9 / 29
序章 とある下働きの少女
6.言い争う_1
しおりを挟む◇◇
お釣りで買ったお土産片手に店に戻れば、何やら酒場には珍しくピリピリとした空気が漂っている。
(何だあれ……喧嘩?)
店の中央で二人の男性が睨み合っている。どちらも顔が赤く、足元もおぼつかない様子だ。……何も珍しい光景ではない。酒場ではよくある酔っ払いの言い争いだろう。
だが、いつもはカウンターにいるビアンカが止める為、ここまで変な空気にはならない。他の店員は皆女性、皆が皆同様にオロオロしながら遠巻きに眺めるだけ。周りの客も酒のつまみにと、止める様子はない。
「あの……ビアンカさんはどこに?」
「ん? ああ、ちょっと依頼を受けているよ、緊急らしい」
「……緊急依頼?」
何だろう……気になる。定期的に鍛えには行くが、普段彼女が依頼を受けることはなく、ほとんどノータッチだというのに。
その時、遠巻きに見ていただけの店員から一人、前に出てくるのが見えた。二人の視線も自然とそちらへ向く。
「ちょ、ちょいとお客さん! 待ってくだせぇや」
「ひっく……ああ゛!? 今はこいつと話してんだよ、部外者は引っ込んでろ!!」
「アタイだって好きで首突っ込んだわけじゃあ、ありませんぜ──ここは楽しく酒を飲む場、喧嘩なら外で好きなだけやってくだせぇよ」
「……んだと?」
途端、男の雰囲気が圧のあるものへと変わる。だが、その威圧をも受け流し、へらりとその女性は笑った。動きに合わせて、頭についた獣耳がピクリと動く。
「たかだか肩がぶつかったくらい水に流してあげ──ぁがッ」
「……ああ、そーかよ」
刹那、男の手が伸び目の前の胸ぐらを掴む。丸太のような太く筋肉質な腕を高く上げると、掴む拳に力を込めた。女性の顔から笑みが消え、苦痛に歪む。
「──なら、まずはそのムカつく口を閉じろよ、クソ半獣人がよぉ!? ナマイキなんだよああ゛!?」
「ぐっ、ぁ……やめ……」
「お、おい……悪かった、俺が悪かったって」
その様子に流石に相手の方も焦り始めたのか、慌てて頭を下げる。が、それだけでは男性の怒りは収まらない。「うっせえ!!」と吐き捨てると、相手の男を睨みつける。
「謝る時は土下座……だろーがよ!!」
「ぁ、がっ……」
バキ、と嫌な音を残して相手の男が崩れ落ちる。何の躊躇いもなく蹴り上げた男に、今まで静かだった周りから制止の声が次々にあがる。
「いくら酔っ払っててもこれはやり過ぎだ。おい、彼女を離してやれよ」
「そーそー、女性に手を出すなんて最っ低。軽蔑するわ」
他の冒険者らが止めようと立ち上がった──その時だった。
「──うるっせえ!!」
獣の咆哮のような声が空気を震わせば、しんと静けさが戻る。
男は突然、掴みあげていた女性を乱暴に近くのテーブルに叩きつけた。上に乗っていた料理が、床に落ちては無残な姿へと変わり果てる。
私は繋いでいた手を離す。
「ねえ、メシア」
前の男に目線を合わせたまま、横にいるメシアに声をかける。
「お土産を持って先に二階に行っててくれる? ──私はちょっと掃除が残ってるから」
一瞬その場で躊躇ったものの、目の端でメシアが動くのが見えた。上に繋がる階段に向かったのを確認すると、私は静かに部屋の端へと移動する。
周りに聞こえない小声で唱えた。
「──《身体強化Ⅰ》」
瞬間、身体の底から何かが湧き上がるような感覚と高揚感に包まれる。……僅かに抜けた感覚がするのは魔素が消費されたからだろう。
いくら最低レベルの〝Ⅰ〟でも長く使えば、それだけ効果解除した際の反動は大きい。
……この幼い身体では、すぐに体力が尽きて倒れてしまう。
(その前に何とかしないとな……)
空気を軽く握りしめるように指を曲げれば、周りの魔素が手の中へと集まる。これぐらいでいいか、とそれを止めると、親指大の氷の粒を形成させた。
魔力によって作られた氷は溶けずに、ひんやりとした冷気が手に伝わる。私は宙に浮くソレを握りしめ、未だ辺りを怒鳴り散らす男に近づいた。
2m近くの巨体に見下ろされる。すっぽりと影に覆われても私は笑顔を浮かべた。
「──ああ゛? 何見てんだガキ」
「酔っ払いのおにーさんって、怒鳴るばっかりでかっこ悪いねっ」
「……あ゛?」
「だって、弱い獣程よく吠えるっていうでしょ? おにーさんにぴったりの言葉だね」
