8 / 29
序章 とある下働きの少女
5.買い出しで_2
しおりを挟む「コルじい、いるー?」
瓶だらけの店内を見回してみる。探していた人物はすぐに見つかった。
ちょんと置かれた高めの机と椅子。そこに座っていた老人は、私の声を聞くなりはっと本から視線を上げた。険しかった表情が途端に柔和なものへと変わる。
「おお、おお。ビアンカさんのとこの……リィンじゃないか! よく来たなぁ……その制服を着ているということは、今日は遊びに来たんじゃなくて酒場の買い出しかの?」
そうそう、と言いかけてから、居るはずの人物がいないことに気づいた。
「あれ? ……セーカさんは?」
確かいつもは用心棒として店にいるはずだが……。
首を傾げて聞いてみると「数日暇をやった」との声が。
「ええー……もしこの店が襲われたらどうするの」
「客も来ないというのに襲われるか。御贔屓さん以外は来んよ、こんな分かりにくい店」
「確かにそうだけど……」
呆れと心配の目を彼に向ける。……全く、このおじいちゃんは何をやっているんだろう。
よく、その老いぼれた見た目に反して強者だとかいう爺さんがいるが、彼──コルガット=クリノフは違う。見た目通り、立派な白髪とふさふさの髭を持つただの老人である。
足腰が悪いせいで歩く為に杖は必須、歩く速度も遅いので、ほとんどの作業は椅子に座りながら行っている状態だ。
そして彼を支えているのが、用心棒兼店員兼介護人である青年── セーカ=イリイーンである。中央ギルドから紹介された冒険者で、生粋の優男でもある。
配達等は彼の召喚獣に任せ、基本的に本人はこの店を手伝っていたはずだが。
「代わりの人とかは……」
「……居んよ、ワシ1人じゃ。なに、あやつも明後日には帰ってくる。──ほら、そんな事よりもそのメモを見せてみぃ。後日あやつに届けさせるからの」
おずおずと腕を伸ばして手に持った紙を渡す。それを受け取ったしわくちゃの手を見て、さらに心配になった。
……本当にいなくて大丈夫かな。
「ふむ、金も確かに頂いたぞ。釣りは領収書と共に中に入ってるからの」
「……うん、ありがとう」
受け取った後はただ店を出るだけだというのに、私はその場で動かずにじっとコルガットを見る。彼はしわくちゃな顔を更にしわくちゃにして笑った。
「そんな顔をするでない。ワシなら大丈夫じゃ」
「……うん。──明日も来るね」
麻袋を握りしめた手を振る。行こう、と背を向けると、メシアと繋いだままの手を握り直した。
明日も来よう、絶対。……ああ、メシアも行くかどうか聞かなきゃな。
0
お気に入りに追加
699
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
転生したら没落寸前だったので、お弁当屋さんになろうと思います。
皐月めい
恋愛
「婚約を破棄してほしい」
そう言われた瞬間、前世の記憶を思い出した私。
前世社畜だった私は伯爵令嬢に生まれ変わったラッキーガール……と思いきや。
父が亡くなり、母は倒れて、我が伯爵家にはとんでもない借金が残され、一年後には爵位も取り消し、七年婚約していた婚約者から婚約まで破棄された。最悪だよ。
使用人は解雇し、平民になる準備を始めようとしたのだけれど。
え、塊肉を切るところから料理が始まるとか正気ですか……?
その上デリバリーとテイクアウトがない世界で生きていける自信がないんだけど……この国のズボラはどうしてるの……?
あ、お弁当屋さんを作ればいいんだ!
能天気な転生令嬢が、自分の騎士とお弁当屋さんを立ち上げて幸せになるまでの話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる