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ストリウム王国の騎士団長のイーサン=パーカーが、王に剣を返して行方不明になってから、半年が経った。
民衆達は噂する。あれほどまでに忠誠心が高く、『騎士の誉れ』、『ストリウムの大英雄』とも称された男に、一体なにがあったのだろう?
彼がいなくなってから、ストリウム騎士団はガタガタだ。
目に見えて士気が落ちている。訓練にも身が入っていない。
近隣のモンスター討伐の仕事でも、怪我人が増えた。この間など、死者まで出してしまった。
憂いがあるのは、騎士団員だけではない。
イーサンなしで王国が守れるのかと、民衆も不安がっている。
王だって、優秀な臣下を失ったと、とても気落ちされている。
特に、王女であらせられるアンジェリカ姫の悲しみようは、ひどいものである。
それも無理ないだろう。王女はまだ、十六歳のうら若き乙女なのだ。
王女は、イーサンを心から信頼していたし、イーサンもまた、王女に心からの忠誠を誓っていた。
あえて、誤解を生むような……そんな、口さがない言い方をするならば。
きっと王女は、自らの臣下であるイーサンの事が、『好き』だったのだ。むろん、王族であるから、それを口に出す事はなかったが……。
実際、イーサンはいい男であった。
二十代後半の身体はたくましく、顔立ちはスッキリと女のように美しい。性格は豪胆にして優しく、言葉は機知に富み、貴族と比較して遜色ない礼儀作法まで身に着けていた。
彼ほど完璧な男を、『私』は知らない。
おっと……申し遅れた!
私の名は、サビーネ。サビーネ=ハスラー。
ストリウム王国騎士団の、現団長をやっている。
まだ二十三歳の若輩者ではあるが、前任者のイーサンのもとで、長く副官をやっていた事もあり、また、ストリウム王国には私以上の剣の使い手は、イーサン以外にいなかった事もあり、彼の後を任された。
精一杯に力を尽くしているつもりだが……騎士団のふがいない現状をみると、やはり私には荷が勝ちすぎていたと、痛感せざるを得ない。
ああ、それにしてもっ!
……イーサンに会いたい!
彼と、話がしたい!
そして、如何にあなたはストリウム王国にとって必要な人間か、私にとってかけがえのない存在だったか、どうか騎士団に戻ってきてほしいと、強く訴えたい!
説得できるかわからないが……二度と会えないなんて、辛すぎる!
そう。私もまた、彼を愛する『女』の一人なのである。
彼のいない世界は、まるで色を欠いたようだ。こんな腑抜けた団長が上にいるのだから、騎士団員の士気だって、上がりようがないのだ。
やるせなく、自嘲気味に毎日を過ごす。
そんな折である。
彼……イーサンからの、手紙が届いたのは。
それは、城下町にやってきた、行商人経由でもたらされた。
宛名の文字を見て、私はそれが彼からの手紙だと、すぐに気づいた。
これは間違いなく、イーサンの書いた字だ!
もどかしくも封を開けて、目を通す。
サビーネへ……元気でやってるかい?
突然、いなくなってすまなかったね。
風の噂で、君が騎士団長を任されたと聞いたよ。
きっと今頃、僕が抜けた穴を埋めるのに、必死になってる頃だろう……騎士団は、僕の号令で動くことに慣れすぎていたから、君に対する反発心もあって、うまく士気が上がってないんじゃないかな?
とくに、ケントとギュンターの二人は、以前から君に辛く当たってたよね。
でも、大丈夫だ。ベテランのキール辺りを副官に据えれば、二人も言うことを聞くはずだよ。
ねえ、サビーネ……君なら騎士たちを纏め上げ、王国を守っていけると、僕は信じている。君は強いし、真面目だし、なによりも愛国心があるからね。
だからどうか、頑張ってほしい!
僕の代わりに君が、新しい王国の要になるんだ!
さてと。前置きは、このくらいにしようか。
今回、筆をとったのは、君に知らせたい大ニュースがあるからなんだ。
実は、僕ねえ……『結婚』したんだよ!
そう、結婚だ。……びっくりしたかい?
ふふふ。僕に好きな人がいるなんて、十年来の部下で親友の君だって、知らなかったろう?
まあ、無理もない。だって、僕が彼女と知り合ってから、まだ一年しか経ってないんだ。
誰にも言ってなかったし、ばれないように秘密にしてたのさ!
ちなみに結婚式は、二人だけで済ませたよ。
なにしろ、妻はちょっと特殊で、人前に出るのが難しい状況だからね……おおっと! 誤解しないで欲しい!
