異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ

竜魔の章・その15 全ての後始末と未来へ

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 ラグナ・マリア帝国ベルナー王国。
 王都ベルナーの王城内で、マチュアは目の前にある巨大な樹氷を眺めている。
 その中には、シルヴィーを捉えるために王城を襲撃したティターナとの戦いで命を散らしてしまったズブロッカが眠っている。
 その樹氷に手を当てると、マチュアは静かに瞳を閉じる。
「そうなの‥‥でも、私ではこの樹氷を解除できない。精霊魔術でも禁忌と呼ばれている秘技、永久氷結は、これを超える精霊力がなければ解除できないのよ‥‥私では」
――シュゥゥッ
 そう悲しそうに呟いているマチュアの後ろで、ストームが樹氷を溶かし始めた。
「あとは任せたぞ‥‥ちょっと待て、なんで俺が睨まれないといかんのだ?」
「へいストーム。解除出来るならとっととやれ。全く、真面目な顔でシリアスしていたのにどうしてくれるんだよ」
「知るか。とっととやれ」
 そうあっさりと告げるストーム。
 そしてズブロッカが蘇ると聞いていた幻影騎士団のメンバー全員が、マチュアがズブロッカを蘇生するのを待っていた。
「はいはい、それ蘇生と。終わったよ」
 一瞬だけマチュアがズブロッカに手をかざすと、ズブロッカの顔に生気が戻り始めた。
「そ、それだけなのですか?」
 ミアが慌ててマチュアに問いかけるが。
「蘇生なんて自らの信じる神様にお願いして、冥府の神様と交渉してもらうだけ。その供物が魔力。私の今の魔力なら‥‥大丈夫だねぃ」
 そう話していると、ズブロッカも意識を取り戻したらしく、ゆっくりと身体を起こした。

「私は死んだはずなのに‥‥一体どうやっ‥‥」
 そう問いかけるズブロッカの視界に、マチュアが手をヒラヒラとしている姿が入った。
「マチュア様ですか。よくご無事で」
「まあ、私も生き返ってからまだそんなに時間経っていないからねぇ。10年経ったのはわかったから、ちょっとカナン行ってくるわ」
「あ~。記憶のすり合わせか」
 ストームも経験したそれに、マチュアも頷く。
 すると、シルヴィーがマチュアの近くに歩いていった。
「マチュア、もうどこにもいかないよな?」
 そうシルヴィーが問いかけると、マチュアはニィッと笑って一言。
「私は幻影騎士団副団長・白銀の賢者マチュアですよ。それじゃあ行ってきますわ」
 それだけを告げると、マチュアはスッと転移した。

「ストーム、誠に申し訳ないが、一緒にラグナに行って欲しいのぢゃ」
 側に立っているストームに、シルヴィーがそう頼み込む。
「顛末の報告か。別に構わんぞ」
「うむ。ウォルフラムよ、済まないが後の指示を任せるぞ」
「はいはい。騎士団と連携して復興を開始しますよ」
 その言葉に頷くと、シルヴィーとストームも王都ラグナへと向かう事にした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 王都ラグナ・地下|転移門(ゲート)。
 シルヴィーとストームは正装でやって来ると、|転移門(ゲート)近くで待機していた騎士に話しかける。
「ベルナーのシルヴィーです。レックス皇帝に謁見をお願いします」
「ご苦労様です。ではこちらへどうぞ」
 そう頭を下げると、騎士は二人を謁見室へと案内した。

 室内にはちょうどミストとケルビムの二人もやって来ていたらしく、何やら話し合いをしていた。
 そして二人の姿を見ると、驚いたかのように立ちあがった。
「久しぶりだなストーム。元気だったか?」
 レックスは静かにストームに問いかける。
「お陰様でね。皇帝は随分とやつれたな。また何処か悪くしているな?」
 顔色を見てすぐに理解するストームに、ケルビムとミストは驚く。
「そんなにあっさりと見抜くなんて‥‥」
「異世界でまた力をつけたようですな。ストーム殿、済まないが皇帝を見てほしい」
 ケルビムが頭を下げると、ストームは両手で印を組む。
「|深層診察(スーパードクター)‥‥ふう。ちょっと待ってろよ」
 もう一度印を組み直すと、今度はゆっくりと詠唱を始める。
 そして詠唱が終わると、ストームはレックスの胸元に軽く手を当てる。

――フゥゥゥン
 レックスの全身が淡く輝くと、それまでの悪かった顔色が血色を浴びていく。
「‥‥ケルビムよ、我が国の剣聖も賢者も、中々私を休ませてはくれないらしいな」
 そう笑うレックス。
 だが、ストームは表情を変える事なく話を始める。
「体内の悪い部分は取り除いた。もう病巣もないが、問題は年齢だ。このまま普通に生きるのならあと50年は保証してやるが、皇帝職を続けるのなら10年だな。とっとと引退しろ」
 不敬にも程があるストームの言葉。
 だが、レックスはそれでも笑っている。
「この戦争が終わったら退位することは決定している。次代皇帝はケルビムに託すことにした」
 そのレックスの話にケルビムとミストの二人も頷いたが。
「そんなの初耳ぢゃ‼︎皇帝陛下、どうぞご自愛くださいぢゃ」
「シルヴィー、先ほどの話を聞いていたであろう?退位さえすれば50年は生きると。なら、我はこの後はのんびりと生きる事にするから大丈夫だ」
「そのためにも早く戦争を終わらせなくてはのう。ベネリやクロウカシスなど、問題は山積みでな」
「ミスト連邦も受け入れ限界が近いので。その相談をしていたのです」
 ケルビムとミストがそう話すと、シルヴィーが改めてレックスに話を始める。
「では幻影騎士団総括としてご報告します。魔人竜ベネリの討伐を完了、クロウカシスは生還した白銀の賢者マチュアとの話し合いの末、南方大陸へと撤退を開始しました‥‥もう、戦争は終わるのです‥‥」
 最後の方は涙声のシルヴィー。
 そしてその報告に驚きの表情を見せるケルビムとミストだが。
「二人が来た時に予感はしていた。幻影騎士団よ、任務ご苦労であった。ケルビム、バイアス連邦に使者を出す準備を。ミストは他の王にも連絡、周辺の細かい調査を開始し、安全を確認せよ。現時点で戦争は休戦とし、バイアスからの話によっては正式に終戦を宣言する‥‥」
 ミストとケルビムも明るい表情となる。
「またしても幻影騎士団に助けられたか」
「まあ、やる事やっただけだ。それじゃあ俺はサムソンに帰るからな。シルヴィーはどうする?」
「も、もう少しだけ一緒にいたいのぢゃが‥‥」
 モジモジと呟くシルヴィー。
「もう。ストーム、とっととシルヴィーと結婚してあげてよ。彼方此方の貴族がシルヴィーに縁談を持ち込んだらしいのですけれど、全て断ってたのよ。あなたがいつか帰ってくるって信じて」
 その言葉には、さすがのストームもやや赤面するが。

――ゴホンッ
 軽く咳払いをすると
「ま‥まあ待て、その件はじっくりと考えよう。サムソンにとっても大切な案件だ」
 ストームも動揺して狼狽え始めるが。
 その姿にミストもケルビムも笑い始めた。
「そうですなぁ。ことは重大ゆえに、時間は必要でしょう」
「そうよシルヴィー、断られていないのですから脈はあるわよ」
 そう冷やかすミストに、シルヴィーも顔を真っ赤にする。
「ちょ、まだ話が早いのぢゃ。妾はそんなこと考えても‥‥考えていたが、まだストームも大変なのぢゃ‥‥皇帝陛下、お助けぢゃ」
 半ば泣きそうな顔で助けを乞うシルヴィー。
 すると。
「この件、我ら三王が見届けよう。シルヴィーとストームの婚姻の儀は保留だ」
 笑いながらレックスが宣言した。
「ちょ、ちょっと待てや」
「何を動揺する?保留と告げたであろう。答えを出すのはストームだが‥‥」
「ああ、そうか保留を承認したのか‥‥あー、びっくりした。なら仕方ない、今日はベルナーに帰るとするか」
「うむ。では失礼するのぢゃ」
 深々と一礼してストームとシルヴィーは部屋から出ていく。
 それを見送ると、レックス達は今後の打ち合わせを開始した。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 カナン魔導王国。
 王城の|転移門(ゲート)から姿を現したマチュアは、真っ直ぐに執務室へと戻って来た。
――ガチャッ
「いょーう。ただ今帰っフベシッ」
――スパァァァァン。
 力一杯ツッコミハリセンを顔面に受けるマチュア。
「この家出娘が10年も何してた?」
 ドライがハリセンをパンパンと叩きながら話しかける。
 その横ではイングリットが丁寧に頭を下げている。
「ええ、10年のお勤めお疲れ様でした」
「まあ、生き返るのにこれだけ時間かかるとは思わなかったよ」
「全く、どうして連絡を‥‥生き返る?」
 慌てて問い返すドライに、マチュアは椅子に座って空間からティーポットを取り出すと、ハーブティーをカップに注いだ。
「やれやれ、ようやく落ち着い‥‥なんで空間に戦闘機や戦車、はては機関砲までしまってあるんだ? 」
 すかさずウィンドゥを開いてチェストを確認するマチュア。
「それはそれで。マチュア様、一体何があったのですか?」
 ちょうどクィーンとファイズ、ゼクス、そしてアハツェンもやって来たので、全員にわかるように説明を始める。
 ちなみに|マチュア・ゴーレム(シスターズ)はマチュアが|封印の水晶柱(クリア・コフィン)から出た直後に魔力回路がリンクして一斉に目覚めたらしい。

「まず。北方大陸で私は魔族の襲撃にあってね。呪詛毒を受けて死にそうになって死んだ」
 あっさりと告げるマチュア。
「そ、そんなにあっさりと」
「それでだ、死ぬ前にセプツェンを起動させてスキルとチェストをリンクして、私の記憶全てをコピーして写した。魂はGPSを通じてリンクしたので魔力を遮断する|封印の水晶柱(クリア・コフィン)でも問題なくリンクできた」
 そこでズズズとハーブティーを飲むと、空間から焼き菓子を取り出す。
「そ、それでどうしたのですか?」
「死ぬ直前にデーターの転送作業を全て終わらせると、時間差で発動する蘇生魔術を魔法陣で起動させて、その魔法陣ごと|封印の水晶柱(クリア・コフィン)に封印したのよ。あとはセプツェンが私になったので、私はアハツェンを作ってその中に|封印の水晶柱(クリア・コフィン)を封じたのよ」
 そこでアハツェンはコクリと頷いた。
「そこからは私が説明しましょう。地下空間の魔法陣は周囲からは全くわからないように作られています。あとは私が呪詛毒の解呪方法を探し出して、つどマチュア様を|封印の水晶柱(クリア・コフィン)から取り出してその処置を行ったのです」
「それならそれで、話してくれればよかったのですよ」
「ええ。どうして説明してくれなかったのですか?」
 クィーンとゼクスがそう問いかける。
「私が死んだことで、皆は自立心が生まれたでしょう?私の代わりにやらなくてはってね。イングリット、今のカナンの政治関係はどうなっているの?」
「私が宰相に、カナン侯爵が副宰相に任命されました。クィーンは魔力切れを起こすので私たちで全てをまかなっています」
「弊害は?」
「‥‥何もありません。マチュア様でしか出来ないことはクィーンが全て行なっていました」
 その言葉で、皆が気がつく。
 それぞれが自我を持って動けるようになると、人とゴーレムの境界線がどこにあるのかわからなくなる。
「|マチュア・ゴーレム(シスターズ)はもっと自由に動いていいんだよ。ツヴァイは初期型なので理解してくれた。だからセプツェンがマチュアであるとずっと思い込んで動いていたはずだよ」
 そう告げると、マチュアはすっと手を差し出す。
「私のいなかった10年の記憶を頂戴。それからツヴァイの修理をするから」
――ブゥゥゥン
 一つ一つ、記憶のスフィアを受け取るマチュア。
 そして全てを取り込むと、その場で|深淵の書庫(アーカイブ)を起動すると、静かに昼寝を始めた。
「それじゃあおやすみ。あとは任せたから、皆でカナンを護ってね‥‥」
 そのままスャアと眠るマチュア。

