異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ

竜魔の章・その7 帰還と可能性の交錯

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 戦局は極めて均衡。
 王都ラグナでは、王都防衛騎士団の尽力もあり、結界を破壊される事なく未だ竜族の侵攻を防いでいる最中であった。

「‥‥報告します!!王都南門南方に展開していたバイアス連邦の軍が消滅しました」
 開け放たれた謁見の間で、皇帝レックスは騎士団長の報告に耳を疑った。
「消滅だと? 一体どういう事だ?」
「監視員の報告では、青黒い体躯のヒュージドラゴンのブレスにより、バイアス軍の駐留していた場所が消滅。騎士団の残存戦力は確認できないとのことです」
「それで、ヒュージドラゴンは何処に?」
「亜竜族を含むすべての竜を率いて南方へと飛び立った模様‥‥」
 その言葉に沈黙するレックス。
 やがて椅子から立ち上がると、傍らで待機していた騎士たちに指示を告げる。
「急ぎ城塞部分の補強、怪我人の治療を開始しろ。動けるゴーレムは後方で修理を依頼しろ」
「修理の依頼‥‥何処にですか」
「ミストを招聘すれば良い。ことは急を要する」
 それだけを話すと、レックスは部屋から出る。
「陛下、どちらへ」
「ベルナーだ。二人ついてこい」
 その言葉と同時に、待機していたロイヤルガードが二人、レックスの左右に着いた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


「‥‥‥‥」
 ベルナー城円卓の間。
 先程からずっと沈黙が続いている。
 テーブルの前ではズブロッカが、王都ラグナから帰還したサイノスの言葉に頭を抱えている最中であった。
 サイノスは王都ラグナで見ていた。
 クロウカシスがバイアス軍の駐留地に向かって無慈悲な鉄槌を叩き込んだ所を。
 それを真っ先にシルヴィーに届けるために、急いでここにやってきていたのである。

「バイアス軍がヒュージドラゴンの襲撃を受けたのか‥‥ズブロッカ、どう思うのぢゃ?」
「全ての情報ではありませんから簡単に結論だけ。魔族化したクロウカシスがベネリの支配下から逃れられたから、それまでの報復でしょうねぇ。こうなると厄介なのですよ」
 傍らに置かれている、ティルナノーグ戦の時の対魔族戦の資料。
 それを開いてあちこちを見る。
「厄介とは?」
――ギィィィッ
「うむ。そこは私にも聞かせて欲しい」
 突然扉が開いて、護衛を連れたレックスが姿を表した。
 その途端に、全員が席から立ち上がると一斉に跪いた。
「よい、いまは戦時、椅子に座って話を聞かせて欲しい」
 その言葉で全員が頭を下げてから席に着く。
「それでは僭越ですが。魔族化した事でクロウカシスは竜を統べる宝玉から解放されたのでしょう。その結果として自身を含め竜族をいいように操っていたベネリに報復、恐らくはバイアス連邦に向かったと思われます」
「何故バイアスに?」
「報復と見せしめでしょうね。アレキサンドラの残した碑文では、クロウカシスは人に対しては敵対意識すら持っているそうです。それでいて高潔、非常に面倒くさい性格だったそうです」
「それ故に、自分を操っていたベネリも、それを良しとしていたバイアスも滅ぼすか」
 レックスが問いかけると、ズブロッカは頷いた。
「それで終わらないのか?」
 シルヴィーが口を開いたが、ズブロッカは首を左右に振る。
「クロウカシスは人間を信用していません。この大陸全ての人間を滅ぼすのでしょう。それ故に、バイアスを滅ぼすと、真っ直ぐにカナンに来るかと思われます」
――ゾクッ
 シルヴィーの全身を鳥肌が立つ。
 今までにない寒気がシルヴィーを襲う。
 両腕で自身の体を抱きしめるが、それでも寒気は収まらない。 
「対処方法は何か無いのか?」
「あります」
 きっぱりと告げるズブロッカ。
 だか、その表情は暗い。
「そ、それはなんぢゃ?」
「クロウカシスの魔族化を解除したのち、ベネリが持っていると思われる竜を統べる宝玉を入手、それでクロウカシスを操るのです」
 その言葉の真意を、その場にいる誰もが理解した。
 そして限りなく不可能に近いということも。
――ギィッ
 ゆっくりと扉が開く。
「あの~、それ無理っぽいよ」
 突然、ひょこっとポイポイが姿を現した。

「「「「ええええええええ!!」」」」

 死んだと思われたポイポイが、10年越しの帰還を果たしたのである。
「ポ、ポイポイっ」
 泣きながらポイポイに抱きつくシルヴィー。
「遅かったのぢゃ!!今まで何処にいたのぢゃ」
「ずっと暗黒大陸っぽいよ。耳に付けてた水晶も破壊されたっぽいし、船もないから帰ってこれなかったっぽい」
「では、どうやって戻ったのじゃ?」
 感極まって泣いているワイルドターキーがそう問いかける。
「マチュアさんに瀕死にされたクロウカシスの傷が癒えるのを待っていたっぽい。あとは影の中からそっとクロウカシスに近づいて、ステルスしてから小さくなってくっついていたっぽい」
「それにしても、よく無事に戻ってこれましたね」
 ズブロッカもそう告げるが、ポイポイは足をパンパンと叩く。
「ベネリとの戦いで両脚食べられたっぽい。いまは闘気で脚を使っているけど。昔ほど自由には動けないっぽいよ。食べ物はずっと亜竜族の村で盗んで食べてたっぽい」
 それでも10年の歳月を生き抜いていたのだから、恐るべしポイポイ。
「話を戻そう。ポイポイ、何故先程の作戦が無理と?」
 レックスがポイポイに問いかけると、全員が慌てて席に戻る。
「ポイポイはクロウカシスと話ししたけど、もう人間は滅ぼすって。ベネリから宝玉は取り返したけど、ポイポイが壊したっぽいよ」
 沈黙ののち、ズブロッカが溜息をつく。
「なんで壊すかねぇ」
「強制的に操られていたっぽいよ。どうしてか判らないけど、ポイポイが見た時は支配下から解放されていたっぽい。なのでベネリがもう一度支配しようとした時、ポイポイは宝玉を奪ってやったっぽい」
 淡々と説明するが、それを単独でやったことが凄いと一同は感心する。
「そして宝玉を奪った後は、クロウカシスの反撃が始まったっぽいよ。バイアスの陣地がブレス一撃で吹き飛んで、ポイポイは危ないから近くまで送って貰ったっぽい」
「お、送ってぢゃと?さっきもクロウカシスと話ししたと言っていたな?」
「ぽい」
 そう呟くと、ポイポイはレックスの方を向く。
「‥‥我はこれより、この世界の人間全てを蹂躙する‥‥まずはベネリの生まれ故郷、そして我ら竜を統べる力もつ血筋を滅ぼさねばならぬ‥‥クロウカシスからの伝言っぽい」
 その言葉ののち、絶望感が皆を襲う。
 が、ポイポイだけは呑気なものである。
 テーブルの上にあるティーポットからハーブティーをカップに注ぐと、ゆっくりと味わいながら飲む。
「ぷはー。さすがマチュアさんのハーブティーっぽい。これはどのマチュアさん?」
「ツヴァイぢゃよ‥‥そうだ、ポイポイ‥‥マチュアは?マチュアの遺体は回収できなかったのか?」
 シルヴィーが慌てて問いかけるが。
「ずっと影に隠れていたのでわからなかったっぽい。全てが終わったら、もうマチュアさんは消滅していたっぽいよ‥‥影の中なので外の光景は見えなかったけれど、音でなんとなくわかったっぽい。マチュアさんはクロウカシスのブレスで骨も残っていないっぽい」
 冷静に告げるポイポイ。
「そ、そうか‥‥もう可能性は潰えたのか‥‥」
 椅子に座るシルヴィー。
「このお茶はツヴァイさんがいれたっぽいかー? あ~」
 ポイポイが慌てて空間拡張バックからクルーラーゴーレムの残骸を引っ張り出す。
――ゴドッ
 そして椅子の横に丁寧に並べると、その横に立って一言。 
「ツヴァイさん回収したっぽいよ」
 その言葉に、皆が驚きの顔をする。
 そしてシルヴィーはそこに近付くと、懐から『記憶のスフィア』を取り出す。
「ツヴァイ、戻れるか?」
 そのシルヴィーの問いかけに、記憶のスフィアが点滅する。
「助かる!!まだツヴァイは助かるのぢゃ」
 シルヴィーが歓喜の声を上げると、ワイルドターキーが椅子から立ち上がった。
「なら、わしはカナンにこれを届けてくるとしよう」
 ガシッとワイルドターキーがツヴァイの体を抱えると、シルヴィーから『記憶のスフィア』を受け取って素早く部屋から出て行った。

「これで少しは可能性があるか。ポイポイよ、クロウカシスは君とは話をしたのだな?」
 レックスがポイポイに問いかける。
「普通に話ししたっぽいよ」
「そうか。なら、まだ可能性があるか」
 レックスがそう告げるが、シルヴィーにはピンとこない。
「陛下、可能性とは?」
「相手は知性を持って会話ができる。先のポイポイの話もそうだ。その気になれば、我々にそのようなことを伝える必要はない。が、それを伝えたのはなぜか。そこを考える必要がある」
 それを告げると、レックスはゆっくりと立ち上がる。
「今の私の言葉もヒントになろう。我にもまだ、どうしてよいかは分からない‥‥王都に戻る」
 そう告げると、レックスはロイヤルガードと共に部屋から出て行った。

「さて、シルヴィー様、幻影騎士団随分と減ったっぽい」
「斑目はサムソンに向かっただけぢゃ。ロットとミアも一緒にな」
「ふむふむ。ウォルフラムさんもズブさんもここにいるっぽいし、ターキーさんはカナンに行ったし‥‥ストームさんは?」
「異世界ぢゃ。いつ戻ってくるか分からん」
「そっか‥‥アンジェラさんは?」
「もういないぞ。幻影騎士団を引退ぢゃ」
 そのシルヴィーの言葉に、ポイポイは動揺する。
「ななななにがあったっぽい?」
「あ~。アンジェラはウォルフラムと結婚して子供ができてね。前線には出られないからベルナーの神聖教会で司祭長をしている」
 お、おう。
 動揺するポイポイと、バツが悪そうなウォルフラム。
「ま、まさかこんな事になるとは思っていなかった‥‥誠に申し訳ない」
「何を言う!!子供は神の授かりしもの。めでたい事はあっても申し訳ない事などないのぢゃ」
 高らかに笑うシルヴィー。
「そっか。マチュアさんだけが居ないっぽいか」
「じゃが、ポイポイのお陰でツヴァイが戻ってくる。それで十分ぢゃよ。問題はポイポイの脚か‥‥時間が経ち過ぎているから再生は多分無理ぢゃな」
 パルテノの元で修行していただけあって、一瞬でそう判断する。
――グゥゥゥゥ
 突然ポイポイの腹の音がなる。
「ポイポイ久しぶりに人間のご飯が食べたいっぽいよ。亜竜族はあまり調理しないから、慣れるまで大変だったっぽい」
「分かったわかった。ではとりあえず腹ごしらえでもしようぞ。詳しい話はそれからぢゃ」
 そうシルヴィーが告げると、一旦全員が腹ごしらえの為に食堂へと向かった。 


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 カナン魔導王国。
 ワイルドターキーは|転移門(ゲート)で王城にやって来ると、近くにいた侍女に話しかけた。
「すまぬがミナセ女王に急務じゃ。いまは何処におる?」
「はっ、はい、ただ今伝えてきます」
 ひとりの侍女が急ぎ足で執務室に向かうと、ワイルドターキーは謁見室へと案内される。
 やがて|マチュア(ドライ)が謁見室にやって来ると、ワイルドターキーはバックから金属人形を引っ張り出した。
「こ、これは‥‥ツヴァイ」
 慌てて駆け寄ると、その身体をそっと撫でる。
「うむ。ポイポイさんが回収してきた。これで修理を頼む」
 懐からツヴァイの知識のスフィアを引っ張り出すと、それも|マチュア(ドライ)に手渡した。
「ポイポイさんが戻ってきたのですか?マチュア様は?」
「ポイポイがマチュアの最後を見届けたらしい。遺体も残っていない」
 予測はしている。
 故に動揺もない。
 だが、きっぱりと告げられると、やはり厳しい。
「そうでしたか。ではツヴァイの修理を行いますと伝えてください」
「うむ。それと、現状の報告をしよう‥‥」
 そう切り出して、ワイルドターキーは|マチュア(ドライ)に王都ラグナで起こった出来事を全て説明する。
 その上で、何か対策方法はないかと問いかけたが。
「魔神竜から魔族核を除去できるのは、恐らくはマチュア様のみ。私達の中ではゼクスなら出来るでしょう。その後で話し合いになるかどうかはわかりません」
「そうか。しかし、その方法以外では、何か無いものか」
「そうですねぇ。クロウカシスの意識がしっかりとしているのでしたら、マチュア様ならこう言うはずですよ。『腹を割って話そう』とね。これもマチュア様の持論ですけれど」
 虎穴に入って親の虎もまとめて捕まえるのがマチュア。
 シスターズにも、マチュアの意思はしっかりと受け継がれている。
「相手は知性あるドラゴン。ならば話し合いもあるか‥‥」
「ええ。もしくは力で屈服させるかですね。どの方法でも安全であるという保証はありませんから、どうするかは今後の展開次第ですね」
「そう伝えておこう。して、ツヴァイ殿の修理にはどれぐらい掛かるのじゃ?」
「それこそやってみないとかりませんわ。修理が完了次第、ベルナーに向かわせます」
「わかった。ではワシはこれで失礼する」
 深々と|マチュア(ドライ)に頭を下げると、ワイルドターキーは謁見室を後にした。

 ‥‥‥‥
 ‥‥‥
 ‥‥
 ‥

 カナン王城地下。
 ワイルドターキーによって運ばれてきたツヴァイの身体がアハツェンによって運び込まれた。
「‥‥ツヴァイの帰還ですか。アハツェン、どうでしょうか?」
「さて。完全には戻せる自信はありませんね。深淵の書庫(アーカイブ)発動。ツヴァイの身体の調査。|錬金術(アルケミスト)スキルとリンクして、素体の修復を開始してください」
――ブゥゥゥン
 ツヴァイだった金属の周囲に立体的に魔法陣が動き始める。
 すると、ゆっくりとだがツヴァイの肉体が元のマチュアの姿へと戻り始める。
「完全に修復するまでは結構かかりますね」
「やはりそうですか。どれぐらい掛かるのか見当はつきますか?」
「不思議なことに、ファイズやゼクスの再起動よりは早いですよ。初期型であるにもかかわらず、この性能はたいしたものです」
 ウンウンと頷くアハツェン。
「それほどなのですか」
「ちょくちょく弄られているようで。スペックだけならファイズやゼクスにも引けを取りませんね。むしろ二人掛かりでも勝てるかどうか」
 そのまま|深淵の書庫(アーカイブ)に修復を任せるとして、アハツェンは再び魔法陣の中心で座禅を組む。
 少しでも|マチュア(クィーン)の回復に努めようとしていたのである。
 やがて|マチュア(ドライ)も戻って来ると、ゴーレム達は来たるべき戦いのために魔力を回復し始めた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 バイアス連邦王都。
 ベネリはエレメンタルステップで王城に帰還した。
 直接玉座の間に転移してきたので、待機していた騎士団が慌ててベネリに駆け寄っていく。
「へ、陛下‥‥この傷は」
 腹部の傷が酷いらしく、かなり顔色が悪い。
「早く治療師を呼んでこい!!陛下、意識はありますか?」
「あ、ああ。急ぎ頼む。それと騎士団全てに戦闘態勢を取れと伝えろ!! 敵がやってくる」
「はっ」
 そう返答をして急ぎ騎士が部屋から飛び出していくと、ベネリはその場で意識を失ってしまった。

 ベネリが意識を失っているうちに、治療師もやってくると寝室に運び込まれたベネリの傷を癒やしていた。
 やがて意識が戻ってきたのか、ベネリがゆっくりと目を開ける。
「‥‥うむ。俺はどれぐらい気を失っていた?」
「一時ほどです。騎士団各位は何時でも出陣できるように待機しております」
 傍らで立っているバイアス魔導騎士団・第一騎士団長のカルネアデスが、じっとベネリの命令を待っていた。
「よ、よし。なら、全ての騎士団でこの城塞都市を守れ!! いいな」
「守るといいますと、一体何からですか? まさかラグナ・マリアが反攻作戦を?」
「違う!! 竜族だ。私が操っていた竜族の支配が解かれたのだ。最悪の場合、クロウカシスはここに向かってくるかもしれぬ。いいか、全力で竜族を殲滅しろ!!」

 その言葉には、ベネリの寝室にいるすべてのものが絶望を感じていた。
 いままでは自分たちの味方であった為に脅威とは感じられなかった竜族。
 だが、それが全て敵に回ってしまった可能性がある。
 ラグナ・マリアには白銀の賢者のもたらした『対ドラゴン族結界』があるために、竜族は城塞の中には入ることが出来ない。
 だが、このバイアスには、そのようなものはない。
 守る事など不可能である。

「陛下、ラグナ・マリア侵攻はどうなったのですか?」
「一旦中止だ。切り札の竜族の助力がなくなったのだ!! 作戦を一から考える必要がある!!」
 そう告げるものの、皆の動揺や恐怖は拭えるものではない。
「で、では我々はこれで。何かありましたらすぐにお呼び下さい」
「私も外で待機していますゆえ」
 一人、またひとりと部屋から出ていく。
 そして最後に残っている騎士団長が、ベネリに一言。
「陛下、これ以上の侵攻は諦めて下さい。いまはラグナ・マリアに助けを求めるときです」
 ムッ!!
 まさかの騎士団長の発言に、ベネリは顔を紅潮させて叫ぶ。
「怖じ気付いたのか!! 相手はたかだかトカゲのようなものだ。そんな下等な生物に、我がバイアスが屈するとでもいうのか? 今まで攻めていた敵に対して、恥を偲んで頭を下げろだと!! もういい下がれ、貴様の顔など見たくはない!!」
 ベットの傍らに置いてあった水差しを掴んでカルネアデスに投げつけると、ベネリは毛布を被ってしまった。
「それでは失礼します。命令ゆえ、騎士団は各地区に配置しますが。民には陛下自らお声をかけて下さい」

――ガチャッ
 静かに扉を閉じて部屋から出るカルネアデス。 
 そして部屋から誰もいなくなったら、ベネリはベットで身体を起こした。
「カーマイン、どうせ近くにいるのだろう? 姿を現せ」
――スッ
 と姿を現すカーマイン。
「どうして私が近くにいると?」
「狡猾な貴様の事だ。影で俺を笑っていたのだろう?」
「そんな事はありませんよ陛下。私はこの状況をどうやって打破するか考えていましたわ」
 クスクスと笑いながら、カーマインはベネリに告げている。
 だが、ベネリはカーマインの言葉に耳を貸す気はあまりない。
「こ、この状況を打破する方法があるだと? どうやってあのクロウカシスを止める? バイアス連邦に結界を張る方法でもあるのか? そんな叡智があるのなら示してみろ!!」
 怒りで我を忘れているベネリ。

(‥‥もう、あの自信家の男の面影はないわね。なんて矮小な存在でしょう‥‥)

 心のなかでベネリをあざ笑いながら、カーマインはニコリと笑う。
「陛下は『竜の紋章』というものをご存知でしょうか?」
「名前だけはな。スタイファー王家に残されていると伝えられている王家の遺産の一つ。ティルナノーグの方舟、グラシェードのルーンギニスと並ぶ三大宝具だ。それがどうした?」
「その竜の紋章を持つものは、全ての竜族を統べる力がありますわ」
「それぐらいは知っている。だからこそ、スタイファーの血が必要だったのだ。ベルナーのシルヴィー女王がな。そのために、クロウカシスをけしかけたのだぞ!!」

 拳を握るベネリ。
「ええ。そのための作戦でしたわね」
「その為に、各地に竜族をけしかけ、ベルナーの手前にあるパルテノ領に攻撃を集中したのだ。直接ベルナーに向かっても色々と策を練っていることぐらいお見通しだからな。回りからどんどんと削っていって、シルヴィーの心根をへし折ってから、悠々と捕らえに行くはずだったのだ!!」
 だが、まさかのクロウカシスの敗北と裏切りによって、全てが水泡に帰してしまった。
 こうなると、もうどうすることも出来ないぐらい、ベネリにはお見通しである。
「それなのに何故!! どうしてこうなった」
「落ち着いて下さいベネリ様。ベルナー城地下にある王家の遺蹟。そこにシルヴィーを連れていけば問題はないのです。そこでシルヴィーの血を使って結界を開放して、中に潜入すればいいのですよ」
「それぐらいは‥‥」
「ええ。ですから、もう小賢しい真似は必要ありませんわ。今すぐにでも、ベルナー領に向かえばいいのです。避難民に紛れてベルナーに潜入しましょう」
 甘い言葉でそう呟くカーマイン。
 この言葉に呪詛が乗っているなど、今のベネリには判るすべがなかった。
「余に避難民の姿をしろと?」
「ええ。精霊の散歩道で一旦サムソン辺境の港町に向かいましょう。そこから馬車でベルナーまで逃げるのです‥‥城塞の中にまで入れれば、あとは簡単。彼らはドラゴンに警戒しているあまり、バイアスの民が潜入するとは思っていないでしょうから‥‥」
 すでにベネリには、何が正しいのか判別がつかなくなっている。
「そ、そうだな。なら、精鋭を集めて突入するとしよう‥‥ベルナー城にはどうやって侵入する?」
「それは私が手はずを整えますわ。人間風情が魔族に勝てるとは思えませんし‥‥」
 そう告げると、カーマインはニィッと笑う。

(もうこの男は私のいいなりね。マクドガルの時は失敗したけれど、ここまで面白く引っ掻き回せれば十分ね)

 カーマインは懐から小さな果実を取り出すと、それをベネリに手渡した。
「これはなんだ?」
「マルムの実と言います。陛下ならご存知では?」
 その木の実の話なら、ベネリも熟知している。
 ラグナ・マリア北方の小さな村の果樹園でしか取れないと言う神々の木の実。
 選ばれたものの望みを叶える奇跡の実。
「そ、それがそうなのか、しかし何処から?」
「この世界では奇跡の果実でしょうけれど、神々の住まう世界では当たり前の常用食の一つですわ」
 本物なら金貨一万枚の価値はある。
 それが今、手の中にある。
「陛下なら、きっと選ばれますわ。今一度それを食して、奇跡を起こしてください」
「そ、そうだな。ではありがたく頂くとしよう」

――シャクッ
 甘酸っぱくみずみずしい味わいが口の中に広がる。
 そのまま神々の味覚を味わいながら、芯まで全て食べ尽くした。
 残された左手で腹のあたりをさすっているが、特に変わったことはない。
「なんだ?特に何も感じないぞ」
「まだ食べたばかりですよ。奇跡を引き起こす成分が体内に浸潤するまでは、暫く時間がかかります。さあ、まずは体を休めて下さい‥‥目が覚めたら、ベルナーに向かう準備をしましょう」
「そういうものか。わかった‥‥」
 やがて睡魔に耐えきれず、ベネリは静かに眠りについた。
 その体内に、ゆっくりと魔族核が定着し始めていることも知らずに‥‥。

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