単なる下働きの私ですが、1000の前世持ちです

厠之花子

文字の大きさ
上 下
17 / 29
序章 とある下働きの少女

10.昨日の約束を①_2

しおりを挟む


「……そういえば、今朝の男ってどうなったんですか?」


 少し気になっていた事を聞くと、珍しく彼女は吃った。


「ん? ああ、あの男か……あー、その、な」

「……ビアンカさん?」

「いや、あの男が豹変した原因が皆目見当もつかなくてな……何度問いかけてみても同じことしか言わない。それで、一応拘束してから王宮騎士団に報告したんだが……」


 ここで一旦ため息をつく。


「害はないだろうとの判断ですぐに解放されたんだ」

「そうなんですか……」

「私としては、 拘束しておいた方が安全だと思ったんだが、実害なしに拘束できる権限はこちらにはない。一晩寝たら戻るだろうと、男は自分の家に帰されたよ」


 ただ天使に会わせてくれと連呼する男だ、とビアンカは言う。

 私は実際にその豹変した男を見たわけじゃない。危険かはわからないが、確かにそれだけならば害はないだろう。……でも少し、嫌な予感がする。


「……ビアンカさん、天使族とはどういった種族なんですか?」


 私の問いかけにビアンカは、少し考える素振りをしてから答えた。


「そうだな……。はるか昔には姿が確認されていたが、今は姿を隠し何処にいるのかもわからなくなった存在……詳しい生態や種族特有の能力については殆どわかっていないらしい」

「ビアンカさんも見た事がないんですか?」

「……残念なことにな。死ぬ前に1度は見てみたいと思ってはいるが」


 記録によると相当な美しさらしいぞ、と客に麦酒を出しながらビアンカはニヤリと笑う。棚から焼き菓子の入った包みを取り出すと、私たち2人にそれぞれ分ける。


「何もしないで見るのも退屈だろう? 食べて良いぞ」

「わあ、ありがとうございます……!!」


 メシアも嬉しかったようで、パァァと口元を緩ませている。ここまでわかりやすい反応は本当に珍しい。ビアンカも、黙々と菓子を頬張るメシアを見て目を丸くしていた。


「……メシア。そんなに慌てて食べると喉に詰まらせちゃうよ? ゆっくり食べよ、ね?」


 優しく声をかけると、彼は素直に頷く。私もふかふかの生地を口に運びながら、初めて見る夜の酒場を眺めた。

 昼よりも男性客の割合が多い。麦酒片手に頬を上気させ、仲間同士での会話を楽しんでいる。
 頬杖をつきつつその景色を見ていると、1人の男性客が話しかけてきた。それを皮切りにどんどん私たちの周りに人が集まってくる。


「へえ、看板娘ちゃんが夜にいるなんて珍しいね。お仕事かい?」

「お仕事じゃないよ。ただ見てるだけ」


 こうして好意的な態度をとるのは、全て馴染みの客だけだ。私を知らない客は、場違いな存在に若干の嫌悪感を顔に滲ませている。
 そしてどうやら、住み込みで働くうちに酒場の看板娘となっていたらしく、看板娘ちゃんと呼ぶ客も多い。

