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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ
カムイの章・その6 ここは地獄のパンッァーフォー
しおりを挟む遠くで誰かが泣いている。
くらい、くろい世界。
少女が助けを求めている。
全く。
マチュアはどこに行ったんだ?
しかたねぇな、ほら、シルヴィー何があった?
大丈夫だ、俺もマチュアもあんたの騎士だ。
シルヴィーに手を出す奴は全て俺が排除する。
だから、もう泣くな。
ポンポン‥‥
――ンンン‥‥
静かに目を開ける。
目の前には見慣れない天井がある。
木目の天井に裸電球。
消毒薬の香りのする空間。
「おっ、おりばーかーん?」
また訳の分からない寝言のようなものを叫びながら、ストームは飛び起きる。
しっかりとした毛布、綺麗なシーツ。
白を基調とした部屋。
いくつも並んでいるベッドと、そこに横たわっている病人や怪我人。
体につけられている様々な端子。
それがベットの横の機械につながっている。
「初期型のバイタル計測器と栄養点滴。ふむふむ‥‥時代が古い。昭和の中期から後期のか‥‥まて!!」
ガバッと起き上がり周囲を確認するストーム。
もう一度ゆっくりと周囲を見渡すと、自分の置かれている状況を確認する。
「あ、気がつきましたか?」
近くにいた女性が慌ててストームの元に駆け寄ると、手を取って脈拍を測っている。
「ここは、何処ですか?」
「東部エルドラの野戦病院ですよ。貴方は戦場で倒れていたところを発見されたのですよ?」
頭がはっきりしてくると、ストームはそっとウィンドウを展開する。
(‥‥全て問題なし。GPSコマンドによる自動翻訳も正常に機能しているか)
「俺はどれぐらい倒れていた?」
「三ヶ月です。ずっと意識がなく外傷はなかったのですから、この病室で治療を続けていたのですよ」
慌ててベットの横のモニターを見る。
(文字も全て自動翻訳される。地球ではないか)
すこし落ち着いてベッドに横になると、もう一度状況を思い出す。
天狼の元で扉を開いた。
そうしたら光に包まれて、気がつくと三ヶ月後の異世界。
なんだ、記憶はこれしかないか。
「おや、意識が戻ったか。どうだね体の調子は?」
白衣を着た40代ほどの医師がストームに問いかける。
「私は君の担当医師のヴェンドスだ。君が運ばれてきた時の荷物は別室に置いてあるから安心したまえ」
「それはどうも。それでちょっと済まない、記憶がかなりあやふやだ。ここは何処なんだ?」
記憶喪失のフリで情報を集めるストーム。
「ここはゲーニッヒだよ。君が倒れていたのは、隣国マーカス共和国との国境線沿い、エルドラ地方だ。ここはその東部エルドラの野戦病院、銃弾も砲火も届かないところだから安心したまえ」
「戦争している国か。俺はこの後どうなるんだ?」
「まずは体力の回復、それからだよ。多分だが、エルドラからの戦争難民なのだろう?」
「あ、ああ。そうかも知れない。思い出せない」
「そうか。まあ、建物の中は自由にしていいよ。診察室や薬局は、立ち入り禁止だけどね」
「おれの荷物は?」
そう問いかけると、ちょうど看護婦がストームの着ていた着物や腰のロングソードなどを持ってくる。
「これですよね?傭兵だったのですか?」
「傭兵?それはなんだ?」
――コツコツコツコツ
「国に雇われて戦争をする人たちですよ。傭兵がロングソードを使っている国は海の向こう、エストラード連合国ですから、貴方はエストラードから来たのかと思いましたよ」
ヴェンドスの後ろにやってきた濃緑色の軍服のような服を着た男がそう説明する。
(襟章はライン一つと星三つ。このあたりはどの世界でも実用性重視か)
「貴方はこの国の軍人か?」
