異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第七部 これからの日常、異世界の日常

異世界の章・その24 アメリゴとの邂逅

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 のんびりと一般道を飛んでいる魔法の箒。
 マチュアは永田町にある自民党会館を出て横須賀へと向かう。
 高度をとって飛んでいけば楽なのかもしれないが、変に騒がしくするのも問題があると考えた。
 箒に横座りになり、高度1mほどを飛んでいると、通りすがりや左右の車がスマホで撮影しているのに気がつく。
「まあ、これぐらいはサービスだねっ」
 そう呟きながら、時折スマホに向かって手を振る。
 これもサービスサービスであろう。

 目の前の車で、子供達がマチュアに手を振る。
 それにもニッコリと微笑んでいると、後ろからサイレンの音が聞こえてくる。
――ファンファンファン‥‥
 なにかを言いたいようだが、ぶら下がっている外交団ナンバーを必死に照会しているらしい。
 やがてマチュアの横に並走すると、窓がゆっくりと開く。
「異世界ギルドのマチュアさんですね。通報で箒が飛んでいると言われまして。その‥‥」
「いいわよ、少し先に止まってあげるわ」
 ゆっくりと左側に寄せると、マチュアは箒をくるっと回して立てる。
「確認のため外交官カードの提示をお願いします」
――シュンッ
 手元に外交官カードと魂の護符プレートを取り出して提示する。
 それを確認すると、警官もどうしていいか考えているらしい。
「やっぱり方向指示器と安全灯がないと駄目?」
「うーん。原動機ついてないんですよねぇ。本庁でも扱いに困って居まして。これ、そのうち販売しますか?」
「まっさか。私の自家用箒ですよ?ナンバーは外交団ナンバーですけどね?」
「なので逮捕、拘束権が無いのですよ‥‥と、はい」
 無線を受け取る警官。
 しばし話しているのち、マチュアに一言。
「えーっとですね。道交法はあるので、せめて安全飛行と速度の遵守はお願いします。高度は航空法最低高度の平地より150m以下で。電線や樹木、建物に対しての配慮もお願いしますね」
 一つ一つ無線で確認すると、マチュアに説明する。
「ふむふむ。あとは?」
「えーっと。空飛ぶ絨毯も同じルールでお願いします。箒は二人乗りまで、絨毯は大きさにもよりますが最大八人で」
 色々な妥協点を提案してくる。
 それを各地に伝えないとならないらしく、一つ一つ確認しているようだ。
「高度は150m以上ではないのね?」
「その高度は航空法の最低高度で、そこから下には航空機は飛行できないので。そこと抵触しないように、150m以下と」
「あたしゃドローンと一緒かい?」
 笑いながら問いかける。
「むしろ、そっちの方を参考にするそうです。飛行ならできるなら30mから150mの間でという事ですが、先ほどのルールを守ってくれれば150m以下制限なしでと」
「はーい。了解しました」
「あと、これは個人的にですが。カメラを気にしてよそ見運転しないでくださいね。事故があった場合の対処がまた面倒なので」
「はい了解です」
「では、お気をつけて。失礼しました」
 そう告げると、パトカーはそのまま走っていく。
「ヘルメットの着用義務まで言われそうだなぁ。なんかそれも変だぞ?」
 再び箒に跨って飛び始めるマチュア。
 少し後ろから白バイが距離を開けてついてきているのがわかる。

 のんびりと芝公園横を抜けて竹下桟橋まで飛んでくると、マチュアはまた止まった。
 そして後ろに止まっている白バイの下まで歩いていくと一言。
「これで高速乗っても良い?」
「い、いや、ちょっと待ってください‥‥」
 再び無線で連絡してくれる。
「ええっと、自動二輪扱いで‥‥すいません、一般道か海路でお願いしていいですか?」
 警官が折れた。
「まだ箒や絨毯の交通規制が難しくて」
「馬車は?」
「ええっと、長さ十二メートルで幅二・五メートル、高さは三・五メートルを越えていなければ。軽車両ですので左側を走っていただければ問題ありません」
 おおっと。
 馬車はルールあったか。
「箒や絨毯も軽車両なのかねえ?」
「近いのですけどね。車輪ないので難しいところです。家畜が引いてるわけでなし、自転車でもなし。人力で動いているかと思えば魔力でしたよね?」
「ええ。いざ飛んでいてふと思ったので」
「まあ、道交法や道路運送車両法の適用外という見解は出ましたので、とりあえず高速だけは勘弁してください」
「お手数かけて申し訳ない、では海路で行きましょう」
 ヒョイと箒に横座りすると、マチュアは海上をのんびりと飛び始める。
 レインボーブリッジと首都高湾岸線の下をくぐり抜け、クルーズ客船の横を並走し、のんびりと海上の旅を楽しむ。

 やがて横浜に抜けると、巨大な豪華客船の横に出た。
「ダイヤモンドプリンセス号か。すごいなぁ」
 デッキではマチュアに手を振る人々が大勢いた。
 乗組員達もマチュアを見て驚いているが、帽子を手に取るとそのまま手を振ってくる。
 ならばと高度を落としてデッキの横を飛ぶ。
『こんにちはエルフさん。テレビで見ましたよ』
『本物の空飛ぶ箒ですか。乗ってみたいですね』
『私のおごりだ。なにか飲むかい?』
 などなど親切に声をかけてくる。
 すると船長らしき人が駆け寄ってくる。
『はい、エルフのお嬢さん。旅行中かな?』
『ちょっと横須賀の米軍基地までね』
『途中で降りても構わないから、少し休んでいくかい?私と写真を撮ってくれたら無料にしてあげるよ?』
 スラスラと英語で話をすると、マチュアはコクコクと頷いた。
『それじゃあお世話になりますわ。ありがとうございます』

――スッ
 とデッキに乗ると、マチュアは箒をくるっと立てる。
 そこでキャプテンがマチュアの横に立つと、船員がスマホで記念撮影をしていた。
 何名かの船員と乗客と記念撮影すると、マチュアはデッキの椅子に座ってフレッシュジュースを受け取る。
「こういうノリは好きなのよね‥‥と?」
 ふと気がつくと、乗客の女の子がチラチラとマチュアを見ている。
『ハイ。何かようかしら?』
『魔法使いのエルフさん?』
『そうよ。本物よ?』
 フードを外して長い耳を出す。
 すると女の子が駆け寄ってきた。
『握手してください』
『いいわよ。はいどうぞ』
 右手を差し出すと、女の子がそっと握ってくる。
『私も魔法使いになれるかな?』
『信じていればね。ちゃんとお父さんやお母さんのゆうことを聞いて。好き嫌いなくなんでも食べること』
 そう話していると、どうやら両親が探しにきたらしい。
 まさか自分の娘がエルフと話をしているとは思わなかったのか、口元に手を当てて驚いている。
『さ、迎えにきたから戻りなさい。ちゃんと約束は守るんだよ?』
 それだけを告げると、近くで見ていた船員にグラスを手渡す。
『ご馳走様でした。キャプテンにありがとうございますとお伝えください。それでは』
 箒を浮かべると、マチュアは横座りですっと飛び上がる。
 そのまま船の横に出ると、船橋(せんきょう)まで飛んでいって船長に手を振る。
 すると船長もわかったらしく、マチュアに手を振り返していた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 横須賀港から陸路に入り、そのまま米軍横須賀基地のメインゲートにやってくる。
 のんびりと箒に跨ってやってくるので、流石に入り口で警備している兵士が駆け寄ってくる。
『どちらに御用でしょうか?』
『異世界ギルドのマチュアです。第三海兵隊師団のローレンス・ノートン少将にお会いしたくて参りました』
 外交官カードと魂の護符プレートを取り出して提示すると、慌てて受付に確認を取りに行く。
 少ししてから、ゲートがゆっくりと開くと。
『こちらへどうぞ。車で先導します』
『ありがとう。では遠慮なく』
 箒に横座りに坐り直すと、マチュアは先導車の後ろをのんびりとついて行く。
 ゲート左の建物からいくつもの視線を感じるが、それも全て織り込み済み。
 やがて施設内の士官専用らしい豪華な建物に向かうと、その、入り口でローレンス少将が待っていた。
『随分と行動力のある女性ですね。本当に飛んでくるとは思いませんでしたよ。こちらは基地司令のスコット・オーガス大佐、他にも紹介したいのだが、今は席を外していて』
『こちらこそ突然やってきて歓迎されるとは』
『さあ、取り敢えずは中へどうぞ。コーヒーでもフレッシュジュースでもお好きなものを』
 そのまま建物の中の司令室らしき所に通されると、早速話を始める。

『今日はどのような御用で?』
『先日、私を襲撃したのはこちらの海兵隊ですか?』
 その問いかけに、ローレンスは少し驚く。
『さて、もしそうならば、そのもの達は今一度パリスアイランドで基礎訓練からやり直しだ』
 そう笑うローレンス。
 対照的にスコットは冷静で、表情一つ変えない。
『ミスマチュア、あなたを襲ったのはCIAで間違いはないでしょう。ハウスでは日本の返答に憤りを感じ、実力行使に出たと思われる。我々の元にもその作戦についての連絡はない』
『結構。では、アメリゴ大統領の命令で私を拉致しようとしたということですね?』
『恐らくはな。今頃本国では大慌てだよ。CIAを使ってまで捕らえようとしたファンタジーの住人が、まさか箒で空を飛んできて横須賀に遊びに来ているとは思ってないだろうからね』
 マチュアの目の前にケーキとフレッシュジュースが置かれる。
『必要なら毒味もするよ。我々を信じてくれないならね』
『いえ、歓迎してくれたローレンスを信じます』
 そう話してフレッシュジュースを一口。

(普通のグレープフルーツジュースとティラミスだ)

 差し出されたティラミスもモグッと食べる。
 実にハイカロリーな味がする。
 なんと言うか、実にカロリーに満ちている。

『本当に信じてくれるとは。実に嬉しい』
『かなり甘いですね。ブランデーも効いてます』
『それがアメリゴだよ。まさかとは思うけど、今日の予定はこれで終わりかな?』
『ええ。アメリゴが信用するに値するかどうか。それを確認したかったのですが。ローレンス少将は信用するに値する方と確信しました』
『私も信用して欲しいのですけれどね』
 ボソッと呟くスコット大佐。
『あら失礼。スコット大佐も、素敵ですわよ』
『それはどうも。先程届いた本国からの命令は、マチュアさんが来たら本国にお越しいただくようにとの事です』
 勤めて冷静に告げる。
『それは実力行使も厭わないと?』
『そう言う命令ですが、折角の信用を落とすことはしたくない。もし宜しければ、後日正式にアメリゴまで来て頂けませんか?』 
 ローレンス少将がマチュアにそう提案する。
『日本との話し合いが終わってからでよければ。それではダメですか?』
『日本が転移門ゲートの向こうの資源を手に入れることを、ハウスの方は快く思っていません。未知未開の世界なら、世界の代表であるアメリゴが最初に踏み入るべきであると』
『それは大統領の言葉?』
 再びジュースを飲むマチュア。
『ええ。最初に転移門ゲートが開いた時の大統領の言葉です。その後、全ての軍人とNASAに、各方面から転移門ゲートの位置と波長を割り出し、ほかにないか探し出せとも』
『結果的に日本にしか存在しなかったので、大統領はCIAを使ったのでしょう。我々が動くと日米安保条約違反になるので』
 ふぅん。
 予想外に活発でいらっしゃること。
『現状としての説明をさせてもらいますと。まず私と交渉のテーブルにつきたかったら、諜報を使って私を捕まえようとしたことを大統領自ら謝罪してください。その上で!日本との話し合いが終わってからならば、交渉には応じましょうと伝えて頂けますか?』
 凛とした口調で告げるマチュア。
『それで結構です。今までのようになにも情報がなかったのではない。異世界の代表が直接話をしてくれたのですから』
『申し訳ないですが、あっちもこっちも同時にという器用なことはできないので。どうか宜しくお伝えください』
『では、今、連絡して来ますよ。その上でどういう話になるのかわたしも興味ありますから』
 スコット大佐がそう話して席を立つ。
『さて。これで要件は終わりですか?』
『まあ、スコット大佐の返事待ち以外は全て終わりですねぇ』
 ティラミスの皿を手に取ると、マチュアはパクパクと食べ始める。
『おかわりお持ちしましょうか?』
『す、すいません。ではお願いします』
 すぐに電話で外に話をすると、10分も経たずに追加のティラミスとジュースの入ったピッチャーが届けられる。
『マチュアさんの世界にはケーキはないのですか?』
『ありますけれど、こちらの世界の方が美味しいですよ』
『それはそれは。では、今度プレゼントさせてもらいますよ。どちらに届ければ良いですか?』
 ふぁ?
 こんなハイカロリーなものを贈られると、困ってしまうではないか。
『では、こちらにお願いします』
 スラスラと渡されたメモに札幌の異世界政策局の住所を書き込む。
『こんなに良くしていただけると、私としても恐縮なのですが』
『では、私からも一つお願いが』
 ほら来た。
『私にできることですか?』
『魔法を見せてください。可能なら兵士の前で』
 おや。
 その程度でティラミスがゲットできるなら。
『構いませんよ。どちらで?』
『では準備させましょうか』
 そう話をすると、ローレンスは電話でどこかに指示を出している。
 そして暫く待っていると、スコット大佐が戻ってきた。
『大統領からの連絡です。謝罪の件は応じますと。そこで、ステーツのホワイトハウスで逢いたいとの事です。謝罪もそこでと』
『有難うございます。けれど、それでしたら応じられません。謝って頂くのに、なんでわざわざ私が出向かないとならないのですか?カナンの転移門ゲートを通る許可は出しますので、大統領が直接、私たちの世界に謝りに来てくださいとお伝えください』
 そのマチュアの言葉には、ローレンスも頷く。
『スコット大佐、伝言は頼んだよ。では私とマチュアさんは第一訓練施設に行ってくる』
『了解しました』
 すぐさま部屋から出て行くスコット。
 そしてマチュアとローレンスも部屋から出ると、そとの訓練施設へと移動することになった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯    


 射撃訓練施設。
 大勢のアメリゴ海軍が集まっている。
 ローレンス少将がやってくると、全員が整列し敬礼した。
『休んでよし。異世界ギルドのマチュアさんだ。喜べ、我々は本国に先立って魔法を見る栄誉を受けた』
――ザワッ
 空気が柔らかくなる。
 するとローレンス少将がマチュアに近づく。
『あのターゲットを破壊できますか?』
 距離にして20mと50m、そして100mの三つが用意されている。
『ではまず近距離から行きますか』

――シュンッ
 杖を取り出して軽く振ると、目の前に光の矢が生み出される。
 これが一瞬で人型ターゲットの中心、心臓部分を貫くと、さらに無数の矢を生み出して、次々と飛ばして行くマチュア。
――ズドドドドドドドドッ
 矢が次々と飛んで行くと、全て急所を撃ち抜く。
 その光景に、兵士たちの顔も引きつっている。

『まあ、近いのでこんな感じですね。では次に中距離、一つは同じ魔法で、もう一つは破壊系で』
 再び杖を振る。
 すると、先程の光の矢が一瞬でターゲットの頭部を貫いた。
――オォォォォォッ
 驚きの声が上がる。
 さらに杖を横に振ると、マチュアは周囲に6本の『炎の槍』を浮かび上がらせる。
 それは高速で飛んで行くと、ターゲットを貫き燃え上がった。

『魔法としては中級の『光の矢』と『炎の槍』ですね。日本でもまだ攻撃魔法は披露していません。危ないですからね』
『そ、そうですね。次はあれですが、届きますか?』
 距離100m。
 スコープもなしにあのターゲットの急所を貫くのは困難であろうが。
『ほいっ』
 杖の一振りで光の矢を生み出し、瞬時に飛ばす。
 まさに光の一閃、ターゲットの心臓部分を的確に貫く。
『基本的には、見えてさえいればなんとでもなります。いまは簡単なやつですが、そのうちもっとすごいのも披露できますよ。
『怪我や病気の治療は?』
『それも難しくはないと。何方か訓練中に怪我でも?』
 その問いかけに、ローレンス少将はコクリと頷く。
『一人見てほしい。頼めますか?』
『ティラミスの量を倍にしていただければ』

――プッ
 何処かの兵士が笑う。
 すると、ローレンスはマチュアについて来てほしいとだけ告げた。
『さて、兵士諸君。異世界がやって来たら、君たちにも同じレベルを求めてしまうかも知れない。今のうちに精進したまえ』
 その教官の言葉に、マチュアもクスッと笑ってしまう。

 ‥‥‥
 ‥‥
 ‥

 基地施設内の医療センター。
 その一角の集中治療室。
 一人の兵士がそこで静かに眠っている。
『訓練中の事故でね。もうずっと意識もない』

(見た感じだと、両脚膝上欠損、右腕下肢一部欠損、火傷‥‥内臓もいってる可能性があるか。深淵の書庫アーカイブは見せたくないし‥‥)


