めっちゃ強くて美形で忠義に篤い元騎士団長、イーサン=パーカーから手紙が来たよっ!

森月真冬

文字の大きさ
上 下
1 / 6

一通目

しおりを挟む
 ストリウム王国の騎士団長のイーサン=パーカーが、王に剣を返して行方不明になってから、半年が経った。
 民衆達は噂する。あれほどまでに忠誠心が高く、『騎士の誉れ』、『ストリウムの大英雄』とも称された男に、一体なにがあったのだろう?

 彼がいなくなってから、ストリウム騎士団はガタガタだ。
 目に見えて士気が落ちている。訓練にも身が入っていない。
 近隣のモンスター討伐の仕事でも、怪我人が増えた。この間など、死者まで出してしまった。

 うれいがあるのは、騎士団員だけではない。
 イーサンなしで王国が守れるのかと、民衆も不安がっている。
 王だって、優秀な臣下を失ったと、とても気落ちされている。
 特に、王女であらせられるアンジェリカ姫の悲しみようは、ひどいものである。
 それも無理ないだろう。王女はまだ、十六歳のうら若き乙女なのだ。
 王女は、イーサンを心から信頼していたし、イーサンもまた、王女に心からの忠誠を誓っていた。

 あえて、誤解を生むような……そんな、口さがない言い方をするならば。
 きっと王女は、自らの臣下であるイーサンの事が、『好き』だったのだ。むろん、王族であるから、それを口に出す事はなかったが……。

 実際、イーサンはいい男であった。
 二十代後半の身体はたくましく、顔立ちはスッキリと女のように美しい。性格は豪胆にして優しく、言葉は機知に富み、貴族と比較して遜色ない礼儀作法まで身に着けていた。
 彼ほど完璧な男を、『私』は知らない。

 おっと……申し遅れた!
 私の名は、サビーネ。サビーネ=ハスラー。
 ストリウム王国騎士団の、現団長をやっている。
 まだ二十三歳の若輩者ではあるが、前任者のイーサンのもとで、長く副官をやっていた事もあり、また、ストリウム王国には私以上の剣の使い手は、イーサン以外にいなかった事もあり、彼の後を任された。
 精一杯に力を尽くしているつもりだが……騎士団のふがいない現状をみると、やはり私には荷が勝ちすぎていたと、痛感せざるを得ない。

 ああ、それにしてもっ!
 ……イーサンに会いたい!
 彼と、話がしたい!
 そして、如何にあなたはストリウム王国にとって必要な人間か、私にとってかけがえのない存在だったか、どうか騎士団に戻ってきてほしいと、強く訴えたい!

 説得できるかわからないが……二度と会えないなんて、辛すぎる!
 そう。私もまた、彼を愛する『女』の一人なのである。

 彼のいない世界は、まるで色を欠いたようだ。こんな腑抜ふぬけた団長が上にいるのだから、騎士団員の士気だって、上がりようがないのだ。
 やるせなく、自嘲じちょう気味に毎日を過ごす。
 そんな折である。
 彼……イーサンからの、手紙が届いたのは。

 それは、城下町にやってきた、行商人経由でもたらされた。
 宛名の文字を見て、私はそれが彼からの手紙だと、すぐに気づいた。
 これは間違いなく、イーサンの書いた字だ!
 もどかしくも封を開けて、目を通す。


 サビーネへ……元気でやってるかい?
 突然、いなくなってすまなかったね。
 風の噂で、君が騎士団長を任されたと聞いたよ。
 きっと今頃、僕が抜けた穴を埋めるのに、必死になってる頃だろう……騎士団は、僕の号令で動くことに慣れすぎていたから、君に対する反発心もあって、うまく士気が上がってないんじゃないかな?
 とくに、ケントとギュンターの二人は、以前から君に辛く当たってたよね。
 でも、大丈夫だ。ベテランのキール辺りを副官に据えれば、二人も言うことを聞くはずだよ。
 ねえ、サビーネ……君なら騎士たちを纏め上げ、王国を守っていけると、僕は信じている。君は強いし、真面目だし、なによりも愛国心があるからね。
 だからどうか、頑張ってほしい!
 僕の代わりに君が、新しい王国の要になるんだ!

 さてと。前置きは、このくらいにしようか。
 今回、筆をとったのは、君に知らせたい大ニュースがあるからなんだ。

 実は、僕ねえ……『結婚』したんだよ!

 そう、結婚だ。……びっくりしたかい?
 ふふふ。僕に好きな人がいるなんて、十年来の部下で親友の君だって、知らなかったろう?

 まあ、無理もない。だって、僕が彼女と知り合ってから、まだ一年しか経ってないんだ。
 誰にも言ってなかったし、ばれないように秘密にしてたのさ!
 ちなみに結婚式は、二人だけで済ませたよ。
 なにしろ、妻はちょっと特殊で、人前に出るのが難しい状況だからね……おおっと! 誤解しないで欲しい!
 僕が困ってるだとか、妻が不幸だとか、そんなんじゃないぜ? 
 むしろ、真逆だ。僕は今、幸せの絶頂にあるし、妻もそうだと確信してる。
 夫婦生活は上手くいってるし、蓄えだって十分にある。今は森に住んでるから、いざとなったら、狩りにでかけたっていい。僕が剣だけでなく、弓もうまいのは、君だって知ってるだろ?
 それに、妻の作ってくれる果実酒が美味しくってねえ。ほんと絶品なんだぜ!
 だから、なーんにも心配はいらないのさ!

