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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ
カムイの章・その9 戦場の悪魔
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エストラード南方諸島、ミッドベルン島。
小さい島ながら、ここには広大な平地が広がっている。
近くの島から島民たちがこの島にやってきては、畑を耕し果樹園を営んでいる。
だが、その日はいつもの日常とは全く違った。
突然海の向こうからゲーニッヒ艦隊がやってくると、上陸した戦車機動部隊によって島民たちは一方的に虐殺された。
死体は海に投げ捨てられ、やがてこの地に簡易的な軍事施設が作られ始めた。
エストラード艦隊はこれを迎撃するべく出撃したものの、ミッドベルン島に駐留している艦隊と、その、中にあった空母から発進する戦闘機によって近づくことができなくなっていた。
そのミッドベルン島の隣、ノースベルン島では
「‥‥」
拠点を作り終えて作戦会議をしているエストラード陸軍。
だが、島の反対側から海を越えてさらに向こうにあるミッドベルンに向かうには、かなり危険であった。
「定期的に飛んでいる偵察機、島内で待機している揚陸部隊と海上の艦隊。あれをどうやって突破するか」
「まず陸軍は島に近づくこともできない。揚陸艇は用意できるが、あの包囲網をどうやって突破するか」
「まず後方の海路を封鎖したほうがいい。補給線を閉じてしまえば、あとは烏合の衆だ」
などなど、煮詰まった状況になっている。
「何か対策はないのか?」
そう話しているのは、このノースベルン島にてゲーニッヒ軍の殲滅を命じられたアストガル少佐。
陸軍でもその奇抜な作戦で有名な軍人である。
「猟兵の何名かで潜入工作をするというのは?」
いきなりアストガル少佐は同席しているステファン大尉に問いかける。
無茶振りも良いところであるが、正規軍ではない猟兵を使い捨てにするのはアストガル少佐はいつものことである。
「不可能ではありませんが、彼らは傭兵ですので強制力はありませんよ?」
「構わんよ。報酬は支払う。彼らは金さえ貰えば任務を受けるだろう?」
「では、一応話をしてみます」
そう告げると、ステファンは席を立って猟兵の詰め所まで向かうことにした。
「いやいや、いくら報酬が凄くても、それは死んでこいと言っているようなものですよ」
「その通りだ。どう見ても生きて帰れる気がしない。その作戦は遠慮させて貰います」
「俺もだ。流石に不味いだろう?」
ステファンが説明をしてみたものの、その場にいる30人の猟兵は一人を残して全員辞退した。
「そうだな。俺一人で島を解放した場合の報酬は?」
あっさりと告げるストーム。
その言葉には、その場の全員が笑い始めた。
「どう考えても新入り一人でなんて無理だろう?」
「そうだそうだ。別の作戦が来るまで待ちなって」
「それともあれか?お得意の魔法ってやつか?」
などと嘲笑する一同。
それでもストームは笑いながら。
「ステファン大尉、島全部解放して百万シリングだ。成功報酬で用意しろと伝えてくれ」
「あ、ああ。分かった。ストームには作戦があるのか」
「だから前から話しているだろう?魔法を使うって」
きっぱりと言い切るストームに、ステファンもとりあえず本営に戻る。
やがて本営の作戦室にストームの話が通されたが、やはり笑いの種でしかなかった。
「まあ面白い、偵察も兼ねてやってこいと伝えてくれ」
アストガル少佐はステファンに作戦認可を伝えると、再び侵攻作戦をどうするか考え始めた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
そして夕方。
日が暮れると同時に作戦を開始するストーム。
「‥‥本当に行くのかな?まだ後戻りはできるのだが」
簡易施設の外で、ステファンは準備を始めたストームに問いかけていた。
その後ろでは、好奇心でストームを見送りに来た仲間たちや、会議が煮詰まって様子を見に来たアストガル少佐の姿もあった。
「無理をするな。強襲偵察で構わないんだからな。小型の船なら用意できるが、本当に要らないのか?」
アストガルは形式的に心配はしているが、それでもストームは頭を横に振った。
「それじゃあ本気で行きますので。今から見ることは他言無用で、俺魔導師なのでね」
「まだそんな事‥‥おおお?」
――シュッ
瞬時に聖騎士の装備に換装すると、さらに空間から箒を取り出す。
(マチュアの所のゴーレムに、今度別の形を作ってもらうか)
フワッとストームの姿が飛び上がると、その場の全員が驚きの表情を見せた。
「スススススッ、ストーム軍曹。君は本当に?」
「そろそろ信用してくださいよ。百万シリング用意しておいてくださいね」
それだけを告げると、一気に加速して海に出た。
「まずは空母から潰すか。風の精霊よ、我が周囲に弾除けの加護を与えたまえ」
ヒユッとストームの周囲に結界が生み出される。
対魔法障壁は必要ないと判断、近接はストーム自身でなんとかなる。
ならばあとは必要ないと、水面すれすれを高速で飛ぶ。
空母の甲板からは、時折海面を調べるためのサーチライトの光が見えるが、おおよその動きがわかるのでそれに引っかかることはない。
やがて空母の横に辿り着くと、そのままストームは空母の大きさを考える。
「形状はグラーフ・ツェッペリン型航空母艦か。沈めるのは勿体無いか?」
ならばと、少しだけ高度を上げると自身の周囲に闇を纏う。
そして物陰に隠れると、箒を空間にしまいこんでこっそりと艦橋に向かって歩き出した。
艦内は明かりがついており、闇に隠れているストームでもそこそこに目立つ。
ゆっくりと階段を登り艦橋までやって来ると、いきなり闇を払い姿を現した。
――バッ!!
