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序章 とある下働きの少女

6.言い争う_2

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 そこらを散歩するような軽装。だが、それは所々に赤黒い斑点がついており、離れたここからでもわかるくらいの独特な血の匂いを漂わせている。
 ビアンカは周りを見渡し──ある一点、こちらに視線を向けた。


「……《解除》」


 私はフードを脱ぐ。ふっと今までの高揚感やらが消えたと同時に、どっと押し寄せてきた倦怠感。
 膝をつきそうになるのを耐え、外套を脱いだ彼女に駆け寄った。大事に仕舞っていた領収書を手渡す。


「ビアンカさん、これ……」

「ああ、ありがとう。──で、ここで何があったか説明してくれないか?」


 私が簡単に知っている部分だけを話すと、ビアンカは床の惨状を見、そして中心にいる男に鋭い視線を向けた。冷ややかなソレに、男の顔が青白いものへと変わっていく。

 つかつかと腕組みをして歩み寄った。


「……確か、Bランクソロ冒険者のマルコム=ハーレだったな」

「な、なんで俺の名を……」

「愚問だな。ここに出入りした者は全て記憶している──ただそれだけの事だ。で、店内での荒らし行為と店員への暴行……か」


 はぁ、とビアンカは長いため息をつく。突然、くるりと向く方向を変えた。目線を合わせたのは獣耳の女性店員だ。


「まあ、私が店を空けていたせいでもあるのだろうな。……ロト、お前はどうしたい?」

「えっ!? アタイですかい!?」


 何事も無かったかのように立っていた女性──ロトの顔が驚きの表情に変わる。


「最初がどうあれ、一番の被害者はお前だろう。──この男をどうしたい?」

「えぇ……どうしたいって言われても……アタイはただ、みんなで楽しく酒が飲めりゃあいいんですけどねぇ」

「……、そうか」


 なら、と提案する。それはビアンカにしてはとても甘いものだった。


「料理と床の弁償、あとは出禁でいいか? ……本当は別のにしたかったが……大事おおごとにしないのであれば、これでも充分だろう」


 罰を決めたビアンカは、無言でその場に突っ立っているマルコムに声をかける。そこでようやく動き出した。


「おい、聞こえているだろ? 今日はさっさと帰れ。……ああ心配しなくとも、後で直接請求しにいくから覚悟しておけ」

「……チッ」


 去り際にひとつ舌打ちを残す。ビアンカが睨むと顔を逸らし、ゆっくりと去っていった。
 扉が閉まる音でようやく酒場に元の空気が戻ってくる。


「リィン、大丈夫だったか?」

「私は大丈夫ですけど……ビアンカさん、その血は」

「ああ、返り血だ。心配するな」


 ポン、と安心させるように頭に手を乗せられた。軽く撫でると、洗ってくる、とビアンカは奥に向かう。
 代わりにすっかり元気になったロトが、尻尾を揺らしながら近づいてきた。


「いやぁ~キミ、小さいのに凄いや。アタイびっくりしちまったよ。無謀というか何というか……」

「えへへ……でもあの人、別に怖い人じゃなかったもん」

「そっかねぇ~? アタイにとっては大分おっかない人だったさ」


 そう? と首を傾げれば、子供の特権かね、とロトは朗らかに笑う。自分の仕事に戻ろうと去る時、彼女は意味深に微笑んで言った。


「ま、あの手の客は執拗いからね。お互い二度と会わないように頑張ろうや──会ったら何されるかわからんしね」

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