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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ
竜魔の章・その1 10years after
しおりを挟むバイアス連邦の宣戦布告によって、ウィル大陸の情勢は大きく書き換えられました。
ラグナ・マリア侵攻の最初の犠牲となったのは、シュミッツ王国の王都とその近郊都市。
アハツェンのもたらした対ドラゴン結界の力は強く、当初は竜族も全く手も足も出ませんでした。
ですが、それに気を良くしたシュミッツ王が城塞から外に向かって反撃を開始、その一瞬の隙を突かれて城塞の一部が破壊されたのです。
結界も破壊され、城塞が剥き出しになったところに竜族の反撃が始まりました。
勝機を見て反撃に出たシュミッツ王国は、その三日後に国王シュミッツとともにその長い歴史に幕を閉じたのです。
その後は、皇帝レックスの命令により、各国王都と重要な都市は結界の維持を最優先とし、反攻作戦に出なることなく長い時間が過ぎていました。
それから10年が経とうとしています。
水神竜クロウカシスの眷属たちはこの大陸のほぼ全ての場所に散らばると、時折結界の外に出る人々を見つけては襲い、ただ本能の赴くままに蹂躙を続けています。
結界の中だけでは食料をはじめとする物資が時折不足してしまうので、冒険者ギルドでは食材となる動植物の採取依頼が後をたちません。
その為、手の空いた冒険者チームの中には、町の外まで食料を求めて探索に向かう者達も出始めていました。
結界の中は安全であるが、外は竜族のテリトリーでもあるので常に死が隣り合わせになっている。
それが、いまのラグナ・マリア、そしてウィル大陸です。
――サムソン郊外
「早く逃げろ!!この際荷馬車は捨てて構わない、生きる事を最優先しろ」
サムソン郊外の古い農場まで食料を探しに来た調査隊は、自然に繁殖した野菜や果物を採取してサムソンに戻る途中であった。
だが、その帰り道で二匹のワイバーンに発見され襲撃を受けていたのである。
「そんな事を言ったって。久しぶりの食材なんだ、あの農場まで安全に向かうことかできれば」
そう叫ぶ冒険者だが、上空から高速で飛んでくるワイバーンからは逃げられる事はない。
――クケーーーッ
「き、来やがった!! 畜生、この辺りまでワイバーンが出るなんて聞いていないぞっ!!」
ワイバーンが奇声を発して襲いかかる。
手にした武器で必死に抵抗するが、すでに防戦一報にまで押されている。
やがてその強力な脚爪で胴体が掴まれると、ワイバーンは一気に上昇を開始した。
「スレンダーっ‥‥済まないっ」
仲間が捉えられても、それを助けることが彼らには出来ない。
対空戦に特化している魔術師もいなく、加えてドラゴン族の体表を貫ける威力の飛び道具など、そうそう手にすることはなかった。
だが。
――シュンッ
「まったく、大の大人が雁首揃えて!! 衝撃波・無限刃っ!!」
素早く腰の刀を引き抜くと、すかさず衝撃波を飛ばす少年。
その一撃はワイバーンの翼を破壊し、墜落させた。
当然ながら、ワイバーンに捕らえられていたスレンダーも空中落下状態である。
「うひゃぁぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴を上げてワイバーンと共に墜落するスレンダー。
誰もが彼の死を疑わなかったのだが。
――ヒョゥゥゥッン
「こ、このアホロットぉ~。最後まで面倒見なさいよっ!!」
その少年の横にいた少女も魔法の箒にまたがると、ワイバーンとともに落ちてくるスレンダーを受け止めた。
「た、助かった‥‥」
「大丈夫ですか? 降ろしたら怪我は直します‥‥だからロット、あと一体とっとと始末してよっ!!」
「了解なのだぁ!!もう一発、貫通型衝撃波っ」
――シュンッ
今度は真っ直ぐにワイバーンの頭を破壊すると、きりもみ状にワイバーンが墜落した。
「よしよし、肉ゲット。この調子で色々と集めましょ~」
