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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ
竜魔の章・その10 騎士とは
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ガギィィィィィィィィン
ベネリの持つ両手剣の攻撃を、シルヴィーは軽快な動きで躱し、そして受け流している。
その細い腕の足の何処にそんな力があったのかと不思議でたまらない。
「これは小癪な‥‥」
Aクラス冒険者といっても良いぐらいの華麗なる動き。
それでベネリを翻弄している。
決して自分から攻撃を仕掛けるのではなく、ベネリの攻撃を受け止めるのに全力を出しているようにも感じられる。
――キィィィン
「ベネリとやら。これがそなたが探していたシルヴィーぢゃ。妾はな、やすやすと命をくれてやるほど愚かではない」
「時間を稼いでいるようだな。だが、此方もそろそろ本気で行かせてもらうぞ」
素早く後方に飛ぶと、ベネリはマントから細身のショートソードを引き抜く。
――ヒュンッ
力強くそれを振ると、刃の部分が残像のように分裂した。
「それはなんぢゃ?そんな細身の剣で妾に‥‥ほう」
言いかけて、途中で止まるシルヴィー。
「わかったかな?スタイファーの刀工ガストの手による|共鳴剣(ハウリングソード)だ。これで斬られたものはなぁ」
ダッと間合いを詰めると、ベネリは横一閃に剣を振った。
「そんなもの‥‥」
すかさず剣を受け止めようとした時、突然ショートソードが分裂し、全て軌道の違う剣戟となった。
――ズビァァァァァァッ
鎧の腹部が破壊され、下に着ていたらしい鎖帷子が露出する。
「グッ‥‥今のはなんぢゃ」
「共鳴したのさ。この剣はな、いくつもの軌跡で繰り出されるのが特徴でね」
再び剣を構えると、今度は袈裟斬りに襲いかかる。
「甘いのう、たとえ軌跡が増えたとしても、攻撃者はおぬし一人。腕を見れば、次の攻撃の軌跡のどれが本物かなど
‥‥なぬ!!」
腕の角度で本物の攻撃の軌跡を読もうとするシルヴィーだが、ベネリ自身の体も共鳴し分裂していたのである。
――ズビァァァァァァッ
躱そうとした身体の右肩に剣が突き刺さると、肩当てと上腕部がザックリと抉られた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ」
手にした剣が床に落ちる。
すると、剣がシルヴィーの姿に変化した。
体を覆っていた鎧も全て消滅し、鎖帷子のみの姿になる。
「カッッェ!!大丈夫か‥‥」
残存魔力で自らを武具化したカッッェ。
それでどうにかシルヴィーを守ろうとしていたが、此処で限界が訪れたらしい。
鎧の状態でシルヴィーの身体を操って戦っていた為、戦闘技術もカッツェそのものであった。
「ひ、姫様‥‥申し訳ない‥‥マチュア様‥‥すいません‥‥」
必死に体を動かし立ち上がろうとするが、その途中でカッッェは動きが完全に停止する。
「さて、シルヴィー。貴様の命で、扉を開いてもらうぞ」
「出来るものならやって見るがよい。その前に、妾は自らの命を断つぞ」
「構わんよ。必要なのは貴様の血だ。スタイファー王家の中に流れる血こそが、王家の遺跡へと向かう鍵となる。死んだらそのまま死体を担いで、扉の前で首を刎ねるだけだ」
――ゾクッ
全身を鳥肌が駆け巡る。
寒気と恐怖、そして眼前の死が、ゆっくりとシルヴィーを包み込んだ。
「では参ろうか。バイアス連邦の勝利、そしてラグナ・マリアの最後を。君の血で飾り付けるのだよ」
ゆっくりとシルヴィーに近づくと、シルヴィーも慌てて壁際に逃げる。
だが、やがて部屋の隅まで追いやられると、シルヴィーは逃げ道を失ってしまった。
「い、いやぢゃ‥‥妾は、妾は死にとうない‥‥」
――スバィァァン
抵抗するシルヴィーの頬を平手で打つ。
その衝撃で床に崩れるシルヴィーの髪を掴むと、ベネリは無理やりシルヴィーを立ち上がらせた。
「宝物庫の場所まで行こうか‥‥」
そう呟いてからベネリはシルヴィーを抱えると、悠々と部屋から出る。
未だ廊下の向こうでは、ベネリの騎士たちが幻影騎士団を足止めしている。
「た、だれか‥‥誰でもいいから助けて‥‥」
ガクガクと震えながら、必死に助けを乞うシルヴィー。
だが、ベネリは反対側の廊下を駆け抜けると、階段から地下まで駆け下りていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ベルナー城地下。
いくつもの倉庫が並ぶ奥に、大きな両開き扉がある。
それが王城地下の宝物庫の扉。
その中にひとつだけ綺麗な鏡がある。
ベルナー家の者のみが開くことのできる、異世界に繋がる扉。
それが、ベネリの欲している王家の遺跡の扉である。
宝物庫の前までやって来たベネリだが、その扉の正面にひとりの女性が立っているのに気がついた。
「シ、シルヴィー様を離しなさい!!」
震えながら叫んでるのはミアである。
城内の混乱の時、真っ先にミアはこの扉の前まで走っていた。
それがどうしてかは分からないが、ミアは走らなくてはならないと思ったのである。
「ほう。まだ幻影騎士団が残っていたか。だが、まだ甘いな」
グイッとシルヴィーの髪を掴んで持ち上げると、首筋に剣を突き当てる。
「いやぁぁぁぁぁぁっ」
必死に抵抗するシルヴィーだが、髪を掴まれたので思うような身動きが取れない。
しかも迂闊に動くと、自ら首を斬られにいってしまう。
「卑怯な‥‥」
すでにミアは身動きが取れない。
幻影騎士団なら、まだ戦う方法はある。
が、ミアではまだ全然経験が少ないためにこのような時の対処方法が分からない。
「そのまま下がっていろ‥‥」
