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第七部 これからの日常、異世界の日常
異世界の章・その2 古き良き世界から新しい世界へ
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サムソン辺境王国の朝は早い。
いつものように日課であるストーム・ブートキャンプが始まると、彼方此方で仕事に向う人々の姿が見えてくる。
朝一番の教会の鐘の音と同時にも人々は仕事を始める。
そしてストームも鍛冶場に向うと、静かに火炉に鉱石を放り込んで‥‥いない。
「ありゃ、鉱石きれたわ」
そうあっさりと告げるストーム。
「とうとう在庫が切れたか。こりゃあ採掘に行かないといけないなぁ」
井戸で水浴びをしていた大月が鍛冶場にやってくると、そう笑いながら話しかけている。
「そうだなぁ。また一週間ほど山にこもるか。済まないが大月留守を頼むわ」
「そりゃあ構わないさ。仕事は砥ぎだけでいいのか?」
「少々割高になるが、鍛冶ギルドでインゴット買ってきて注文品は回しておいてくれ。買って良いのはアイアンだけな」
「そりゃあそうでしょうよ。ミスリルなんて買えるはず無いじゃない」
アーシュが鍛冶場にやってくると、本日分の研ぎの注文書を持ってくる。
その後ろでは十四郎が砥ぎの準備をしており、クッコロは皆の朝食を店の奥の厨房で作っているようだ。
いまのサイドチェスト鍛冶工房は、面白いほどに上手く機能している。
それを実感しているストームだが、やはり材料がなくなったのは失敗である。
「仕方ないか。さて、何処に取りにいくかな‥‥」
いつもの坑道に向かうには、すでに馬車が出発してしまっている。
他の坑道に向かうにも、やはり定期便の馬車は出払っている。
となるとやることは一つ。
――ブワサッ
空間から絨毯を取り出すと、ストームはそれに飛び乗る。
「鉱脈探して採掘して来るわ」
こいつとんでもないこと言いやがりました。
「へぇ、ストームは鉱脈が分かるのか?」
「もちろんさ、怪獣モチロンさ‥‥はいはい大月だとツッコミがないのはわかっているよ。例えばだ、この真下にも鉱脈はある」
足元を指差すストーム。
「へぇ。ここいらは何が掘れるんだ?」
「鉄と銅。埋蔵量は少なくほとんどが金属成分の少ない粘土やら石やら岩で掘る価値もない。なので掘り出す価値のある鉱脈を探して来るわ」
そう呟くと、ストームは西門から外に出て行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
街道を外れて草原をゆっくりと飛んでいるストーム。
すでに時間は昼頃なので、バッグからマチュアに貰った、炒飯の詰まった寸胴を取り出すと、皿に盛り付けて食べ始める。
――ハフハフハフハフ‥‥
「うんめぇ。これだよこの味。適度な塩味と出汁の効いている米。玉ねぎとベーコン、卵が絶妙に絡み合い、なんていうか、下町の炒飯。上品にではなくかっこむスタイルで行けるのがいい!!」
絨毯の上で飛びながらの食事とはなかなかの技術であるが、障害物も何もないところではそれも可能。
そして食べ終わって皿を片付けていると、ふと前方に人が倒れているのに気がついた。
「‥‥冒険者だろうな。街道外れているから‥‥どれ、荼毘に弔ってやるか」
絨毯の速度を落とすと、ストームは倒れている女性を確認する。
見た感じは獣人、それも猫だと思うのだが‥‥近づいて観察すると違う。
見た感じだと軽装レザーアーマーとズボン、腰には装飾の施された鞘のついたダガー。
背中にはバックパックを背負い、腰にはウエストバッグが一つ。
首には綺麗な鈴のついたチョーカーを嵌めているのだが。
「はぁ?獣人じゃないぞ?なんだこりゃ?」
この世界の獣人は一目で分かる。
顔やら体に元々の獣の特性を残しているのである。
猫族なら綺麗な短い体毛と耳、そして猫と人間の中間の顔つきに尻尾。
これで大体分かるのであるが。
目の前に倒れている少女は明らかに人間に猫の耳が付いている。
そして尻尾もある。
一見すると猫耳コスプレイヤーにも見えないこともない。
「時期的には、そろそろ冬コミか。コスプレ会場で行き倒れてここに転移して‥‥そんな阿呆なことあるか」
素早く空間から神殺しの神槍を取り出すと、瞬時に杖に変化させる。
――コンコン
それで少女を軽く叩くと、ストームの目の前のウィンドウに様々な文字が並ぶ。
「出生地、ここ。出生日、今‥‥ふざけるなよ‼︎」
異世界で色々とやらかして、天狼から神殺しの神槍に新しい加護も頂いたストームだが、この表示は納得いかない。
「バイタル正常‥‥さて、とりあえず生きているのか。それじゃあ」
スッと印を結んで掌をかざす。
淡い光が少女の全身に降り注ぐと、ゆっくりと瞳を開ける。
「‥‥」
無言のまま周囲を見渡すと、少女はストームをじっとみる。
「あの、ここは何処ですか?」
「ここはサムソン辺境国から少しだけ森林。クレスト伯爵領の東方草原地域だが」
おでこに指を当ててフンフンと呟く少女。
「成る程。あの、私は誰ですか?」
