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序章 とある下働きの少女
12.その少年が持つ箱は①_1
しおりを挟む──伊達に複数の人生を歩んでいるわけではない。今世こそは何事もなく、平和に、楽しく!! ……寿命を終えたいのだ。
相変わらずの喧騒を保つ店内を見渡しながら、私は思う。その時、今までじっと座っていたメシアが私の袖を引いた。
黙ってある一点を指さす。それを見て私は少し驚いた。
「……あれ? 珍しいね。──こんな時間に子供1人なんて」
私と同年齢くらいか。灰色の髪の隙間から見える蒼い瞳がとても印象的な少年だ。……服装からして、魔術師だろうか。
誰かの連れ添いというわけでもない。迷っている風でもない。普通に客としてテーブルにつき料理を待っているようだ。
明らかに夜の雰囲気とは場違い。チラチラと周りもその少年を見ている。
……が、当の本人は慣れているのか気にしていないようだ。懐から何かを取り出し両手で弄っている。遠目からだとよくわからないが、小さい正方形の箱のようだ。
(玩具かな? ……もしかしたら、この世界にもルービックキューブみたいな物があるのかも)
今度ビアンカさんに聞いてみよう、そう決めて目をそらそうとした時だった。ほんの一瞬、目の端で大きく広がった光を捉える。
私はすぐに視線を戻し、その正体を確かめた。
それは前世でもよく慣れ親しんだもの。
「……魔、法」
ポツリと声を漏らした私に注目が集まる。だが、私は消えた今の光を追うように、少年に釘付けとなっていた。
……彼は何も無かったかのように、箱のような何かを弄っている。
あの魔法陣は確かに魔法発動時特有のものだった。まだ幼さが残る少年が魔法を使用した。……可能性がないわけではない。
だが、あの大きさは間違いなく第5級以上の魔法……少なくとも上級魔法以上に匹敵するものだ。そして、私くらいの子供が扱える魔法といえば第1級魔法程度。初級魔法が使えたら良い方である。
もし、素の状態でこの世界の上級魔法を使え、と言われたら私の場合すぐさま横に首を振る。私がまともに魔法が使えているのは、身体強化と他世界の魔法のお陰だ。
(もしかしてあれは魔道具……? あの箱に何か秘密がありそう……)
いずれにせよ、近づいてみないことには確認しようがない。私は客と談笑するビアンカに近寄りこっそりと囁く。
「あの……ビアンカさん、お手洗いに行ってきてもいいですか?」
「ああ、別に構わんぞ。──ロト、リィンをお手洗いまで連れ添いで行ってきてやれ」
ビアンカが料理を運び終わったロトに声をかけると、彼女のネコミミがピクリと動いた。盆を脇に抱え、満開の花が咲く笑みで敬礼をする。
「あいあーい、アタイにとっちゃあそれくらいお易い御用でさぁ。さ、行きやしょーぜ」
「うんっ、ありがとう」
カウンターから出るなという約束なので、やむを得なくお手洗いに行くフリをするだけだ。ロトには申し訳ないが、本当に行きたいわけではない。
偶然にもトイレに続くドアの近くには、少年が座るテーブルがある。ほんの少しの間でも近づく事ができるのだ。
「……《身体強化Ⅰ》」
ロトの後ろをついて行きつつ小声で呟く。これで何かあってもすぐに対処できる。
私は少年の手元をちらりと盗み見た。……見た目は何の変哲もない箱だ。それを少年は両手で包み込む。
そして、真横で光が弾けた。
一瞬ではあるが、今度はしっかりとその模様が目に入り──すぐにその効果と範囲、そして発動時間が頭に浮かぶ。その範囲にいる人物を確認した瞬間、私の足が動いた。
突然私が反対方向に向かったのを見て、ロトは焦り顔で振り返り、
「ちょっ、キミっ……どこ行くのさ!?」
「ビアンカさんのとこっ!!」
それだけを言い残すと、解除、と一言。発動していたのは僅かな時間だった為、疲労もほとんど無い。
発動する数秒前、私は狙われているその人物の手を引いた。手を引かれながらも、唐突な誘いに不思議そうな表情をするのは。
「──メシアっ! やっぱ一緒にいこ?」
発動魔法の範囲。それは──メシアを中心としていた。
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