僕が困ってるだとか、妻が不幸だとか、そんなんじゃないぜ?
むしろ、真逆だ。僕は今、幸せの絶頂にあるし、妻もそうだと確信してる。
夫婦生活は上手くいってるし、蓄えだって十分にある。今は森に住んでるから、いざとなったら、狩りにでかけたっていい。僕が剣だけでなく、弓もうまいのは、君だって知ってるだろ?
それに、妻の作ってくれる果実酒が美味しくってねえ。ほんと絶品なんだぜ!
だから、なーんにも心配はいらないのさ!
ただ……そう。皆に秘密にしてたのは、わけがあるんだ。
世間一般には頭の固い、バカな連中がたくさんいる。僕と彼女の仲を、引き裂こうとするような連中が……さ!
王女のアンジェリカ様だって、そうだ……クソ。いくら敬愛するアンジェリカ様だろうと、あんな事を言わせてたまるもんか! ……あの××××で××××の××××めっ!
……だけど、サビーネ。君はそうじゃないと、僕は思ってる。
君は真面目だけど、頑固じゃない。
僕と妻の事を知っても、絶対に祝福してくれると信じてる!
それじゃ、今日はこの辺で……また、手紙を書くよ!
いつか君も、僕の新居に招待したいな。
イーサン=パーカーより。
「な、なんだ……? この手紙は……?」
読み終わった私は、そう呟く。
手紙を読んで、私は複雑な気持ちになった。
「恋人って、イーサンに!? ……そんなバカなっ!」
私は唖然とする。彼に恋人がいただなんて、ちっとも気づかなかったからだ。
イーサンの事は、尻にあるホクロの数でさえ、知っていたのに!
それに、アンジェリカ様に対して、なにか罵詈雑言めいた文句を書いてるのも気になった。さすがに書いた後で、マズいと思ったのだろう。上から、グシャグシャと書き潰してある。
けれども、私の知ってるイーサン=パーカーは、拷問されたってアンジェリカ様に対して、不敬を言う男ではない。
「……うむ。これは、間違いなくイーサンの字だ。それに、文面。騎士団の内情まで知っている……ええっ? ……結婚? ……イーサンが……結婚だってぇっ!?」
しかも、この手紙によると、知り合ってから、まだ一年という。
「一年前……。その頃は確か、古代遺跡から湧き出したモンスターを倒しに、半年間の討伐遠征の最中だったが……?」
副官である私も、もちろん同行した。
昼も夜もなくモンスターが襲い来る、あの血生臭い戦場で、女性と知り合う暇などあったのだろうか?
もちろん遠征とは言っても、ずっと戦ってたわけではない。近隣住民との交流はあったし、イーサンには女性ファンも多かったから、絶対にないとは言い切れない。
「しかし……なんだろう? この違和感は……?」
悩んだ末に、私はその手紙を持って、アンジェリカ様のもとへ訪れる事にした。
「そうですか……。イーサンから、こんな手紙が……」
文面を読んだアンジェリカ様は、そう言ったきり、俯いてしまわれた。
一週間ぶりに見るアンジェリカ様は、おやつれになっていた。
私はつい、心配になって声をかける。
「あの……アンジェリカ様。差し出がましいようですが……少し、お痩せになられたのでは? 侍女に聞いたところ、お食事を召し上がっていらっしゃらないとか……?」
アンジェリカ様は、力なく声を出す。
「ええ、はい。……食べたくないのです。胃の腑に何か、重たい物が入っている気がして……食べ物が、入っていかないのです」
私は、少し強い口調で言った。
「しかし、無理にでも食べていただかないとっ! このままでは、お身体を壊してしまわれます! アンジェリカ様……貴女様のお体は、ご自分だけの物ではありません! アンジェリカ様がご病気になられたら、王国の民すべてが悲しみます! その御自覚、お忘れなきよう!」
私の言葉に、アンジェリカ様は目を伏せて、そっと目元を拭ってから言った。
「……わ、わかりました……そうですね。……それに、こうしてイーサンの無事が知れただけ、少しは気が楽になりました……。サビーネ、感謝します」
私は、その場に跪き、頭を垂れる。
「はっ、ありがたき幸せ! ……大変、無礼で差し出がましい事を言いました」
「いいえ。わたくしの身体を、思っての言葉です。忠信、痛み入ります」
そう仰られるとアンジェリカ様は、困った顔で手紙を見た。
「それと、サビーネ。この手紙は、わたくしが預かります。……また送られてきたら、ぜひ教えてください。お願いします……どうか、お願いします!」
私は、即座にうなずく。
「はっ! 御意にございます!」
それで、その場は終わった。
民衆達は噂する。あれほどまでに忠誠心が高く、『騎士の誉れ』、『ストリウムの大英雄』とも称された男に、一体なにがあったのだろう?
