異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第七部 これからの日常、異世界の日常

異世界の章・その22 機は熟した

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 ホテルでの楽しい来客とのやり取り。
 それを堪能しながら、マチュアは居間の深淵の書庫アーカイブの中でのんびりと眠っていた。

――トントン
『おはようございます。マチュアさん、池田です。お迎えにあがりました』
 部屋の外でマチュアを呼ぶ音がする。
「さ、さもはん?」
 なんの夢みてた?
 ボーっとした頭で時計を見る。
 うん、ホテルを出る時間だ。
「‥‥ウワァァァァァ、寝過ごしたわ」
 慌てて深淵の書庫アーカイブから飛び出すと、すぐに扉をあけて池田を招き入れた。
「今起きたのですか?」
「来客が多くてなかなか寝れなかったのよ。悪いけど警察か軍警か自衛隊呼んで」
 歯を磨きながらベットルームの扉を開く。
 そこには、四団体合計十一名の諜報員が拘束されて部屋に押し込まれている。
「は?わ、わかりました。急ぎ連絡します」
 その場でスマホを取ると、池田は公安に連絡する。
 その隙にうがいをしてローブ姿に換装すると、マチュアは空間からポットを取り出してハーブティーを入れる。
「はい、まずはこれでも飲んで落ち着いて」
「はぁ。マチュアさんは随分と落ち着いていますねぇ。ヒットマンに襲われて怖くなかったのですか?」
 池田は受け取ったハーブティーを飲むが、少し体が震えている。
「怖いわよ。けど、いきなり影や空間から襲って来るわけでもないし、即死魔法や拘束系の魔法が飛んで来るわけでもないし。怖いのはスタンガンぐらいかなぁ」
 そんな話をしていると、私服の公安が部屋までやって来た。
「こ、こんなに?お怪我はありませんか?」
「死ななきゃ治るから大丈夫。これ、取り上げた装備ね」
 目の前のテーブルに一つ一つ並べると、マチュアは公安に頭を下げた。
「ベッドルームの連中は魔法で動けなくしてあるから。多分解除しない限りは3日は意識が戻っても体は動かないよ。あとはお願いしますね」
 そう話をすると、池田の横に立つ。
「ルームサービスは経費で落ちる?」
「それは大丈夫ですよ。けど、一晩でこんなに襲われていたのでしたら、会場までの道のりも危険ですね」
――シュンッ
「ルートを変えるように連絡を‥‥あれれ?」
「着いたわよ。私はもう少しここで寝てるから、何かあったら起こして。声をかけてくれればいいから」
――シュンッ
 再び深淵の書庫アーカイブを起動する。
 その、中に潜り込むと、中にある見えない椅子に座って一眠りした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


「マチュアさーん、時間ですよ」
 結界の外から池田秘書官の声がする。
「ふぁ、くるせいど?」
 今度はなんの夢だよ?
「はいはい。さて、今の状況は?」
「マスコミがカメラのテストで、マチュアさんの愛らしいエルフの寝顔を堪能していたところですよ」
 カーッとマチュアの顔が紅潮する。
「ちょ、お待ちなさい、報道のみなさーん、寝顔放送しないでくださいねー、おーねーがーいーよー‼︎」
 真っ赤な顔のマチュアが会場に叫ぶ。
 その声にあちこちから笑いが起こっている。
 そしてすぐに池田の元に戻ると一言。
「よし、掴みはオッケーだ」
「また強がりを。顔中真っ赤じゃないですか?」
「そ、そんなんじゃないわ、強がってなんかないわ!!」
 珍しく動揺しているマチュア。
 どんな事にも負けない鋼の心臓でも、女性らしい一面を見せている。
「質問の台本はこれですけれど、多分無視してくる方もいます。そういう方は適当にあしらって下さい」
「よし、魔法も駆使して全力でやるわ。あと会場内の警備は万全?」
「ええ。問題はないと思いますが」
 その話の直後、マチュアは転移である外国人記者の横に飛ぶと、そのまま魔法で拘束する。
 先日目をつけていた報道である。

――ドガゴッ
 懐から小さな銃を取り上げると、それをクルクルと回す。
「マスコミの皆さーん。会場に紛れているヒットマンですよー」
 そのマチュアの声に、カメラが一斉に向けられる。
 警備員が慌ててやってくると、報道官を捕まえて連れて行った。
――シュンッ
 そして壇上に戻ってくるマチュア。
「会場の報道のみなさんにお願いします。銃器やナイフの持ち込みは禁止しますので、そのようなものを持ち込んだ報道官の所属する機関はカナン出入り禁止としますので」
――ドッ
 再び笑いを取る。
 だが、横で立っている池田は真っ青な顔になっている。
「あと、昨夜私の部屋を襲撃した諜報部の所属する国の責任者に警告。後日お礼参りに行かせてもらうので、厳重な警戒を望みます。本気で潰しに行くので、謝罪するなら今のうちだと報告します」

