神』という概念は理解できないが……それが、『代償と引き換えに、望む現象を起こす存在』と定義するならば、以前の私は『神』に違いないだろう」

 その話に、空那は思いっきり感心してしまう。

「へえー! つまり炙山父さんは、どこかの山奥で神様をやってたんですね!? それは、すごいですねぇ!」

 なにせ、本物の神様である! それも、確実なご利益ありの!
 毎年、初詣に百円玉を放り込んでも音沙汰なしの、近所の神社のご本尊とはわけが違う。

 なるほど……『宇宙人』にして『神様』の父親に育てられたなら、アニスの異次元的に浮世離れした性格も、十分に納得できる。
 アニスは、善悪を超越した仙人のように達観していて、まるで幼い子供のように無知で純朴である。何かに対してひたすら真剣な一方で、何かに対してはまるで無頓着でいる。ボーッとしてて頭が良くて、人間くさくて機械のようで、器用で不器用で……相反する二つの性質をもっている。だけど、その芯はとても優しい。
 感心しつつ、空那が最後のコロッケを取ろうとして……アニスがそれを見つめる。

 ……改めて、考えてみれば。アニスが読み取れるほどの表情を見せる事は、滅多にない。
 その数少ないひとつが、コロッケを落とした時であった。あれがなければ、空那だって話しかけたりしなかった。
 だから空那はそのコロッケを、アニスの皿にポンと乗せてやった。
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