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第七部 これからの日常、異世界の日常
異世界の章・その25 異世界渡航の始まり
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のんびりと箒に乗ってプカプカと浮いている。
眼下の異世界ギルドからは、大勢の人たちが出てくる。
この日は、阿倍野首相を始めとする国会の官僚の査察団と、抽選によって選ばれた民間の観光団がやって来ていた。
実は、この抽選では、一悶着があった。
というのも、抽選は引越しの終わった大使館改め異世界大使館で行われたのである。
時間は遡って抽選日当日。
異世界旅行の申し込み用紙が届けられると、マチュアと職員たちはその半券を纏めて箱に放り込んでいた。
すると。
「さて、これはどうしたものか‥‥」
三笠部長改め三笠執務官が、半ば困った笑顔で手元の書類をじっと眺めている。
「どしたの?」
「それがですね。元‥・党の‥‥という政治家からの手紙でして。このリストにある名前を必ず当選させるようにと」
その手紙を手に取ると、マチュアは瞬時に燃やし尽くした。
「あらあ~、手紙燃えちゃった。もう名前もわからないわ」
やりやがった。
しかも言葉が棒読みですよ。
「まあ、やるとは思ってましたよ。では不慮の事故という事で」
「何処の政治家か知らないけれど、異世界大使館にまで権力振るうとはいい度胸です。三笠執務官、さっきの名前絡みの申請は全て断って下さい」
「はいはい。では抽選しましょうか?」
募集は12名で転売禁止。
当選者以外は権利を得ることができず、権利の譲渡も禁止。
未成年が当選した場合は保護者の同伴一名可能。
国会議員は申請禁止。
こんなルールでも申し込み件数は八十万を超えた。
そしてHTN放送局一社単独の公開放送により、抽選の様子は全国に生放送されている。
「さーてと。ロビーに半券置いて頂戴な」
大量の半券の収められた箱がロビーに集められると、次々と半券がばら撒かれた。
――フワッ
すると、マチュアは魔法陣で半券を宙に舞い上がらせる。
風のようにゆらゆらと飛び交う半券。
その中から適当に一枚ずつ手に取る。
その番号を横のオペレーターが入力すると、県名と名前が公表される。
「ほいほい、どんどん行きますか」
一人ずつ公開されていく名前。
そして十二名全てが公開されると、残った半券は全て燃えおちた。
「以上で抽選を終わります。ではまた次回をお楽しみに‥‥」
そんな感じで公開抽選をしたものだから、コネや権力を振るって枠を得ようとしたものが黙っているはずがなかった。
すぐに大使館にクレームの電話を入れてくるが、マチュアの指示で全て無視。
すると今度はテレビでマチュア達を叩き始める始末。
そんな対応は全て職員に任せて、マチュアはのんびりとしていた。
‥‥‥
‥‥
‥
時間は戻る。
その日、始めて来た観光団に対して、ミナセ女王が騎士団を伴って挨拶にやって来ていた。
はじめての民間人での観光団であるため、万が一の事故がないようにとの配慮でもあるらしい。
「マチュアさん、ちょっと良いですか?」
すると、別の場所にいた査察団の引率がマチュアを呼んでいた。
――フワッ
箒の高度を下げて降りると、政策局の職員と蒲生副総理が待っていた。
「はいはい。なんの御用で?」
「この後で、四人ほどギルドにくるから対応してやってくれ」
にこやかに蒲生がマチュアに説明する。
「へぇ。蒲生さん、誰がくるの?」
「白い屋敷の人たちだよ。挨拶にというか頭を下げにくるんだとさ」
――ポン
と手を叩くマチュア。
もう来たのかとびっくりである。
しかし国際日報は未だにくる様子はない。
そこまで頭を下げたくないのかと、神経を疑ってしまう。
「それでは、あとはなんとかしておきますので」
「よろしく頼むよ。それじゃあな」
そのまま査察団を見送ると、今度はミナセ女王がマチュアを呼ぶ。
「マチュアさん、ちょっと宜しいですか?」
「宜しくなかったら不敬罪なので宜しいです。どうしました?」
観光団の前に姿を表すと、同じ外見の人物が二人いるのに驚いている。
「こちらが異世界ギルドのギルドマスターのマチュアさんです。皆さんに今後も楽しい観光を提供してくれると思いますので、何かありましたらギルドの方に申し付けてください」
そう紹介されると、マチュアも頭を軽く下げる。
「基本、引率の指示を聞いていれば問題がありませんので。それでは良い旅を」
そう説明してから、担当官が皆を纏めて馬車に乗る。
まずは教会で魂の護符の登録らしい。
それを見送ると、マチュアは再び箒に乗ってプカプカと浮いている。
「ギルマスー、マチュアさーん、来客ですよおー」
赤城が入り口から出てくると、空に浮かんでいるマチュアを発見して下から声をかけて来た。
「ほいほい、今行きますよー」
ゆっくりと箒を下ろしてギルドロビーに向かう。
すると、そこには綺麗に正装しているローレンス少将と護衛の兵士が二人、そして綺麗なスーツを着た男性が一人立っていた。
「マチュアさん、先日はありがとうございます」
帽子を外して丁寧に挨拶をするローレンス。
その横では、スーツの男性もゆっくりと頭を下げた。
『はじめまして。お噂はかねがね。ギルドマスターのマチュアです』
『はじめまして。アメリゴ大統領のロナルド・クリプトンだ』
ガッチリと握手をすると、マチュアは一行を執務室へと案内する。
――ガチャッ
そしてソファーに座るように促すが、ロナルドは胸元に手を当てて深々と頭を下げた。
『己が何を相手に喧嘩をふっかけていたのか、ローレンスから話は伺った。誠に申し訳ない‥‥貴女と異世界人に対しての命令は全て解除した、どうか許してほしい』
真剣な表情でそう告げるロナルド。
ならばとマチュアはもう一度席に着くように促した。
『謝罪は受け取りました。ですのでこれで全てチャラです』
その言葉で全てお終い。
ここからは政治の話である。
『先程転移門の前でミスター阿倍野とも会った。軽くだが、日本が国交を結んだら、次はアメリゴも結ばせてもらうと話はした。そこで、異世界は私たちステーツと国交を結ぶ意思はあるのか教えて欲しい』
淡々と話をするロナルド。
自身のプライドよりも国の利益を最優先に考えたようだ。
『ロナルドさん、貴方は聡明な大統領です。私たちはまだ日本との国交が締結しておらず、それが終わった時の影響もまだ分かっていません。ですが、それらを踏まえて、全てが終わったらアメリゴとも話をすることをお約束します』
にこやかに告げるマチュア。
それにはロナルドもホッとしたらしい。
『国交をどうこうではなく、個人的にもマチュアさんにはアメリゴに遊びに来てほしい。我がアメリゴを見て、それから考えてください。一方的ではなく、共に良き道を歩めるように』
――ガチャッ
そう話していると、赤城がティーセットを持ってきてくれた。
「マチュアさん、ティーセットをお持ちしました」
「ありがとうさん。あとは自分でやるから戻っていいわよ」
「はい。では失礼します」
軽く会釈をして、赤城が部屋の外に出る。
するとマチュアが人数分のハーブティーを淹れて差し出す。
『私は魔法で英語も話せますが、皆さんはカナンの言葉を覚える必要がありますね。ちょっと面倒臭いですが、これがカナンの言葉と日本語の辞書のようなものです』
手作りの小冊子を差し出すマチュア。
それを手に取ると、ロナルドは片言ながらカナンの言葉を話し始める。
「だいたうい理解どきます。でと、これは変換して本をつくることおるですね」
「私の言葉がわかりますか?慣れると英語の方が理解しやすいはずです。ですので、それは差し上げますので有効に使ってください」
『ふぅ。なんとなくしかわからないですね。では、これはありがたく頂きます。それと、阿倍野から聞きました、魔力を測る水晶があると』
流石は情報収集は早い。
魔力感知球のことまで熟知とは。
『よくご存知で』
『日本の国会中継は確認していましたので。もし予備があるのでしたら、私たちにも一つ貸し出してほしいのですが』
――コトッ
空間から魔力感知球を取り出すと、それをテーブルの上に置く。
『では一つお貸ししますよ。使い方はご存知で?』
そう話すと、ロナルドとローレンスが顔を見合わせて頷く。
まずはローレンスが手を差し出すと、中心にほんのりと赤い輝きが見える。
次はロナルド。
やはり中心に赤い輝きがほんのりと見えた。
『へぇ。流石はファンタジーを理解している国。まだまだ弱いですが、才能はありますよ?』
そうマチュアが褒めると、ロナルドとローレンスが人差し指を立ててみせた。
『日夜特訓していますから』
『在日米軍の指揮官の一人としても、これだけはマスターしておかないとなりませんので』
――プッ
思わず吹き出すマチュア。
『な、成る程。では本格的に見てあげますよ』
そう話して二人の手を軽く握る。
(ははぁ。たしかに魔力回路僅かに開いてるか。なら)
二人の体内から、その手に魔力を集めるマチュア。
ゆっくりと二人の手が輝くと、マチュアはスッと手を離した。
『これはサービスですよ。さあ、もう一度どうぞ?』
そう促されてロナルドとローレンスはもう一度水晶に手をかざす。
すると二人とも、水晶が真っ赤に輝いた。
『こ、こんな事が?』
『先程私たちのを手を握った時にですか?』
『ええ。二人の体内の魔力の流れを綺麗にしてみました。あとは毎日同じことをしてください。少なくても、兵士の中に魔力の素養があるものがいても、これで困らないですよね?』
――ガシッ
再びロナルドはマチュアと握手する。
『こんな事があるなんて。ありがとう‼︎』
感動のあまり言葉も少ない。
が、その力強い握手で気持ちは理解した。
『では。今日はこの程度で話は終わらせましょう。査察団以外にも日本の観光団も来ていますので、皆さんが来ていることが知られると気まずいでしょうから』
『ええ。本当なら、このまま見学したいところですが。今日のところは戻ることにします。また後日、改めて挨拶に来ますので』
『はい。それでは転移門まで見送りますよ』
そうにこやかに話して、マチュアは一行を転移門まで見送る。
そこからは待機していたツヴァイが札幌まで送ると、あとは現地で待っていた車で空港まで戻っていった。
‥‥‥
‥‥
‥
「あの、マチュアさん。先程の大統領の皆さんが持ってきたお土産なのですが」
十六夜が手荷物検査室から持ってきた大量の木箱を指差す。
「へぇ?何を持ってきたの?」
「それが‥‥」
一つの箱を開いて取り出したのは、業務用サイズのティラミスである。
「は、はぁ?まさか全部?」
「アメリカの業務用のケーキやらお菓子ですよ。ほら、日本にも来てるじゃないですか?業務用大型スーパー『ウォルトコ』。あそこのやつですよ?」
おおう。ウォールマーケットのような、コストコのような、どっちかの菓子であろう。
「はぁ。ちょいとまってて。箱の中に冷気の結界を施すから」
急いで魔法陣を起動すると、全ての箱に冷気の結界を施す。
気温は五度に設定、これで箱の中身は腐ることはない。
「よし。業務に支障が出ない程度に食べてよし」
そう話すと、次々と職員がやってきてカップケーキやらアイスやらを持っていく。
「この箱一つは貰うよ。構わないでしょ?」
「どうぞどうぞ。おおよそどこに行くのか察しがつきますので」
そうフィリップが笑うと、マチュアは箱を空間に放り込んだ。
その日の夕方、馴染み亭のベランダ席でシルヴィーとカレンの幸せそうな絶叫が響いたのは言うまでもない。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
三ヶ月後。
日本の首相官邸にて、大勢の報道陣が見守る中、ミナセ女王と阿倍野首相による調印式が締結された。
これで正式な国交が結ばれ、異世界に行くためには、『異世界渡航旅券』を入手すれば誰でも行けることになった。
ただし入手には審査が厳しく、冒険者ギルドへの登録もまだ不可能である。
渡航制限もあり、一回の渡航による最大滞在日数は一週間に設定されている。
スマホとタブレットの持ち込みは台数制限、予備バッテリーは一人二つまでなどなど、細かい制約が設けられている。
日本国の魔法等関連法案も正式に可決し、国内での魔法使用による取り締まりや制限についてもある程度は目処がついた。
それだけ厳しい制約があってもなお、渡航許可申請書は毎日届けられ、異世界政策局は増員体制でチェックを行っている。
そこのチェックをクリアしたものが異世界大使館に併設されているカナン領事館に届けられると、最後のチェックが始まる。
――スヤァ
そして異世界大使館のロビーで、空飛ぶ絨毯の上で昼寝をしているマチュア。
大使館の仕事はまだまだ山積み、職員たちは館内にある転移門で毎日異世界ギルドに足を運んでいる。
持ち込み可能な物品の審査は続けられ、あーだこーだと話をしているようだが、マチュアはいつもの日常である。
「マチュアさん、来客ですよ?」
「ふぁ?あまてらす」
なんの夢だ?
「あ、今行くわ。どちら様?面会予約あったかしら?」
スーッと絨毯を降ろす。
そのまま応接間に向かうと、アジア系の女性が座っていた。
「初めまして。在日中国大使館の李葉姫と申します」
やや切れ長の目。
年は大体40代といったところであろう。
落ち着きと気品を感じる女性である。
「これはご丁寧に。本日はどのような御用でしょうか?」
「我が本国から、カナンへ査察団を派遣したいのですが、どのような手続きを行えばよろしいのでしょうか?」
そう話を切り出した李。
この類の申し込みは日本との国交が締結してからよく来るようになった。
目的がカリス・マレスの資源の確保や、溢れる人口を移住するための新しい土地の確保であることは理解している。
だからこそ、マチュアは査察団の受け入れは慎重である。
「査察団と申しましても。私たちとしては現在、査察申請されている国に対しては念入りに審査を行い、順次認可している程度です。アメリゴの査察団は現在受け入れてはいますが、中国の査察団の目的はなんでしょうか?」
そう話すと、李も真剣な表情で話を続ける。
「新しい土地の発見。現在の中国は増えすぎた人口と資源不足に悩まされています。それ故に、新しい土地に移住可能かどうかを見てみたいのです」
ふむ。
予想通りの回答である。
ならば話は早い。
「それでしたらお断りします。カリス・マレスに新しい覇権国家を作られるのも困りますし。この地球の事は地球内で解決してください」
「ですが、日本国は受け入れられましたよね?移住している方もいらっしゃるのでは?」
「勤務地がカナンなので、職員寮は作ってありますよ。それも移住というのならそうかも知れませんが、たかだか二十人程度と人口一億を一緒にされても困ります」
「それでは、せめて査察だけでもお願いできませんか?そもそも転移門を管理しているのは貴方達カリス・マレスの人々。いざ移住しようとしても、勝手に向かう事など出来ないのでは?」
ふと考える。
転移門を作れるのはマチュアとミスト、クィーン、ツヴァイ。
その中でも天狼から異世界転移門を作るのを許されているのは亜神であるマチュアのみ。
ストームは天狼から学んだ『|異世界越え(Dステップ)』というのがあるため、転移門など作らない。というか作れない。
どれだけ魔術を学んでもここに来るのは神々の力。
ならば査察しようと問題はない。
「ふう。それでは急ぎ四名の名簿を提出して下さい。経歴や略歴なども添えて。嘘偽りは魔法で感知しますので、それが発覚したら二度と転移門は使用できないと思ってください」
「は、はい。分かりました」
「それと注意事項を一つ。私は人に利用されたり謀られるのは嫌いです。そちらの国の諜報が私を攫おうとした謝罪はまだ貰っていませんが、その事は頭の中にとどめて下さい」
ニッコリと笑いながら告げる。
とくに魔法などで脅しをかけた訳ではないが、李の表情は真っ青になって引きつっている。
「了解しましたわ。今後もお互いが良き隣人になれますように」
「ええ。それではまた」
そう話をして李外交官を見送る。
「えーっと、中国大使館から査察団の名簿が届いたら教えて。私は‥‥なんでここにシルヴィーがいる?」
大使館事務室に戻って指示をすると、横にあるソファーに座ってティラミスを食べているシルヴィーか目についた。
「今さっきぢゃ。そこの扉から」
ギルド員専用の転移門を指差すシルヴィー。
「ほう。誰が許可したのかな?」
「ツヴァイが通してくれたぞ?シルヴィーなら良いかってな」
「あんの阿呆が。何のための旅券だ‥‥高嶋、シルヴィーの手続きを頼みます。シルヴィーもこれに血を垂らしてね。あと一人で勝手に来ない事、来るときは幻影騎士団の護衛をつける事、ロットとミアは連れてこない事。いい?」
そう言いふくめながら、シルヴィーに無期限の異世界渡航旅券と双方向翻訳指輪を手渡す。
言われた通りにカードに血を垂らし、指輪を装備するシルヴィー。
「意外と厳しいのう‥‥妾はそんなに頼りないか?」
その言葉に、マチュアはハァ~っとため息をつく。
「異世界の『のじゃロリ姫』が来たってことになったら、ネットがお祭り状態になりますよ。それでなくても獣人やエルフは大騒ぎになるんだから‥‥高嶋、何を見とれている?」
シルヴィーをポーッと見ている高嶋。
その隣でも、他の男性職員が顔を赤らめている。
「い、いえ、こちらにサインを。登録はどうしますか?」
「使節外交団扱いで、外務省と総務省に手続き申請。こんなの観光で入れたらハイエース事案だわ」
そんな物騒な。
と言いたいところだが、否定できないのが厳しい。
「さて、妾はともかく、カレンも来れるようにしてたもれ?」
「何でや?」
なんで大阪弁?と職員は突っ込みたくなるが会えて聞き流す。
マチュアの言葉があちこちの方言で出来ていることも、そう学んだと理解している。
「妾もカレンもストームの妻ぢゃ。マチュアの身内の身内ぢゃよ?」
「まだでしょ?」
「決定事項に変わりはない‥‥のうマチュア、そこの者はどうして泣いておる?」
シルヴィーの人妻宣言に、高嶋以下号泣。
「ま、マチュアさん、その、人妻って‥‥しかも二人って‥‥」
「ストームは王族、妻の一人や二人法的に認められてるの。何で号泣するんだよ。とっとと仕事しろ」
「ふぁぁぁぁぃ‥‥グスッ」
涙を堪えて事務仕事を続ける一同。
一縷の望みが絶たれたのだろう。
「さて、それでは参ろうか?」
「何処にですか」
「観光ぢゃよ。観光。はじめての異世界ぢゃ、赤城に聞いたぞ?カラオケやあみゅうずめんととやらが見たい」
「はぁ。なんか疲れて来た。まあいいわ、高嶋、仮証明出して」
「もうできてますよ」
マチュアの元に、シルヴィー用の渡航証明が手渡される。
それにマチュアがサインすると許可完了である。
「これは無くさないで下さいね。先ほどの異世界渡航旅券とリンクさせましたからなくす事はないですけれど」
「うむ。では参ろうか」
「それじゃあ行って来ます。三笠さん、あとはお願いしますね」
奥の執務官席でニコニコと手を振る三笠。
「はいはい。ではお気をつけて」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ふぉわ。なんじゃここは?」
ススキノのチャレンジワンにやってきたマチュアとシルヴィー。
その巨大で華美な建物にシルヴィーも絶叫している。
そしてそのマチュア達を、観光や地元の人たちが見ている。
「本物のマチュアさんだ。写メいいですか?」
「あのねぇ。お忍びで来てるのに‥‥まあいいわ。あまりしつこくしないでね?」
手をヒラヒラとさせながら、マチュアは周囲の人々にそう告げる。
「早く参ろうぞ~。妾はこんなのはじめてぢゃ」
「はいはい。では行きますか」
そのまま夜までどっぶりとチャレンジワンを堪能するマチュアとシルヴィー。
ゲームセンターのハイスコアチャレンジには『異世界の人禁止』の札が新しく貼り付けてある。
「これ、いつの間に?」
「カナンとつながった日ですね。簡単にハイスコア出されるので禁止ですよー」
にこやかに話す店員。
「しまった。けどUFOキャッチャーは禁止じゃないのか」
「あれはステータスでどうこうできませんよね?」
「ほほう。ならば冒険者の実力、見せてあげましょう。
――一時間後。
大量の縫いぐるみやおもちゃ、菓子袋を抱えてホクホクしているシルヴィーと、UFOキャッチャーの前にあるベンチで敗北感に包まれているマチュア。
「なんでシルヴィーに取れて私に取れない?」
「さあのう。これは楽しいぞ、この百円とやらで必ず一つ一つ何かが取れるからのう」
無理です。
いくらなんでもワンコインでは普通取れません。
どれだけ才能があるのかと、マチュアはシルヴィーを見ているが。
店員にアドバイスをもらいながら楽しそうにしているシルヴィーを見て、なにかホッとしている。
「ま、マチュア、これは凄いぞ、枕に被せるカバーのようぢゃ。扇情的な女性が描かれているが、なんとなく妾に似ているぞ」
「‥‥ここは何でもありますか。まあシルヴィーが楽しければ良いですよ」
「今度はカラオケぢゃ、カラオケとやらに行きたいぞ」
「はいはい。それじゃあ行きましょうか。こっちの世界の歌なんてわからないけどねぇ」
そう話しながらカラオケに向かう。
その日は日が暮れるまで観光を堪能すると、シルヴィーはマチュアに連れられてカナンへと戻って行った。
なお、ツヴァイはストームが戻ってこなくて落ち込んでいるシルヴィーのために地球に行くことを許したらしく、無罪放免となった。
眼下の異世界ギルドからは、大勢の人たちが出てくる。
この日は、阿倍野首相を始めとする国会の官僚の査察団と、抽選によって選ばれた民間の観光団がやって来ていた。
実は、この抽選では、一悶着があった。
というのも、抽選は引越しの終わった大使館改め異世界大使館で行われたのである。
時間は遡って抽選日当日。
異世界旅行の申し込み用紙が届けられると、マチュアと職員たちはその半券を纏めて箱に放り込んでいた。
すると。
「さて、これはどうしたものか‥‥」
三笠部長改め三笠執務官が、半ば困った笑顔で手元の書類をじっと眺めている。
「どしたの?」
「それがですね。元‥・党の‥‥という政治家からの手紙でして。このリストにある名前を必ず当選させるようにと」
その手紙を手に取ると、マチュアは瞬時に燃やし尽くした。
「あらあ~、手紙燃えちゃった。もう名前もわからないわ」
やりやがった。
しかも言葉が棒読みですよ。
「まあ、やるとは思ってましたよ。では不慮の事故という事で」
「何処の政治家か知らないけれど、異世界大使館にまで権力振るうとはいい度胸です。三笠執務官、さっきの名前絡みの申請は全て断って下さい」
「はいはい。では抽選しましょうか?」
募集は12名で転売禁止。
当選者以外は権利を得ることができず、権利の譲渡も禁止。
未成年が当選した場合は保護者の同伴一名可能。
国会議員は申請禁止。
こんなルールでも申し込み件数は八十万を超えた。
そしてHTN放送局一社単独の公開放送により、抽選の様子は全国に生放送されている。
「さーてと。ロビーに半券置いて頂戴な」
大量の半券の収められた箱がロビーに集められると、次々と半券がばら撒かれた。
――フワッ
すると、マチュアは魔法陣で半券を宙に舞い上がらせる。
風のようにゆらゆらと飛び交う半券。
その中から適当に一枚ずつ手に取る。
その番号を横のオペレーターが入力すると、県名と名前が公表される。
「ほいほい、どんどん行きますか」
一人ずつ公開されていく名前。
そして十二名全てが公開されると、残った半券は全て燃えおちた。
「以上で抽選を終わります。ではまた次回をお楽しみに‥‥」
そんな感じで公開抽選をしたものだから、コネや権力を振るって枠を得ようとしたものが黙っているはずがなかった。
すぐに大使館にクレームの電話を入れてくるが、マチュアの指示で全て無視。
すると今度はテレビでマチュア達を叩き始める始末。
そんな対応は全て職員に任せて、マチュアはのんびりとしていた。
‥‥‥
‥‥
‥
時間は戻る。
その日、始めて来た観光団に対して、ミナセ女王が騎士団を伴って挨拶にやって来ていた。
はじめての民間人での観光団であるため、万が一の事故がないようにとの配慮でもあるらしい。
「マチュアさん、ちょっと良いですか?」
すると、別の場所にいた査察団の引率がマチュアを呼んでいた。
――フワッ
箒の高度を下げて降りると、政策局の職員と蒲生副総理が待っていた。
「はいはい。なんの御用で?」
「この後で、四人ほどギルドにくるから対応してやってくれ」
にこやかに蒲生がマチュアに説明する。
「へぇ。蒲生さん、誰がくるの?」
「白い屋敷の人たちだよ。挨拶にというか頭を下げにくるんだとさ」
――ポン
と手を叩くマチュア。
もう来たのかとびっくりである。
しかし国際日報は未だにくる様子はない。
そこまで頭を下げたくないのかと、神経を疑ってしまう。
「それでは、あとはなんとかしておきますので」
「よろしく頼むよ。それじゃあな」
そのまま査察団を見送ると、今度はミナセ女王がマチュアを呼ぶ。
「マチュアさん、ちょっと宜しいですか?」
「宜しくなかったら不敬罪なので宜しいです。どうしました?」
観光団の前に姿を表すと、同じ外見の人物が二人いるのに驚いている。
「こちらが異世界ギルドのギルドマスターのマチュアさんです。皆さんに今後も楽しい観光を提供してくれると思いますので、何かありましたらギルドの方に申し付けてください」
そう紹介されると、マチュアも頭を軽く下げる。
「基本、引率の指示を聞いていれば問題がありませんので。それでは良い旅を」
そう説明してから、担当官が皆を纏めて馬車に乗る。
まずは教会で魂の護符の登録らしい。
それを見送ると、マチュアは再び箒に乗ってプカプカと浮いている。
「ギルマスー、マチュアさーん、来客ですよおー」
赤城が入り口から出てくると、空に浮かんでいるマチュアを発見して下から声をかけて来た。
「ほいほい、今行きますよー」
ゆっくりと箒を下ろしてギルドロビーに向かう。
すると、そこには綺麗に正装しているローレンス少将と護衛の兵士が二人、そして綺麗なスーツを着た男性が一人立っていた。
「マチュアさん、先日はありがとうございます」
帽子を外して丁寧に挨拶をするローレンス。
その横では、スーツの男性もゆっくりと頭を下げた。
『はじめまして。お噂はかねがね。ギルドマスターのマチュアです』
『はじめまして。アメリゴ大統領のロナルド・クリプトンだ』
ガッチリと握手をすると、マチュアは一行を執務室へと案内する。
――ガチャッ
そしてソファーに座るように促すが、ロナルドは胸元に手を当てて深々と頭を下げた。
『己が何を相手に喧嘩をふっかけていたのか、ローレンスから話は伺った。誠に申し訳ない‥‥貴女と異世界人に対しての命令は全て解除した、どうか許してほしい』
真剣な表情でそう告げるロナルド。
ならばとマチュアはもう一度席に着くように促した。
『謝罪は受け取りました。ですのでこれで全てチャラです』
その言葉で全てお終い。
ここからは政治の話である。
『先程転移門の前でミスター阿倍野とも会った。軽くだが、日本が国交を結んだら、次はアメリゴも結ばせてもらうと話はした。そこで、異世界は私たちステーツと国交を結ぶ意思はあるのか教えて欲しい』
淡々と話をするロナルド。
自身のプライドよりも国の利益を最優先に考えたようだ。
『ロナルドさん、貴方は聡明な大統領です。私たちはまだ日本との国交が締結しておらず、それが終わった時の影響もまだ分かっていません。ですが、それらを踏まえて、全てが終わったらアメリゴとも話をすることをお約束します』
にこやかに告げるマチュア。
それにはロナルドもホッとしたらしい。
『国交をどうこうではなく、個人的にもマチュアさんにはアメリゴに遊びに来てほしい。我がアメリゴを見て、それから考えてください。一方的ではなく、共に良き道を歩めるように』
――ガチャッ
そう話していると、赤城がティーセットを持ってきてくれた。
「マチュアさん、ティーセットをお持ちしました」
「ありがとうさん。あとは自分でやるから戻っていいわよ」
「はい。では失礼します」
軽く会釈をして、赤城が部屋の外に出る。
するとマチュアが人数分のハーブティーを淹れて差し出す。
『私は魔法で英語も話せますが、皆さんはカナンの言葉を覚える必要がありますね。ちょっと面倒臭いですが、これがカナンの言葉と日本語の辞書のようなものです』
手作りの小冊子を差し出すマチュア。
それを手に取ると、ロナルドは片言ながらカナンの言葉を話し始める。
「だいたうい理解どきます。でと、これは変換して本をつくることおるですね」
「私の言葉がわかりますか?慣れると英語の方が理解しやすいはずです。ですので、それは差し上げますので有効に使ってください」
『ふぅ。なんとなくしかわからないですね。では、これはありがたく頂きます。それと、阿倍野から聞きました、魔力を測る水晶があると』
流石は情報収集は早い。
魔力感知球のことまで熟知とは。
『よくご存知で』
『日本の国会中継は確認していましたので。もし予備があるのでしたら、私たちにも一つ貸し出してほしいのですが』
――コトッ
空間から魔力感知球を取り出すと、それをテーブルの上に置く。
『では一つお貸ししますよ。使い方はご存知で?』
そう話すと、ロナルドとローレンスが顔を見合わせて頷く。
まずはローレンスが手を差し出すと、中心にほんのりと赤い輝きが見える。
次はロナルド。
やはり中心に赤い輝きがほんのりと見えた。
『へぇ。流石はファンタジーを理解している国。まだまだ弱いですが、才能はありますよ?』
そうマチュアが褒めると、ロナルドとローレンスが人差し指を立ててみせた。
『日夜特訓していますから』
『在日米軍の指揮官の一人としても、これだけはマスターしておかないとなりませんので』
――プッ
思わず吹き出すマチュア。
『な、成る程。では本格的に見てあげますよ』
そう話して二人の手を軽く握る。
(ははぁ。たしかに魔力回路僅かに開いてるか。なら)
二人の体内から、その手に魔力を集めるマチュア。
ゆっくりと二人の手が輝くと、マチュアはスッと手を離した。
『これはサービスですよ。さあ、もう一度どうぞ?』
そう促されてロナルドとローレンスはもう一度水晶に手をかざす。
すると二人とも、水晶が真っ赤に輝いた。
『こ、こんな事が?』
『先程私たちのを手を握った時にですか?』
『ええ。二人の体内の魔力の流れを綺麗にしてみました。あとは毎日同じことをしてください。少なくても、兵士の中に魔力の素養があるものがいても、これで困らないですよね?』
――ガシッ
再びロナルドはマチュアと握手する。
『こんな事があるなんて。ありがとう‼︎』
感動のあまり言葉も少ない。
が、その力強い握手で気持ちは理解した。
『では。今日はこの程度で話は終わらせましょう。査察団以外にも日本の観光団も来ていますので、皆さんが来ていることが知られると気まずいでしょうから』
『ええ。本当なら、このまま見学したいところですが。今日のところは戻ることにします。また後日、改めて挨拶に来ますので』
『はい。それでは転移門まで見送りますよ』
そうにこやかに話して、マチュアは一行を転移門まで見送る。
そこからは待機していたツヴァイが札幌まで送ると、あとは現地で待っていた車で空港まで戻っていった。
‥‥‥
‥‥
‥
「あの、マチュアさん。先程の大統領の皆さんが持ってきたお土産なのですが」
十六夜が手荷物検査室から持ってきた大量の木箱を指差す。
「へぇ?何を持ってきたの?」
「それが‥‥」
一つの箱を開いて取り出したのは、業務用サイズのティラミスである。
「は、はぁ?まさか全部?」
「アメリカの業務用のケーキやらお菓子ですよ。ほら、日本にも来てるじゃないですか?業務用大型スーパー『ウォルトコ』。あそこのやつですよ?」
おおう。ウォールマーケットのような、コストコのような、どっちかの菓子であろう。
「はぁ。ちょいとまってて。箱の中に冷気の結界を施すから」
急いで魔法陣を起動すると、全ての箱に冷気の結界を施す。
気温は五度に設定、これで箱の中身は腐ることはない。
「よし。業務に支障が出ない程度に食べてよし」
そう話すと、次々と職員がやってきてカップケーキやらアイスやらを持っていく。
「この箱一つは貰うよ。構わないでしょ?」
「どうぞどうぞ。おおよそどこに行くのか察しがつきますので」
そうフィリップが笑うと、マチュアは箱を空間に放り込んだ。
その日の夕方、馴染み亭のベランダ席でシルヴィーとカレンの幸せそうな絶叫が響いたのは言うまでもない。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
三ヶ月後。
日本の首相官邸にて、大勢の報道陣が見守る中、ミナセ女王と阿倍野首相による調印式が締結された。
これで正式な国交が結ばれ、異世界に行くためには、『異世界渡航旅券』を入手すれば誰でも行けることになった。
ただし入手には審査が厳しく、冒険者ギルドへの登録もまだ不可能である。
渡航制限もあり、一回の渡航による最大滞在日数は一週間に設定されている。
スマホとタブレットの持ち込みは台数制限、予備バッテリーは一人二つまでなどなど、細かい制約が設けられている。
日本国の魔法等関連法案も正式に可決し、国内での魔法使用による取り締まりや制限についてもある程度は目処がついた。
それだけ厳しい制約があってもなお、渡航許可申請書は毎日届けられ、異世界政策局は増員体制でチェックを行っている。
そこのチェックをクリアしたものが異世界大使館に併設されているカナン領事館に届けられると、最後のチェックが始まる。
――スヤァ
そして異世界大使館のロビーで、空飛ぶ絨毯の上で昼寝をしているマチュア。
大使館の仕事はまだまだ山積み、職員たちは館内にある転移門で毎日異世界ギルドに足を運んでいる。
持ち込み可能な物品の審査は続けられ、あーだこーだと話をしているようだが、マチュアはいつもの日常である。
「マチュアさん、来客ですよ?」
「ふぁ?あまてらす」
なんの夢だ?
「あ、今行くわ。どちら様?面会予約あったかしら?」
スーッと絨毯を降ろす。
そのまま応接間に向かうと、アジア系の女性が座っていた。
「初めまして。在日中国大使館の李葉姫と申します」
やや切れ長の目。
年は大体40代といったところであろう。
落ち着きと気品を感じる女性である。
「これはご丁寧に。本日はどのような御用でしょうか?」
「我が本国から、カナンへ査察団を派遣したいのですが、どのような手続きを行えばよろしいのでしょうか?」
そう話を切り出した李。
この類の申し込みは日本との国交が締結してからよく来るようになった。
目的がカリス・マレスの資源の確保や、溢れる人口を移住するための新しい土地の確保であることは理解している。
だからこそ、マチュアは査察団の受け入れは慎重である。
「査察団と申しましても。私たちとしては現在、査察申請されている国に対しては念入りに審査を行い、順次認可している程度です。アメリゴの査察団は現在受け入れてはいますが、中国の査察団の目的はなんでしょうか?」
そう話すと、李も真剣な表情で話を続ける。
「新しい土地の発見。現在の中国は増えすぎた人口と資源不足に悩まされています。それ故に、新しい土地に移住可能かどうかを見てみたいのです」
ふむ。
予想通りの回答である。
ならば話は早い。
「それでしたらお断りします。カリス・マレスに新しい覇権国家を作られるのも困りますし。この地球の事は地球内で解決してください」
「ですが、日本国は受け入れられましたよね?移住している方もいらっしゃるのでは?」
「勤務地がカナンなので、職員寮は作ってありますよ。それも移住というのならそうかも知れませんが、たかだか二十人程度と人口一億を一緒にされても困ります」
「それでは、せめて査察だけでもお願いできませんか?そもそも転移門を管理しているのは貴方達カリス・マレスの人々。いざ移住しようとしても、勝手に向かう事など出来ないのでは?」
ふと考える。
転移門を作れるのはマチュアとミスト、クィーン、ツヴァイ。
その中でも天狼から異世界転移門を作るのを許されているのは亜神であるマチュアのみ。
ストームは天狼から学んだ『|異世界越え(Dステップ)』というのがあるため、転移門など作らない。というか作れない。
どれだけ魔術を学んでもここに来るのは神々の力。
ならば査察しようと問題はない。
「ふう。それでは急ぎ四名の名簿を提出して下さい。経歴や略歴なども添えて。嘘偽りは魔法で感知しますので、それが発覚したら二度と転移門は使用できないと思ってください」
「は、はい。分かりました」
「それと注意事項を一つ。私は人に利用されたり謀られるのは嫌いです。そちらの国の諜報が私を攫おうとした謝罪はまだ貰っていませんが、その事は頭の中にとどめて下さい」
ニッコリと笑いながら告げる。
とくに魔法などで脅しをかけた訳ではないが、李の表情は真っ青になって引きつっている。
「了解しましたわ。今後もお互いが良き隣人になれますように」
「ええ。それではまた」
そう話をして李外交官を見送る。
「えーっと、中国大使館から査察団の名簿が届いたら教えて。私は‥‥なんでここにシルヴィーがいる?」
大使館事務室に戻って指示をすると、横にあるソファーに座ってティラミスを食べているシルヴィーか目についた。
「今さっきぢゃ。そこの扉から」
ギルド員専用の転移門を指差すシルヴィー。
「ほう。誰が許可したのかな?」
「ツヴァイが通してくれたぞ?シルヴィーなら良いかってな」
「あんの阿呆が。何のための旅券だ‥‥高嶋、シルヴィーの手続きを頼みます。シルヴィーもこれに血を垂らしてね。あと一人で勝手に来ない事、来るときは幻影騎士団の護衛をつける事、ロットとミアは連れてこない事。いい?」
そう言いふくめながら、シルヴィーに無期限の異世界渡航旅券と双方向翻訳指輪を手渡す。
言われた通りにカードに血を垂らし、指輪を装備するシルヴィー。
「意外と厳しいのう‥‥妾はそんなに頼りないか?」
その言葉に、マチュアはハァ~っとため息をつく。
「異世界の『のじゃロリ姫』が来たってことになったら、ネットがお祭り状態になりますよ。それでなくても獣人やエルフは大騒ぎになるんだから‥‥高嶋、何を見とれている?」
シルヴィーをポーッと見ている高嶋。
その隣でも、他の男性職員が顔を赤らめている。
「い、いえ、こちらにサインを。登録はどうしますか?」
「使節外交団扱いで、外務省と総務省に手続き申請。こんなの観光で入れたらハイエース事案だわ」
そんな物騒な。
と言いたいところだが、否定できないのが厳しい。
「さて、妾はともかく、カレンも来れるようにしてたもれ?」
「何でや?」
なんで大阪弁?と職員は突っ込みたくなるが会えて聞き流す。
マチュアの言葉があちこちの方言で出来ていることも、そう学んだと理解している。
「妾もカレンもストームの妻ぢゃ。マチュアの身内の身内ぢゃよ?」
「まだでしょ?」
「決定事項に変わりはない‥‥のうマチュア、そこの者はどうして泣いておる?」
シルヴィーの人妻宣言に、高嶋以下号泣。
「ま、マチュアさん、その、人妻って‥‥しかも二人って‥‥」
「ストームは王族、妻の一人や二人法的に認められてるの。何で号泣するんだよ。とっとと仕事しろ」
「ふぁぁぁぁぃ‥‥グスッ」
涙を堪えて事務仕事を続ける一同。
一縷の望みが絶たれたのだろう。
「さて、それでは参ろうか?」
「何処にですか」
「観光ぢゃよ。観光。はじめての異世界ぢゃ、赤城に聞いたぞ?カラオケやあみゅうずめんととやらが見たい」
「はぁ。なんか疲れて来た。まあいいわ、高嶋、仮証明出して」
「もうできてますよ」
マチュアの元に、シルヴィー用の渡航証明が手渡される。
それにマチュアがサインすると許可完了である。
「これは無くさないで下さいね。先ほどの異世界渡航旅券とリンクさせましたからなくす事はないですけれど」
「うむ。では参ろうか」
「それじゃあ行って来ます。三笠さん、あとはお願いしますね」
奥の執務官席でニコニコと手を振る三笠。
「はいはい。ではお気をつけて」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ふぉわ。なんじゃここは?」
ススキノのチャレンジワンにやってきたマチュアとシルヴィー。
その巨大で華美な建物にシルヴィーも絶叫している。
そしてそのマチュア達を、観光や地元の人たちが見ている。
「本物のマチュアさんだ。写メいいですか?」
「あのねぇ。お忍びで来てるのに‥‥まあいいわ。あまりしつこくしないでね?」
手をヒラヒラとさせながら、マチュアは周囲の人々にそう告げる。
「早く参ろうぞ~。妾はこんなのはじめてぢゃ」
「はいはい。では行きますか」
そのまま夜までどっぶりとチャレンジワンを堪能するマチュアとシルヴィー。
ゲームセンターのハイスコアチャレンジには『異世界の人禁止』の札が新しく貼り付けてある。
「これ、いつの間に?」
「カナンとつながった日ですね。簡単にハイスコア出されるので禁止ですよー」
にこやかに話す店員。
「しまった。けどUFOキャッチャーは禁止じゃないのか」
「あれはステータスでどうこうできませんよね?」
「ほほう。ならば冒険者の実力、見せてあげましょう。
――一時間後。
大量の縫いぐるみやおもちゃ、菓子袋を抱えてホクホクしているシルヴィーと、UFOキャッチャーの前にあるベンチで敗北感に包まれているマチュア。
「なんでシルヴィーに取れて私に取れない?」
「さあのう。これは楽しいぞ、この百円とやらで必ず一つ一つ何かが取れるからのう」
無理です。
いくらなんでもワンコインでは普通取れません。
どれだけ才能があるのかと、マチュアはシルヴィーを見ているが。
店員にアドバイスをもらいながら楽しそうにしているシルヴィーを見て、なにかホッとしている。
「ま、マチュア、これは凄いぞ、枕に被せるカバーのようぢゃ。扇情的な女性が描かれているが、なんとなく妾に似ているぞ」
「‥‥ここは何でもありますか。まあシルヴィーが楽しければ良いですよ」
「今度はカラオケぢゃ、カラオケとやらに行きたいぞ」
「はいはい。それじゃあ行きましょうか。こっちの世界の歌なんてわからないけどねぇ」
そう話しながらカラオケに向かう。
その日は日が暮れるまで観光を堪能すると、シルヴィーはマチュアに連れられてカナンへと戻って行った。
なお、ツヴァイはストームが戻ってこなくて落ち込んでいるシルヴィーのために地球に行くことを許したらしく、無罪放免となった。
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