上 下
15 / 29
第1章 異世界に来たのなら、楽しむしかない

12.談笑から始まる

しおりを挟む

「──っとにかく、母上様の負担にならないようにしてよね!!」

「うんうん、善処する」


 横にいるバーバチカに笑顔で返事をしてから、真っ直ぐに洞窟を見た。笑顔が消え真顔に戻る。

 エンシャとしても私生かした事に何か考えがあるのだろうが、話を聞く限りではメリットが全く見つからない。むしろ、バーバチカの言う通り余計なお荷物にしかならないだろう。

 いくらバーバチカが私の相手をしてくれているとはいえ、厳しいものがある。子供だから保護が必要不可欠──と甘えるわけにもいかない。

 早めに自立をするべき、いてもあと数日程度だ──私は薄暗くなってきた空を見上げ、固い決意の意を含んだ瞳で虚空を見つめた。


◇◇


 眼下に広がるのは境界の森。その上空を二体のドラゴンが並ぶようにして泳いでいた。
 冷たく澄んだ空気が身体を撫でる。薄い紺と朱色が入り混じった空に、長い体躯をくねらせ、ドラゴンたちは大きく翼を動かす。

 藍色の鱗と黒色の鱗が優雅に身をくねらせる姿は、ため息が漏れるほど美しい。

 森にも警戒の目を配りながら、蒼色の鱗を持つドラゴン──ナムザが隣に並ぶドラゴンに向けて思念を飛ばした。話すことのない彼らの意思疎通方法である。


『──なぁエンシャよお、今日のおめぇ、ちと嬉しそうじゃねーか。何かあったのかい?』

『そ、そうか? 別に儂はいつも通りだと思うが・・・・・・』

『ウソつけ、俺にゃーわかるぞ。さては上質の肉でも手に入れたか?』


 ニヤニヤと口角を上げるナムザの視線の先には、ふるふると嬉しそうに揺れるエンシャの尻尾。表情にはあまり出ていないものの、その動きからは直接的に感情が伝わってくる。

 お主じゃあるまいし、そんな単純なことで喜ぶか、と不貞腐れた声音でエンシャは否定する。数度横を見ると、内緒話でもするかのように声を潜めた。


『・・・・・・実はな、幼い女子おなごを拾ったんだ』

『また、魔盲の子か? なんだ、処分しなかったのか』


 ランクが高く、強力な魔物ばかりが出る境界の森には、しばしば赤子が捨てられている事がある。その殆どがヒト族の赤子であり、且つ魔素が感じられない者──魔盲の子である。

 浅い入り口ではあるが、普段は絶対に立ち入らないようなこの森に来てまで、赤子を捨てようとする理由は大方予想がつく。

 だからこそ、捨て子を見る度にエンシャの心は傷んでいた。痛みなく処分・・をしているのは、彼女なりのせめてもの情けだ。この森に捨てられた以上、助けることなどできない。

