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序章 とある下働きの少女
13.酒屋には_2
しおりを挟む「おお、おおリィンか。何だか久しく会った気がするのぉ……」
声に変わりはない。だが、ベッドに横たわったその姿にいつもの覇気はなく、そこには老人特有の弱々しさが感じられる。
それに、特に目立つのは痛々しく頭に巻かれたその包帯だ。布団から出した両腕にも同じものが巻かれている。
そこに視線を移すと、コルガットはわかりやすく目をそらした。
「コルじい!! ねえ、その怪我……」
「ん、これか? ……いや、大した怪我じゃない。なぁに帰り道で運悪く数発殴られただけじゃよ」
気丈にそう言ってはいるが、所々に見える青アザと血の滲んだ包帯が怪我の酷さを物語っている。
……明らかに暴行を受けた跡だ、それも酷く。
もしかしたら、傷が骨まで及んでいる部分もあるかもしれない。
「コルじい……」
「そんな表情をするでない。せっかくの可愛らしい顔立ちなのだから笑わんと。……怪我の処置はそやつに任せた。そのお陰かは知らんが、だいぶ良くなっておるよ。──なあ?」
コルガットに話を振られたセーカは「ははいと苦笑して頷く。セーカにだけ態度が厳しいのは相変わらずのようだ。
去り際、コルガットに聞く。……どうせどこかの酔っ払いか何かだろうと思っていた。ここは滅多に起こらないとはいえ、他の地区ではよくある事だ。
ただ、ここまで酷くやられた事が引っかかった。覚えてないかもしれない。でも例えダメ元だとしても、聞かないと私の気が収まらない。
「ね、それってどんなやつにやられたの?」
「頭のイカれた野郎じゃよ。うわ言のように何かブツブツ呟いておった」
「うわ言……?」
「うむ。天使が何たら、とか……よくわからん」
──返された言葉は聞き覚えのある言葉、だった。
「天使って……その男はどこに?」
「運良く騎士団に助けられてな、彼らに引き取ってもらったわい」
だから安心じゃ。そう言うコルガットに対し、私も笑いを浮かべる。しかし、自身の心臓はドクドクと大きく脈打っていた。
天使とうわ言のように呟く男。確か、一度引き渡されたけど、問題はないって家に戻されたんだっけ……。
という事は、彼がコルじいを……?
決して有り得ない話ではないし、十中八九その通りだろう。
(昨日行けば良かった)
今更後悔するが仕方ない。今はとにかく命に別状がなかったことに感謝するべきか。
「……リィンも気をつけるんじゃぞ。お前さんはまだ小さいのだからな」
「うん、ビアンカさんがついてるから大丈夫だよ。ジルさんだっているし」
へーきだよ。笑顔で伝えると「そうか」としわくちゃの笑みが返ってきた。ちゃんと今世は相手を見極めている。
ギルドまで送るよ、というセーカの申し出を、迎えが来るからと丁寧に断り私は酒屋を出る。……セーカさんにはコルじいの側にいて欲しい。
路地裏から出ると、行きよりも人の減った大通りに出る。朱色へと変わった空は鮮やかに道を染めている。
もちろんそこに、私を待つ人などいやしない。
セーカへと言った言葉は真っ赤な嘘だ。
ビアンカさんは客の対応で忙しいし、ギルドマスターのジルさんは……たぶん、いや絶対寝てる。メシアはいつも通り部屋で待っているはずだ。
「……はやく帰ろ」
帰る頃には、きっと賄い飯が出てくる時間となるだろう。馴染みのコックが作ってくれた料理の味を思い出しては、頬がにやけるのを慌てて戻す。
その賄いを楽しみに気を逸らせていたせいだろうか。とん、と前から来た人にぶつかる。
「おっと」
「ご、ごめんなさい……!!」
だが、暫く頭を下げていても何も言われない。不思議に思って見上げると、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべた男と目が合う。
何処と無く恐怖を感じるソレに、ひっ、と私は小さく悲鳴をあげた。
「へえ、誰かと思えばギルドの雑用係じゃねーか。……良かったなぁ、そんな見た目でも雇ってくれて。他にはねーよ? 黒髪黒目とか不気味な奴を雇うとこ」
「……あの、私。急いでいるので、これで……」
男の言葉に耳を傾けてはいけない。逃げるようにして横を通り過ぎようとした時、男の節くれだった手が私の腕を掴み「おい待てよ」
「傷つくなぁ、何もそんな逃げるようにしなくてもいいじゃねーかよぉ」
「……離してください」
不快感で胸がざわつく。触られた腕に鳥肌が立った。
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