2 / 6
二通目
しおりを挟む
二通目の手紙は、あれから三ヵ月後のことだった。
今度は、旅人の男が託されてきた。彼は、街道沿いで手間賃の金貨と共に、この手紙を背の高い、ハンサムな男に渡されたと言っていた。それは、間違いなくイーサンだ。
手紙を受け取った私は、急いで封を開けて覗き込む。
サビーネへ。
元気してるかい?
今回もね、大ニュースがあるんだ!
それを、ぜひ君に聞いてもらいたくってね!
ふふふ。前置きはこれくらいにして……では、知らせてしまおうかな?
実はなんと……僕に、『子供』が生まれたんだ!
……そう、子供だよ! しかも、男の子! 息子だよ!
それで、こうしていても立ってもいられずに、君に知らせようと、ペンを走らせたってわけなのだ!
僕の子……こいつは血をわけた、かけがえのない大切な存在さ!
ああ、本当に可愛い……っ!
ちっちゃな手足、生えかけの歯、どこまでも透き通った綺麗な目玉……うああ、美しいぃ……僕は今日ほど、生きていてよかったと思ったことはないね!
だけど子供を産んだことで、妻はひどく衰弱してる。
しばらく、つきっきりで看病しないといけないんだ。
ここでの生活は、楽ではない。なにせ、ひどい田舎だからね。
王都みたいに物がそろってないし、水も小川まで汲みに行かないといけない。時々、不届きな輩が入り込んだりもする……。
でも……ただ、足ることを知れば、我、満ち足りたり!
僕にとって、妻と子供に囲まれた不自由な生活は、百のメイドと、千の名声と、万の富に囲まれた生活よりも、ずっと幸せなのさ!
それでは、サビーネ。
今日はこの辺で……また、手紙を書くよ!
イーサン=パーカーより。
手紙を読み終えた私は、即座にアンジェリカ様のもとへ向かった。
アンジェリカ様は、体調を崩されて、ベッドに臥せっておられた。
手紙を読んだアンジェリカ様は、顔を覆って泣き出してしまう
「ああっ! イーサン=パーカー……なんて事なの……っ!」
私は、おずおずと言う。
「あの、アンジェリカ様……。手紙を持ってきた旅人に、話を聞きました。どうやらイーサンは、南に至る街道沿いで、これを旅人に託したそうです」
アンジェリカ様は、涙をボロボロと零しながら、頭を抱えた。
「わ、わたくしが……わたくしが、あの時、無理にでも引き止めていれば……っ! でも、イーサン! まさか、貴方がわたくしに、あんなひどい事を言うなんて……! だ、だってイーサン! 貴方はわたくしに、血の一滴すらも余さず捧げると、そう誓ったはずなのに……!? それが……ああ、こ、こんなの……残酷よっ! ひどすぎるわぁ!」
私は思わず、アンジェリカ様の側へと走りよる。そして、その肩を支えた。
「ア、アンジェリカ様っ!」
彼女の苦しみは、私にもわかった。
あのイーサンに、子供が生まれてしまった……どこの誰とも、顔もわからぬ女が産んだ!
こんなに残酷なことって、あるだろうか!?
私の目からも、涙が零れた。
「アンジェリカ様……お可哀想に……! ……くぅっ! ど、どうか、アンジェリカ様のお心を、私ごときが推し量るなど、無礼とお思いになられませんように……っ!」
アンジェリカ様が、私の肩に額を押し付け、叫ばれる。
「いいえ、いいえ! いいのです、サビーネ! ……ねえ、お願いです! わたくしを、貴女にすがらせてください……っ! 心が、寒くて寂しいわ……サビーネ! わたくしを強く抱いてっ!」
「お、お心のままにっ!」
私は、アンジェリカ様を抱きしめた。肩の骨が浮き出して、あまりにも痛々しい。
アンジェリカ様は、私にしがみついて号泣される。
「うああっ! ねえ、サビーネ! わたくし、どうしたらいいの!? もう、辛くて堪らないのよ! 息をするのも、嫌になってしまったわ!」
「ア、アンジェリカ様……っ! そ、そのような事は……どうか、仰らずに……っ!」
真っ赤な顔で身を震わせ、泣き続けるアンジェリカ様を見て、私は胸が一杯になる。
……痩せたアンジェリカ様は、美しかった。
目が落ち窪み、肌はかさつき、手足は骨の形が見えるほどになっているのに……それは萎れかけで、なお色を濃くする、薔薇の花に似ている。
だが、かつての生気に溢れた、匂い立つ美しさを知っているだけに……この退廃的な美しさには、心が抉られるようだった。
ああ、アンジェリカ様……っ!
しおれかけの可憐な花を前に……ただ、放っておける人間が、いるのだろうか?
……水だ。水を、差し上げるのだ。
また、かつてのように元気を取り戻し、笑って頂きたい。
彼女の心を癒すために、私にできることは……なんだろう?