 空間からクリアパットを取り出すと、魔力を注いで起動させる。
『ターゲットロック。対象の解析開始‥‥おおう』
 バイタルチェックでは生きているのが奇跡。
 ならば。
『中に入っても?』
『滅菌消毒してからなら』
『浄化魔法で私自身を消毒します』
――コン
 と杖で床を叩くと、浄化の魔法陣が起動する。
 近くでは医者たちがどうして良いか困っているので。
『室内に同行お願いします。不安でしょうから』
 コクリと頷く医師たち。
 そして室内に入ると、まずは治癒の魔法陣をベットの下に起動する。

――ブゥゥゥン
『右腕の包帯を外してください。そこから再生します』
 慌てて部屋の外にいるローレンスを見る医師。
 だが、ローレンスがコクリと頷くと、医師は包帯を外した。
『右腕の再生開始します』
 右腕に再生の魔術を施す。
 やがて筋肉や神経、骨が再生を開始した。
 ゆっくりと、そして確実に。
 それが半分ほど進むと、今度は右脚。
 そしてその次は左脚。
 三時間ほどで欠損部位の再生は完了した。
 同時に、内臓の損傷は治癒の魔法陣で完治している。
 横でバイタル計を見ていた医師たちは信じられない顔をしている。
 全ての怪我が修復され、いまは患者は静かに眠っているだけである。
『奇跡だ‥‥』
 そう誰かが呟く。
 やがて患者の瞼がピクピクと動くと、ゆっくりと意識を取り戻した。
 それを見届けてから、マチュアは病室から外に出る。
『ティラミス分は働けましたか?』
『‥‥一年間届けよう』
 マチュアとがっしりと握手すると、ローレンスも瞳から涙を流していた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 
  

 今後の事については、異世界領事館に直接連絡してくれるように話し合いを行うマチュア。
 そして帰りにゲートの手前まで向かうと、ローレンスが再度握手を求めてくる。
『一人の兵士の命を救ってくれて感謝します。彼は貴方に返しきれない恩を受けた。いつか元気になったら、君にお礼を伝えに向かわせます』
『深く考える必要はないと告げてください。私たちの世界では、仲間の命を救うのは当然です。魔法か医学か、それだけの違いですよ』
『貴方を傷つけようとした国を仲間と信用してくれるとは。なら、私たちも相応の対応をさせてもらいますよ。次からは、このゲートで魂の護符プレートとやらを提示してくれればフリーパスで入れるようにしておきましょう』
『ありがとうございます。それでは』
 最後にもう一度握手をすると、マチュアは箒に横座りになってゲートから出てくる。

 ‥‥‥
 ‥‥
 ‥

 アメリゴから日本へ。
 ゲートを越えたマチュアを待っていたのは、大量の報道陣。
「マチュアさん、アメリゴ基地にはどんな御用で?」
 あちこちから聞こえる声。
 ならばとマチュアはニッコリと笑う。
「美味しいティラミスをご馳走してもらいました。ちょっとハイカロリーでしたけど、私たちの世界にはない食べ物です。美味しかったですね」
 そう話してから、箒にぶら下がっている外交団ナンバーをチョイチョイと指差す。
 すると騒がしかった報道も黙ってしまう。
「今日きたのは、日本との国交が締結した次の話です。日本以外からも国交を結びたいという話を聞いていまして、偶然ここの司令官の一人と知り合いになったので」
 そう話すと、一人の記者がおずおずと手を挙げる。

「はい、あなただけ発言を許します。何かしら?」
「ルシアやゲルマニアなどとは国交を結びたいと思いませんか?」
「ここが第一弾で来ただけですよぉ~。私、あちこち同時にとかできないのですよ。人に任せることでもないでしょ?」
 にこやかに告げるマチュア。
「司令官とはどんな話を?」
「魔法の話を少しね。あと実戦で見せてあげただけよ?」
「治療ですか?」
「ええ。個人情報なので詳しくは話せないけれど。こっちで使うと面倒なこと言う人いますからねぇ。魔法法案でしたか?」
「魔法等関連法案ですね」
「それそれ。それがあるから日本では実践してあげられないのよ。さて、そろそろ行きますね」
 箒の高度を1mで固定する。
 他の報道も話を聞きたくてウズウズしているのが分かる。

「共同記者会見で私のやり方は知っているでしょ?ぶら下がり取材には応じないわよ。気が向いたら話はしますけどね。では失礼します」

――ヒュゥゥゥンッ
 のんびりと箒を飛ばすマチュア。
 やがて海上に出ると、札幌まで転移した。
 そして転移門ゲートを越えると、異世界ギルドに戻っていった。

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