細身の体、頬は細く尖っている。
サディスティックな雰囲気が見え隠れする男である。
「ええ、ランス大尉です。この方の指示で、貴方は病院に運ばれてきたのですよ」
「それはどうも。で、俺はこの後はどうすればいい?」
そうランス大尉に問い掛ける。
だが、とくに表情を変える事無く、ランス大尉が話を続ける。
「戦えるのなら我が国で傭兵登録をすればいい。別に治療費を請求するつもりはないが、動けるのなら多少は手伝ってもらえると助かるな。ではこれで」
クルッと踵を返すと、カツカツと靴音を立てて部屋から出て行く。
「そういう事だよ。最近はマーカス軍が侵攻する様子もないから、ベッドは好きに使っていいよ。では」
ヴェンドスはそう説明すると部屋から出て行く。
やがてベッドの横のバイタル計測器や点滴も運び出されると、看護婦もストームに頭を下げる。
「お名前はなんて言うのですか?」
「ああ、ストーム・ゼーン。ストームで構わないよ」
「私はミナといいます。あなたの担当ですので、何かわからないことがあったらいつでも聞いてください。食事は今日から食べられるのでしたら、食堂にいらしてくださいね」
それを告げて、ミナは部屋から出て行った。
そこでもう一度、ベッドにごろりと横になると、ストームは考える。
「なんだ‥‥まあ、まて。嫌な予感と胸騒ぎしかしないぞ。あの夢はなんだ?ラグナ・マリアで何か起きているだろう?」
考えれば考えるほど嫌な予感しかない。
「転移は無理、祭壇神殿なし。通信用イヤリングもない。|空間収納(チェスト)は‥‥あるな‥‥って、手紙?」
ストームの知らないうちに手紙が入っている。
それもかなり大量に。
「おいおい一体どう言うことだ?」
慌てて手紙を引っ張り出すと、古い順番に目を通す。
ストームがラグナ・マリアから消滅してからの出来事が、随時送られていた。
「これは、ニアマイアー領が襲撃されてセシールが拐われたか。続きは‥‥」
次々と読んで行くストーム。
そこにはバイアス連邦の宣戦布告と、マチュアの死についてまで、事細かに書き綴られている。
何故そうなったのかはわからない。
ただ、マチュアはセシールを助けに向かって、封印から解放された水神竜によって殺されたのである。
「そっか。だからマチュアが居なかったのか‥‥」
どんな時も、シルヴィーが困ったら必ずマチュアが助けて居た。
そのマチュアが居なかったのだがら、そういう事なのだろう。
そしてストームも、今ではシルヴィーを助けに行けない。
次の手紙を読み始める。
「はぁ?クッコロと十四郎、大月が俺を訪ねてきた?」
クッコロはストームに会いに、その護衛として十四郎が同行していたらしい。
そして大月は家を売り払って和国からウィル大陸に引っ越してきたそうだ。
「大月は俺の家を使って貰えば……いや、纏めてうちに放り込むとするか。大月はサイドチェスト鍛冶工房に住み込み勤務、クッコロと十四郎は……馴染み亭でウェイトレスと護衛でもやらせろ……」
そんな事を呟きながら手紙を読み進む。
だんだんと戦争が激化していき、あちこちで人的被害や破壊された領地が現れてきたらしい。
バイアス連邦がシュミッツ領を滅ぼし、王都に攻め込み、本格的に戦争になったという所で手紙は途切れている。
「最初の書簡と新しい書簡の時差が半年。この世界で俺は三ヶ月すぎていると言うことは、時間軸の流れが倍ちがうのか。逆ならなんとかなったが、これはまずいぞ」
とりあえず連絡はチェストでできる。
こう言う時の頼みの綱であるマチュアが死んだとなると、どうにかして自力で戻らなくてはならない。
「神槍のチャージは‥‥遅っ!!これだと何年掛かるんだ?」
凄くゆっくりとだが、神槍の力も戻りつつある。
「まあ。こうなると仕方がない。ストームmk2に連絡だけはするか」
そう考えると、ストームも現状を羊皮紙に書き記すと、ストームが別世界にいることは伏せるように指示を送る。
そしてマチュアのゴーレム達には説明をした上で、この異世界からサムソンに戻る方法を探して欲しいことを書き記した。
それを空間に放り込むと、ストームは着物に着替えると部屋から出た。
「時空転移系魔術はマチュアの得意技だからなぁ。マチュアのゴーレム達が色々と調べてくれるだろうから、今はこっちの世界で生きる方法を探すとするか」
病院内を散策しながら、色々な情報を調べる。
新聞とラジオがあったのは幸いしたのか、この世界のある程度の情報は手に入れることができた。
「時代は地球の1940年ごろか。今いる国がドイツのような感じだから‥‥なんかあったなぁ、そういうの」
新聞を開いてゆっくりと読んで行く。
今起きている戦争は地球の第二次世界大戦に近い。
戦車やレシプロ戦闘機、ケーブル通信網もあれば機関銃もある。
化学兵器も多少はあるらしいが、それを使っているかは疑問である。
基本的な戦術も戦車による突撃や戦闘機による爆撃、銃を使った兵員運用など、おおよそ第二次世界大戦のものと差異はない。
それ故に、海の向こうの傭兵がロングソードを手に戦っていると言う意味がよく分からなかった。
そして、この世界には魔法というものが存在しないことも理解した。
「天狼の力でやってきたと言うことは、創造神の8つの庭の一つか。世界法則でやってきたのだから、この世界の神も俺には直接干渉はしないだろうからな。なら、生きる術は一つしかないか」
そう考えると、ストームは一旦部屋に戻ると病室にあったシャツとズボンという格好に着替えると、外に出て鈍っている体を鍛え直し始めた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ストームがこの世界に来て四ヶ月が経った。
最近になると、ストームmk2からの書簡も中々届いてこない。
それだけ戦争が激戦となっているのがわかる。
そしてストームのいるゲーニッヒにも、徐々に戦禍が近寄っていたのに気がついた。
そんなある日。
――ドゴォォォォォッ
早朝。
突然の爆音でストームは目を覚ました。
「なんだぁ!!」
慌ててジャンバーを羽織って外に飛び出すと、病院の外では混乱している病院の人々と逃げようとする患者でごった返していた。
「なんだなんだ、何が起こったんだ?」
患者を避難させている看護婦や医者に問いかける。
「マーカス共和国が進軍を開始したようです。すぐに避難用トラックがくると思いますから、それまでは防空壕に避難します!!ストームさんも患者の避難を手伝ってください!!」
ヴェンドスがストームに説明すると、患者達を連れて病院の裏にある簡易的に作られた防空壕に向かう。
「了解した」
すぐさま病院の中に戻ると、脚を怪我して歩けない女性を抱き上げて防空壕に走る。
その間にも、あちこちからは砲撃の音が響き、戦車が病院に向かってやってくる。
――ドゴォォォォォッ
再び至近弾が飛んでくると、ストームの目の前で野戦病院の建物が吹き飛んだ。
まだ避難しきれていないもの達も大勢いた。
二階でストームを待っている少女もいた。
だが、砲撃は無慈悲にも爆音を響かせ、戦車も病院だった場所まで近づいてくる。
狂気の軍靴が近づいてくると、ストームは病院跡から戦車に向かって走り出した。
「す、ストームさん、外は危険です!!」
「戦争では禁じ手の病院まで破壊する相手だ。防空壕の中まで虐殺される。それに、俺はこいつらを絶対に許さん!!」
――シュッッ
すかさず聖騎士装備に換装すると、ストームは盾を構えて戦車に向かって突撃した。
「な、なんだあいつは!!撃てっ」
戦車の上から、備え付けの機関銃でストームを狙う兵士。
――Brooooooooom!!
