上 下
55 / 68

GINJI

しおりを挟む
頼介が元に戻った。

仕事場の面々は、そう言って安堵の声を漏らした。

あの晩の後、次の朝、目が覚めた頼介は、俺の作った朝食を食べてくれた。
流石に以前のような食欲はなかったが、一人前に近い量を平らげた。

仕事場でもオン・オフの切り替えができるようになって、必要のないところまで、殺気立った雰囲気を醸し出す事もなくなった。

あえて、問題があるとするなら、俺の後を金魚の糞のようにくっついて離れなくなった事くらいだ。
だが、もともと頼介が俺に懐いていた事を知る仲間達は、特に気にした様子もなかった。
むしろ俺といる事で頼介の精神状態が保てるのなら、心ゆくまで一緒にいてくれという感じだ。

あれから俺は、頼介のマンションで寝泊まりしている。
ひとりで居たくないと、頼介が言うからだ。

「GINJI!」
台所で調理する俺の後ろから、頼介が抱きついてくる。
「包丁を持っている時はやめろ。危ないだろう。」
一応、嗜めたが、聞いている様子はない。

「今日のメシ何?」
「今夜はおじやだ。まだ消化の良いものの方がいいだろう。胃腸も本調子じゃないだろうからな。」
「うん、俺、おじや好き。でも、GINJIも料理できるんだね。俺、知らなかったなぁ。」
「お前だって、得意だろう。少しは手伝ったらどうだ?」
「やだ。俺、GINJIの作ったものが食べたい。」

頼介は、俺に甘えられるだけ甘えているという感じだ。

夜も一緒に寝ている。
だが、本当に一緒に寝るだけだ。
軽いキスまではするが、それ以上の事はない。

俺はほとんど頼介の睡眠導入剤だった。

今夜も一緒にベッドに入る。
髪を指で梳いていてやると、それが気に入ったらしく、もっとやれと催促される。
そうこうしているうちに、眠たくなってくると、コロッと眠ってしまう。

頼介が食事も睡眠もしっかりとれるようになったのは、何より喜ばしい事だ。
痩せてしまった身体も、このままの調子でいけば、すぐに元に戻るだろう。

だが、俺は俺なりにキツかった。
毎晩、好きな奴が隣で無防備な寝顔を晒しているのに、手を出す事は出来ない。

俺は頼介の求める俺でいる。

そう決めた俺は、決して頼介に手を出すまいと決めた。
ただ、頼介の望むまま、傍に居てやるだけ。

だが、俺も男だ。
はけ口は欲しい。

情けない事に、毎晩、頼介が寝付いたのを確認すると、いつもトイレで自己処理していた。

そんな毎日に耐えかねて、俺はスマホを手に取った。
頼介はもう眠っている。

目的の相手にワンギリして、しばらく待つ。
奴は程なくしてかけ直してきた。

「しばらくぶりだな、蓮介。」
電話に出た俺は、そう声をかけた。
『久しぶりだな。』
電話の相手もそう応じた。
「将太くんはどうしている?」
『もう寝ているぞ。だから、わざわざ部屋の外に出てかけ直しているんだ。こっちの暮らしにも慣れてきたみたいだ。ここから学校にも通っている。』
将太くんが意外に新しい暮らしに順応している様子を聞いて、胸が痛む。
頼介はあれ程、苦しんだのに。

「なあ、蓮介。今から出て来られないか?」
『今から?』

「タマっているんだ。相手しろよ。」

しばし沈黙が流れる。

『いいぜ。』

蓮介は短くそう答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

とある隠密の受難

nionea
BL
 普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。  銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密  果たして隠密は無事貞操を守れるのか。  頑張れ隠密。  負けるな隠密。  読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。    ※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。

手作りが食べられない男の子の話

こじらせた処女
BL
昔料理に媚薬を仕込まれ犯された経験から、コンビニ弁当などの封のしてあるご飯しか食べられなくなった高校生の話

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...