「うーん‥‥」
 ずっと腕を組んで考えているファイズ。
「ファイズ、何かわからないことがあったのか?」
「なんで俺たちが自我を持つ必要があるんだ?」
「命令を与えられるだけのゴーレムでは、今回のような緊急時には対処出来ないだろう?」
「ああ、そういう事か。俺たちもゴーレムではなく、人として考えてくれているのか。まるでスチームマンみたいだな」
 ファイズの言葉に、ゼクスはハッとしてアハツェンを見る。
「そういう事なのか?」
「そのようで。マチュア様は|マチュア・ゴーレム(シスターズ)全てが個として生きられるようにと。ゴーレムも命を持てるのかと考えた結果が、この実験です。まあ呪詛毒を受けてから回復して、その後の異変からの調整が9年。再度の蘇生がこの前ですから長かったですね」
「ツヴァイはこの事は?」
「委細承知。それでなくては影武者は務まりませんよ。では私はいつもの持ち場に戻ります。皆さんの魔力維持の間は、魔道具を作れませんでしたからね」
 丁寧に頭を下げると、アハツェンはスッと姿を消した。
「さて。それでは王城周辺の巡回に行きますか」
「そうだなぁ。それじゃあな」
 ゼクスとファイズも外に向かうと、クィーンは執務席に戻って決済の必要な書類に目を通し始める。
 そして残ったドライは。
「平和になったら、諜報活動用ゴーレムの役割はどこに?」
「さて、どうしましょうか?ファイズやゼクス、アハツェンのようにマチュア様以外の外見設定はしていないのですか?」
 そう問われると、ドライは暫し考える。

 女王スタイルのクイーン
 活発な女性型のファイズ
 利発で美形の男性ゼクス
 初老の紳士アハツェン
 エンジとマチュアを使い分けるツヴァイ
 ならドライは?

「基本はツヴァイと一緒なんだけどなぁ。エンジでいいか」
――シュンッ
 素早く外見をエンジにすると、ドライはもう一度考えた。
「いや、これはマチュア様だからダメだよ、なんかこう、ドライっていう感じの外見が欲しい」
 そうわがままを言い始めるドライだが。
「さて、ドライ様、執務の邪魔になりますので外で騒いでいただけますか?」
 そうイングリットに告げられる。
「はう、怒られたですよ。仕方ない‥‥」
 エンジのままショボンと部屋から出ていくドライ。
 それを見送ると、カナン侯爵がフッと笑う。
「どうしました?」
「いえ、先ほどまでの話を思い出しまして。シスターズの皆さんも本当に個性があるのですね」
 そう言われると納得するクイーン。
 今のドライなど、普通の子供のような振る舞いである。
「外見データにも引っ張られているかもしれませんが。マチュア様が目覚めたら相談することにしましょう」
 それで話はまとまった。
 部屋の隅では、そんな事知らぬ存ぜぬとばかりにマチュアが昼寝をしていた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 数日後、バイアス連邦王都。
 その日、王都は再び恐怖のどん底に落ちていた。
 魔神竜クロウカシスがゆっくりと王城近くまで飛来したのである。
 城内も城塞でも戦闘準備が行われ、いつでも号令と同時に一斉攻撃が出来るようになっている。
「小さき先王に次ぐ。愚かなるベネリはカナンの幻影騎士団・剣聖ストームの手によって抹殺された‥‥貴殿に今後どうするのか問いたい」
 突然の報告。
 それは王都に住まうものすべてに絶望を与える。
 最前線での国王の死。
 それは敗戦に等しい。

――スッ
 クロウカシスの目の前、ベランダにクフィル先王が姿を現わす。
「クロウカシスよ。我がバイアス連邦の敗北は決まった。ならば我々はこの後の運命に従う。敗北国は戦勝国に搾取されるが道理。なれど、我が国はラグナ・マリアに民の保護を求めたい」
 その言葉にはクロウカシスは何も答えない。
「竜族よ。先日も話した通り。次王は我が息子に託す、竜族に対しての代価は我が命で許したまえ」
 その悲痛なる叫びに、 クロウカシスはゆっくりと羽ばたく。
「小さき先王よ。我らは一度南に戻る。そこでこの国を見ていよう‥‥もし再び我らが住まう大陸まで進出するならば、我らはこの国の全ての民を滅ぼそう‥‥暫し、短かき命を大切にするがよい」
 それを告げると、クロウカシスは南へと飛び立つ。
 その後ろに次々と竜族が追従すると、巨大な黒い塊となって南方へと飛び立っていった。
「‥‥ラグナ・マリアに親書を送る準備を‥‥ベネリの罪は我が全て引き受けよう」
 部屋の奥で震えていた執務官にそれだけを告げると、クフィルはゆっくりと自室へと戻っていった。



 翌日。
 ベネリの死が王都すべてに告知されると、先王クフィルの名でバイアス連邦の敗戦が告げられた。
 当面の間はクフィルが国王代行を務め、戦勝国であるラグナ・マリアとの交渉を行うことになる。
 すぐさまラグナ・マリアにはクフィルの名で親書が届けられ、敗戦国としての義務を果たすことを伝えられた。

