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序章 云わば、これからの下準備

0.ああ、ここは夢の中か

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 ──瞬きのその一瞬、その間だけで約5万程いた魔族軍が消え去る。


 それは、まるでそこには最初から何も無かったかのように、だ。
 ・・・・・・先程まで交戦していた光景が嘘のようである。


 唯一残されたのは、争いによって荒らされた荒野。凹凸おうとつの地面にへたり込んだ私は、スキルによって自身の中で高まる能力を感じつつ、無気力にその光景を眺めていた。

 この時、私──阿瀬あぜ梨花りかは、これまでの18年間で初めて〝生きている〟ということに感謝をした。


◇◇


 ぱちりと目を開ける。瞬時に若干の倦怠感と微睡む意識が、これは夢だと告げてくる。

 シミ一つない白い空間に、ぽつりぽつりと机と椅子が数セット置かれている。その内の1セットに私は座っていた。

 ぼんやりと霞む視界の中には、私と同じように座らせられている男女が数名。・・・・・・いや、正しくは男性が2名、女性が1名か。後ろからでしか見えないが、間違いはないだろう。
 皆一様に制服を着用していることから、恐らくは高校生あたりなのだろうか。

 ──そう、これは確実に夢の中だ。しかし、不思議なことに声も出せないし、身じろぎ一つできない。他の数名も同じようで、ピクリとも動かずに前を向いている。

 とても異様な光景だ。全員が制服だからか一つのクラスのようにも思えるが、明らかに知り合いではないためその光景には違和感しか残らない。


(・・・・・・それにしても、この奇妙な夢はいつ終わるのだろうか)


 終わらない倦怠感とぼんやりとした意識で考える。霞がかった真っ白な景色は一向に変化する気配はなく、ただただ静止画を見せられているようだ。

 しかし、それは突然破られた。甲高い女性の声が空間に響き渡る。


『はいはぁーい、皆さんこーんにちはぁ』


 しんと静まり返った空気を破るが如く登場した女性。一人だけ異様に高いテンションを維持したまま、全員の前に立つ。

 足元まで伸ばした金髪。緩やかにウェーブを描くそれは光を反射して艷めく。両手で抱える豊満な胸は女の私から見ても羨ましい程だ。

 何の反応もない私たちに対し、彼女は蒼い瞳を細めて満面の笑みを作る。ぷるんとグロスを塗ったような唇を開き、飛び出したのは信じ難い言葉。


『突然だけど、貴方たちは異世界へ飛ばされてもらいまぁす』


 スーツにタイトスカートと、よく見るOLファッションで言われた〝異世界〟という聞き慣れない単語に眉をひそめる。他の方々も私と同じように、怪訝そうな表情をしている事だろう。

 そんな事はよくわかっているとでも言う風に、彼女はうんうんと頷く。


『何でなのか聞きたいよねぇ、そうだよねぇ、自分の事だもんねぇ?』


 他3名からの反応は、ない。

 ──いや、反応できないのだ。動くことはおろか、質問を発することも叶わないのだから。
 そんな中でもお構い無しに彼女は言葉を続ける。


『理由はね、貴方たちの行動によって世界が一つ壊れちゃうかもしれないからなのぉ。──そうそう、バタフライ・効果エフェクトって知ってる?』


 バタフライ・エフェクト──聞いたことはある。小さな蝶の羽ばたきでも竜巻を引き起こすかもしれないというアレか。


『つまり、貴方たちのちょっとした行動が地球に害を及ぼしちゃうってこと。・・・・・・私たちだってぇ、なるべくなら世界を残したいのよ?』


 不貞腐れたように頬を膨らました時、あっ、と何かを思い出して手を合わせる。


『そう言えば、自己紹介がまだだったわね。・・・・・・まーあ、言うなれば私は女神って所かしら。うん、人間相手ならこれで十分よねぇ?
 ──とにかく理由はわかったかしら? はーい、質問ある人は手を挙げて~』


 ・・・・・・その言葉の端々に棘が見えるのは、私の気のせいではないだろう。
 それに、突然のカミングアウトをされたが、信じるバカはいない。女神なんてそう簡単に信じられる事ではないのだから。

 はぁーい、と女神は一人で無邪気に手を挙げるが、当然、こちら側が手を挙げられるはずがない。・・・・・・忌々しいことに、まだ硬直は続いている。

 誰からも質問がないのを確認した女神。よく見るとその口角が微かに上がり、歪んだ笑みを浮かべている。──しかも、視線は真っ直ぐ私に向いているではないか。

 ・・・・・・嫌な予感しかしない。何だこの悪夢は。妙に精巧過ぎやしないか?

 女神はすぐにその笑顔を元の微笑みに戻すと、ぱん、と手を合わせる。その腕を上へと上げると、私の目の前に半透明な画面が現れた。

 視線を落とすと、すぐに文字が浮かぶ。


《名前を入力してください》


 その下にはカタカナのみのキーボード。なるほど、これで打ち込めということか。


『腕と手は動かせるようにしたから、案内に従って登録よろしくねぇ』


 目の前から聞こえてくる女神の台詞通り、腕と手は動かせるようだ。
 ちらり、と周りを見ると3名とも案外大人しく打ち込んでいる。それもそうか、それ以外は何も出来ないのだから。


(名前か・・・・・・これはフルネームを打てばいいのかな)


 アゼリカ──画面にそう打ちながら、ぼんやりと疑問が浮かぶ。
 ・・・・・・そもそもここは夢の中ではなかったのか? 何故、私はこんなことをやっているのだろう。

 まさかと思い始めた時、女神が再び口を開く。


『ああそうそう、これドッキリだとか、悪夢だとか思っちゃてる人もいるけどぉ・・・・・・ホントの事だからね? ま、今の段階じゃあ、信じられないと思うけど』


 ・・・・・・は?
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