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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ
バイアスの章・その14 奇跡は起きます?
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暗黒大陸竜都・ドラグナ。
水神竜クロウカシスを祀っている神殿の外で、今まさに世紀の大喧嘩が始まろうとしている。
神殿正門右では、ポイポイとベネリが相対峙していた。
「さて、どう動くのか見せてもらおうか?」
ベネリは懐に宝珠をしまい込むと、腰に下げてある片手剣を引き抜いて構えた。
ポイポイはと言うと、目の前のベネリに牽制しつつ幻影騎士団に念話で通信を入れている。
──ピッピッ
「こちら暗黒大陸のポイポイ。水神竜の眷属がラグナに向かって一斉に移動を開始したっぽい。迎撃準備をお願いするっぽい」
『なんだぁ!!マチュア様はどうした?』
「その水神竜と喧嘩っぽい。ポイポイも竜を操っている騎士と一騎打ちっぽい!!」
「了解、すぐにシルヴ」
──ガシャーン
突然ポイポイの耳のイヤリングが破壊された。
「遠話の魔道具か。中々珍しいものを持っているようだが、余計な話はして欲しくないものだなぁ」
「い、今何をしたっぽい?」
「何を?これのことか?」
そう呟きながら、ベネリは素早く剣を振り落とす。
──ヒュッ
目に見えない刃によって、ポイポイの右頬がザックリと裂ける。
そこから血が滲み出すと、ポイポイは瞳を細くして身構えた。
「衝撃波を飛ばすっぽいね。ストームさんの剣術っぽいよ?」
「そのストームさんとやらは、ここまで出来たかなっ!!」
今度は衝撃波を扇状に飛ばしてくるが、この程度の攻撃などストームの足元にも及ばない。
範囲内に飛んでくる衝撃波を次々と躱すと、ポイポイも素早くベネリの影に向かってクナイを投げつける。
──ガキガキガキッ
飛んでくるクナイを躱しつつ、影に刺さらない位置に移動するベネリ。
ポイポイの戦い方をある程度見切ったらしい。
「ふん。幻影騎士団とはこの程度か。思ったほどではないな」
素早く地面を蹴ったかと思うと、一瞬でポイポイの懐近くまで踏み込んだ。
だが、ポイポイも間合いを詰められた直後に縮地で間合いを離している。
お互いに間合いを詰めては離れを繰り返している様は、高速で戦闘を行なっているマチュアとストームのようである。
お互いに致命傷とはならず、それでいて余裕でもない。
「な、なんだと?だんだんと速度が追いついてくると言うのか?」
「そろそろポイポイにも見えて来たっぽい。貴方は強くないっぽいよ?」
「ほう。この俺様が弱いと言うのか?」
「うん。弱いっぽいよ」
そのままベネリの近くに回り込むと、ポイポイは彼の握りしめている剣を力一杯叩き落した。
──ギィィィィッ
「痛いっ……この馬鹿力女が。随分と舐めたことしやがって」
素早く背中のマントに手を伸ばすと、今度はマントの中から両手剣を引っ張り出した。
「この両手剣ならば、貴様ごときには負けない!!」
握りしめた柄の部分に魔力を注ぐと、突然刀身が燃え盛る炎に変化した。
「うん。貴方は弱いっぽい……だから、自分に強いと暗示をかけて、自我を保とうとしている。本当の貴方は、もっと弱いっぽい」
──ガキガキガキガキッ
ポイポイがクナイを投げて背中に背負っていた刀を引き抜く。
そこから怒涛の乱打を浴びせていくと、ベネリは両手剣すら腕から落としてしまう。
「何故だ……どうして落ちる。魔剣は所持者に力を与えるのではないのか!!」
素早くポイポイから間合いを取ると、ベネリはさらにマントから一本の杖を引き抜く。
「風の精霊よ。彼の者に、裁きの雷を浴びせろっ」
それを天空高く身構えると、ポイポイに向かって雷撃を浴びせた。
──ビシィィィィッ
流石に魔術に対しての防御はないと判断したベネリだが、ポイポイは一瞬だけ怯んだが、すぐに立ち上がり身構えた。
「ふう。アミュレットがなかったら即死っぽいよ」
ポイポイの胸元に下げてある護符が、音もなく崩れる。
「そ、それはなんだ?」
勝利を確信していたベネリが驚きのあまり問いかけるが。
「マチュアさんがどこかの遺跡で拾ったやつっぽい。一度だけ死を逃れられるって。でも、もういらないっぽいよ」
一瞬で間合いを詰めると、ポイポイはベネリの持っていた杖を真っ二つに分断した。
「こ、こんな馬鹿なことがあるか‥‥」
折れた杖の先をポイポイに投げつけながら、ベネリは再びマントから武器を取り出す。
次に取り出したのは細身の槍である。
「こ、今度こそ‥‥これはいい武器じゃないか!!」
ヒュヒュンと槍を振り回すと、ポイポイに向かって次々と突き入れてくる。
だが、ポイポイには全ての軌跡が見えている。
「貴方は、凄く不思議な魔道具を使っているっぽい。それは『宝物庫』というマント。中に収納されている武具を自在に取り出し、その所有者に武具を使う能力を与えるもの‥‥」
その話を聞いて、ベネリは少し下がる。
「そ、それを何処で聞いた!!」