ゆっくりとシルヴィーを人質にしたまま、ベネリは宝物庫の扉を開く。
鍵は掛かっていたのだが、開いている手で槍を引き抜くと、その槍の力で鍵を溶かした。
――ガチャッ
音を立てて鍵が落ちる。
そして扉を開くと、ベネリは真正面に置かれている巨大な鏡の前まで進んだ。
「これだ。スタイファー王家に伝わる遺跡へと繋がる『越境の鏡』。これで王家の財宝全ては俺のものだ!!」
――ドダタッ
鏡の前にシルヴィーを突き飛ばす。
「シルヴィー様っ!!」
慌ててミアが走り出そうとするが。
「動くなっ。それ以上動いたら、即刻この女の首を刎ねる。いいな、動くなよっ」
――ブスッ
「痛いっっっ」
ゆっくりとシルヴィーの太腿に剣を突き立てると、2cmほど突き刺す。
すぐさま傷口から血が流れると、それをピン、と鏡に向かって弾いた。
――ヒュゥゥゥゥゥツ
越境の鏡が、シルヴィーの血を認識したらしい。
鏡面部分が虹色に輝いたが、すぐさま元の鏡面に戻った。
「本物のようだな‥‥まあ、俺にも情けはある。首は刎ねないが、腕一本は覚悟しろよ。まあ、血を失いすぎて死ぬかも知れないがなぁ」
尋常でないほどに瞳を開くベネリ。
すでに魔族化はかなり進行しているらしく、思考も徐々に狂気に傾いていた。
「い、いやぢゃ‥‥死にとうない‥‥」
震えながらベネリから逃げようとするシルヴィー。
だが、痛みで思うように身動きが取れない。
ズルズルと鏡に抱きつくと、必死にベネリに叫ぶ。
「妾は死にたくはない‥‥助けて‥‥」
「無理だな。バイアス連邦の‥‥俺の為の贄となれ!!」
力一杯剣を振り上げると、ベネリは真っ直ぐにシルヴィーの肩口めがけて剣を振り落とした。
「いやぢゃ、ストーム‥‥ストームゥゥッ!!」
絶叫が宝物庫に響く。
その刹那。
――ドッゴォォォォォォッ
突然ベネリの体が後方に吹き飛んだ。
すでに死を覚悟したシルヴィーには、何か起こったのか理解できない。
だが、目を背けそうになっていたミアははっきりと見た。
シルヴィーの叫びと同時に鏡が七色に光ると、そこから突然拳が飛び出して来てベネリの顔面に突き刺さったのを。
――ポンポン
涙で崩れるシルヴィーの頭を軽く叩く。
「全く。10年経っても、泣き虫なのは相変わらずかよ」
ニィッと笑う。
その顔を見て、シルヴィーはさらに涙を流した。
「ス、ストーム‥‥ストームぅぅぅぅぅぅ」
痛みなど忘れて抱きつくシルヴィー。
「何をしておったのぢゃ、妾は、妾ははずっと待っていたのぢゃ‥‥」
「まあ、異世界で一つ国を救って国王になりかけて結婚までさせられそうなったから逃げて来ただけだ‥‥ようやく時空を超えるだけの力を取り戻したので、戻ってこれたのも事実だが」
そう告げて、ストームはシルヴィーの頭に手をのせる。
――シュゥゥッ
瞬時にシルヴィーの体内を優しい魔力が循環し、傷が全て癒えていった。
「まあ、積もる話はまた後でだな。まずはこの男をどうにかする‥‥」
腰に下げている剣を引き抜くと、ストームはゆっくりとベネリに向かう。
「あんたが誰かは知らないが、シルヴィーをここまで怯えさせたということは敵だ。シルヴィーの敵なら、俺は貴様を躊躇なく斬る」
ヨロヨロと立ち上がりながら、ベネリも剣を構えた。
「貴様が剣聖ストームか‥‥我を知らぬとは飛んだ無知愚鈍だな‥‥我はベネリ・バイアス。バイアス連邦の国王にして」
――ヒュンッ
一瞬でベネリの頬に一条の傷ができる。
そこからジワリと血が滲み出すと、ベネリは慌てて頬を抑える。
「い、今何をした‥‥この俺に何をした」
「何って、軽く剣を振って真空刃を飛ばしただけだが」
ベネリには見えなかった。
いや、今の速度をまともに視覚に捉えられるのは、世界広しといえどほんの一握りであろう。
そしてベネリはその一握りには入れなかった。
「この俺に‥‥高貴な俺の頬に傷をつけるだと?それは万死に値する!!」
瞬時に間合いを詰めてストームに乱撃を入れるベネリだが。
――カキカキガキィィィィッ
全てを受け止められ、そして気がつくと剣も破壊されていた。
「バカな、スタイファーの遺物だぞ?そんな鈍な剣のどこにそんな力がある」
「まあ、これはただの剣じゃなくてね。俺の持っていたカリバーンが折れちまったんで、あっちの世界の湖の女王に修理してもらったカリバーンだよ。名前は変わらないが、かなり強化されていてなぁ」
軽くベネリに向かって振ると、衝撃波で床に亀裂が走る。
「俺もまだ制御不能でね。これを直すのに仮面ビルダー装甲も全て使っちまったけど、まあ、今ならなんでも出来るわ」
――カツーンカツーン
ゆっくりとベネリに近づくストーム。
「という事だ。それじゃあ深ーく反省して死ね」
一旦腰の鞘にカリバーンを納めると、腰だめにゆっくりと構える。
「カリバーン・モード・|刀(ブレイド)っ」
すとーの言葉に、カリバーンの形状が鞘ごと変化する。
西洋剣だった形状が瞬時に日本刀のようになる。
それで居合の構えを取るストームだが、ベネリもマントにそっと手を差し込む。
「まだ俺は死なない。マダダ‥‥マダシナナイ‥‥」
――チンッ
すかさずマントから杖を取り出すのと、ストームが居合でベネリの胴体を真っ二つにしたのは同時である。
大量の緑と赤の体液を撒き散らしながら、ベネリが転がる。
「うわっ、魔族化したのか‥‥それで次はどうするんだ?」
まだ上半身だけで意識があるベネリに問いかけるストーム。
だが、ベネリはニィッと笑うと、その場からスッと消えた。
「あっそ、まだ抵抗するのかよ」
――ヒュンッ
素早く刀を振ると、ストームは目の前の空間を真っ二つにする。
そこからボトッとベネリの左腕と杖が落ちて来たが、ベネリ本体には届かなかったらしい。
「ふう。逃げられたか。まあいいか、また来たら潰せば‥‥」
ドン!!
突然ストームの背中にシルヴィーが抱きつく。
「お、遅いぞストーム。妾の危機にはとっとと駆けつけるのぢゃ」
「あー、はいはい。それじゃあ一旦ここから出るとしますか‥‥で、このお嬢ちゃんは誰かな?」
通りすがりに心配そうに見ていたミアを見る。
「ストーム様、私です、ミアです」
「ミア?」
暫し考えるストーム。そしてポンと手を叩くと一言。
「あ、マチュアから箒もらってた子か。随分と大きくなったな‥‥」
「大きくなったって‥‥あれれ?」
動揺するミアに、シルヴィーが一言。
「ミアよ、サムソンのフォンゼーン王も、マチュアと同じく影武者のゴーレムぢゃよ。それよりも皆が危ないのぢゃ」
「危ないのか?幻影騎士団が?」
「バイアスの魔導騎士は、幻影騎士団に引けを取らないツワモノぢゃ」
「はい、かなりの強敵と思います」
シルヴィーに続いてミアも告げる。
が、ストームは嬉しそうに笑う。
「そうかそうか、強いのかぁ‥‥負けたら全員正座だな。では行くとするか」
そう話してから、ストームはシルヴィーとミアを伴って宝物庫から出て行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ゼイゼイゼイゼイ
息を切らせながら、ロットは目の前のカーマインを睨みつける。
闘気で傷を塞ぎ、さらに全身を闘気の膜で包み込む。
「こんな所で負けないのだ‥‥守る者が死んだら、守れるものも守れないのだっ」
その場にミアやマチュアがいたら突っ込まれそうな言葉であるが、反対側では防戦一方のウォルフラムが戦っている。
誰も、ロットには突っ込まない。
「そんな当たり前のことを‥‥」
そう笑うカーマイン。
「そうなのだ、当たり前の事だから、当たり前のようにできないといけないのだっ!!」
さらに体内の闘気を高めるロット。
だが、カーマインは涼しげな顔をしている。
「ダメよ。その程度の闘気では、わたしには傷一つつかないわよ‥‥」
右手をスッとロットに差し出すと、ロットにおいでという風に挑発する。
「そんな挑発に乗るとでも思ったのかぁぁぁぁぁぁっ」
素早くマチュアから受け取ったドラゴンスレイヤーを構えて斬りかかるロットだが。
――ドンッッッ
カーマインの体の表面、ドレスの上に張り巡らされた薄い魔力の結界で弾かれてしまう。
「どぉしたのぉ?私は一歩も動いていないわよ?」
クスクスと笑うカーマイン。
さらに二度、三度とソードを叩きつけるが、全く手応えを感じない。
「ど、どうしてなのだ?どうして効かないのだ?」
「そうねぇ。坊やだからかしら?斬れる武器を使っても、切り方を知らないと切れないわよ。貴方は魔族との戦い方を知らないからねぇ」
スッとロットの前から姿を消すと、カーマインはロットの背後に姿をあらわす。
そして力強くロットを背後から抱きしめると、左手をロットの股間に伸ばした。
「クスクスッ‥‥なかなかいいものを持っているわねぇ‥‥では」
突然ロットの股間が熱くなると、全身から力が抜けて行く。
「くっ、こ、これはなんなのだ‥‥」
「私は貴方たちでいう魔族ではなく魔神族に属するのよ‥‥つまり悪魔。という事ですから、貴方の精気、すべて頂くわよ‥‥」
――カプッ
ロットの剥き出しの首筋に牙を突き立て、さらに股間を力強く握りしめるカーマイン。
首と股間から体内の精気が次々と抜き取られて行くと、脱力感と快感に苛まれて、ロットは膝から崩れ落ちた。
――ドサッ
ロットから手を離し、背後で立ち上がるカーマイン。
既にロットは顔面蒼白になっている。
「はぁぁぁぁぁん、貴方いい精気持っているわねぇ‥‥身体の芯からぞくぞくしてくるわ‥‥」
艶めかしい表情で呟くカーマイン。
すると、身動きが取れていないロットにようやく気がついた。
「あら‥‥ちょっと強く吸いすぎたかしら? でも大丈夫よ。一週間もすれば元気になるから‥‥その時は、また貴方の精気を貰いに来るわよ‥‥」
ガクガクと震えるロット。
それでもまた、カーマインを睨みつけている。
「き、貴様の目的はなんだ?バイアス連邦の繁栄が目的ではないな‥‥」
そう叫ぶロットに、カーマインがクスクスと笑う。
「あらぁ?どうしてそう思うのかしら?」
「そんな強力な強さがあるのに、人間の戦争に加担するのはおかしいのだ‥‥」
「へぇ。貴方見所があるわねぇ」
ロットの目の前でしゃがみこむと、カーマインはツツーッとロットの頬を撫で上げる。
そしてゆっくりとロットと口づけを交わすと。
「人間にはもっと戦って欲しいのよ。怒りと悲しみ、憎悪、そして大量の血。このウィル大陸の地下にある、我らが魔神族の長の結界を破壊するためにね‥‥」
「魔神族の長‥‥その解放のために、バイアス連邦を、竜族を利用したのか?」
「ええ。最初はもっと簡単かなと思ったのよ。なんて言ったかしら‥‥」
そう呟くと、ふとカーマインは手を叩く。
「マクドガル?マクレガー?そんな名前の貴族を使って、ラグナ・マリアにドラゴンを引っ張り込もうとしたのよ。けれど邪魔が入ってねぇ‥‥あの男と女が私の邪魔をしたのよ‥‥だから復讐するの」
「その復讐が、バイアス連邦を利用してドラゴンを解放したっていうのか‥‥一体どれだけの人達が死んだと思っているのだ!!」
目の前のカーマインを押し飛ばし、ロットがゆっくりと立ち上がる。
「若いわねぇ。もう立てるなんて‥‥貴方気に入ったわ。貴方にもいいものをあげるわ」
懐から小さなタネを取り出すと、それをロットに飲ませるために近づく。
「それはなんなのだ」
「デモンズプラントのタネよ。これを飲めば、貴方も魔族化するわよ‥‥さあ」
――ガシッ
ロットの顎を掴んでグッと持ち上げるカーマイン。
その力に対抗するためにカーマインの腕を掴むが、全く離れることはない。
「一度飲んだらすぐに定着するわ。身体も心も、全て魔族化するのよ‥‥」
ゆっくりとタネを持った手をロットの口元に近づける。
そして手前まで手が伸びた時、突然カーマインの腕が燃え上がった!!
――ゴウゥゥゥゥゥゥッ
「熱っ、誰よ?」
慌ててロットから離れるカーマイン。
すると、奥からミアが姿を現した!!
「ロットから離れなさいよ、この年増魔族っ!!」
くるっと手にした杖を構えると、ミアはさらに魔法を発動する。
『偉大なる英霊カムナ・マイトの名において、かのものを打ち崩す燃え盛る槍を与えたまえ、槍よ、飛来してかの敵を討ち滅ぼせっっ』
――ブゥン
ミアの左右に巨大な槍が一本ずつ浮かび上がる。
それが炎を纏うと、一直線にカーマインに向かって飛んでいった。
「小癪な小娘ねぇ‥‥でも嫌いじゃないわよ」
――ブゥン
カーマインの前方に二枚のカイトシールドが浮かび上がると、炎の槍を受け止めて対消滅した。
「り、理力の盾ですか‥‥しかも無詠唱で」
「お馬鹿さん。魔術の基礎からやり直していらっしゃい。なんなら、バイアスの魔導学院の推薦状でも用意しましょうか?」
「いらないわよ!!わたしにはちゃんと師匠がいますからね」
「あら、随分と適当な師匠ですこと。基礎も何も教えていないのかしら?」
「わたしの魔術の師匠はわたしのお母さんとマチュア様。二人とも立派な魔術師よ!!その師匠を侮辱するなんて許せない」
カーマインに向かって杖を構えると、ミアの足元に結界が生み出される。
『其は魔術の理なり。全ての理は円環の中にあり‥‥』
それはカーマインの知らない魔術。
その詠唱を聞くや否や、カーマインは目の前に10本の理力の矢を生み出す。
「詠唱中の魔術師ほど、狙いやすい敵はいないわね‥‥死になさいっ」
――ヒュヒュヒュヒュンッ
次々と飛んでいく魔法の矢。
それは一直線にミアに向かって飛来するが‥‥。
「やらせないのだっ!!」
ロットの真紅の鎧が輝くと、ロットは瞬時にミアの前に縮地した。
「ぬあぁぁぁぁぁっ、爆撃斬・無限刃っ」
――ドッゴォォォォォォ‥‥チンッ
斬った対象を闘気の爆発で吹き飛ばす爆撃斬。
それにストームの無限刃を組み込んだのである。
その一撃で殆どの理力の矢を破壊したが、それでも攻撃を掻い潜って飛んでくる矢がある。
「させるかぁぁぁぁぁぁっ」
すかさず大地を蹴り、矢の軌道に体を預けるロット。
――ザシュッッッ
それはロットの胸元に深々と突き刺さった。
「小賢しい子ねぇ。まだそんなに力があったなんて‥‥」
クスクスと笑うカーマインだが、突然ミアの魔力が爆発的に増幅した。
「英雄の丘より来たれ!! 偉大なる賢人フレディ、ブライアン、ロジャー、ジョン‥‥。我が内なる魂に集いて、魔を滅ぼす矢を与え給え‥‥マチュア様は使わなかったけれど、わたしは使うわよっ!!『|偉大なる一撃(グレイテスト・ヒッツ)』っっっっっ」
ミアの周囲に魔法陣が展開すると、目の前に4つのレンズ状の魔法陣が生み出される。
そこに魔力が次々とそそがれていくと、糸のように細いレーザーが射出されてカーマインを貫いた。
――ビュンッ
「ふん、こんな魔法のどこ‥‥が‥‥」
慌ててレーザーを避けたが、命中した左腕から肩にかけての『精神体』が崩壊を始めた。
「偉大なる一撃はねぇ‥‥命中したものの根幹物質全てを破壊するのよ‥‥それはもう、魂が震えるぐらいに‥‥」
それだけを告げると、ミアは突然の魔障酔いでその場に倒れる。
「この女は殺さないと‥‥」
カーマインもヨロヨロと歩きながら、ミアに近寄ろうとするが。
――チャキッ
ストームはカーマインに向かってゆっくりと構える。
「さて、それ以上やるのなら、今度は俺が動くが‥‥ガキンチョ達の限界突破のきっかけを作ってくれたことだし、今は見逃してやる。どうする?」
「ストーム‥‥貴方がここにいるという事は、ベネリは?」
「逃げたよ。で、どうするんだカーマイン。これも俺の『魂の修練』だというのか?」
「まさか。ではとっとと退散するわよ‥‥それじゃあね」
――スッ
と消えるカーマイン。
「二人とも大丈夫か」
シルヴィーが慌ててミアとロットに駆け寄る。
ミアは魔障酔いで身動きが取れず、ロットも胸元に突き刺さった理力の矢の衝撃で意識を失っている。
「ひどい傷ぢゃ‥‥」
ロットの胸元に手をかざすと、シルヴィーはすぐに傷を塞いだ。
「ほうほう、司祭の魔術も身につけたのか。凄いなぁ」
「10年ぢゃ!!それだけあればなんでも出来るわ」
恥ずかしそうに叫ぶシルヴィー。
すると、ストームはその奥で戦っているウォルフラムをじっと見た。
「さて、ここからは幻影騎士団の戦いか。ゆっくりと見させてもらうとするか」
そう告げてから、ストームはロット達の元でどっかりと腰を落として一息ついた。
ベネリの持つ両手剣の攻撃を、シルヴィーは軽快な動きで躱し、そして受け流している。
その細い腕の足の何処にそんな力があったのかと不思議でたまらない。
「これは小癪な‥‥」
Aクラス冒険者といっても良いぐらいの華麗なる動き。
それでベネリを翻弄している。
決して自分から攻撃を仕掛けるのではなく、ベネリの攻撃を受け止めるのに全力を出しているようにも感じられる。
――キィィィン
「ベネリとやら。これがそなたが探していたシルヴィーぢゃ。妾はな、やすやすと命をくれてやるほど愚かではない」
「時間を稼いでいるようだな。だが、此方もそろそろ本気で行かせてもらうぞ」
素早く後方に飛ぶと、ベネリはマントから細身のショートソードを引き抜く。
――ヒュンッ
力強くそれを振ると、刃の部分が残像のように分裂した。
「それはなんぢゃ?そんな細身の剣で妾に‥‥ほう」
言いかけて、途中で止まるシルヴィー。
「わかったかな?スタイファーの刀工ガストの手による|共鳴剣(ハウリングソード)だ。これで斬られたものはなぁ」
ダッと間合いを詰めると、ベネリは横一閃に剣を振った。
「そんなもの‥‥」
すかさず剣を受け止めようとした時、突然ショートソードが分裂し、全て軌道の違う剣戟となった。
――ズビァァァァァァッ
鎧の腹部が破壊され、下に着ていたらしい鎖帷子が露出する。
「グッ‥‥今のはなんぢゃ」
「共鳴したのさ。この剣はな、いくつもの軌跡で繰り出されるのが特徴でね」
再び剣を構えると、今度は袈裟斬りに襲いかかる。
「甘いのう、たとえ軌跡が増えたとしても、攻撃者はおぬし一人。腕を見れば、次の攻撃の軌跡のどれが本物かなど
‥‥なぬ!!」
腕の角度で本物の攻撃の軌跡を読もうとするシルヴィーだが、ベネリ自身の体も共鳴し分裂していたのである。
――ズビァァァァァァッ
躱そうとした身体の右肩に剣が突き刺さると、肩当てと上腕部がザックリと抉られた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ」
手にした剣が床に落ちる。
すると、剣がシルヴィーの姿に変化した。
体を覆っていた鎧も全て消滅し、鎖帷子のみの姿になる。
「カッッェ!!大丈夫か‥‥」
残存魔力で自らを武具化したカッッェ。
それでどうにかシルヴィーを守ろうとしていたが、此処で限界が訪れたらしい。
鎧の状態でシルヴィーの身体を操って戦っていた為、戦闘技術もカッツェそのものであった。
「ひ、姫様‥‥申し訳ない‥‥マチュア様‥‥すいません‥‥」
必死に体を動かし立ち上がろうとするが、その途中でカッッェは動きが完全に停止する。
「さて、シルヴィー。貴様の命で、扉を開いてもらうぞ」
「出来るものならやって見るがよい。その前に、妾は自らの命を断つぞ」
「構わんよ。必要なのは貴様の血だ。スタイファー王家の中に流れる血こそが、王家の遺跡へと向かう鍵となる。死んだらそのまま死体を担いで、扉の前で首を刎ねるだけだ」
――ゾクッ
全身を鳥肌が駆け巡る。
寒気と恐怖、そして眼前の死が、ゆっくりとシルヴィーを包み込んだ。
「では参ろうか。バイアス連邦の勝利、そしてラグナ・マリアの最後を。君の血で飾り付けるのだよ」
ゆっくりとシルヴィーに近づくと、シルヴィーも慌てて壁際に逃げる。
だが、やがて部屋の隅まで追いやられると、シルヴィーは逃げ道を失ってしまった。
「い、いやぢゃ‥‥妾は、妾は死にとうない‥‥」
――スバィァァン
抵抗するシルヴィーの頬を平手で打つ。
その衝撃で床に崩れるシルヴィーの髪を掴むと、ベネリは無理やりシルヴィーを立ち上がらせた。
「宝物庫の場所まで行こうか‥‥」
そう呟いてからベネリはシルヴィーを抱えると、悠々と部屋から出る。
未だ廊下の向こうでは、ベネリの騎士たちが幻影騎士団を足止めしている。
「た、だれか‥‥誰でもいいから助けて‥‥」
ガクガクと震えながら、必死に助けを乞うシルヴィー。
だが、ベネリは反対側の廊下を駆け抜けると、階段から地下まで駆け下りていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ベルナー城地下。
いくつもの倉庫が並ぶ奥に、大きな両開き扉がある。
それが王城地下の宝物庫の扉。
その中にひとつだけ綺麗な鏡がある。
ベルナー家の者のみが開くことのできる、異世界に繋がる扉。
それが、ベネリの欲している王家の遺跡の扉である。
宝物庫の前までやって来たベネリだが、その扉の正面にひとりの女性が立っているのに気がついた。
「シ、シルヴィー様を離しなさい!!」
震えながら叫んでるのはミアである。
城内の混乱の時、真っ先にミアはこの扉の前まで走っていた。
それがどうしてかは分からないが、ミアは走らなくてはならないと思ったのである。
「ほう。まだ幻影騎士団が残っていたか。だが、まだ甘いな」
グイッとシルヴィーの髪を掴んで持ち上げると、首筋に剣を突き当てる。
「いやぁぁぁぁぁぁっ」
必死に抵抗するシルヴィーだが、髪を掴まれたので思うような身動きが取れない。
しかも迂闊に動くと、自ら首を斬られにいってしまう。
「卑怯な‥‥」
すでにミアは身動きが取れない。
幻影騎士団なら、まだ戦う方法はある。
が、ミアではまだ全然経験が少ないためにこのような時の対処方法が分からない。
「そのまま下がっていろ‥‥」
ゆっくりとシルヴィーを人質にしたまま、ベネリは宝物庫の扉を開く。
鍵は掛かっていたのだが、開いている手で槍を引き抜くと、その槍の力で鍵を溶かした。
――ガチャッ
音を立てて鍵が落ちる。
そして扉を開くと、ベネリは真正面に置かれている巨大な鏡の前まで進んだ。
「これだ。スタイファー王家に伝わる遺跡へと繋がる『越境の鏡』。これで王家の財宝全ては俺のものだ!!」
――ドダタッ
鏡の前にシルヴィーを突き飛ばす。
「シルヴィー様っ!!」
慌ててミアが走り出そうとするが。
「動くなっ。それ以上動いたら、即刻この女の首を刎ねる。いいな、動くなよっ」
――ブスッ
「痛いっっっ」
ゆっくりとシルヴィーの太腿に剣を突き立てると、2cmほど突き刺す。
すぐさま傷口から血が流れると、それをピン、と鏡に向かって弾いた。
――ヒュゥゥゥゥゥツ
越境の鏡が、シルヴィーの血を認識したらしい。
鏡面部分が虹色に輝いたが、すぐさま元の鏡面に戻った。
「本物のようだな‥‥まあ、俺にも情けはある。首は刎ねないが、腕一本は覚悟しろよ。まあ、血を失いすぎて死ぬかも知れないがなぁ」
尋常でないほどに瞳を開くベネリ。
すでに魔族化はかなり進行しているらしく、思考も徐々に狂気に傾いていた。
「い、いやぢゃ‥‥死にとうない‥‥」
震えながらベネリから逃げようとするシルヴィー。
だが、痛みで思うように身動きが取れない。
ズルズルと鏡に抱きつくと、必死にベネリに叫ぶ。
「妾は死にたくはない‥‥助けて‥‥」
「無理だな。バイアス連邦の‥‥俺の為の贄となれ!!」
力一杯剣を振り上げると、ベネリは真っ直ぐにシルヴィーの肩口めがけて剣を振り落とした。
「いやぢゃ、ストーム‥‥ストームゥゥッ!!」
絶叫が宝物庫に響く。
その刹那。
――ドッゴォォォォォォッ
突然ベネリの体が後方に吹き飛んだ。
すでに死を覚悟したシルヴィーには、何か起こったのか理解できない。
だが、目を背けそうになっていたミアははっきりと見た。
シルヴィーの叫びと同時に鏡が七色に光ると、そこから突然拳が飛び出して来てベネリの顔面に突き刺さったのを。
――ポンポン
涙で崩れるシルヴィーの頭を軽く叩く。
「全く。10年経っても、泣き虫なのは相変わらずかよ」
ニィッと笑う。
その顔を見て、シルヴィーはさらに涙を流した。
「ス、ストーム‥‥ストームぅぅぅぅぅぅ」
痛みなど忘れて抱きつくシルヴィー。
「何をしておったのぢゃ、妾は、妾ははずっと待っていたのぢゃ‥‥」
「まあ、異世界で一つ国を救って国王になりかけて結婚までさせられそうなったから逃げて来ただけだ‥‥ようやく時空を超えるだけの力を取り戻したので、戻ってこれたのも事実だが」
そう告げて、ストームはシルヴィーの頭に手をのせる。
――シュゥゥッ
瞬時にシルヴィーの体内を優しい魔力が循環し、傷が全て癒えていった。
「まあ、積もる話はまた後でだな。まずはこの男をどうにかする‥‥」
腰に下げている剣を引き抜くと、ストームはゆっくりとベネリに向かう。
「あんたが誰かは知らないが、シルヴィーをここまで怯えさせたということは敵だ。シルヴィーの敵なら、俺は貴様を躊躇なく斬る」
ヨロヨロと立ち上がりながら、ベネリも剣を構えた。
「貴様が剣聖ストームか‥‥我を知らぬとは飛んだ無知愚鈍だな‥‥我はベネリ・バイアス。バイアス連邦の国王にして」
――ヒュンッ
一瞬でベネリの頬に一条の傷ができる。
そこからジワリと血が滲み出すと、ベネリは慌てて頬を抑える。
「い、今何をした‥‥この俺に何をした」
「何って、軽く剣を振って真空刃を飛ばしただけだが」
ベネリには見えなかった。
いや、今の速度をまともに視覚に捉えられるのは、世界広しといえどほんの一握りであろう。
そしてベネリはその一握りには入れなかった。
「この俺に‥‥高貴な俺の頬に傷をつけるだと?それは万死に値する!!」
瞬時に間合いを詰めてストームに乱撃を入れるベネリだが。
――カキカキガキィィィィッ
全てを受け止められ、そして気がつくと剣も破壊されていた。
「バカな、スタイファーの遺物だぞ?そんな鈍な剣のどこにそんな力がある」
「まあ、これはただの剣じゃなくてね。俺の持っていたカリバーンが折れちまったんで、あっちの世界の湖の女王に修理してもらったカリバーンだよ。名前は変わらないが、かなり強化されていてなぁ」
軽くベネリに向かって振ると、衝撃波で床に亀裂が走る。
「俺もまだ制御不能でね。これを直すのに仮面ビルダー装甲も全て使っちまったけど、まあ、今ならなんでも出来るわ」
――カツーンカツーン
ゆっくりとベネリに近づくストーム。
「という事だ。それじゃあ深ーく反省して死ね」
一旦腰の鞘にカリバーンを納めると、腰だめにゆっくりと構える。
「カリバーン・モード・|刀(ブレイド)っ」
すとーの言葉に、カリバーンの形状が鞘ごと変化する。
西洋剣だった形状が瞬時に日本刀のようになる。
それで居合の構えを取るストームだが、ベネリもマントにそっと手を差し込む。
「まだ俺は死なない。マダダ‥‥マダシナナイ‥‥」
――チンッ
すかさずマントから杖を取り出すのと、ストームが居合でベネリの胴体を真っ二つにしたのは同時である。
大量の緑と赤の体液を撒き散らしながら、ベネリが転がる。
「うわっ、魔族化したのか‥‥それで次はどうするんだ?」
まだ上半身だけで意識があるベネリに問いかけるストーム。
だが、ベネリはニィッと笑うと、その場からスッと消えた。
「あっそ、まだ抵抗するのかよ」
――ヒュンッ
素早く刀を振ると、ストームは目の前の空間を真っ二つにする。
そこからボトッとベネリの左腕と杖が落ちて来たが、ベネリ本体には届かなかったらしい。
「ふう。逃げられたか。まあいいか、また来たら潰せば‥‥」
ドン!!
突然ストームの背中にシルヴィーが抱きつく。
「お、遅いぞストーム。妾の危機にはとっとと駆けつけるのぢゃ」
「あー、はいはい。それじゃあ一旦ここから出るとしますか‥‥で、このお嬢ちゃんは誰かな?」
通りすがりに心配そうに見ていたミアを見る。
「ストーム様、私です、ミアです」
「ミア?」
暫し考えるストーム。そしてポンと手を叩くと一言。
「あ、マチュアから箒もらってた子か。随分と大きくなったな‥‥」
「大きくなったって‥‥あれれ?」
動揺するミアに、シルヴィーが一言。
「ミアよ、サムソンのフォンゼーン王も、マチュアと同じく影武者のゴーレムぢゃよ。それよりも皆が危ないのぢゃ」
「危ないのか?幻影騎士団が?」
「バイアスの魔導騎士は、幻影騎士団に引けを取らないツワモノぢゃ」
「はい、かなりの強敵と思います」
シルヴィーに続いてミアも告げる。
が、ストームは嬉しそうに笑う。
「そうかそうか、強いのかぁ‥‥負けたら全員正座だな。では行くとするか」
そう話してから、ストームはシルヴィーとミアを伴って宝物庫から出て行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ゼイゼイゼイゼイ
息を切らせながら、ロットは目の前のカーマインを睨みつける。
闘気で傷を塞ぎ、さらに全身を闘気の膜で包み込む。
「こんな所で負けないのだ‥‥守る者が死んだら、守れるものも守れないのだっ」
その場にミアやマチュアがいたら突っ込まれそうな言葉であるが、反対側では防戦一方のウォルフラムが戦っている。
誰も、ロットには突っ込まない。
「そんな当たり前のことを‥‥」
そう笑うカーマイン。
「そうなのだ、当たり前の事だから、当たり前のようにできないといけないのだっ!!」
さらに体内の闘気を高めるロット。
だが、カーマインは涼しげな顔をしている。
「ダメよ。その程度の闘気では、わたしには傷一つつかないわよ‥‥」
右手をスッとロットに差し出すと、ロットにおいでという風に挑発する。
「そんな挑発に乗るとでも思ったのかぁぁぁぁぁぁっ」
素早くマチュアから受け取ったドラゴンスレイヤーを構えて斬りかかるロットだが。
――ドンッッッ
カーマインの体の表面、ドレスの上に張り巡らされた薄い魔力の結界で弾かれてしまう。
「どぉしたのぉ?私は一歩も動いていないわよ?」
クスクスと笑うカーマイン。
さらに二度、三度とソードを叩きつけるが、全く手応えを感じない。
「ど、どうしてなのだ?どうして効かないのだ?」
「そうねぇ。坊やだからかしら?斬れる武器を使っても、切り方を知らないと切れないわよ。貴方は魔族との戦い方を知らないからねぇ」
スッとロットの前から姿を消すと、カーマインはロットの背後に姿をあらわす。
そして力強くロットを背後から抱きしめると、左手をロットの股間に伸ばした。
「クスクスッ‥‥なかなかいいものを持っているわねぇ‥‥では」
突然ロットの股間が熱くなると、全身から力が抜けて行く。
「くっ、こ、これはなんなのだ‥‥」
「私は貴方たちでいう魔族ではなく魔神族に属するのよ‥‥つまり悪魔。という事ですから、貴方の精気、すべて頂くわよ‥‥」
――カプッ
ロットの剥き出しの首筋に牙を突き立て、さらに股間を力強く握りしめるカーマイン。
首と股間から体内の精気が次々と抜き取られて行くと、脱力感と快感に苛まれて、ロットは膝から崩れ落ちた。
――ドサッ
ロットから手を離し、背後で立ち上がるカーマイン。
既にロットは顔面蒼白になっている。
「はぁぁぁぁぁん、貴方いい精気持っているわねぇ‥‥身体の芯からぞくぞくしてくるわ‥‥」
艶めかしい表情で呟くカーマイン。
すると、身動きが取れていないロットにようやく気がついた。
「あら‥‥ちょっと強く吸いすぎたかしら? でも大丈夫よ。一週間もすれば元気になるから‥‥その時は、また貴方の精気を貰いに来るわよ‥‥」
ガクガクと震えるロット。
それでもまた、カーマインを睨みつけている。
「き、貴様の目的はなんだ?バイアス連邦の繁栄が目的ではないな‥‥」
そう叫ぶロットに、カーマインがクスクスと笑う。
「あらぁ?どうしてそう思うのかしら?」
「そんな強力な強さがあるのに、人間の戦争に加担するのはおかしいのだ‥‥」
「へぇ。貴方見所があるわねぇ」
ロットの目の前でしゃがみこむと、カーマインはツツーッとロットの頬を撫で上げる。
そしてゆっくりとロットと口づけを交わすと。
「人間にはもっと戦って欲しいのよ。怒りと悲しみ、憎悪、そして大量の血。このウィル大陸の地下にある、我らが魔神族の長の結界を破壊するためにね‥‥」
「魔神族の長‥‥その解放のために、バイアス連邦を、竜族を利用したのか?」
「ええ。最初はもっと簡単かなと思ったのよ。なんて言ったかしら‥‥」
そう呟くと、ふとカーマインは手を叩く。
「マクドガル?マクレガー?そんな名前の貴族を使って、ラグナ・マリアにドラゴンを引っ張り込もうとしたのよ。けれど邪魔が入ってねぇ‥‥あの男と女が私の邪魔をしたのよ‥‥だから復讐するの」
「その復讐が、バイアス連邦を利用してドラゴンを解放したっていうのか‥‥一体どれだけの人達が死んだと思っているのだ!!」
目の前のカーマインを押し飛ばし、ロットがゆっくりと立ち上がる。
「若いわねぇ。もう立てるなんて‥‥貴方気に入ったわ。貴方にもいいものをあげるわ」
懐から小さなタネを取り出すと、それをロットに飲ませるために近づく。
「それはなんなのだ」
「デモンズプラントのタネよ。これを飲めば、貴方も魔族化するわよ‥‥さあ」
――ガシッ
ロットの顎を掴んでグッと持ち上げるカーマイン。
その力に対抗するためにカーマインの腕を掴むが、全く離れることはない。
「一度飲んだらすぐに定着するわ。身体も心も、全て魔族化するのよ‥‥」
ゆっくりとタネを持った手をロットの口元に近づける。
そして手前まで手が伸びた時、突然カーマインの腕が燃え上がった!!
――ゴウゥゥゥゥゥゥッ
「熱っ、誰よ?」
慌ててロットから離れるカーマイン。
すると、奥からミアが姿を現した!!
「ロットから離れなさいよ、この年増魔族っ!!」
くるっと手にした杖を構えると、ミアはさらに魔法を発動する。
『偉大なる英霊カムナ・マイトの名において、かのものを打ち崩す燃え盛る槍を与えたまえ、槍よ、飛来してかの敵を討ち滅ぼせっっ』
――ブゥン
ミアの左右に巨大な槍が一本ずつ浮かび上がる。
それが炎を纏うと、一直線にカーマインに向かって飛んでいった。
「小癪な小娘ねぇ‥‥でも嫌いじゃないわよ」
――ブゥン
カーマインの前方に二枚のカイトシールドが浮かび上がると、炎の槍を受け止めて対消滅した。
「り、理力の盾ですか‥‥しかも無詠唱で」
「お馬鹿さん。魔術の基礎からやり直していらっしゃい。なんなら、バイアスの魔導学院の推薦状でも用意しましょうか?」
「いらないわよ!!わたしにはちゃんと師匠がいますからね」
「あら、随分と適当な師匠ですこと。基礎も何も教えていないのかしら?」
「わたしの魔術の師匠はわたしのお母さんとマチュア様。二人とも立派な魔術師よ!!その師匠を侮辱するなんて許せない」
カーマインに向かって杖を構えると、ミアの足元に結界が生み出される。
『其は魔術の理なり。全ての理は円環の中にあり‥‥』
それはカーマインの知らない魔術。
その詠唱を聞くや否や、カーマインは目の前に10本の理力の矢を生み出す。
「詠唱中の魔術師ほど、狙いやすい敵はいないわね‥‥死になさいっ」
――ヒュヒュヒュヒュンッ
次々と飛んでいく魔法の矢。
それは一直線にミアに向かって飛来するが‥‥。
「やらせないのだっ!!」
ロットの真紅の鎧が輝くと、ロットは瞬時にミアの前に縮地した。
「ぬあぁぁぁぁぁっ、爆撃斬・無限刃っ」
――ドッゴォォォォォォ‥‥チンッ
斬った対象を闘気の爆発で吹き飛ばす爆撃斬。
それにストームの無限刃を組み込んだのである。
その一撃で殆どの理力の矢を破壊したが、それでも攻撃を掻い潜って飛んでくる矢がある。
「させるかぁぁぁぁぁぁっ」
すかさず大地を蹴り、矢の軌道に体を預けるロット。
――ザシュッッッ
それはロットの胸元に深々と突き刺さった。
「小賢しい子ねぇ。まだそんなに力があったなんて‥‥」
クスクスと笑うカーマインだが、突然ミアの魔力が爆発的に増幅した。
「英雄の丘より来たれ!! 偉大なる賢人フレディ、ブライアン、ロジャー、ジョン‥‥。我が内なる魂に集いて、魔を滅ぼす矢を与え給え‥‥マチュア様は使わなかったけれど、わたしは使うわよっ!!『|偉大なる一撃(グレイテスト・ヒッツ)』っっっっっ」
ミアの周囲に魔法陣が展開すると、目の前に4つのレンズ状の魔法陣が生み出される。
そこに魔力が次々とそそがれていくと、糸のように細いレーザーが射出されてカーマインを貫いた。
――ビュンッ
「ふん、こんな魔法のどこ‥‥が‥‥」
慌ててレーザーを避けたが、命中した左腕から肩にかけての『精神体』が崩壊を始めた。
「偉大なる一撃はねぇ‥‥命中したものの根幹物質全てを破壊するのよ‥‥それはもう、魂が震えるぐらいに‥‥」
それだけを告げると、ミアは突然の魔障酔いでその場に倒れる。
「この女は殺さないと‥‥」
カーマインもヨロヨロと歩きながら、ミアに近寄ろうとするが。
――チャキッ
ストームはカーマインに向かってゆっくりと構える。
「さて、それ以上やるのなら、今度は俺が動くが‥‥ガキンチョ達の限界突破のきっかけを作ってくれたことだし、今は見逃してやる。どうする?」
「ストーム‥‥貴方がここにいるという事は、ベネリは?」
「逃げたよ。で、どうするんだカーマイン。これも俺の『魂の修練』だというのか?」
「まさか。ではとっとと退散するわよ‥‥それじゃあね」
――スッ
と消えるカーマイン。
「二人とも大丈夫か」
シルヴィーが慌ててミアとロットに駆け寄る。
ミアは魔障酔いで身動きが取れず、ロットも胸元に突き刺さった理力の矢の衝撃で意識を失っている。
「ひどい傷ぢゃ‥‥」
ロットの胸元に手をかざすと、シルヴィーはすぐに傷を塞いだ。
「ほうほう、司祭の魔術も身につけたのか。凄いなぁ」
「10年ぢゃ!!それだけあればなんでも出来るわ」
恥ずかしそうに叫ぶシルヴィー。
すると、ストームはその奥で戦っているウォルフラムをじっと見た。
「さて、ここからは幻影騎士団の戦いか。ゆっくりと見させてもらうとするか」
そう告げてから、ストームはロット達の元でどっかりと腰を落として一息ついた。
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