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第七部 これからの日常、異世界の日常
異世界の章・その5 異世界探訪は煽るスタイルで
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異世界ギルドが公開されて一週間。
ようやく飛び込みで登録に来る者達もいなくなってくると、いよいよマチュアは異世界に旅立つ準備を始めた。
クイーンと入れ替わりでマチュア女王モードになると、ゼクスをお供につけて異世界ギルドに姿を現す。
「さて。それでは行ってまいりましょう‥‥」
にこやかに告げるマチュア。
その言葉にギルド員やフィリップが丁寧に頭を下げている。
「道中お気をつけ下さい」
「了解です‥‥ええっと。この世界は確かなんていいましたっけ?」
ふとマチュアがフィリップに問い掛ける。
そもそも、この世界がどう呼ばれているかなど考えてもいなかった。
「古き時代の学者が制定した、私達の住まう大地全てを指す世界の呼び方は『カリス・マレス』で統一されています。これはどの国にいても同じ呼び方ですよ」
――ポン
「おおっと、そうだったか。では早速行ってみることにしよう」
「はいはい。先に魔術による防御をかけてくださいね」
ゼクスがそうマチュアに話しかけると。
「おっけー。という事で、『矢避けの加護』と『|状態異常耐性強化(ステータス・レジストアップ)』、そして『|全体増幅(アンプリフアイア)』、おまけに『|条件型強回復(スイッチ・ヒーリング)』。保険に『|時間差完全蘇生(ディレイド・リザレクション)』の込められたペンダントをあげよう」
ジャラッと空間から二つのペンダントを取り出すと、一つは自分の首にかけてもう一つをゼクスに手渡す。
「いつのまにこんなものを?」
「このペンダントは『|術式封印(スペルチャージャー)』というペンダントでね。最近になって完成した魔道具だよ」
予め魔術を付与する事で、装着者にその加護を与えるペンダント。
まだ試作段階だが、実用化されたらこれは楽しい。
「成る程。では早速」
そう話してからゼクスもペンダントを下げてから胸元に押し込む。
「さて。それではいってくる」
白銀のローブを身に纏い、頭からすっぽりとフードを被ると、マチュアは扉に向かって手をかざす。
――ブゥゥゥゥゥン
魔力を注いで第一の鍵を開放すると、マチュアとゼクスの姿がスーッと扉に吸い込まれていった。
○ ○ ○ ○ ○
白い。
とにかく白い。
空も地面も全てが白い空間。
そこにマチュアはやってきた。
「ま、マチュア様。ここは一体?」
騎士として同行しているゼクスでさえ、この光景には動揺している。
だが、マチュアにとっては良く知っている世界。
「私たちのカリス・マレスと異世界の狭間だね。何度か来たことあるから知ってる」
そう話してから、マチュアは目の前にあるもう一つの扉を指差す。
「多分、あれが異世界の扉だよ。向こうがどんな世界でどこに繋がっているかなんて知らないから覚悟を決めてね」
「は。はい。しかしどんな世界なんでしょうかねぇ。言葉は通じると思いますか?」
「おいおいゼクス君。なんの為の|深淵の書庫(アーカイブ)だと思う?周囲の言葉を瞬時に解析できるから、ゼクスも私にダイレクトリンクして‥‥しているから大丈夫だ」
ここで問題発生。
異世界を行き来する人たちのための語学研修が必要になった。
それは後で考えるとして、いまは目の前の異世界である。
「さ、それじゃあ行こうか。迂闊に抜刀しないこと、いいね?」
「ですが、マチュア様に危害を加えるものが出たら‥‥」
「私が死ぬとでも?さっきのペンダントがあるから大丈夫だよ」
スタスタと歩き始めるマチュア。
そして目の前の扉に手をかざすと、扉の向こうに大量の魔力が噴き出していった。
――プシュゥゥゥゥゥゥ
「うっはぁ。向こうの世界、魔力無さすぎ‥‥科学文明かぁ‥‥」
「科学とは?」
「魔法に頼らない世界。それ故に魔障濃度は殆ど0に近いと思う。済まないがゼクス、ガードお願いするね」
「クラスリンクを|修練拳術士(ミスティック)にすれば問題無いのでは?」
「それでもだよ。心構えの問題さ。では開くよ」
ブツブツと韻を唱えると、マチュアは扉の最後の鍵を開放した‥‥。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
人々の行き交う雑踏。
あちこちから聞こえる車の音。
汚染されて不味くなった大気。
それがマチュアとゼクスの喉と目を汚染する。
「うわぁ。これはきっついわ」
キョロキョロと周囲を見渡すと、何処と無く見たことのある光景。
マチュアたちが出て来た|転移門(ゲート)を取り囲む大勢の人々と、カメラを向けている報道官。
そして警官が三名、じっとこちらを見て警戒している。
「ゼクス、あの三人はこの世界の巡回騎士だ‥‥っていうか、私の記憶からサーチしてくれ」
「所持している拳銃が厄介ですね」
「おっけ、それを分かればいい」
そう話すと、マチュアは堂々と警官に向かって叫んだ。
「初めまして。私たちは異世界のラグナ・マリアという国から来ました。まず、話をしたいのです」
そう話してからフードを外すマチュア。
わざとらしく耳をピクピクと動かすと、周囲を囲んでいる観光客やカメラマンが驚きの声を上げている。
その動きをカメラは一部始終撮っているようだ。
時折何かを話しているが、マチュアははっきりと理解した。
『日本語かぁ。それにこの風景、何処かで見たような』
ちらりと周囲を見渡す。
すると真後ろに見たことのあるような赤煉瓦の建物が建っていた。
『道庁赤レンガだ‼︎札幌かよ』
その事実にちょっと嬉しいマチュア。
だが、周囲の者たちはそんな余裕はないのであろう。
「き、貴様たちなにものだ!抵抗するなよ」
一人の警官がゆっくりとマチュアとゼクスに近づく。
明らかに敵対意思を示しているらしく、ゼクスが慌てて右手で警官に動くなと制する。
「マチュア様。この警官たちからは明らかな敵対意思を感じます」
「まあ待ってね‥‥私の言葉がわかりますか?」
後半の部分は日本語で話してみる。
すると警官たちも周囲の人々も驚きを隠せないようだ。
「あ、ああ。これはなんだね?ここでの演劇やイベントの許可は取っているのか?」
一人の警官がマチュア達に強めの口調で問いかけている。
まあ、そう考えるのも無理はない。
そしていまの質問で、異世界などからの来訪実態がないことも理解した。
「まあ、そう思うのも無理はありません。私たちはあなた達でいう異世界。カリス・マレスの地よりやって参りました。どなたか話のわかる方との謁見を希望します」
言葉に『|魅了(チャーム)』を乗せて話してみるマチュア。
魔障が薄いので、せいぜい印象が良くなる程度だろう。
だが、すぐ近くでカメラが回っていると、元地球人としてはつい意識してしまう。
時折チラッチラッと見てしまうのは悲しい性である。
そして警官達はマチュアの言葉について後ろで話しているが、その中でも一番若い警官が警戒しながら近づいてくる。
「訳のわからないことを。それに貴様、その腰の剣はなんだ?取り敢えず銃刀法違反で逮捕させてもらうよ」
腰から警棒を取り出して身構える警官。
その動きにゼクスも身構えようとするが、マチュアはそれを制した。
「私たちの世界には、そのような法律はありませんわ。そうですねぇ。では、外交特権として所持権利を主張しますわ。あなたの国が私たちの国と今後も良き関係を続けたいのであれば、手出しは無用にお願いします」
このマチュアの言葉には、相手は一瞬でも怯んでしまう。
もちろんマチュアのハッタリであるが、すぐさまマチュアは右手を差し出すと、手のひらに魔力の炎を作り出した。
『さて。外交特権って言っても、私は外交官等身分証明票なんてもっていないよ。そこを突かれるだろうけれど、それはこれから請求すればいいか』
すると、一番年配らしい警官が若い警官を制して前に出る。
「君は異世界から来たと言ったね。それをすぐに信じるわけにはいかない。せめて自分たちが来た世界や国名、名前ぐらいは告げて欲しい」
ごもっとも。
ならばとマチュアは掌の炎をすっと消した。
「では改めて。私の名前はマチュア・フォン・ミナセ。こちらは私の護衛騎士のゼクスと申します。我が国名はカナン魔導連邦、私の住む世界は異世界カリス・マレス。私たちは日本国と国交を結びに外交使節としてやって参りました‼︎」
凛とした表情でそう叫ぶマチュア。
その圧倒的な迫力に、警官達も気圧されてしまう。
「そ、そんな演技で騙されると‥‥」
一人の警官がゼクスに近寄ろうとするが。
「それで襲いかかるのでしたら、私たちは身を守るために剣を抜きますが宜しいかな?」
ゼクスが声に怒気を孕ませて警官に向かってゆっくりと構える。ストーム直伝の居合斬月の構えである。
『殺すなよ?』
『はっはっ。脅しですよ‥‥この程度の者達の攻撃など通用しませんよ』
そう念話で話をしていると、警官達がなにやら話を始めていた。
「やめろ、一旦本部の連絡を待つ」
「しかし、どう考えてもおかしい奴らです。こんな奴らとっとと捕まえないと」
そう必死に弁明する警官を後ろに下げると、年配の警官がマチュアの方に少しだけ近づく。
「マチュアさんと言ったかな?何か身分を証明するものがあればそれを提示して頂きたい」
「成る程。あなた達にこの文字が読めるかわかりませんが」
マチュアはそう告げながら、手の中に一枚の金色のカードを生み出した。
カリス・マレス名物、神様発行の身分証明書・|魂の護符(プレート)である。
「はぁ‥‥今度は手品かぁ。もうお腹いっぱいですよ」
そんな声がどこからか聞こえる。
だが、マチュアはその声の主からそこそこの魔力を感じ取ると、そちらをチラッと見た。
明らかに魔力を身にまとっている存在がそこにはいた。
咥えタバコにコックコートの女性。
纏っている魔力量は明らかに他の人々とは違う。
『へぇ。高魔力保持者がいるとはねぇ‥‥コックコート着てるし』
「成る程、これは読めませんね。一旦お預かりして構いませんか?」
どうにか読もうとスマートフォンに取り込んで見たりしているが、どうやら解析不能のようである。
「それは私の魂から生み出した身分を証明するものです。嘘偽りないものですが、私から離れるとまた魂に戻って来ます。写しであれば構いませんよ」
クスクスと笑うマチュア。
それに頭を下げると、年配の警官がゆっくりとマチュア達の前で頭を下げる。
「では、私は北海道警察所属の加藤団十郎巡査部長です。こちらが、私の身分を証明するものです。では、写させていただきますね」
懐から警察手帳を取り出すと、加藤巡査部長はマチュアにそれを提示した。
やがて、目の前のカメラ‥‥おそらくonちゃんの放送局による緊急放送でこの場の出来事が放送されたのだろう。
あちこちから様々なテレビ局や新聞社の記者が走ってくる。
「これは‥‥この混乱ではどうしようもありませんね」