「ってめぇ!!」
「わっ、と」
男の顔が歪んだ。何かを考えるよりも先に、掴もうと男の手が伸ばされた瞬間、前からその対象ご消える。
目の前から消えたものを追おうと目線が下に向けられ── ポカンと間抜けな顔を晒した。
「は?」
「いたた……転んじゃった……。──わぁ、おにーさんこわぁい。そんな怖い顔してどーしたの?」
尻餅をついて座り込んでいた私は、パタパタとホコリを払って立ち上がる。周りの客から安堵のため息が聞こえてきた。
──ただ一人、目の前の男を除いて。
男だけはこちらの顔と自身の手を交互に見ては、険しい表情で何か言いたげに睨みつける。
「お前……今……」
「あ、そっか……おにーさん、私に何かしよーとしたんでしょ? わあ、ラッキー!」
良かったぁ、と子供らしく笑う。と、不意に後から腕を掴まれた。そのまま後に引かれると小声で囁かれる。客の一人だ。女性らしい甘い花の香水がふわりと香る。
「ちょっとちょっと、子供がこんな所で何やってんのよ。……危ないからこっちで遊んでなさい」
てか連れてきた馬鹿は誰よ、と彼女はぶつくさ文句を呟く。店員に見られていないことに首を傾げたが、ああそうか、と自身の格好を見て納得した。
まだ上着のローブに脱いでいない。脱ごうとして聞こえてきた足音に手を止めた。──中に隠しておいた氷の粒を消す。
「おいガキ、話はまだ」
男が私を見る。そして詰め寄ってきたその時だった。凛とした声が酒場に響く。全員の視線がそこに集中した。
「──何の騒ぎだ?」
0
お気に入りに追加
698
あなたにおすすめの小説
魔族転生~どうやら私は希少魔族に転生したようで~
厠之花子
ファンタジー
『昔人間、今魔族──見た目幼女の異世界生活』
360°全て緑──森の中で目を覚ました女性は、自身が見知らぬ場所にいることに気づく。しかも記憶すら曖昧で、自分がアラサー独身女しか思い出せないという悲しさ。その上丸腰、衣服すらない状態である。
それでも何とかしようと歩き回っていると一体のドラゴンに出会う。絶望した彼女だったが、そのドラゴンに告げられた言葉で自身が転生したことを知る。
そう、人間族ではない──謎の絶滅を遂げたはずの希少魔族に。だが、彼女は魔法が全く使えなかった。その代わり、手に入れたのはチート能力『魔素変換』。
段々と同族も現れ、溺愛されたり拝められたりと忙しい毎日を送る羽目に。
これは見た目幼女中身アラサーの異世界記である。
※エブリスタで連載している自作品の改訂版となっております(見切り発車なので所々矛盾点があるかもしれません・・・)
誤字脱字や表現、構成等々まだまだ未熟ではありますが、少しでも読んでいただければ幸いです
追放公爵ベリアルさんの偉大なる悪魔料理〜同胞喰らいの逆襲無双劇〜
軍艦あびす
ファンタジー
人間界に突如現れた謎のゲート。その先は『獄』と呼ばれる異世界へと繋がっていた。獄からは悪魔と呼ばれる怪物の大群が押し寄せ、人々の生活が脅かされる。
そんな非日常の中で生きる宮沖トウヤはある日、力を失った悪魔『ベリアル』と出会う。ベリアルはトウヤに「オレ様を食べろ」と言い放ち、半ば強引にトウヤは体を乗っ取られてしまった。
人と悪魔が生きる世界で、本当に正しい生き方とは何なのだろうか。本当の幸せとは何なのだろうか。
ベリアルの力を求め襲いくる脅威に立ち向かう二人の、本当の幸せを賭けた闘いが幕を開ける——!
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
エンジェリカの王女
四季
ファンタジー
天界の王国・エンジェリカ。その王女であるアンナは王宮の外の世界に憧れていた。
ある日、護衛隊長エリアスに無理を言い街へ連れていってもらうが、それをきっかけに彼女の人生は動き出すのだった。
天使が暮らす天界、人間の暮らす地上界、悪魔の暮らす魔界ーー三つの世界を舞台に繰り広げられる物語。
著作者:四季 無断転載は固く禁じます。
※この作品は、2017年7月~10月に執筆したものを投稿しているものです。
※この作品は「小説カキコ」にも掲載しています。
※この作品は「小説になろう」にも掲載しています。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる