異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第七部 これからの日常、異世界の日常

異世界の章・その1 ゴーレムマイスターの日常

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 バイアス連邦との戦いが終わって半年後。
 ラグナ・マリア帝国、そしてウィル大陸は元の静かな時代を取り戻した。
 北方大陸では未だ赤神竜ザンジバルが猛威を奮っており、未だ戦争が途切れることはない。
 それでも、竜族にも縄張りのようなものがあるらしく、ザンジバルはラグナレクの住まうウィル大陸にはやってこない。
 滅びたシュミッツ王国はラマダ王国領となってようやく安定し、旧ラマダ公国領はカナン副宰相が王として任命され、カナン辺境国として新しい道を示し始めた。

――ズズズズッ
 馴染み亭のいつもの席で、マチュアは熱々のココアのようなものを飲んでいる。
「うーん。甘さが今ひとつ。バイアスの特産品と聞いたけど、これ美味しくない。この店のは仕入れない‥‥と。次はこっちか」
 テーブルの上には、いくつものココアらしきものが並べられている。
 それを一つ一つ吟味して、どの店の豆を仕入れるのかテイスティングしているのである。
「あら、新商品かしら?」
 にこやかに笑いながら、カレンがマチュアの目の前の席に着く。
 そしてココアの香りを嗅ぐと、クスクスと笑った。
「馴染み亭はいつから薬の調合まで?」
「薬じゃないよ。っていうか、これは元々はそうか。甘くて美味しいですよ?ラグナ・マリアでは馴染みのないものかもしれないけれどね?」
「薬師が人の心を落ち着かせるために用いる苦いやつでしょ?」
「いや!むしろ甘い。飲んでみて良いよ」
「あら。では頂きますわ‥‥」
 まだマチュアの手を付けていないカップに手を伸ばすと、クンクンと香りを確認してから飲み始めた。

――ゴクリッ‥‥
「ふぁ、何これ甘~い。これはどんな果実の実を使ったの?」
「まあ果実というかなんというか‥‥秘密だよ」
「あら?馴染み亭は宿兼酒場で薬師の店では無いわよね?出元を教えて頂ければ、アルバート商会で取り扱いますわよ」
 いきなり商談に持ち込むカレン。
 その言葉にはマチュアも腕を組んで考える。
「それも良いかなぁ。正直これ以上手を広げるのが面倒くさくなってきたからなぁ」
「|鎧騎士(パンッァーナイト)も次のシリーズ構想で頭を抱えているのでしょ?」
「それは魔導商会でアハツェンさんがやってるから問題はないんだよ?」
 そう話すと、カレンはマチュアの耳元でコッソリと話を始める。
「それですわよ。人間と全く同じゴーレム、販売しないのですか?」
「そりゃあ無理だよ。私の作るゴーレムは人型になると自我を持たせるから。なんでもしてくれる忠実な奴隷人形なんで作らないわよ?」
 最初はそうだったかもしれない。
 けど、今のシスターズを見ていると、ゴーレムと人間の違いがわからなくなってくる。
 その為か、マチュアはアハツェンを最後に自分と同じゴーレムを作るのはきっぱりとやめたのである。
「あら‥‥私は欲しかったのですよ。経費節減できますから」
「なんでも商売にするその商魂は逞しいよ。で、今日の来店理由はなんでしょか?うちの二階から降りてきたっていうことは直接用事があったのでしょ?」

 普段なら商人ギルド横の|転移門(ゲート)を使ってカナンに来る。
 それをわざわざ馴染み亭二階の祭壇から来たということはそういうことであろう。
「あらご名答。マチュアのゴーレム技術で作れないか教えて欲しかったのですが‥‥馬、作れません?」
 チラッと外を眺めながら、街道を走る馬車を見るカレン。
「ああ、そういう事か」
 ヒョイと席を立って外に出ると、マチュアは足元の影からゴーレムホースのジャスティスを呼び出した。
「もう作ってあるよ。これでしょ?」
 漆黒の光沢を持つ馬。
 明らかに生物ではない、どちらかというと戦闘馬につける鎧のような存在。
 それが目の前に現れたのである。
――ブルルルルルルッ
 首を振っていななく姿はまさしく本物の馬と同じ。
「‥‥あ、あら?あらら?」
 オロオロと動揺しながらジャスティスに近づくカレン。
 そしてその光景を見て、あちこちから冒険者や商人もやって来る。
「これ触っても?乗ってもいい?」
「構わないよ。ジャステイス、移動権限にカレンも追加して」
 ポン、とジャスティスの頭を撫でながら魔力を注ぐと、移動する権限にカレンも追加した。
 それからゆっくりとジャスティスに跨ると、カレンは下で見ているマチュアに問いかける。
「えーっと。これどうやって歩かせるの?」
「手綱を握って魔力でコントロール。扱いは箒と同じですよ」
 ゴクッ
 生唾を飲みながら、カレンはそーっと手綱を握る。
 そして魔力を注いだとき、ジャスティスはゆっくりと店の前の街道を右へ左へと歩き始めた。

――パカッパカッ
「あらあらあら‥‥これは凄いですわ。マチュア、これは販売しないのですか?」
「魔法の箒や絨毯と一緒で、カナン魔導連邦の奥の手だからなぁ。いくつか量産して王家に献上しようとは考えているけれど‥‥」

 ふと思い出す。
 この半年でミアの実力がメキメキと上がっている事。
 ゴーレムについては、ミストも独自で小型のゴーレムの開発も可能になっている。
 今の時点では、マチュアを含めて三名のゴーレムマイスターがラグナ・マリアには存在する事を。

「多分他でも作るんだろうなぁ。カレン、それ幾らで買う?」
「え?いきなり売っていただけるのですか?」
 ゆっくりとマチュアの元に戻って来ると、カレンはジャステイスから降りた。
 その瞬間。
「ぜ、是非とも我がライネック商会で扱わせてください」
「いやいや、バストール商会で扱わせて頂きます」
「あら?これはうちでお願いしますわ。ゼロ商会と申しますの」
 次々と殺到する商人たち。
 だが、カレンは素早くマチュアにギルドカードを提示する。
「商人が交渉中は他の商人は口を挟まない‥‥それがルールですよね?」
 ニコリと笑うカレン。
「そ、そうでした‥‥では私たちは中で待つとしましょうか」
「そうですなぁ」
「すいません。この席に四人お願いします」
 そう話して席に着く商人たち。
 それで話は落ち着いたらしく、マチュアとカレンはいつもの席に着いたのだが。
「マ~チュ~ア~。妾にも馬をおくれ?」
 特等席でクレープを食べているシルヴィーの姿があった。
「ほう。何処の女王が、庶民にゴーレムをねだるのですか?」
「女王ぢゃから献上せよ」
「あのねぇ。カナンのミナセ女王もこれはまだ持ってないの。全く‥‥」
「なら、わたしには作ってくれるのですか?錬金術師のマチュアさん」
 通りの方からマチュアに話しかけて来るミナセ女王。
 後ろにはロイヤルガードである魔導騎士団のファイズが同行している。

 ミナセ女王は定期的に町の中を散策しては、直接困った事はないかと人々から話を聞いて歩いているらしい。
 公の場でマチュアとこのように話をする機会が増えたので、馴染み亭のマチュア=女王という疑惑はいまは誰も持っていない。
 人型ゴーレムについても、カレンやストーム、六王ぐらいしかその存在は知らないため、誰もそんな疑念は抱かない。
 |マチュア(クィーン)を含む全てのシスターズとmk2、シュバルツカッツェには新たに自己修復機能と魔力の自動回収機能を追加し、永久的に活動できるように調整してある。
 今のカナンは、緊急時を除いてはマチュアがいなくても完全に機能していた。

「これは女王。では近日中にお届けに参ります」
「ありがとうございます。楽しみに待っていますね」
 ニコリと微笑みながら、|マチュア(クィーン)は丁寧に頭を下げて再び散策を開始した。
「ほう。ミナセ女王には差し上げて妾には寄越さぬと?妾も女王ぞ?」
「わーった、わかりました。ちゃんと届けますから」
「良し。ならばこれでこの話はおしまいぢゃ」
 ようやく席に着いてクレープのお代わりを食べ始めるシルヴィー。
「全く。庶民の家に来てクレープとゴーレムを集る女王っていうのはどうよ?」
 ブツブツというマチュア。
 すると、通りがかったまだ若い商人がマチュアに話しかけて来る。

「あ、あの、マチュアさんはここのオーナーですよね?どうしてミナセ女王やベルナー女王と親しいのですからもし宜しければ私も紹介していただけると‥‥」
「あ、それはねぇ」
 ピッと商人ギルドカードを提示するマチュア。
 そこにはラグナ・マリア帝国の紋章が記されている。
「私と馴染み亭はラグナ・マリア王家御用達のライセンスを持っていまして。魔道具生産の許可証もありますよ?」
 いつものトリックスターのギルドカードも提示する。
 そこにも王家御用達の紋章が入っている。
「なので、ここでの紹介はご遠慮ください。諸王もゆっくりと楽しむためにここにいらしているので」
「そ、そうでしたか。いや、これは失礼」
 すごすごと引き下がる新米商人。
「あー、あの人の気持ちわかるわ。さて、商談に入りましょう。それでいくらで?」
「まあ、ゴーレムホースは完全受注生産で、注文者のみしか乗れなくするわ。譲渡権限は一度のみ、二度目からはカナン魔導商会を通さないとできない」
 ふむふむと話に耳を傾けるカレン。
「商会の仕事は注文の受付と納品、私が注文書を受け取って都度作るから。代金は事務手続代としてゴーレムの売り上げの何パーセントか。これでどう?」
 ふむふむと話を聞くと、カレンは頭を捻る。
 そしてワクワクしながら、後ろでカレンを見ている商人たちに視線を送る。
「ではそうねぇ。この交渉ですけど、入札にしませんか?」
「ふぁ?」
 カレンが突然入札を提示する。
「そこの商人たちもやきもきしているでしょうから、いっそ入札にして公平に決めれば良いのでは?」
 ほうほう。
 これでカレンも他の商会の恨みを買わないで済む。
 ならばと後ろの商人たちも手を挙げた。
「では参加しましょう。アルバート商会も中々大胆ですなぁ」
「今まではカナンの魔道具は全て取られましたから、ここらで回してもらいましょうか」
 それで話はまとまった。
 後日、各国の商会に対して正式に『ゴーレムホースに関する販売代行権』を賭けた入札が開始されることになった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 一週間後。
 カナン魔導商会裏の魔道具工房に、四十名ほどの商人が集まっている。
 遠くはラマダ王国から近くは隣の商会まで、大小様々な商会の代表が集まっている。
「今回の入札はゴーレムホースの販売に対しての手数料のパーセントです。だからと言って1%とか書いても駄目ですよ。儲けるならそこそこ儲かって欲しいですし、今回の対象となるアイアンゴーレムホースの原価は金貨で50枚程度です。販売価格はまだ未定ですので、皆さんの明晰な頭脳に期待します」
 マチュアが淡々と説明を続ける。
「そこで、ここに予め予想最低パーセントが書いた書面があります。管理していただいたのはミナセ女王、その目の前で私が書き記し、王国の封蝋で封印してあります。入札された書面が全て揃ったら開封しますので、そこから各商会の金額を発表していきます」
 あちこちから動揺の声も上がる。
「予想最低パーセント以下はダメですか?」
「ダメですね。ぴったりかそれ以上が対象です」
「書面を封印してからマチュアさんが他に情報を流すことは?」
「テメェぶっ飛ばすぞ、何処の商会だ?」
 そんな笑い話を交えながら、淡々と説明は続く。
 そして時間が来ると、各商会はあらかじめ届けられた羊皮紙に入札値を書き込んで封蝋で封印すると、マチュアの目の前に置かれている箱に入れていく。

 各商会では、この一週間の間にマチュアに関するまざまな情報を手に入れるため、シーフギルドまで雇って調査していたようである。
 最後に堂々とガーランド商会が箱に書簡を入れると、マチュアがゆっくりと話を始める。
「それでは開封します‥‥ライネック商会12%。スティングレイ商会15%‥‥」
 次々と開示して後ろの黒板に貼り付けるマチュア。
 おおよその予測ラインは10から20と呼んでいたのであろう。
「えーつと。アルバート商会38%」
――ザワッ
 その数字に会場全体が凍りつく。
「そ。それはいくらなんでも儲け過ぎでは?」
「それがアルバート商会のやり方ですか‥‥」
 そんな声も聞こえてくるが。
「ガストガル商会55%、シチフク商会35%、アルクシップ商会39%‥‥」
 後半は概ね30%を超えてきた。
 逆にいうと、この当たりがマチュアの性格を知っているものであろう。
 そして全てが終わると、マチュアは最初に出してあった書簡を手に取る。
「さて、これで全て終わりました。今回は一つではなく二つの商会に権利をお渡しします」
 その言葉に全身が沈黙する。
 そしてマチュアは封蝋を剥がすと、書面を取り出して皆に見えるように掲げる。
「最低落札数値35%。ですので今回はシチフク商会が当選確定、続いてアルバート商会の38%が決定とします」
 その言葉で彼方此方の商会が絶叫する。
「またしてもアルバート商会にとられたぁぁぁ」
「この小娘がぁぁぁぁ」
 あちこちから聞こえる恨み節。
 だが、アルバート商会もあまりうれしくはないようだ。
「あのー、マチュア、アルバート商会は棄権しますので次点にまわしてください」
「ふぁ? それは何故?」
 キョトンとした表情で問い掛けるマチュアだが。
「うーんと、直感。ということで次点の‥‥アルクシップ商会にどうぞ」
 突然降って湧いた幸運に驚くマルチ。
「あら、これは助かりましたわ。わざわざ譲って頂けるなんて、アルバート商会もお優しい」
 丁寧にカレンに頭を下げるマルチ。
「いえいえどうぞ‥‥」
「‥‥そこを辞退してくれればうちの権利なんだがなぁ‥‥」
 端に座っていたガストガルがイライラしているようだが、そんなことは歯牙にも掛けないマルチ。
「では、こちらが権利書となります。カナン商人ギルドの正式な契約書面ですので、こちらにサインをお願いします‥‥あら、シチフク商会というのは」
 壇上にやってきたフクロクの姿に驚くマチュア。
 以前よりも、さらに福福しくなっている。
「ほっほっほっ。久しぶりだね。今回はありがとうね」
「いえいえ。ですが、よくあの数字になりましたね」
「うんうん。わからないからサイコロを振ってきめたんだよ」
――ウワァァァァァァァ
 彼方此方からまたしても絶叫が聞こえる。
 だが、カレンはキョトンとしていた。
「シチフク商会といいますと‥‥先代のフクロク・ラグナ・マリア様でしたか」
「おや、アルバート商会の子には判るか。でもいまは隠居したただの老人ですよ」
 サラサラーッと書簡サインをすると、すぐ後ろでまっていたマルチにタッチするフクロク。
「では、注文があったら連絡はどうすればいいのかな?」
――ゴソッ
 マチュアがバックパックから|通信用水晶球(トーキングオーブ)を取り出す。
 これは商人ギルドにも支給されている、各種ギルドに繋がるものである。
「これをどうぞ。使用権限はフクロク様にセットしますので、これでご連絡をくださいね。マルチもどうぞ」
 それを受け取ってさらにえびす顔になるフクロクとマルチ。
「では、これでアイアン・ホースゴーレムの権利入札を終わります。本日はありがとうございました」
 丁寧に頭を下げるマチュア。 
そして拍手喝采の中で、落札は終了した。

‥‥‥
‥‥


 参加者の殆んどが会場を後にする。
 マチュアは椅子を片付けたり落ちているゴミを掃除したりと忙しそうである。
「マチュア、この椅子は何処に?」
「あー、ありがと。そっちの壁際に纏めておいてね‥‥と、まだ誰かいると思ったら、ガストガル商会の‥‥」
「あのなぁ。ケリーだ。ケリー・ガストガルっ」
「おおう。これは失礼。で、なんで残っているの?」
「落札ではなくて、商売の話がしたくて終わるのを待っていたんだが」
 そう偉そうに告げるケリー。
 だが、マチュアは容赦しない。
「この会場は夕方の鐘が鳴るまでしか借りていないのよ。鳴ったら追加料金取られるんだから、おっさんもとっとと片付け手伝って!!」
――ガバッ
 慌てて椅子から飛び上がるケリー。
「それは済まなかった。で、俺は何をしたらいい?」
「そこに箒があるので、床を掃いて下さいね」
――サッサッササッサッ
 四角い会場を丸く掃いているケリー。
 どうやら掃除などしたことがない模様。
「ああっ、ケリーさん、四角い部屋は四角く掃かないと角にゴミが‥‥あっぁっぁっ‥‥」
「俺はな、これでもファナ・スタシア王国に戻ればAクラスの商人なんだぞ、なんでその俺が掃除しないとならないんだ」
 そう呟くケリーに、カレンは金色に輝くSクラスのは商人カードを提示した。
「どうもー。ラグナ・マリアの10大商家のアルバートでーす」
 この10年の戦争での援助や避難民救済が公を成したのか、アルバート商会はラグナ・マリア10大商家に入っていた。
「そ、そそそそれは」
「私が働いているんですから貴方も働く。ね?」
「ま、まあそれはいいだろう。だが、なんで俺がマチュアの言いなりに」
「私と交渉するんでしょーが。いいから掃除しろやー」