 10日ののち、皇帝レックスの使者としてブリュンヒルデ・ラグナ・マリアがブランシュ騎士団を伴って王都に入国すると、それまであった元老院は即時解体、新しく貴族院が設立される。
 先王クフィルはその責務を果たして王座をラグナ・マリアに譲渡、王家は500年の歴史の幕を閉じた。
 そして後日、バイアス国王としてラグナ・マリアから新しい統治者が派遣されることとなった。

 新たなる統治者の命令で連邦国家は解体され、バイアス王国は新しくシュミッツ王国にやってきたラマダ王国に吸収され、ライオネル・ラグナ・マリアの属国となる。

 派遣された執務官と貴族院の手により、バイアス国はすぐさま復興を開始。
 騎士団は国内の治安維持を最優先とするように命じられ、巡回騎士として国内で活動することとなった。

 解体された王家は近郊の小さい都市に移り、そこの統治を命じられる。
 その中には、10年前に行方不明となっていた第三皇子モーゼルと王妃の姿もあったらしい。

 一ヶ月もすると国内は以前のような活気を取り戻す。
 まるでベネリの起こした10年戦争が夢であったかのように、人々は忌まわしい記憶を忘れようと生きた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 ラグナ・マリア王都・ラグナ城。
 修復工事の終わった王城の六王の間で、いつものように諸国の王たちが集まっている。
「‥‥ふう。まさかここで顔を付き合わせることになるとはねぇ」
 斜め前の席に座るライオネルをチラッと見ながら、ミストがそう呟いている。
「わしも同感だ。まだ過去の因縁すべてを忘れたわけではないが。今はこの立場に甘んじるとしよう」
 偉そうに腕を組んで座っているライオネル。
 その様子をパルテノとブリュンヒルデは静かに観察している。
 ケルビムは隣に座って書物を眺めているシルヴィーと打ち合わせをしているし、窓辺ではマチュアとストームが茶を飲んでのんびりしている。

――ガチャッ
 玉座の後ろからレックス皇帝が姿を現わすと、マチュアとストーム以外は全員立ち上がって一礼する。
「ま、マチュア、ストーム、不敬であるぞよ」
 慌ててシルヴィーが二人を咎めるが。
「良い。二人については不敬とも思わぬ。話は聞いてあるからな」
 その言葉にマチュアはコクリと頷くが、ストームはまだ理解していない。
「今日の議題はバイアス国の件についてだが。マチュアからの提案で旧王家の人間を王城の執務官に加えたほうが良いと」
 ケルビムが手元の書類を眺めながら告げる。
「随分とお優しいこと。ミスト連邦は異存ないわよ」
「申し訳ないが、バイアス王家のお陰で我が国は甚大な被害を受けた。まだ感情的には許せないので、ブリュンヒルデ王国は保留で」
「同じく。パルテノ王国も保留です。お察しください」
 一人一人挙手して意見を通し合う。
「ベルナー領は、賢者の提案を拒否することはできぬ。賛成で」
「ケルビム領も賢者には絶対ゆえ賛成じゃな」
「ラマダ領はまだ状況がわかっていない。保留だ」
 そこで意見は出尽くした。
「賛成が3、保留3か。決定権は私が持つので、旧王家から一人だけ王城にて務めを果たしてもらう。期限は半年、その間の様子を見て半年後に決定する」
 誰もこれには異議を唱えない。
 そのあとは各国の復興状態の確認や資源調達に関することなど、ラグナ・マリア国内での話し合いが進んだ。

 そして最後に、レックスからの話がある。
「では、今日この場を持って、我レックス・ラグナ・マリアは皇帝の座から退位する。権限その他は諸王と同じとし、次代皇帝をケルビム・ラグナ・マリアに勤めてもらう」
 以前から打診はされていた。
 なので誰も驚くことはない。
「では、あとは任せるぞケルビム‥‥」
 そう告げて、レックスはマチュア達の座っている窓辺の席へと移動する。
「では、今の話は3日後に公布し、後日正式に戴冠式を行います。それまで忙しくなりますが、宜しくお願いします」
 立ち上がってそう告げると、ケルビムは玉座に移動してゆっくりと座った。
「ケルビム皇帝。中々お似合いで」
 ミストがからかい気味に告げるが、ケルビムは苦笑するだけであった。

 その様子を横目で見ているストームとマチュア、レックスの三名。
「レックス様、神様ズはまたなんか言ってたのか?」
「うむ。まずは先に覚醒したマチュアにな。気合いで頑張れ、以上だ」
 そのレックスの言葉に、マチュアはコクコクと頷く。
「話がよくわからん。何があったマチュア?」
 そう問いかけるストームに、マチュアは|魂の護符(プレート)を取り出してストームに見せる。
 いつもどおりの王家のゴールドプレート。
 とくに変わったところはないが。
「これが?」
「まあまあ、ちょいと待ってな‥‥|神威变化(ゴッドモード)‥‥」
 そう呟くと同時に、マチュアが神威に包まれた。
 その瞬間に、|魂の護符(プレート)が静かに変化を始めた。
 金色から|青銀(ミスリル)色に輝く|魂の護符(プレート)へと色彩が変わっていく。
「ほらよ。人間じゃないんだわ。まあ普段は人間にしてあるけどね、こっちが本体みたいだわ」

 それを受け取って、ストームは力一杯吹き出した。
「ちょ、お、おま、おまえ何しやがった?」
「マルムの実の適合者で、死んで再生してさらに磨きがかかって神の加護持ってたらこうなった‥‥どやぁ?」
「種族が『|亜神(デミゴッド)』になっとるけど、こっちにいて良いのか?」
「だから、さっきの私の言葉だ。気合いで頑張れと」
 その言葉に、ストームも慌てて|魂の護符(プレート)を取り出す。
 金色のカードが点滅を開始していた。

――ガクガクブルブル
「あっちゃあ‥‥時間の問題か。これってどういう事なんだ?」
 そうレックスに問いかけると。
「世界の危機を救ったとか、英雄的偉業を為す事で起きる魂の昇華だ。その域に達すると、大抵は純粋な亜神の住まう神々の地へと向かうのだが、この世界で頑張れとのことだ」
 かつてのラグナとマリア、2代目勇者認定のアレキサンドラもこの域に達したらしい。
 ならばウィル大陸を二度も救ったマチュアとストームがそうならないはずはない。
「しっかし、何が変わるんだ?」
「不老不死みたいなものだ。違うのは老化や普通の外的要因によって起きる死は存在しないが、普通ではない‥‥亜人クラスとの戦いやゴッドスレイヤー、Sクラス魔道具などの外的要因による死は存在する。また、力を継承しても死に至る‥‥初代ラグナ達のようにな」
「‥‥まためんどくさいことになったなぁ‥‥」
 やれやれと頭を抱えるストーム。
「そういう事で、私はカナンをクイーン達に任せることにした。半ば国政からは隠居だ。女王であることに変わりはないけどね」
「あっそ。それは楽で良いねぇ‥‥俺もそうするか」
「そうそう、私たちは口煩い舅姑でいいんだよ。クイーンやmk2は老衰しないから、ずっと私やストームの国だ。幸いなことに私の場合は外見はハイエルフで老衰しないからおっけ?」
 ニィッと笑うマチュア。
 それにはストームも苦笑いである。
「それはずるいが、まあ俺も理由をつけてそうするか。幾つかサポート用にゴーレムを回してくれ‥‥亜神か。デミちゃんとでも呼んでほしいか?」
「呼ばれても何も語らんぞ? ゴーレムの件は3体作ってやるわ。皇帝にも2体つくりますから、身の回りのことは適当にやらせて下さい」
「呼ぶわけないわな。まあ、俺達が神でも悪魔でも何も変わらんわ。俺の場合はさらに天狼の加護と異世界の神の加護が増えてるので、マチュアよりは強いぞ」
「はいはい。|神威祝福(ゴッドブレス)を使ったら私は神に等しいのでどっちが強いでしょうねー」
 そう話すと、チラッと会議の様子を見てみる。
 あの小さかったシルヴィーも、今は立派な王として発言をしている。
「幻影騎士団も、そろそろウォルフラムに任せるか」
「そうだねぇ。私達の出番はもういらないでしょ?」
 そう告げると、マチュアはストームとレックスの空いているカップにハーブティーを注ぐ。
「‥‥まあ、ここの姑はとんでもなく煩いですけどねぇ‥‥」
「違いない。おれもキャスバルとmk2に任せてのんびりするわ」 

 ふと窓の外を見ると、そこには綺麗な空が広がっていた。
 一つの時代が終わり、新しい芽と共に新しい風が吹き始める。
 時代が変わっていくのを、マチュアとストームは静かに見ていた。

To Be Next Stage‥‥
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