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第1章 異世界に来たのなら、楽しむしかない

21.帰還から始まる

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◇◇


 深い紺色の空には青白く輝く月が浮かんでいる。すっかり冷えきった空気の中、イサはある場所に降り立っていた。

 そこは何度も訪れた場所。所謂、『家』と呼ばれる場所である。


「・・・・・・」


 目の前にそびえ立つ城。黒を基調としたデザインは、夜の雰囲気とも相まってどこか不気味にも見える。たくさんの蔦が絡み合いその不気味さを増していた。

 イサが玄関口まで行くと、よお、と後ろから見知った声が聞こえる。ノブに伸ばした手を止めて振り返れば月光で光る銀髪が視界に入った。

 つり上がった朱色の瞳を細めてニヤリと笑う。


「お前にしちゃあ、えらく早い帰りじゃねぇか。しかも夜中に帰ってくるたぁ珍しいな」


 休んでいる間は寄り付かせないんじゃなかったのか。からかうような口調で銀髪の青年は言う。それを見たイサはあからさまに嫌な顔をした。


「・・・・・・悪いんだけど、イヴァンと遊ぶ暇はないからね」

「んなこたァわかってんだよ。・・・・・・てか、お前と遊ぶ気は全くないっつーか・・・・・・むしろ遊びたくないっつーか」


 ごにょごにょとイヴァンの語尾が段々と小さくなる。完全にそれが聞こえなくなった所で、にっこり微笑み扉の方向を指さした。


「──そう、なら良かった。ところで、カミュはこの中にいる?」

「あいつなら丁度、人間の国から戻って来たとこだけど・・・・・・なんか用か?」

「・・・・・・近々、僕も人間の国に行こうと思ってね。そこでの常識だとかを教えて貰おうかなって」

「もしかして、人間を狩る──」


 それを聞いたイヴァンは嬉々として顔を輝かせる。イサは笑顔のまますぐにそれを否定した。


「イヴァンみたいに悪趣味じゃないから、僕」

「ちぇっ・・・・・・、んじゃなんだよ。今まで人間に興味なかったろ」


 イヴァンが知っている中で、この男は人間──他のものに興味を示したことはない。それだけにイサの急な心変わりが不思議だった。

 だが、イサははぐらかす様に微笑むだけで答えない。代わりにひらひらと手を振って扉を開ける。


「言っておくけど、下手な詮索は身を滅ぼすよ? ──特に今回はね」

「頼まれたってしねーよ、お前の詮索なんか。・・・・・・命が幾つあっても足りねーじゃん」


 そんなのゴメンだ、と眉をひそめるイヴァンに、そのうちわかるよ、と苦笑する。最後に一瞥すると、イサはそのまま暗闇の中へと消えていった。

 再び一人になったイヴァンは空を仰ぐ。無数の星が瞬く。


「・・・・・・あーあ、つまんね」


 思い浮かぶのはこれから始まるであろう退屈な日々。

 番人の世代が変わってしまった今、この森から向こうへと抜け出せるのは特定の数人しかいないだろう。もちろんそこにイヴァンは含まれていない。

 今の番人さえいなくなれば、とは思うが、古代種である彼らに戦闘を挑もうなどという馬鹿げた行為は出来ない。それこそ、命がいくつあっても足りないというものだ。


「・・・・・・ったく、待つしかねーか」


 イヴァンはひとつ虚しくため息を吐くと、そのまま眠るように目を閉じた。


◇◇


「──ねえ、本当に何もなかった? ウソついたら目ん玉くり抜いてやるから」

「無かった、無かったって!!」


 現在、私は帰還してきたバーバチカに追い詰められている。

 尋問されている容疑者の気持ちが今ここに来てようやく分かった気がする。まるでまな板の上の鯉の様だと壁に張り付きながら思った。


「バーバチカ、それぐらいにしておけ。コウが怯えてるのがわからぬか」

「・・・・・・はい、母上様」


 奥にいたエンシャから鋭い声が飛ぶと、途端に前方からの威圧も止まる。人間姿になっているエンシャが、すまんな、と言いながら歩いてきた。


「バーバチカも悪気はないのだろう。ここは何かと危険だからな・・・・・・心配する気持ちは儂もわかる。許してやってくれ」

「はい、その事は全然」

「それはよかった。──・・・・・・ところで、泉の近くの草に血がついていたのだが何かあったのか?」


 息が止まったような気がした。



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