ここにいるのは、いずれも想い人の男に逃げられ、傷ついた女二人である。
私は、アンジェリカ様の御髪を撫ぜて、耳にそっと囁く。
「ねえ、アンジェリカ様。これは、貴女様のお心を癒すための、ただの遊戯にございます」
「……え? サビーネ……それって……どういう意味かしら?」
私は鎧を脱ぐと、アンジェリカ様のベッドへと、体を滑り込ませる。
「サ、サビーネっ……? あなた、何を……!?」
私は、唇の前で指を一本立てて、しぃーっと息を吐く。
アンジェリカ様の喉が、ごくりと動いた。
拒否は……なさらない。
私には、アンジェリカ様を元気付ける水……『愛』を差し上げられる、自信があった。
なぜなら同性との経験は、今まで何度もあるからだ。女だてらに騎士などやっていると、若い娘は熱を上げ、性の垣根を飛び越えて、私に愛してもらいたがる。
それをどうか、汚い……などと、言ってくれるな。
命を懸けて戦い終えた後、その身にあるのは、燃え上がった本能なのだ。
いかな勇猛な騎士であろうと……いや! 勇猛だからこそ、それを抑えるのは難しい!
「アンジェリカ様……失礼いたします」
「ああっ、サビーネ……っ!」
……アンジェリカ様が、私の腕の中で、かわいらしく喘いでいる。
表で侍女が聞いてるだろうが、止めにくる様子はない。
私が男なら、即座に処刑されてたろうが……女同士なら、遊びで片付く。
それでアンジェリカ様が元気になるなら、目を瞑ると言う事だろう……熱い夜は、更けていく。
今度は、旅人の男が託されてきた。彼は、街道沿いで手間賃の金貨と共に、この手紙を背の高い、ハンサムな男に渡されたと言っていた。それは、間違いなくイーサンだ。
手紙を受け取った私は、急いで封を開けて覗き込む。
サビーネへ。
元気してるかい?
今回もね、大ニュースがあるんだ!
それを、ぜひ君に聞いてもらいたくってね!
ふふふ。前置きはこれくらいにして……では、知らせてしまおうかな?
実はなんと……僕に、『子供』が生まれたんだ!
……そう、子供だよ! しかも、男の子! 息子だよ!
それで、こうしていても立ってもいられずに、君に知らせようと、ペンを走らせたってわけなのだ!
僕の子……こいつは血をわけた、かけがえのない大切な存在さ!
ああ、本当に可愛い……っ!
ちっちゃな手足、生えかけの歯、どこまでも透き通った綺麗な目玉……うああ、美しいぃ……僕は今日ほど、生きていてよかったと思ったことはないね!
だけど子供を産んだことで、妻はひどく衰弱してる。
しばらく、つきっきりで看病しないといけないんだ。
ここでの生活は、楽ではない。なにせ、ひどい田舎だからね。
王都みたいに物がそろってないし、水も小川まで汲みに行かないといけない。時々、不届きな輩が入り込んだりもする……。
でも……ただ、足ることを知れば、我、満ち足りたり!
僕にとって、妻と子供に囲まれた不自由な生活は、百のメイドと、千の名声と、万の富に囲まれた生活よりも、ずっと幸せなのさ!
それでは、サビーネ。
今日はこの辺で……また、手紙を書くよ!
イーサン=パーカーより。
手紙を読み終えた私は、即座にアンジェリカ様のもとへ向かった。
アンジェリカ様は、体調を崩されて、ベッドに臥せっておられた。
手紙を読んだアンジェリカ様は、顔を覆って泣き出してしまう
「ああっ! イーサン=パーカー……なんて事なの……っ!」
私は、おずおずと言う。
「あの、アンジェリカ様……。手紙を持ってきた旅人に、話を聞きました。どうやらイーサンは、南に至る街道沿いで、これを旅人に託したそうです」
アンジェリカ様は、涙をボロボロと零しながら、頭を抱えた。
「わ、わたくしが……わたくしが、あの時、無理にでも引き止めていれば……っ! でも、イーサン! まさか、貴方がわたくしに、あんなひどい事を言うなんて……! だ、だってイーサン! 貴方はわたくしに、血の一滴すらも余さず捧げると、そう誓ったはずなのに……!? それが……ああ、こ、こんなの……残酷よっ! ひどすぎるわぁ!」
私は思わず、アンジェリカ様の側へと走りよる。そして、その肩を支えた。
「ア、アンジェリカ様っ!」
彼女の苦しみは、私にもわかった。
あのイーサンに、子供が生まれてしまった……どこの誰とも、顔もわからぬ女が産んだ!
こんなに残酷なことって、あるだろうか!?
