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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ
バイアスの章・その5 ニアマイアー炎上
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暗黒大陸・竜都ドルクナを出発した中型帆船『フレイムサーペント号』。
未だ竜族たちは、この暗黒大陸を包むように存在する『嵐の壁』を超えることが出来ない。
遥か天までとどく嵐の壁は竜族たちの飛び上がれる最高高度よりも高く、海中にはその強靭な鱗すら切り裂く水流が渦巻いている。
「さて。この船ならば、あの嵐の壁を超えることが出来るといったな。一体どうするのだ?」
竜族を代表して、『亜竜族』の族長であるバルバロと、彼の側近として選ばれた精鋭10名の亜竜族が、この嵐の壁を越えて向こうの世界へと向かうべく乗船していた。
「まもなく結界を施します。ですが、その前にこれをつけて頂きたいのですが」
船長であるデグチャレフが人数分のチョーカーを手にすると、それを亜竜族一人一人に手渡していく。
ちなみにデグチャレフの護衛騎士として乗船していたベネリも、同じものを首につけている。
当然ながら乗員全てが付けているのを、バルバロは見逃していなかった。
「これは一体なんなのだ?」
「嵐の壁を超えるためには、まずこの船全体を魔力で覆い尽くします。そして周囲の大気と同化して、結界を越えなくてはなりません」
フムフムと、バルバロと仲間たちは、そのベネリの言葉を真剣に聞いている。
「それでこれを付けるのか。判った、では全員これをつけろ。ベネリの言葉に従うのだ」
まずバルバロが付けてそう叫ぶと、他の亜竜族も次々とチョーカーを付け始める。
「ヒト族の付けるアクセサリーのような形をしているな。お前たちにも中々似合うぞ」
他の亜竜族も気に入ったのか、彼方此方でお互いを見比べている。
「さて。それでは参ります。これから船を結界で覆いますので、みなさんは船倉に降りていて下さい。上では危険ですので」
ベネリがそう話をして一行を船倉に案内する。
そこは広い空間一杯に様々な荷物が乗せられている。
そこの一角にバルバロ達は集められた。
場所が倉庫ということもあり、やや亜竜族の一同は不安や怒りで機嫌が悪い。
「では、これからみなさんを大気と同化します。少しだけ眠くなりますが、すぐに意識は戻りますのでご安心を」
ベネリはそう説明をすると、懐から魔術の術式を刻み込んである水晶球を取り出した。
「うむ、では皆の衆。嵐の壁を越えれば思うように飛べるのだ。それまでは辛抱だ」
──キィィィィィィィッ
そっとベネリが水晶球に魔力を注ぐ。
ゆっくりと水晶球が点滅を始めると、亜竜族達の意識がどんどんと薄れていく。
「バルバロ様、これは……意識が……」
「うむ。じゃが心配ない。これさえ越えれば……」
一人、またひとりと意識を失う亜竜族。
正確には強制催眠状態となり、自我の全てを失っていくのである。
だが、バルバロだけは最後まで意識を保っていた。
「仲間たちは皆……眠って…いるのか……」
「ああ。あと少しの辛抱だ。バルバロ殿も意識を閉じて下さい」
「うむ……では後は任せる……ぞ……」
スッと意識が消えていくバルバロ。
これで全ての亜竜族が意識を失い、自我を喪失したのである。
「ベ、ベネリ様。これでもう大丈夫なのですか?」
そーっとデグチャレフが倒れている亜竜族に近づいていく。
が、それをベネリは制する。
「まだだ。これからが本番だ」
手にした水晶球にさらに魔力を注ぐ。
そしてゆっくりと魔法語で韻を紡いでいく。
どんどんと船が大きく揺れ始めるが、船を覆い隠している結界によって嵐の壁はどうにか乗り越えることが出来た。
意識を失い仮死状態になっている亜竜族には、嵐の壁は反応しなくなっていたのである。
「さて。この後はどうするかわかっているな?」
ベネリは傍らで前方を眺めているデグチャレフに問い掛ける。
すると、デグチャレフはベネリの方を向くと、ゆっくりと口を開いた。
「判っております。このまま目的地の港に上陸して、例の作戦を実行するだけですな」
「ああ。亜竜族のうち4人を使う。こいつらは制御球で自我を失っている。俺たちに対して絶対服従するように意識下に刷り込んではあるので、自在に命令できる。いいか、失敗は許されないのだからな」
「かしこまりました。全てはバイアス公の為に」
それだけを告げると、デグチャレフは船室に戻っていく。
まだ船が港に辿り着くまで時間がある。
それまでは、ゆったりとした船旅を楽しもうと考えたのである。
○ ○ ○ ○ ○
サムソン辺境王国、旧マクドガル侯爵領。
その沖合にある小島には、休眠期を終えた赤神竜の眷属達が住み着いている。
知性はそこそこにあるらしく、海を越えて人里にやってくる事はない。
その島の裏側、マクドガル領の港から見えない位置にフレイムサーペント号は停泊している。
そこから小舟を使い、デグチャレフとベネリは四人の亜竜族を引き連れて陸地へと登った。
「さて。予想以上に早かったな。此処からは陸路で目的地まで向かわなくてはならない。決して油断するなよ」
「かしこまりました。ですが、ここから目的地まではまだかなり距離があるかと思いますが」
「当然だな。何のために亜竜族を連れてきたと思っている?」
懐から制御球を取り出して魔力を込めると、ベネリは近くの亜竜族の一体を呼びつける。
「さて。貴様の名は?」
「私はラウドです。我が主人よ」
意識下にベネリに対しての絶対服従をすりこまれている亜竜族。
首のチョーカーが外されない限りは、その効果が持続するらしい。
「ならラウドよ、飛竜に変化して俺たちを運べ」
「了解しました」
丁寧な返事を返すと、ラウドは少し離れたところで翼を広げる。
──フゥゥゥゥゥッ
全身が光り輝くと、ラウドの姿はやや大きめの飛竜に変化した。
「こ、これは驚いた。まさか亜竜族が飛竜に変化するなんて……」
目の前で起こった光景を、デグチャレフは信じられないような表情で見ているが。
「俺もこの目で見るまでは信じられなかったさ。さて、俺たちを乗せて飛行できるか?」
そうラウドに問いかけると、言葉は発せなくなっているらしく、コクリと頷いた。
ならばと、ベネリはそーっとラウドの背中に乗ると、万が一のためにバッグから取り出したロープで体を固定した。
「これでよし。デグチャレフ、お前も同じようにするといい」
「わ、分かりました。では‥‥お前がいいかな?飛竜になれ!!」
近くの亜竜族に対してやや弱気に命令するデグチャレフ。
すると、ラウドと同じようにその一体も飛竜に変化する。
「おおおおお、これは良い。ベネリ殿、すべての亜竜族を使役できれば、バイアス連邦は無敵の兵力を手に入れられますぞ!!」
ワクワクしながらそうベネリに進言するデグチャレフだが。
「それが出来れば苦労はない。こいつらに付けている『使役の首飾り』は、数が大変少ない。こいつらに使っている10個以外はまだ発見されていないのだからな」
「これもスタイファーの遺産ですか。一体どれだけの魔道具が作られたのでしょうねぇ」
「知らんな。さて、そろそろ行くとするか。残りの二人も後ろについて飛んでこい!!」
ベネリが残りの2体にそう命ずると、ラウドを空高くまで飛翔させた。
──ブワサッ
「おおおおおっ、これは凄いな。デグチャレフ、我々は空を飛んでいるのだぞ」
「こ、これは後世まで語り継がれる事でしょう。では参りましょう」
「うむ。目的地までどれぐらいで辿り着くのが楽しみになってきたわ!!」
心を躍らせながら、ベネリとデグチャレフは一路、目的地である『ニアマイアー男爵領』へと飛んで行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
サムソン辺境王国ニアマイアー男爵領。
王都サムソンからもっとも遠く、カナン魔導王国と最も近い領地。
現在統治しているのはセシール・ニアマイアー・ベルナー。
シルヴィーの母親の遠縁である彼女は、早くに夫であるニアマイアー・ラグナ・マリアを失っている。
その為、夫を失ってからもケルビム老の助力によってどうにかこの男爵領を支えていた。
その夜。
突然飛来した謎の者達によって都市が襲撃を受けるまでは。
──ドンドン!!
深夜。
セシールは寝室を叩く音で目が覚めた。
「こんな夜中にどうしました?」
部屋の外にいる騎士に対して、怒る事なくやんわりと問いかける。
そして万が一のためにすぐに動けるよう、急ぎ着替えも始めると。
「突然飛竜の襲来に逢い、都市部のあちこちで火災が発生しています!! セシール様も早く避難準備を!!」
「落ち着きなさい。巡回騎士団は火災の消火に努めて下さい。そしてこの屋敷の西門を開いて、そこから避難民を誘導して下さい」
「ですが、この混雑の中で賊が屋敷に侵入してくる可能性もあります」
「お黙りなさい。この身が可愛くて民を見捨てるような事ができますか!!私も避難民の誘導に向かいます」
「せめて一人でも護衛をつけて下さい」
そうセシールに進言する騎士。
すると部屋の扉が開き、軽装ながらしっかりとした防具を身につけたセシールが出てくる。
「分かりました。では、あなたに護衛をお願いします。残りの騎士は騎士団長の元に向かい指示を仰いで下さい。私は西門に向かったと報告して下さい」
「ハッ!!」
部屋の前で待機していた騎士達が走り出す。
それと同時に、セシールと護衛の騎士も反対側の西門へと向かう。
──ゴゥゥゥゥゥッ
西門近くの扉から外に出たセシール。
その眼前に見えたのは、屋敷を取り囲む城壁の外が真っ赤に燃えている姿であった。
上空には二体の飛竜。
それが時折、口から炎を吹き出して建物を焼き払っているのである。
聞こえてくるのは炎が燃え盛る音と、逃げ惑う民の絶叫。
「は。早く門を解放して下さい!!」
そのセシールの言葉で西門の閂が外され、ゆっくりと音を立てながら門が開いていく。
門の外から熱風が侵入し、それから逃げるように大勢の民が押し寄せてきた。
「屋敷の地下に避難民のための空間があります。そこに誘導しますので!!」
セシールが逃げてきた者達に話しかけると、それを聞いた騎士達が一斉に屋敷の扉をあけ放ち、人々を誘導した。
その光景を見て、人々が安全に避難しているのを確認すると、セシールはようやく落ち着く事ができた。
「何名か私についてきて下さい。街の中の逃げ遅れた人を救出に向かいます」
セシールは右手で印を組むと、自分の周囲に水の結界を張り巡らせる。
水の精霊魔術師であるセシールの力で、このニアマイアーは水の加護が与えられていた。
にも関わらず、ここまで炎が巻き上がったのである。
可能性があるとすれば、それは天空を飛んでいる飛竜の力がセシールを上まっているという事。
「三人行けます!!」
セシールの元に三人の騎士がやってくると、セシールは彼らにも水の結界を施そうとした。
──ドゴッ
だが、セシールの目の前で二人の騎士の姿が消えた。
セシールに向かって高速で飛んできた何かが、二人の騎士を串刺しにして上空へと持ち上げたのである。
「なっ!!」
「セシール様は下がって下さい! あれは何者だ!」
急いで防御陣形を取る騎士だが、一人ではセシールを守り通すことはできない。
上空で串刺しになった騎士が捨てられ、大地に落ちていく。
すると再び高速で飛んでくると、残りの一人も上空に連れ去られていく。
「ああっ、なんという事を……あなた達は一体何者なのですか!!」
ゆっくりと降りてくる亜竜族に向かってセシールが叫ぶ。
すると、亜竜族の背後から、一人の騎士が姿を現した。
「さて。はじめましてセシール・ニアマイアー・ベルナー。いえ、セシール・スタイファー」
その呼び名に、セシールは愕然とする。
古代魔導王国スタイファーの血を引く正当王家の女性。
その故郷も滅んでしまった現在、王家はほそぼそと血を後世に残し続けていたのである。
その最後の王家がセシールであり、遠縁であるシルヴイ―にもスタイファーの血はまだ強く流れている。
「な、何故その名前を知っているのですか? あなたは一体何者ですか?」
動揺しながら少しずつ下がる。
セシールを守る騎士は今は近くにはいない。
ならば、この身は自分で守るしかない。
「私はベネリと申します。スタイファーの最期の王族であるあなたに、是非お力を貸して頂きたく参上しました」
「そのためだけに、罪のない民を、この都市を焼いたというのですか!!」
「まあ、多少やり過ぎとは思いましたが、これも、大事の前の小事。ほんの瑣末な事です」
「貴方は、人の命を小事と言うのですか!!」
セシールが空中に魔法陣を作り出す。
「おおっと。いきなりそのような事をされても」
ベネリが後ろに下がり亜竜族が彼を守る体勢を取ると。
──ゴゥゥゥゥゥッ
魔法陣の中から巨大な石像がゆっくりと姿をあらわす。
古代魔法王国スタイファの技術、動く石像である。
「久しぶりねベータ。あの騎士を捉えなさい。続いてアルファっ」
そう名を呼ぶと、魔法陣の中からもう一体の石像がやってくる。
「貴方は亜竜族を捉えなさい」
その言葉に、アルファとベータと呼ばれた石像が素早く亜竜族に向かって突進する。
──ドガッ
ベータの体当たりを手にしたバックラーで受け止めると、亜竜族は手にした槍を短く持ってベータに向かって突き刺す。
──ガギイィン
だが、槍の一撃はベータの身体に弾かれ、傷一つつけられない。
それどころか、その剛腕で亜竜族は押さえつけられ、腰を中心に鯖折り状態となってしまう。
──ギリッ……キリリッ
ベータの腕に込められた力が強くなる。
どうにか自由になっている腕で、必死にベータに攻撃を続ける亜竜だが、背中と腰からバギバギイッという音がすると、その動きが止まった。
その頃のベネリもまた窮地に落ちている。
アルファはただひたすら殴り続けているだけであるが、ベネリはずっと防戦体制のままである。
スタイファの遺産のひとつである動く石像には、魔法物品以外は傷一つつけられない。
それはある程度予測はしていたが、ベネリの持つミスリルソードでもかすり傷程度しかつけられていない。
「リビングスタチューは、使うものの魔力で幾らでも強くなるというが。此処までとは……」
どうにか楯を使って拳の直撃を躱してはいるものの、やがて体力が切れると確実に殺されてしまう。
──ガィンガィンガギィン
ドンドンと攻撃が重くなってくる。
「くそっ!!デグチャレフはどこで何をしている?早く女を抑えないかっ!!」
周囲を見渡して叫ぶベネリだが。
視界に入ったのは、腰から真っ二つに千切れた亜竜族と、その返り血を浴びて真っ赤になった石像がこちらにやってくる光景であった。
「くそっくそっくそがぁぁぁ。こんな事があってたまるかぁ!!誰でもいい、力を貸してくれ!!」
悲痛な叫びが周囲に響くのと、アルファとベータの動きが止まるのはほぼ同時であった。
──ゴトゴトッ……シュウゥゥゥゥッ
石の肉体が輝きを失い、そして塵のように散っていくアルファとベータ。
一体何が起こったのかとベネリが周囲を見渡すと、ぐったりと意識を失っているセシールを抱き抱えているカーマインの姿があった。
「き、貴様か……助けるならもっと早く助けろ!!」
「別に、貴方とそういう契約をしているわけではなかったので。けれど、先程契約が完了したので助けてみただけですわ」
クスクスと笑いながら告げるカーマイン。
「そうか。それは済まない、で、代償はなんだ?」
「そうねぇ。この女の肉体を頂いてもよろしいかしら?」
そう問いながら、セシールの首元に舌を這わせるカーマイン。
「残念だが、それは無理だな。その女にはまだまだやってもらわないとならないから、全てが終わってからなら考えてやる」
そう話しながら、ベネリは千切れ死んだ亜竜族の体から隷属の首輪を回収すると、それをセシールの首にはめる。
──ヴァァァァン
そして制御球を発動すると、セシールを隷属化した。
「では、そろそろ帰還するとするか。デグチャレフは何処だ?」
「彼ならあっちに転がっていたわよ。頭と胴体と腰がお別れしていたけれどね」
デグチャレフは駆けつけた騎士によって惨殺されたらしい。
それなら仕方ないと、ベネリは上空で飛んでいる飛竜を呼び戻すと、セシールをラウドの体に固定してから、もう一体の飛竜に乗って燃え盛るニアマイアーから撤退した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ニアマイアー炎上から三日後。
カナン魔導王国の王都カナンに、ニアマイアーから早馬が到着した。
ボロボロになった装備を身に纏い、救援を求めるためにカナン正門に到着した騎士を、正門の護衛騎士は待機していた馬車に乗せると急ぎ王城へと向かっていく。
『ミナセ女王、ニアマイアーの使者です。かなり危険な状態ですのでお願いします』
「判りました。馬車を王城の正面にお願いします」
耳につけていた通信用水晶球を付けたイヤリングで城門からの報告に返事を返すと、ミナセ女王は王座から駆け下りて王城正門に向かって走る。
「ジョセフィーヌはすぐに治療師の手配を、ゼクスとファイズはすぐに動ける騎士を集めて待機してください」
『了解です!!』
指示を飛ばして正門に向かうと、やがて馬車が到着する。
「陛下、かなり危険な状態です」
「判りましたっ!!」
すぐさま馬車に乗り付けると、ミナセ女王は『治療(ヒール)』の魔術を施す。
全身が淡い光に包まれ、怪我が癒えていく騎士。
「もう大丈夫です。一体何があったのですか?」
「り、竜が……飛竜が街を襲撃し……セシール様が連れ去られて……」
そこで騎士は意識を失った。
『ゼクス、ツヴァイ。治療師を伴って至急ニアマイアーへ向かって下さい。怪我人の救出を第一に、もし飛竜が残っていたら迷わず殲滅して下さい』
そう指示を飛ばすと、意識を失った騎士はそのまま王城の部屋に運ぶように指示をする。
そしてミナセ女王は執務室へと向かうと、急ぎサムソンのストーム・マークⅡに連絡をする。
「こちらミナセです。マークⅡ貴方の国のニアマイアー領が飛竜の襲撃に逢いました」
『なんだと。キャスバル、ニアマイアーに早馬を送れ。騎士団一個師団と救援物資の手配もだ。ニアマイアーが飛竜の襲撃にあったらしい』
そう指示を飛ばしているマークⅡ。
その背後ではキャスバルがすぐさま行動を開始し、次々と騎士たちに指示を飛ばしているようである。
「それともう一つ。ニアマイアーのセシール様が何者かによって拉致され、どこかへ連れ去られたらしいです。相手が何者であるかはまだ不明。この案件の指示をそちらに移行します」
『了解。ニアマイアーの件はサムソンの管轄。こちらで処理をする。人道的支援だけは頼む』
「了解です。ではまた何か分かり次第連絡を入れます」
それで通信を終えると、ミナセはイングリッドにも同じ事を説明する。
「……まずはゼクスとファイズの報告を待ってから行動に入ります。管轄であるサムソンが動いたので、この後は私達が主導で動く必要はないかと思われますが」
「そうね。まずはファイズたちの報告をまちましょう。イングリッドはカナンと共に国内の様子を調べて下さい。ニアマイアー領からもっとも近いのはこのカナンです。次に此処にくる可能性も視野に入れておいて下さい」
「かしこまりました。カナン城西内外の警備を強化するよう指示を入れておきます」
「ええ。それでは……」
そこまで告げて、ミナセ女王は椅子に座って思考する。
この案件の管轄はサムソン。
ならばサムソンで行動してもらうのが一番である。
マチュアのコピーでありながら、女王としてカナンを守るように命令されているミナセ女王は、ただじっとファイズたちの報告を待つことにした。
そして、ニアマイアー領での飛竜襲撃の報告がベルナー城に入ったのは、そこから更に二日後のことであった。
未だ竜族たちは、この暗黒大陸を包むように存在する『嵐の壁』を超えることが出来ない。
遥か天までとどく嵐の壁は竜族たちの飛び上がれる最高高度よりも高く、海中にはその強靭な鱗すら切り裂く水流が渦巻いている。
「さて。この船ならば、あの嵐の壁を超えることが出来るといったな。一体どうするのだ?」
竜族を代表して、『亜竜族』の族長であるバルバロと、彼の側近として選ばれた精鋭10名の亜竜族が、この嵐の壁を越えて向こうの世界へと向かうべく乗船していた。
「まもなく結界を施します。ですが、その前にこれをつけて頂きたいのですが」
船長であるデグチャレフが人数分のチョーカーを手にすると、それを亜竜族一人一人に手渡していく。
ちなみにデグチャレフの護衛騎士として乗船していたベネリも、同じものを首につけている。
当然ながら乗員全てが付けているのを、バルバロは見逃していなかった。
「これは一体なんなのだ?」
「嵐の壁を超えるためには、まずこの船全体を魔力で覆い尽くします。そして周囲の大気と同化して、結界を越えなくてはなりません」
フムフムと、バルバロと仲間たちは、そのベネリの言葉を真剣に聞いている。
「それでこれを付けるのか。判った、では全員これをつけろ。ベネリの言葉に従うのだ」
まずバルバロが付けてそう叫ぶと、他の亜竜族も次々とチョーカーを付け始める。
「ヒト族の付けるアクセサリーのような形をしているな。お前たちにも中々似合うぞ」
他の亜竜族も気に入ったのか、彼方此方でお互いを見比べている。
「さて。それでは参ります。これから船を結界で覆いますので、みなさんは船倉に降りていて下さい。上では危険ですので」
ベネリがそう話をして一行を船倉に案内する。
そこは広い空間一杯に様々な荷物が乗せられている。
そこの一角にバルバロ達は集められた。
場所が倉庫ということもあり、やや亜竜族の一同は不安や怒りで機嫌が悪い。
「では、これからみなさんを大気と同化します。少しだけ眠くなりますが、すぐに意識は戻りますのでご安心を」
ベネリはそう説明をすると、懐から魔術の術式を刻み込んである水晶球を取り出した。
「うむ、では皆の衆。嵐の壁を越えれば思うように飛べるのだ。それまでは辛抱だ」
──キィィィィィィィッ
そっとベネリが水晶球に魔力を注ぐ。
ゆっくりと水晶球が点滅を始めると、亜竜族達の意識がどんどんと薄れていく。
「バルバロ様、これは……意識が……」
「うむ。じゃが心配ない。これさえ越えれば……」
一人、またひとりと意識を失う亜竜族。
正確には強制催眠状態となり、自我の全てを失っていくのである。
だが、バルバロだけは最後まで意識を保っていた。
「仲間たちは皆……眠って…いるのか……」
「ああ。あと少しの辛抱だ。バルバロ殿も意識を閉じて下さい」
「うむ……では後は任せる……ぞ……」
スッと意識が消えていくバルバロ。
これで全ての亜竜族が意識を失い、自我を喪失したのである。
「ベ、ベネリ様。これでもう大丈夫なのですか?」
そーっとデグチャレフが倒れている亜竜族に近づいていく。
が、それをベネリは制する。
「まだだ。これからが本番だ」
手にした水晶球にさらに魔力を注ぐ。
そしてゆっくりと魔法語で韻を紡いでいく。
どんどんと船が大きく揺れ始めるが、船を覆い隠している結界によって嵐の壁はどうにか乗り越えることが出来た。
意識を失い仮死状態になっている亜竜族には、嵐の壁は反応しなくなっていたのである。
「さて。この後はどうするかわかっているな?」
ベネリは傍らで前方を眺めているデグチャレフに問い掛ける。
すると、デグチャレフはベネリの方を向くと、ゆっくりと口を開いた。
「判っております。このまま目的地の港に上陸して、例の作戦を実行するだけですな」
「ああ。亜竜族のうち4人を使う。こいつらは制御球で自我を失っている。俺たちに対して絶対服従するように意識下に刷り込んではあるので、自在に命令できる。いいか、失敗は許されないのだからな」
「かしこまりました。全てはバイアス公の為に」
それだけを告げると、デグチャレフは船室に戻っていく。
まだ船が港に辿り着くまで時間がある。
それまでは、ゆったりとした船旅を楽しもうと考えたのである。
○ ○ ○ ○ ○
サムソン辺境王国、旧マクドガル侯爵領。
その沖合にある小島には、休眠期を終えた赤神竜の眷属達が住み着いている。
知性はそこそこにあるらしく、海を越えて人里にやってくる事はない。
その島の裏側、マクドガル領の港から見えない位置にフレイムサーペント号は停泊している。
そこから小舟を使い、デグチャレフとベネリは四人の亜竜族を引き連れて陸地へと登った。
「さて。予想以上に早かったな。此処からは陸路で目的地まで向かわなくてはならない。決して油断するなよ」
「かしこまりました。ですが、ここから目的地まではまだかなり距離があるかと思いますが」
「当然だな。何のために亜竜族を連れてきたと思っている?」
懐から制御球を取り出して魔力を込めると、ベネリは近くの亜竜族の一体を呼びつける。
「さて。貴様の名は?」
「私はラウドです。我が主人よ」
意識下にベネリに対しての絶対服従をすりこまれている亜竜族。
首のチョーカーが外されない限りは、その効果が持続するらしい。
「ならラウドよ、飛竜に変化して俺たちを運べ」
「了解しました」
丁寧な返事を返すと、ラウドは少し離れたところで翼を広げる。
──フゥゥゥゥゥッ
全身が光り輝くと、ラウドの姿はやや大きめの飛竜に変化した。
「こ、これは驚いた。まさか亜竜族が飛竜に変化するなんて……」
目の前で起こった光景を、デグチャレフは信じられないような表情で見ているが。
「俺もこの目で見るまでは信じられなかったさ。さて、俺たちを乗せて飛行できるか?」
そうラウドに問いかけると、言葉は発せなくなっているらしく、コクリと頷いた。
ならばと、ベネリはそーっとラウドの背中に乗ると、万が一のためにバッグから取り出したロープで体を固定した。
「これでよし。デグチャレフ、お前も同じようにするといい」
「わ、分かりました。では‥‥お前がいいかな?飛竜になれ!!」
近くの亜竜族に対してやや弱気に命令するデグチャレフ。
すると、ラウドと同じようにその一体も飛竜に変化する。
「おおおおお、これは良い。ベネリ殿、すべての亜竜族を使役できれば、バイアス連邦は無敵の兵力を手に入れられますぞ!!」
ワクワクしながらそうベネリに進言するデグチャレフだが。
「それが出来れば苦労はない。こいつらに付けている『使役の首飾り』は、数が大変少ない。こいつらに使っている10個以外はまだ発見されていないのだからな」
「これもスタイファーの遺産ですか。一体どれだけの魔道具が作られたのでしょうねぇ」
「知らんな。さて、そろそろ行くとするか。残りの二人も後ろについて飛んでこい!!」
ベネリが残りの2体にそう命ずると、ラウドを空高くまで飛翔させた。
──ブワサッ
「おおおおおっ、これは凄いな。デグチャレフ、我々は空を飛んでいるのだぞ」
「こ、これは後世まで語り継がれる事でしょう。では参りましょう」
「うむ。目的地までどれぐらいで辿り着くのが楽しみになってきたわ!!」
心を躍らせながら、ベネリとデグチャレフは一路、目的地である『ニアマイアー男爵領』へと飛んで行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
サムソン辺境王国ニアマイアー男爵領。
王都サムソンからもっとも遠く、カナン魔導王国と最も近い領地。
現在統治しているのはセシール・ニアマイアー・ベルナー。
シルヴィーの母親の遠縁である彼女は、早くに夫であるニアマイアー・ラグナ・マリアを失っている。
その為、夫を失ってからもケルビム老の助力によってどうにかこの男爵領を支えていた。
その夜。
突然飛来した謎の者達によって都市が襲撃を受けるまでは。
──ドンドン!!
