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第1章 異世界に来たのなら、楽しむしかない

11.お話から始まる

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「そっか、教えてくれてありがとね」

「ボクに感謝しなよ。もし他の人に聞いたら、バカにされた上に結局教えてもらえずに終わるだけだからね!!」

「う、うん・・・・・・気をつける」


 質問一つで大袈裟かと思われるが、確かにバーバチカの言葉は正しい。今更の常識を聞く人なんて怪しすぎる。
 最低限の常識だけでも教わった方が良いな、と私は苦笑いを浮かべた。エンシャが帰ってきてからでも聞こう。

 モヤの正体も分かり、スッキリとした表情で立ち上がる。んーっと身体を伸ばせば、なんとも言えない気持ちよさが全身に広がった。

 黒と白の違いは分からないが、もしかしたら希少魔族だから黒い・・・・・・ということなのかもしれない。とにかく、深くは考えないようにした。考えても無駄である。



 日も段々と傾いてきた。どこか遠くで奇妙な鳥の鳴き声も聞こえてくる。確かあれは、エンシャと出会う前にも聞いたものだったか。

 私は泉の先の先、森の奥の方へ目を向ける。洞窟から出たエンシャはドラゴンの姿へと戻り、あの先に向かっていった。


「──ねえ、チカちゃん」


 遠くに目をやりながら声をかけると、「何?」とバーバチカからの短い返答。視線を戻して少し背の高いバーバチカを見上げる。


「エンシャって何の用事で出かけたの?」

「それは・・・・・・」


 ピタリとバーバチカの動きが止まる。先程の問いとは違って即答ではない。口を噤んで視線を落とす。
 どうやら、言おうか言わないか迷っているようだった。

 これはまずかったかと私は苦い顔をする。放ってしまったものは取り返せない、言ってしまったものは仕方がないのだ。黙ってバーバチカの次の言葉を待つ。

 そうして長い間の後にポツリ一言。


「・・・・・・母上様はこの森──境界の森の番人をしているんだ」


 顔を上げたバーバチカがまっすぐにこちらを見つめる。いつになく真剣な表情で彼は話し始めた。


「この森は大陸の一部を分断するようになっていて、だから一般的には〝境界の森〟なんて呼ばれてんの」


 この大陸の西側7割がヒト族の大小様々な国、東側3割が魔族の帝国一つで形成されている。因みに、他大陸にもエルフ族や獣人族、魔族等などの国の存在が確認済みである。


「要するに、この森を抜けなきゃ魔族側にも行けないし、人間族側にも行けないってわけ。その均衡を保つ為の番人さ・・・・・・ここらの魔物は強いし、簡単には抜けられないようになってる」


 魔物いたんだ、と驚けば、賢いから本能で強者アンタを避けてんの、と苦々しい表情で言われた。いないと思っていたのは避けられていたからで、本当はかなりの数がいるという。


「ただの人間なら、ここから生きて帰るなんて事はまずない。せいぜい、勇者だとかSランク冒険者だとか相当の実力者がようやくってとこ。ただ・・・・・・」


 そこで言葉を一旦切った。言いにくそうにして、僅かに目を伏せる。小声で私は先を促した。


「・・・・・・ただ?」

「──魔族の中でも一部・・・・・・希少魔族が森を越えていくんだ」


 現存する希少魔族と呼ばれている種族は、始祖の血を一部でも持つ者を指す。
 それでも通常の魔族よりは強力で、倍どころではない強さを持っている。

 だが、ありがたい事に数はそこまで多くなく、更には濃い血を持つ者は数える程しかいない。エンシャを含む番人数体掛りでようやくと言った感じだ。
 ──滅多に魔族領から出てこないのが唯一の救いか。


「だから、母上様はこの森から出られないんだよ。一生・・、ね。・・・・・・それに本家の血筋だから」

「へえ驚いた、本家とかあるんだ」

「そ、黒鎧竜っていうのがボクの本来の種族名ね。──ドラゴンとか、そんな安直でざっくりしただっさい・・・・名前じゃないから」


 バーバチカが後半の言葉を特に強めて言う。それにしても酷い言われようだ。ドラゴンという種族名を、本気で嫌がっているのが見て取れる。


「で、この森から出られない母上様の為に、ボクみたいな雑用係がいんの。もちろん、他にもね」


 わざわざバーバチカが服を買いに行ったのもその為である。エンシャはこの森から原則出てはいけないのだ。


「じゃあ、用事って・・・・・・」

「見回り的なやつ。毎日やってるよ」


 寂しそうな横顔だ。苦しげにも見える。見回りの間はずっと一人だったのだろう。

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