パン、と手をたたくと、ロットは楽しそうにワイバーンの墜落先まで走り出す。
「集めましょ~じゃないわ!!何遍言ったら話聞くのかな?モンスターや敵と戦うときは、周囲の状況を確認しろと口を酸っぱく言っているよね?」
「分かった分かった。全てミアが正しいよ‥‥と、それじゃあな!!」
「あとでフォンゼーン王とマチュア様に言いつけるからね!!」
「判ったわかったってばー」
やれやれという感じで呟いているロットだが、ミアの額のティアラが輝いた瞬間に、慌ててワイバーンの回収に逃げた。
「まあまあ、ミアちゃんもそれぐらいで。これだけ大型のワイバーンなら、そこそこの値段で買い取ってもらえるさ」
「でも、もう少し欲しいですよ。最近のうちのチームの成績あまりよろしくないから」
「慌てちゃあ駄目だ。こういうのはじっくりと行かないとな」
少しだけ落ち込んでいるミアに、パーティーリーダーのカインがそう告げる。
「そうなんですけれど、いつまでもロットがお子様臭くて駄目なんですわ。もっとこう、大人の落ち着きというか‥‥ねぇ?」
「まあまあ。そろそろ戻るから、ミアもワイバーンの解体を手伝ってくれな?」
そうカインに告げられると、ミアも解体用ナイフを取り出してワイバーンの解体を手伝った。
大量の肉と皮、牙など使えるところは全て馬車に積み込むと、急いでサムソンへと走っていく。
中央街道を走り王都サムソンに辿り着く。
まだ日が明るいので正門は開かれているが、しっかりと結界は維持されているらしく虹色の透き通った壁が見える。
その手前でミアとロットは|魂の護符(プレート)を取り出すと、門番に提出する。
「おう、カインのとこの若いのか。どうだった?」
「大量とはいかないけど、ワイバーンを二体捕まえたぜ」
ムキッと力こぶを見せるロット。
「それはいい。すぐにギルドまで運んじまいな」
「ああ。そうだな。それじゃあ行くぞ」
カインの声で再び荷馬車が走り出す。
あとは冒険者ギルドまで運び込むと、そこで適正価格で買い取ってもらえるのである。
「それじゃあこれが報酬な。今日はご苦労さん、明日は休むから明後日の早朝にまたここに集合だ」
「おう。カインさんもケーニッヒもカグラもお疲れ様な」
チームリーダーのカインと、無口なレンジャーのケーニッヒ、戦士のスレンダー、そして僧侶のカグラと魔術師のミアが、ロットと同じ冒険者チームのメンバーである。
「また明後日。じゃあな」
「では、皆さんに神の加護がありますように」
ケーニッヒとカグラもロットたちにそう告げると、そのまま酒場へと向かった。
バイアス連邦の襲来さえなければ、ドラゴンの活性化以外は10年前とそれほど変わっていない。
それが人々にとっては唯一の救いであった。
――ガキィンガキィン
サイドチェスト鍛治工房では、大月が冒険者達の武具の修理をしていた。
その隣では、大月の弟子になった十四郎が研ぎを担当している。
そこにロットはヒョイと顔を出した。
「十四郎さん、研ぎをお願いしたいのだ」
「おや、誰かと思ったらロットでござったか。受付は終わらせてあるでござるかな?」
「いや、まだだけど」
相変わらずの顔が見えない黒装束。
その格好で刃物を研いでいるのだから実に滑稽である。
――スパァァァァン
突然、力一杯大月に尻を叩かれるロット。
「順番が違うだろう?とっととクッコロのとこで手続きしてこい!!」
「はっ、はいっ」
大月にどなられて、ロットは慌てて馴染み亭へと向かう。
そこにミアが箒に乗ってやって来る。
「こんにちは。今日はマチュアさんいないですか?」
「今日はいないねぇ。ベルナーに詰めているのかもしれないね。何かあったのかい?」
そう問われたので、ミアは箒から降りて話を始める。
「いくつかの魔術の効果と発動が難しくて‥‥」
「おおう。そっちは専門じゃないからなぁ。まあ、ここに顔を出したらミアが探していたって伝えておくよ」
「はい、お願いします。では失礼します」
ペコッと頭を下げると、ミアは箒に乗ってゆっくりと飛んでいった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「‥‥ふぅ」
ベルナー王国王都ベルナー。
その王城にある円卓の間では、|マチュア(ツヴァイ)が地図を見てじっと何かを考えている。
「また何かを考えているのか。今度はなんぢゃ?」
27歳になってより女性らしくなったシルヴィー。
こんな情勢でも、あちこちの貴族からは求婚されているのである。
最も、シルヴィーの心を射止める為には、最低でも剣聖クラスの実力と五王のうち三王を説得しなくてはならない。
「新しい結界の構築図面ですよ。都市と都市を結ぶことで、巨大な魔法陣を形成できないかと‥‥」
「それができれば大したものだのう。で、実現可能か?」
「うん、材料足んね。何か方法はあるはずなんだけどなぁ」
そうとう行き詰まっている|マチュア(ツヴァイ)。
「なあマチュア、まだストームの行方は分からんのか?」
「分かりませんねぇ。分かっているのは異世界でどっかの王国のロード位を受けて暴れているということぐらいですよ」
意外と知っている。
サムソンのフォンゼーン王がストームと連絡できると教えてもらったので、取り敢えずはこちらの情勢をストームには伝えてある。
それであちらの話をきいているのだが、向こうは向こうで大変そうであった。
「ほほう。で、戻ってこれる算段は?」
「現在は無理。この世界とは違う界に行く為には、時と空間を司る神さま、天狼の許可がいるんですよ?私の魔力では無理ですよ。せめてオリジナルが‥‥あ、すいません」
そこまで告げて慌てて口をつぐむ|マチュア(ツヴァイ)。
「良い。暗黒大陸に向かう事ができない以上、マチュアの蘇生もできん。そもそも10年も経つと、妾も諦めているのぢゃ」
「そうですね。ポイポイさんも行方不明になって10年です。色々なことがあり過ぎたんですよ」
突然しんみりとしてしまう。
だが。
――バン!!
突然扉が開かれると、執務官のユーリ・アンバーが室内に飛び込んできた。
「ブリュンヒルデ様の王城から救援要請です。ミドルタイプドラゴン4、スモールタイプ8。亜竜は不明です」
「王都ラグナのワイルドターキーとズブロッカを回して頂戴。王都にはサイノスのチームを派遣して」
「了解しました」
そのまま指示を飛ばす為に執務室へと戻るユーリ。
現在のベルナーは各都市に戦力を派遣するための作戦司令室を兼ねていた。
「しかしマチュアよ。ここ最近、とみにドラゴンが活性化してあるような気がするのは、気のせいか?」
「いやいや。確実に活性化してますよ。ですがここはまだ良い方ですよ。北方グラシェード大陸には赤神竜ザンジバルが飛来したそうで‥‥かなり危険ですよ」
「五大竜のうち三つが、このウィルとグラシェードに集まってあるのか」
「それでも、黒神竜ラグナロクは未だ地下から出て来る要素もありませんし‥‥と、シルヴィー様、ちょっとお尋ねしたいのですが」
ふと、|マチュア(ツヴァイ)は調べ物の中にあった記述の一つを思い出した。
「六神竜って分かりますか?」
「五大竜のことぢゃろ?」
「まあ、有り体に言えばそうなんですかれどね。赤黒白水と、あと何でしたっけ?」
「えーっと。赤神竜ザンジバル、黒神竜ラグナロク、水神竜クロウカシス、白神竜プラチナム、神竜バハムートじゃな」
その時代によって呼び方が変わる神竜達。
それ故に、神竜バハムートには色はないらしい。
「ですよね。六神竜の場合、最後の一体はなんですか?」
「冥神竜コキュートスぢゃ。でも、それはいないに等しいぞ」
「そうなの?」
「うむ。誰も見たことがない。物語の世界ぢゃ」
「ふぅん。なら良いか、ちょっと休憩、カナン行ってきますわ」
それだけを告げると、|マチュア(ツヴァイ)は一旦カナンへと戻った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
バイアス連邦の侵攻から。
カナン魔導王国より以北の領地は、南方からの避難民であふれていた。
特にカナンには、マチュアがスタイファーの秘技を実践できるということで、大勢の避難民がやってきている。
――ガチャッ
「ミナセ陛下、また南方からの避難民が‥‥」
執務室で届けられた書簡を確認している|マチュア(クィーン)の元に、エミリアが駆けつけて叫ぶ。
「エミリア、部屋に入るときは先にノックしろとあってあるだろう?」
|マチュア(クィーン)の隣で同じように報告書を読んでいるイングリットが、エミリアにそう告げる。
「あ、と、これは失礼しました」
「それで人数は?」
「約四十人です、どうしますか?」
「受け入れないという返答はありません。第二区画がまだ余裕がありますね?」
「了解しました、ではそのように伝えてきます」
そう返答を返すと、素早く廊下に飛び出して行く。
「マチュア様、そろそろ第二区画も受け入れ人数が限界ですが」
「第三区画が完成したらさらに四倍は受け入れられます。それまでは我慢してもらうしかありません」
傍らで仕事をしているイングリットにそう返事をすると、|マチュア(クィーン)は一旦書簡を開くのをやめてハーブティーを入れる。
傍らには、現在まで終わっている第三区画の拡充工事の報告書があった。
魔導王国カナンは、今までの城塞の外に円形状の第二城塞を建築してあった。
その周囲にも対ドラゴン用結界を作り、新しく避難してきた人たちの居住区を作ったのである。
それでも避難民が途切れる事はなく、現在までにさらに外周になる第三城壁を建造していた。
その工事も間もなく終わると、次は居住区の整備が待っている。
これにより避難民にも仕事が与えられるし、なによりも第三区画はかなり広く、内部に畑や果樹園なども作るだけの土地がある。
これが完成すると、今までの食糧事情がかなり緩和されるのである。
――コンコン
『失礼します、ミスト殿がいらしてますが』
「そのまま通してください」
|マチュア(クィーン)がそう告げると、ガチャッとミストが入ってくる。
「お久しぶり。第三区画の完成度は?」
10年の歳月でミストもかなり落ち着きが出ている。
未だ独身ではあるが、今の情勢では結婚などまだ先であろう。
「あと二ヶ月って所ですね。ミスト連邦は第三区画まで終わってますよね?」
「今は居住区の建築ラッシュよ。早い所受け入れ態勢を整えないと」
「そうですねえ。いつ、水神竜クロウカシスがやってくるか分かりませんから‥‥」
「あれが来たら結界なんて中和されますからねぇ」
そんなのんびりとした時間を過ごしていても、いつまた竜族の襲撃があるかと思うと不安でしかない。
「早く、この戦争が終わると良いんだけどねぇ‥‥水神竜の眷属は、魔法耐性高くてね。本当に厄介ですよ」
そう呟いていると、ミストも静かに頷く。
「シルヴィーはどうしているの?」
「ん?いつも通りですよ。あっちには|マチュア(ツヴァイ)が付いていますから大丈夫でしょ?」
「そうですか。なら安心ですね」
「それがそうでもないんだよなぁ‥‥」
少しだけ遠くを見つめながら、|マチュア(クィーン)が呟く。
「なにか心配事でも?」
「先日だけど。私たちゴーレムの中でも古参のドライが停止したのよ。いまは地下の秘密基地でアハツェンが魔力の供給をしているんですけれど、ゴーレムは自分で魔力を回復できないのよ」
現在もっとも懸念しているゴーレム達の停止。
魔力供給元のマチュアとリンクが切れているため、魔力効率の悪い初期型はいつ停止するかわからない。
もっとも初期型の|マチュア(ツヴァイ)がいつ停止するのか、それが心配なのである。
「 そうですか。かなり不安ですね」
「マチュア様が生きていたときは魂のリンクっていうのがあって、それで魔力が供給されていたのよ。それがあの日から切れてるから‥‥」
「でも、それをどうにかする方法はあるんでしょう?」
「まあ、ない事もないんですけれどねぇ。まだまだ未熟な子でして」
その|マチュア(クィーン)の言葉の真意がわからないミスト。
「で、その方法は?」
「|マチュア(ツヴァイ)が調べたのですが、マチュア様は死ぬ間際に自身の知識全てを『知識のスフィア』にコピーしてランダム転送したらしいのですよ。それを偶然手にした子がいまして‥‥今はマチュアの叡智はその子が所有していますね」
――バン!!
勢いよくテーブルを叩くミスト。
「なら、その子からそれを回収したら良いじゃないの。事情を説明すればわかってくれるわよ」
――ハァ‥‥
ミストの言葉に溜息をつく|マチュア(クィーン)。
「あのアホマスターはですね。スフィアに仕掛けをしやがりまして、最初にそれを解放したものしかスフィアから知識を引き出せないのですよ」
「あ、あのアホって‥‥全く、どうしてそんな面倒くさい事をしたのかしら」
「多分ですが、マチュア様の残した可能性ではないかと。開けるということは、マチュアの全てが使えるという事。そうなれば、どんな奇跡でも起こせますよ。ティルナノーグの奇跡みたいにね」
「?」
「えーっと、このことは御内密に。ティルナノーグ戦で最後に死んだもの達が一斉に生き返りましたよね?あれはマチュア様の魔術です」
「まあ、そうだろうとは思っていましたけどね。それがなにか?」
おおよそ予測はしていたらしい。
「あれは代償が大きすぎたんです。あの結果、マチュア様達は自身の一番大切なものを永遠に失いました‥‥その事がバレたら、生き返った人たちは心に大きな傷を負い兼ねませんから」
「そうなの‥‥マチュア様たち?」
「ええ。ストーム様も、マチュア様の力では全てを補いきれないと分かってそれを差し出しました。ですから、本来ならばこれ以上二人に何かを求めるのは酷なのです‥‥」
失って分かる今。
ストームもマチュアもいない。
二人の代わりのゴーレム達も、魔力供給が切れると停止してしまう。
だが、今でもドラゴンの脅威から助かりたいもの達は、剣聖に、賢者に助けを求めている。
「ストームは死んでいるわけではないから、まだサムソンのゴーレムは動くのよね?」
「命令権を持っているのはストーム様とマチュア様、そして皇帝レックスです。けれど作ったのはマチュア様。サムソンのストームもいつか停止します‥‥」
剣聖と賢者、二つの英雄の死が公開されると、恐らくラグナ・マリアは拠り所を失って崩壊する。
――ブゥン
|マチュア(クィーン)はその手の中に、小さなスフィアを作り出す。
それをミストに手渡した。
「これは?」
「私たちマチュア・ゴーレムの設計図です。ですが私達には理解できません。私たちが勝手にゴーレムを作らないように、私達にはこれが見えないのです。万が一のときは、これで私たちを修復してください」
その小さなスフィアを受け取ると、ミストは魔力分解して自身の中に取り込んだ。
「一つだけ教えて。サムソンのマチュアの後継者って誰?」
「魔術師のミア。あの子がマチュア様の全てを受け継いでます。あの子ならゴーレムも作れるでしょうけれど、まだ歩き出したばかりですから」
「よし、それならアプローチするわ。この際だからシルヴィーも巻き込んでね。だから貴方もあまり魔力を消耗しないようにね」
そう告げると、ミストは部屋から出て行く。
少しだけ間を開けると、|マチュア(クィーン)もゆっくりと席を立った。
「イングリット、ここでの話は」
「分かっています。もう、ですか?」
「ええ。一時間したら戻ってくると思いますので」
――スッ
カナン城地下にある閉鎖空間。
巨大な魔法陣の中心では、アハツェンが座禅を組んで座っている。
「クィーンもそろそろでしたか」
「そうね。他の様子は?」
魔法陣の周囲にある四つの椅子。
そこにドライとファイズ、ゼクスが座っている。
だが、三人ともピクリとも動かない。
「魔力の回復状況は?」
「ドライが40%、ファイズとゼクスは戦闘型なのでまだ10%も回復していません。意識を保つこともできませんから、いまは休眠しています」
アハツェンが説明すると、ドライがゆっくりと目を覚ます。
「いょう。中々快適な目覚めだね」
「馬鹿なことを。これが私の記憶のスフィアです。私も魔力の供給を開始しますから、あとはお願いしますね」
クィーンは手の中に記憶のスフィアを生み出すと、それをドライに手渡した。
「了解です。で、この後輩ズはいつ稼働?」
「半年は無理ですね。燃費が良い分無理をしすぎています。潜入調査型のドライの方がまだ燃費は良いのです」
「と言うことで、暫くはクィーンになっていて下さいね」
そう告げるとクィーンは椅子に座り休眠モードに入る。
すると、アハツェンの座っている魔法陣から魔力が糸のように立ち上り、クィーンに繋がる。
「さて。しかしアハツェンは凄いよなぁ。俺たちに魔力を供給しても全然動くんだろう?」
腕を組んで受け取った記憶を反芻しているドライ。
「ええ。私の中には、皆さんにはない魔力の放出器官があります。これがある限りは、私は止まることがありませんし皆さんにこのように魔力を供給できるのです」
「そうか。それは離れたらダメなのか?」
「無理ですよ。そもそも、私は行動にかなり制限があるのですから。ツヴァイやドライのように潜入調査も出来なければ、ファイズやゼクスのように前線で戦うこともできません。クィーンのような政治をするのも無理です」
「そうだよなあ。アハツェンは魔道具開発の専門だからなぁ」
「だからこそ、私は皆さんの修理が可能なのですよ。さぁ、そろそろ戻らないとイングリットに怒られますよ」
「分かっているって‥‥」
そう笑いながら返事をすると、フッとドライの雰囲気が変化する。
「では行ってきます。このモードでの私の稼働時間は480時間です。次は誰が?」
「またクィーンが330時間後に。それではお気をつけて」
――スッ
その場から|マチュア(ドライ)の姿がスッと消える。
するとアハツェンも、静かに目を閉じた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ズズズ‥‥」
のんびりとベランダ席でお茶を飲んでいる|マチュア(ツヴァイ)。
賢者ではなく駄目ックスターモードで、久し振りの休日を堪能している。
「もうあれから10年か‥‥サミュエルやリッキー、私のこと散々ダメックスターって言ってたけど、懐かしいなぁ」
――スパァァァァン
思い出に浸りつつある|マチュア(ツヴァイ)の後頭部にハリセンを叩き込むウェイトレスのメアリー。
「その言い方ですとみんな死んでますよ。第三区画の工事手伝いに行ってるだけじゃないですか」
「あ、そうね。あの連中は殺しても死なないよね」
「全く。おヒマでしたら厨房に入って下さいよ、今忙しいんですからね」
「あーはいはい。やりますやりますよ」
トボトボと厨房に入る|マチュア(ツヴァイ)。
「さて、私はなにをしたら良いのかな諸君!!」
「デザートをお願いします。手が足りない上に、クレープの魔女まで来てますから」
「はあ?」
そーっと厨房から外を覗く。
そこには、いつのまにかやって来ていたシルヴィーが、護衛と共に食事を摂っていた。
「あっれ?数時間前までは一緒にいたのに、いつの間に?」
「ついさっきですよ。店長がいるのを確認してから座りましたから確信犯です」
「いやいや、その確信犯の使い方は間違っているが‥‥まあいいや、作るわさ」
そう呟くと、|マチュア(ツヴァイ)も黙々とデザートを作り始める。
マチュアの出来る事は、殆ど無難にこなす|マチュア(ツヴァイ)。
だが、|マチュア(ツヴァイ)の魔力も間もなく底をつく勢いで消耗していた‥‥。
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