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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ
カムイの章・その8 日常から非日常へ
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エストラード諸島。
星の北方に位置する、大小様々な島がある地域。
もっとも大きい大エストラード島には、この諸島全てを統治するエストラード連合国がある。
この大エストラード島の南方にある港町に、ストームはゆっくりと着地した。
すでに日も暮れているためか、町の灯りが煌々と輝いている。
「まずは宿だよなぁ。しっかし金も使えないとなると、どうすりゃいいんだ?」
コンコンと頭を叩きながら、ストームはしばし考える。
気温は体感で二十度ちょい。
野宿するには道具が‥‥ある。
「あ、確かバッグに野営道具一式あったな。あれ使うか」
あまり海岸に近いと寒くなるので、少し内陸に移動するストーム。
そしてひらけた草原と森が見えたので、そこの適当な木陰に向かうと、バッグから薪を取り出して火を点ける。
あとは慣れたもので、あっという間に野営の準備を終わらせると、マチュアの作った料理で適当に腹を膨らませて休む事にした。
「さて。明日からは生きる糧を探すとするか‥‥まあ、いつも通りだな」
初めてサムソンにやってきた時とやることは同じ。
ならば、何も臆することはなかった。
――チュンチュン
朝。
鳥の鳴き声で目が醒める。
「ぷ、ぷらんくっ!!」
相変わらず訳の解らないことを叫びながら眼を覚ますストーム。
眠い目をこすりながら毛布から身体を起こすと、まずは熱々のお茶を一杯。
マチュアの用意したものではなく、和国で自分で買い付けた茶葉と道具でお茶を入れる。
「んぐっ‥‥ぷはー。目が覚めるわ」
実に目の覚める朝の一杯である。
「さてと、まず確認だ。この世界では魔法は存在しない。あまり実力も出したくない。ならば、そこそこに生きながら方法を探すか」
精霊師のローブを身に纏い、腰からは数打ちミスリルのロングソード。
空のバックパックを背負ってテクテクと歩き始める。
森から街道のようなところまでは縮地を連続で使って距離を稼ぎ、街道に出てからは港町へと歩いて行く。
どこまでも田園風景が広がっている。
「戦争している筈なんだが、この辺りはそんな雰囲気はないよなぁ。大陸側だけなのか?」
そう考えながら歩いているが、 ふとランス大尉の言葉を思い出した。
「ああ、確かエストラードの傭兵がどうとか言っていたな。試しに話だけ聞いてみるか」
そう話しながら歩いていると、やがて潮風とともに穀物のにおいが流れてくる。
――ブロロロホロロッ
収穫を終えたトラックが、大量の野菜や積荷を乗せてストームの横を追い抜いて行く。
そして少し先で停車すると、追いついたストームを声をかけてきた。
「傭兵さんかい?どこまで行くんだ?」
運転手は畑仕事か何かの帰りらしい、中々に恰幅のいいおじさんである。
「この先の港町だ。まぁ傭兵じゃないから、色々と話を聞きたくてな」
「ほほう。なら、後ろに乗っていきな。相席が人参で申し訳ないが」
「そうか。まあ、人参やジャガイモは友達だから大丈夫だ、それじゃあ世話になる」
荷台の籠の隙間に座る場所を確保すると、トラックに揺られて港町まで向かう。
だいたい30分も走っていると、港町の街中に入っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
古き良き港町。
町の真ん中を走る街道沿いには、様々な店が立ち並んでいる。
その奥にある大きなテント作りの市場にたどり着くと、トラックはゆっくりと止まった。
「ほい兄さん到着だ、此処が終点だよ」
「そうか、助かったよ。荷物の積み下ろしなら手伝うがどうかな?」
にこやかに話している運転手にストームも相槌を打つように返事を返す。
「それは助かるよ。それじゃあ、後ろの荷物をこの机のところまで持ってきてくれ。台車ならすぐそこに?」
――グイッ
ストームは力一杯籠を掴むと、それを肩に担いで指定された場所まで持ってく。
ドサッとゆっくりと降ろすと、トラックに戻って次の荷物を降ろしていく。
10分もしないうちに、全ての荷物の積み下ろしが終わった。
その光景には、近くの店の店員や主人も驚きの表情をしていた。
「に、兄さんは軍人さんかい?それとも傭兵?」
隣の店のおばさんがそう話してくると、ストームは笑いながら話を始める。
「それがなぁ。まだこの国にはきたばかりでね、何をしたらいいのかさっぱりわからないのよ」
「おやまあ。旅人だったのかい」
「そうなんだよ。だから金は持っていても、この国の通貨じゃないから使えないだろう?」
ジャラッと銀貨と銅貨、少しの金貨を懐から取り出した財布から出してみせる。
「へぇ。随分としっかりした貨幣だねぇ。こっちは金貨かい?」
「ああ。貨幣しかない国でね。こういう外国の貨幣を両替できる店はどこにあるんだ?」
「それなら、此処にくる途中にあったよ。なんなら案内してやるかい?兄さんのおかげで荷物の積み下ろしが予想外に早かったのでな」
その言葉に甘んじよう。
「それなら頼む」
「ああ、なら乗りな。ちょっと銀行まで行ってくるから、すまんが荷物を見張っていてくれよ」
となりのおばさんにそう告げていると、はいはいとから返事が返ってきている。
そうしてストームは一度銀行に向かう事になった。
頑丈な石造りの建物で作られている巨大な銀行。
トラックのおじさんに乗せてもらってきたストームは、その大きめの正面入り口から堂々と入って行く。
中は巨大な楕円形のカウンターが設置してあり、大勢の行員が接客している最中であった。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか?」
近くの女性行員がストームに話しかける。
「まるで商人ギルドのような‥‥いやいや、両替をお願いしたい。エストラードからは海を越えてかなり遠い国なので、貨幣ではなく貴金属単価でお願いしたい」
世界の為替レートなどわからないので、純粋に貴金属の価値として調べてもらう。
「構いませんよ。こちらに提出してください」
そう告げられたので、とりあえず金貨を10枚取り出した。
「これはまた‥‥」
いくつかの秤を取り出して、金貨を測定する行員。
「この金貨ですと、600シリングになります。金貨10枚ですと6000シリングですね。手数料が180シリングですので、差額の5820シリングが払い戻しになりますが、どうしますか?」
ジャラッと金銀二色のシリング貨幣が、ストームの目の前に積まれている。
「100シリングの貨幣はあるのか?」
「はい。100シリングがこのシリング金貨、あとはシリング銀貨で計算されていますが、どうしますか?」
それならばと、ストームはさらに金貨を10枚取り出した。
「さっきのはそのままでいい。この金貨10枚をシリング金貨にしてくれ」
「かしこまりました。それでは‥‥」
そうつげながら、丁寧に一枚一枚調べていく女性行員。
「お待たせしました。合わせてシリング金貨60枚と6000シリングです。手数料を差し引いてシリング銀貨は5640枚です。お収め下さい」
ジャラッと大きめの受け皿に並べられた硬貨を、バックパックに全て収める。
それは自動的に『チェスト』の中に納められた。
「助かった。これで買い物ができる」
ウンウンと頷くストーム。
「それではありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」
そう頭を下げたので、ふとストームは懐に手を入れる。
そして白金貨を一枚取り出したが、すぐにそれは懐に戻した。
「これは換金しようがないか‥‥それじゃあ」
そのままストームは外に出ると、近くにある雑貨屋らしき店に入っていく。
まずは物価の確認。
店内には大量の日用雑貨が並んでおり、凡その値段も把握した。
「地球の物価の半値程度か。時代的には少し高めだが、そもそも地球じゃないし未来の物価がわからないからこの程度かぁ」
「なにかお探しですか?」
ややタレ目の美人店員がストームのもとにやってくる。
ならばと、自動翻訳をいいことに、無理難題をつげてみる。
「サイダーがほしいんだが」
「ああ、ありますよ。少し高いけどいいですか?」
「おおう、あったぞ。一本下さい」
そう話していると、奥の冷蔵庫から瓶詰めのサイダーを持ってくる店員。
「一本3シリングね」
「えーっと、3ね‥‥ほい」
懐から3シリング取り出して手渡すと、店員はサイダーの栓を抜いてストームに手渡す。
「お、おおお‥‥」
転生してから初めてのサイダー。
それもキンキンに冷えている。
――ゴクッ‥‥
まず一口飲む。
炭酸がやや弱いが、味はストームの知っているサイダーに近い。
「むむっ!!」
そのまま一気に飲み干すと、ビンを店員に返した。
「ぷっはー。これは最高だ。そうだ、傭兵の受付所は何処にある?」
「なんだ、お客さんも傭兵登録かい。この道を港に向かったら左にでかい建物があるよ。軍のバスが止まっているからすぐにわかるよ」
そう説明してくれたので、ストームは一路傭兵登録に向かう。
10分も歩いていると、ストームは碧色に塗られたバスが数台止まっている建物の前にたどり着く。
入り口は開け放たれており、左右には銃を手にした兵士が歩哨として立っている。
「済まないが、傭兵登録はどうしたらいいんだ?」
「一階の第二受け付けに申請書があるから、そこで聞くといい」
歩哨の一人がストームに返事を返す。
それに軽く頭を下げると、大勢の人でごった返している受け付けに向かう。
すでに傭兵登録は人が大勢待っているため、番号札を受け取ると手ごろな椅子に座って待つ事にした。
「まさに開戦前夜という所か‥‥俺は二十六番か」
次々と番号を呼ばれたら、受け付けに行って何かを話し、そして奥の通路に向かう。
流石は傭兵ということもあり、皆全身鎧やパーツアーマーの組み合わせがしっかりとしている。
「二十六番の方、此方にどうぞ」
「あ、俺か」
急いで立ち上がり受け付けに向かうと、カウンターでは簡単な話を始めた。
「傭兵登録はどちらにしますか?」
「どちらかというと?」
「まず、エストラードの傭兵は三つの部隊に分かれます。戦闘機を操る第一師団、戦車を駆る第二師団、そして戦闘猟兵の三つです」
「二つは分かるが、戦闘猟兵って何者だ?」
「エストラードの騎士です。鎧と剣を武器に戦う部隊です。基本は歩兵を相手にしますので、腕さえあればどうにでもなります」
その説明で心算は出来ている。
「なら、戦闘猟兵で」
「はい。戦闘猟兵ですね?ではこの札を持って通路奥の部屋に向かってください」
そう説明すると、受付の女性は赤い札をストームに差し出す。
それを受け取って廊下を進むが、あちこちから妙な視線がストームに向けられた。
「‥‥この赤い札が珍しいのか?」
そう呟きながら指定された部屋に入る。
そこは格技室であり、中には鎧を身につけた騎士が二人戦っている最中であった。
そして部屋の壁際では、5名の入隊希望者らしきもの達が椅子に座って騎士達の戦いをじっと見守っている。
――ドカッ
幾度かの打ち合いの後、試験を受けていたらしいものが身動き取れずに大の字になって倒れ、天井を向く。
それでテストは終わった。
「なんだ、一本かと思ったら体力切れか」
冷静に観察するストーム。
その光景を見ても壁際の男達は動ずることなく、貸し出された鎧を身につけては部屋の中央にある直径10mのエリアに入って行く。
「制限時間は10分。それまでに私に一撃を入れるか、時間まで守れればよし」
その騎士の説明に頷くと、男は真っ直ぐ正面から向かって行く。
だが、どの受験者も大体5分程度で体力が切れて崩れて行く。
「素人で五分持てばまだいい方だな」
どいつもこいつも鍛え方が足りない。
まあ、ファンタジーの世界から来たストームと比べるのは酷であるが。
「では、次が最後か。ストーム君だったな、鎧のサイズは?」
「あ、俺自分の使いますので」
そう告げながら、バックパックからミスリルの鎧一式を取り出して着用する。
――カチッ、カチッ
一つ一つをしっかりとつけていると、先に試験を終わらせていた人々の視線が変わる。
やがて装備をつけ終えてバックから力の盾とミスリルのロングソードを取り出すと、ゆっくりと身構える。
「いい構えだね。何処からでもかかってきたまえ」
まだ余裕をみせる試験官。
「なら、盾を構えていてくださいね」
素早く自分の間合い限界まで相手に踏み込むと、盾を構えて体当たりをする。
――ガギィィィィン
その衝撃で後ろに飛ばされた試験官に追撃をするように追いかけると、すかさず鎧の部分に乱撃を叩き込む。
――ガギガギガギガギッ
「こ、こんなことが‥‥」
防戦一方の試験官の鎧がズタズタに破壊されて行く。
返し手の出せないまま、試験官は後ろにどうにか飛んで手を挙げる。
「参った、降参だ」
「ふう。それはよかっ‥‥あれ?」
ふと気がつくと、腰に下げてあった神殺しの神槍改め、ロングソードの形に変化させた神剣ルーンギニスから魔力を感じる。
以前にも、ゲーニッヒで大暴れした時も感じた魔力である。
あの時は気のせいかと思ったが、今度は間違いではない。
(戦いを繰り返すことで回復力が高まるか‥‥どれ)
平時と戦闘時の回復力からどれぐらいかかるか算出する。
(平時で80年?)
頭を捻るストーム。
(おいおい。戦っていたらどうなんだ‥‥今の戦いを続けても10年か。なら、もっと過酷な戦いで力蓄えて見るか)
そう結論を出した時。
ふと気がつくと、試験官や他の受験者がストームの方を見ているのに気がついた。
「あ、ひょっとして呼ばれてました?」
「ええ。試験は終わりました。傭兵ですので失格ということはありませんから大丈夫です。ストームさん以外は戦闘訓練施設での基礎講習がありますが、どうしますか?」
「そうですね。学科があるのならそれで。戦争については全く知らないので」
「ええ。それは問題ありませんよ。では早速手続きをしましょう」
試験官がストーム達を連れて別の部屋へと案内する。
そこで一通りの手続きを終えると、その日の試験は終了した。
ストームが試験を受けたのがエストラード陸軍の施設で、傭兵は宿舎を使えない。ならばと、街の中で宿屋を探すと、まずはそこに飛び込んだ。
「おう、いらっしゃい。泊まりかい?」
「ああ。長期滞在なんだが、一月幾らだ?」
「素泊まりだけなら一晩20シリング。一月なら前金で550で構わないぜ」
「そうか。なら一月頼む」
懐に手を突っ込んで財布を出すと、そこからシリング金貨5枚と50シリングを支払う。
「こ、これはどうも。金貨で支払われたのは久し振りですね。ひょっとして貴族ですか?」
「まさか。ただの傭兵だ」
「でしょうねぇ。食事は隣に酒場が併設してますので、そちらでどうぞ。こちらがあんたの部屋の鍵だ、3階の2号室を使ってくれ」
ジャラッと鍵を受け取ると、まずは部屋に向かう。
それほど酷くはないが、豪華な部屋というほどではない。
だが、シーツや毛布が清潔なのは助かった。
「シーツと毛布は毎日交換可能か。自分でやらないとならないのは仕方ないが、外の箱に使用済みのものを入れて、横の棚から新しいのを持ってくると」
テーブルの上にあった説明書のようなものを見ると、それ以外にも色々と細かい説明がある。
基本セルフサービスではあるが、金を払えば日本の一流ホテル並みになんでもやってくれるらしい。
「さて‥‥」
ガチャッとルーンギニスを引き抜く。
ほんのりと刀身が輝きを取り戻しつつあるが、それでもまだ力は足りない。
「戦場で力を蓄えるか‥‥全く、おれは接骨医で人を直すのが仕事だったんだがなぁ」
そう呟くが、誰も答えを返すものはいない。
「しかし、こうしていると本当に真央が死んだとは思いたくないが‥‥向こうの世界に戻って直接話しを聞くまでは、まだ生きていると考えよう」
――ガチャッ
再びルーンギニスを鞘に収めると、全ての荷物を空間に放り込んでその日はゆっくりと休むことにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日からのストームは、毎日陸軍施設に通い、この世界の知識を吸収していた。
領土問題でゲーニッヒと隣国のマーカス共和国・グラスウッド公国が開戦し、現在まで数多くの戦闘が繰り広げられていることも知ることが出来た。