マチュアはそう呟くと、扉に向かって手を掲げる。
「私たちはまた三日後にやって来ます。その時には、有意義な話し合いができる場を設けていただけると助かります。なお、その時に私たちをたばかろうとしたりすると、私たちはこの国との国交は行いませんので」
それだけを告げると、マチュアは再び扉の向こうへと消えていく。
そしてゼクスがその後をついていくと、ゆっくりと扉が閉ざされた。
――ガチャァァァァァン
再び白い空間に戻る。
ゆっくりとカリス・マレスに繋がる扉に向かって歩いていく。
「さて、ゼクスは記憶のスフィアを作ってツヴァイに渡して。それを書面にしてギルド員に配布、相手の反応や対応についてのデータを増やしましょう」
「了解しました。しかし、あそこは空気が良くないですね」
「そうだねぇ。私のいた世界よりも若干環境破壊が進んでいるねぇ。まあ、最初のアプローチとしてはこんなものだろうさ」
そう話しながらもう一つの扉をくぐると、異世界ギルドの|転移門(ゲート)からでていく。
そしてすぐに隣の部屋に入ると、マチュアは|深淵の書庫(アーカイブ)を起動する。
「|深淵の書庫(アーカイブ)起動。私とゼクスの体内環境とバイタルサーチ‥‥おおう、これは酷いな‥‥」
カリス・マレスにはない病気やウィルス。
それらをすぐに『浄化』すると、マチュアは検疫室からでた。
「ふむふむ。ゲートのある部屋に行く時も出るときも必ず検疫室を通ると。いい動線だなぁ」
そう呟いて二階の事務室へ向かう。
「おや、マチュア様、初めての異世界はどうでしたか?」
「大勢の人が集まって来たので帰って来たわよ。また三日後に行ってくるわ。ゼクスご苦労様」
瞬時に装備を商人モードに換装すると、マチュアはどっかりと受付近くの椅子に座る。
「後ほど報告書をお願いします。あとは私たちに任せてくださいね」
フィリップがそう話していると、マチュアはガクッと力尽きる。
「報告者かぁぁぁ。誰か代わりに書いて‥‥無理だよねぇ」
「ええ。こればかりは見聞きした本人のみです」
スッとツヴァイの方を見るマチュア。
「なあツヴァイ。私の」
「記憶のスフィアなんていりませんよ。ゼクスから受け取ったものを推敲しないとならないのですから。素直に働いてください」
冷たくあしらうツヴァイ。
そのやりとりに、事務所のあちこちから苦笑が聞こえてきた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ラマダ王国領、地下洞窟のさらに奥。
古代魔法王国スタイファー遺跡中層では。
「うわぁぁぁぁぁぁ。だーずーげーでー」
真っ暗な回廊の中を、絶叫を上げながら走っているロット。
その前を箒に乗って飛んで逃げているミアと、その横をひょいひょいと走っているポイポイの姿があった。
「これ一人乗りっ。ポイポイさんなんとかしてください‼︎」
その言葉に方向転換して、後ろ向きで走るポイポイ。
「罠がある可能性を無視して勝手に進んだロットがなんとかするっぽいよ」
「ぞ。ぞんなぁぁぁ」
ロットのすぐ真後ろからは、巨大な球形の岩が転がってきている。
ダンジョン探索任務でやってきたロットとミア。
そのお目付役としてポイポイも同行していたのだが、どうも今日のロットはやる事なす事失敗ばかり。
「振り向いてバースト無限刃っぽいよ?」
「そ、そうか」
すかさず停止して身構えるが、走っていた加速を殺しきれずに力一杯転んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
――ヒュヒュヒュヒュンッ
両手からミスリルの鋼糸を放って岩を巻き取ると、素早くその影にクナイを投げる。
――ガシドゴォッ
影で停止した岩が鋼糸に沿って砕ける。
「本当にどうしたのよ?いつもの緊張感がないわよ?」
「だってよぉ~。マチュア様、異世界に行ってるんだぜ?誘ってくれてもいいとは思わないか?」
自分も行きたかったらしいが、マチュアにあっさりと断られたロット。
それで拗ねているらしい。
「あはははぁぁ。それは無理っぽいよ」
「ポイポイねーちゃんなんでだよ?おいらだって立派な幻影騎士団だぜ?」
「だからっぽい。今回の異世界ギルド計画はカナン魔導連邦主体の企画。ベルナー傘下の幻影騎士団には声も掛からないっぽい」
そう告げられるが、やはりロットは納得いかない。
「こんな事ならカナンの騎士団に入ればよかったよ」
「余計無理っぽいよ。最低条件Aランク冒険者。ロットは?」
「やっとB‥‥」
「私はAだけど、幻影騎士団なので興味ないですよー」
「ミアは良いんだよ。異世界ってあれだろ?なんて言うかロマンの塊だろ?」
「でも、敵に襲われたら死ぬかもしれないっぽい」
「そんな奴ら、俺が全て倒してやるよ」
――ピシッ
その言葉に、ポイポイはロットの頭に軽く手刀を入れる。
「何でもかんでも力任せはダメっぽい。ロットのその行動は異世界に対しての侵略行為に該当するっぽい‥‥もう少しロットは経験するっぽいよ」
「はあ~。分かりましたよ。それじゃあ進みますよ」
もう一度今来た道を戻るロット達。
罠が作動した場所を越えて十字路に到達すると、ロットはまっすぐに進んだ。
――カタッ
と、落とし穴が作動してロットが落ちていく。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
「ありゃ‥‥」
すぐさま鋼糸を飛ばしてロットに絡めるポイポイ。
そして鋼糸を床に固定すると、落とし穴を覗き込む。