私の目からも、涙が零れた。
「アンジェリカ様……お可哀想に……! ……くぅっ! ど、どうか、アンジェリカ様のお心を、私ごときが推し量るなど、無礼とお思いになられませんように……っ!」
アンジェリカ様が、私の肩に額を押し付け、叫ばれる。
「いいえ、いいえ! いいのです、サビーネ! ……ねえ、お願いです! わたくしを、貴女にすがらせてください……っ! 心が、寒くて寂しいわ……サビーネ! わたくしを強く抱いてっ!」
「お、お心のままにっ!」
私は、アンジェリカ様を抱きしめた。肩の骨が浮き出して、あまりにも痛々しい。
アンジェリカ様は、私にしがみついて号泣される。
「うああっ! ねえ、サビーネ! わたくし、どうしたらいいの!? もう、辛くて堪らないのよ! 息をするのも、嫌になってしまったわ!」
「ア、アンジェリカ様……っ! そ、そのような事は……どうか、仰らずに……っ!」
真っ赤な顔で身を震わせ、泣き続けるアンジェリカ様を見て、私は胸が一杯になる。
……痩せたアンジェリカ様は、美しかった。
目が落ち窪み、肌はかさつき、手足は骨の形が見えるほどになっているのに……それは萎れかけで、なお色を濃くする、薔薇の花に似ている。
だが、かつての生気に溢れた、匂い立つ美しさを知っているだけに……この退廃的な美しさには、心が抉られるようだった。
ああ、アンジェリカ様……っ!
しおれかけの可憐な花を前に……ただ、放っておける人間が、いるのだろうか?
……水だ。水を、差し上げるのだ。
また、かつてのように元気を取り戻し、笑って頂きたい。
彼女の心を癒すために、私にできることは……なんだろう?
ここにいるのは、いずれも想い人の男に逃げられ、傷ついた女二人である。
私は、アンジェリカ様の御髪を撫ぜて、耳にそっと囁く。
「ねえ、アンジェリカ様。これは、貴女様のお心を癒すための、ただの遊戯にございます」
「……え? サビーネ……それって……どういう意味かしら?」
私は鎧を脱ぐと、アンジェリカ様のベッドへと、体を滑り込ませる。
「サ、サビーネっ……? あなた、何を……!?」
私は、唇の前で指を一本立てて、しぃーっと息を吐く。
アンジェリカ様の喉が、ごくりと動いた。
拒否は……なさらない。
私には、アンジェリカ様を元気付ける水……『愛』を差し上げられる、自信があった。
なぜなら同性との経験は、今まで何度もあるからだ。女だてらに騎士などやっていると、若い娘は熱を上げ、性の垣根を飛び越えて、私に愛してもらいたがる。
それをどうか、汚い……などと、言ってくれるな。
命を懸けて戦い終えた後、その身にあるのは、燃え上がった本能なのだ。
いかな勇猛な騎士であろうと……いや! 勇猛だからこそ、それを抑えるのは難しい!
「アンジェリカ様……失礼いたします」
「ああっ、サビーネ……っ!」
……アンジェリカ様が、私の腕の中で、かわいらしく喘いでいる。
表で侍女が聞いてるだろうが、止めにくる様子はない。
私が男なら、即座に処刑されてたろうが……女同士なら、遊びで片付く。
それでアンジェリカ様が元気になるなら、目を瞑ると言う事だろう……熱い夜は、更けていく。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
感染した世界で~Second of Life's~
霧雨羽加賀
ホラー
世界は半ば終わりをつげ、希望という言葉がこの世からなくなりつつある世界で、いまだ希望を持ち続け戦っている人間たちがいた。
物資は底をつき、感染者のはびこる世の中、しかし抵抗はやめない。
それの彼、彼女らによる、感染した世界で~終わりの始まり~から一年がたった物語......
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
これ友達から聞いた話なんだけど──
家紋武範
ホラー
オムニバスホラー短編集です。ゾッとする話、意味怖、人怖などの詰め合わせ。
読みやすいように千文字以下を目指しておりますが、たまに長いのがあるかもしれません。
(*^^*)
タイトルは雰囲気です。誰かから聞いた話ではありません。私の作ったフィクションとなってます。たまにファンタジーものや、中世ものもあります。
日高川という名の大蛇に抱かれて【怒りの炎で光宗センセを火あぶりの刑にしちゃうもん!】
spell breaker!
ホラー
幼いころから思い込みの烈しい庄司 由海(しょうじ ゆみ)。
初潮を迎えたころ、家系に伝わる蛇の紋章を受け継いでしまった。
聖痕をまとったからには、庄司の女は情深く、とかく男と色恋沙汰に落ちやすくなる。身を滅ぼしかねないのだという。
やがて17歳になった。夏休み明けのことだった。
県立日高学園に通う由海は、突然担任になった光宗 臣吾(みつむね しんご)に一目惚れしてしまう。
なんとか光宗先生と交際できないか近づく由海。
ところが光宗には二面性があり、女癖も悪かった。
決定的な場面を目撃してしまったとき、ついに由海は怒り、暴走してしまう……。
※本作は『小説家になろう』様でも公開しております。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
二月のお祀り
六道イオリ/剣崎月
ホラー
「ごめん!いま地獄にいて、お祀りに間に合いそうにないから、今回だけ頼みます!」
参考サイト
警視庁Webサイト:https://www.npa.go.jp/index.html
裁判所:https://www.courts.go.jp/index.html
内閣府:https://www.cao.go.jp/
熊谷さとるのホームページ【移転版】:https://dusklog.fc2.net/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる