異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ

竜魔の章・その8未来に託した遺産

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 サムソン辺境王国。
 ストーム・フォンゼーン王の命令により、この辺境王国も外周に第三城塞城壁まで構築されている。
 この地より以北には、竜族の侵攻はまだ届いていない。
 時折やってくる偵察兵と、この10年の間に野生化したスモールドラゴンやワイバーン程度が時折やってくること以外は、いたって平和である。

「しかし、此処に来ると本当に戦争をやっているのか疑問すら感じますなぁ」
 |転移門(ゲート)を出た斑目とロット、ミアの三人は、のんびりとサイドチェスト鍛治工房へと向かっていた。
 南方は激戦が続いているのだが、この地はそんな事を感じさせない。
「剣聖ストームが前線に出れば、全て終わるはずなんだよ!!どうして此処にいるのかおいらには理解できないんだ」
 そう不満を零すロットに、ミアもコクコクと頷く。
 しかし、斑目は顎に手を当てて一言。
「その剣聖殿が万が一にでも敗れたとしたら?もしくは、剣聖不在となると、この国は誰が守ると思うかな?」
「そ、それは‥‥他国の騎士がきて、それにこの国だって、騎士様はいる!!」
 うんうんと頷く斑目。
「だが、この都市に逃げてきたもの達は剣聖殿がこの地を離れることは望んではいない。この地は剣聖が守っているからこそ安全なんだと。そういう安心感があるのだよ」
「それには同感です。カナンもマチュア様が女王としているからこそ、数多くの避難民がやって来るのですよね」
 ミアの言葉にも斑目は頷く。
 だが、ロットはやはり納得しない。
 力があるものが戦わなくてどうするのか。
 力こそ正義だと信じている。
「それでも。剣聖ストームが前線に行かないのはおかしい!!」
 斑目の方を向いて叫ぶ。
 だが、その斑目の背後に聖騎士装備のストームが立っているのを見て、ロットは思わず硬直した。
「おや、フォンゼーン王、いつの間に?」
「都市内部の巡回だ。これも務めなのでね」
 そう呟くフォンゼーン王。
 すると、ロットがフォンゼーン王の前に立った。
「剣聖ストーム、どうして戦わないんだ?剣聖はラグナ・マリアを窮地から救う存在じゃないのか?」
 その悲痛な叫びに、周囲の人々も立ち止まってロットを見る。
「いいかロット、今はまだ窮地じゃない。人々が戦う意思を持つ限り、決して窮地にはならない。人々の戦う力がなくなったとき、その時こそ剣聖の出番だ」
「どうして?今ストームが戦えば、誰も傷つかなくていいじゃないか」
「今はな。だが俺だって人間だ。俺が死んだ後にまたこんなことになった時、その時は誰が戦う?残されたものは戦い方を知らない。そんな事になったら困る。だから、各国の騎士団は今戦っているんだ」
「そ、そんな屁理屈わからないよっ!!」
 ダッと走って何処かに行ってしまうロット。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!!」
 慌ててミアもロットを追いかけるが、斑目はそれを追いかけずに見送った。

「して、フォンゼーン王。残存魔力はいかほどで?」
 そう小声で問いかける斑目に、フォンゼーン王も一言。
「周囲の魔障を回収して自然回復はしている。だから、一日のうち半分は体も動く‥‥この体は執務行政型ではなく戦闘型なので、燃費は良くないんだよ‥‥全力戦闘なんて、30分もしたら動けなくなるな」
 もし完全に動けなくなると、ファイズやゼクスのように再起動まで半年はかかる。
 国王として、それだけは避けなくてはならない。
「まあ、その事を告げると納得するとは思うが。二人には内緒なのですな?」
「知っているのは五王と幻影騎士団ぐらいでしょうねぇ。ではこれで」
 そう呟くと、再びフォンゼーン王は街道をのんびりと散策し始めた。

「‥‥本格的に、戦争を止めなくてはならないか。しかしどうしたものか」
 ブツブツと考え事をしている斑目。
 やがてサイドチェスト鍛治工房に辿り着くと、作業場で刀を打っている大月の元に向かった。

 ――ガキィィィィ、ガキィィィィン
 心地よい金属音が響く。
 しばらくの間、斑目は大月の仕事をじっと見ている。
 近くの井戸では、黒装束の十四郎が研ぎの仕事を終わらせていたところである。
 手を洗ってから、斑目のもとにやってくる十四郎。
「おや、誰かと思ったら斑目殿でござったか。大月殿に御用で?」
「ああ。刀を一振り頼みたくてな。今度のはちと厄介な刀で」
 近くの椅子にどっかりと座ると、十四郎は奥の家から茶道具を持ってきて斑目に茶を淹れる。
――ズズッ‥‥
「ふむ。十四郎殿が淹れる茶は絶品ですな」
「それはそれは。して、どのような刀を所望でござるか?」
「竜殺しと魔族を殺す刀。この二つの力を持つものを一振り所望したい」
 真剣な表情で話す斑目。
「それはまた何とも‥‥」
 言葉を濁す十四郎。
 すると、一段落した大月が斑目の元にやってくる。
「良いですよ。アダマンティンのインゴットがまだありますから、それで一振り打ちますよ。急ぎますか?」
 流れる汗を拭いながら、大月がそう問いかける。
「事は急を要するゆえ。如何程で」
「そうだなぁ‥‥」
 腕を組んで考える大月。
「三日。それで仕上げてやるから、それまで待ってくれ」
「そんなに早いのか。相変わらず大した腕だな」
 斑目の予測は7日だった。
 だから、三日というのは驚異的な速さである。
「今日は手をつけられないからね。十四郎、明日は相槌を頼みたいが」
「よかろう。拙者でよければ喜んで相槌を打つでござるよ」
 カラカラと笑う十四郎。
「そうか。なら三日後にまた来るのでよろしく頼む」
 頭を下げながら斑目が礼を述べると、大月も静かに頷いた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


「ちょっと待ちなさいよっ!!」
 目の前を高速で走っているロットを必死に追いかけるミア。
「ふう‥‥」
 徐々に走る速度を緩めると、ロットは町外れの小さい通用門のあたりで立ち止まった。
「あんたねぇ、さっきのフォンゼーン王に対しての暴言は何なのよ」
「わかってる。王が何を考えているのか、どうして戦ってくれないのか。さっきの話だって理解しているんだ。それは大人の都合で、対局を見据えた事だってわかっているんだ‥‥」
 拳を握りしめて呟くロット。
「だったらいいんじゃないかな。なんで拗ねてるのよ」
「それでも、僕の中では剣聖ストームは絶対なのだ。おいらのお父さんはサムソンの巡回騎士だから、10年前に起こった大きな戦争のことも聞いている。だから、今のフォンゼーン王を見ていると悔しいんだ‥‥」
「10年前の大きな戦争?」
 ロットの話しているのは、ティルナノーグ攻防戦の事である。
 あの戦いは、各ギルドには通達はあったものの、絶対に口外してはならないと告げられている。
 その為、あのような戦いがあったなど、都市に住んでいる普通の人々は知る由もなかった。
「ミアは知らないと思う。フォンゼーン王やミナセ女王がどうして領地を得ることができたか。1000年ぶりに現れた剣聖と賢者だからではないのだ。浮遊大陸ティルナノーグの封印が解放されて魔族がこの世界にやって来たんだ」
「そ、そんなことがあったなんて‥‥」
「ラグナ・マリアのすべての騎士や冒険者が戦った。それを先導していたのが剣聖と賢者なのだ」
 それだけを告げると、ロットは再び街道筋まで歩き始める。

「ちょっと、今度はどこに行くのよ」
「今日は家に帰る。明日の朝、サイドチェスト鍛治工房に行くからと斑目さんに伝えておいて」
 トボトボと歩いて行くロット。
 ミアはロットが街道筋まで戻るのを見届けると、一旦馴染み亭へと向かうことにした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 バイアス連邦王都。
 ベネリは自室でゆっくりと身体を起こすと、失ってしまった右腕をじっと見た。
 傷は塞がっているものの、この腕を再生できる治療師がこのバイアスにはいないのである。
「‥‥まったく不愉快だ。誰かいないか!!」
 そう部屋の中で叫ぶと、扉をノックしてから侍女が二人室内にやってくる。
「お呼びでしょうか陛下」 
「ああ、騎士団長に至急来るようにと。それと軽くでいいから朝食を頼む」
 一人の侍女は部屋から出ていき、そしてもうひとりはベネリの着替えを手伝う。
 やがて騎士団長のカルネアデスがやってくると、ベネリは椅子に座って話を始めた。
「精鋭を8人準備してくれ」
「はっ。何方へ向うのですか?」
「ラグナ・マリアだ。転移でベルナーの近くに向う。変装して城塞内部に潜入して、王家の遺蹟にある『竜の紋章』を回収する」
 その作戦に騎士団長も驚くが、静かに頷いた。
「では、急がないといけませんね」
「ああ。クロウカシスが此処にくるのがいつになるか判らないからな。だから急ぎだ。人数が集まったら、マクドガル領に転移して、そこで馬車を調達するからな」
「了解しました。早速手配してきます‥‥陛下、それで全てが終わるのですね」
 少しだけ間を取って、カルネアデスはそうベネリに問いかけたが。
「竜の紋章さえ手に入れば、今度は全ての竜族を従わせられるからな‥‥それで終わりだ」
「では、そうありますように」
 丁寧に頭を下げて、カルネアデスは部屋から出ていった。
 その後暫くは、朝食をとったりしていたベネリ。

――コンコン
「カルネアデスか? 準備ができたのか?」
 その言葉にガチャッと扉が開くと、先王クフィルが室内に入ってくる。
「これは父上、どのような用事で?」
 丁寧に告げるベネリだが、クフィルはその言葉は無視して近くの椅子に座る。
「ベネリよ、民に対してなにか告げなくてよいのか?」
「はて、一体なんのことでしょうか?」
「話は私の耳にも届いている。竜族が反乱を起こしたのだな?」
「そのことですか。ええ、たしかにクロウカシスとその眷属は、私の支配下から逃れてしまいました。ですが、それは瑣末なこと。私はこれよりスタイファーの遺物を回収して参りますよ」
「それもどうだか‥‥10年前の北方大陸のルーンギニス、あれは我らがバイアスではなくラグナ・マリアの剣聖の手に渡ったではないか。あれを持つものがラグナ・マリアに存在する限り、ベネリの策はうまくいくとは思えん」
 子を諭すような口調で告げるクフィル。
 だが、ベネリはクックックッと笑う。
「その剣聖は今何をしていますか? 領土を与えられてからは自国から出てくる様子もない。しょせんは剣聖といっても俗物、与えられた地位が惜しくて戦いに出てこないではありませんか‥‥本当に剣聖の力を持っているのかも疑わしいですぞ」
 傍らに置かれている甲冑を身に着けながら、ベネリが笑いながら告げている。
「だから貴様はバカなのだよ。小さいことにこだわり、大局を見ていない。もし貴様が居ない間に竜族がバイアスを襲ったらどうするのだ? むしろ襲うくらいの予測はついているのだろう?」
「ええ。恐らくはくるでしょう。ですから、私は至急竜の紋章を手に入れなくてはなりませんからねぇ」
「間に合うのか? それよりも先に民の避難や竜族と交渉するなど、やることは色々とあるだろうが‥‥貴様はここに残ってそれらを行い、信頼できる騎士たちに任せるという選択肢はないのか?」
 怒声を孕んで叫ぶクフィルだが。
「父上。私は自分以外を信用していません。万が一騎士たちに竜の紋章の回収を命じたとして、それを素直に持ってくると思いますか? 強大な力を手に入れれば、人はそれを自身に使いたくなる。恐らくは謀反を起こしたりするに決まっています‥‥だからこそ、私はそれを自身の手で掴み取らなくてはならないのです」
「‥‥もういい。私は失礼する‥‥しかし、小さい男になったものだな‥‥」
 それだけを告げると、クフィルは部屋が出ていった。
「私が小さいと? 実にくだらない‥‥」
 そう呟いて、ベネリは部屋から出ていった。
 そして騎士団長の居る詰め所へと向うと、早速出撃の準備を開始するように話を始めていた。

‥‥‥
‥‥


 バイアス連邦からマクドガル領へは、ベネリの持つ杖の力で選抜された騎士たち全員が転移することが出来た。
 そこで馬車を調達すると、ベネリたちは急ぎベルナー領へと向う。
 最短距離を走るためには、どうしてもサムソンの近くを通過しなくてはならない。
 その為、一旦サムソン近くまで街道を進むと、そこで多少遠回りになるがサムソン近くの衛星都市を経由してベルナーに向う。
 剣聖のいるサムソンを通過するなど、危険でしか無いためである。
「順調に走っていけば、ベルナーまではあと3日です。そこからはどうしますか?」
「一旦宿に入る。そこから情報を集めてこい、深夜に王城に侵入して、王家の遺跡の入り口までたどり着かなくてはならないからな」
 馬車の中で念入りに作戦を説明するベネリ。
 最悪のケースは城内で全員が見つかって殺される場合。
 そうなると、バイアスは確実に滅ぶであろう。
 だが、ベネリにはもう一つの算段があった。

「しかし陛下、我々がここで行動しているうちにバイアスがクロウカシスに襲撃された場合はどうするのですか?」
「それなら問題はない。民を愛する親父殿が残っている、最悪でも親父がクロウカシスと話をするだろうさ‥‥竜族との交渉など任せておけばいい。それで失敗して王都が襲われたらそれは親父殿の責任だ、俺は親父を信じて国を任せてきているのだからな」
 口元に浮かべた笑みに、騎士たちは寒気を覚える。
「し、しかし、その場合は我々の帰る国がなくなってしまいますが」
「だから急ぐのだよ。回収さえ終わらせたら、あとはこの杖で転移できる。そうだなぁ‥‥一番いいタイミングは、親父が交渉を失敗してクロウカシスの攻撃を受けてからだ。国の窮地に俺が帰還して、暴れているクロウカシスを従わせる‥‥最高のシチュエーションではないか!!」
 既に騎士たちは何も告げることが出来ない。
 彼らの目の前には狂気に顔を引きつらせているベネリの姿があった。
 逆らうぐらいならば、このまま作戦を完遂したほうが国を守ることが出来る。
 それ故に、騎士たちも決死の覚悟でベルナー領に行かなくてはならない。
「陛下、ベルナー王国といえば、シルヴィー女王麾下の幻影騎士団がいます。それに対してはどうするのですか?」 
 その名前は、ベネリもよく知っている。
「騎士団長はサムソンにいるので不在、副騎士団長のマチュアはいるだろうが、それぐらいは貴様達でどうにかしろ。そもそも幻影騎士団など、それほど人数は多くない。ベルナーに着いたら、その配置なども含めて細かい調査を行うんだな」
 もはや策というほどのものではない。
 兎に角決死の覚悟で向うしかなかった。
 沈黙の中、馬車はまっすぐにベルナー領へと向かっていった。


 ○ ○ ○ ○ ○


 サムソン辺境王国。
 約束の三日後の昼、斑目はロットと共にサイドチェスト鍛冶工房に向かっていた。
 先日までの間、斑目は朝から晩までずっとロットの特訓に付き合わされていた。
 強くなりたい。
 その一心で、ロットは斑目に稽古をつけてもらっていた。 
 だが、昨晩までの特訓では大した成果は見られていない。
 何かが足りない。
 そう斑目は感じていた。
 そして今日も、午後からはロットの特訓の続きである。
「おや、しっかりと定刻とは」
 外にある鍛冶場の横で、大月が丁度できたての刀を鞘に納めているところであった。
 そして傍らにはカレン・アルバートの姿も見えている。
「これはアルバート商会の、お久しぶりですなぁ」
「あら、幻影騎士団の斑目様、お久しぶりですわ‥‥という事は、この刀は斑目様のものですか?」
大月の手にしている刀をちらっと見ながら、カレンがそう問い掛ける。
「左様。これからの戦いには必須ですからなぁ。カレン殿は納品待ちですかな?」
「ええ。丁度昼に来るように伝えられていまして‥‥ときたきた」
 馴染み亭からクッコロがやってくるのを見て、カレンが丁寧に頭を下げている。
「カレンさん、これが約束の商品です。中身を確認して下さい」
 丁度武器が収まるサイズの箱を台座に並べると、木箱の蓋を一つ一つ開けていくクッコロ。
 もう10年も開けていると、手慣れたものである。
「ひのふのみの‥‥はい、たしかにあります」
「ではお収め下さい。支払いは店内でお願いしますね」
 そう告げてから、クッコロは馴染み亭へと戻っていく。
「さてと‥‥あらロットもいたの?」
 ふと庭を見ると、傍らで素振りをしているロットの姿が見えたらしい。
「いたよっ。これから斑目様と特訓なのだ」
「へぇ。頑張っているねぇ。で、少しは強くなったの?」
「強くなった‥‥と思うけれど、判らない‥‥」
 やや意気消沈のロット。
 その後ろで斑目が腰に刀を携えると、大月に丁寧に頭をさげていた。 
「では確かにお預かりした。急ぎますゆえ、拙者たちはこれで失礼します‥‥ロットいくぞ」
 そう大月とカレンに告げると、斑目はロットを連れてその場を後にした。
「はい。それではお気をつけて」
「もし調子が悪いところがあったらすぐに持ってきて下さいね‥‥と、それじゃあお昼にしますか」
「では、私はクッコロに支払いを終わらせてきますね。また鋼の煉瓦亭にいきますか?」
「いいねぇ。じゃあ片付けているから、行くときに声をかけてくださいね」
 などなど、女性たちは実に仲がよろしいようだが、斑目とロットはそれどころではなかった。

 
 サムソン北東門から外に出ると、そこには共同墓地が広がっている。
 その手前ある広い荒れ地で、斑目とロットは立っている。
「さて、そろそろ何か見えてもいい頃でござるなぁ」
 木刀を手に、ロットの前で構えている斑目。
 ロットは訓練用のロングソードを手に、次々と斑目に対して打ち込んでいくが、ことごとく受け止められ、弾かれている。
――ガクッ
 疲労から膝をつくロット。
 だが、それでもよろよろと立ちあがると、再び構える。
「見えるって‥‥何がですか?」
「ロット、貴殿は一体なんの為に強くなりたいのだ? それよりも、何故戦うのだ?」
「強くなって、皆を守りたい。だから強くなるに決まっているじゃないですか」
「何故戦う?」
 そう再度問われる。
「守るためにです。みんなを守りたいから」
「そうか。なら、守り方を教えてやろう。拙者の剣戟を全て受け止めてみるでござるよ」
 正眼で構える斑目に、ロットは守りの型を取る。
 じわり、じわりと間合いを詰めてくる斑目。
 だが、ロットは少しずつ後に下がっていく。
「‥‥どうして後に下がる? 先程の立ち位置でも十分に受け止め流すことは出来るが‥‥」
「い、いや‥‥それでは‥‥切り返せないじゃないですか」
「全て受け止めてみろと言ったのでござるよ。何故反撃を考える」
「反撃しないと勝てないから」
「何故勝ちたいのでござるか?」
「相手に勝てないと守れないじゃないですか。この問答に、なんの意味があるのですか?」
 じれったくなってくるロット。
 その一瞬のすきに、斑目は踏み込んで乱撃を叩き込む。
 ロットも慌てて受け止め始めるが、最初の数発のみしか受け止められず、あとは全身を力いっぱい叩きつけられた。
――ビシバシバジハジバジハジバシィィィィッ
「い、いきなりなんて」
「今のが本番で真剣だったら、ロットは死んでいるでござるよ。先程の言葉の意味を聞いていたが、ロットにとって必要なものはなんでござる?」
「おいらは、剣聖みたいに敵と戦って勝ちたいんだ。それが英雄だろう?」
「ふむ。しかし、拙者たちはロットを最前線に出す気はないでござるからなぁ」
「ど、どうして? おいらだって戦えるよ。ワイバーンやスモールドラゴンにだって勝てる。相手の騎士にだって引けを取らない自信はあるんだ」
 なんとか立ちあがるロット。
 だが、斑目は静かに話を続ける。
「拙者たちがロットにお願いしたいのはシルヴィー殿の護衛。それではダメですかな?」
「た、たしかにマチュア様からはそう言われたけど‥‥」
「もしロットが幻影騎士団の人間なら命令は絶対。シルヴィー様の横を片時も離れてはいけない。けれど君は騎士団員ではない‥‥それでも敵と戦いたいというのなら、そうじゃなぁ‥‥ひとつテストをしてみようか」
 そう斑目が告げると、門の方から聖騎士の格好のフォンゼーンがやってくる。
「ロット、構えろ。俺から一本でも取れたら前線に向うのを許してやる。だが、俺はお前を前線に出したくはない。俺は本気でお前を斬る‥‥腕や足の一本は覚悟しろ」
――スチャッ
 ゆっくりと身構えるフォンゼーン王。
「一本でも取れたらいいんですね?」
 すかさずロットも身構えて、じっとフォンゼーン王の隙を伺う。
 だが。

(ど、どこにも隙がない‥‥それよりも‥‥)

 フォンゼーン王に睨まれて身動きが全くとれない。
 全身が痺れている感覚に包まれていく。
――ゴクッ
 喉がからからになり、生唾を飲むのもやっとである。
 両手にじっとりと汗がまとわり付き、それでいて背中には冷や汗が流れている。
 ロットは悟った。
 勝てない。
 勝てる相手ではない。
 一本取るどころか、打ち込んだら殺される。
「フ、フォンゼーン王‥‥その力があって、どうして戦ってくれないのだ‥‥どうして‥‥」
 恐怖と悔しさと悲しさが入り混じり、涙が溢れている。
「そうだなぁ。確かに俺は剣聖だ。だが、全てを守るのが剣聖ではない。俺は、俺の手の届く範囲のものは全て守る。が、国全てを守るなんてことは出来ない。それは賢者であるマチュアの仕事だ」
「剣聖は国を守ることは出来ないのか?」
「まさか。その気になれば国だって守れるさ。けれどな‥‥マチュアはまだ俺に戦えとは言ってこない。ラグナ・マリアの全てを守る叡智を持っているのが賢者であり、その賢者が俺に戦えといってきたら俺は戦うさ。げどな、マチュアが俺に戦えと言ってこないということは、今の戦力で何とかなるって事だ」
 そう告げると、フォンゼーン王はロングソードを腰に戻す。
「という事でシルヴィーの護衛を頼むわ。今のロットには、シルヴィーの護衛が似合っているからなぁ」
「お、おいらは前線に出る資格がないのか‥‥」
「まあ、前線なんで誰でも出られるからなぁ。勝つか負けるかは判らないけれど前には誰でも出られる。死んだとしても、他にもまだ前は居る。けれど、守るっていうのはな‥‥絶対に負けてはダメなんだよ」
 そう呟いて、フォンゼーン王は門に向かって踵を返す。
「特に人を守るって言うことはな。自分が死んだら守っていた人も死ぬ。自分の命だけじゃない、守るっていうのは、自分と大切な何かの二つを護らないとならないんだ。それはどんなものよりも強くなくては出来ない‥‥ロット、もっと強くなれよ」
 その言葉に、ロットは静かに頷くことしか出来なかった。
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