「おーい。生きてるっぽい?」
「い、生きてるから早く助けて‥‥」
ロットの真下には、大量の槍衾が仕掛けられており、これまた大量の白骨死体が転がっている。
ズルズルと鋼糸を引き上げるポイポイ。
そして命からがら落とし穴から出てくると、ロットはついに座り込んだ。
「こ、この遺跡の調査に何の意味があるんだよ?こんなの冒険者でも十分にできるだろうさ。幻影騎士団の仕事じゃないよ」
ふむふむ。
その言葉にコクコクと頷くポイポイ。
「その通りっぽいよ。こんな場所。Cランクパーティーでもいけるっぽい」
「なら何でだよ?」
「そのCランク対応ダンジョンで悲鳴をあげるBランクのロットがいるからっぽい。幻影騎士団を履き違えるとダメっぽいよ」
その言葉に頭を捻るロット。
「幻影騎士団はラグナ・マリア最強の騎士団じゃないのかよ?」
「その通りっぽいよ。だからロットはまだ見習いっぽい」
「どうしてだよ‼︎」
「ロットはまだ普通の冒険者よりも実力が劣っているっぽい。強さの半分は装備のおかげ、それも使いこなせていないっぽい。有事以外の幻影騎士団の仕事は冒険者や騎士団に対しての教官的役割が大半っぽいのに、教えるべき立場のロットが教わる立場から卒業できていないっぽい」
淡々と話をするポイポイ。
それにはロットも、何も言い返せない。
「そ、それならミアはどうなんだよ?」
「私は日々魔法についての見聞を広めていますよ~。私の師匠はお母さんと賢者マチュア様ですから」
「良いよなぁ。おいらも剣聖ストーム様に色々と教えてほしいよ」
「ロット?ポイポイもSランク忍者っぽいよ?」
――ガァン
頭の中をハンマーで殴られたような衝撃。
「そ、そうなのか?忍者なのは知っていたけど、そんなに強いのか?」
「見た目はそうでもないっぽけど、この前忍者マスターの称号も授与されたっぽい。という事で、そろそろ先に進むっぽいよ」
その言葉にロットも、ようやく立ち上がる。
「なんでポイポイねーちゃんはおいら達の任務に付き合ってくれるんだ?」
「他のみんなは厳しすぎるか甘すぎるっぽい。この程度の任務ぐらいはロットとミアの二人でこなすぐらいにならないとダメっぽいよ」
「はいはい。え~っと、ここは真っ直ぐだょなぁ」
――ガタッ‥‥ピュー
またしても落とし穴に落ちるロット。それをポイポイは鋼糸で絡め取ると、すぐに上に引き上げた。
「また落ちる。もっと気を引き締めるっぽい」
「わ、分かってるよ‥‥ダンジョン探索がこんなに面倒だとは思わなかったよ。どうしてみんなこんな面倒くさいことをするんだろう」
頭を捻るロットに、ミアも一言。
「多分財宝だったり、未知の何かを知ることができるからでしょ?」
「財宝?そんなものには興味ないよ。武器や防具だって、ストームさんや大月さんが作ってくれるし」
「あ、そろそろ実費になるっぽいよ。マチュアさんも魔道具は販売するっていってたっぽいし」
「ちょ、それは困るよ。トーキングオーブや空間袋とか、おいらまだ貰ってないよ。ミアも困るだろう?」
「私は自分で作るから良いけど?」
「ならおいらの分も作ってくれよ」
「構わないわよ~材料取ってきてくれたらね」
ニッコリと笑うミア。
「そっか。なら安心だな。それで空間袋とかはどんな材料が必要なんだ?」
「魔晶石とか、竜の皮とか、秘薬とか。一般では手に入らないものばっかりだよ?」
その言葉にはロットも驚く。
「そ、それはどこで入手するのだ?」
「皮とかは自分で竜と戦って入手っぽいよ。魔晶石は遺跡群でごく稀に採取できるし。そういうのを手に入れるためにみんな遺跡とかに向かうっぽい」
――ガクーン
肩を落とすロット。
「そ、そうか。なら武器や防具も」
「当然よ。ミスリルの武器なんて金貨で100枚以上するのよ?ストーム様が作った武具なんて白金貨で10枚以上するんですから。ロット、お金貯めてる?」
ミアの鋭いツッコミ。
それにはロットも視線を落とす。
「家に金貨が20枚ぐらい‥‥」
「あっきれた。幻影騎士団の給料はどうしたのよ」
「欲しいものが色々あって。だけど、みんな強くなるために必要だと思ったんだ」
「だから何を買ったのよ」
「露店で魔道具を買ったんだけど‥‥」
――ポン
とポイポイが手を叩く。
「ロット騙されたっぽいね?」
「そうだよ。それを巡回騎士のとうちゃんに報告しても、騙されたお前が悪いって‥‥偽物ってわかった時には、商人はもう町からいなくなってたから」
――プッ
思わず笑うポイポイ。
「なら、頑張って依頼をこなしてお金を稼ぐっぽいよ」
「そうそう。それに無駄遣いはしない。ポイポイさんは無駄遣いはしたことあるのですか?」
ミアがそう問いかけると、ポイポイは顎に指を当てて考える。
「自分で買った一番高いのは、この空間袋っぽいよ。あとはご飯食べたりするぐらいっぽいし、武器や防具の修理代も払っているけど、あまり無駄遣いはしないっぽい」
「そ、そうか~。ポイポイねーちゃんは稼いでるからなぁ。おいらも早く稼ぎたいよ」
「なら、頑張ってダンジョン攻略するっぽいよ」
――チャキッ
ポイポイがツインダガーを引き抜くと、前方の空間を睨みつける。
そして突然飛んできた焔の矢を一撃で真っ二つにすると、二人の前に出た。
「ここが目的地っぽい。遺跡の守護者っぽいから頑張ってね」
その言葉にロットとミアもコクコクと頷くと、すぐさま戦闘態勢に入った。
(まだまだ子供っぽいよ‥‥でも、ここでは大人扱いしないと死んじゃうかな‥‥)
このあと、瀕死にまで追い込まれたロットと魔障酔いで身動きの取れなくなったミアを、ポイポイが担いで戻ってきたことは言うまでもない。
二人に合掌。
ようやく飛び込みで登録に来る者達もいなくなってくると、いよいよマチュアは異世界に旅立つ準備を始めた。
クイーンと入れ替わりでマチュア女王モードになると、ゼクスをお供につけて異世界ギルドに姿を現す。
「さて。それでは行ってまいりましょう‥‥」
にこやかに告げるマチュア。
その言葉にギルド員やフィリップが丁寧に頭を下げている。
「道中お気をつけ下さい」
「了解です‥‥ええっと。この世界は確かなんていいましたっけ?」
ふとマチュアがフィリップに問い掛ける。
そもそも、この世界がどう呼ばれているかなど考えてもいなかった。
「古き時代の学者が制定した、私達の住まう大地全てを指す世界の呼び方は『カリス・マレス』で統一されています。これはどの国にいても同じ呼び方ですよ」
――ポン
「おおっと、そうだったか。では早速行ってみることにしよう」
「はいはい。先に魔術による防御をかけてくださいね」
ゼクスがそうマチュアに話しかけると。
「おっけー。という事で、『矢避けの加護』と『|状態異常耐性強化(ステータス・レジストアップ)』、そして『|全体増幅(アンプリフアイア)』、おまけに『|条件型強回復(スイッチ・ヒーリング)』。保険に『|時間差完全蘇生(ディレイド・リザレクション)』の込められたペンダントをあげよう」
ジャラッと空間から二つのペンダントを取り出すと、一つは自分の首にかけてもう一つをゼクスに手渡す。
「いつのまにこんなものを?」
「このペンダントは『|術式封印(スペルチャージャー)』というペンダントでね。最近になって完成した魔道具だよ」
予め魔術を付与する事で、装着者にその加護を与えるペンダント。
まだ試作段階だが、実用化されたらこれは楽しい。
「成る程。では早速」
そう話してからゼクスもペンダントを下げてから胸元に押し込む。
「さて。それではいってくる」
白銀のローブを身に纏い、頭からすっぽりとフードを被ると、マチュアは扉に向かって手をかざす。
――ブゥゥゥゥゥン
魔力を注いで第一の鍵を開放すると、マチュアとゼクスの姿がスーッと扉に吸い込まれていった。
○ ○ ○ ○ ○
白い。
とにかく白い。
空も地面も全てが白い空間。
そこにマチュアはやってきた。
「ま、マチュア様。ここは一体?」
騎士として同行しているゼクスでさえ、この光景には動揺している。
だが、マチュアにとっては良く知っている世界。
「私たちのカリス・マレスと異世界の狭間だね。何度か来たことあるから知ってる」
そう話してから、マチュアは目の前にあるもう一つの扉を指差す。
「多分、あれが異世界の扉だよ。向こうがどんな世界でどこに繋がっているかなんて知らないから覚悟を決めてね」
「は。はい。しかしどんな世界なんでしょうかねぇ。言葉は通じると思いますか?」
「おいおいゼクス君。なんの為の|深淵の書庫(アーカイブ)だと思う?周囲の言葉を瞬時に解析できるから、ゼクスも私にダイレクトリンクして‥‥しているから大丈夫だ」
ここで問題発生。
異世界を行き来する人たちのための語学研修が必要になった。
それは後で考えるとして、いまは目の前の異世界である。
「さ、それじゃあ行こうか。迂闊に抜刀しないこと、いいね?」
「ですが、マチュア様に危害を加えるものが出たら‥‥」
「私が死ぬとでも?さっきのペンダントがあるから大丈夫だよ」
スタスタと歩き始めるマチュア。
そして目の前の扉に手をかざすと、扉の向こうに大量の魔力が噴き出していった。
――プシュゥゥゥゥゥゥ
「うっはぁ。向こうの世界、魔力無さすぎ‥‥科学文明かぁ‥‥」
「科学とは?」
「魔法に頼らない世界。それ故に魔障濃度は殆ど0に近いと思う。済まないがゼクス、ガードお願いするね」
「クラスリンクを|修練拳術士(ミスティック)にすれば問題無いのでは?」
「それでもだよ。心構えの問題さ。では開くよ」
ブツブツと韻を唱えると、マチュアは扉の最後の鍵を開放した‥‥。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
人々の行き交う雑踏。
あちこちから聞こえる車の音。
汚染されて不味くなった大気。
それがマチュアとゼクスの喉と目を汚染する。
「うわぁ。これはきっついわ」
キョロキョロと周囲を見渡すと、何処と無く見たことのある光景。
マチュアたちが出て来た|転移門(ゲート)を取り囲む大勢の人々と、カメラを向けている報道官。
そして警官が三名、じっとこちらを見て警戒している。
「ゼクス、あの三人はこの世界の巡回騎士だ‥‥っていうか、私の記憶からサーチしてくれ」
「所持している拳銃が厄介ですね」
「おっけ、それを分かればいい」
そう話すと、マチュアは堂々と警官に向かって叫んだ。
「初めまして。私たちは異世界のラグナ・マリアという国から来ました。まず、話をしたいのです」
そう話してからフードを外すマチュア。
わざとらしく耳をピクピクと動かすと、周囲を囲んでいる観光客やカメラマンが驚きの声を上げている。
その動きをカメラは一部始終撮っているようだ。
時折何かを話しているが、マチュアははっきりと理解した。
『日本語かぁ。それにこの風景、何処かで見たような』
ちらりと周囲を見渡す。
すると真後ろに見たことのあるような赤煉瓦の建物が建っていた。
『道庁赤レンガだ‼︎札幌かよ』
その事実にちょっと嬉しいマチュア。
だが、周囲の者たちはそんな余裕はないのであろう。
「き、貴様たちなにものだ!抵抗するなよ」
一人の警官がゆっくりとマチュアとゼクスに近づく。
明らかに敵対意思を示しているらしく、ゼクスが慌てて右手で警官に動くなと制する。
「マチュア様。この警官たちからは明らかな敵対意思を感じます」
「まあ待ってね‥‥私の言葉がわかりますか?」
後半の部分は日本語で話してみる。
すると警官たちも周囲の人々も驚きを隠せないようだ。
「あ、ああ。これはなんだね?ここでの演劇やイベントの許可は取っているのか?」
一人の警官がマチュア達に強めの口調で問いかけている。
まあ、そう考えるのも無理はない。
そしていまの質問で、異世界などからの来訪実態がないことも理解した。
「まあ、そう思うのも無理はありません。私たちはあなた達でいう異世界。カリス・マレスの地よりやって参りました。どなたか話のわかる方との謁見を希望します」
言葉に『|魅了(チャーム)』を乗せて話してみるマチュア。
魔障が薄いので、せいぜい印象が良くなる程度だろう。
だが、すぐ近くでカメラが回っていると、元地球人としてはつい意識してしまう。
時折チラッチラッと見てしまうのは悲しい性である。
そして警官達はマチュアの言葉について後ろで話しているが、その中でも一番若い警官が警戒しながら近づいてくる。
「訳のわからないことを。それに貴様、その腰の剣はなんだ?取り敢えず銃刀法違反で逮捕させてもらうよ」
腰から警棒を取り出して身構える警官。
その動きにゼクスも身構えようとするが、マチュアはそれを制した。
「私たちの世界には、そのような法律はありませんわ。そうですねぇ。では、外交特権として所持権利を主張しますわ。あなたの国が私たちの国と今後も良き関係を続けたいのであれば、手出しは無用にお願いします」
このマチュアの言葉には、相手は一瞬でも怯んでしまう。
もちろんマチュアのハッタリであるが、すぐさまマチュアは右手を差し出すと、手のひらに魔力の炎を作り出した。
『さて。外交特権って言っても、私は外交官等身分証明票なんてもっていないよ。そこを突かれるだろうけれど、それはこれから請求すればいいか』
すると、一番年配らしい警官が若い警官を制して前に出る。
「君は異世界から来たと言ったね。それをすぐに信じるわけにはいかない。せめて自分たちが来た世界や国名、名前ぐらいは告げて欲しい」
ごもっとも。
ならばとマチュアは掌の炎をすっと消した。
「では改めて。私の名前はマチュア・フォン・ミナセ。こちらは私の護衛騎士のゼクスと申します。我が国名はカナン魔導連邦、私の住む世界は異世界カリス・マレス。私たちは日本国と国交を結びに外交使節としてやって参りました‼︎」
凛とした表情でそう叫ぶマチュア。
その圧倒的な迫力に、警官達も気圧されてしまう。
「そ、そんな演技で騙されると‥‥」
一人の警官がゼクスに近寄ろうとするが。
「それで襲いかかるのでしたら、私たちは身を守るために剣を抜きますが宜しいかな?」
ゼクスが声に怒気を孕ませて警官に向かってゆっくりと構える。ストーム直伝の居合斬月の構えである。
『殺すなよ?』
『はっはっ。脅しですよ‥‥この程度の者達の攻撃など通用しませんよ』
そう念話で話をしていると、警官達がなにやら話を始めていた。
「やめろ、一旦本部の連絡を待つ」
「しかし、どう考えてもおかしい奴らです。こんな奴らとっとと捕まえないと」
そう必死に弁明する警官を後ろに下げると、年配の警官がマチュアの方に少しだけ近づく。
「マチュアさんと言ったかな?何か身分を証明するものがあればそれを提示して頂きたい」
「成る程。あなた達にこの文字が読めるかわかりませんが」
マチュアはそう告げながら、手の中に一枚の金色のカードを生み出した。
カリス・マレス名物、神様発行の身分証明書・|魂の護符(プレート)である。
「はぁ‥‥今度は手品かぁ。もうお腹いっぱいですよ」
そんな声がどこからか聞こえる。
だが、マチュアはその声の主からそこそこの魔力を感じ取ると、そちらをチラッと見た。
明らかに魔力を身にまとっている存在がそこにはいた。
咥えタバコにコックコートの女性。
纏っている魔力量は明らかに他の人々とは違う。
『へぇ。高魔力保持者がいるとはねぇ‥‥コックコート着てるし』
「成る程、これは読めませんね。一旦お預かりして構いませんか?」
どうにか読もうとスマートフォンに取り込んで見たりしているが、どうやら解析不能のようである。
「それは私の魂から生み出した身分を証明するものです。嘘偽りないものですが、私から離れるとまた魂に戻って来ます。写しであれば構いませんよ」
クスクスと笑うマチュア。
それに頭を下げると、年配の警官がゆっくりとマチュア達の前で頭を下げる。
「では、私は北海道警察所属の加藤団十郎巡査部長です。こちらが、私の身分を証明するものです。では、写させていただきますね」
懐から警察手帳を取り出すと、加藤巡査部長はマチュアにそれを提示した。
やがて、目の前のカメラ‥‥おそらくonちゃんの放送局による緊急放送でこの場の出来事が放送されたのだろう。
あちこちから様々なテレビ局や新聞社の記者が走ってくる。
「これは‥‥この混乱ではどうしようもありませんね」
マチュアはそう呟くと、扉に向かって手を掲げる。
「私たちはまた三日後にやって来ます。その時には、有意義な話し合いができる場を設けていただけると助かります。なお、その時に私たちをたばかろうとしたりすると、私たちはこの国との国交は行いませんので」
