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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ
竜魔の章・その12 本命は誰?
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てくてくと街を徘徊するストーム。
のんびりと街道筋を歩いていると、あちこちから声がかけられてくる。
「ようストームさん、あとで包丁もっていくから頼むわ。久しぶりにストームさんに研いで欲しいからねぇ」
「あ、ああ。それじゃああとでな‥‥」
そう相槌を打ったのはいいが。
はてさて、10年の歳月は人の顔も忘れてしまう。
しかも、自分の身に覚えのないことを頼まれたりすると、さらに厄介であるが。
「あの話し方だと、俺以外の誰が研ぎを?まさかアーシュか?」
腕を組みつつ頭を捻るストーム。
やがて鍛冶工房まで辿り着くと、腰を抜かしそうになる程驚いた。
まだ記憶のスフィアを受け取っても擦り合わせをしていない。
だから、そこに大月と十四郎の二人がいて、鍛冶仕事をしているとは思ってもいなかったのである。
「あ、あー?なんでお前達がいるんだ?」
いきなり鍛冶場て二人に叫ぶストーム。
すると大月は理解した。
「お、お前本物のストームか?いゃあ10年ぶりだなぁ」
バンバンとストームの肩を叩く大月。
――シュンッ
そして素早くストームの横に縮地で飛んでくると、いきなりクナイでストームの首を飛ばしに来る十四郎。
――ビシッ
そのクナイを瞬時に籠手を装備して受け止めて丸めると、ストームは十四郎の顔面に拳を叩き込む。
――ドッゴォォォォォォ
「いやいや久しぶりなのはいい、積もる話はまた夜にでも。で、なんでお前がいるんだ?」
「いたたた‥‥拙者はクッコロ殿とストームに会うためにここまでやって来たでござるよ。今では立派なサイドチェスト鍛冶工房の従業員でござる」
「従業員が雇用者の命を狙うな馬鹿たれが!!で、クッコロだと?」
そう叫ぶストーム。
すると馴染み亭からクッコロが走ってくる。
「ほ、本物のストームなの?」
そのままストームの胸元に飛び込もうとするクッコロだが。
――ガシッ
空中で大月とアーシュに身体やら襟首を掴まれて止められる。
「おや本物の方か、元気だったのか」
「まあな。アーシュも元気そうだな。留守をご苦労だったな」
「いえいえそれ程でも。大月がいたから商品には困らないし、十四郎も研ぎは完璧、販売と在庫確認はクッコロと私がいたからね。積もる話もあるだろうけど」
そのアーシュの言葉にコクコクと頷くクッコロ。
「は、早く下ろしてください」
「ダメだよ。ストームの件は抜けがけ禁止ってカレンやシルヴィーとも話はついているだろう?だから胸元飛び込みも禁止だよ」
くわえ煙草をフーッと吹かしながらアーシュが笑う。
この10年でどんなにサムソンが変わったのか。
それをしっかりと記憶に刻み込まなくてはならない。
「取り敢えず、俺は部屋にこもるとするよ。10年分の記憶を確認するから、夜になったら店で宴会だ。クッコロは馴染み亭本店に行って料理の手配を頼む」
「は。はいっ!!」
上ずった声で飛んでいくクッコロ。
そしてストームも自室に戻ると、しっかりと鍵を掛けてから部屋の中央で座禅を組む。
頭の中でゆっくりと記憶のスフィアを展開すると、それぞれの時節と人々との交流などを読み解いて行った。
‥‥‥
‥‥
‥
「うはぁ‥‥ラグナ・マリア本気で無くなるぞこれは」
すっかり日もくれた頃、ようやくストームは記憶のすり合わせに成功した。
そしてバイアス連邦の進軍や現在の状況などを全て把握すると、頭を抱えそうになる。
マチュアがいなければ、確実にラグナ・マリアは滅んでいた。
そのマチュアでさえ、現在は行方不明なのである。
「真面目に戦うしかないのか? 魔神竜クロウカシスって何者だよ‥‥」
ブツブツと呟きながら店舗に降りてくるストーム。
すると店の外で何やら大勢の人々の声が聞こえてくる。
店内はすでに閉店していたので、窓から外を眺めてみると、外では宴会の準備が進んでいた。
「気持ちは判らなーくもないが。なんであのメンバーなんだ?」
外にテーブルに並べ、バーベキューコンロで肉屋野菜を焼いている面々。
テーブルにはカナンの馴染み亭から運ばれてきた料理が所狭しと並べられ、大月やクッコロ、アーシュが楽しそうにバーベキューで焼きあがった料理を盛り付けている。
何故かカレンもそこにはいて、大きいワインとエールの樽を運び込んでいた。
そこは十四郎とクリスティナも手伝っており、一種異様にも見える。
――トントントントン
すると、階段二階から数名の人が降りてくる。
「やあやあ、宴会と聞いてな」
にこやかにシルヴィーがやってくる。
その後ろには護衛のロットとミアの姿もある。
「シルヴィー、他の騎士団員は?」
「とりあえずベルナー王城で待機しておるぞ。バイアスの襲撃の件ぢゃが、ギャラックとかいうワイルドターキーと戦っていた戦士が色々と白状してな。とりあえずベネリがまた来ることはないというのがわかったので警戒を少し緩めてきた」
ふむふむ。
「それならまあいいか。で、二人は元気になったのか?」
そうロットたちに問い掛けると、ロットは深々とストームに頭を下げた。
「フォンゼーン王が影武者とは知らず、とっても無礼なことを言ってしまったのだ!! どうか許していただフベシッ!!」
――スパァァァァァン
瞬時にツッコミハリセンを引き抜くと、ストームはロットに向かって力いっぱい殴りつけた。
「声が大きいわバカたれが!! その事を知っているのは関係者だけなんだからな。外にいる何も知らない連中が知ったらどうするんだよっ!!」
そう叫ぶストームだが。
「‥‥えーっと、ストーム様‥‥今のはどういうことですか?」
大体の準備を終えてストームを呼びにきたカレン。
すると、ロットの言葉が偶然耳に届いてしまっていた。
「あーーーーっ。ロット、お前あとで4時間正座な。さて、仕方ないか‥‥カレン、ちょっとまってろ」
そう告げると、ストームはシルヴィーから|通信用水晶球(トーキングオーブ)を借りて王城にいるフォンゼーン王を呼びつける。
「さてと。それじゃあ簡単に説明するか」
そう説明すると、ストームはロットとミア、シルヴィーに先に外にいくように促した。
「ええ、私もなにーがなんだかさっぱりわからないのよ」
「まず、俺はカレンの知っているストームで間違いはない。それでだ、普段は」
――トントントントン
正装のフォンゼーン王がゆっくりと階段を降りてくる。
「おや、カレン殿‥‥ということは、ひょっとしてバレたのか?」
「俺じゃないわ、ロットがばらしたんだ」
ストームとフォンゼーン王、二人をチラチラと見比べるカレン。
「あら? あらら?」
「こいつはフォンゼーン王。正式な名前はストーム・マーク2。マチュアが作った俺の影武者のゴーレムだよ」
――ガーーーン
ちょっと驚くカレンだが。
「あ、あら、そうでしたか・・で、こちらが本物のストームなのですね?」
「そういうことだ。俺が色々と動いている間、フォンゼーン王に国内の執務や対外的なことを全てやってもらっていた。ようやく戻ってこれたので、今日はそのおかえりなさい会ということになっている」
「まあ、そういうことでしたら、一言言ってくだされば。私は何時でもストームの味方ですわよ」
ニッコリと笑うカレン。
「それは助かる。そういうことだから、これからも俺の代わりに国内に居る時はフォンゼーン王が色々とやってくれる」
「ふむふむ。しかし、本物と偽物の区別がつかないですね」
「偽物ではないんだがな。俺と全く同じことをしているもう一人の俺なので。カナンのマチュアみたいに名前の呼び方で‥‥」
慌てて口を閉ざすストーム。
だが、既に時遅しである。
「ストーム? 今の言い方ですと、カナン魔導王国のマチュア様もそうなのですね?」
「ちっ‥‥ああそうだ。フォンゼーン王もミナセ女王もマチュアの作ったゴーレムだよ。カナンではマチュア本人はマチュア女王、影武者の時はミナセ女王と呼んでいるから区別が付くだろう?」
「あらあらあらら。私がマチュア女王って呼んでいる時は?」
「侍女がマチュア女王と呼んでいればオリジナル、ミナセ女王と読んでいる時はゴーレムだよ」
それでようやく納得して落ち着いたらしい。
カレンはスッとフォンゼーン王に近づく。
「少しだけ不敬をお許し下さい」
そう告げて、カレンはフォンゼーン王の頬を軽く触る。
その感触も体温も、まったく人間と同じである。
「この感触が、本当にゴーレムなのですか?」
恐る恐る問い掛けるカレンに、フォンゼーン王はコクリと頷いた。
「信じられないかも知れないがな。立場上、俺はオリジナルよりも丁寧な口調になっていた。結果としてカレンを騙していたことになるのは申し訳ない」
丁寧に頭を下げるフォンゼーン王。
それでも、突然国王に頭を下げられてカレンはしどろもどろになってしまう。
「い、いいえいえいえ、そんなもったいないお言葉。ゴーレムであっても無くても、この国の王はストーム・フォンゼーンですので。それは私にとっては変わりませんよ」
それだけを告げて、カレンはストームを見る。
「普段のスタイルの時は普段通りで宜しいですのよね?」
「そこはいつもどおりだ。そこんとこ宜しく」
それでカレンもホッとしたらしい。
にこやかにストームに笑っているが‥‥。
――馴染み亭の外では
ストームとカレンが店から出てこなくて、クッコロとシルヴィーはどうも落ち着かない。
「‥‥のうクッコロや。北方大陸でのストームはどうであったか?」
ワインを片手にシルヴィーがクッコロに問いかけている。
10年もするとお酒の味も覚えたらしいが、未だにワインはグラス一杯で酔いが回るらしい。
「どうって‥‥とっても頼もしかったですよ‥‥それはもう」
「そうかそうか。ストームは頼もしいか。さすがは妾の騎士様ぢゃ」
確かクッコロとシルヴィー、カレンの間ではストームのことに対しては抜け駆け禁止の協定が行われている筈。
だが、ふたりとも酒が入っているためか、どうも様子がおかしい。
「あの‥‥ストームさんはカムイの戦士でもあるのですからね。私達カムイの民の為に、あのような苦行に陥って10年も‥‥私はストームさんにその借りを返さなくてはならないのですよ」
「ほほーーーうそうかそうか。でもだめぢゃ。ストームは幻影騎士団の騎士団長であるし、なによりこのサムソンの王ぢゃ。もう北方大陸には貸さぬ」
「別に構いませんわ。私はもう故郷に帰らない覚悟でここにいるのですから‥‥」
「‥‥ほほーう。いい根性ぢゃな」
「シルヴィー様こそ。私もここはゆずりたく‥‥あーーーーーーーっ」
突然叫ぶクッコロ。
馴染み亭の窓の中では、カレンがストームの頬をさっと撫でているのである。
「近い近い、カレンそれだけは許さぬぞーーーっ」
「ダメですよカレンさん!!」
「そうぢゃ、それ以上やるとアルバート商会の税金を倍にするぞ!!」
物騒な事を叫びながら馴染み亭に向かって走り出すシルヴィーとクッコロ。
――バンッ
力いっぱい扉を開くと、クッコロはフォンゼーン王に、シルヴィーはストームに向かって抱きついた。
その様子を見て、カレンはプッと笑っている。
「ど、どうしたのですかふたりとも」
「カレンが抜け駆けしたのぢゃ」
「そうです。カレンさん、さっきのあれは協定違反です」
「「はぁ?」」
二人の言葉にストームとフォンゼーン王二人が首を捻る。
そしてカレンも何故自分が責められているのか、ようやく理解した。
「あ、あ~。違いますわ。フォンゼーン王がゴーレムという話を聞きまして、その肌の質感を確かめさせて貰っただけですわ」
――ソーーッ
「そ、そうなのか。妾はまたカレンが抜け駆けしてストームといかがわしいことをしようとしているのかと」
「はい。窓の外からは確かにキキキキキキスする直前でしたので」
顔を真っ赤にしてさけぶ二人。
「まっさかー。私は商人の娘、そしてアルバート商会の総代ですわ。約束は必ず履行しますので」
堂々と胸を張って告げるカレン。
それを出されると、ふたりとも黙ってしまう。
「そうぢゃな。では、パーティーの続きを楽しもうぞ」
「え、ええ‥‥」
シルヴィーとクッコロも素直に頷くと、ストームの方を向いて‥‥いない。
「あ、あの、フォンゼーン王。ストームさんは?」
「三人で喧嘩しているので逃げましたぞ。ほら」
そう笑いながら、窓の外を指差すフォンゼーン王。
そこでは宴会と聞いてやってきた鋼の煉瓦亭の常連も集まっており、ストームと楽しく飲んでいた。
「しっかし、ストームは幸せですねぇ。自分を慕ってくれる女性が三人もいますから」
カッカッカッと笑うフォンゼーン王。
だが。
「それでも、どうしても心配なことがあるのぢゃよ」
「ええ。あれだけはどうもねぇ‥‥」
シルヴィーとカレンがそう呟く。
が、クッコロはそれがなんであるのか理解できない。
「あれ? と申しますと?」
「‥‥マチュアぢゃよ」
「ええ、マチュアさんですよ」
その言葉に首を捻るフォンゼーン王。
「どうしてですか?」
「なんていうか‥‥ストームとマチュアって、信頼以上の何かをかんじるのよ。なんていうかこう‥‥」
「そうそう。話では昔からの長い付き合いと聞いてるのぢゃが。どうもそれ以上の関係に見えてのう」
キョトンとしているフォンゼーン王。
だが、クックックッと笑い始めて、最後は大笑いになってしまった。
「わーーーっはっはっはっはっはっはっ。あーー涙がでるわ」
「笑い事ではないぞ、心配なのぢゃ」
「ええ。もしストームが私達ではなくマチュアさんを選んでしまったとしたら‥‥私たちは‥‥」
心配そうな二人だが。
「まあ確実にありませんな」
キッパリと告げるフォンゼーン王。
「そ、それは過去に何度も聞いたが‥‥」
「マチュア様の好みは、カレンさんやシルヴィーさんのような女性ですよ。マチュアさんは男性にはまったく興味がありません」
「それも聞いているのぢゃが‥‥今のその、かっこいいストームを見てもそうなのか?」
「はい、まったくありえません。マチュアさまがカレンさんやシルヴィー様にプロポーズしてカナン魔導王国に招くことはあっても、ストームの妻となることは確実に、この世界が滅んでもありませんなぁ」
そう話すと、逆にカレンが困ってしまう。
「ま、マチュアさんはその‥‥女性の方が好きなのですか?」
「女性の方が、ではなく女性が好きですなぁ」
――ふぁー
その場の女性陣が一斉に言葉を失う。
「そ、それはその‥‥うーーん」
腕を組んで考え込むカレン。
だが、シルヴィーはほっとしたようでにこやかに笑う。
そして状況を全く飲み込めていないクッコロ。
「なんぢゃ? カレンはマチュアでもいいのか? ならストームは貰うぞ」
「そうではありませんよ。今までのマチュア様をみていても、たしかにそういう浮ついた話をきいたことがありませんし‥‥ほら、王族ってお見合いとかありますよね?」
「あるぞ。妾も結講な数のお見合い相手がきたが、全て断ったぞ」
「ですよね。ストームさんがいますから‥‥」
とりあえず相槌を打つクッコロ。
「でも、マチュア様って、そういう話に興味ないのでしょうかねぇ?」
「さ、さあな‥‥今度きいてみることにしようぞ」
マチュアがもうこの世に居ないことは、この場ではシルヴィーしかしらない。
なので軽く流してこの話を終わらせようと考えた。
「それにほら、マチュアはハイエルフぢゃからなぁ‥‥」
「あ、そっか。ハイエルフって、結婚しない人の方が多いんでしたか」
「そもそも寿命が違う。そう考えると、ストームとマチュアはくっつかぬ!!」
――ビシィッ
天井を指差すでさけぶシルヴィー。
すると、入り口からアーシュがそーっと顔を出す。
「早く戻らないと、食べ物も飲み物もなくなりますよ?」
「はいはい、今いきますわ」
「うむ。クッコロもいくぞ」
「は、はいっ。すぐ行きます!!」
慌てて三人は店から飛び出すと、ストームたちと合流して宴会を楽しみ始めた。
「では、私も少しだけ顔を出しますか」
そう呟いて、フォンゼーン王もストーム達のもとに向う。
最初はいきなり国王がやってきたので、事情を知らない者達は畏まってしまったが。
フォンゼーン王の無礼講の言葉で皆落ち着きを取り戻した。
○ ○ ○ ○ ○
ラグナ・マリア帝国王都ラグナ。
謁見室では、ストームの帰還報告を受けてレックスとケルビム、ミストの三人が集まっていた。
六王の間は先日のミドルドラゴンの襲来時に投石によって破壊されてしまったので、いまはここが五王たちの集まる部屋となっている。
「これは喜ばしい話であるな。幻影騎士団からの報告では、バイアス連邦のベネリたちが潜入したらしいが、全て撃退して追い返したらしい」
「魔神竜クロウカシスの動向が気になるところですがのう。バイアスを滅ぼして再びラグナ・マリアに引き返してくるでしょうな」
ケルビムの言葉にレックスも頷く。
「それがいつになるのか。まあ、いまのシルヴィーには剣聖ストームがついているので、それほど心配ではありませんけれどね」
「ミストよ。そのような油断は禁物だ。シュミッツの件を忘れたのか」
やや口調をキツくくしてレックスが告げる。
それにはミストも慌てて頭を下げた。
「はっ、申し訳ございません」
「いや、分かればいい‥‥それより、ケルビムよ、そろそろかも知れぬ」
そう告げると、ケルビムも静かに頷いた。
「そろそろと申しますと?」
「我は皇帝の座を退位する‥‥身体がもうな、かなり言うことをきいてはくれぬ」
「そんな、急ぎパルテノを呼びますわ」
慌てて立ちあがるミスト。
だが、それをケルビムが制した。
「落ち着きなさいミスト殿。いますぐどうというのではない」
ケルビムがミストを窘めると、ミストも落ち着いて座り直した。
「以前からですか?」
「うむ。もう10年ほど。ティルナノーグ侵攻のときから調子は悪かった。が、その時はな、マチュアが病を癒してくれた‥‥」
その言葉に、ミストはまだハラハラしている。
「だがな、数年前からまた再発したらしい。マチュアが居ないので、今では誰もこの病を治せるものは居ない‥‥だから‥‥」
そう告げると、レックスはゆっくりと話を続ける。
「次代の皇帝をここで宣言する。二人が聞き届けよ」
「三王ではないのですか?」
「パルテノとブリュンヒルデは自国の復興で身動きが取れない。ので、ニ王となる」
その言葉で、次の皇帝が誰なのか理解した。
「恐れながら。まだシルヴィーには皇帝は荷が重すぎます」
「ふむ。ケルビムもそうか?」
「そうですなぁ。まだまだ経験も足りないゆえ、次代ではなくその次でしたら。それまでは私が務めを果たしましょう」
それで話がついていたらしい。
「やはりか。なら、略式であるが、次代皇帝はケルビムに託す。後日正式に五王に通達するので、まだ他言は無用でな」
ミストとケルビムは丁寧に頭を下げた。
それでレックスは部屋から出て行くが、ミストとケルビムはその場で少し残っていた。
「まあ、次代の皇帝の話は置いておくとして。シュミッツ領を取り返してから、そこを誰に任せるかですね」
ミストがそうケルビムに話題を振ると。
「そこについては、いま内々で話を進めていてのう‥‥バイアス連邦の件が終わってから、正式に公表するかも知れぬ」
「そうなのですか。でも、シュミッツ領は五王の治める地、ラグナ・マリアの血筋以外の者には受け継がせることは出来ませぬが‥‥ケルビム殿の子息ですか?」
「まさか。儂の子供たちは皆小さいながらも都市を治めている。今更誰かに国王になれといっても無理じゃよ」
「では他に‥‥あの‥‥まさかとは思いますが」
ミストには一人だけ、思い当たるふしがあった。
「左様。ライオネル・ラグナ・マリア。ラマダ公国はカナン魔導王国に編入し、いまのラマダ公国よりも肥沃で大きなシュミッツ領にあらたにラマダ王国領を作ることをレックス皇帝は考えている」
とんでもない大きな話である。
だが、それをやるのが皇帝レックス。
「カナンは更に強大な国となるが、まあ、マチュアの居た国ゆえ心配はないらしい。問題はライオネル大公じゃて」
「先日、河を遡って竜族がラマダ公国に侵攻したという報告は受けています。その直後にクロウカシスの件があったので、それ以降の報告はきいていません」
そこで会話は止まってしまう。
暫くして、ミストはゆっくりと立ち上がった。
「ファナ・スタシア王国経由で探りを入れてみますわ。ククルカン王国を通ればそれほど危険ではありませんし。それでは失礼します」
丁寧に頭を下げて、ミストは部屋から出ていった。
そして残っていたケルビムも、暫く何かを考えてから執務室へと戻っていく。
戦争の傷跡は大きく、それを癒す力はまだラグナ・マリアにはなかった‥‥。
のんびりと街道筋を歩いていると、あちこちから声がかけられてくる。
「ようストームさん、あとで包丁もっていくから頼むわ。久しぶりにストームさんに研いで欲しいからねぇ」
「あ、ああ。それじゃああとでな‥‥」
そう相槌を打ったのはいいが。
はてさて、10年の歳月は人の顔も忘れてしまう。
しかも、自分の身に覚えのないことを頼まれたりすると、さらに厄介であるが。
「あの話し方だと、俺以外の誰が研ぎを?まさかアーシュか?」
腕を組みつつ頭を捻るストーム。
やがて鍛冶工房まで辿り着くと、腰を抜かしそうになる程驚いた。
まだ記憶のスフィアを受け取っても擦り合わせをしていない。
だから、そこに大月と十四郎の二人がいて、鍛冶仕事をしているとは思ってもいなかったのである。
「あ、あー?なんでお前達がいるんだ?」
いきなり鍛冶場て二人に叫ぶストーム。
すると大月は理解した。
「お、お前本物のストームか?いゃあ10年ぶりだなぁ」
バンバンとストームの肩を叩く大月。
――シュンッ
そして素早くストームの横に縮地で飛んでくると、いきなりクナイでストームの首を飛ばしに来る十四郎。
――ビシッ
そのクナイを瞬時に籠手を装備して受け止めて丸めると、ストームは十四郎の顔面に拳を叩き込む。
――ドッゴォォォォォォ
「いやいや久しぶりなのはいい、積もる話はまた夜にでも。で、なんでお前がいるんだ?」
「いたたた‥‥拙者はクッコロ殿とストームに会うためにここまでやって来たでござるよ。今では立派なサイドチェスト鍛冶工房の従業員でござる」
「従業員が雇用者の命を狙うな馬鹿たれが!!で、クッコロだと?」
そう叫ぶストーム。
すると馴染み亭からクッコロが走ってくる。
「ほ、本物のストームなの?」
そのままストームの胸元に飛び込もうとするクッコロだが。
――ガシッ
空中で大月とアーシュに身体やら襟首を掴まれて止められる。
「おや本物の方か、元気だったのか」
「まあな。アーシュも元気そうだな。留守をご苦労だったな」
「いえいえそれ程でも。大月がいたから商品には困らないし、十四郎も研ぎは完璧、販売と在庫確認はクッコロと私がいたからね。積もる話もあるだろうけど」
そのアーシュの言葉にコクコクと頷くクッコロ。
「は、早く下ろしてください」
「ダメだよ。ストームの件は抜けがけ禁止ってカレンやシルヴィーとも話はついているだろう?だから胸元飛び込みも禁止だよ」
くわえ煙草をフーッと吹かしながらアーシュが笑う。
この10年でどんなにサムソンが変わったのか。
それをしっかりと記憶に刻み込まなくてはならない。
「取り敢えず、俺は部屋にこもるとするよ。10年分の記憶を確認するから、夜になったら店で宴会だ。クッコロは馴染み亭本店に行って料理の手配を頼む」
「は。はいっ!!」
上ずった声で飛んでいくクッコロ。
そしてストームも自室に戻ると、しっかりと鍵を掛けてから部屋の中央で座禅を組む。
頭の中でゆっくりと記憶のスフィアを展開すると、それぞれの時節と人々との交流などを読み解いて行った。
‥‥‥
‥‥
‥
「うはぁ‥‥ラグナ・マリア本気で無くなるぞこれは」
すっかり日もくれた頃、ようやくストームは記憶のすり合わせに成功した。
そしてバイアス連邦の進軍や現在の状況などを全て把握すると、頭を抱えそうになる。
マチュアがいなければ、確実にラグナ・マリアは滅んでいた。
そのマチュアでさえ、現在は行方不明なのである。
「真面目に戦うしかないのか? 魔神竜クロウカシスって何者だよ‥‥」
ブツブツと呟きながら店舗に降りてくるストーム。
すると店の外で何やら大勢の人々の声が聞こえてくる。
店内はすでに閉店していたので、窓から外を眺めてみると、外では宴会の準備が進んでいた。
「気持ちは判らなーくもないが。なんであのメンバーなんだ?」
外にテーブルに並べ、バーベキューコンロで肉屋野菜を焼いている面々。
テーブルにはカナンの馴染み亭から運ばれてきた料理が所狭しと並べられ、大月やクッコロ、アーシュが楽しそうにバーベキューで焼きあがった料理を盛り付けている。
何故かカレンもそこにはいて、大きいワインとエールの樽を運び込んでいた。
そこは十四郎とクリスティナも手伝っており、一種異様にも見える。
――トントントントン
すると、階段二階から数名の人が降りてくる。
「やあやあ、宴会と聞いてな」
にこやかにシルヴィーがやってくる。
その後ろには護衛のロットとミアの姿もある。
「シルヴィー、他の騎士団員は?」
「とりあえずベルナー王城で待機しておるぞ。バイアスの襲撃の件ぢゃが、ギャラックとかいうワイルドターキーと戦っていた戦士が色々と白状してな。とりあえずベネリがまた来ることはないというのがわかったので警戒を少し緩めてきた」
ふむふむ。
「それならまあいいか。で、二人は元気になったのか?」
そうロットたちに問い掛けると、ロットは深々とストームに頭を下げた。
「フォンゼーン王が影武者とは知らず、とっても無礼なことを言ってしまったのだ!! どうか許していただフベシッ!!」
――スパァァァァァン
瞬時にツッコミハリセンを引き抜くと、ストームはロットに向かって力いっぱい殴りつけた。
「声が大きいわバカたれが!! その事を知っているのは関係者だけなんだからな。外にいる何も知らない連中が知ったらどうするんだよっ!!」
そう叫ぶストームだが。
「‥‥えーっと、ストーム様‥‥今のはどういうことですか?」
大体の準備を終えてストームを呼びにきたカレン。
すると、ロットの言葉が偶然耳に届いてしまっていた。
「あーーーーっ。ロット、お前あとで4時間正座な。さて、仕方ないか‥‥カレン、ちょっとまってろ」
そう告げると、ストームはシルヴィーから|通信用水晶球(トーキングオーブ)を借りて王城にいるフォンゼーン王を呼びつける。
「さてと。それじゃあ簡単に説明するか」
そう説明すると、ストームはロットとミア、シルヴィーに先に外にいくように促した。
「ええ、私もなにーがなんだかさっぱりわからないのよ」
「まず、俺はカレンの知っているストームで間違いはない。それでだ、普段は」
――トントントントン
正装のフォンゼーン王がゆっくりと階段を降りてくる。
「おや、カレン殿‥‥ということは、ひょっとしてバレたのか?」
「俺じゃないわ、ロットがばらしたんだ」
ストームとフォンゼーン王、二人をチラチラと見比べるカレン。
「あら? あらら?」
「こいつはフォンゼーン王。正式な名前はストーム・マーク2。マチュアが作った俺の影武者のゴーレムだよ」
――ガーーーン
ちょっと驚くカレンだが。
「あ、あら、そうでしたか・・で、こちらが本物のストームなのですね?」
「そういうことだ。俺が色々と動いている間、フォンゼーン王に国内の執務や対外的なことを全てやってもらっていた。ようやく戻ってこれたので、今日はそのおかえりなさい会ということになっている」
「まあ、そういうことでしたら、一言言ってくだされば。私は何時でもストームの味方ですわよ」
ニッコリと笑うカレン。
「それは助かる。そういうことだから、これからも俺の代わりに国内に居る時はフォンゼーン王が色々とやってくれる」
「ふむふむ。しかし、本物と偽物の区別がつかないですね」
「偽物ではないんだがな。俺と全く同じことをしているもう一人の俺なので。カナンのマチュアみたいに名前の呼び方で‥‥」
慌てて口を閉ざすストーム。
だが、既に時遅しである。
「ストーム? 今の言い方ですと、カナン魔導王国のマチュア様もそうなのですね?」
「ちっ‥‥ああそうだ。フォンゼーン王もミナセ女王もマチュアの作ったゴーレムだよ。カナンではマチュア本人はマチュア女王、影武者の時はミナセ女王と呼んでいるから区別が付くだろう?」
「あらあらあらら。私がマチュア女王って呼んでいる時は?」
「侍女がマチュア女王と呼んでいればオリジナル、ミナセ女王と読んでいる時はゴーレムだよ」
それでようやく納得して落ち着いたらしい。
カレンはスッとフォンゼーン王に近づく。
「少しだけ不敬をお許し下さい」
そう告げて、カレンはフォンゼーン王の頬を軽く触る。
その感触も体温も、まったく人間と同じである。
「この感触が、本当にゴーレムなのですか?」
恐る恐る問い掛けるカレンに、フォンゼーン王はコクリと頷いた。
「信じられないかも知れないがな。立場上、俺はオリジナルよりも丁寧な口調になっていた。結果としてカレンを騙していたことになるのは申し訳ない」
丁寧に頭を下げるフォンゼーン王。
それでも、突然国王に頭を下げられてカレンはしどろもどろになってしまう。
「い、いいえいえいえ、そんなもったいないお言葉。ゴーレムであっても無くても、この国の王はストーム・フォンゼーンですので。それは私にとっては変わりませんよ」
それだけを告げて、カレンはストームを見る。
「普段のスタイルの時は普段通りで宜しいですのよね?」
「そこはいつもどおりだ。そこんとこ宜しく」
それでカレンもホッとしたらしい。
にこやかにストームに笑っているが‥‥。
――馴染み亭の外では
ストームとカレンが店から出てこなくて、クッコロとシルヴィーはどうも落ち着かない。
「‥‥のうクッコロや。北方大陸でのストームはどうであったか?」
ワインを片手にシルヴィーがクッコロに問いかけている。
10年もするとお酒の味も覚えたらしいが、未だにワインはグラス一杯で酔いが回るらしい。
「どうって‥‥とっても頼もしかったですよ‥‥それはもう」
「そうかそうか。ストームは頼もしいか。さすがは妾の騎士様ぢゃ」
確かクッコロとシルヴィー、カレンの間ではストームのことに対しては抜け駆け禁止の協定が行われている筈。
だが、ふたりとも酒が入っているためか、どうも様子がおかしい。
「あの‥‥ストームさんはカムイの戦士でもあるのですからね。私達カムイの民の為に、あのような苦行に陥って10年も‥‥私はストームさんにその借りを返さなくてはならないのですよ」
「ほほーーーうそうかそうか。でもだめぢゃ。ストームは幻影騎士団の騎士団長であるし、なによりこのサムソンの王ぢゃ。もう北方大陸には貸さぬ」
「別に構いませんわ。私はもう故郷に帰らない覚悟でここにいるのですから‥‥」
「‥‥ほほーう。いい根性ぢゃな」
「シルヴィー様こそ。私もここはゆずりたく‥‥あーーーーーーーっ」
突然叫ぶクッコロ。
馴染み亭の窓の中では、カレンがストームの頬をさっと撫でているのである。
「近い近い、カレンそれだけは許さぬぞーーーっ」
「ダメですよカレンさん!!」
「そうぢゃ、それ以上やるとアルバート商会の税金を倍にするぞ!!」
物騒な事を叫びながら馴染み亭に向かって走り出すシルヴィーとクッコロ。
――バンッ
力いっぱい扉を開くと、クッコロはフォンゼーン王に、シルヴィーはストームに向かって抱きついた。
その様子を見て、カレンはプッと笑っている。
「ど、どうしたのですかふたりとも」
「カレンが抜け駆けしたのぢゃ」
「そうです。カレンさん、さっきのあれは協定違反です」
「「はぁ?」」
二人の言葉にストームとフォンゼーン王二人が首を捻る。
そしてカレンも何故自分が責められているのか、ようやく理解した。
「あ、あ~。違いますわ。フォンゼーン王がゴーレムという話を聞きまして、その肌の質感を確かめさせて貰っただけですわ」
――ソーーッ
「そ、そうなのか。妾はまたカレンが抜け駆けしてストームといかがわしいことをしようとしているのかと」
「はい。窓の外からは確かにキキキキキキスする直前でしたので」
顔を真っ赤にしてさけぶ二人。
「まっさかー。私は商人の娘、そしてアルバート商会の総代ですわ。約束は必ず履行しますので」
堂々と胸を張って告げるカレン。
それを出されると、ふたりとも黙ってしまう。
「そうぢゃな。では、パーティーの続きを楽しもうぞ」
「え、ええ‥‥」
シルヴィーとクッコロも素直に頷くと、ストームの方を向いて‥‥いない。
「あ、あの、フォンゼーン王。ストームさんは?」
「三人で喧嘩しているので逃げましたぞ。ほら」
そう笑いながら、窓の外を指差すフォンゼーン王。
そこでは宴会と聞いてやってきた鋼の煉瓦亭の常連も集まっており、ストームと楽しく飲んでいた。
「しっかし、ストームは幸せですねぇ。自分を慕ってくれる女性が三人もいますから」
カッカッカッと笑うフォンゼーン王。
だが。
「それでも、どうしても心配なことがあるのぢゃよ」
「ええ。あれだけはどうもねぇ‥‥」
シルヴィーとカレンがそう呟く。
が、クッコロはそれがなんであるのか理解できない。
「あれ? と申しますと?」
「‥‥マチュアぢゃよ」
「ええ、マチュアさんですよ」
その言葉に首を捻るフォンゼーン王。
「どうしてですか?」
「なんていうか‥‥ストームとマチュアって、信頼以上の何かをかんじるのよ。なんていうかこう‥‥」
「そうそう。話では昔からの長い付き合いと聞いてるのぢゃが。どうもそれ以上の関係に見えてのう」
キョトンとしているフォンゼーン王。
だが、クックックッと笑い始めて、最後は大笑いになってしまった。
「わーーーっはっはっはっはっはっはっ。あーー涙がでるわ」
「笑い事ではないぞ、心配なのぢゃ」
「ええ。もしストームが私達ではなくマチュアさんを選んでしまったとしたら‥‥私たちは‥‥」
心配そうな二人だが。
「まあ確実にありませんな」
キッパリと告げるフォンゼーン王。
「そ、それは過去に何度も聞いたが‥‥」
「マチュア様の好みは、カレンさんやシルヴィーさんのような女性ですよ。マチュアさんは男性にはまったく興味がありません」
「それも聞いているのぢゃが‥‥今のその、かっこいいストームを見てもそうなのか?」
「はい、まったくありえません。マチュアさまがカレンさんやシルヴィー様にプロポーズしてカナン魔導王国に招くことはあっても、ストームの妻となることは確実に、この世界が滅んでもありませんなぁ」
そう話すと、逆にカレンが困ってしまう。
「ま、マチュアさんはその‥‥女性の方が好きなのですか?」
「女性の方が、ではなく女性が好きですなぁ」
――ふぁー
その場の女性陣が一斉に言葉を失う。
「そ、それはその‥‥うーーん」
腕を組んで考え込むカレン。
だが、シルヴィーはほっとしたようでにこやかに笑う。
そして状況を全く飲み込めていないクッコロ。
「なんぢゃ? カレンはマチュアでもいいのか? ならストームは貰うぞ」
「そうではありませんよ。今までのマチュア様をみていても、たしかにそういう浮ついた話をきいたことがありませんし‥‥ほら、王族ってお見合いとかありますよね?」
「あるぞ。妾も結講な数のお見合い相手がきたが、全て断ったぞ」
「ですよね。ストームさんがいますから‥‥」
とりあえず相槌を打つクッコロ。
「でも、マチュア様って、そういう話に興味ないのでしょうかねぇ?」
「さ、さあな‥‥今度きいてみることにしようぞ」
マチュアがもうこの世に居ないことは、この場ではシルヴィーしかしらない。
なので軽く流してこの話を終わらせようと考えた。
「それにほら、マチュアはハイエルフぢゃからなぁ‥‥」
「あ、そっか。ハイエルフって、結婚しない人の方が多いんでしたか」
「そもそも寿命が違う。そう考えると、ストームとマチュアはくっつかぬ!!」
――ビシィッ
天井を指差すでさけぶシルヴィー。
すると、入り口からアーシュがそーっと顔を出す。
「早く戻らないと、食べ物も飲み物もなくなりますよ?」
「はいはい、今いきますわ」
「うむ。クッコロもいくぞ」
「は、はいっ。すぐ行きます!!」
慌てて三人は店から飛び出すと、ストームたちと合流して宴会を楽しみ始めた。
「では、私も少しだけ顔を出しますか」
そう呟いて、フォンゼーン王もストーム達のもとに向う。
最初はいきなり国王がやってきたので、事情を知らない者達は畏まってしまったが。
フォンゼーン王の無礼講の言葉で皆落ち着きを取り戻した。
○ ○ ○ ○ ○
ラグナ・マリア帝国王都ラグナ。
謁見室では、ストームの帰還報告を受けてレックスとケルビム、ミストの三人が集まっていた。
六王の間は先日のミドルドラゴンの襲来時に投石によって破壊されてしまったので、いまはここが五王たちの集まる部屋となっている。
「これは喜ばしい話であるな。幻影騎士団からの報告では、バイアス連邦のベネリたちが潜入したらしいが、全て撃退して追い返したらしい」
「魔神竜クロウカシスの動向が気になるところですがのう。バイアスを滅ぼして再びラグナ・マリアに引き返してくるでしょうな」
ケルビムの言葉にレックスも頷く。
「それがいつになるのか。まあ、いまのシルヴィーには剣聖ストームがついているので、それほど心配ではありませんけれどね」
「ミストよ。そのような油断は禁物だ。シュミッツの件を忘れたのか」
やや口調をキツくくしてレックスが告げる。
それにはミストも慌てて頭を下げた。
「はっ、申し訳ございません」
「いや、分かればいい‥‥それより、ケルビムよ、そろそろかも知れぬ」
そう告げると、ケルビムも静かに頷いた。
「そろそろと申しますと?」
「我は皇帝の座を退位する‥‥身体がもうな、かなり言うことをきいてはくれぬ」
「そんな、急ぎパルテノを呼びますわ」
慌てて立ちあがるミスト。
だが、それをケルビムが制した。
「落ち着きなさいミスト殿。いますぐどうというのではない」
ケルビムがミストを窘めると、ミストも落ち着いて座り直した。
「以前からですか?」
「うむ。もう10年ほど。ティルナノーグ侵攻のときから調子は悪かった。が、その時はな、マチュアが病を癒してくれた‥‥」
その言葉に、ミストはまだハラハラしている。
「だがな、数年前からまた再発したらしい。マチュアが居ないので、今では誰もこの病を治せるものは居ない‥‥だから‥‥」
そう告げると、レックスはゆっくりと話を続ける。
「次代の皇帝をここで宣言する。二人が聞き届けよ」
「三王ではないのですか?」
「パルテノとブリュンヒルデは自国の復興で身動きが取れない。ので、ニ王となる」
その言葉で、次の皇帝が誰なのか理解した。
「恐れながら。まだシルヴィーには皇帝は荷が重すぎます」
「ふむ。ケルビムもそうか?」
「そうですなぁ。まだまだ経験も足りないゆえ、次代ではなくその次でしたら。それまでは私が務めを果たしましょう」
それで話がついていたらしい。
「やはりか。なら、略式であるが、次代皇帝はケルビムに託す。後日正式に五王に通達するので、まだ他言は無用でな」
ミストとケルビムは丁寧に頭を下げた。
それでレックスは部屋から出て行くが、ミストとケルビムはその場で少し残っていた。
「まあ、次代の皇帝の話は置いておくとして。シュミッツ領を取り返してから、そこを誰に任せるかですね」
ミストがそうケルビムに話題を振ると。
「そこについては、いま内々で話を進めていてのう‥‥バイアス連邦の件が終わってから、正式に公表するかも知れぬ」
「そうなのですか。でも、シュミッツ領は五王の治める地、ラグナ・マリアの血筋以外の者には受け継がせることは出来ませぬが‥‥ケルビム殿の子息ですか?」
「まさか。儂の子供たちは皆小さいながらも都市を治めている。今更誰かに国王になれといっても無理じゃよ」
「では他に‥‥あの‥‥まさかとは思いますが」
ミストには一人だけ、思い当たるふしがあった。
「左様。ライオネル・ラグナ・マリア。ラマダ公国はカナン魔導王国に編入し、いまのラマダ公国よりも肥沃で大きなシュミッツ領にあらたにラマダ王国領を作ることをレックス皇帝は考えている」
とんでもない大きな話である。
だが、それをやるのが皇帝レックス。
「カナンは更に強大な国となるが、まあ、マチュアの居た国ゆえ心配はないらしい。問題はライオネル大公じゃて」
「先日、河を遡って竜族がラマダ公国に侵攻したという報告は受けています。その直後にクロウカシスの件があったので、それ以降の報告はきいていません」
そこで会話は止まってしまう。
暫くして、ミストはゆっくりと立ち上がった。
「ファナ・スタシア王国経由で探りを入れてみますわ。ククルカン王国を通ればそれほど危険ではありませんし。それでは失礼します」
丁寧に頭を下げて、ミストは部屋から出ていった。
そして残っていたケルビムも、暫く何かを考えてから執務室へと戻っていく。
戦争の傷跡は大きく、それを癒す力はまだラグナ・マリアにはなかった‥‥。
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