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序章 とある下働きの少女
13.酒屋には_1
しおりを挟む2つの月が高く昇り、酔いが覚めた客からちらほらと帰っていく。眠そうにしている私たちにビアンカが苦笑して声をかけた。
「もう寝たらどうだ? ……2人とも眠いのだろう?」
「うーん……じゃあ、もう寝ますね。おやすみなさい」
私は昼に寝た分さほど眠くはなかったが、明日は今日と違ってちゃんと仕事がある。それにメシアの方はもう限界に近そうだ。
ウトウトと船を漕いでいる彼の裾を引く。瞼を擦りつつも立ち上がった。
「ほらメシア……こんなとこで寝たら風邪ひくよ。上行こ上」
虚ろな瞳をするメシアの手を引くと、素直に付いてきた。そのまま2階へと向かう。
(それにしても驚いたな。……異世界から人を呼び出そうだなんて)
私が知っている召喚魔法は、それ自体がかなり高度なものであり、多くの犠牲を必要とする。召喚魔法を行った魔術師らは無事では済まないだろう。
それに成功率だって決して高くはない。云わば一種の〝賭け〟のようなものだ。
成功するかどうかも分からないし、成功したとしても望み通りの人材が来るとは限らない。その上、コマである優秀な魔術師が犠牲となる。
……普通ならば手を出そうとは考えないはず。
「──国王様も何を考えているんだろーね」
誰に問いかけるでもなく私はただ呟いた。それに反応してか、メシアが不思議そうに見てくる。私は手を伸ばして頭を撫でてあげた。
「……何でもないよ。さ、寝よっか」
あとは布団に入って目を瞑るだけ──そう思っていたが……。
はた、と不意に思い出した。
「そうだ、昨日コルじいに遊びに行くって言っちゃったっけ……」
用心棒も誰もいない。1人で店番をする彼が心配で、見に行くと別れ際に言ったはず。結局それも、昨夜の出来事のせいで行けなくなってしまったが。
……しかも何やかんやで夜になってしまった。
どうしたの、とベッドの横で立ち止まるメシアに、何でもないよ、と首を振る。
(コルじい流石にもう寝てるよね……今はまだ抜け出せないし、深夜に抜け出したとしても店は閉めちゃってるだろうし……)
結局、明日また行こうと私は布団を被った。多分大丈夫だろうと信じて。
◇◇
──しかしその翌日、それは裏切られる事となった。
仕事の時間を短くして欲しいとビアンカに頼み込み、他の従業員らに怪しまれながらも急いで酒屋へと向かう。扉はいつも通り閉まっている。
それでもどこか不安に思いつつ、私は軽く2回ノックをしてから扉を開けた。暗い店内に微かな光が差す。
「コルじい……いる?」
恐る恐る声をかけたが、しん、と静まり返っている。嫌な予感がして奥の工房に向かおうとしたその時、
「いらっしゃい。久しぶりだね、リィンちゃん」
「セーカさん……!!」
2階から降りてきたのは小さな魔獣を肩に乗せた青年。碧色の瞳を細め柔らかく微笑んだ。その表情からして優しげだと感じるが、実際に彼はとても優しくまさに好青年と呼ばれる存在である。
コルじい──コルガットは数日間暇をやったと言っていたけれど。
「帰ってきてたの?」
「昨日の夜にね。……ただ、ちょっと遅かったみたいだけど」
そう言ってセーカは表情を曇らす。心配そうに2階を見上げる。
……嫌な予感は的中していた。ぎゅっと私は拳を握りしめる。
「まさか、コルじいに何か……」
「何にもない……と言いたいところだけど、リィンちゃんに嘘はつけないかな。
大丈夫、酷い怪我ではないよ。……今、2階で休ませてる」
やっぱり何かあったんだ……。
酷い怪我ではないと知って、ひとまずは安心したものの心配である事に変わりはない。尚もその場で俯いていると、「おいで」とセーカから声をかけられた。
顔を上げると優しい笑みと共に手を差し出される。手を伸ばしてその手に触れた。
……温かい。
「リィンちゃんが来てくれたと知ったら、きっとコルガットさんも喜んでくれると思うから」
「……いいの? 邪魔にならない?」
「ならないならない。もしかしたら、リィンちゃんのお陰で治っちゃうかも」
なんてね、とおちゃらけて言うセーカにつられて私も笑う。十数段の階段を上れば、目的の部屋はすぐだった。
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