彼がいなくなってから、ストリウム騎士団はガタガタだ。
目に見えて士気が落ちている。訓練にも身が入っていない。
近隣のモンスター討伐の仕事でも、怪我人が増えた。この間など、死者まで出してしまった。
憂いがあるのは、騎士団員だけではない。
イーサンなしで王国が守れるのかと、民衆も不安がっている。
王だって、優秀な臣下を失ったと、とても気落ちされている。
特に、王女であらせられるアンジェリカ姫の悲しみようは、ひどいものである。
それも無理ないだろう。王女はまだ、十六歳のうら若き乙女なのだ。
王女は、イーサンを心から信頼していたし、イーサンもまた、王女に心からの忠誠を誓っていた。
あえて、誤解を生むような……そんな、口さがない言い方をするならば。
きっと王女は、自らの臣下であるイーサンの事が、『好き』だったのだ。むろん、王族であるから、それを口に出す事はなかったが……。
実際、イーサンはいい男であった。
二十代後半の身体はたくましく、顔立ちはスッキリと女のように美しい。性格は豪胆にして優しく、言葉は機知に富み、貴族と比較して遜色ない礼儀作法まで身に着けていた。
彼ほど完璧な男を、『私』は知らない。
おっと……申し遅れた!
私の名は、サビーネ。サビーネ=ハスラー。
ストリウム王国騎士団の、現団長をやっている。
まだ二十三歳の若輩者ではあるが、前任者のイーサンのもとで、長く副官をやっていた事もあり、また、ストリウム王国には私以上の剣の使い手は、イーサン以外にいなかった事もあり、彼の後を任された。
精一杯に力を尽くしているつもりだが……騎士団のふがいない現状をみると、やはり私には荷が勝ちすぎていたと、痛感せざるを得ない。
ああ、それにしてもっ!
……イーサンに会いたい!
彼と、話がしたい!
そして、如何にあなたはストリウム王国にとって必要な人間か、私にとってかけがえのない存在だったか、どうか騎士団に戻ってきてほしいと、強く訴えたい!
説得できるかわからないが……二度と会えないなんて、辛すぎる!
そう。私もまた、彼を愛する『女』の一人なのである。
彼のいない世界は、まるで色を欠いたようだ。こんな腑抜けた団長が上にいるのだから、騎士団員の士気だって、上がりようがないのだ。
やるせなく、自嘲気味に毎日を過ごす。
そんな折である。
彼……イーサンからの、手紙が届いたのは。
それは、城下町にやってきた、行商人経由でもたらされた。
宛名の文字を見て、私はそれが彼からの手紙だと、すぐに気づいた。
これは間違いなく、イーサンの書いた字だ!
もどかしくも封を開けて、目を通す。
サビーネへ……元気でやってるかい?
突然、いなくなってすまなかったね。
風の噂で、君が騎士団長を任されたと聞いたよ。
きっと今頃、僕が抜けた穴を埋めるのに、必死になってる頃だろう……騎士団は、僕の号令で動くことに慣れすぎていたから、君に対する反発心もあって、うまく士気が上がってないんじゃないかな?
とくに、ケントとギュンターの二人は、以前から君に辛く当たってたよね。
でも、大丈夫だ。ベテランのキール辺りを副官に据えれば、二人も言うことを聞くはずだよ。
ねえ、サビーネ……君なら騎士たちを纏め上げ、王国を守っていけると、僕は信じている。君は強いし、真面目だし、なによりも愛国心があるからね。
だからどうか、頑張ってほしい!
僕の代わりに君が、新しい王国の要になるんだ!
さてと。前置きは、このくらいにしようか。
今回、筆をとったのは、君に知らせたい大ニュースがあるからなんだ。
実は、僕ねえ……『結婚』したんだよ!
そう、結婚だ。……びっくりしたかい?
ふふふ。僕に好きな人がいるなんて、十年来の部下で親友の君だって、知らなかったろう?
まあ、無理もない。だって、僕が彼女と知り合ってから、まだ一年しか経ってないんだ。
誰にも言ってなかったし、ばれないように秘密にしてたのさ!
ちなみに結婚式は、二人だけで済ませたよ。
なにしろ、妻はちょっと特殊で、人前に出るのが難しい状況だからね……おおっと! 誤解しないで欲しい!
僕が困ってるだとか、妻が不幸だとか、そんなんじゃないぜ?