それだけを告げると、マチュアは再び扉の向こうへと消えていく。
そしてゼクスがその後をついていくと、ゆっくりと扉が閉ざされた。
――ガチャァァァァァン
再び白い空間に戻る。
ゆっくりとカリス・マレスに繋がる扉に向かって歩いていく。
「さて、ゼクスは記憶のスフィアを作ってツヴァイに渡して。それを書面にしてギルド員に配布、相手の反応や対応についてのデータを増やしましょう」
「了解しました。しかし、あそこは空気が良くないですね」
「そうだねぇ。私のいた世界よりも若干環境破壊が進んでいるねぇ。まあ、最初のアプローチとしてはこんなものだろうさ」
そう話しながらもう一つの扉をくぐると、異世界ギルドの|転移門(ゲート)からでていく。
そしてすぐに隣の部屋に入ると、マチュアは|深淵の書庫(アーカイブ)を起動する。
「|深淵の書庫(アーカイブ)起動。私とゼクスの体内環境とバイタルサーチ‥‥おおう、これは酷いな‥‥」
カリス・マレスにはない病気やウィルス。
それらをすぐに『浄化』すると、マチュアは検疫室からでた。
「ふむふむ。ゲートのある部屋に行く時も出るときも必ず検疫室を通ると。いい動線だなぁ」
そう呟いて二階の事務室へ向かう。
「おや、マチュア様、初めての異世界はどうでしたか?」
「大勢の人が集まって来たので帰って来たわよ。また三日後に行ってくるわ。ゼクスご苦労様」
瞬時に装備を商人モードに換装すると、マチュアはどっかりと受付近くの椅子に座る。
「後ほど報告書をお願いします。あとは私たちに任せてくださいね」
フィリップがそう話していると、マチュアはガクッと力尽きる。
「報告者かぁぁぁ。誰か代わりに書いて‥‥無理だよねぇ」
「ええ。こればかりは見聞きした本人のみです」
スッとツヴァイの方を見るマチュア。
「なあツヴァイ。私の」
「記憶のスフィアなんていりませんよ。ゼクスから受け取ったものを推敲しないとならないのですから。素直に働いてください」
冷たくあしらうツヴァイ。
そのやりとりに、事務所のあちこちから苦笑が聞こえてきた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ラマダ王国領、地下洞窟のさらに奥。
古代魔法王国スタイファー遺跡中層では。
「うわぁぁぁぁぁぁ。だーずーげーでー」
真っ暗な回廊の中を、絶叫を上げながら走っているロット。
その前を箒に乗って飛んで逃げているミアと、その横をひょいひょいと走っているポイポイの姿があった。
「これ一人乗りっ。ポイポイさんなんとかしてください‼︎」
その言葉に方向転換して、後ろ向きで走るポイポイ。
「罠がある可能性を無視して勝手に進んだロットがなんとかするっぽいよ」
「ぞ。ぞんなぁぁぁ」
ロットのすぐ真後ろからは、巨大な球形の岩が転がってきている。
ダンジョン探索任務でやってきたロットとミア。
そのお目付役としてポイポイも同行していたのだが、どうも今日のロットはやる事なす事失敗ばかり。
「振り向いてバースト無限刃っぽいよ?」
「そ、そうか」
すかさず停止して身構えるが、走っていた加速を殺しきれずに力一杯転んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
――ヒュヒュヒュヒュンッ
両手からミスリルの鋼糸を放って岩を巻き取ると、素早くその影にクナイを投げる。
――ガシドゴォッ
影で停止した岩が鋼糸に沿って砕ける。
「本当にどうしたのよ?いつもの緊張感がないわよ?」
「だってよぉ~。マチュア様、異世界に行ってるんだぜ?誘ってくれてもいいとは思わないか?」
自分も行きたかったらしいが、マチュアにあっさりと断られたロット。
それで拗ねているらしい。
「あはははぁぁ。それは無理っぽいよ」
「ポイポイねーちゃんなんでだよ?おいらだって立派な幻影騎士団だぜ?」
「だからっぽい。今回の異世界ギルド計画はカナン魔導連邦主体の企画。ベルナー傘下の幻影騎士団には声も掛からないっぽい」
そう告げられるが、やはりロットは納得いかない。
「こんな事ならカナンの騎士団に入ればよかったよ」
「余計無理っぽいよ。最低条件Aランク冒険者。ロットは?」
「やっとB‥‥」
「私はAだけど、幻影騎士団なので興味ないですよー」
「ミアは良いんだよ。異世界ってあれだろ?なんて言うかロマンの塊だろ?」
「でも、敵に襲われたら死ぬかもしれないっぽい」
「そんな奴ら、俺が全て倒してやるよ」
――ピシッ
その言葉に、ポイポイはロットの頭に軽く手刀を入れる。
「何でもかんでも力任せはダメっぽい。ロットのその行動は異世界に対しての侵略行為に該当するっぽい‥‥もう少しロットは経験するっぽいよ」
「はあ~。分かりましたよ。それじゃあ進みますよ」
もう一度今来た道を戻るロット達。
罠が作動した場所を越えて十字路に到達すると、ロットはまっすぐに進んだ。
――カタッ
と、落とし穴が作動してロットが落ちていく。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
「ありゃ‥‥」
すぐさま鋼糸を飛ばしてロットに絡めるポイポイ。
そして鋼糸を床に固定すると、落とし穴を覗き込む。
「おーい。生きてるっぽい?」
「い、生きてるから早く助けて‥‥」
ロットの真下には、大量の槍衾が仕掛けられており、これまた大量の白骨死体が転がっている。
ズルズルと鋼糸を引き上げるポイポイ。
