単なる下働きの私ですが、1000の前世持ちです

厠之花子

文字の大きさ
上 下
23 / 29
序章 とある下働きの少女

13.酒屋には_2

しおりを挟む


「おお、おおリィンか。何だか久しく会った気がするのぉ……」


 声に変わりはない。だが、ベッドに横たわったその姿にいつもの覇気はなく、そこには老人特有の弱々しさが感じられる。
 それに、特に目立つのは痛々しく頭に巻かれたその包帯だ。布団から出した両腕にも同じものが巻かれている。

 そこに視線を移すと、コルガットはわかりやすく目をそらした。


「コルじい!! ねえ、その怪我……」

「ん、これか? ……いや、大した怪我じゃない。なぁに帰り道で運悪く数発殴られただけじゃよ」


 気丈にそう言ってはいるが、所々に見える青アザと血の滲んだ包帯が怪我の酷さを物語っている。

 ……明らかに暴行を受けた跡だ、それも酷く。

 もしかしたら、傷が骨まで及んでいる部分もあるかもしれない。


「コルじい……」

「そんな表情カオをするでない。せっかくの可愛らしい顔立ちなのだから笑わんと。……怪我の処置はそやつに任せた。そのお陰かは知らんが、だいぶ良くなっておるよ。──なあ?」


 コルガットに話を振られたセーカは「ははいと苦笑して頷く。セーカにだけ態度が厳しいのは相変わらずのようだ。

 去り際、コルガットに聞く。……どうせどこかの酔っ払いか何かだろうと思っていた。ここは滅多に起こらないとはいえ、他の地区ではよくある事だ。

 ただ、ここまで酷くやられた事が引っかかった。覚えてないかもしれない。でも例えダメ元だとしても、聞かないと私の気が収まらない。


「ね、それってどんなやつにやられたの?」

「頭のイカれた野郎じゃよ。うわ言のように何かブツブツ呟いておった」

「うわ言……?」

「うむ。天使が何たら、とか……よくわからん」


 ──返された言葉は聞き覚えのある言葉、だった。


「天使って……その男はどこに?」

「運良く騎士団に助けられてな、彼らに引き取ってもらったわい」


 だから安心じゃ。そう言うコルガットに対し、私も笑いを浮かべる。しかし、自身の心臓はドクドクと大きく脈打っていた。

 天使とうわ言のように呟く男。確か、一度引き渡されたけど、問題はないって家に戻されたんだっけ……。
 という事は、彼がコルじいを……?

 決して有り得ない話ではないし、十中八九その通りだろう。


(昨日行けば良かった)


 今更後悔するが仕方ない。今はとにかく命に別状がなかったことに感謝するべきか。


「……リィンも気をつけるんじゃぞ。お前さんはまだ小さいのだからな」

「うん、ビアンカさんがついてるから大丈夫だよ。ジルさんだっているし」


 へーきだよ。笑顔で伝えると「そうか」としわくちゃの笑みが返ってきた。ちゃんと今世は相手を見極めている。

 ギルドまで送るよ、というセーカの申し出を、迎えが来るからと丁寧に断り私は酒屋を出る。……セーカさんにはコルじいの側にいて欲しい。

 路地裏から出ると、行きよりも人の減った大通りに出る。朱色へと変わった空は鮮やかに道を染めている。
 もちろんそこに、私を待つ人などいやしない。

 セーカへと言った言葉は真っ赤な嘘だ。

 ビアンカさんは客の対応で忙しいし、ギルドマスターのジルさんは……たぶん、いや絶対寝てる。メシアはいつも通り部屋で待っているはずだ。


「……はやく帰ろ」


 帰る頃には、きっと賄い飯が出てくる時間となるだろう。馴染みのコックが作ってくれた料理の味を思い出しては、頬がにやけるのを慌てて戻す。

 その賄いを楽しみに気を逸らせていたせいだろうか。とん、と前から来た人にぶつかる。


「おっと」

「ご、ごめんなさい……!!」


 だが、暫く頭を下げていても何も言われない。不思議に思って見上げると、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべた男と目が合う。
 何処と無く恐怖を感じるソレに、ひっ、と私は小さく悲鳴をあげた。


「へえ、誰かと思えばギルドの雑用係じゃねーか。……良かったなぁ、そんな見た目でも雇ってくれて。他にはねーよ? 黒髪黒目とか不気味な奴を雇うとこ」

「……あの、私。急いでいるので、これで……」


 男の言葉に耳を傾けてはいけない。逃げるようにして横を通り過ぎようとした時、男の節くれだった手が私の腕を掴み「おい待てよ」


「傷つくなぁ、何もそんな逃げるようにしなくてもいいじゃねーかよぉ」

「……離してください」


 不快感で胸がざわつく。触られた腕に鳥肌が立った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才テイマーが変態である諸事情記

蛇ノ眼
BL
天才テイマーとして名をはせる『ウィン』。 彼の実力は本物だが……少し特殊な性癖を持っていて…… それは『魔物の雄しか性的対象として見る事が出来ない』事。 そんな彼の夢は…… 『可愛い魔物ちゃん(雄のみ)のハーレムを作って幸せに過ごす!』事。 夢を実現させるためにウィンの壮大な物語?が動き出すのだった。 これはウィンを取り巻く、テイマー達とその使い魔達の物語。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

人見知り転生させられて魔法薬作りはじめました…

雪見だいふく
ファンタジー
 私は大学からの帰り道に突然意識を失ってしまったらしい。  目覚めると 「異世界に行って楽しんできて!」と言われ訳も分からないまま強制的に転生させられる。 ちょっと待って下さい。私重度の人見知りですよ?あだ名失神姫だったんですよ??そんな奴には無理です!!     しかし神様は人でなし…もう戻れないそうです…私これからどうなるんでしょう?  頑張って生きていこうと思ったのに…色んなことに巻き込まれるんですが…新手の呪いかなにかですか?   これは3歩進んで4歩下がりたい主人公が騒動に巻き込まれ、時には自ら首を突っ込んでいく3歩進んで2歩下がる物語。 ♪♪   注意!最初は主人公に対して憤りを感じられるかもしれませんが、主人公がそうなってしまっている理由も、投稿で明らかになっていきますので、是非ご覧下さいませ。 ♪♪ 小説初投稿です。 この小説を見つけて下さり、本当にありがとうございます。 至らないところだらけですが、楽しんで頂けると嬉しいです。 完結目指して頑張って参ります

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

異世界転生者の図書館暮らし2 おもてなし七選

パナマ
ファンタジー
「異世界転生者の図書館暮らし モフモフと悪魔を添えて」の続編。図書館に現れる少女の幽霊、極東で起きた、長く悲惨な戦争、ヨル(図書館の悪魔)の消失。それらは全てソゴゥを極東へと導いていく。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...