むしろ、真逆だ。僕は今、幸せの絶頂にあるし、妻もそうだと確信してる。
夫婦生活は上手くいってるし、蓄えだって十分にある。今は森に住んでるから、いざとなったら、狩りにでかけたっていい。僕が剣だけでなく、弓もうまいのは、君だって知ってるだろ?
それに、妻の作ってくれる果実酒が美味しくってねえ。ほんと絶品なんだぜ!
だから、なーんにも心配はいらないのさ!
ただ……そう。皆に秘密にしてたのは、わけがあるんだ。
世間一般には頭の固い、バカな連中がたくさんいる。僕と彼女の仲を、引き裂こうとするような連中が……さ!
王女のアンジェリカ様だって、そうだ……クソ。いくら敬愛するアンジェリカ様だろうと、あんな事を言わせてたまるもんか! ……あの××××で××××の××××めっ!
……だけど、サビーネ。君はそうじゃないと、僕は思ってる。
君は真面目だけど、頑固じゃない。
僕と妻の事を知っても、絶対に祝福してくれると信じてる!
それじゃ、今日はこの辺で……また、手紙を書くよ!
いつか君も、僕の新居に招待したいな。
イーサン=パーカーより。
「な、なんだ……? この手紙は……?」
読み終わった私は、そう呟く。
手紙を読んで、私は複雑な気持ちになった。
「恋人って、イーサンに!? ……そんなバカなっ!」
私は唖然とする。彼に恋人がいただなんて、ちっとも気づかなかったからだ。
イーサンの事は、尻にあるホクロの数でさえ、知っていたのに!
それに、アンジェリカ様に対して、なにか罵詈雑言めいた文句を書いてるのも気になった。さすがに書いた後で、マズいと思ったのだろう。上から、グシャグシャと書き潰してある。
けれども、私の知ってるイーサン=パーカーは、拷問されたってアンジェリカ様に対して、不敬を言う男ではない。
「……うむ。これは、間違いなくイーサンの字だ。それに、文面。騎士団の内情まで知っている……ええっ? ……結婚? ……イーサンが……結婚だってぇっ!?」
しかも、この手紙によると、知り合ってから、まだ一年という。
「一年前……。その頃は確か、古代遺跡から湧き出したモンスターを倒しに、半年間の討伐遠征の最中だったが……?」
副官である私も、もちろん同行した。
昼も夜もなくモンスターが襲い来る、あの血生臭い戦場で、女性と知り合う暇などあったのだろうか?
もちろん遠征とは言っても、ずっと戦ってたわけではない。近隣住民との交流はあったし、イーサンには女性ファンも多かったから、絶対にないとは言い切れない。
「しかし……なんだろう? この違和感は……?」
悩んだ末に、私はその手紙を持って、アンジェリカ様のもとへ訪れる事にした。
「そうですか……。イーサンから、こんな手紙が……」
文面を読んだアンジェリカ様は、そう言ったきり、俯いてしまわれた。
一週間ぶりに見るアンジェリカ様は、おやつれになっていた。
私はつい、心配になって声をかける。
「あの……アンジェリカ様。差し出がましいようですが……少し、お痩せになられたのでは? 侍女に聞いたところ、お食事を召し上がっていらっしゃらないとか……?」
アンジェリカ様は、力なく声を出す。
「ええ、はい。……食べたくないのです。胃の腑に何か、重たい物が入っている気がして……食べ物が、入っていかないのです」
私は、少し強い口調で言った。
「しかし、無理にでも食べていただかないとっ! このままでは、お身体を壊してしまわれます! アンジェリカ様……貴女様のお体は、ご自分だけの物ではありません! アンジェリカ様がご病気になられたら、王国の民すべてが悲しみます! その御自覚、お忘れなきよう!」
私の言葉に、アンジェリカ様は目を伏せて、そっと目元を拭ってから言った。
「……わ、わかりました……そうですね。……それに、こうしてイーサンの無事が知れただけ、少しは気が楽になりました……。サビーネ、感謝します」
私は、その場に跪き、頭を垂れる。
「はっ、ありがたき幸せ! ……大変、無礼で差し出がましい事を言いました」
「いいえ。わたくしの身体を、思っての言葉です。忠信、痛み入ります」
そう仰られるとアンジェリカ様は、困った顔で手紙を見た。
「それと、サビーネ。この手紙は、わたくしが預かります。……また送られてきたら、ぜひ教えてください。お願いします……どうか、お願いします!」
私は、即座にうなずく。
「はっ! 御意にございます!」
それで、その場は終わった。
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