ゲーニッヒはこのエストラード連合に手を出していないが、元々海軍戦力を保有するゲーニッヒがいつ仕掛けてくるとも限らないため、いつでも対応できるように戦力の強化を行っているらしい。
「主要な兵器は戦車と戦闘機、戦艦か。爆撃機はまだ実用性はないと‥‥陸上での戦闘は戦車で敵主力を破壊のち歩兵による強襲ねぇ」
いつの時代も同じ戦争。
兵器の展開運用をいかに効率よく行うかが、勝負の分かれ目だろう。
バサっと新聞をテーブルに放り出すと、ストームはいつものようにバッグからターキーサンドを取り出して食べる。
講義の間の昼休みには、大抵食堂で新聞を読みながら自前の食事をとっている。
「ストームさんは今日も自炊ですか?」
「ああ。軍施設の飯は不味い。おれが作った方が美味いからな」
「あまり大声で言わない方が良いですよ。あ、新聞いいですか?」
「ほらよ。いつもの大陸の情勢しか書いてないぜ。ゲーニッヒがまた戦車を開発してどうとか、そんなのばっかりだ」
「お~成る程ねぇ。あの国、開発力だけはありますからね」
そんな他愛もない会話をしていると。
――ブゥゥゥン、ブゥゥゥン
敵襲を告げるサイレンが響く。
『海上偵察部隊より入電。現在ゲーニッヒ所属の機動艦隊がエストラード南方諸島に接近。陸軍各師団は第二級警戒態勢を。繰り返す‥‥』
その放送と同時に正規軍は素早く走り出す。
そしてストーム達傭兵はというと。
「戦闘猟兵の出撃はないのかな?」
「ストームさん、まだ敵は海の向こうですよ。うちら猟兵は海上戦闘なんてやったことないじゃないですか」
「だからだよ。敵戦艦に取り付けば、奴らは対人戦訓練なんて受けてないだろうから」
――アーッハッハッハッ
猟兵達から一斉に笑いが起こる。
「す、ストームさんそんなの無理ですよ!!空からのパラシュート降下は対空機銃で撃たれますし、海上からも無理ですって。バレたら機銃が魚雷で沈められますよ」
「なら、バレずに行けばいいだけだろうな」
「だからどうやってですから魔法でも使いますか?」
――ドッ!!
さらに笑いが巻き起こる。
だか、ストームは顎に手を当てて考える。
「そうだな。魔法でも使うか。俺たちの報酬って、敵兵一人に対して幾らだよな?」
「ええ。出撃報酬と撃墜報酬ですね。必要な武器弾薬はその報酬から自分たちで支払うことになっていますが、施設での食事代は無料ですからねぇ」
それが傭兵の待遇。
戦時でもなければ報酬はない。
「ちょっと事務局と掛け合ってくるか。報酬の値上げを」
スツと立ち上がると、ストームは一階の傭兵受付に向かう。
そこですでに馴染みになった受付嬢に話をすると、直接の上官になるステファン大尉と面会することができた。
「ストーム君から面会要請が来るとは珍しいねぇ。今日はどんな用事だい?」
「僭越ながら。猟兵の報酬欄に戦車と戦闘機、戦艦を加えて欲しくて来ました」
その突飛な申請に、ステファンは沈黙する。
「今、なんと?聞き間違いかな?」
「いえ。戦車と戦闘機、戦艦も撃墜もしくは拿捕した場合に報酬に加算してほしいと」
「それは実現的ではないねぇ」
「ほう?」
勤めて冷静に話してくるステファン。
「一体どうやって戦車や戦闘機を破壊する?とくに戦艦なんて。白兵戦でも仕掛ける気かな?」
「まあね。俺は陸戦専門なので、白兵戦が主流だな」
「だったら尚更だ。戦車や戦闘機の機銃から身を守る防具は存在しない。人間が個人で持ち運びできる対戦車装備など存在しない。手持ちの機関銃では、相手の有効射程外では豆鉄砲のようなものだ?」
淡々と説明するステファンだが。
「なら、もしそれで対応可能だと判断したら、報酬は引き上げてもらえるかな?」
「前例を作りたまえ。そうすれば上層部とも交渉できる。それと戦闘猟兵も出撃になった。至急準備をして広場のトラックに集合だ」
「はいはい。では前例を作って来ますか」
そう告げた時
館内放送で戦闘猟兵の出撃命令も聞こえて来た。
「この戦闘でどれだけチャージされるかだな」
ポンポンと腰のルーンギニスを軽く叩く。
最近はストームmk2からの手紙も入らなくなった。
これが不安でたまらないが、何もできることがないので一刻も早くルーンギニスの魔力を回復する必要があった。
やがてトラック前に30人ほどの戦闘猟兵が集まると、がっしりと鎧を身につけたステファンが説明を始めた。
「これから戦闘猟兵部隊は海軍と合流、南方諸島に上陸したゲーニッヒ陸軍の殲滅作戦に加わる。詳細は現地までの移動中に説明するが、本作戦が初戦のものもいる。気を引き締めてくれ」
そのステファンの言葉に、一人の兵士が挙手する。
「ストーム軍曹が魔法で敵を迎撃してくれるそうですので、楽をしていいですか?」
――クスクスクスクス
あちこちから笑い声が聞こえてくる。
だが、ステファンは冷静である。
「我がエストラード連合はアーサー・ペルトラゴン王が蛮族を駆逐して作りし国。その騎士団には魔導師が存在したと聞く。まあ、物語や伝承では伝えられているが、それを実践したものはいない」
そう呟くと、ストームの方をチラッと見る。
「だが、万が一ストーム軍曹が魔法で敵を駆逐したら、諸君にもそれを求めるのでそのつもりで」
そう告げると、全員が一斉にトラックに乗り込む。
そして最後にストームが乗る時、ステファンはストームに一言だけ告げた。
「東部エルドラ戦線で鎧を着た騎士が戦車部隊を壊滅させたという噂が流れている。もし君がそうなら遠慮はいらない」
「あ、あれか。なら遠慮なくやらせてもらうわ」
そう笑いながらトラックに乗り込むと、一路戦場となる南方へと走り出した。
星の北方に位置する、大小様々な島がある地域。
もっとも大きい大エストラード島には、この諸島全てを統治するエストラード連合国がある。
この大エストラード島の南方にある港町に、ストームはゆっくりと着地した。
すでに日も暮れているためか、町の灯りが煌々と輝いている。
「まずは宿だよなぁ。しっかし金も使えないとなると、どうすりゃいいんだ?」
コンコンと頭を叩きながら、ストームはしばし考える。
気温は体感で二十度ちょい。
野宿するには道具が‥‥ある。
「あ、確かバッグに野営道具一式あったな。あれ使うか」
あまり海岸に近いと寒くなるので、少し内陸に移動するストーム。
そしてひらけた草原と森が見えたので、そこの適当な木陰に向かうと、バッグから薪を取り出して火を点ける。
あとは慣れたもので、あっという間に野営の準備を終わらせると、マチュアの作った料理で適当に腹を膨らませて休む事にした。
「さて。明日からは生きる糧を探すとするか‥‥まあ、いつも通りだな」
初めてサムソンにやってきた時とやることは同じ。
ならば、何も臆することはなかった。
――チュンチュン
朝。
鳥の鳴き声で目が醒める。
「ぷ、ぷらんくっ!!」
相変わらず訳の解らないことを叫びながら眼を覚ますストーム。
眠い目をこすりながら毛布から身体を起こすと、まずは熱々のお茶を一杯。
マチュアの用意したものではなく、和国で自分で買い付けた茶葉と道具でお茶を入れる。
「んぐっ‥‥ぷはー。目が覚めるわ」
実に目の覚める朝の一杯である。
「さてと、まず確認だ。この世界では魔法は存在しない。あまり実力も出したくない。ならば、そこそこに生きながら方法を探すか」
精霊師のローブを身に纏い、腰からは数打ちミスリルのロングソード。
空のバックパックを背負ってテクテクと歩き始める。
森から街道のようなところまでは縮地を連続で使って距離を稼ぎ、街道に出てからは港町へと歩いて行く。
どこまでも田園風景が広がっている。
「戦争している筈なんだが、この辺りはそんな雰囲気はないよなぁ。大陸側だけなのか?」
そう考えながら歩いているが、 ふとランス大尉の言葉を思い出した。
「ああ、確かエストラードの傭兵がどうとか言っていたな。試しに話だけ聞いてみるか」
そう話しながら歩いていると、やがて潮風とともに穀物のにおいが流れてくる。
――ブロロロホロロッ
収穫を終えたトラックが、大量の野菜や積荷を乗せてストームの横を追い抜いて行く。
そして少し先で停車すると、追いついたストームを声をかけてきた。
「傭兵さんかい?どこまで行くんだ?」
運転手は畑仕事か何かの帰りらしい、中々に恰幅のいいおじさんである。
「この先の港町だ。まぁ傭兵じゃないから、色々と話を聞きたくてな」
「ほほう。なら、後ろに乗っていきな。相席が人参で申し訳ないが」
「そうか。まあ、人参やジャガイモは友達だから大丈夫だ、それじゃあ世話になる」
荷台の籠の隙間に座る場所を確保すると、トラックに揺られて港町まで向かう。
だいたい30分も走っていると、港町の街中に入っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
古き良き港町。
町の真ん中を走る街道沿いには、様々な店が立ち並んでいる。
その奥にある大きなテント作りの市場にたどり着くと、トラックはゆっくりと止まった。
「ほい兄さん到着だ、此処が終点だよ」
「そうか、助かったよ。荷物の積み下ろしなら手伝うがどうかな?」
にこやかに話している運転手にストームも相槌を打つように返事を返す。
「それは助かるよ。それじゃあ、後ろの荷物をこの机のところまで持ってきてくれ。台車ならすぐそこに?」
――グイッ
ストームは力一杯籠を掴むと、それを肩に担いで指定された場所まで持ってく。
ドサッとゆっくりと降ろすと、トラックに戻って次の荷物を降ろしていく。
10分もしないうちに、全ての荷物の積み下ろしが終わった。
その光景には、近くの店の店員や主人も驚きの表情をしていた。
「に、兄さんは軍人さんかい?それとも傭兵?」
隣の店のおばさんがそう話してくると、ストームは笑いながら話を始める。
「それがなぁ。まだこの国にはきたばかりでね、何をしたらいいのかさっぱりわからないのよ」
「おやまあ。旅人だったのかい」
「そうなんだよ。だから金は持っていても、この国の通貨じゃないから使えないだろう?」
ジャラッと銀貨と銅貨、少しの金貨を懐から取り出した財布から出してみせる。
「へぇ。随分としっかりした貨幣だねぇ。こっちは金貨かい?」
「ああ。貨幣しかない国でね。こういう外国の貨幣を両替できる店はどこにあるんだ?」
「それなら、此処にくる途中にあったよ。なんなら案内してやるかい?兄さんのおかげで荷物の積み下ろしが予想外に早かったのでな」
その言葉に甘んじよう。
「それなら頼む」
「ああ、なら乗りな。ちょっと銀行まで行ってくるから、すまんが荷物を見張っていてくれよ」
となりのおばさんにそう告げていると、はいはいとから返事が返ってきている。
そうしてストームは一度銀行に向かう事になった。
頑丈な石造りの建物で作られている巨大な銀行。
トラックのおじさんに乗せてもらってきたストームは、その大きめの正面入り口から堂々と入って行く。