「ここに来る途中でマチュアさんが話していたっぽい。シュミッツ領内の遺跡で奉納されていたものの一つだって。マチュアさんは別ルートで別のものを回収したけど、そのマントは欲しいなーって言ってたっぽい」
再びベネリとポイポイが剣戟を交えながら話を続ける。
――ガキガキガキガキッ
「それがどうした!!あの女は俺とは別ルートであの中を調べたのか!!」
「そうっぽいよ」
「ならあの女も持っているんだな。『竜を統べる宝玉』を」
「マチュアさんのは黒神竜ラグナレクの奴っぽい」
「そうか、やはりあったのか。なら貴様を殺して、それも回収させてもらう」
徐々にベネリの突きの速度が上がって来る。
ポイポイは既に防戦一体にまで押されていた。
「そんなものを集めてどうするっぽい」
「貴様には分からないか。この世界最強の竜族を統べれば、俺は、この世界の王になることもできる!!」
――シャシャッ
ポイポイの鎧を槍の先端が掠める。
すると、掠めた部位が腐食して剥がれていった。
「ふははははぁぁぁぁ。どうだどうだぁ。この俺の華麗な槍裁きを見ろ!!」
「えーっと‥‥ちょっと待っっぽい。マチュアさんの話していた奴を思い出すっぽい」
必死に躱してはいるものの、鎧が次々と破壊されていく。
だが、ポイポイはそれしきの事では驚かない。
――ピュピュッ
素早く印を組むと、ポイポイの全身が淡く輝く。
「今更何をしたところで無駄だと何故分からん!!」
渾身の一撃がポイポイの胸に突き刺さる。
だが、それをギリギリのところで素手で受け止めた。
「溶けろ、そのまま溶けてしまえぇ」
槍が激しく輝くが、ポイポイにはなんの変化もない。
「ど、どうして溶けない‥‥」
「両手に融解抵抗の文字を浮かべてあるっぽい。全身は無理だけど、こうすれば問題ないっぽいよ」
動揺しているベネリの腕を勢いよく蹴り上げると、ポイポイは素早くベネリの背後に回った!!
――ベリィィィィッ
背中のマントを引っ剥がすと、素早く自分で羽織るポイポイ。
「ほうほう。使い方がわからないけどいーや。これで貴方はもう何もできないっぽい」
そう呟くポイポイだが、ベネリは余裕の笑みを浮かべている。
「それはなぁ。こう使うんだよっ!!」
素早く術印を組み込むと、ポイポイの背中のマントが突然大きく広がった。
「なっ、これは一体何っぽい」
必死に抵抗するポイポイだが、やがて全身をマントに包まれてしまった。
「はーっはっはっ。元々のそいつはゴーレムのような魔法生物だよ。どちらかというとスライムかな?そのまま食われてしまえっ!!」
ベネリの叫びと同時にマントが一気に収縮する。
「ぐっ‥‥ぁぁぁぁぁぁっ」
悲鳴ともつかない声がマントの中から聞こえて来ると、マントが一気にバスケットボールのサイズに縮まる。
隙間からは血が滴り始め、マントの中からはゴリッボリッと骨を噛み砕く音まで聞こえてきた。
「はーっはっはっ。これで終わりだ。さて、クロウカシスは上手くやったかな‥‥」
勝利を確信したベネリは、血まみれになったマントを広げる。
そこにはポイポイの姿はなく、ベットリと血の跡だけが滲んでいた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ポイポイがベネリに向かって間合いを詰めた時、マチュアも素早く印を組んで上空に飛び上がっていた。
「ほう。空を飛ぶか」
「お生憎様。ダテや酔狂で賢者やっているわけじゃないのでね」
そう叫びながらも、マチュアはクロウカシスの様子を見る。
(竜を統べる宝玉で自我を塗り替えられているのか。解除方法は宝玉をどうにかするしかないよなぁ)
マチュアはそう考えてみたが、こっちをポイポイに任せると秒殺されかねない。
だから、こっちは時間を稼ぐだけにして、ポイポイがベネリをどうにかしてくれることに期待していた。
「それじゃあ。対ドラゴン戦ならこれだよなぁ‥‥状態異常耐性強化かーらーのー|全体増幅『アンプリフアイア》、おまけに|遅発型強回復『ディレイド・ヒーリング》を時間差で三つ。保険に自動発動型完全蘇生……此処が限界かぁ」
これ以上の魔力の消耗は戦闘にならない。
それどころか、魔障酔いを併発する危険がある。
そしてマチュアの詠唱が終わった頃。
――キィィィィィィン
クロウカシスの周囲に巨大な氷柱が浮かび上がる。
長さだけでもゆうに5mはあるだろう。
「いやぁ‥‥流石にどちらも無傷とはいきませんよね」
マチュアも対抗して炎の槍を浮かび上がらせる。
「まずは小手調べだ‥‥」
クロウカシスの声と同時に、全ての氷柱が時間差でマチュアに向かって飛来する。
「南無三っ」
マチュアも負けじと炎の槍を飛ばしていく。
いくつかの氷柱は相殺して破壊するが、質量的に弾かれてしまうものもある。
――ドゴォッ
そのうちの一つがマチュアの身体をかすめると、そのまま後方に吹き飛ばされる。
その一撃でローブが切り裂かれ、下からストームが作った鎧が露わになる。
「掠めただけでこの威力かぁ!!」
腹部がザックリと切り裂かれたので、マチュアは慌てて魔力で傷口を塞ぐ。
――ヒュゥゥゥゥ
「ほほう。あの程度でもかなりの痛手か。なら次のは耐えられるかな?」
クロウカシスがそう呟くと、今度はクロウカシスの周囲に湾曲した空間が作られていく。
「あれはやばいって!!」
以前マチュアがボルケイドに使った光系魔術。
超長距離超火力の|聖なる光矢『ホーリーレーザー》である。
それもマチュアの使った魔術型ではなく、竜族の使う竜語魔術型。完全なるオリジナルであった。
――キィィィィィィン
周囲に魔力の発動音が響いた時、マチュアは素早く上昇する。
「あんなもの下に打たれたら、ポイポイさんが蒸発するよ‥‥それどころか大陸に穴開くぞ!!」
マチュアの移動と同時に、湾曲空間も角度を変える。
そこでマチュアは動きをランダムにして、狙いをそらす作戦に出た。
「チョロチョロと小癪な‥‥」
突然湾曲空間の一つからレーザーのように光が放出される。
だが、その一発はマチュアとは全く違う位置に飛んで行った。
「これで少しはなんとかなるか?」
――キィィィィィィン
そんな事を考えていた時。
突然全ての湾曲空間から、無数のレーザーが一斉に放出された。
「チイッ!! 相手が光ならっ」
すかさず魔力で鏡の盾を作り出すマチュア。
いくつかのレーザーは躱したものの、一つはマチュアに直撃しそうになる。
――ガキィィィィツ
その一撃をイージスで受け止めて角度をつけて弾くが、レーザーの放出は収まらず、徐々に盾が溶け始める。
「やばっ!!」
慌てて鏡角度をさらにつけてから高速で離れるマチュア。
その直後、鏡がヂュッと溶け落ちた。
そしてレーザーも収まると、クロウカシスはニヤニヤと笑っている。
「ほう。まだ生きているとは大したものだな。では、次は貴様の攻撃を見させてもらおう」
明らかに余裕のクロウカシス。
「あ、えーっと‥‥」
そこまで余裕を見せられると、マチュアでも動揺する。
切り札で隠してあった『ザンジバル』も、賢者では振う事ができない。
暗黒騎士になって一か八かの勝負に出るしかないが、回復魔法が使えなくなるので最初に掛けた回復魔法に頼るしかない。
「飛翔はエンチャントだから維持されるか。なら!!」
一気に暗黒騎士に換装して、クロウカシスに向かって飛んでいく。
「これでもまだ余裕があるというのかなっ」
すかさずザンジバルを横一閃に振り回すマチュア。
すると刀身から真紅の刃が放出され、クロウカシスの右腕に直撃した。
――ズバァァァァァァァム
一撃で鱗を破壊し、内部の筋組織までズタズタに切り裂く。
だが切断まではいかない。
「グウォォォォォォォォッ。竜殺しの大剣まで使うか。ならばこれ以上の戯れは無用だな」
そう呟くクロウカシスの表情から余裕が消えた。
「あー、これは死亡フラグかな‥‥」
そう呟くと、マチュアは周囲を素早く飛び回り、的を絞らせない作戦に出る。
「まあそうなるか。だが、これならどうかな?」
飛行しているマチュアの周囲に、クロウカシスが次々と魔法陣を展開する。
やがて全ての魔法陣が消えたかと思うと、マチュアの前方に突然現れた!!
――パリーン
速度を落としきれず魔法陣に激突したマチュアだが、とくにダメージはない。
だが、付与してあった魔術が一つ消滅しているのである。
「ディスペルかよっ。しかも完全蘇生消すかぁ?」
これは痛い。
一番消えられると困る保険が消滅した。
「まだまだだよ‥‥」
クロウカシスが笑いながら呟くと、マチュアとクロウカシスの二人を包むように、空中に球状の結界が施された。
「これで空間を超えて逃げることも、外から救援が来ることも出来ないだろう‥‥」
――ツツーッ
マチュアの全身に冷や汗が流れる。
この状態での勝率は‥‥ゼロ。
限りなくゼロに近いのではなくゼロなのである。
だが、そんなことは顔にも出さない。
(影にも飛べない。っていうか、空だから影がない……ポイポイさんとも通信が繋がらない……せめて無事でいてくれるといいか)
そんな事を考えていると、クロウカシスが高速でマチュアに飛び込んでくる。
――ゴウウウウウウウウウウッ
振りかざした腕がマチュアの全身に叩きつけられる。
ザンジバルを構えていなければ、マチュアはその一撃で即死であった。
剣の峰で受け止めると、再びマチュアは後ろに吹き飛ぶ。
――パリーン
吹き飛んだ先には、またしてもディスペルの魔法陣。
今度は全体増幅が消滅した。
ダメージは強回復が発動したのですぐさま治ったが、そろそろ危険な状況である。
「こうなると、ほんっとうにやばいねぃ」
暗黒騎士のスキルである暗黒闘気を全身に纏うと、マチュアは再びザンジバルで斬りかかる。
「まだ無駄な抵抗をするのか?」
突進してくるマチュアにタイミングを合わせると、今度は左腕でマチュアに殴りかかるクロウカシス。
――ズバドゴオォォォォォッ
その一撃はマチュアの勝ち。
クロウカシスの左腕を切断して、マチュアはさらに顔面にザンジバルを叩きつけた。
「ヌグゥァァァァァァ!!」
額から右目にかけてザックリと切断したが、内部まで刃は突き刺さらなかった。
――バジイッ
そして飛んでいたマチュアに突然クロウカシスの尻尾が叩き込まれ、マチュアは結界の壁に力強く叩きつけられた!!
「グハァッ」
背中から叩きつけられると、マチュアは身動き取れなくなってしまった。
――ファサッ
クロウカシスの翼が展開し、純白に輝く。
「人の子よ。此処まで私を追い込んだ事は褒めてやろう。だが、これで終わりだ」
そう告げると、クロウカシスはゆっくりと口を開く。
「まだまだですよ。切り札は最後までね‥‥」
賢者モードに換装すると、マチュアも素早く印を繋ぐ。
耐熱防御を限界まで高めた結界である。
「対ドラゴンブレス用結界か‥‥相手が悪かったと思え!!」
――キィィィィィィン‥‥ドゴオォォォォォッ
クロウカシスの口から吐き出される光の咆哮。
それはレーザーのように一直線にマチュアに飛んでいく。
「それなら躱せるやっ」
すかさず高速で横に飛ぶと、クロウカシスもその動きに合わせて頭をずらす。
――バジイィィィィィィッ
マチュアの張った対ドラゴンブレス用結界がクロウカシスのブレスを弾いている。
「まだまだぁぁぁぁぁぁっ」
さらに魔力を結界に流し込むと、マチュアは勝利を確信した。
「ドラゴンブレスを使うとドラゴンは魔力も体力も急激に落ちる。魔力がなくなっても体力さえあれ‥‥ば‥‥」
ーードロリッ……
ユックリと結界が薄くなっていく。まるで、クロウカシスのドラゴンブレスで結界が中和されているかのように。
『我が咆哮は、いかなる魔術も中和し消滅させる‥‥然らばだ』
そのクロウカシスの声が念話で届くのと、結界が消滅するのはほぼ同時。
「‥‥この野郎っっっっ」
ザンジバルを空間から引き抜くと、マチュアは残った魔力の全てをザンジバルに乗せて、クロウカシスに力一杯投げつけた!!
そして最後のあがきと、マチュアはバックから一つのオーブを取り出すと、それに魔力を込めて下に放り投げる。
だが、最後の遅発型強回復はすぐに効果を失い、マチュアの全身を溶かし始める。
「‥‥わりぃストーム‥‥あと頼むわ‥‥」
そう呟くと同時に、マチュアは跡形もなく蒸発した。
クロウカシスのディスペルブレスは、マチュアに付与されていた全ての魔術をも中和したのである。
そして跡形もなく消滅したマチュアだが、ただ殺されたわけではなかった。
――ドッゴォォォォォォォッ
「最後にこの一撃か。見事だ小さきものよ‥‥」
マチュアの放った最後のザンジバルは、クロウカシスの胴体に突き刺さると爆発した。
心臓が露わになり、内臓もあちこち破損している。
「思いはわかった。我もしばし身体を癒さねばならないか‥‥」
クロウカシスの全身がゆっくりと輝くと、海に向かって降りていく。
地上ではポイポイを始末したベネリが空から降りてくるクロウカシスを見て驚愕している。
「そ、そこまでの強敵だったのか‥」
「うむ。ベネリよ、我はしばし身体を癒さねばならない。それまでは助力できぬ故‥‥」
そう告げると、クロウカシスはユックリと羽ばたくと、海に向かって飛び込んでいった。
「あ、ああ。いま暫くは身体を休めろ。あとはお前の眷属たちがなんとかしてくれる‥‥」
そう告げると、ベネリは静かに詠唱を開始する。
そして精霊の旅路を発動すると、スッと姿を消した。
暫くすると、ベネリの消えた後に残された影から、ポイポイが姿を現した。
両脚は失ったものの、ギリギリでベネリの影に飛び込むことができたのである。
「ま、マチュア様‥‥死んじゃったっ‥‥ぽい‥‥」
その場にへたり込んでいるポイポイ。
仲間たちにこの事実を伝える方法が、今のポイポイには残されていなかった。
そして、マチュアが最後に取り出したオーブも、地上に落ちる前にスッと消えていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
バイアス連邦王都。潜入調査していたツヴァイは、突然の喪失感に動揺している。
「こ、この感覚は‥‥まさか?」
慌てて物陰に向かうと、急ぎ自身の魂のスフィアからマチュアの生体反応を確認する。
どれだけ離れていても、これでマチュアの安否は確認できるのだが、いくら調べてもマチュアの生体反応は何処にも感じられない。
「そんなバカな、魔力は?私とマチュア様をつないでいる魔力の流れは‥‥」
それも今は繋がっていない。
生体反応と魔力反応、どちらも感知することはできない。
「落ち着け私。こういう時のためのマチュア様のバックアップだ‥‥」
以前、シュトラーゼ公国でマチュアがピンチの時に手渡されたスフィア。
その一つが自動的に解放された。
マチュアとの繋がりが消えると、このスフィアは解放される。
そこに収められていたマチュアの最後の言葉。それをツヴァイは遂行しなくてはならない。
「そうですか……わかりました」
ボソッと呟くと、ツヴァイは耳のイヤリングに手を当てる。
――ピッピッ
「こちらツヴァイ。緊急事態が発生した」
『クィーンです。マチュア様がお亡くなりになったのですね』
『なん‥‥だと?ツヴァイ、一体どういうことだ!!』
『落ち着きなさいファイズ。ツヴァイ、状況はわかりませんが、クィーンとマチュア様のリンクも消滅したそうです』
『こちらドライ。状況確認、これよりマスターをツヴァイに切り替えます』
『だからどうして死んだんだよ!!ツヴァイ、てめえはマチュア様の影だろうが!!』
「ファイズ、私はマチュア様の命令に従って行動している。だから、マチュア様からの伝言を伝える‥‥」
『こうなった時の指示は、ツヴァイは受けていたのですか』
「ええ。『全てのシスターズは、自分の仕事をしっかりとやりなさい』以上だ。私はこれから幻影騎士団に向かいます」
『了解しました。マチュア様の意思に従います』
――ピッピッ
全ての通信を終えると、ツヴァイは静かに笑った。
「マチュア様‥‥これで良かったのですね‥‥貴方の仕事、『魂の修練』。私が代行します‥‥」
それだけを告げると、ツヴァイはその場からスッと消えた。
水神竜クロウカシスを祀っている神殿の外で、今まさに世紀の大喧嘩が始まろうとしている。
神殿正門右では、ポイポイとベネリが相対峙していた。
「さて、どう動くのか見せてもらおうか?」
ベネリは懐に宝珠をしまい込むと、腰に下げてある片手剣を引き抜いて構えた。
ポイポイはと言うと、目の前のベネリに牽制しつつ幻影騎士団に念話で通信を入れている。
──ピッピッ
「こちら暗黒大陸のポイポイ。水神竜の眷属がラグナに向かって一斉に移動を開始したっぽい。迎撃準備をお願いするっぽい」
『なんだぁ!!マチュア様はどうした?』
「その水神竜と喧嘩っぽい。ポイポイも竜を操っている騎士と一騎打ちっぽい!!」
「了解、すぐにシルヴ」
──ガシャーン
突然ポイポイの耳のイヤリングが破壊された。
「遠話の魔道具か。中々珍しいものを持っているようだが、余計な話はして欲しくないものだなぁ」
「い、今何をしたっぽい?」
「何を?これのことか?」
そう呟きながら、ベネリは素早く剣を振り落とす。
──ヒュッ
目に見えない刃によって、ポイポイの右頬がザックリと裂ける。
そこから血が滲み出すと、ポイポイは瞳を細くして身構えた。
「衝撃波を飛ばすっぽいね。ストームさんの剣術っぽいよ?」
「そのストームさんとやらは、ここまで出来たかなっ!!」
今度は衝撃波を扇状に飛ばしてくるが、この程度の攻撃などストームの足元にも及ばない。
範囲内に飛んでくる衝撃波を次々と躱すと、ポイポイも素早くベネリの影に向かってクナイを投げつける。
──ガキガキガキッ
飛んでくるクナイを躱しつつ、影に刺さらない位置に移動するベネリ。
ポイポイの戦い方をある程度見切ったらしい。
「ふん。幻影騎士団とはこの程度か。思ったほどではないな」
素早く地面を蹴ったかと思うと、一瞬でポイポイの懐近くまで踏み込んだ。
だが、ポイポイも間合いを詰められた直後に縮地で間合いを離している。
お互いに間合いを詰めては離れを繰り返している様は、高速で戦闘を行なっているマチュアとストームのようである。
お互いに致命傷とはならず、それでいて余裕でもない。
「な、なんだと?だんだんと速度が追いついてくると言うのか?」
「そろそろポイポイにも見えて来たっぽい。貴方は強くないっぽいよ?」
「ほう。この俺様が弱いと言うのか?」
「うん。弱いっぽいよ」
そのままベネリの近くに回り込むと、ポイポイは彼の握りしめている剣を力一杯叩き落した。
──ギィィィィッ
「痛いっ……この馬鹿力女が。随分と舐めたことしやがって」
素早く背中のマントに手を伸ばすと、今度はマントの中から両手剣を引っ張り出した。
「この両手剣ならば、貴様ごときには負けない!!」
握りしめた柄の部分に魔力を注ぐと、突然刀身が燃え盛る炎に変化した。
「うん。貴方は弱いっぽい……だから、自分に強いと暗示をかけて、自我を保とうとしている。本当の貴方は、もっと弱いっぽい」
──ガキガキガキガキッ
ポイポイがクナイを投げて背中に背負っていた刀を引き抜く。
そこから怒涛の乱打を浴びせていくと、ベネリは両手剣すら腕から落としてしまう。
「何故だ……どうして落ちる。魔剣は所持者に力を与えるのではないのか!!」
素早くポイポイから間合いを取ると、ベネリはさらにマントから一本の杖を引き抜く。
「風の精霊よ。彼の者に、裁きの雷を浴びせろっ」
それを天空高く身構えると、ポイポイに向かって雷撃を浴びせた。
──ビシィィィィッ
流石に魔術に対しての防御はないと判断したベネリだが、ポイポイは一瞬だけ怯んだが、すぐに立ち上がり身構えた。
「ふう。アミュレットがなかったら即死っぽいよ」
ポイポイの胸元に下げてある護符が、音もなく崩れる。
「そ、それはなんだ?」
勝利を確信していたベネリが驚きのあまり問いかけるが。
「マチュアさんがどこかの遺跡で拾ったやつっぽい。一度だけ死を逃れられるって。でも、もういらないっぽいよ」
一瞬で間合いを詰めると、ポイポイはベネリの持っていた杖を真っ二つに分断した。
「こ、こんな馬鹿なことがあるか‥‥」
折れた杖の先をポイポイに投げつけながら、ベネリは再びマントから武器を取り出す。
次に取り出したのは細身の槍である。
「こ、今度こそ‥‥これはいい武器じゃないか!!」
ヒュヒュンと槍を振り回すと、ポイポイに向かって次々と突き入れてくる。
だが、ポイポイには全ての軌跡が見えている。
「貴方は、凄く不思議な魔道具を使っているっぽい。それは『宝物庫』というマント。中に収納されている武具を自在に取り出し、その所有者に武具を使う能力を与えるもの‥‥」
その話を聞いて、ベネリは少し下がる。
「そ、それを何処で聞いた!!」
「ここに来る途中でマチュアさんが話していたっぽい。シュミッツ領内の遺跡で奉納されていたものの一つだって。マチュアさんは別ルートで別のものを回収したけど、そのマントは欲しいなーって言ってたっぽい」
再びベネリとポイポイが剣戟を交えながら話を続ける。
――ガキガキガキガキッ
「それがどうした!!あの女は俺とは別ルートであの中を調べたのか!!」
「そうっぽいよ」
「ならあの女も持っているんだな。『竜を統べる宝玉』を」
「マチュアさんのは黒神竜ラグナレクの奴っぽい」
「そうか、やはりあったのか。なら貴様を殺して、それも回収させてもらう」
徐々にベネリの突きの速度が上がって来る。
ポイポイは既に防戦一体にまで押されていた。
「そんなものを集めてどうするっぽい」
「貴様には分からないか。この世界最強の竜族を統べれば、俺は、この世界の王になることもできる!!」
――シャシャッ
ポイポイの鎧を槍の先端が掠める。
すると、掠めた部位が腐食して剥がれていった。
「ふははははぁぁぁぁ。どうだどうだぁ。この俺の華麗な槍裁きを見ろ!!」
「えーっと‥‥ちょっと待っっぽい。マチュアさんの話していた奴を思い出すっぽい」
必死に躱してはいるものの、鎧が次々と破壊されていく。
だが、ポイポイはそれしきの事では驚かない。
――ピュピュッ
素早く印を組むと、ポイポイの全身が淡く輝く。
「今更何をしたところで無駄だと何故分からん!!」
渾身の一撃がポイポイの胸に突き刺さる。
だが、それをギリギリのところで素手で受け止めた。
「溶けろ、そのまま溶けてしまえぇ」
槍が激しく輝くが、ポイポイにはなんの変化もない。
「ど、どうして溶けない‥‥」
「両手に融解抵抗の文字を浮かべてあるっぽい。全身は無理だけど、こうすれば問題ないっぽいよ」
動揺しているベネリの腕を勢いよく蹴り上げると、ポイポイは素早くベネリの背後に回った!!
――ベリィィィィッ
背中のマントを引っ剥がすと、素早く自分で羽織るポイポイ。
「ほうほう。使い方がわからないけどいーや。これで貴方はもう何もできないっぽい」
そう呟くポイポイだが、ベネリは余裕の笑みを浮かべている。
「それはなぁ。こう使うんだよっ!!」
素早く術印を組み込むと、ポイポイの背中のマントが突然大きく広がった。
「なっ、これは一体何っぽい」
必死に抵抗するポイポイだが、やがて全身をマントに包まれてしまった。
「はーっはっはっ。元々のそいつはゴーレムのような魔法生物だよ。どちらかというとスライムかな?そのまま食われてしまえっ!!」
ベネリの叫びと同時にマントが一気に収縮する。
「ぐっ‥‥ぁぁぁぁぁぁっ」
悲鳴ともつかない声がマントの中から聞こえて来ると、マントが一気にバスケットボールのサイズに縮まる。
隙間からは血が滴り始め、マントの中からはゴリッボリッと骨を噛み砕く音まで聞こえてきた。
「はーっはっはっ。これで終わりだ。さて、クロウカシスは上手くやったかな‥‥」
勝利を確信したベネリは、血まみれになったマントを広げる。
そこにはポイポイの姿はなく、ベットリと血の跡だけが滲んでいた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ポイポイがベネリに向かって間合いを詰めた時、マチュアも素早く印を組んで上空に飛び上がっていた。
「ほう。空を飛ぶか」
「お生憎様。ダテや酔狂で賢者やっているわけじゃないのでね」
そう叫びながらも、マチュアはクロウカシスの様子を見る。
(竜を統べる宝玉で自我を塗り替えられているのか。解除方法は宝玉をどうにかするしかないよなぁ)
マチュアはそう考えてみたが、こっちをポイポイに任せると秒殺されかねない。
だから、こっちは時間を稼ぐだけにして、ポイポイがベネリをどうにかしてくれることに期待していた。
「それじゃあ。対ドラゴン戦ならこれだよなぁ‥‥状態異常耐性強化かーらーのー|全体増幅『アンプリフアイア》、おまけに|遅発型強回復『ディレイド・ヒーリング》を時間差で三つ。保険に自動発動型完全蘇生……此処が限界かぁ」
これ以上の魔力の消耗は戦闘にならない。
それどころか、魔障酔いを併発する危険がある。
そしてマチュアの詠唱が終わった頃。
――キィィィィィィン
クロウカシスの周囲に巨大な氷柱が浮かび上がる。
長さだけでもゆうに5mはあるだろう。
「いやぁ‥‥流石にどちらも無傷とはいきませんよね」
マチュアも対抗して炎の槍を浮かび上がらせる。
「まずは小手調べだ‥‥」
クロウカシスの声と同時に、全ての氷柱が時間差でマチュアに向かって飛来する。
「南無三っ」
マチュアも負けじと炎の槍を飛ばしていく。
いくつかの氷柱は相殺して破壊するが、質量的に弾かれてしまうものもある。
――ドゴォッ
そのうちの一つがマチュアの身体をかすめると、そのまま後方に吹き飛ばされる。
その一撃でローブが切り裂かれ、下からストームが作った鎧が露わになる。
「掠めただけでこの威力かぁ!!」
腹部がザックリと切り裂かれたので、マチュアは慌てて魔力で傷口を塞ぐ。
――ヒュゥゥゥゥ
「ほほう。あの程度でもかなりの痛手か。なら次のは耐えられるかな?」
クロウカシスがそう呟くと、今度はクロウカシスの周囲に湾曲した空間が作られていく。
「あれはやばいって!!」
以前マチュアがボルケイドに使った光系魔術。
超長距離超火力の|聖なる光矢『ホーリーレーザー》である。
それもマチュアの使った魔術型ではなく、竜族の使う竜語魔術型。完全なるオリジナルであった。
――キィィィィィィン
周囲に魔力の発動音が響いた時、マチュアは素早く上昇する。
「あんなもの下に打たれたら、ポイポイさんが蒸発するよ‥‥それどころか大陸に穴開くぞ!!」
マチュアの移動と同時に、湾曲空間も角度を変える。
そこでマチュアは動きをランダムにして、狙いをそらす作戦に出た。
「チョロチョロと小癪な‥‥」
突然湾曲空間の一つからレーザーのように光が放出される。
だが、その一発はマチュアとは全く違う位置に飛んで行った。
「これで少しはなんとかなるか?」
――キィィィィィィン
そんな事を考えていた時。
突然全ての湾曲空間から、無数のレーザーが一斉に放出された。
「チイッ!! 相手が光ならっ」
すかさず魔力で鏡の盾を作り出すマチュア。
いくつかのレーザーは躱したものの、一つはマチュアに直撃しそうになる。
――ガキィィィィツ
その一撃をイージスで受け止めて角度をつけて弾くが、レーザーの放出は収まらず、徐々に盾が溶け始める。
「やばっ!!」
慌てて鏡角度をさらにつけてから高速で離れるマチュア。
その直後、鏡がヂュッと溶け落ちた。
そしてレーザーも収まると、クロウカシスはニヤニヤと笑っている。
「ほう。まだ生きているとは大したものだな。では、次は貴様の攻撃を見させてもらおう」
明らかに余裕のクロウカシス。
「あ、えーっと‥‥」
そこまで余裕を見せられると、マチュアでも動揺する。
切り札で隠してあった『ザンジバル』も、賢者では振う事ができない。
暗黒騎士になって一か八かの勝負に出るしかないが、回復魔法が使えなくなるので最初に掛けた回復魔法に頼るしかない。
「飛翔はエンチャントだから維持されるか。なら!!」
一気に暗黒騎士に換装して、クロウカシスに向かって飛んでいく。
「これでもまだ余裕があるというのかなっ」
すかさずザンジバルを横一閃に振り回すマチュア。
すると刀身から真紅の刃が放出され、クロウカシスの右腕に直撃した。
――ズバァァァァァァァム
一撃で鱗を破壊し、内部の筋組織までズタズタに切り裂く。
だが切断まではいかない。
「グウォォォォォォォォッ。竜殺しの大剣まで使うか。ならばこれ以上の戯れは無用だな」
そう呟くクロウカシスの表情から余裕が消えた。
「あー、これは死亡フラグかな‥‥」
そう呟くと、マチュアは周囲を素早く飛び回り、的を絞らせない作戦に出る。
「まあそうなるか。だが、これならどうかな?」
飛行しているマチュアの周囲に、クロウカシスが次々と魔法陣を展開する。
やがて全ての魔法陣が消えたかと思うと、マチュアの前方に突然現れた!!
――パリーン
速度を落としきれず魔法陣に激突したマチュアだが、とくにダメージはない。
だが、付与してあった魔術が一つ消滅しているのである。
「ディスペルかよっ。しかも完全蘇生消すかぁ?」
これは痛い。
一番消えられると困る保険が消滅した。
「まだまだだよ‥‥」
クロウカシスが笑いながら呟くと、マチュアとクロウカシスの二人を包むように、空中に球状の結界が施された。
「これで空間を超えて逃げることも、外から救援が来ることも出来ないだろう‥‥」
――ツツーッ
マチュアの全身に冷や汗が流れる。
この状態での勝率は‥‥ゼロ。
限りなくゼロに近いのではなくゼロなのである。
だが、そんなことは顔にも出さない。
(影にも飛べない。っていうか、空だから影がない……ポイポイさんとも通信が繋がらない……せめて無事でいてくれるといいか)
そんな事を考えていると、クロウカシスが高速でマチュアに飛び込んでくる。
――ゴウウウウウウウウウウッ
振りかざした腕がマチュアの全身に叩きつけられる。
ザンジバルを構えていなければ、マチュアはその一撃で即死であった。
剣の峰で受け止めると、再びマチュアは後ろに吹き飛ぶ。
――パリーン
吹き飛んだ先には、またしてもディスペルの魔法陣。
今度は全体増幅が消滅した。
ダメージは強回復が発動したのですぐさま治ったが、そろそろ危険な状況である。
「こうなると、ほんっとうにやばいねぃ」
暗黒騎士のスキルである暗黒闘気を全身に纏うと、マチュアは再びザンジバルで斬りかかる。
「まだ無駄な抵抗をするのか?」
突進してくるマチュアにタイミングを合わせると、今度は左腕でマチュアに殴りかかるクロウカシス。
――ズバドゴオォォォォォッ
その一撃はマチュアの勝ち。
クロウカシスの左腕を切断して、マチュアはさらに顔面にザンジバルを叩きつけた。
「ヌグゥァァァァァァ!!」
額から右目にかけてザックリと切断したが、内部まで刃は突き刺さらなかった。
――バジイッ
そして飛んでいたマチュアに突然クロウカシスの尻尾が叩き込まれ、マチュアは結界の壁に力強く叩きつけられた!!
「グハァッ」
背中から叩きつけられると、マチュアは身動き取れなくなってしまった。
――ファサッ
クロウカシスの翼が展開し、純白に輝く。
「人の子よ。此処まで私を追い込んだ事は褒めてやろう。だが、これで終わりだ」
そう告げると、クロウカシスはゆっくりと口を開く。
「まだまだですよ。切り札は最後までね‥‥」
賢者モードに換装すると、マチュアも素早く印を繋ぐ。
耐熱防御を限界まで高めた結界である。
「対ドラゴンブレス用結界か‥‥相手が悪かったと思え!!」
――キィィィィィィン‥‥ドゴオォォォォォッ
クロウカシスの口から吐き出される光の咆哮。
それはレーザーのように一直線にマチュアに飛んでいく。
「それなら躱せるやっ」
すかさず高速で横に飛ぶと、クロウカシスもその動きに合わせて頭をずらす。
――バジイィィィィィィッ
マチュアの張った対ドラゴンブレス用結界がクロウカシスのブレスを弾いている。
「まだまだぁぁぁぁぁぁっ」
さらに魔力を結界に流し込むと、マチュアは勝利を確信した。
「ドラゴンブレスを使うとドラゴンは魔力も体力も急激に落ちる。魔力がなくなっても体力さえあれ‥‥ば‥‥」
ーードロリッ……
ユックリと結界が薄くなっていく。まるで、クロウカシスのドラゴンブレスで結界が中和されているかのように。
『我が咆哮は、いかなる魔術も中和し消滅させる‥‥然らばだ』
そのクロウカシスの声が念話で届くのと、結界が消滅するのはほぼ同時。
「‥‥この野郎っっっっ」
ザンジバルを空間から引き抜くと、マチュアは残った魔力の全てをザンジバルに乗せて、クロウカシスに力一杯投げつけた!!
そして最後のあがきと、マチュアはバックから一つのオーブを取り出すと、それに魔力を込めて下に放り投げる。
だが、最後の遅発型強回復はすぐに効果を失い、マチュアの全身を溶かし始める。
「‥‥わりぃストーム‥‥あと頼むわ‥‥」
そう呟くと同時に、マチュアは跡形もなく蒸発した。
クロウカシスのディスペルブレスは、マチュアに付与されていた全ての魔術をも中和したのである。
そして跡形もなく消滅したマチュアだが、ただ殺されたわけではなかった。
――ドッゴォォォォォォォッ
「最後にこの一撃か。見事だ小さきものよ‥‥」
マチュアの放った最後のザンジバルは、クロウカシスの胴体に突き刺さると爆発した。
心臓が露わになり、内臓もあちこち破損している。
「思いはわかった。我もしばし身体を癒さねばならないか‥‥」
クロウカシスの全身がゆっくりと輝くと、海に向かって降りていく。
地上ではポイポイを始末したベネリが空から降りてくるクロウカシスを見て驚愕している。
「そ、そこまでの強敵だったのか‥」
「うむ。ベネリよ、我はしばし身体を癒さねばならない。それまでは助力できぬ故‥‥」
そう告げると、クロウカシスはユックリと羽ばたくと、海に向かって飛び込んでいった。
「あ、ああ。いま暫くは身体を休めろ。あとはお前の眷属たちがなんとかしてくれる‥‥」
そう告げると、ベネリは静かに詠唱を開始する。
そして精霊の旅路を発動すると、スッと姿を消した。
暫くすると、ベネリの消えた後に残された影から、ポイポイが姿を現した。
両脚は失ったものの、ギリギリでベネリの影に飛び込むことができたのである。
「ま、マチュア様‥‥死んじゃったっ‥‥ぽい‥‥」
その場にへたり込んでいるポイポイ。
仲間たちにこの事実を伝える方法が、今のポイポイには残されていなかった。
そして、マチュアが最後に取り出したオーブも、地上に落ちる前にスッと消えていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
バイアス連邦王都。潜入調査していたツヴァイは、突然の喪失感に動揺している。
「こ、この感覚は‥‥まさか?」
慌てて物陰に向かうと、急ぎ自身の魂のスフィアからマチュアの生体反応を確認する。
どれだけ離れていても、これでマチュアの安否は確認できるのだが、いくら調べてもマチュアの生体反応は何処にも感じられない。
「そんなバカな、魔力は?私とマチュア様をつないでいる魔力の流れは‥‥」
それも今は繋がっていない。
生体反応と魔力反応、どちらも感知することはできない。
「落ち着け私。こういう時のためのマチュア様のバックアップだ‥‥」
以前、シュトラーゼ公国でマチュアがピンチの時に手渡されたスフィア。
その一つが自動的に解放された。
マチュアとの繋がりが消えると、このスフィアは解放される。
そこに収められていたマチュアの最後の言葉。それをツヴァイは遂行しなくてはならない。
「そうですか……わかりました」
ボソッと呟くと、ツヴァイは耳のイヤリングに手を当てる。
――ピッピッ
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――ピッピッ
全ての通信を終えると、ツヴァイは静かに笑った。
「マチュア様‥‥これで良かったのですね‥‥貴方の仕事、『魂の修練』。私が代行します‥‥」
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