――カラーーーンカラーーーーンカラーーーーンカラーーーーン
 マチュアの叫びと同時に、無情にも教会の鐘の音が響いた。
 そして階下から魔導商会最高責任者となったアハツェンが姿を表わすと、無言で追加請求の紙を置いていく。
「あああああ。どーすんだよこのバロン髭っ!!」
「バロン髭ってなんだ!!」
「いいから早く片付けるわよ。ケリーさんもマチュアも喧嘩していないで」
――しょぼん
 カレンに怒られて、ケリーとマチュアも掃除を始める。
 そして30分後に全てを終わらせると、マチュアは二階の店舗会計で追加料金を支払って馴染み亭へと戻っていった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


「どうしてこうなった?」
 ラマダ王国領・旧バイアス王国。
 現在はサード辺境国を名乗っている。
 ラグナ・マリアからの新しい統治者が派遣される際、この地にはだれが派遣されるのか彼方此方で噂になっていた。
 先々代の王であるクフィル・バイアスは人格者であったが、先王ベネリは野心家。
 このようにまったく性格の違う国王が統治すると、住んでいる者達にとっては不安の種でしか無い。
 そんなときに、国王としてではなくサード辺境国を統治する地方領主という形で一人の女性が派遣されてきた。

 執務室では、新しい女性型のアバターを貰ったドライが大量の書類を前に頭を抱えている。
 いままでのようなマチュアやエンジではなく、和国風の黒髪の女性型アバター。
 名前はそのままドライとなっているが、正式にはドライ・ロイシィというマチュアの人間型アバターのときの名前を付けている。
 クィーンから、ドライが自分のオリジナル外見を欲しがっているときいて、マチュアはしっかりと戸籍もボディも作ってあげた。
 その見返りとして、ドライは3年間このサード辺境国に領主として派遣されたのである。

 そしてその日。
 とんでもない問題が一つ発生した。
 サード辺境国には、元王族の人間が一人執務官として派遣されている。
 現在は第三王子であったモーゼルがやってきて、執務官として日々働いている。
「これで本日の執務は終わりです。ここからここまでは明日の仕事で問題ありません」
 にこやかに説明してくれるモーゼル。
 その屈託の無い笑みに、ドライは時折負けそうになる。
「あ、ああそう‥‥それはご苦労様です。モーゼルも今日は下がって休んで下さい。第二執務官に私の部屋に来るように伝えてくださいますか」
「はい。了解しました‥‥それと、あの」
 何かを話そうとするが、そこで言葉は詰まってしまう。
「モーゼル君。言いたいとははっきりと言いなさい。私としても、察してあげれることと出来ないことがあるのですよ?」
 キリッとした表情で告げるドライ。
 なるほど、そういうキャラクター設定なのですね。
「はい。マチュア様はお元気でしょうか?」
「へ?」 
「マチュア・ロイシィ様ですよ。10年前にカナン魔導王国からベルファーレの魔導学院に入学したではありませんか? ドライ様はマチュア様のお姉さまかなにかですよね?」
 突然そう問いかけられても、ドライはすぐには答えられない。

(えーっと。確かドライ・ロイシィの名前はカナンのロイシィ家の人間という設定だったよな)

 そう思い出すと、ドライは静かに頷く。
「ええ。マチュアは私の姉ですが。貴方がその時のモーゼルでしたか。姉から名前だけは窺ったことがりますが‥‥もう10年も前の話でして」
 そう告げてなんとかその場を誤魔化すドライだが。
「よかった。マチュア様はお元気なのですね? この戦争で連絡がつかなくなってしまって、もう諦めていたのですよ」
「あらそうでしたか。マチュアはちょっと仕事で遠くに行っていまして。暫くは会えないのですよ」
「なるほど。まだ頑張っているのですね。それではもしご連絡がありましたら、魔導学院の生徒たちはみな元気に頑張っていると伝えてください」
 そう告げて一礼すると、モーゼルは部屋から出ていった。
 そして少しして第二執務官が室内に入ってくると、ドライは執務を交代して自室へと戻っていった。

――ピッピッ
「シスターズ会議~、誰かモーゼルとかベルファーレ魔導学院の事知っている人~」
『こちら最新型ツヴァイ。ベルファーレの魔導学院はセプツェンの入学していた学校で、モーゼルはセプツェンの学友ですね』
「おや、ツヴァイ蘇ったのですか」
『ええ。いまはかなり色っぽい女性型アバターを貰っていますが、相変わらずマチュア様の影として活動しています』
「ふぅぅぅぅぅぅぅん。いいですねぇ。私は辺境で仕事ですよ」
『そんなことは知りませんよ。で、モーゼル関係のことでなにか?』
「そのモーゼルが私の第三執務官で働いていまして。色々と聞かれて困っているのですよ」
『了解。私の知っている限りの記憶を用意しておきますので取りに来て下さい。以上』
「はいはい、すぐに向かいますよ」
――ピッピッ

 シスターズ会議の後、ドライは瞬時にカナン魔導連邦王都に転移すると、ツヴァイから記憶のスフィアを受け取って再び戻ってくる。
 そしてそれを脳内で噛みしめると、記憶が彼方此方で途切れているのが判った。
「随分と記憶がとぎれとぎれですねぇ。いったいどうしてこうなった?」
 それも無理はない。
 ツヴァイの知っているのはマチュア‥‥セプツェンが王都にやってきたところまでで、その次にセプツェンの事を知ったのはクロウカシスの手によって死んだ時。
 その時点でも、ツヴァイはまだバイアス連邦で情報収集をしていたのである。
「ま、まあ、私はあまりマチュアとは話す機会がなかった。病弱で遠くで療養していた‥‥これです」
 自分にそう暗示を掛けて、ドライはその日ゆっくりと身体を休めることにした。
 ゴーレムなので眠る必要はないのだが、マチュアからは人間と同じような習慣を身につけるようにと言われているので、ドライもそれに習って布団に入る。
 そして色々と考えているうちに、気がつくと朝になっていた。

――チュンチュン
 清々しい朝。
 疲れを知らないゴーレムボディではそれほど感じることはなかったが、きっと人間にとっては清々しい朝。
 いつものように朝食を食堂で取ると、ドライはいつものように執務室に入っていく。
「おはようございますドライ様。本日は午前中に隣国の‥‥」
 次々と一日のスケジュールを告げられると、ドライはニッコリと微笑む。
「了解しましたわ。では、時間になったら呼びに来て下さい。それまではここで執務を続けていますので」
「はい。それでは」
 そう告げて、執務官は部屋から出ていく。
 カナンでクィーン化の代行もしていたので、特に苦痛ではない。
 ただ、なにも無いことがドライにとっては苦痛であった。
 元々は隠密行動型ゴーレム、じっとしているのは性に合わない。
 やがてモーゼルが部屋にやってくると、午前中の謁見の時間がやってくる。
「失礼します。ドライ様、謁見の間へお向かいください」
「あら、モーゼル。どうもありがとうございます。それで、本日の謁見はどなたですか?」
「はい。ベルファーレのフリードリッヒ魔導学院院長であるシャルロッテ・ベルファーレとラマダ王国領からの商人が二人、国内の貴族院から追加の援助申請の為に議員が二人、それと‥‥」
 パラパラと羊皮紙を確認するモーゼル。
 それを聞いて、ドライはにこやかに笑うと謁見室へと向かった。

 早く3年間の任期が終わればいい。
 そうドライは心から願っていた。
 
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