中は巨大な楕円形のカウンターが設置してあり、大勢の行員が接客している最中であった。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか?」
近くの女性行員がストームに話しかける。
「まるで商人ギルドのような‥‥いやいや、両替をお願いしたい。エストラードからは海を越えてかなり遠い国なので、貨幣ではなく貴金属単価でお願いしたい」
世界の為替レートなどわからないので、純粋に貴金属の価値として調べてもらう。
「構いませんよ。こちらに提出してください」
そう告げられたので、とりあえず金貨を10枚取り出した。
「これはまた‥‥」
いくつかの秤を取り出して、金貨を測定する行員。
「この金貨ですと、600シリングになります。金貨10枚ですと6000シリングですね。手数料が180シリングですので、差額の5820シリングが払い戻しになりますが、どうしますか?」
ジャラッと金銀二色のシリング貨幣が、ストームの目の前に積まれている。
「100シリングの貨幣はあるのか?」
「はい。100シリングがこのシリング金貨、あとはシリング銀貨で計算されていますが、どうしますか?」
それならばと、ストームはさらに金貨を10枚取り出した。
「さっきのはそのままでいい。この金貨10枚をシリング金貨にしてくれ」
「かしこまりました。それでは‥‥」
そうつげながら、丁寧に一枚一枚調べていく女性行員。
「お待たせしました。合わせてシリング金貨60枚と6000シリングです。手数料を差し引いてシリング銀貨は5640枚です。お収め下さい」
ジャラッと大きめの受け皿に並べられた硬貨を、バックパックに全て収める。
それは自動的に『チェスト』の中に納められた。
「助かった。これで買い物ができる」
ウンウンと頷くストーム。
「それではありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」
そう頭を下げたので、ふとストームは懐に手を入れる。
そして白金貨を一枚取り出したが、すぐにそれは懐に戻した。
「これは換金しようがないか‥‥それじゃあ」
そのままストームは外に出ると、近くにある雑貨屋らしき店に入っていく。
まずは物価の確認。
店内には大量の日用雑貨が並んでおり、凡その値段も把握した。
「地球の物価の半値程度か。時代的には少し高めだが、そもそも地球じゃないし未来の物価がわからないからこの程度かぁ」
「なにかお探しですか?」
ややタレ目の美人店員がストームのもとにやってくる。
ならばと、自動翻訳をいいことに、無理難題をつげてみる。
「サイダーがほしいんだが」
「ああ、ありますよ。少し高いけどいいですか?」
「おおう、あったぞ。一本下さい」
そう話していると、奥の冷蔵庫から瓶詰めのサイダーを持ってくる店員。
「一本3シリングね」
「えーっと、3ね‥‥ほい」
懐から3シリング取り出して手渡すと、店員はサイダーの栓を抜いてストームに手渡す。
「お、おおお‥‥」
転生してから初めてのサイダー。
それもキンキンに冷えている。
――ゴクッ‥‥
まず一口飲む。
炭酸がやや弱いが、味はストームの知っているサイダーに近い。
「むむっ!!」
そのまま一気に飲み干すと、ビンを店員に返した。
「ぷっはー。これは最高だ。そうだ、傭兵の受付所は何処にある?」
「なんだ、お客さんも傭兵登録かい。この道を港に向かったら左にでかい建物があるよ。軍のバスが止まっているからすぐにわかるよ」
そう説明してくれたので、ストームは一路傭兵登録に向かう。
10分も歩いていると、ストームは碧色に塗られたバスが数台止まっている建物の前にたどり着く。
入り口は開け放たれており、左右には銃を手にした兵士が歩哨として立っている。
「済まないが、傭兵登録はどうしたらいいんだ?」
「一階の第二受け付けに申請書があるから、そこで聞くといい」
歩哨の一人がストームに返事を返す。
それに軽く頭を下げると、大勢の人でごった返している受け付けに向かう。
すでに傭兵登録は人が大勢待っているため、番号札を受け取ると手ごろな椅子に座って待つ事にした。
「まさに開戦前夜という所か‥‥俺は二十六番か」
次々と番号を呼ばれたら、受け付けに行って何かを話し、そして奥の通路に向かう。
流石は傭兵ということもあり、皆全身鎧やパーツアーマーの組み合わせがしっかりとしている。
「二十六番の方、此方にどうぞ」
「あ、俺か」
急いで立ち上がり受け付けに向かうと、カウンターでは簡単な話を始めた。
「傭兵登録はどちらにしますか?」
「どちらかというと?」
「まず、エストラードの傭兵は三つの部隊に分かれます。戦闘機を操る第一師団、戦車を駆る第二師団、そして戦闘猟兵の三つです」
「二つは分かるが、戦闘猟兵って何者だ?」
「エストラードの騎士です。鎧と剣を武器に戦う部隊です。基本は歩兵を相手にしますので、腕さえあればどうにでもなります」
その説明で心算は出来ている。
「なら、戦闘猟兵で」
「はい。戦闘猟兵ですね?ではこの札を持って通路奥の部屋に向かってください」
そう説明すると、受付の女性は赤い札をストームに差し出す。
それを受け取って廊下を進むが、あちこちから妙な視線がストームに向けられた。
「‥‥この赤い札が珍しいのか?」
そう呟きながら指定された部屋に入る。
そこは格技室であり、中には鎧を身につけた騎士が二人戦っている最中であった。
そして部屋の壁際では、5名の入隊希望者らしきもの達が椅子に座って騎士達の戦いをじっと見守っている。
――ドカッ
幾度かの打ち合いの後、試験を受けていたらしいものが身動き取れずに大の字になって倒れ、天井を向く。
それでテストは終わった。
「なんだ、一本かと思ったら体力切れか」
冷静に観察するストーム。
その光景を見ても壁際の男達は動ずることなく、貸し出された鎧を身につけては部屋の中央にある直径10mのエリアに入って行く。
「制限時間は10分。それまでに私に一撃を入れるか、時間まで守れればよし」
その騎士の説明に頷くと、男は真っ直ぐ正面から向かって行く。
だが、どの受験者も大体5分程度で体力が切れて崩れて行く。
「素人で五分持てばまだいい方だな」
どいつもこいつも鍛え方が足りない。
まあ、ファンタジーの世界から来たストームと比べるのは酷であるが。
「では、次が最後か。ストーム君だったな、鎧のサイズは?」
「あ、俺自分の使いますので」
そう告げながら、バックパックからミスリルの鎧一式を取り出して着用する。
――カチッ、カチッ
一つ一つをしっかりとつけていると、先に試験を終わらせていた人々の視線が変わる。
やがて装備をつけ終えてバックから力の盾とミスリルのロングソードを取り出すと、ゆっくりと身構える。
「いい構えだね。何処からでもかかってきたまえ」
まだ余裕をみせる試験官。
「なら、盾を構えていてくださいね」
素早く自分の間合い限界まで相手に踏み込むと、盾を構えて体当たりをする。
――ガギィィィィン
その衝撃で後ろに飛ばされた試験官に追撃をするように追いかけると、すかさず鎧の部分に乱撃を叩き込む。
――ガギガギガギガギッ
「こ、こんなことが‥‥」
防戦一方の試験官の鎧がズタズタに破壊されて行く。
返し手の出せないまま、試験官は後ろにどうにか飛んで手を挙げる。
「参った、降参だ」
「ふう。それはよかっ‥‥あれ?」
ふと気がつくと、腰に下げてあった神殺しの神槍改め、ロングソードの形に変化させた神剣ルーンギニスから魔力を感じる。
以前にも、ゲーニッヒで大暴れした時も感じた魔力である。
あの時は気のせいかと思ったが、今度は間違いではない。
(戦いを繰り返すことで回復力が高まるか‥‥どれ)
平時と戦闘時の回復力からどれぐらいかかるか算出する。
(平時で80年?)
頭を捻るストーム。
(おいおい。戦っていたらどうなんだ‥‥今の戦いを続けても10年か。なら、もっと過酷な戦いで力蓄えて見るか)
そう結論を出した時。
ふと気がつくと、試験官や他の受験者がストームの方を見ているのに気がついた。
「あ、ひょっとして呼ばれてました?」
「ええ。試験は終わりました。傭兵ですので失格ということはありませんから大丈夫です。ストームさん以外は戦闘訓練施設での基礎講習がありますが、どうしますか?」
「そうですね。学科があるのならそれで。戦争については全く知らないので」
「ええ。それは問題ありませんよ。では早速手続きをしましょう」
試験官がストーム達を連れて別の部屋へと案内する。
そこで一通りの手続きを終えると、その日の試験は終了した。
ストームが試験を受けたのがエストラード陸軍の施設で、傭兵は宿舎を使えない。ならばと、街の中で宿屋を探すと、まずはそこに飛び込んだ。
「おう、いらっしゃい。泊まりかい?」
「ああ。長期滞在なんだが、一月幾らだ?」
「素泊まりだけなら一晩20シリング。一月なら前金で550で構わないぜ」
「そうか。なら一月頼む」
懐に手を突っ込んで財布を出すと、そこからシリング金貨5枚と50シリングを支払う。
「こ、これはどうも。金貨で支払われたのは久し振りですね。ひょっとして貴族ですか?」
「まさか。ただの傭兵だ」
「でしょうねぇ。食事は隣に酒場が併設してますので、そちらでどうぞ。こちらがあんたの部屋の鍵だ、3階の2号室を使ってくれ」
ジャラッと鍵を受け取ると、まずは部屋に向かう。
それほど酷くはないが、豪華な部屋というほどではない。
だが、シーツや毛布が清潔なのは助かった。
「シーツと毛布は毎日交換可能か。自分でやらないとならないのは仕方ないが、外の箱に使用済みのものを入れて、横の棚から新しいのを持ってくると」
テーブルの上にあった説明書のようなものを見ると、それ以外にも色々と細かい説明がある。
基本セルフサービスではあるが、金を払えば日本の一流ホテル並みになんでもやってくれるらしい。
「さて‥‥」
ガチャッとルーンギニスを引き抜く。
ほんのりと刀身が輝きを取り戻しつつあるが、それでもまだ力は足りない。
「戦場で力を蓄えるか‥‥全く、おれは接骨医で人を直すのが仕事だったんだがなぁ」
そう呟くが、誰も答えを返すものはいない。
「しかし、こうしていると本当に真央が死んだとは思いたくないが‥‥向こうの世界に戻って直接話しを聞くまでは、まだ生きていると考えよう」
――ガチャッ
再びルーンギニスを鞘に収めると、全ての荷物を空間に放り込んでその日はゆっくりと休むことにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日からのストームは、毎日陸軍施設に通い、この世界の知識を吸収していた。
領土問題でゲーニッヒと隣国のマーカス共和国・グラスウッド公国が開戦し、現在まで数多くの戦闘が繰り広げられていることも知ることが出来た。
ゲーニッヒはこのエストラード連合に手を出していないが、元々海軍戦力を保有するゲーニッヒがいつ仕掛けてくるとも限らないため、いつでも対応できるように戦力の強化を行っているらしい。
「主要な兵器は戦車と戦闘機、戦艦か。爆撃機はまだ実用性はないと‥‥陸上での戦闘は戦車で敵主力を破壊のち歩兵による強襲ねぇ」
いつの時代も同じ戦争。
兵器の展開運用をいかに効率よく行うかが、勝負の分かれ目だろう。
バサっと新聞をテーブルに放り出すと、ストームはいつものようにバッグからターキーサンドを取り出して食べる。
講義の間の昼休みには、大抵食堂で新聞を読みながら自前の食事をとっている。
「ストームさんは今日も自炊ですか?」
「ああ。軍施設の飯は不味い。おれが作った方が美味いからな」
「あまり大声で言わない方が良いですよ。あ、新聞いいですか?」
「ほらよ。いつもの大陸の情勢しか書いてないぜ。ゲーニッヒがまた戦車を開発してどうとか、そんなのばっかりだ」
「お~成る程ねぇ。あの国、開発力だけはありますからね」
そんな他愛もない会話をしていると。
――ブゥゥゥン、ブゥゥゥン
敵襲を告げるサイレンが響く。
『海上偵察部隊より入電。現在ゲーニッヒ所属の機動艦隊がエストラード南方諸島に接近。陸軍各師団は第二級警戒態勢を。繰り返す‥‥』
その放送と同時に正規軍は素早く走り出す。
そしてストーム達傭兵はというと。
「戦闘猟兵の出撃はないのかな?」
「ストームさん、まだ敵は海の向こうですよ。うちら猟兵は海上戦闘なんてやったことないじゃないですか」
「だからだよ。敵戦艦に取り付けば、奴らは対人戦訓練なんて受けてないだろうから」
――アーッハッハッハッ
猟兵達から一斉に笑いが起こる。
「す、ストームさんそんなの無理ですよ!!空からのパラシュート降下は対空機銃で撃たれますし、海上からも無理ですって。バレたら機銃が魚雷で沈められますよ」
「なら、バレずに行けばいいだけだろうな」
「だからどうやってですから魔法でも使いますか?」
――ドッ!!
さらに笑いが巻き起こる。
だか、ストームは顎に手を当てて考える。
「そうだな。魔法でも使うか。俺たちの報酬って、敵兵一人に対して幾らだよな?」
「ええ。出撃報酬と撃墜報酬ですね。必要な武器弾薬はその報酬から自分たちで支払うことになっていますが、施設での食事代は無料ですからねぇ」
それが傭兵の待遇。
戦時でもなければ報酬はない。
「ちょっと事務局と掛け合ってくるか。報酬の値上げを」
スツと立ち上がると、ストームは一階の傭兵受付に向かう。
そこですでに馴染みになった受付嬢に話をすると、直接の上官になるステファン大尉と面会することができた。
「ストーム君から面会要請が来るとは珍しいねぇ。今日はどんな用事だい?」
「僭越ながら。猟兵の報酬欄に戦車と戦闘機、戦艦を加えて欲しくて来ました」
その突飛な申請に、ステファンは沈黙する。
「今、なんと?聞き間違いかな?」
「いえ。戦車と戦闘機、戦艦も撃墜もしくは拿捕した場合に報酬に加算してほしいと」
「それは実現的ではないねぇ」
「ほう?」
勤めて冷静に話してくるステファン。
「一体どうやって戦車や戦闘機を破壊する?とくに戦艦なんて。白兵戦でも仕掛ける気かな?」
「まあね。俺は陸戦専門なので、白兵戦が主流だな」
「だったら尚更だ。戦車や戦闘機の機銃から身を守る防具は存在しない。人間が個人で持ち運びできる対戦車装備など存在しない。手持ちの機関銃では、相手の有効射程外では豆鉄砲のようなものだ?」
淡々と説明するステファンだが。
「なら、もしそれで対応可能だと判断したら、報酬は引き上げてもらえるかな?」
「前例を作りたまえ。そうすれば上層部とも交渉できる。それと戦闘猟兵も出撃になった。至急準備をして広場のトラックに集合だ」
「はいはい。では前例を作って来ますか」
そう告げた時
館内放送で戦闘猟兵の出撃命令も聞こえて来た。
「この戦闘でどれだけチャージされるかだな」
ポンポンと腰のルーンギニスを軽く叩く。
最近はストームmk2からの手紙も入らなくなった。
これが不安でたまらないが、何もできることがないので一刻も早くルーンギニスの魔力を回復する必要があった。
やがてトラック前に30人ほどの戦闘猟兵が集まると、がっしりと鎧を身につけたステファンが説明を始めた。
「これから戦闘猟兵部隊は海軍と合流、南方諸島に上陸したゲーニッヒ陸軍の殲滅作戦に加わる。詳細は現地までの移動中に説明するが、本作戦が初戦のものもいる。気を引き締めてくれ」
そのステファンの言葉に、一人の兵士が挙手する。
「ストーム軍曹が魔法で敵を迎撃してくれるそうですので、楽をしていいですか?」
――クスクスクスクス
あちこちから笑い声が聞こえてくる。
だが、ステファンは冷静である。
「我がエストラード連合はアーサー・ペルトラゴン王が蛮族を駆逐して作りし国。その騎士団には魔導師が存在したと聞く。まあ、物語や伝承では伝えられているが、それを実践したものはいない」
そう呟くと、ストームの方をチラッと見る。
「だが、万が一ストーム軍曹が魔法で敵を駆逐したら、諸君にもそれを求めるのでそのつもりで」
そう告げると、全員が一斉にトラックに乗り込む。
そして最後にストームが乗る時、ステファンはストームに一言だけ告げた。
「東部エルドラ戦線で鎧を着た騎士が戦車部隊を壊滅させたという噂が流れている。もし君がそうなら遠慮はいらない」
「あ、あれか。なら遠慮なくやらせてもらうわ」
そう笑いながらトラックに乗り込むと、一路戦場となる南方へと走り出した。
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