――ザワザワ
 会場がにわかにざわつく。
 それだけを告げると、マチュアは後ろの席に戻り池田との打ち合わせを再開した。

「どうしてあんなに挑発するのですか?」
「先に手を出したのは向こう。だから公式で警告しただけだよ。やるなら本気で相手にする。私はカリス・マレスではそうしてきたからね」
 ニィッと笑うマチュア。
「あのですね。ここで何かあったら、私が怒られるのですからほどほどにして下さい」
「はいはい。程々にするよ」
「何が程々なんですか?」
 北海道からやってきた三笠部長が、マチュアの横に座る。
 すると、カナン資源調査責任者の松田議員や調査隊責任者の大鳥居主任も到着する。
 次々とやってくる政府高官と、入場時間となったので次々と入ってくる記者団。
 やがて会場全体が熱気に包まれると、合同記者会見は始まった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 転移門ゲートからはゼクスとフィリップ、そして異世界ギルドに出向させられたエミリアもやってくる。
 すぐに席に着くと、まず最初に資源調査隊の報告が始まる。
 試掘した結果としても、現代では洒落にならない純度の高い鉱石と、異世界では使い道のないレアメタル鉱脈が発見されたらしい。
 地下資源としては天然ガスのガス田もあり、原油の可能性も否定できないという結論が出た。
 この報告には、諸外国の質問が次々と相次ぎ、プレス用に用意された試掘見本がその正確さを表している。

 一通りの説明ののち、今度は三笠部長から現在のカナンの情勢と査察団からの報告書を読み上げて質疑応答が行われた。
 それも事務的に終わらせると、いよいよマチュアが壇上に姿を現した。

「散々挨拶していたので初めましてもないでしょうが。異世界ギルドのギルドマスターを務めていますマチュアです。本日はお越しいただきありがとうございます」
 軽く会釈をするマチュア。
「皆さんこっちがメインなのでしょう?早速ですが質問を受け付けますので、質問のある方は手元のボタンを押して下さい」
 マチュアの立っている演台にはタブレットが設置されている。
 質問ボタンを押した順に席が点滅する仕掛けである。
「では128番どうぞ」
「共同通信社の竪川です。私たちが異世界に自由に行けるようにはいつ頃なりますか?」
「日本政府に聞いて下さい。私たちはある程度の受け入れ体制は整えています。簡単な観光程度なら直ぐにでも可能なほどにね。あとは日本の法整備が必要でしょう」
 それで質問者は席に座る。 

「次、263番どうぞ」
「 サンスポの駒井です。異世界に行くとして、費用はどれぐらいでしょうか?飛行機や電車などのインフラ整備は必要ないので、安く行けるかと思いますが」
「どれぐらいが良いですか?」
「片道で5000円ぐらいなら家族で行けますねぇ」
「安い。けど気持ちは分かります。これも日本との調整ですのでしばしお待ちを」
 ドッと笑う会場。

「次は65番どうぞ」
「BBNノ、スティーブデス。日本以外ニハゲートヒラカナイノデスカ?」
転移門ゲートを開く条件は、私が行ったことある場所です。日本国外に開くには私がその国に行かないといけませんが、日本国籍はないので旅券を発行できません。今は日本国内のみと考えています」
「アリガトウゴザイマス」

「次、36番どうぞ」
「国際日報の田中です。日本国内で魔法を教える施設や設備を作る予定はありませんか?」
「ないです。学びたかったらカナンに来て下さい」
「それは国交が始まってからですよね?予算はどれぐらいかかりますか?」
「さぁ?為替レートないからわからないですねぇ」
「ありがとうございました‥‥」

 という感じで、今までの疑問をぶつけてくる記者たち。
 今後の記者会見の予定がない事や、インタビューに対しての申し込みは異世界大使館に申請してほしいなどの説明も行う。
 中には、食べ物や飲み物などの話から、仕事帰りに飲みに行けますかと行った話まで出る。
 文化文明を知るのには、こんなくだらない質問も大歓迎であるが。

「次は148番どうぞ」
「国際日報の寄居です。インタビューについてですが、受付や申し込みは断っているわりには、ある所の番組に出ていたりKHKとは親しくしていますが、これについては報道の公平さに欠けると思いますか一言お願いします」
「また来たのか。私が私の一存でテレビに出てなにが悪いのか説明して欲しいのですが」
「結果として、その番組では異世界に人を迎え入れるようにしましたよね?他局からそのような申し出があった場合は断るのですよね?」
「さあね。その時の気分じゃない?」
「そんな、気分で仕事を受けたり断ったりするのですか?報道の公平さ、自由さをあなたはわかっていますか?」
 だんだんと声が強くなる国際日報。
 ならばとマチュアも軽く笑う。
「報道の公平さ? 記者会見やインタビューの内容を切り貼りした挙句に、自分たちの都合のいいように叩きまくる新聞社がよく言いますよ。そもそも‥‥カナンには報道なんて概念はないの。分かる?自分たちの法を権利を押し付けてくるな‥‥って怒られますよ?」
 またしても真っ赤になる国際日報。
「私はねぇ。自分がしてもらって嬉しかったらお返しはするよ。あと、勇気のある人は好き。だからと言って勇気と無謀を履き違える人は嫌い。HTNの件はその勇気の報酬よ。KHKの件は、今日この場所を作ってくれる機会を与えてくれたことと、私たちの居場所を守るきっかけを作ってくれたから」
「では、貴方が求めているものを満たせば、取材に応じるのですか?」
「物欲じゃないわよ。それこそ、貴方たちの好きな言葉で言えば『縁があった』。それでいいじゃないですか」
「そんな目に見えないものを信用しろと?」
「貴方に信用してもらう必要はないわ。だって、国際日報とは縁がなかったのですから。では次の方は‥‥」
「一度マチュアさんには休んでもらいましょう、喋りっぱなしは疲れるでしょうから‥‥異世界ギルドのサブマスターのフィリップさんお願いします」
 すぐさま三笠部長が質疑対応者の交代を告げると、マチュアはにこやかに席に戻る。
 そのあとはフィリップが他愛のない質問に程よい回答を繰り返していた。
 やがて休憩時間となり、会場は一時間の休憩に入る。
 マチュア達も一旦控え室に戻ると、ようやくティータイムに突入した。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


「あれほど穏便にって話したじゃないですか?国際日報は組織的には大きいのですよ?あんな喧嘩腰でどうするのですか?」
 池田秘書官がマチュアにそう話すが。
「フィリップ、国際日報からの申請は全て断れ。移住申請も、査察団の受け入れもだ」
「宜しいのですか?」
「構うものか、縁がなかったのですから。で、池田ちゃん、私は売られた喧嘩を買わないっていう選択肢はないよ。国際日報が真面目な組織なら大歓迎さ。けど、権利を主張しているくせに自分たちはその義務を果たさないっていうのが納得いかない」
「ですが‥‥彼らの中には議員に対して発言力が強い方もいます。国交についても、反対派が増える可能性もありますよ?」
「それならそれでいいよ」
「良いのですか?」
 驚きの表情で問いかえす池田。
「だって、もう後戻りはできない筈。国民は異世界を知った。その資源の豊富さも、正式なデータとして持ち帰った。これを手放すと思う?」
「それは‥‥無理です」
「でしょう?なら、このさきは日本が決めること。その上で国交が不可能となったら‥私たちはカナンに帰るだけ。また別の世界にでも遊びに行きますよ」
 あっさりと語るマチュア。
「そ、それで良いのですか?」
「だってねぇ。それこそ縁がなかったの一言なのよ」
 ずずすっと用意してあったお茶を飲むマチュア。
 暫くは簡単な食事を取ったりしてのんびりとしていた。
 この後も質問は続く。
 その為には、少しでも体を休めたかった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 休憩ののち後半戦に突入。
 ふと気になって見ると、国際日報の寄居の姿はなく、別の記者が座っていた。
「さて、それでは後半戦はじめますか。温存している体力があまりないので皆さんお手柔らかに」
――ドッ
 軽く笑いを取るマチュア。
「それでは187番どうぞ」
「アメリゴACBのカインです。魔法について質問ですが、現在の難病と呼ばれるものも魔法で治せますか?」
 難しい所である。
「そうねぇ。魔法といっても万能ではない。なのでできるかどうかと言われたら、わからないとしか言えません。擦過傷や骨折、内臓破裂程度なら難しくはないでしょう。風邪や腹痛などもね。なので、診察してみないとわからないが答えです。申し訳ありませんが」
「可能性があるということがわかっただけでも助かりました。ありがとうございます」

