異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ

竜魔の章・その13 魔神竜と魔人ベネリと魔人竜ベネリ

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 その日。
 王都に届いた報告は絶望だった。
 ベネリがシルヴィーを捕らえるために出陣した翌日。
 バイアス連邦王都には、魔導水晶球を通して竜族の動向が送られてきたのである。

――ピッピッ
『ベネリ様に報告を‥‥バイアス連邦シュミッツ領が竜族の侵攻により壊滅。半数を残して南下した模様‥‥繰り返す、シュミッツ領は壊滅、半数はさらに南下を開始した模様‥‥うぁ!!』
――ピッピッ

 一方的な報告が王都執務室に届けられた。
 バイアス連邦元老院では、急遽議会が開催され、今回のベネリの失態についてどうするか協議が行われていた。

「このバイアスがこうなってしまった原因は全てベネリの無謀な策によるものです。まずはベネリの退位を行い、然るべき責任を取ってもらわなくてはなりません」
 議員長が壇上で拳を振り上げながら叫ぶ。
 それには多くの議員たちも賛同した。
 あちこちからベネリの追放を行うべきだとか、現王族を贄として差し出せと行った声まで上がってくる。
 だが、根本的な解決策は見つかっていない。
「議長。まずはこの件を国民に報告し、避難するのが良いかと思いますが」
 一人の若い議員が手を挙げて話し始める。
「避難だと?このバイアスの何処に安全な場所があると言うのだ?」
「ラグナ・マリア国境を越えて、ブリュンヒルデ国に逃げた市民や貴族もいると聞いた。まだ王都までは竜族は来ていない。なら早く逃げたほうがいい」
「いくつかの商人が西のブラウヴァルト大森林に逃げたと言う噂も聞いています。エルフの聖地に逃げたのかと」
「いや、あちらはソラリス連邦の近くなので、彼の国に庇護を求めに向かったのでは?」
「ソラリスとバイアスは共に不可侵。到底受け入れるとは思えん」
「ならば森林王国に逃げるのがいい。これ以上バイアスにいても益はないと思われます。もうバイアスは終わるのです」
 あちこちから悲痛な声が聞こえてくる。
 すでに国のためとか、王都を守ると言う言葉は出てこない。
「全ての騎士団を王都に集結し、徹底的に戦うというのは?」
「無謀無策だ。あの鉄をも弾く竜の鱗を貫ける力を誰が持っている?波動?闘気?魔力?魔法武具?それを持っているものが、わざわざこの王都で戦ってくれると思うのか?」
「王都魔導騎士団なら‥‥まだ戦えるのでは?」
「ベネリの命令で各地で待機はしている。この王都城塞に竜族が近づけば、すぐに連絡が来るようにな。だが、まだ報告がないところを見ると」

――バン!!
 突然扉が開かれると、一人の執務官が血相を変えてはいって来る。
「どうした?何かあったのか?」
「フェルゼンハント森林王国が竜族の侵攻により壊滅。ブラウヴァルト森林王国は森全体に結界を施して外部からの避難民の受け入れを拒否しました」
 それだけを告げると、執務官は部屋から出ていく。
「もう駄目だ。バイアスは終わりだ‥‥」
 そう叫びながら議事堂から飛び出す元老院議員もいる。
 だが、議員長はまだ壇上で話を始めた。
「誰でもいい。現時点で対ドラゴン用の結界を作れる魔術師に心当たりはないか?」
 そう叫ぶ議員長に、一人の議員がスッと手を挙げる。
「フリードリヒ魔導学院には、白のローブを持つ生徒がいたはずです。彼女達でしたら、あるいは」
「待て、ベルファーレは真っ先に竜族に襲われて滅びたのではないか?今のあの土地は冒険者も近寄らない廃墟なはずだ」
「あの襲撃で逃げ延びたもの達がいます。その者たちに連絡を取ってみましょう」
 そう話すと、その議員‥カルダモンは急いで議事堂から出て行った。