「貴様一体何処から」
艦橋要員たちも慌てて拳銃を引き抜くが、ここで撃てるはずがない。
「どーも。殺しはしないけど、破壊はさせてもらうからな」
――ドッゴォォォォォォ
いきなりバースト無限刃を叩き込んで、操縦系統と通信系統を破壊するストーム。
その衝撃は艦橋全てのガラスを破壊し、甲板に使って大量のかけらが降り注いだ。
突然鎧姿の騎士が姿を表わし、艦橋を一撃で破壊する。
その恐怖に、次々と兵士たちは逃げ始める。
「さてと。|恐怖(フィアー)全開。ダダ漏れで行かせてもらうか」
空間に手を突っ込みジャックオーランタンのシャッターを開く。
溢れ出した心力は恐怖となり、ストームの周囲に白い靄のようにあふれている。
艦橋を降りたストームは、抵抗する存在がいないか見渡した。
遠巻きに囲んで銃を撃って来るものもいるが、すかさずソードを振って衝撃波を飛ばして倒していく。
力加減はしているが、骨の数本は折れたであろう。
そしてストームは、風の精霊を呼び出すと、声を乗せて島全体に響かせるように頼む。
「俺の名前はストーム。今から30分以内に島から出て行け。さもなくば殲滅する」
その言葉に、名前に聞き覚えのあるものは武器を捨てて艦から出て行く。
出て行かずに対抗する奴は衝撃波を飛ばして気絶させる。
そうしてグラーフツェッペリンを一人で占拠すると、陸地に続いている階段状の橋の上に立った。
「あと15分。どうするんだ?」
そう叫ぶと同時に、ストームは大量のサーチライトに照らされる。
島全体に警報が鳴り響き、次々と戦車が到着すると、ストームに向かって砲身を向けた。
「どんな罠を仕掛けたのか知らんが、そんなハッタリになるとでも思ったのか!!撃てェェェェ」
指揮官らしき男の叫びが聞こえると同時に、戦車から大量の砲弾が飛んで来る。
――ドッゴォォォォォォ
ストームの立っていた橋が完全に吹き飛び、跡形もなくなった。
だが、既にストームは橋から飛び降りて近くの戦車まで縮地している。
「この距離だと|友軍誤射(フレンドリーアタック)になるだろう?」
迂闊に撃つと味方に当たる。
それで戦車の動きは完全に封じると、ジワリと周囲を囲み始めた兵士たちに向かって|衝撃波(ソニック)・無限刃を叩き込む。
「「「ぐうわぉぁぁぁ!!」」」
絶叫しながら吹き飛んで行く兵士たち。
それでもまた自分たちの優位性に自信があるらしい。
――ガチャッ
ストームの近くの戦車は、全ての窓を閉じて急速で後退する。
それと同時に周囲の兵士たちは、手にした自動小銃をフルオートで撃ってきた。
――broooooooooom
誰もがストームの死を確信した。
だが、その銃弾全てがストームの手前の空中で停止していた。
「よし。覚悟はできているんだな?」
素早くロングソードを横一閃に振ると、またしても衝撃波・無限刃で兵士たちを後方に吹き飛ばす。
そこから縮地で近くの戦車を間合いに捉えると、まず脅しとして人の乗っていない車体部分に向かって強撃無限刃を叩き込んだ。
――ドゴォォォォォッ
一撃で車体が切断され、中の人間の姿がチラッと隙間から見える。
さらに。
「アーッハッハッハ~!!」
ストームは笑いながら別の戦車に近づくと、下段から切り上げるようなバースト無限刃を叩き込む。
――グラッ!!
衝撃は戦車下面に伝わり、車体を大きくひっくり返す。
車体下面はボロボロに砕け、兵士たちが慌てて外に飛び出していった。
「死にたくなかったら戦車から出て行け!!逃げるなら命は取らない!!」
その絶叫と同時に、ストームは両腕からフレイムサラマンダーを召喚して使役する。
人には当てない程度、当たってもかすめる程度にコントロールし、人がいなくなった戦車の中でも損傷の酷い戦車をサラマンダーで次々と破壊していった。
爆発と轟音が響き、やがて仮設司令部らしき所に向かうと、そこもすでにもぬけの殻になっていた。
「さて、どこに逃げたか‥‥あそこか?」
空母が停泊している場所と反対側に停泊していた駆逐艦に兵士や司令官の姿が見える。
ならば駄目押しと、ストームはその駆逐艦へと走り出す。
「ち、近寄らせるな!!撃て撃てェェェェ」
逃げている指揮官の叫びで、駆逐艦の甲板からストームに向かって機関砲が打ち込まれる。
――ガギガギガギガギガギッ
流石にその一撃で死んだと確信したらしい指揮官が、土煙の上がっている場所を確認するが。
フワッと煙が消えた場所では、ストームが力の盾を構えて立っている。
「あ、あんたが指揮官か‥‥生きて帰りたかったら‥‥あや、ランス大尉ではないですか?」
指揮官の顔を見て驚くストーム。
以前ゲーリッヒで世話になったランス大尉の姿がそこにあった。
そしてランス大尉もまた、土煙からストームが姿を現したのに驚いていた。
「す、ストーム君が‥‥何故こんなところで、いや、どうしてエストラードに?」
「ゲーニッヒの総統閣下に殺されかけたので、エストラードの戦闘猟兵に登録しただけですよ。大尉なら丁度いいや、とっとと避難してください」
「君が此方につくという選択肢は?」
「無いですね。俺に対して牙を剥いた以上、ゲーニッヒは滅ぼします。けれどランス大尉には助けて貰った 恩もありますので、このまま見逃しますよ」
ロングソードを鞘に納めて、ストームは笑いながら告げる。
その姿にランスもホッとしたのか、すぐさま避難命令を出した。
一通りの兵士が逃げるように駆逐艦に乗り込むと、最後にランスが乗船する。
「ランス大尉、もうこっちには来ないように。もしゲーニッヒの艦隊が近づいてきたら、今度は全力で潰しにかかりますから」
「それは私が乗っていてもかな?」
「そのときは適当に戦ってから逃して差し上げますよ。正直、負ける気はしていないので」
その言葉と同時に、ランス達を乗せた駆逐艦バイエルンは、高速でミッドベルンから離れていった。
「ふう。まあ、この程度だろうな」
燃え盛る戦車を眺めながら、ストームは仮設司令部にやって来る。
「まあ、ゲーニッヒの武器をまるっとエストラードに渡すのもなんだからなぁ」
あちこち調べて武器庫を見つけると、小銃からマシンガンに至るまで様々な武器が納められている箱をいくつも発見すると、次々と大袋に放り込んでいく。
やがて武器庫が空になると、次は戦車の整備庫へと向かう。
「問題はこれかぁ。どうするかなぁ」
外に無傷で乗り捨てられているのが四台、整備庫の中に四台。
「これも持っていきたいが、まあ無理だろうなぁ」
とりあえずウィンドウを展開してチェストのデータを確認する。
「いつもはなんでも入るからあまり気にしてはいなかったが。あ~そうかそうか」
数の制限は基本ない。
だが、ある程度の大きさのものとなると、同一サイズのものは個数制限があるらしい。
「えーっと。チェストメニューを開いて、此処をタッチして‥‥」
画面の指示通りに作業を進めると、最後に目の前Ⅳ型Fのような戦車をタッチする。
――スッ‥‥
一瞬で戦車の姿が消えたので、ストームは戦車を五台、チェストに納める。
こうなると、ストームの中の男の子回路に火がついた。
楽しそうに空母の甲板に登ると、発艦準備の終わっていたシュバルツシュミットを五機、チェストに納める。
あとは戦車や戦闘機の予備武器と弾薬、燃料の入っているドラム缶などを次々とチェストに放り込むと、ようやく休憩に入った。
「‥‥空間に手紙は無いか。状況が全く分からないのが怖いが、これはまあ‥お土産を持って帰ってなんとかするか」
寸胴からカレーを皿に盛り付けると、のんびりと食事を取る。
「ルーンギニスのチャージも、やっぱり戦闘に身を任せているとチャージが早いのか。殆ど殺していないから、少しはポーナスポイント入っていたりしてな」
傍らに置いてあるルーンギニスをそっと触れると、今現在の魔力の回復度がはっきりとわかる。
「このまま暫くは、エストラードで戦うしか無いか。しかし、まさかランス大尉がいるとは思わなかったな」
そんな事を考えていると、突然睡魔に襲われる。
ならばという事で、ストームは仮設司令部の士官室に向かうと、そこでゆっくりと身体を休める事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日。
ストームは仮設司令部の通信施設を調べてみる。
「ふむ。猟兵講習の時の通信機の取り扱いでいけるか。どれ」
主電源を入れると、通信電波の波長をエストラード陸軍に合わせる。
「ノースベルンの施設のコードは‥‥これとこれで‥‥よし。こちら戦闘猟兵のストーム。ミッドベルンの敵基地は確保、敵は駆逐艦一隻で逃亡。繰り返す、こちら戦闘猟兵のストーム‥‥」
暫く通信を続けていると、やがて返信が返って来る。
『こちらミッドベルン駐留基地。ミッションコンプリートご苦労、1100までに増援部隊を送る。繰り返す、1100までに増援部隊を送る』
「こちらストーム、通信確認オーバー‥‥と。あとは昼までは暇か」
ただポーッと待っていても退屈なので、日課の筋トレを行ってから司令部に残された書類を暫く眺めている。
特になんと言うことはないが、ゲーニッヒとエストラードの戦力比が余りにもおかしいのでそれを確認したかったのである。
「ゲーニッヒは多分ドイツみたいな国で、戦車もⅣ号型なのに対し、エストラードは多分イギリス型だよなぁ。マチルダIIに形が似ているが、装甲が全く違うし‥‥」
あちこちの図面を調べたり新聞のようなものを見てみると、ふとにわかには信じたくない記事があった。
「若干20歳の異端の科学者?現行では考えられない技術を次々と生み出す‥‥か」
ドイツ科学アカデミー所属の兵器学者らしい。
どこからきたのかは不明で、彼女の知識によって戦車や戦闘機の性能が20%も向上したらしい。
「‥‥可能性があるとすれば、この女性が別の世界から来た『魂の修練』を行っているんだろうなぁ。完全によそ者の俺がちょっかいかけていいとは思わないが、さてどうしたものか?」
そんな事を考えながらも、のんびりと時間が来るのを待っていた。
やがて指定の時刻になると、海岸線から揚陸艇でエストラード軍が上陸する。
先頭にはアストガル少佐とステファン大尉。
その後ろをエストラード陸軍が追従している。
そしてストームの姿を確認すると、アストガル少佐は両手を広げて感激している。
「これは凄い!!施設だけでなく戦車や空母まで鹵獲したのか」
「ああ。だから約束通り百万シリングくれ。くれなかったら空母も戦車も、まとめて破壊する」
「分かっている分かっている。しかし君は凄い!!アーサー伝説の魔導師が我が配下にいるとは思わなかった。これで戦局はこちらが有利になったな」
実に嬉しそうなアストガル少佐であるが、ストームはゆっくりと諭すように話を始める。
「いやいや、俺はあんたの部下じゃない。戦闘猟兵で、正規軍に入るつもりはない」
そう説明していると、数人の兵士が空母に向かうのをみる。
「悪いがそいつには近づくなよ。まだ契約金は貰っていないんだからな。少しでも手をつけたら破壊する、いいな?」
そう脅しをかけると、兵士たちは空母から離れる。
別にあっさりと手渡してもいいのだが、その結果として都合のいいように扱われるとマズイ。
ならば。ここは少しでも相手よりも自分が上である事を植え付けておかないとならないと考えた。
「ま、まあそこまで脅さなくても。そうだ、ストーム君、君の魔術は人に教えることは出来るのかな?」
「出来るが教えん。それは世界の法則を曲げることになる」
すでにアストガル少佐はストームを自身の出世のために利用できないか考えているようだ。
だが、それぐらいはストームはお見通しである。
「しかしだね。その魔術の力があれば、エストラードは他の列強諸国と並ぶこともできる。君も国を愛しているのなら、我らが女王陛下のためにだね」
「悪いが俺は傭兵なんでね。女王陛下よりも金なんだよ。それにな‥‥」
ふと、脳裏にシルヴィーの顔が映る。
幻影騎士団の団長として、なによりもスートムはシルヴィーの騎士である。
君主は二人もいらない。
「すまないが、俺にとっての女王陛下はここにはいないんだよ」
そこまで言われると、流石のアストガル少佐も顔面を真っ赤にする。
「なんと不敬な!!ま、まあ、約束だから百万シリングは用意しよう」
「当然だな。それが揃うまでは、俺と戦闘猟兵たちは空母で寝泊まりするからな」
それだけを告げると、アストガルの元から離れてステファンや猟兵仲間の元に戻っていく。
「しかし、本当にやるとは思わなかったな。ゲーニッヒで極秘裏に噂されていた、単騎で戦車を破壊する騎士というのも、ストームなのだろう?」
ステファン大尉が嬉しそうに問い掛けると、ストームは静かに頷いている。
「あの一件があったから、俺はこのエストラードに渡ってきたんだ。だから、あの少佐にも釘を指しただけだ。俺は人に利用されるのは大キライでね?」
「心配しなくでも、戦闘猟兵は正規軍ではないから他の師団長でも命令指揮権は持ち合わせていないよ。それが出来るのは私だけだ」
ふぅ、と溜息を付くストーム。
「ならいいか。と、ほら、俺は見ての通りの魔導師だが?」
やや怯えた目でストームを見ている猟兵の仲間たちに、ストームは笑いながら話しかける。
そう告げると!猟兵仲間たちはコクコクと高速で頷いていた。
「いや、本当にすまなかった」
「まさか本当の魔導士とはな。これで戦闘猟兵にも箔が付くってもんだ」
てんで勝手に笑いながら告げている仲間たち。
するとストームもニィッと笑って皆の横を歩いて行く。
「よーーしっ、百万シリング入ったら宴会だ!!おれのおごりで飲むぞ!!」
そうストームが叫ぶと、皆の緊張もいきなり取れた。
「そのかわり、しばらくは戦闘猟兵の宿はあの空母な。それじゃあ行きますか」
そう告げると、全員が笑いながら空母に向かってあるいていった。
そしてそれを見届けると、ステファンは今後の対応の為にアストガル少佐の方へと歩いていく。
ストームたちが空母に向かうのを、アストガルはかなり悔しそうに睨みつけていた。
小さい島ながら、ここには広大な平地が広がっている。
近くの島から島民たちがこの島にやってきては、畑を耕し果樹園を営んでいる。
だが、その日はいつもの日常とは全く違った。
突然海の向こうからゲーニッヒ艦隊がやってくると、上陸した戦車機動部隊によって島民たちは一方的に虐殺された。
死体は海に投げ捨てられ、やがてこの地に簡易的な軍事施設が作られ始めた。
エストラード艦隊はこれを迎撃するべく出撃したものの、ミッドベルン島に駐留している艦隊と、その、中にあった空母から発進する戦闘機によって近づくことができなくなっていた。
そのミッドベルン島の隣、ノースベルン島では
「‥‥」
拠点を作り終えて作戦会議をしているエストラード陸軍。
だが、島の反対側から海を越えてさらに向こうにあるミッドベルンに向かうには、かなり危険であった。
「定期的に飛んでいる偵察機、島内で待機している揚陸部隊と海上の艦隊。あれをどうやって突破するか」
「まず陸軍は島に近づくこともできない。揚陸艇は用意できるが、あの包囲網をどうやって突破するか」
「まず後方の海路を封鎖したほうがいい。補給線を閉じてしまえば、あとは烏合の衆だ」
などなど、煮詰まった状況になっている。
「何か対策はないのか?」
そう話しているのは、このノースベルン島にてゲーニッヒ軍の殲滅を命じられたアストガル少佐。
陸軍でもその奇抜な作戦で有名な軍人である。
「猟兵の何名かで潜入工作をするというのは?」
いきなりアストガル少佐は同席しているステファン大尉に問いかける。
無茶振りも良いところであるが、正規軍ではない猟兵を使い捨てにするのはアストガル少佐はいつものことである。
「不可能ではありませんが、彼らは傭兵ですので強制力はありませんよ?」
「構わんよ。報酬は支払う。彼らは金さえ貰えば任務を受けるだろう?」
「では、一応話をしてみます」
そう告げると、ステファンは席を立って猟兵の詰め所まで向かうことにした。
「いやいや、いくら報酬が凄くても、それは死んでこいと言っているようなものですよ」
「その通りだ。どう見ても生きて帰れる気がしない。その作戦は遠慮させて貰います」
「俺もだ。流石に不味いだろう?」
ステファンが説明をしてみたものの、その場にいる30人の猟兵は一人を残して全員辞退した。
「そうだな。俺一人で島を解放した場合の報酬は?」
あっさりと告げるストーム。
その言葉には、その場の全員が笑い始めた。
「どう考えても新入り一人でなんて無理だろう?」
「そうだそうだ。別の作戦が来るまで待ちなって」
「それともあれか?お得意の魔法ってやつか?」
などと嘲笑する一同。
それでもストームは笑いながら。
「ステファン大尉、島全部解放して百万シリングだ。成功報酬で用意しろと伝えてくれ」
「あ、ああ。分かった。ストームには作戦があるのか」
「だから前から話しているだろう?魔法を使うって」
きっぱりと言い切るストームに、ステファンもとりあえず本営に戻る。
やがて本営の作戦室にストームの話が通されたが、やはり笑いの種でしかなかった。
「まあ面白い、偵察も兼ねてやってこいと伝えてくれ」
アストガル少佐はステファンに作戦認可を伝えると、再び侵攻作戦をどうするか考え始めた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
そして夕方。
日が暮れると同時に作戦を開始するストーム。
「‥‥本当に行くのかな?まだ後戻りはできるのだが」
簡易施設の外で、ステファンは準備を始めたストームに問いかけていた。
その後ろでは、好奇心でストームを見送りに来た仲間たちや、会議が煮詰まって様子を見に来たアストガル少佐の姿もあった。
「無理をするな。強襲偵察で構わないんだからな。小型の船なら用意できるが、本当に要らないのか?」
アストガルは形式的に心配はしているが、それでもストームは頭を横に振った。
「それじゃあ本気で行きますので。今から見ることは他言無用で、俺魔導師なのでね」
「まだそんな事‥‥おおお?」
――シュッ
瞬時に聖騎士の装備に換装すると、さらに空間から箒を取り出す。
(マチュアの所のゴーレムに、今度別の形を作ってもらうか)
フワッとストームの姿が飛び上がると、その場の全員が驚きの表情を見せた。
「スススススッ、ストーム軍曹。君は本当に?」
「そろそろ信用してくださいよ。百万シリング用意しておいてくださいね」
それだけを告げると、一気に加速して海に出た。
「まずは空母から潰すか。風の精霊よ、我が周囲に弾除けの加護を与えたまえ」
ヒユッとストームの周囲に結界が生み出される。
対魔法障壁は必要ないと判断、近接はストーム自身でなんとかなる。
ならばあとは必要ないと、水面すれすれを高速で飛ぶ。
空母の甲板からは、時折海面を調べるためのサーチライトの光が見えるが、おおよその動きがわかるのでそれに引っかかることはない。
やがて空母の横に辿り着くと、そのままストームは空母の大きさを考える。
「形状はグラーフ・ツェッペリン型航空母艦か。沈めるのは勿体無いか?」
ならばと、少しだけ高度を上げると自身の周囲に闇を纏う。
そして物陰に隠れると、箒を空間にしまいこんでこっそりと艦橋に向かって歩き出した。
艦内は明かりがついており、闇に隠れているストームでもそこそこに目立つ。
ゆっくりと階段を登り艦橋までやって来ると、いきなり闇を払い姿を現した。
――バッ!!
「貴様一体何処から」
艦橋要員たちも慌てて拳銃を引き抜くが、ここで撃てるはずがない。
「どーも。殺しはしないけど、破壊はさせてもらうからな」
――ドッゴォォォォォォ
いきなりバースト無限刃を叩き込んで、操縦系統と通信系統を破壊するストーム。
その衝撃は艦橋全てのガラスを破壊し、甲板に使って大量のかけらが降り注いだ。
突然鎧姿の騎士が姿を表わし、艦橋を一撃で破壊する。
その恐怖に、次々と兵士たちは逃げ始める。
「さてと。|恐怖(フィアー)全開。ダダ漏れで行かせてもらうか」
空間に手を突っ込みジャックオーランタンのシャッターを開く。
溢れ出した心力は恐怖となり、ストームの周囲に白い靄のようにあふれている。
艦橋を降りたストームは、抵抗する存在がいないか見渡した。
遠巻きに囲んで銃を撃って来るものもいるが、すかさずソードを振って衝撃波を飛ばして倒していく。
力加減はしているが、骨の数本は折れたであろう。
そしてストームは、風の精霊を呼び出すと、声を乗せて島全体に響かせるように頼む。
「俺の名前はストーム。今から30分以内に島から出て行け。さもなくば殲滅する」
その言葉に、名前に聞き覚えのあるものは武器を捨てて艦から出て行く。
出て行かずに対抗する奴は衝撃波を飛ばして気絶させる。
そうしてグラーフツェッペリンを一人で占拠すると、陸地に続いている階段状の橋の上に立った。
「あと15分。どうするんだ?」
そう叫ぶと同時に、ストームは大量のサーチライトに照らされる。
島全体に警報が鳴り響き、次々と戦車が到着すると、ストームに向かって砲身を向けた。
「どんな罠を仕掛けたのか知らんが、そんなハッタリになるとでも思ったのか!!撃てェェェェ」
指揮官らしき男の叫びが聞こえると同時に、戦車から大量の砲弾が飛んで来る。
――ドッゴォォォォォォ
ストームの立っていた橋が完全に吹き飛び、跡形もなくなった。
だが、既にストームは橋から飛び降りて近くの戦車まで縮地している。
「この距離だと|友軍誤射(フレンドリーアタック)になるだろう?」
迂闊に撃つと味方に当たる。
それで戦車の動きは完全に封じると、ジワリと周囲を囲み始めた兵士たちに向かって|衝撃波(ソニック)・無限刃を叩き込む。
「「「ぐうわぉぁぁぁ!!」」」
絶叫しながら吹き飛んで行く兵士たち。
それでもまた自分たちの優位性に自信があるらしい。
――ガチャッ
ストームの近くの戦車は、全ての窓を閉じて急速で後退する。
それと同時に周囲の兵士たちは、手にした自動小銃をフルオートで撃ってきた。
――broooooooooom
誰もがストームの死を確信した。
だが、その銃弾全てがストームの手前の空中で停止していた。
「よし。覚悟はできているんだな?」
素早くロングソードを横一閃に振ると、またしても衝撃波・無限刃で兵士たちを後方に吹き飛ばす。
そこから縮地で近くの戦車を間合いに捉えると、まず脅しとして人の乗っていない車体部分に向かって強撃無限刃を叩き込んだ。
――ドゴォォォォォッ
一撃で車体が切断され、中の人間の姿がチラッと隙間から見える。
さらに。
「アーッハッハッハ~!!」
ストームは笑いながら別の戦車に近づくと、下段から切り上げるようなバースト無限刃を叩き込む。
――グラッ!!
衝撃は戦車下面に伝わり、車体を大きくひっくり返す。
車体下面はボロボロに砕け、兵士たちが慌てて外に飛び出していった。
「死にたくなかったら戦車から出て行け!!逃げるなら命は取らない!!」
その絶叫と同時に、ストームは両腕からフレイムサラマンダーを召喚して使役する。
人には当てない程度、当たってもかすめる程度にコントロールし、人がいなくなった戦車の中でも損傷の酷い戦車をサラマンダーで次々と破壊していった。
爆発と轟音が響き、やがて仮設司令部らしき所に向かうと、そこもすでにもぬけの殻になっていた。
「さて、どこに逃げたか‥‥あそこか?」
空母が停泊している場所と反対側に停泊していた駆逐艦に兵士や司令官の姿が見える。
ならば駄目押しと、ストームはその駆逐艦へと走り出す。
「ち、近寄らせるな!!撃て撃てェェェェ」
逃げている指揮官の叫びで、駆逐艦の甲板からストームに向かって機関砲が打ち込まれる。
――ガギガギガギガギガギッ
流石にその一撃で死んだと確信したらしい指揮官が、土煙の上がっている場所を確認するが。
フワッと煙が消えた場所では、ストームが力の盾を構えて立っている。
「あ、あんたが指揮官か‥‥生きて帰りたかったら‥‥あや、ランス大尉ではないですか?」
指揮官の顔を見て驚くストーム。
以前ゲーリッヒで世話になったランス大尉の姿がそこにあった。
そしてランス大尉もまた、土煙からストームが姿を現したのに驚いていた。
「す、ストーム君が‥‥何故こんなところで、いや、どうしてエストラードに?」
「ゲーニッヒの総統閣下に殺されかけたので、エストラードの戦闘猟兵に登録しただけですよ。大尉なら丁度いいや、とっとと避難してください」
「君が此方につくという選択肢は?」
「無いですね。俺に対して牙を剥いた以上、ゲーニッヒは滅ぼします。けれどランス大尉には助けて貰った 恩もありますので、このまま見逃しますよ」
ロングソードを鞘に納めて、ストームは笑いながら告げる。
その姿にランスもホッとしたのか、すぐさま避難命令を出した。
一通りの兵士が逃げるように駆逐艦に乗り込むと、最後にランスが乗船する。
「ランス大尉、もうこっちには来ないように。もしゲーニッヒの艦隊が近づいてきたら、今度は全力で潰しにかかりますから」
「それは私が乗っていてもかな?」
「そのときは適当に戦ってから逃して差し上げますよ。正直、負ける気はしていないので」
その言葉と同時に、ランス達を乗せた駆逐艦バイエルンは、高速でミッドベルンから離れていった。
「ふう。まあ、この程度だろうな」
燃え盛る戦車を眺めながら、ストームは仮設司令部にやって来る。
「まあ、ゲーニッヒの武器をまるっとエストラードに渡すのもなんだからなぁ」
あちこち調べて武器庫を見つけると、小銃からマシンガンに至るまで様々な武器が納められている箱をいくつも発見すると、次々と大袋に放り込んでいく。
やがて武器庫が空になると、次は戦車の整備庫へと向かう。
「問題はこれかぁ。どうするかなぁ」
外に無傷で乗り捨てられているのが四台、整備庫の中に四台。
「これも持っていきたいが、まあ無理だろうなぁ」
とりあえずウィンドウを展開してチェストのデータを確認する。
「いつもはなんでも入るからあまり気にしてはいなかったが。あ~そうかそうか」
数の制限は基本ない。
だが、ある程度の大きさのものとなると、同一サイズのものは個数制限があるらしい。
「えーっと。チェストメニューを開いて、此処をタッチして‥‥」
画面の指示通りに作業を進めると、最後に目の前Ⅳ型Fのような戦車をタッチする。
――スッ‥‥
一瞬で戦車の姿が消えたので、ストームは戦車を五台、チェストに納める。
こうなると、ストームの中の男の子回路に火がついた。
楽しそうに空母の甲板に登ると、発艦準備の終わっていたシュバルツシュミットを五機、チェストに納める。
あとは戦車や戦闘機の予備武器と弾薬、燃料の入っているドラム缶などを次々とチェストに放り込むと、ようやく休憩に入った。
「‥‥空間に手紙は無いか。状況が全く分からないのが怖いが、これはまあ‥お土産を持って帰ってなんとかするか」
寸胴からカレーを皿に盛り付けると、のんびりと食事を取る。
「ルーンギニスのチャージも、やっぱり戦闘に身を任せているとチャージが早いのか。殆ど殺していないから、少しはポーナスポイント入っていたりしてな」
傍らに置いてあるルーンギニスをそっと触れると、今現在の魔力の回復度がはっきりとわかる。
「このまま暫くは、エストラードで戦うしか無いか。しかし、まさかランス大尉がいるとは思わなかったな」
そんな事を考えていると、突然睡魔に襲われる。
ならばという事で、ストームは仮設司令部の士官室に向かうと、そこでゆっくりと身体を休める事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日。
ストームは仮設司令部の通信施設を調べてみる。
「ふむ。猟兵講習の時の通信機の取り扱いでいけるか。どれ」
主電源を入れると、通信電波の波長をエストラード陸軍に合わせる。
「ノースベルンの施設のコードは‥‥これとこれで‥‥よし。こちら戦闘猟兵のストーム。ミッドベルンの敵基地は確保、敵は駆逐艦一隻で逃亡。繰り返す、こちら戦闘猟兵のストーム‥‥」
暫く通信を続けていると、やがて返信が返って来る。
『こちらミッドベルン駐留基地。ミッションコンプリートご苦労、1100までに増援部隊を送る。繰り返す、1100までに増援部隊を送る』
「こちらストーム、通信確認オーバー‥‥と。あとは昼までは暇か」
ただポーッと待っていても退屈なので、日課の筋トレを行ってから司令部に残された書類を暫く眺めている。
特になんと言うことはないが、ゲーニッヒとエストラードの戦力比が余りにもおかしいのでそれを確認したかったのである。
「ゲーニッヒは多分ドイツみたいな国で、戦車もⅣ号型なのに対し、エストラードは多分イギリス型だよなぁ。マチルダIIに形が似ているが、装甲が全く違うし‥‥」
あちこちの図面を調べたり新聞のようなものを見てみると、ふとにわかには信じたくない記事があった。
「若干20歳の異端の科学者?現行では考えられない技術を次々と生み出す‥‥か」
ドイツ科学アカデミー所属の兵器学者らしい。
どこからきたのかは不明で、彼女の知識によって戦車や戦闘機の性能が20%も向上したらしい。
「‥‥可能性があるとすれば、この女性が別の世界から来た『魂の修練』を行っているんだろうなぁ。完全によそ者の俺がちょっかいかけていいとは思わないが、さてどうしたものか?」
そんな事を考えながらも、のんびりと時間が来るのを待っていた。
やがて指定の時刻になると、海岸線から揚陸艇でエストラード軍が上陸する。
先頭にはアストガル少佐とステファン大尉。
その後ろをエストラード陸軍が追従している。
そしてストームの姿を確認すると、アストガル少佐は両手を広げて感激している。
「これは凄い!!施設だけでなく戦車や空母まで鹵獲したのか」
「ああ。だから約束通り百万シリングくれ。くれなかったら空母も戦車も、まとめて破壊する」
「分かっている分かっている。しかし君は凄い!!アーサー伝説の魔導師が我が配下にいるとは思わなかった。これで戦局はこちらが有利になったな」
実に嬉しそうなアストガル少佐であるが、ストームはゆっくりと諭すように話を始める。
「いやいや、俺はあんたの部下じゃない。戦闘猟兵で、正規軍に入るつもりはない」
そう説明していると、数人の兵士が空母に向かうのをみる。
「悪いがそいつには近づくなよ。まだ契約金は貰っていないんだからな。少しでも手をつけたら破壊する、いいな?」
そう脅しをかけると、兵士たちは空母から離れる。
別にあっさりと手渡してもいいのだが、その結果として都合のいいように扱われるとマズイ。
ならば。ここは少しでも相手よりも自分が上である事を植え付けておかないとならないと考えた。
「ま、まあそこまで脅さなくても。そうだ、ストーム君、君の魔術は人に教えることは出来るのかな?」
「出来るが教えん。それは世界の法則を曲げることになる」
すでにアストガル少佐はストームを自身の出世のために利用できないか考えているようだ。
だが、それぐらいはストームはお見通しである。
「しかしだね。その魔術の力があれば、エストラードは他の列強諸国と並ぶこともできる。君も国を愛しているのなら、我らが女王陛下のためにだね」
「悪いが俺は傭兵なんでね。女王陛下よりも金なんだよ。それにな‥‥」
ふと、脳裏にシルヴィーの顔が映る。
幻影騎士団の団長として、なによりもスートムはシルヴィーの騎士である。
君主は二人もいらない。
「すまないが、俺にとっての女王陛下はここにはいないんだよ」
そこまで言われると、流石のアストガル少佐も顔面を真っ赤にする。
「なんと不敬な!!ま、まあ、約束だから百万シリングは用意しよう」
「当然だな。それが揃うまでは、俺と戦闘猟兵たちは空母で寝泊まりするからな」
それだけを告げると、アストガルの元から離れてステファンや猟兵仲間の元に戻っていく。
「しかし、本当にやるとは思わなかったな。ゲーニッヒで極秘裏に噂されていた、単騎で戦車を破壊する騎士というのも、ストームなのだろう?」
ステファン大尉が嬉しそうに問い掛けると、ストームは静かに頷いている。
「あの一件があったから、俺はこのエストラードに渡ってきたんだ。だから、あの少佐にも釘を指しただけだ。俺は人に利用されるのは大キライでね?」
「心配しなくでも、戦闘猟兵は正規軍ではないから他の師団長でも命令指揮権は持ち合わせていないよ。それが出来るのは私だけだ」
ふぅ、と溜息を付くストーム。
「ならいいか。と、ほら、俺は見ての通りの魔導師だが?」
やや怯えた目でストームを見ている猟兵の仲間たちに、ストームは笑いながら話しかける。
そう告げると!猟兵仲間たちはコクコクと高速で頷いていた。
「いや、本当にすまなかった」
「まさか本当の魔導士とはな。これで戦闘猟兵にも箔が付くってもんだ」
てんで勝手に笑いながら告げている仲間たち。
するとストームもニィッと笑って皆の横を歩いて行く。
「よーーしっ、百万シリング入ったら宴会だ!!おれのおごりで飲むぞ!!」
そうストームが叫ぶと、皆の緊張もいきなり取れた。
「そのかわり、しばらくは戦闘猟兵の宿はあの空母な。それじゃあ行きますか」
そう告げると、全員が笑いながら空母に向かってあるいていった。
そしてそれを見届けると、ステファンは今後の対応の為にアストガル少佐の方へと歩いていく。
ストームたちが空母に向かうのを、アストガルはかなり悔しそうに睨みつけていた。
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