 ただ……そう。皆に秘密にしてたのは、わけがあるんだ。
 世間一般には頭の固い、バカな連中がたくさんいる。僕と彼女の仲を、引き裂こうとするような連中が……さ!
 王女のアンジェリカ様だって、そうだ……クソ。いくら敬愛するアンジェリカ様だろうと、あんな事を言わせてたまるもんか! ……あの××××で××××の××××めっ!

 ……だけど、サビーネ。君はそうじゃないと、僕は思ってる。
 君は真面目だけど、頑固じゃない。
 僕と妻の事を知っても、絶対に祝福してくれると信じてる!
 それじゃ、今日はこの辺で……また、手紙を書くよ!
 いつか君も、僕の新居に招待したいな。

 イーサン=パーカーより。


「な、なんだ……? この手紙は……?」

 読み終わった私は、そう呟く。
 手紙を読んで、私は複雑な気持ちになった。 

「恋人って、イーサンに!? ……そんなバカなっ!」

 私は唖然とする。彼に恋人がいただなんて、ちっとも気づかなかったからだ。
 イーサンの事は、尻にあるホクロの数でさえ、知っていたのに!

 それに、アンジェリカ様に対して、なにか罵詈雑言めいた文句を書いてるのも気になった。さすがに書いた後で、マズいと思ったのだろう。上から、グシャグシャと書き潰してある。
 けれども、私の知ってるイーサン=パーカーは、拷問されたってアンジェリカ様に対して、不敬を言う男ではない。

「……うむ。これは、間違いなくイーサンの字だ。それに、文面。騎士団の内情まで知っている……ええっ? ……結婚? ……イーサンが……結婚だってぇっ!?」

 しかも、この手紙によると、知り合ってから、まだ一年という。

「一年前……。その頃は確か、古代遺跡から湧き出したモンスターを倒しに、半年間の討伐遠征の最中だったが……?」

 副官である私も、もちろん同行した。
 昼も夜もなくモンスターが襲い来る、あの血生臭い戦場で、女性と知り合う暇などあったのだろうか?
 もちろん遠征とは言っても、ずっと戦ってたわけではない。近隣住民との交流はあったし、イーサンには女性ファンも多かったから、絶対にないとは言い切れない。

「しかし……なんだろう? この違和感は……?」

 悩んだ末に、私はその手紙を持って、アンジェリカ様のもとへ訪れる事にした。


「そうですか……。イーサンから、こんな手紙が……」

 文面を読んだアンジェリカ様は、そう言ったきり、うつむいてしまわれた。
 一週間ぶりに見るアンジェリカ様は、おやつれになっていた。
 私はつい、心配になって声をかける。

「あの……アンジェリカ様。差し出がましいようですが……少し、おせになられたのでは? 侍女に聞いたところ、お食事を召し上がっていらっしゃらないとか……?」

 アンジェリカ様は、力なく声を出す。

「ええ、はい。……食べたくないのです。胃のに何か、重たい物が入っている気がして……食べ物が、入っていかないのです」

 私は、少し強い口調で言った。

「しかし、無理にでも食べていただかないとっ! このままでは、お身体を壊してしまわれます! アンジェリカ様……貴女様のお体は、ご自分だけの物ではありません! アンジェリカ様がご病気になられたら、王国の民すべてが悲しみます! その御自覚、お忘れなきよう!」

 私の言葉に、アンジェリカ様は目を伏せて、そっと目元を拭ってから言った。

「……わ、わかりました……そうですね。……それに、こうしてイーサンの無事が知れただけ、少しは気が楽になりました……。サビーネ、感謝します」

 私は、その場にひざまずき、頭を垂れる。

「はっ、ありがたき幸せ! ……大変、無礼で差し出がましい事を言いました」
「いいえ。わたくしの身体を、思っての言葉です。忠信ちゅうしん、痛み入ります」

 そう仰られるとアンジェリカ様は、困った顔で手紙を見た。

「それと、サビーネ。この手紙は、わたくしが預かります。……また送られてきたら、ぜひ教えてください。お願いします……どうか、お願いします!」

 私は、即座にうなずく。

「はっ! 御意にございます!」

 それで、その場は終わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

二つの願い

釧路太郎
ホラー
久々の長期休暇を終えた旦那が仕事に行っている間に息子の様子が徐々におかしくなっていってしまう。 直接旦那に相談することも出来ず、不安は募っていくばかりではあるけれど、愛する息子を守る戦いをやめることは出来ない。 色々な人に相談してみたものの、息子の様子は一向に良くなる気配は見えない 再び出張から戻ってきた旦那と二人で見つけた霊能力者の協力を得ることは出来ず、夫婦の出した結論は……

霊道開き

segakiyui
ホラー
私の部屋には「流れ」が通っている………日常の狭間に閃く異常の物語。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

【実話】お祓いで除霊しに行ったら死にそうになった話

あけぼし
ホラー
今まで頼まれた除霊の中で、危険度が高く怖かったものについて綴ります。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

黒い環のある密室

黒星★チーコ
ホラー
愛想も外見も良く、一見して余裕のあるように見える男。 いつも男の機嫌を伺っている女は、予約の取れない人気店へ彼を連れていくことにした。 ※タイトルの「環」の読み仮名は「わ」です。 作中は果たして。

処理中です...