「はい記憶喪失来ました。ちょっと待ってろよ‥‥」
――ピッピッ
「ストームだ。記憶喪失の女の子拾ったから‥‥頼む助けてくれ‥‥」
『はぁ?なんでも拾うな、ラノベじゃあるまいし』
「それは俺が言いたいわ。俺、こういうパターンは駄目だ」
『今行くわ‥‥』
――ピッピッ
通信を終えると、ストームは少女の頭をポンポンと叩く。
すると少女は目を細めてストームの手に頭を擦り付けてくる。
「なんだ?まるで猫だな」
「猫じゃないモン」
「そっか‥‥」
そう呟くと、そっと少女の喉元を軽く撫でる。
「むぅぅぅぅ」
一瞬だけ抵抗するが、すぐにストームの手に首を擦寄らせる。
「猫だなぁ」
「ですから、猫じゃないモン」
――ヒュルルルルッ
そんな話をしていると、マチュアが上空から箒にまたがって降りてくる。
「あ、浮気現場発見。これは報告事案ですねぇ」
口元に手を当ててニヤニヤと笑うマチュア。
「阿呆。この子が記憶喪失なんだ。ちょいと見てくれるか?」
「あーはいはい。お嬢ちゃん|魂の護符(プレート)はあるかな?」
そのマチュアの問いかけにはキョトンとしている。
「|魂の護符(プレート)ってなんですか?」
「そこからかぁ。初級冒険者に説明するレベルかぁ」
腕を組んで考えるマチュアだが、その隙にストームは絨毯に飛び乗るとソーッとその場を離れ始めた。
――シュバッ
素早く絨毯を両手で掴むと、テーブルクロスを引くように一気に引っ張る。
その瞬間、ストームの下の絨毯はマチュアの手で引き抜かれ、地面に尻から落ちていく。
ズドーンと重々しい音を立てて地面に転がるストーム。
「お、おまえ‥‥|堺正章(マチャアキ)かよ」
「逃げるな。拾った責任だろ最後まで付き合え」
「あーわかったわかった。わかったから絨毯を返せ」
「ほらよ。で、此処で話をするのもあれだろうから、街まで戻るぞ」
そう話しているマチュアだが。
「なら、この先にクレスト伯爵領があるから、そこに向かうとしよう」
「サムソンの方が早いだろうが」
「待て待て、俺は採掘作業に出かけてきたんだよ。せめて目的地の近くで話をさせてくれ」
そのストームの言葉に負けたマチュア。
ならばと少女をストームの絨毯の上に乗せる。
「ならそっちで宜しくだ。ジャスティス‼︎」
指をパチーンと鳴らして影からゴーレムホースを出すと、マチュアはそこに飛び乗る。
「ちょっと待て、それ、俺にもくれないか?」
「今度作って持って行ってやるよ。ほら道案内頼むよ」
そんなこんなで、三人はのんびりと旅を始めた。
‥‥‥
‥‥
‥
サムソン辺境国・クレスト伯爵領。
人口は10万程度の中型都市であり、魔術により生きた樹木を城塞のように組み合わせている。
その正門でストームは通過するために|魂の護符(プレート)を取り出して、すぐさま懐にしまい込む。
「おや? 身分を確認したいのですが」
「ああ、こっちだ」
急ぎ商人ギルドカードを取り出して提示するストーム。
いつのまにか表示がゴールドに変わっているのは良しとしておこう。
そしてマチュアも商人のカードを取り出して提示すると、ふたりともあっさりと通過した。
問題はこの猫耳少女だが。
「身元引受人は俺がする。いくらだ?」
「はい、銀貨5枚でお願いします」
そう告げられて懐から銀貨を取り出して支払うと、ストームたちは城塞内に入っていった。
「マチュア、すまんが、これを人間に戻すのはどうするんだ?」
そーっと懐から青銀色に輝いている|魂の護符(プレート)を取り出す。
「モードチェンジと同じ。commandは『神威解除』で」
「そうか‥‥神威解除‥‥」
そのストームのつぶやきに反応して、|魂の護符(プレート)は金色に戻る。
それでも王族表示なのだがそれはいい。
「なあ、神威状態では何がかわる?」
「絶対に死なない。ゴッドスレイヤー以外では、多分、きっと」
「何だそれは? 随分と適当だなぁ」
「私だってまだよく分かっていないんだよっ。普通に三大欲求はあるんだからな」
「食欲と睡眠欲と性欲か‥‥まあ、いまと変わらんのならどうでもいいわ。さて、此れからどうする?」
「まずは宿を借りるとしよう。|魂の護符(プレート)は私が高位司祭の神威モードで発効してやるわ」
もう何でもありのようにも見えるが、これはこれで不自由である。
神威状態を維持するのは、こっちの世界ではかなり負荷がかかるらしい。
もし死ぬことがあるとしたら、この高負荷に肉体の維持が追いつかないことであろう。
「ほんじゃあ、宿へと‥‥」
そあ呟いて適当な宿に入ると、ストーム達は大きめの並びの部屋を3つ借りた。
そして一旦ストームの部屋にやってくると、まずはこの子の|魂の護符(プレート)を作り出すマチュア。
――ブゥゥゥゥゥン
「はい、これが貴方の|魂の護符(プレート)。使い方はね‥‥」
一つ一つ説明すると、猫耳少女はコクコクと頷いている。
出したり引っ込めたりして中々楽しそうであるが、ふとプレートの名前が気になった。
「それで、|魂の護符(プレート)には名前が書いてあるだろう?」
「私の名前‥‥高遠ミャウ‥‥」
――ブ――――ッ
横でのんびりとお茶を飲んでいたマチュアが力いっぱい吹き出した。
「まてまて、そのプレートを見せてご覧」
「はい」
ひょいとマチュアとストームにプレートを手渡す。
そこにはしっかりと漢字とカタカナで『高遠ミャウ』と記されていた。
「うぉぉぉぉぉい。神様なんで新しい人転生させたぁ」
慌てて|深淵の書庫(アーカイブ)を起動してミャウを調べるマチュアだが。
魔法陣の彼方此方で解析不能コードが現れている。
「ふぁ、ふぁぁぁぁぁ。なんじゃこりゃあ、何がどうなっている?」
「おい、マチュア、何かわかったのか?」
「何も分からんのが判ったぞ‥‥わかっているのは、この子は私達みたいに転移型転生者ではなく純粋転生者だということ」
頭を抱えて説明するマチュア。
「純粋転生者っているのか?」
「過去の事例では、アレキサンドラも転移型転生者。初代ラグナは判らないけど、多分今のところは居ないわ‥‥ただ、創造神なにかやらかしたみたいだわ、8つの世界の繋がりが濃くなってきて、やがて条件付きで行き来できるようになるみたいだねぇ」
エラーメッセージと共に現れたいくつもの警告文字を見ながら、マチュアがそう呟く。
だが、それはストームは既に知っていた。
「ああ、その件は天狼から聞いている。創造神管理の8つの世界のうち4つが滅んだので、バランスを取るための処置らしいぞ」
「そうなのか? どれどれ‥‥」
と自分の|転移門(ゲート)を魔術を調べてみるマチュア。
気がつくと、異世界とのほころびを使うと簡単にゲートは開けてしまえるらしい。
「これは不味いわ‥‥と、今はそんな話をしているんじゃない。さて、貴方の名前は理解したかしら?」
層目の前の猫耳少女に問い掛ける。
「高遠ミャウ?」
「そう。こっちの世界ではミャウ・タカトオになるのでそう名乗ってね。出生国は‥‥サムソンでいいわ、ストームがそのへんは上手くやってくれるでしょうから、あとで色々と設定して貰いなさい」
その言葉にコクコクと頷くミャウ。
「それで、どうしてあんなところに姿をあらわしたんだ? 」
そう問い掛けるが。
ミャウの頭の中には何もない。
どうしてそこに居たのか?
なぜ転生したのか。
「判らないんです」
首を横に振りながらそう告げる。
すると。
「なんでもいいから、何か思い当たる言葉や単語はないかな?」
「なんでも‥‥」
そう告げられて、ミャウはもう一度考える。
『どうしても困ったことがあったときは』
『マオとゼンに逢いなさい』
『きっと力になってくれると思うから』
そう誰かが話していた。
それをふと、思い出した。
「ええっと。『どうしても困ったことがあったときは、マオとゼンに逢いなさい。きっと力になってくれると思うから』‥‥と頭のなかで誰かが話していました」
――ビシッ
その言葉に、ストームとマチュアの顔が引きつる。
「なるほど。神様案件でしたかそうですか」
「流石に今回は俺も殴りたくなってきたわ」
「はわわわわわ。私が何かしましたか」
慌てて目の前で手を振るミャウ。
「いやいや、ミャウは多分何処か別の世界からここに来たんですよ。その原因はわからないけれど」
「多分。それを探すのがミャウの旅だと思うんだ」
「という事ですので、まずは足元をしっかりと固めましょうかねぇ。ストームあとは宜しく」
ポン、とストームの肩を叩くマチュア。
「うぉい、俺一人でか?」
「私はエーリュシオンに行ってくる。話を聞かんとならないからね」
――ヒュンッ
素早くエーリュシオンに転移するマチュアを見送ると、ストームはミャウと話を始めた。
「あ、あの、私あまりみなさんにご迷惑かけたくはないので、もう大丈夫です。ありがとうございました」
ペコッと頭を下げるミャウ。
なら仕方ない、元気で頑張れよと言える男でないのがストーム。
「まず|魂の護符(プレート)は手に入ったから、住む場所を決めて生活するための基盤を作るか‥‥」
これも自分が歩いてきた道。
違うのは自身の記憶がないことだが、なければないでなんとでも出来る。
「まずは何をすれば良いですか?」
「そうさなぁ。冒険者登録とこの世界の基礎から学ぶ。となると、初級冒険者訓練所に入って勉強して、色々と世界の基礎を学ぶのが早いか」
そう説明すると、ストームはミャウと共に冒険者ギルドへと向かって行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
神界。
久しぶりのエーリュシオンを到着したマチュアは、神威解放して亜神に戻った。
「ふぅ。このスタイルが楽なんだけど、なんとなく自分が人外大魔境になっているのがわかるわ‥‥神殿は向こうだったなぁ」
空間から箒を取り出すと、マチュアはそれに横坐りになって神殿へと向かう。
道中大勢の亜神とすれちがうが、別段カナンやサムソンと違うということはない。
住んでいる人々が亜神という種であることと、殆ど争いがないことぐらいであり、森に狩りに行ったり近くの果樹園や畑で仕事をしているものたちもいる。
やがて神殿の下まで到着すると、箒で一気に階段を上っていく。
――ザッ
階上では二人の門番がガッチリとした鎧を着て待機していた。
「ここからは聖域。踏み込むならば容赦しないが‥‥」
「マチュアだ、ミスティーに用事があるのだが」
「ほう、転移者マチュアか。神威を纏うとは中々の成長だな。付いて参れ」
そう告げられて、マチュアは静かに従う。
そして以前やってきた時に案内された部屋に通されると、そこでのんびりと待つ事にした。
――コポコポッ
いつものように空間からポットを取り出すと、ハーブティーと焼き菓子を摘んで待っていたが。
10分ほどしてガチャッと扉が開き、秩序神ミスティがやってきた。
「おや、来客と聞いていましたがマチュアでしたか。しかし‥‥私たちと並ぶ神威を纏えるとはねぇ。亜神から神様になる?」
「そんなに簡単になれるのですか‥‥」
「いまのは冗談よ。創造神様が許せばなれますけれど、なったら強制的にここの住人ですから嫌でしょう?」
「断る‼︎」
きっぱりと告げると、マチュアは本題に入る。
「転生者にマオとゼンに遭いなさいと言ったそうですが、そのことで少し詳しい話を聞かせて頂きたいのですが」
きっぱりと告げるマチュア。
するとミスティも暫く考える。
「うーん‥‥あ、あの猫ちゃんのことかな?」
「猫?」
キョトンと問い返すマチュア。
「ええ。マチュアたちのいた地球とは違う世界で死んだ猫がね。主人であるお婆さんに逢いたいってずっと泣いていたのよ。しかもその子、転生の枠からなぜか外れてしまって、放っておいたら魔族化しかねなかったのよねぇ」
人差し指を顎に当てながら説明するミスティ。
「魔族化?」
「ええ。あの地球からの輪廻転生はこの世界の住人なのですけれど、枠から外れた挙句に強い意志を持ったり負の感情に晒されていると、悪い魔族、悪魔化しちゃうのよ」
あっさりと説明する。
「そんな事が過去にもあったのですか?」
「ええ。悪魔化は危険でね、世界の崩壊の鍵にもなるわ。そうなると神々は異世界から勇者を召喚して戦ってもらうんですけれど」
ふぅーん。
その辺りは適当に流して話を聞いているマチュア。
「それで本題。あの猫ちゃんの半端な転生はどうしてですか?」
「あれは私達八柱神が転生させたのよ。可哀想だったから。この世界に先に転生したお婆さんに逢いたいって言うから、転生して貰って自分で探す旅をして貰うの」
ふぁ。
「それって随分と放置プレーですね」
「そりゃそうよ。だってお婆さんは無事に転生して別の人生を歩んでいるのよ?だからチャンスは一度、お婆さんの転生者に出会って触れる事ができた時、その時の一瞬だけお婆さんと猫ちゃんの魂を触れ合わせる」
マチュアに差し出されたハーブティーを受け取って飲むと、ミスティは真剣な顔でそう告げる。
「それって良いのですか?」
「魂レベルでの繋がりよ。すぐに元に戻るし、お互いがお婆さんと猫だったこともすぐに忘れるわ。でも、それで猫ちゃんの魂は救われる‥‥」
「その後は?」
「知らない。私たちは魂を転移させる事までしか干渉できない。いつも通りの日常になるかもしれないし、また違う日常になるかもしれない」
ふぅん。
ある程度は納得したマチュアだが。
「それを私とストームに押し付けるのは如何ですかねぇ?」
「まあ、貴方達なら独り立ちできるまではサポートしてくれるでしょ?何処で出会ったか分からないけれど、あの猫ちゃんも相当運が良かったわね」
「第一発見者がストームですから。まさかそこまで仕込みました?」
「まさか。それは完全にあの子の運よ‥‥そう、ストームが第一発見者だったのは幸いね。どうなるか気にはなっていたのよ」
淡々と話をするミスティ。
それをマチュアも静かに聞いている。
「まあ良いわ。ある程度はストームが見てくれるから、私もサポートするわ。で、その、代価として‥‥」
そう話しながら、マチュアは空間から羊皮紙の束を取り出す。
「これの承認をお願いします」
「何かしら?無茶を押し付けたのは分かっているから、多少は無理を‥‥お?」
すかざす次々と羊皮紙を読み始めるミスティ。
「こ、これって、洒落じゃないわよね?」
「創造神様にも話を通して頂けると。私が責任を持って管理しますし、これで世界のバランスが取れるのでしたら、神様も私たちもwin-winでしょう?」
「‥‥まだあちこちのツメが甘いのう」
突然ミスティの背後に創造神が姿を現わすと、ミスティが見ていた羊皮紙を眺める。
「そっ、創造神様っっっ」
慌てて羊皮紙を纏めると、ミスティはその束を創造神に差し出した。
「マチュアからの提案書です。どうぞお目を通してください」
「ふむ。さっきちらりと見たが悪い話ではない。4つの世界がこのまま崩壊するよりも、新しい再生の道としての選択肢があるのは良い事だ」
それだけを告げると、創造神は扉に向かって歩いていく。
「暫く時間をもらおうか。なぁに、悪いようにはせんからな」
――ガチャッ
そうして部屋から出ていく創造神。
突然の来訪に緊張しまくっていたミスティも、ようやく落ち着きを取り戻した。
「と、そういう事らしいわ。何か変わったら連絡するので、一度現世界に戻りなさいな」
「なんだろう。うまく美味しいところを持っていかれたような気がするんだけど」
「そうね。でも決定権があるのは創造神だけですからねぇ」
「はいはい。それじゃあ戻りますよ。ストームが大変そうな気がするのでねぇ」
そう話して一礼すると、マチュアは直接宿の自室へと転移した。
いつものように日課であるストーム・ブートキャンプが始まると、彼方此方で仕事に向う人々の姿が見えてくる。
朝一番の教会の鐘の音と同時にも人々は仕事を始める。
そしてストームも鍛冶場に向うと、静かに火炉に鉱石を放り込んで‥‥いない。
「ありゃ、鉱石きれたわ」
そうあっさりと告げるストーム。
「とうとう在庫が切れたか。こりゃあ採掘に行かないといけないなぁ」
井戸で水浴びをしていた大月が鍛冶場にやってくると、そう笑いながら話しかけている。
「そうだなぁ。また一週間ほど山にこもるか。済まないが大月留守を頼むわ」
「そりゃあ構わないさ。仕事は砥ぎだけでいいのか?」
「少々割高になるが、鍛冶ギルドでインゴット買ってきて注文品は回しておいてくれ。買って良いのはアイアンだけな」
「そりゃあそうでしょうよ。ミスリルなんて買えるはず無いじゃない」
アーシュが鍛冶場にやってくると、本日分の研ぎの注文書を持ってくる。
その後ろでは十四郎が砥ぎの準備をしており、クッコロは皆の朝食を店の奥の厨房で作っているようだ。
いまのサイドチェスト鍛冶工房は、面白いほどに上手く機能している。
それを実感しているストームだが、やはり材料がなくなったのは失敗である。
「仕方ないか。さて、何処に取りにいくかな‥‥」
いつもの坑道に向かうには、すでに馬車が出発してしまっている。
他の坑道に向かうにも、やはり定期便の馬車は出払っている。
となるとやることは一つ。
――ブワサッ
空間から絨毯を取り出すと、ストームはそれに飛び乗る。
「鉱脈探して採掘して来るわ」
こいつとんでもないこと言いやがりました。
「へぇ、ストームは鉱脈が分かるのか?」
「もちろんさ、怪獣モチロンさ‥‥はいはい大月だとツッコミがないのはわかっているよ。例えばだ、この真下にも鉱脈はある」
足元を指差すストーム。
「へぇ。ここいらは何が掘れるんだ?」
「鉄と銅。埋蔵量は少なくほとんどが金属成分の少ない粘土やら石やら岩で掘る価値もない。なので掘り出す価値のある鉱脈を探して来るわ」
そう呟くと、ストームは西門から外に出て行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
街道を外れて草原をゆっくりと飛んでいるストーム。
すでに時間は昼頃なので、バッグからマチュアに貰った、炒飯の詰まった寸胴を取り出すと、皿に盛り付けて食べ始める。
――ハフハフハフハフ‥‥
「うんめぇ。これだよこの味。適度な塩味と出汁の効いている米。玉ねぎとベーコン、卵が絶妙に絡み合い、なんていうか、下町の炒飯。上品にではなくかっこむスタイルで行けるのがいい!!」
絨毯の上で飛びながらの食事とはなかなかの技術であるが、障害物も何もないところではそれも可能。
そして食べ終わって皿を片付けていると、ふと前方に人が倒れているのに気がついた。
「‥‥冒険者だろうな。街道外れているから‥‥どれ、荼毘に弔ってやるか」
絨毯の速度を落とすと、ストームは倒れている女性を確認する。
見た感じは獣人、それも猫だと思うのだが‥‥近づいて観察すると違う。
見た感じだと軽装レザーアーマーとズボン、腰には装飾の施された鞘のついたダガー。
背中にはバックパックを背負い、腰にはウエストバッグが一つ。
首には綺麗な鈴のついたチョーカーを嵌めているのだが。
「はぁ?獣人じゃないぞ?なんだこりゃ?」
この世界の獣人は一目で分かる。
顔やら体に元々の獣の特性を残しているのである。
猫族なら綺麗な短い体毛と耳、そして猫と人間の中間の顔つきに尻尾。
これで大体分かるのであるが。
目の前に倒れている少女は明らかに人間に猫の耳が付いている。
そして尻尾もある。
一見すると猫耳コスプレイヤーにも見えないこともない。
「時期的には、そろそろ冬コミか。コスプレ会場で行き倒れてここに転移して‥‥そんな阿呆なことあるか」
素早く空間から神殺しの神槍を取り出すと、瞬時に杖に変化させる。
――コンコン
それで少女を軽く叩くと、ストームの目の前のウィンドウに様々な文字が並ぶ。
「出生地、ここ。出生日、今‥‥ふざけるなよ‼︎」
異世界で色々とやらかして、天狼から神殺しの神槍に新しい加護も頂いたストームだが、この表示は納得いかない。
「バイタル正常‥‥さて、とりあえず生きているのか。それじゃあ」
スッと印を結んで掌をかざす。
淡い光が少女の全身に降り注ぐと、ゆっくりと瞳を開ける。
「‥‥」
無言のまま周囲を見渡すと、少女はストームをじっとみる。
「あの、ここは何処ですか?」
「ここはサムソン辺境国から少しだけ森林。クレスト伯爵領の東方草原地域だが」
おでこに指を当ててフンフンと呟く少女。
「成る程。あの、私は誰ですか?」
「はい記憶喪失来ました。ちょっと待ってろよ‥‥」
――ピッピッ
「ストームだ。記憶喪失の女の子拾ったから‥‥頼む助けてくれ‥‥」
『はぁ?なんでも拾うな、ラノベじゃあるまいし』
「それは俺が言いたいわ。俺、こういうパターンは駄目だ」
『今行くわ‥‥』
――ピッピッ
通信を終えると、ストームは少女の頭をポンポンと叩く。
すると少女は目を細めてストームの手に頭を擦り付けてくる。
「なんだ?まるで猫だな」
「猫じゃないモン」
「そっか‥‥」
そう呟くと、そっと少女の喉元を軽く撫でる。
「むぅぅぅぅ」
一瞬だけ抵抗するが、すぐにストームの手に首を擦寄らせる。
「猫だなぁ」
「ですから、猫じゃないモン」
――ヒュルルルルッ
そんな話をしていると、マチュアが上空から箒にまたがって降りてくる。
「あ、浮気現場発見。これは報告事案ですねぇ」
口元に手を当ててニヤニヤと笑うマチュア。
「阿呆。この子が記憶喪失なんだ。ちょいと見てくれるか?」
「あーはいはい。お嬢ちゃん|魂の護符(プレート)はあるかな?」
そのマチュアの問いかけにはキョトンとしている。
「|魂の護符(プレート)ってなんですか?」
「そこからかぁ。初級冒険者に説明するレベルかぁ」
腕を組んで考えるマチュアだが、その隙にストームは絨毯に飛び乗るとソーッとその場を離れ始めた。
――シュバッ
素早く絨毯を両手で掴むと、テーブルクロスを引くように一気に引っ張る。
その瞬間、ストームの下の絨毯はマチュアの手で引き抜かれ、地面に尻から落ちていく。
ズドーンと重々しい音を立てて地面に転がるストーム。
「お、おまえ‥‥|堺正章(マチャアキ)かよ」
「逃げるな。拾った責任だろ最後まで付き合え」
「あーわかったわかった。わかったから絨毯を返せ」
「ほらよ。で、此処で話をするのもあれだろうから、街まで戻るぞ」
そう話しているマチュアだが。
「なら、この先にクレスト伯爵領があるから、そこに向かうとしよう」
「サムソンの方が早いだろうが」
「待て待て、俺は採掘作業に出かけてきたんだよ。せめて目的地の近くで話をさせてくれ」
そのストームの言葉に負けたマチュア。
ならばと少女をストームの絨毯の上に乗せる。
「ならそっちで宜しくだ。ジャスティス‼︎」
指をパチーンと鳴らして影からゴーレムホースを出すと、マチュアはそこに飛び乗る。
「ちょっと待て、それ、俺にもくれないか?」
「今度作って持って行ってやるよ。ほら道案内頼むよ」
そんなこんなで、三人はのんびりと旅を始めた。
‥‥‥
‥‥
‥
サムソン辺境国・クレスト伯爵領。
人口は10万程度の中型都市であり、魔術により生きた樹木を城塞のように組み合わせている。
その正門でストームは通過するために|魂の護符(プレート)を取り出して、すぐさま懐にしまい込む。
「おや? 身分を確認したいのですが」
「ああ、こっちだ」
急ぎ商人ギルドカードを取り出して提示するストーム。
いつのまにか表示がゴールドに変わっているのは良しとしておこう。
そしてマチュアも商人のカードを取り出して提示すると、ふたりともあっさりと通過した。
問題はこの猫耳少女だが。
「身元引受人は俺がする。いくらだ?」
「はい、銀貨5枚でお願いします」
そう告げられて懐から銀貨を取り出して支払うと、ストームたちは城塞内に入っていった。
「マチュア、すまんが、これを人間に戻すのはどうするんだ?」
そーっと懐から青銀色に輝いている|魂の護符(プレート)を取り出す。
「モードチェンジと同じ。commandは『神威解除』で」
「そうか‥‥神威解除‥‥」
そのストームのつぶやきに反応して、|魂の護符(プレート)は金色に戻る。
それでも王族表示なのだがそれはいい。
「なあ、神威状態では何がかわる?」
「絶対に死なない。ゴッドスレイヤー以外では、多分、きっと」
「何だそれは? 随分と適当だなぁ」
「私だってまだよく分かっていないんだよっ。普通に三大欲求はあるんだからな」
「食欲と睡眠欲と性欲か‥‥まあ、いまと変わらんのならどうでもいいわ。さて、此れからどうする?」
「まずは宿を借りるとしよう。|魂の護符(プレート)は私が高位司祭の神威モードで発効してやるわ」
もう何でもありのようにも見えるが、これはこれで不自由である。
神威状態を維持するのは、こっちの世界ではかなり負荷がかかるらしい。
もし死ぬことがあるとしたら、この高負荷に肉体の維持が追いつかないことであろう。
「ほんじゃあ、宿へと‥‥」
そあ呟いて適当な宿に入ると、ストーム達は大きめの並びの部屋を3つ借りた。
そして一旦ストームの部屋にやってくると、まずはこの子の|魂の護符(プレート)を作り出すマチュア。
――ブゥゥゥゥゥン
「はい、これが貴方の|魂の護符(プレート)。使い方はね‥‥」
一つ一つ説明すると、猫耳少女はコクコクと頷いている。
出したり引っ込めたりして中々楽しそうであるが、ふとプレートの名前が気になった。
「それで、|魂の護符(プレート)には名前が書いてあるだろう?」
「私の名前‥‥高遠ミャウ‥‥」
――ブ――――ッ
横でのんびりとお茶を飲んでいたマチュアが力いっぱい吹き出した。
「まてまて、そのプレートを見せてご覧」
「はい」
ひょいとマチュアとストームにプレートを手渡す。
そこにはしっかりと漢字とカタカナで『高遠ミャウ』と記されていた。
「うぉぉぉぉぉい。神様なんで新しい人転生させたぁ」
慌てて|深淵の書庫(アーカイブ)を起動してミャウを調べるマチュアだが。
魔法陣の彼方此方で解析不能コードが現れている。
「ふぁ、ふぁぁぁぁぁ。なんじゃこりゃあ、何がどうなっている?」
「おい、マチュア、何かわかったのか?」
「何も分からんのが判ったぞ‥‥わかっているのは、この子は私達みたいに転移型転生者ではなく純粋転生者だということ」
頭を抱えて説明するマチュア。
「純粋転生者っているのか?」
「過去の事例では、アレキサンドラも転移型転生者。初代ラグナは判らないけど、多分今のところは居ないわ‥‥ただ、創造神なにかやらかしたみたいだわ、8つの世界の繋がりが濃くなってきて、やがて条件付きで行き来できるようになるみたいだねぇ」
エラーメッセージと共に現れたいくつもの警告文字を見ながら、マチュアがそう呟く。
だが、それはストームは既に知っていた。
「ああ、その件は天狼から聞いている。創造神管理の8つの世界のうち4つが滅んだので、バランスを取るための処置らしいぞ」
「そうなのか? どれどれ‥‥」
と自分の|転移門(ゲート)を魔術を調べてみるマチュア。
気がつくと、異世界とのほころびを使うと簡単にゲートは開けてしまえるらしい。
「これは不味いわ‥‥と、今はそんな話をしているんじゃない。さて、貴方の名前は理解したかしら?」
層目の前の猫耳少女に問い掛ける。
「高遠ミャウ?」
「そう。こっちの世界ではミャウ・タカトオになるのでそう名乗ってね。出生国は‥‥サムソンでいいわ、ストームがそのへんは上手くやってくれるでしょうから、あとで色々と設定して貰いなさい」
その言葉にコクコクと頷くミャウ。
「それで、どうしてあんなところに姿をあらわしたんだ? 」
そう問い掛けるが。
ミャウの頭の中には何もない。
どうしてそこに居たのか?
なぜ転生したのか。
「判らないんです」
首を横に振りながらそう告げる。
すると。
「なんでもいいから、何か思い当たる言葉や単語はないかな?」
「なんでも‥‥」
そう告げられて、ミャウはもう一度考える。
『どうしても困ったことがあったときは』
『マオとゼンに逢いなさい』
『きっと力になってくれると思うから』
そう誰かが話していた。
それをふと、思い出した。
「ええっと。『どうしても困ったことがあったときは、マオとゼンに逢いなさい。きっと力になってくれると思うから』‥‥と頭のなかで誰かが話していました」
――ビシッ
その言葉に、ストームとマチュアの顔が引きつる。
「なるほど。神様案件でしたかそうですか」
「流石に今回は俺も殴りたくなってきたわ」
「はわわわわわ。私が何かしましたか」
慌てて目の前で手を振るミャウ。
「いやいや、ミャウは多分何処か別の世界からここに来たんですよ。その原因はわからないけれど」
「多分。それを探すのがミャウの旅だと思うんだ」
「という事ですので、まずは足元をしっかりと固めましょうかねぇ。ストームあとは宜しく」
ポン、とストームの肩を叩くマチュア。
「うぉい、俺一人でか?」
「私はエーリュシオンに行ってくる。話を聞かんとならないからね」
――ヒュンッ
素早くエーリュシオンに転移するマチュアを見送ると、ストームはミャウと話を始めた。
「あ、あの、私あまりみなさんにご迷惑かけたくはないので、もう大丈夫です。ありがとうございました」
ペコッと頭を下げるミャウ。
なら仕方ない、元気で頑張れよと言える男でないのがストーム。
「まず|魂の護符(プレート)は手に入ったから、住む場所を決めて生活するための基盤を作るか‥‥」
これも自分が歩いてきた道。
違うのは自身の記憶がないことだが、なければないでなんとでも出来る。
「まずは何をすれば良いですか?」
「そうさなぁ。冒険者登録とこの世界の基礎から学ぶ。となると、初級冒険者訓練所に入って勉強して、色々と世界の基礎を学ぶのが早いか」
そう説明すると、ストームはミャウと共に冒険者ギルドへと向かって行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
神界。
久しぶりのエーリュシオンを到着したマチュアは、神威解放して亜神に戻った。
「ふぅ。このスタイルが楽なんだけど、なんとなく自分が人外大魔境になっているのがわかるわ‥‥神殿は向こうだったなぁ」
空間から箒を取り出すと、マチュアはそれに横坐りになって神殿へと向かう。
道中大勢の亜神とすれちがうが、別段カナンやサムソンと違うということはない。
住んでいる人々が亜神という種であることと、殆ど争いがないことぐらいであり、森に狩りに行ったり近くの果樹園や畑で仕事をしているものたちもいる。
やがて神殿の下まで到着すると、箒で一気に階段を上っていく。
――ザッ
階上では二人の門番がガッチリとした鎧を着て待機していた。
「ここからは聖域。踏み込むならば容赦しないが‥‥」
「マチュアだ、ミスティーに用事があるのだが」
「ほう、転移者マチュアか。神威を纏うとは中々の成長だな。付いて参れ」
そう告げられて、マチュアは静かに従う。
そして以前やってきた時に案内された部屋に通されると、そこでのんびりと待つ事にした。
――コポコポッ
いつものように空間からポットを取り出すと、ハーブティーと焼き菓子を摘んで待っていたが。
10分ほどしてガチャッと扉が開き、秩序神ミスティがやってきた。
「おや、来客と聞いていましたがマチュアでしたか。しかし‥‥私たちと並ぶ神威を纏えるとはねぇ。亜神から神様になる?」
「そんなに簡単になれるのですか‥‥」
「いまのは冗談よ。創造神様が許せばなれますけれど、なったら強制的にここの住人ですから嫌でしょう?」
「断る‼︎」
きっぱりと告げると、マチュアは本題に入る。
「転生者にマオとゼンに遭いなさいと言ったそうですが、そのことで少し詳しい話を聞かせて頂きたいのですが」
きっぱりと告げるマチュア。
するとミスティも暫く考える。
「うーん‥‥あ、あの猫ちゃんのことかな?」
「猫?」
キョトンと問い返すマチュア。
「ええ。マチュアたちのいた地球とは違う世界で死んだ猫がね。主人であるお婆さんに逢いたいってずっと泣いていたのよ。しかもその子、転生の枠からなぜか外れてしまって、放っておいたら魔族化しかねなかったのよねぇ」
人差し指を顎に当てながら説明するミスティ。
「魔族化?」
「ええ。あの地球からの輪廻転生はこの世界の住人なのですけれど、枠から外れた挙句に強い意志を持ったり負の感情に晒されていると、悪い魔族、悪魔化しちゃうのよ」
あっさりと説明する。
「そんな事が過去にもあったのですか?」
「ええ。悪魔化は危険でね、世界の崩壊の鍵にもなるわ。そうなると神々は異世界から勇者を召喚して戦ってもらうんですけれど」
ふぅーん。
その辺りは適当に流して話を聞いているマチュア。
「それで本題。あの猫ちゃんの半端な転生はどうしてですか?」
「あれは私達八柱神が転生させたのよ。可哀想だったから。この世界に先に転生したお婆さんに逢いたいって言うから、転生して貰って自分で探す旅をして貰うの」
ふぁ。
「それって随分と放置プレーですね」
「そりゃそうよ。だってお婆さんは無事に転生して別の人生を歩んでいるのよ?だからチャンスは一度、お婆さんの転生者に出会って触れる事ができた時、その時の一瞬だけお婆さんと猫ちゃんの魂を触れ合わせる」
マチュアに差し出されたハーブティーを受け取って飲むと、ミスティは真剣な顔でそう告げる。
「それって良いのですか?」
「魂レベルでの繋がりよ。すぐに元に戻るし、お互いがお婆さんと猫だったこともすぐに忘れるわ。でも、それで猫ちゃんの魂は救われる‥‥」
「その後は?」
「知らない。私たちは魂を転移させる事までしか干渉できない。いつも通りの日常になるかもしれないし、また違う日常になるかもしれない」
ふぅん。
ある程度は納得したマチュアだが。
「それを私とストームに押し付けるのは如何ですかねぇ?」
「まあ、貴方達なら独り立ちできるまではサポートしてくれるでしょ?何処で出会ったか分からないけれど、あの猫ちゃんも相当運が良かったわね」
「第一発見者がストームですから。まさかそこまで仕込みました?」
「まさか。それは完全にあの子の運よ‥‥そう、ストームが第一発見者だったのは幸いね。どうなるか気にはなっていたのよ」
淡々と話をするミスティ。
それをマチュアも静かに聞いている。
「まあ良いわ。ある程度はストームが見てくれるから、私もサポートするわ。で、その、代価として‥‥」
そう話しながら、マチュアは空間から羊皮紙の束を取り出す。
「これの承認をお願いします」
「何かしら?無茶を押し付けたのは分かっているから、多少は無理を‥‥お?」
すかざす次々と羊皮紙を読み始めるミスティ。
「こ、これって、洒落じゃないわよね?」
「創造神様にも話を通して頂けると。私が責任を持って管理しますし、これで世界のバランスが取れるのでしたら、神様も私たちもwin-winでしょう?」
「‥‥まだあちこちのツメが甘いのう」
突然ミスティの背後に創造神が姿を現わすと、ミスティが見ていた羊皮紙を眺める。
「そっ、創造神様っっっ」
慌てて羊皮紙を纏めると、ミスティはその束を創造神に差し出した。
「マチュアからの提案書です。どうぞお目を通してください」
「ふむ。さっきちらりと見たが悪い話ではない。4つの世界がこのまま崩壊するよりも、新しい再生の道としての選択肢があるのは良い事だ」
それだけを告げると、創造神は扉に向かって歩いていく。
「暫く時間をもらおうか。なぁに、悪いようにはせんからな」
――ガチャッ
そうして部屋から出ていく創造神。
突然の来訪に緊張しまくっていたミスティも、ようやく落ち着きを取り戻した。
「と、そういう事らしいわ。何か変わったら連絡するので、一度現世界に戻りなさいな」
「なんだろう。うまく美味しいところを持っていかれたような気がするんだけど」
「そうね。でも決定権があるのは創造神だけですからねぇ」
「はいはい。それじゃあ戻りますよ。ストームが大変そうな気がするのでねぇ」
そう話して一礼すると、マチュアは直接宿の自室へと転移した。
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