 その為、今回の件は例外中の例外である。


『いや、それが捨てられたようではないらしいのだ』

『ならば、何故? この森に害をなす者かい?』


 ナムザの声に怒気が籠る。漏れ出した殺気に、やれやれと首を振る。短気な性格は昔から変わっていない。


『落ち着けナムザ、そうではない。もしそうならば儂とて許さぬ──そうではないのだ』

『・・・・・・ワケあり・・・・かい?』


 低く放たれた声音は静かなもの。ゆっくりとした動きでエンシャは頷いた。


『間違いなく天と地がひっくり返す程の・・・・・・な』


 いつになく真剣な声だ。流石に大袈裟な表現だとは思うが、冗談を言っているようには見えなかった。

 それと同時にナムザはエンシャの発言に驚いていた。

 彼の知ってる彼女は、危険と承知で首を突っ込む性格ではなかったはずだ。むしろ、頑丈な石橋ですら何度も叩くような慎重さがある。

 それなのに、処分せずして拾うとは。


『エンシャよぉ、なーんかおめぇらしくねぇなぁ・・・・・・どうしたよ?』


 訝しげな問いを投げかけられ、エンシャの瞳に動揺が走る。チラチラとナムザの方を伺った後、迷いに迷ってようやくエンシャが返答した。

 ──何故か照れるような表情を浮かべながら。


『放っておけぬ種族だったのだ。それに・・・・・・まあ、可愛いかった』

『可愛いだあ? いつからおめぇは、仕事に私情を持ち出すなんて馬鹿なことを・・・・・・』

『し、仕方ないだろう!! 彼奴あやつを処分するなど儂には出来ん!!』

『ったく、本当に頑固だなぁ・・・・・・まあ、拾っちまったもんは仕方ねぇ。せいぜい危険に巻き込まれんようにするんだな』


 ナムザとしても、危険を承知で首を突っ込む気はさらさら無い。本来ならば、ここで話を切り上げて仕事に戻る──はずだっが、不意に心の奥底から好奇心が顔を覗かせる。
 放っておけないほどの種族とはどのような種族なのか・・・・・・気になってしまったのだ。

 ゴクリと飲み込んだ唾が思いの外大きな音を立てる。聞くだけでも、そこには謎の緊張感があった。


『──なあ、その種族ってぇのは何だい?』


 ただ聞くだけ。そう言い聞かせながら問いかけたナムザは、次に聞いたエンシャの言葉に絶句した。そして聞いたことを後悔することとなる。

 それは予想の遥か上、いや、予想すら出来ないであろう答え。


『〝希少魔族〟──恐らく、だがな』

しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

黒き魔女の世界線旅行

天羽 尤
ファンタジー
少女と執事の男が交通事故に遭い、意識不明に。 しかし、この交通事故には裏があって… 現代世界に戻れなくなってしまった二人がパラレルワールドを渡り、現代世界へ戻るために右往左往する物語。 BLNLもあります。 主人公はポンコツ系チート少女ですが、性格に難ありです。 登場人物は随時更新しますのでネタバレ注意です。 ただいま第1章執筆中。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

魔法の日

myuu
ファンタジー
ある日世界に劇震が走った! 世界全体が揺れる程の大きな揺れが! そして、世界は激動の時代を迎える。 「あ、君たちの世界神変わっちゃったから。よろしく〜。ちなみに私は魔法神だから。魔法のある世界になるから。」 突如聞こえたのは、どこか軽い魔法神?とやらの声だった。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

魔王さま、今度はドラゴンです!

通木遼平
ファンタジー
 魔族が暮らす国、ザルガンド――その国の国王には昔人間の恋人がいた。彼は彼女が生まれ変わるたびに探し出し、彼女だけを愛しつづけている……そう言われていたが、とある事情で十年ほど彼が引きこもっている間に城では妃選びがはじまっていた。  王都の花街で下働きをしていたミモザは、実はザルガンドの国王の最愛の人の生まれ変わりだ。国王に名乗り出るつもりはなかったが、国王にとある人から頼まれた届け物をするために王宮の使用人として働きはじめる。しかしその届け物をきっかけに国王の秘書官であるシトロンに頼まれ、財務大臣であるドゥーイ卿がはじめた妃選びにミモザは妃候補として参加することになる。魔族だけではなく人間の国の王女や貴族の令嬢たちが集い、それぞれの思惑が交錯する中、ミモザは国王と出会うのだった。  ひと目でミモザが愛する人の生まれ変わりであることに気づいた国王だったが、妃選びは続行される。そして事態はミモザの予想もしない方向に……。 ※他のサイトにも掲載しています

異世界に来ちゃったよ!?

いがむり
ファンタジー
235番……それが彼女の名前。記憶喪失の17歳で沢山の子どもたちと共にファクトリーと呼ばれるところで楽しく暮らしていた。 しかし、現在森の中。 「とにきゃく、こころこぉ?」 から始まる異世界ストーリー 。 主人公は可愛いです! もふもふだってあります!! 語彙力は………………無いかもしれない…。 とにかく、異世界ファンタジー開幕です! ※不定期投稿です…本当に。 ※誤字・脱字があればお知らせ下さい (※印は鬱表現ありです)

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

精霊貴族に転生~精霊の力を使って最強を目指します~

ファンタジー
異世界転生したルイトは伯爵家三男に生まれる。そして洗礼の儀の時に精霊や神と出会い、大精霊ノフィリアーナと契約する。そこからルイトの異世界無双が始まる。大精霊や神々から愛され、最強の力を手に入れたルイトの異世界転生のチート生活がはじまる。掲載時刻は不定期です。カクヨム様、小説家になろうさまにも公開しています

処理中です...