そして命からがら落とし穴から出てくると、ロットはついに座り込んだ。
「こ、この遺跡の調査に何の意味があるんだよ?こんなの冒険者でも十分にできるだろうさ。幻影騎士団の仕事じゃないよ」
ふむふむ。
その言葉にコクコクと頷くポイポイ。
「その通りっぽいよ。こんな場所。Cランクパーティーでもいけるっぽい」
「なら何でだよ?」
「そのCランク対応ダンジョンで悲鳴をあげるBランクのロットがいるからっぽい。幻影騎士団を履き違えるとダメっぽいよ」
その言葉に頭を捻るロット。
「幻影騎士団はラグナ・マリア最強の騎士団じゃないのかよ?」
「その通りっぽいよ。だからロットはまだ見習いっぽい」
「どうしてだよ‼︎」
「ロットはまだ普通の冒険者よりも実力が劣っているっぽい。強さの半分は装備のおかげ、それも使いこなせていないっぽい。有事以外の幻影騎士団の仕事は冒険者や騎士団に対しての教官的役割が大半っぽいのに、教えるべき立場のロットが教わる立場から卒業できていないっぽい」
淡々と話をするポイポイ。
それにはロットも、何も言い返せない。
「そ、それならミアはどうなんだよ?」
「私は日々魔法についての見聞を広めていますよ~。私の師匠はお母さんと賢者マチュア様ですから」
「良いよなぁ。おいらも剣聖ストーム様に色々と教えてほしいよ」
「ロット?ポイポイもSランク忍者っぽいよ?」
――ガァン
頭の中をハンマーで殴られたような衝撃。
「そ、そうなのか?忍者なのは知っていたけど、そんなに強いのか?」
「見た目はそうでもないっぽけど、この前忍者マスターの称号も授与されたっぽい。という事で、そろそろ先に進むっぽいよ」
その言葉にロットも、ようやく立ち上がる。
「なんでポイポイねーちゃんはおいら達の任務に付き合ってくれるんだ?」
「他のみんなは厳しすぎるか甘すぎるっぽい。この程度の任務ぐらいはロットとミアの二人でこなすぐらいにならないとダメっぽいよ」
「はいはい。え~っと、ここは真っ直ぐだょなぁ」
――ガタッ‥‥ピュー
またしても落とし穴に落ちるロット。それをポイポイは鋼糸で絡め取ると、すぐに上に引き上げた。
「また落ちる。もっと気を引き締めるっぽい」
「わ、分かってるよ‥‥ダンジョン探索がこんなに面倒だとは思わなかったよ。どうしてみんなこんな面倒くさいことをするんだろう」
頭を捻るロットに、ミアも一言。
「多分財宝だったり、未知の何かを知ることができるからでしょ?」
「財宝?そんなものには興味ないよ。武器や防具だって、ストームさんや大月さんが作ってくれるし」
「あ、そろそろ実費になるっぽいよ。マチュアさんも魔道具は販売するっていってたっぽいし」
「ちょ、それは困るよ。トーキングオーブや空間袋とか、おいらまだ貰ってないよ。ミアも困るだろう?」
「私は自分で作るから良いけど?」
「ならおいらの分も作ってくれよ」
「構わないわよ~材料取ってきてくれたらね」
ニッコリと笑うミア。
「そっか。なら安心だな。それで空間袋とかはどんな材料が必要なんだ?」
「魔晶石とか、竜の皮とか、秘薬とか。一般では手に入らないものばっかりだよ?」
その言葉にはロットも驚く。
「そ、それはどこで入手するのだ?」
「皮とかは自分で竜と戦って入手っぽいよ。魔晶石は遺跡群でごく稀に採取できるし。そういうのを手に入れるためにみんな遺跡とかに向かうっぽい」
――ガクーン
肩を落とすロット。
「そ、そうか。なら武器や防具も」
「当然よ。ミスリルの武器なんて金貨で100枚以上するのよ?ストーム様が作った武具なんて白金貨で10枚以上するんですから。ロット、お金貯めてる?」
ミアの鋭いツッコミ。
それにはロットも視線を落とす。
「家に金貨が20枚ぐらい‥‥」
「あっきれた。幻影騎士団の給料はどうしたのよ」
「欲しいものが色々あって。だけど、みんな強くなるために必要だと思ったんだ」
「だから何を買ったのよ」
「露店で魔道具を買ったんだけど‥‥」
――ポン
とポイポイが手を叩く。
「ロット騙されたっぽいね?」
「そうだよ。それを巡回騎士のとうちゃんに報告しても、騙されたお前が悪いって‥‥偽物ってわかった時には、商人はもう町からいなくなってたから」
――プッ
思わず笑うポイポイ。
「なら、頑張って依頼をこなしてお金を稼ぐっぽいよ」
「そうそう。それに無駄遣いはしない。ポイポイさんは無駄遣いはしたことあるのですか?」
ミアがそう問いかけると、ポイポイは顎に指を当てて考える。
「自分で買った一番高いのは、この空間袋っぽいよ。あとはご飯食べたりするぐらいっぽいし、武器や防具の修理代も払っているけど、あまり無駄遣いはしないっぽい」
「そ、そうか~。ポイポイねーちゃんは稼いでるからなぁ。おいらも早く稼ぎたいよ」
「なら、頑張ってダンジョン攻略するっぽいよ」
――チャキッ
ポイポイがツインダガーを引き抜くと、前方の空間を睨みつける。
そして突然飛んできた焔の矢を一撃で真っ二つにすると、二人の前に出た。
「ここが目的地っぽい。遺跡の守護者っぽいから頑張ってね」
その言葉にロットとミアもコクコクと頷くと、すぐさま戦闘態勢に入った。
(まだまだ子供っぽいよ‥‥でも、ここでは大人扱いしないと死んじゃうかな‥‥)
このあと、瀕死にまで追い込まれたロットと魔障酔いで身動きの取れなくなったミアを、ポイポイが担いで戻ってきたことは言うまでもない。
二人に合掌。
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