激しい銃撃音と同時に大量の薬莢が撒き散らされる。
だが、その全てがストームには届いていない。
全て左手の盾の正面に張り巡らされた『|波動の壁(オーラフィールド)』で弾かれると、ストームは戦車の正面でロングソードを振り上げた。
「行けるか。バースト無限刃っ!!」
――ドゴォォォォォッ
その一撃は戦車に致命傷を与えた。
下から突き上げられた衝撃波は戦車を持ち上げ、装甲やキャタビラを次々と破壊して行く。
やがて剥き出しの残骸となった戦車と倒れている兵士を見ると、ストームは次の獲物に向かって走り出した。
‥‥‥
‥‥
‥
「砲撃の音が止んだのか?」
ストームが戦車に向かって暫くして。
徐々に外の砲撃音が収まり始めたので、ヴェンドスはそっと外に出る。
まだ戦闘は続いているようだが、目の前には敵国の戦車の残骸が大量に転がっているだけであった。
「これで終わりだ!!浮舟・無限刃っ!!」
ストームの叫びにヴェンドスや数名の看護婦達が声の方を向く。
そこで彼らは信じられないものを見た。
――ズバァァァァア
ストームが戦車を横一閃に真っ二つに切断した。
位置が悪かったのか、中からは大量の血飛沫が吹き出した。
「あとはあいつか‥‥」
上空を飛んでいる戦闘機が、ストームに向かって機銃を放つ。
――ドドドドドドドドドッ
「甘いっ!!」
再び盾を構えて機銃を弾くと、頭上を飛んで行く戦闘機に向かって右手を突き上げる!!
「焔の竜っ!!」
右手前方に魔法陣が展開すると、そこから深紅に燃え盛る竜が姿をあらわす。
それは戦闘機を追い掛けると、その巨大な顎で戦闘機を噛み砕いた。
――ドッゴォォォォォ
爆発し四散する戦闘機。
だが、焔の竜は何もなかったかのようにストームの元に戻ってくると、魔法陣の中に消えていった。
「ハァハァハァハァ‥‥終わったか‥‥」
盾と剣をすっと消すと、ストームは野戦病院の残骸に向かって走る。
そこに倒れている死体の中から、ストームはまだ息のあるものを見つけ出すと瓦礫の中から助け出していた。
「い、急げ!!まだ息があるものはいるはずだ!!」
ヴェンドスが看護婦や職員と共に病院の残骸に走り出すと、ストームもまた瓦礫の中へと走っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
野戦病院が襲撃を受けた二日後。
ようやく防空壕の中に簡易病院を作る事ができた。
瓦礫の下から助け出した怪我人や身動きの取れない患者は、全て簡易病院に運ばれた。
そこで手当てを行なっているが、薬や包帯などの必需品の殆どを爆撃で失い、この防空壕に置いてあった緊急用の薬品でその場をしのいでいる。
「ヴェンドスさん、手は足りるか?」
「幸いなことに医者と看護婦はね。ただ、薬が足りないのですよ」
「今、後方の部隊にトラックを回してもらうよう要請を出しています。けれど、いつ動いてくれるか分からないのですよ」
ミナが説明してくれたので、ストームは一度怪我人を見て回る。
「あ、なるほどな。ミナ、ちょっと今からやる事は他言無用な」
そう説明すると、ストームは怪我の酷い患者の元に向かうと、その傷口を見る。
「骨折と‥‥壊疽まで起こしかかっているか。だったらこれだな」
――ブゥン
僧侶の治療術を発動すると、ストームは患者の患部に手をかざす。
ボウッと傷口が輝くと、ゆっくりと傷が癒えていく。
「そ、そんな‥‥薬も道具も使わないなんて‥‥ストームさんは魔法使いなの?」
「ミナさんは魔法使いを見たことがあるのか?」
「魔法使いなんて物語の存在でしかかありません。本物な魔法なんて初めて見ました」
「そうか。なら次の患者を教えてくれ。重篤な患者を最優先で」
「は、はいっ!!」
ミナはヴェンドスの元に向かい、患者のデータを教えてもらう。
するとミナと一緒にヴェンドスもストームの元にやってくる。
「ストームさんが魔法を使えると聞いたのだが、それは本当なのか?」
「ああ、使えるけど?」
あっさりと告げるストームに、ヴェンドスはあまり信用して居ないらしい。
「まあ、薬も足りないからなぁ。この女性なのだが、分かるかな?」
「さて、ちょいと見て見ますか」
そう告げてから、ストームはベットに横たわっている女性の近くにしゃがむ。
「症状を教えてください」
「ここがすごく痛くて‥‥鎮痛剤がないと‥‥」
元々接骨医のストーム、ある程度の話でおおよその見当はついた。
「なら、これとこれか‥‥」
右手と左手、其々に別の魔術を発動すると、その光る手をゆっくりと女性の腹部に翳す。
それまで苦痛に歪んでいた女性の表情が、ゆっくりと和らいでいくのが判る。
そして、その光景を見ていたヴェントスは、驚きの顔をすると胸の前で十字を切った。
「なんという事だ。ストームさんは神が遣わせた神々の使徒だったのですね」
「いや、どちらかというと死神に近いぞ。敵に対してはな」
その言葉で、ヴェントスもミナも、さっきの戦いを思い出した。
肉体だけで戦車や戦闘機を破壊する事のできる存在。
そのようなものを、二人とも見たことがない。
「しかし、戦車なんて人間が生身で、しかもそんなソード一本で戦ってなんとかなるものではありませんよ!!」
「それに私も見ました。掌からサラマンダーを召喚するところを。そんなことが出来るのは人間では無理です。もしくは魔法使いです!!」
ミナの発想にヴェントスも驚いたが、逆にストームは苦笑した。
「ああ、分かったわかった。なら俺は魔法使いでいい。ヴェントスさん、すまないが薬でなんともならない人を教えてくれ、まとめてパッパッと直しちまうから」
「は、はいっ、今すぐに」
慌ててヴェントスはカルテを取りに行く。
だが、ミナはストームのもとで何かもじもじしている。
「あ、あの‥‥ストームさん、私にも使えますか? 魔法‥‥」
「そうだなぁ‥‥使えるかもしれないし、使えないかもしれないし‥‥どれ」
そう告げると、ストームは右手に意識を集める。
殆んどつかったことのない、というか初めて使う|先導者(ヴァンガード)のスキルの一つ。
相手の潜在能力を調べる術式である。
――ヒュゥン
掌に輝く輪を作り出すと、それをミナの頭上に放り投げる。
それは大きく広がると、ゆっくりと回りながらミナの足元まで降りていく。
「こ、これはなんですか?」
「スキルの名前は‥‥サーチリングか。まあ、ミナのことを調べているんだ」
やがてサーチが終わると、ストームの手の中に光の我が戻ってくる。
それを受け取ると、ストームの脳裏にミナのことが色々とう映し出される。
「ああ‥‥なるほど。この世界の人間にも魔術回路があるのか。ただ、それは一番重要な部分でつながっていないと‥‥ミナは神様を信じているか?」
「はっ、はいっ。偉大なる絶対神ノルンは、いつも私達を見守っています」
十字を切って両手を組むミナ。
「ならおっけーだな。そらよ」
先程のリングに『僧侶の魔術回路』を組み込むと、もう一度ミナの頭上に放り投げる。
――ヒュゥゥゥゥゥン
それは再び回りながらミナの足元まで降りていくと、突然ミナの瞳から涙が溢れた。
「き、聞こえました。これはストーム様がノルンの言葉を私に伝えたのですね‥‥」
スキルが次々とミナの体内に刻まれていったらしい。
それを感じ取ったミナは、神の啓示と思ったのだろう。
「なるもう問題はないな‥‥ここからは手伝って貰うぞ」
「はいっ!!」
そう返事をしていると、ヴェントスが大量のカルテの中から幾つかを持ってストームの元にやってくる。
「この5名が薬が足りなくて治療できないのです。なんとかなりますか?」
そのカルテを受け取ると、ストームは細かい部分まで読み込んでいく。
「ふむふむ。これなら大丈夫だな。ミナはこっちの二人を頼む。おれはこの3人で。やり方はわかるな?」
「はっ、はいっ!!」
元気よく返事をすると、ミナとストームは早速治療を開始した。
そして1時間もすると、5名の怪我と病気は完全に癒やすことが出来た。
「ハアハアハアハア‥‥こ、これで大丈夫です」
フラフラとしながらミナも戻ってくる。
そしてストームにニッコリと笑うと、そのまま意識を失った。
「みっ、ミナ君。大丈夫なのか?」
慌ててヴェントスがミナを抱きかかえて別とに寝かせると、ストームはウンウンと頷いた。
「魔力量の違いだなぁ。ミナには一日二人まで、連続して治療してはいけないと伝えてください」
「あ、ああ‥‥それよりも、どうしてミナ君にも、神の奇跡が使えるようになったんだ?」
「俺が教えただけだが?」
そうあっさりと返すと、ヴェントスは顔に手を当てる。
「そ、そうか。それは凄いな‥‥だが、これは誰にでも出来るものなのか?」
「いや、素質だなぁ。まあ安心して下さい。あまり広げすぎるとヴェントス先生が失業してしまうからな」
「難しい所だな。人の命を救えるのなら是非広めて欲しいところだが、広めすぎると医者は廃業になってしまう‥‥」
腕を組んで考えるヴェントス。
「それでいいんですよ。先生はそのままでね。俺はこの奇跡を誰にでも教える気はありませんから」
そんな話をしていると。
――コンコン
診察室を誰かがノックしている。
「はい、どうぞ‥‥と」
「では失礼するよ」
相変わらず無表情なランス大尉が、二人の部下を連れて入ってくる。
「ヴェントス、頼まれていたトラックを持ってきた。後方のエルドラに受け入れの手配をしておいたので、準備ができ次第患者の輸送を開始するといい」
「それは助かりました。あの奇襲でどうなるか困っていたのですよ」
「まさかエルドラが襲われるとは思っていなくてね、誠に申し訳ない。この二人を自由に使ってくれたまえ」
傍らの二人を紹介すると、ランス大尉はチラッとストームを見る。
「それで本題に入りたい」
――ハァ
その言葉に溜息を付くストーム。
「でしょうねぇ。一体何が聞きたいんだ?」
「生身で戦車や戦闘機と戦う技術‥‥といっても、教えてくれるとは思わないのでそれは構わない」
おっと。
いきなり話の腰を折られる。
「では?」
「ゲーニッヒの首都まで来てもらいたい。そこで君の戦術を見せてほしいんだが」
「そういうことかよ。ゲーニッヒって何処にあるんだ?」
「まあトラックで向かえば時間がかかるので、君はエルドラの空港から飛空船で移動してもらうがかまわないかな?」
そこでストームは暫し考える。
「そうだなぁ。悪いが、飛空船には乗らない。密室で何が起こるかわからないし、空という場所では逃げ場もないからな」
「ではどうするかね?」
「飛空船まで案内してくれればいい。あとは自分で飛ぶから構わないな」
そう告げるが、ランス大尉にはなんのことか分からない。
当然ながら、ヴェントスもストームの言葉の意味はよくわかっていないが、魔術が使えるのを知っているために、感覚で理解した。
「まあ、それは構わないか。では早速準備をして欲しい。総統閣下がお待ちかねでね」
「総統閣下ねぇ‥‥」
ストームの脳裏には、チョビ髭の総統閣下が浮かび上がった。
「まさか、おっぱいぷる~んぷるんの人か‥‥」
小声で呟くが、ランス大尉には聞こえていない。
「はいはい。では行きましょうか。ミナが起きたら、一日二回までと伝えてください。それで判りますので」
それだけを告げると、ストームはランス大尉の後に付いて外へと出ていった。
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