「次は233番どうぞ」
「旭日新聞の小泉です。魔法使いは空を飛べますか?」
 実にファンタジーである。
 ならばとマチュアは空間から箒を取り出して横座りすると、会場を一周して壇上に戻った。
――オォォォォォッ
 近年はやったらしい異世界魔法学園ものの映画でも、箒に跨った学生達が高速で空を飛ぶシーンがあったらしい。
「そ、それは販売しますか?」
「いやぁ。カナンでも非売品なもので。売るというか、プレゼント品?」
「ありがとうございました」

「えーっと114番どうぞ」
「TSS放送の熊井です。死んだ人を蘇生できますか?」
「魔法でということでしたら、私はカナンでは蘇生できます。こっちの世界では神様との話し合いがあるかもしれませんのでなんとも言えないですね」
「か、神様っているのですか?」
「いないわけないじゃない。さあ次行きましょうか‥‥47番どうぞ」

「大陸通信の王です。ドラゴンいますか?強いですか?」
「今のところは私は二戦二勝。でも単独での撃破じゃないからきついですよ。一対一での戦いなら、負けないけど勝つのも厳しいかと」
「アリガトウゴザイマス」

「えーっと、305番どうぞ」
「はい、富士見新聞の安井です。突然転移門ゲートがあちこちに開き、異世界から軍隊がやって来るとか、そういう侵攻作戦はありませんよね?」
「小説の読みすぎです。この前私も読みました。ぶっちゃけて言いますと、私一人で充分です。一騎当千ですので」
「現実世界の兵器はかなり強力ですよ?」
「私の魔法強度を上回れるとは思いませんが、今度試してみます?」
「それは自衛隊とお願いします。私では無理ですので」
 会場が笑いに包まれると、マチュアはゼクスと交代した。


(さて、この状態で仕掛ける阿呆はいないかな?)

 こっそりと『広範囲・敵性感知』を発動するマチュア。
 幸いなことに、マチュア達に向けられている敵意は感じられない。
 それで安心すると、マチュアはゼクスのやり取りをじっと聞いている。
 努めて冷静に質問に対応するゼクス。
 紳士的なフィリップと合わせると、二人にこの場を任せてもいいと思う。
「この後は最後の閉会までマチュアさんの出番はありませんので。少し休んで良いですよ」
 後ろから池田秘書官がそう話しかける。
 ならばと、マチュアは一旦後ろに下がり、物陰で深淵の書庫アーカイブを起動。
 中に入って体を休める事にした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 最後の挨拶も無事に終了。
 力一杯言いたいことを言って終わらせようとも思ったが、皆からストップが掛けられたのでとりあえずは無難な挨拶で幕を閉じる。
 このあとは会食。
 会場である翔天楼という中華レストランまでは歩いて10分。
 万が一のことを考えて、車で移動する事にした。
「まあ、昨日の今日で襲撃して来るとは思いませんけどね。可能性を考えたら狙撃?」
 車内で物騒なことを言うマチュア。
「やめて下さい。シャレにならないですよ」
「まあまあ。もし今襲われても池田ちゃんや皆んなはしっかりと守るからね」
「はっはっ。一番狙われている人が一番強いと言うのもねぇ。護衛のゼクスさんの立場がないですよ?」
 三笠部長が笑っているが、ゼクスは苦笑する。
「自制心があるので、私はまだ護衛としては適切ですよ。暴走するマチュア様を止めるのが仕事ですから」
――ドッ
 車内が笑いに包まれる。

 そんなこんなで会食も終わると、あとはカナンに帰るだけ。
 無事に三笠たちを札幌まで送ると、マチュア達もカナンに帰還する。
 そして異世界ギルドに辿り着くと、マチュアはフィリップと話しをする。
「二週間ほど寝る。あとは任せて良い?」
「そこまで魔力が枯渇したのですか?」
「深夜の襲撃、当日の会場全体のサーチと壇上の防御フィールドの維持。魔障の薄いあの世界では、じっとしているだけで私の体からは魔障が抜けるのよ」
「はて、私たちは問題ありませんが?」
「外界と体内の魔力比率の問題だよ。普通の人なら問題ないし。Aランク冒険者ぐらいまではコントロールできると思う。けど、それ以上になると、抑えているだけで魔力が抜ける。今回でやっと理解したよ」
「成る程。現状ではそこまで追い込まれるのは?」
「私とミストはきついね。ミアはまだまだ平気。あとは‥‥セシールも無理。数が少ないから気にはならないけど、軽い魔障酔いを併発するわ、あと任せたので」

――シュンッ
 素早く馴染み亭の自宅に転移すると、マチュアは深淵の書庫アーカイブの中で眠りについた。
 そこからマチュアが魔力を回復するまでは、二週間ではなく一月丸々の睡眠に突入していた。
 マチュア不在でも異世界ギルドは平常運転、マチュアの代わりはフィリップとツヴァイが務め、日本での法整備も着々と進行する。
 すでに国交を結ぶことを前提とした、魔法に関する法整備も始まり、最近ではツヴァイがマチュアとなって話し合いを進めているらしい。

 それでも中々話がまとまらない中、第二次資源調査団がカナンを訪れる。
 今回は水産資源調査という名目で、場所はカナン辺境国沖合。
 同時にカナン辺境国でも異世界からくる人々のための都市整備も進められた。
 マチュアが引いた異世界との国交というレールは、もうマチュアがいなくても機能するようになっている。
 それでも、まだやらなくてはならないことがあるらしい。

 ‥‥‥
 ‥‥
 ‥

「ふあ?パンダのチーズ?」
 パチっと目を覚ましたマチュア。
 またなんの夢なのか、一時間ほど問い詰めたいが。
「ふぁぁぁぁ。さて、現在の体調は‥‥よし、コンディショングリーンか。いまなら深い悲しみも乗り越えられるぞ?」
 取り敢えず風呂に入って体を清めると、新しいチュニックに着替える。
 そのまま馴染み亭の裏で洗濯を始めると、あとは久しぶりの食事である。
「しかし、亜神化してからはあまり腹が減らないなぁ。一月も眠っていたのに」
 ブツブツと呟きながら、いつもの指定席に着くマチュア。
 その席の隣では、カレンとシルヴィーが昼食を食べていた。
「おおお、マチュアぁぁぁぁぁ。もう起きないかと思ったぞ」
 ブワッと泣き出すシルヴィー。
 その前では、カレンも心配そうにしている。
「いやぁ、よく寝たわ。お陰で魔力も全快、これでまた仕事に再開できるわ」
「それは良かったですわ。とりあえずはご報告だけでもと思って、毎日様子を見に来ていたのです」
「へぇ。二人揃ってご報告ねぇ。ストームに求婚された?」
 そう笑いながら問いかけると、二人とも真っ赤になって笑っている。
「まじか?」
 二人の反応に真顔になるマチュア。
 だが、シルヴィーもカレンも頭を縦に振る。
「そのマジの意味はいまだにわからぬが、多分マジぢゃ」
「名目上はシルヴィーが王妃として。私は第二王妃ですわ。正式なお披露目も婚姻の儀式もまだまだ先ですが、ストームが北方から戻ったらまた話が進むと思います」
 ふむふむ。
 いつの間にそんな話に。
「って、北方?何してるのあいつ」
「シュトラーゼ公国からの正式な援軍要請ぢゃ。彼の地は赤神竜ザンジバルが猛威を奮っておる。かなりやばいらしくて、カナンの王城に連絡が入ったのぢゃ」
「カナンの王城に?あ、あ~、貴族区の屋敷からか。成る程、じゃあ私も行って来ますか」
 そう話して立ち上がるが、マチュアの服の裾をシルヴィーが掴む。
「ストームからの伝言ぢゃ。『俺は戦うことしかできない。マチュアはマチュアのできることをしろ』」
「ウィル大陸を頼むだそうです。まあ、国交の話とか色々とやることはありそうですからねぇ」
「へぇ。まあ、それならそれで‥‥」
 そう呟くと、マチュアは二人の席に近寄ってそっと一言。
「キスぐらいはしたの?」
――ボッ
 真っ赤な顔になる二人。
「ほほほほほほほ、ほほにですわ。挨拶と変わりませんわ」
「妾もぢゃ。婚姻の儀が終わるまでは純潔ぢゃ」
「はいはい。それでいいよ。二人はそれでね。さて、ギルドにでも行って来ますか」
 手をヒラヒラとしながら、マチュアは馴染み亭から出て行く。
 その後ろ姿を見て、ふとシルヴィーがマチュアに問いかける。
「マチュア‥‥何処か遠くに行ってしまうのか?」
「ふぁ?なんでまた?」
「なんかこう、マチュアが遠くに。いや死ぬとかではなく、なんか、妾たちの前からいなくなってしまいそうでな」
 心配そうにマチュアを見るシルヴィー。
 気がつくと、カレンも同じような顔をしている。
「異世界には行くけどね。私は私のままですよ。マチュアさんの国はここ、家もここ、家族もここ。だから私はここに居ますよ」
 ニィッと笑うマチュア。
 そしていつもの通り、異世界ギルドに向かって行った。
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