「さて。ここに残っているもので、別の道も探さなくてはなりません。ほかに提案はありますか?」
 その後も議員達で喧々轟々と意見が飛び交うが、あまり前向きな意見は集まらなかった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯
 

 カルダモンが王都を早馬で飛び出して二日後。
 バイアス王都の衛星都市・フラットバレーに辿り着いた。
 ここも竜族によって襲撃を受けた都市であるが、幸いなことに地下にある自然洞に町の人々が避難して難を逃れていた。
 その通路が余りにも細くて長いため、竜族も洞窟まで侵攻することを断念したほどの自然の要塞。
 それがこのフラットバレーである。

「さてと。何処に安全な通路があったことやら」
 ふらふらと町の中を歩いているが、人の気配は全く感じない。
 とりあえずは酒場や商店などをしらみつぶしに歩いて探すと、ふとカルダモンは自分に向けられている視線に気がついた。
「‥‥一体何処から?」
 そう独り言のように告げると。
「ずっと後ろからですわ。あの竜族の手下かもと様子を見ていましたが、違うようですわね?」
 スッと空間に姿を現した金髪縦ロール爆乳の女性が、カルダモンに話しかける。
「き、きみは?」
「シャルロッテ・ベルファーレですわ。貴方は元老院のカルダモン卿ですわね?昔、父がお世話になりましたわ」
 そう告げられた、カルダモンもベルファーレ卿のことを思い出す。
「おお、10年ぶりだな。父上はご健在か?」
「その10年前の竜族侵攻の時に命を落としましたわ。今頃こんな廃墟に来てなんの用事ですか?」
「い、いや、ここにフリードリヒ魔導学院の生徒が逃げていると噂に聞いた。力を貸して欲しくて来たんだ」
「何を今更。バイアス連邦はベルファーレを竜族の住処として提供した‥‥私たちは連邦に裏切られたのです。今更都合が悪いと尻尾を振るようなことをされても」
 怒りを露わにしてシャルロッテが叫ぶ。
 だが、カルダモンも頭を下げたまま動かない。
「頼む。罪もない王都の民を犠牲にしたくはない」
「帰ってください‼︎私たちは犠牲にしても王都の民は犠牲にしたくないなんて、そんな言葉を誰が聞くものですか」
 そう叫ぶと、シャルロッテは踵を返す。
 やがて姿がスッと消えると、その場から立ち去る。
「王都地下にも古い自然洞がありますわ。スタイファーの遺跡ですから扉の解除には時間が掛かるでしょうけれど‥‥そこならある程度の人は避難できますわ」
 その言葉を最後に、シャルロッテの気配が消えた。
「済まない‥‥本当に済まなかった‥‥」
 そう呟くと、カルダモンはその場から立ち去っていった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 カルダモンからの報告により、王都地下にあるスタイファー遺跡の調査が開始された。
 広い王都の中での遺跡の入り口の探索など、かなり困難を極めていたが、王都に残っていたサラスの第二魔導騎士団の手によって合計5箇所の遺跡の入り口を発見することが出来た。
 問題はその扉の解除であるが、扉を開けるほどの魔力を持つものが残念なことに殆んどいない。
 バイアス連邦最強の精霊魔術師でおるティターナはベネリと共にカナンに向かってから連絡がない。
 その為、一つの扉を第二魔導騎士団がようやく解放したのは、扉を見つけ出してから7日も経った後であった。

 解放された扉に真っ先に逃げ込もうと、貴族や元老院議員達が我先にと押し寄せる。
 それをどうにか騎士団が制しているものの、避難は遅々として進んでいなかった。
 そんなある日。

――ドサッ
 深夜。
 王城謁見の間に、ベネリが転移して逃げて来た。
「バカな‥‥こんなバカなことがあってたまるかっ」
 左腕と下半身を失いながらもまだ生きてるベネリ。
 人間であったならば、すでに、息を引き取っていただろう。
 そして脳裏に蘇るまさかの大敗。
 ベネリにとってこれほどの屈辱はなかった。
 いままでに戦ってきた敵でさえ、ベネリにとってはほんの些細な障害でしかなかった。
 最も危険であった幻影騎士団のポイポイとの戦いでさえ、最後になって天はベネリを選んだ。
 だが、ベルナー城でのストームとの一戦は、ベネリに完全なる敗北を与えた。
 それどころか、その魂に恐怖さえ刻み込んでいたのである。
 空間を超えて逃げる際にも、その空間の向こうに居たベネリをストームは切断した。
 空間さえも、ストームは支配しているかのようである。
「血だ、血が足りない。早く回復しなくては‥‥」
 全身に闘気を流すベネリ。
 だが、それでは魔族化した肉体の回復は出来ない。

――ガチャッ
 ゆっくりと部屋の扉が開かれた。
「こんな時間に誰かいるのか?」
 城内を巡回していた騎士が謁見の間に入って来る。
 すると、ベネリは闘気で作り出した右腕を使って物陰に隠れるが、床にべっとりと残っている血が見つかってしまう。
「こ!これは一体‥‥何があったんだ?」
 慌てて血の跡まで騎士が駆け寄った時、ベネリはマントを鞭のように操って騎士を捉えた。
――ギシギシッ
「むぐっ‥‥な、何もムグッ」
 口を塞がれて言葉が出ない。
 そこにベネリはゆっくりと近づくと、騎士の腕をガッチリと掴んだ。
「我が体を癒すために、貴様の命を頂くぞ」
 そう呟くと、ベネリは勢いよく騎士の首筋に噛み付く。
――ブシャァァァォォォ
 大量の鮮血が吹き出すと、ベネリは血に含まれている魔力を全身に浴びた。
 人間の血肉を喰らっても魔族は回復しない。
 カーマインのように人の精気を糧にしているのではない。
 生きるために、肉体を維持するのに人間と同じ食べ物も食べる。
 だが、ベネリは傷を癒すために魔力を欲した。
「あ‥‥ああ。最高だ。この魔力は最高だ‥‥」
 ゆっくりと失われた部分の再生を開始する。
 下半身がゆっくりと闘気に包まれ、擬似的な脚を作り出す。
 それでようやく起き上がると、 ベネリは壁に掛けてあった飾り鎧のサーコートを剥がして身に纏った。
「まだだ。まだ足りない‥‥」
 そう呟くと、ベネリは部屋の外へと出て行った‥‥。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 かつて、ここには栄華を極めた国があった。
 元ラグナ・マリア帝国シュミッツ王国。
 王都シュミッツ城の崩壊した最上階に、魔神竜クロウカシスは佇んでいた。
 眼下では亜竜族が逃げられなかった人間達を捕まえて来ては捕虜として捕らえ、まるで家畜のように追い立てている。
 別のところでは、殺された人間の屍肉をドラゴン達がむさぼり食べている。
 今までと全く同じ光景。
 だが、クロウカシスの心は晴れなかった。
「心の赴くままに‥‥か。人間が判らない‥‥」
 ぼそっと呟くクロウカシス。
――ファサッ
 と、クロウカシスの元に蒼いミドルドラゴンが降り立つ。
「王よ。南の森林王国は滅ぼした。これでバイアスの者達も十分に恐怖を抱いたであろう‥‥いよいよベネリに復讐する時が来た」
「‥‥賢竜ガルディオか。ご苦労であった」
 そう呟くと、クロウカシスは再び空を見上げる。
「王よ、まだ小さきものの言葉を気にしているのか?」
「ああ。操られるのも操るのも沢山‥‥そのようなことを言われたのは二度目だ。最初に言われたのはもう1000年前。かの吟遊詩人アレキサンドラに囚われた時だ‥‥」
 昔を懐かしむように話し始めるクロウカシス。
「そうですなぁ。人と竜の戦い。あの時代も、我々はいまのように大勢の者達を殺めていました。いまも昔も変わりませんよ」
「ああ、その御蔭でアレキサンドラにひどい目に合わされたのも事実。だが、あの女はずっと人と竜族の共生を訴えてきた」
「そうでしたな。それで我々は、あの女に助力してティルナノーグに向かった魔族達を大陸ごと封印し、その影で暗躍していた悪魔アンラ・マンユを冥府の地の底まで追い立てた‥‥契約はそこまで、その後は自由にしていいという約束を違えたのはあの女です‥‥」
 それは古い古い物語。
 1000年前の竜族のウィル大陸侵攻まで話は遡る。

 今回のように竜族は次々と人里を襲っては一方的な蹂躙を繰り返していたが、アレキサンドラとラグナ・マリアの騎士、賢者、放浪の民が力を合わせて竜族の長達と和平を行なった。
 そののち、悪魔アンラ・マンユが配下達を使って魔族がティルナノーグに侵攻するように仕向けたが、アレキサンドラ達はその悪魔との戦いを身を費やした。
 残念なことに今の力では勝てる見込みがなかった為、アレキサンドラ達はティルナノーグの時を止めて空間の彼方に封印した。
 そして目覚め掛けたアンラ・マンユの体を3つに分けてそれぞれを封印し、そして竜達と共にこの大陸から出て行ったのである。

「ガルディオ、一つだけ違うな。我々水神竜の民は暗黒大陸を手に入れた。そこを拠点として世界を滅ぼそうとした我々をアレキサンドラが封じた。小さきものに手を出さないという約束を違えたのは我々だ」
「如何にも。我ら竜族が人間などと対等と思われては困りますからなぁ……」
 そこでクロウカシスはゆっくりと瞳を閉じる。

 共に生きることを願ったアレキサンドラ
 我らを解放して良いように使役していたベネリ
 ベネリの支配下から解放し自由を与えたポイポイ

 どの人間が本当なのか。
 それが分からなくなっていた。
――スッ
 突然、クロウカシスの前にひとりの人物が姿を現した。
 ローブに身を包んだ老人。
「久しいな、クロウカシス殿」
 その言葉と匂いをクロウカシスは忘れていなかった。
「影竜マグナス殿か。ラグナレクの側近がわざわざここまで来るとはどうした?」
「いや、我が王からの言葉を届けにな。黒神竜ラグナレクは申された。ことの本質を見誤るなと」
 その言葉には、カルディオが吠えた。
「マグナス殿、地の底でじっとしているラグナレク殿の言葉とは思えぬ。何故黒の眷属は地上に姿を表さぬのだ?」
「それは異なことを。ベネリとやらの手によって、大地の門は開かれ、冥府の門番である炎の精霊たちが活性化した。悪魔アンラ・マンユの4つの封印の二つが開放されてしまったため、それを納めるためにあえて地の底でじっと力を開放しているのではないか‥‥」
 そのマグナスの言葉には、カルディオも言葉を失う。
「そ、そうであったか‥‥王よ、我も彼の地に向かわなくてはならないのか」
 クロウカシスの方を向き直して問い掛けるカルディオだが。
 その二頭の言葉にも、あまり耳を傾けていない。
「王よ?」
「む、むぅ。そうだな。マグナスよ、10体回そう。それで足りるか?」
「暗黒大陸の封印はどのように?」
「それはすでに開放されてしまっている。今一度封じるには、わが眷属の力も必要なれど、自由を手にした我らではすでに封印は不可能に等しい」
 そのクロウカシスの言葉に、マグナスも瞳を閉じる。
「では、残る二つの封印に全てを託して欲しい。10体借りる、それでいい‥‥それで貴殿はどうするのだ?」
 マグナスが問いかけているのはベネリの件。
 コクリとクロウカシスは頷くと一言。
「これより我はバイアスに向かおう。それで全てを終わらせる‥‥」
「その後は?」
「‥‥判らぬ。判らぬのだ‥‥我には、何が本当に正しいのか‥‥」
 そう呟いてグゥゥゥンと飛び上がるクロウカシス。
 そしてゆっくりと旋回すると、カルディオに告げた。
「カルディオ、ここに留まってラグナを見ていろ。眷属には何もさせるな、そして10体をマグナスと共に送り出せ」
「御意‥‥それでは王よ、油断めさるな」
 その言葉をきいて、クロウカシスは一気に飛び立った。
 それを見送ると、マグナスは再び老人の姿を取る。
「‥‥では、私はここで待つとしましょう。カルディオよ、10体の選別を頼む」
「うむ。しばしまたれよ‥‥」
 そう告げて、カルディオは咆哮を発した。
 

 ○ ○ ○ ○ ○


 翌日。
 バイアス連邦王都には絶望の声が響いていた。
 上空に突然飛来したクロウカシスが、ベネリの名を叫んでいたのである。
「小さきものよ‥‥ベネリを差し出せ‥‥この地に居ることはわかっている」
 その言葉に、姿に人々は狂気した。
 街から逃れるために街道は人混みで溢れ、家々は門徒を閉じてじっと震えているしか無い。
 城塞にいた騎士たちは次々とバリスタを打ち込むが、全てクロウカシスの周囲の竜巻の結界によって阻まれてしまう。
「どうした小さきものよ。ベネリを差し出せ」
 再び言葉が紡がれた時。
「偉大なる竜クロウカシスよ。どうか我が声を受け入れて欲しい」
 王城の最上階にあるベランダから老人の声が響く。
 その方角をクロウカシスはゆっくりと振り向くと、そこには先代国王であるクフィル・バイアスの姿があった。
 クフィルが皇帝であった時代に身に着けていた衣服に身を包み、略冠を額に乗せている。
「‥‥貴公は誰だ?」
「私はこのバイアスの先代皇帝であるクフィルだ。クロウカシスよ、此度の件、我が生命で全てを賄えぬか?」
「‥‥罪は罪。だが、それはベネリの魂で償って貰わなくてはならない。何故罪なき先王が命を差し出す」
 静かに問い掛けるクロウカシス。
 それにはクフィルが静かに口を開く。
「それが国の王であり、王の親である私の責務なれば。いまは我が命で一度引いて欲しい」
 静かに瞳を細めると、クロウカシスは沈黙する。
 すると。
――バッ
 クフィルの後ろから一人の男性が姿を表した。
「クロウカシス様、我はこの国の第二王子のルガールといいます。父の命で足りなければ、我が生命も差し出す所存。どうかここはお引き下さい」
「下がれルガール‥‥」
「下がりませぬ。ベネリの暴走を抑えられなかったのは、私にも責務があります。どうか我が命も‥‥」
 涙ながらに叫ぶルガール。
 小さきもの二つの魂。
 それでこの地から手を引けという。
 クロウカシスにとってはこれほど理不尽なことはない。
 だが。
「‥‥そこまでいうのならば‥‥明朝、二人はこの王都の正門前に来るがよい‥‥それで一度この王都から下がろうぞ」
 それだけを告げると、クロウカシスはゆっくりと飛び立とうとしたが。

――ヒュンッ!!
 突然何者かがクロウカシスの頭上まで飛び上がってきた。
「父上、そしてルガールよ、このような蜥蜴ごときに頭を下げるとはそれでも王族か!!」
 手にした槍をクロウカシスの頭に深々と突き立てるベネリ。
 全身が黒き鱗に覆われ、背中からは巨大な翼を生やしている。
 その姿は既に人間ではない。
 古の魔族そのものである。
――ズバァァァァァッ
 深々と槍が突き刺さると、ベネリはその傷跡に力いっぱい手刀を突き立てた。
「またか‥‥ベネリよ、何故邪魔をする!!」
「父上は甘いのです。私は最強の肉体を手に入れました‥‥これさえあれば、クロウカシスなどおそるるに足りません!!」
 突き立てた手から、ベネリは徐々にクロウカシスと同化を始める。
「貴様‥‥またしても我の邪魔をするのか‥‥」
「聞く耳など持たぬ。私は手に入れたのだ。新しい力をな。私はキサマを糧として、竜の力も我が物とする!!」
 徐々に侵食を始めるベネリ。
 上空でのたうちながら必死にクロウカシスも抵抗を続けているが、やがてベネリの意識がクロウカシスの脳にまで達すると、意識が消えていく。
 竜の肉体全ての支配を終えると、クロウカシスの瞳が真っ赤に輝いた。
「これだ‥‥魔神竜クロウカシスの身体を我は手に入れた‥‥」
  ベネリの身体の半分はクロウカシスの頭上に埋まったまま。
 そしてクロウカシスの身体からは、ベネリの言葉が零れていた。
――メキョメキョッ
 龍の姿がメキョメキョと変化を始めるると、クロウカシスの首から上がベネリの上半身に変化した。
「‥‥終わりだ‥‥全て終わった‥‥」
 クフィルはそう呟くと意識を失う。
 それを抱きかかえると、ルガールも城内へと逃げていった。

「ふぁはははははははははっ。この力さえあれば勝てる、今度こそあの忌々しい男に勝てるぞ!!」
 そう叫びながら上昇を開始すると、ベネリはゆっくりと北に向かって飛び立っていった‥‥。


 ○ ○ ○ ○ ○


 ベルナー王国王都・円卓の間。
 突然届いた報告。
 それは、南方のバイアス連邦から正体不明の竜族か飛来したという報告。
 ブリュンヒルデ領王都ではクロウカシスの撤退後は復興を開始していたのだが、そのブリュンヒルデ王都からの通信が完全に途絶えてしまっていた。
「‥‥これはどういうことでしょうか?」
「またしても竜族がうごいたのか‥‥ストーム、どうすればよい?」
 シルヴィーは傍らで座っていたストームにそう問い掛ける。
 すると、ストームはゆっくりと立ちあがると、|通信用水晶球(トーキングオーブ)に向かって話しかける。
 通信先はカナン王城。

――ピッピッ
「クィーン。済まないが伝言を頼む」
『で、伝言ですか』
「ああ。伝言先はアハツェン‥‥そろそろ出番だと伝えてくれ」
『アハツェンにですか?どうして?』
「マチュアの残した切り札だ。ここにマチュアの記憶がある、ツヴァイの身体から魂を再生できれば、マチュアはゴーレムとして復活するだろうからな」
『了解しましたわ‥‥』
――ピッピッ

「ストーム、マチュアが復活するのか?」
 シルヴィーが歓喜の声を出すが。
「さて、ああいってはみたものの、確率的にはハズレの可能性があるからなぁ」
「そうなのか? ならどうして?」
 そう問い掛けるシルヴィーに、ストームは笑いながら一言。
「ずっと考えていて思いついたのですよ。トリックスターのマチュアの残した18番ってね」
 その言葉にはシルヴィーは頭を捻るが、斑目はクックックッと笑い始めた。
「そういうことでござるか。シルヴィー殿、和国では18番というのは『おはこ』と呼びまして。その者のもっとも得意な技などをいうのですよ」
 その言葉にも、まだシルヴィーは頭を捻る。
「どういうことぢゃ?」
「トリックスターのマチュアの18番というのならば、人を騙すこと。つまり我々は何らかの理由でずっと騙されていただけなんですよ」
 それだけを告げると、やがて室内に老紳士の姿のアハツェンが姿を表した。
「報告は受けました。そしてじつにいいタイミンクですね」
 丁寧に頭を下げるアハツェン。
 その直後に、ベルナー王城は強大な衝撃波に襲われた。
 
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