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序章 とある下働きの少女

3.突然の来客_2

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「……、待て」


 重低音の落ち着いた声が空気を震えさせる。ゆっくりと私は振り向いた。見上げると、フルフェイスで覆われた顔はこちらを見下ろしている。
 隙間から灰色の瞳が見えた。その鋭さを正面から受け、本能で逃げようと足が下がる。……思わず目を伏せてしまった。


「えっと……私になんの御用でしょう……?」

「その髪で何故……いや、何でもない」


 アーダルベルドは何かを言いかけて言葉を呑み込む。本当は何が言いたいのだろう? やはり気になるのか、この髪色が。


「……そう、ですか? それでは何を……」

「──娘、お前の名は?」

「へ?」


 放たれた言葉は至極普通のもの。全く違うことを想像していた私は、拍子抜けしたあまり変な声を出してしまう。

 絶対髪のことで何か言われるかと思った……。

 この世界においての黒髪や黒い瞳は珍しく、不吉の象徴として見られることが普通だ。珍しいと言っても、片方ならばいることにはいる。その程度で長く噂されることはない。

 ──そう、片方だけならば、顔を顰められるだけで済むのだ。

 闇が溶け込んだような黒の双眸、艷めく黒髪。両方を持つ私は余程珍しいらしい。どこからかその噂を嗅ぎつけてやって来る物好きもいる。

 ……だから、てっきり彼もそうだと思っていたのに。どうやら、私の気の所為だったみたいだ。


「あ、えっと……リィンと言います」


 戸惑いながらも自己紹介をすると、アーダルベルドは「そうか……また来る」とだけ言い残して去ってしまった。

 バタン、と閉じられる音で室内の緊張感が解ける。と、すぐにあちらこちらから興奮する声が聞こえてきた。


「っはぁー……おい! お前見たか!?」

「あ、ああ、ああ見たさ!! すっげぇよ……間近で見るとほんとすっげえ迫力だったな!!」

「やだどうしよう……アーダルベルド様に会っちゃった……」


 男性だけでなく、女性冒険者も顔を赤らめてキャアキャアと騒いでいる。声がすごく良かっただとか、威圧感半端ないだとか、盛り上がる話題は似たり寄ったりである。

 私も解放されたことにより、安堵のため息を吐く。あれだけ張り詰めていた空気は全くなくなり、今は酒場のような賑やかさで室内が埋まっていた。

 当分この熱気は収まらないだろう。……なんせ、止める役割であるはずの受付嬢も同じように盛り上がっているのだから。

 そのお陰様で注目されずに済むのはありがたいが。

 今のうちに、と受け付けの脇に取り付けられた扉を潜り抜ける。特に何も言われない、というよりも誰もこちらを見ていない。

 ……それでいいのか受付嬢よ……。鍵もついていないし、もし不審者だったら完全にアウトなんですがそれは……。

 何だか心配になってきた。
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