 ……何となく嬉しかったので、その呼び名は直してはいない。


 わらわらと集まってきた客の1人が、私の横を指さして聞いた。


「──そっちの子は? 普段見かけないけど……随分と綺麗な子だね。男の子かな?」

「この子はメシア、おにーさんの言う通り男の子だよ」


 相変わらずメシアはもぐもぐと口を動かしている。こちらの事は微塵も気にしていない様子だ。時折、チラと私を見ては再び菓子を頬張っている。


「へー、メシアくんね。あ、もしかしてメシアくんもここで働いて……」

「それよりもおにーさん、その剣かっこいいねっ! 特別に作って貰ったの?」


 突然遮られたことで、一瞬「え?」と戸惑った男性だったが、自身が背負っている剣に話題が移ると途端にだらしのないニヤケ顔となる。


「あーこれ? ……へへっ、やっぱ分かっちゃう~?」

「うんうん! おにーさんの凄くかっこいいよ?」


 あくまでも褒めているのは剣の方なのだが、酒の入った男性は自分が褒められていると勘違いをする。
 上手く話の誘導ができた私は、客の自慢話を適当に頷いて聞き流す。

 ……危なかった。あまりメシアの事は聞いてきて欲しくない。

 咄嗟に出てきた話題が剣だが……それは正解だったようだ。自慢げに語る男性を横目に、焼き菓子を咀嚼する。周りの客も当たり障りのない反応をしていた。

 見るからに無駄な装飾が付いた鞘、持ち手にも立派な彫刻が施されている事から、恐らく金は持ってる。装備品の質も悪くない。


(……多分、金で何とかしてきたタイプなんだろうなぁ。剣士の割にはそこまで鍛えてないっぽいし……)


 防具の上からでも、チラリと覗く腕などを見るとわかる。
 それに、この男はよく酒場に入り浸っている客の1人だった。ちゃんと依頼しごとを受けているのかも怪しい。

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫
ファンタジー
魔物の森に住む不死の青年とお城脱走が趣味のお転婆王女さまの出会いから始まる物語。 遥か昔、マカニシア大陸を混沌に陥れた魔獣リィスクレウムはとある英雄によって討伐された。 ――しかし、五百年後。 魔物の森で発見された人間の赤ん坊の右目は魔獣と同じ色だった―― 最悪の魔獣リィスクレウムの右目を持ち、不死の力を持ってしまい、村人から忌み子と呼ばれながら生きる青年リィと、好奇心旺盛のお転婆王女アメルシアことアメリーの出会いから、マカニシア大陸を大きく揺るがす事態が起きるーー!! リィは何故500年前に討伐されたはずのリィスクレウムの瞳を持っているのか。 マカニシア大陸に潜む500年前の秘密が明らかにーー ※流血や残酷なシーンがあります※

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サバイバル能力に全振りした男の半端仙人道

コアラ太
ファンタジー
年齢(3000歳)特技(逃げ足)趣味(採取)。半仙人やってます。  主人公は都会の生活に疲れて脱サラし、山暮らしを始めた。  こじんまりとした生活の中で、自然に触れていくと、瞑想にハマり始める。  そんなある日、森の中で見知らぬ老人から声をかけられたことがきっかけとなり、その老人に弟子入りすることになった。  修行する中で、仙人の道へ足を踏み入れるが、師匠から仙人にはなれないと言われてしまった。それでも良いやと気楽に修行を続け、正式な仙人にはなれずとも。足掛け程度は認められることになる。    それから何年も何年も何年も過ぎ、いつものように没頭していた瞑想を終えて目開けると、視界に映るのは密林。仕方なく周辺を探索していると、二足歩行の獣に捕まってしまう。言葉の通じないモフモフ達の言語から覚えなければ……。  不死になれなかった半端な仙人が起こす珍道中。  記憶力の無い男が、日記を探して旅をする。     メサメサメサ   メサ      メサ メサ          メサ メサ          メサ   メサメサメサメサメサ  メ サ  メ  サ  サ  メ サ  メ  サ  サ  サ メ  サ  メ   サ  ササ  他サイトにも掲載しています。

ガーディアンと鎧の天使

イケのモ
ファンタジー
 山本智は学校の帰り道ふと気がつくと寝巻き姿で異世界にいた。  その世界で特別な力を持つ鎧を操りその力を行使することができるガーディアンと呼ばれる存在となっていた。  ガーディアンとは鎧の天使とも呼ばれる特別な力を持つ鎧を与えられた主人公の物語です。

天才テイマーが変態である諸事情記

蛇ノ眼
BL
天才テイマーとして名をはせる『ウィン』。 彼の実力は本物だが……少し特殊な性癖を持っていて…… それは『魔物の雄しか性的対象として見る事が出来ない』事。 そんな彼の夢は…… 『可愛い魔物ちゃん(雄のみ)のハーレムを作って幸せに過ごす!』事。 夢を実現させるためにウィンの壮大な物語?が動き出すのだった。 これはウィンを取り巻く、テイマー達とその使い魔達の物語。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

処理中です...