深夜。
セシールは寝室を叩く音で目が覚めた。
「こんな夜中にどうしました?」
部屋の外にいる騎士に対して、怒る事なくやんわりと問いかける。
そして万が一のためにすぐに動けるよう、急ぎ着替えも始めると。
「突然飛竜の襲来に逢い、都市部のあちこちで火災が発生しています!! セシール様も早く避難準備を!!」
「落ち着きなさい。巡回騎士団は火災の消火に努めて下さい。そしてこの屋敷の西門を開いて、そこから避難民を誘導して下さい」
「ですが、この混雑の中で賊が屋敷に侵入してくる可能性もあります」
「お黙りなさい。この身が可愛くて民を見捨てるような事ができますか!!私も避難民の誘導に向かいます」
「せめて一人でも護衛をつけて下さい」
そうセシールに進言する騎士。
すると部屋の扉が開き、軽装ながらしっかりとした防具を身につけたセシールが出てくる。
「分かりました。では、あなたに護衛をお願いします。残りの騎士は騎士団長の元に向かい指示を仰いで下さい。私は西門に向かったと報告して下さい」
「ハッ!!」
部屋の前で待機していた騎士達が走り出す。
それと同時に、セシールと護衛の騎士も反対側の西門へと向かう。
──ゴゥゥゥゥゥッ
西門近くの扉から外に出たセシール。
その眼前に見えたのは、屋敷を取り囲む城壁の外が真っ赤に燃えている姿であった。
上空には二体の飛竜。
それが時折、口から炎を吹き出して建物を焼き払っているのである。
聞こえてくるのは炎が燃え盛る音と、逃げ惑う民の絶叫。
「は。早く門を解放して下さい!!」
そのセシールの言葉で西門の閂が外され、ゆっくりと音を立てながら門が開いていく。
門の外から熱風が侵入し、それから逃げるように大勢の民が押し寄せてきた。
「屋敷の地下に避難民のための空間があります。そこに誘導しますので!!」
セシールが逃げてきた者達に話しかけると、それを聞いた騎士達が一斉に屋敷の扉をあけ放ち、人々を誘導した。
その光景を見て、人々が安全に避難しているのを確認すると、セシールはようやく落ち着く事ができた。
「何名か私についてきて下さい。街の中の逃げ遅れた人を救出に向かいます」
セシールは右手で印を組むと、自分の周囲に水の結界を張り巡らせる。
水の精霊魔術師であるセシールの力で、このニアマイアーは水の加護が与えられていた。
にも関わらず、ここまで炎が巻き上がったのである。
可能性があるとすれば、それは天空を飛んでいる飛竜の力がセシールを上まっているという事。
「三人行けます!!」
セシールの元に三人の騎士がやってくると、セシールは彼らにも水の結界を施そうとした。
──ドゴッ
だが、セシールの目の前で二人の騎士の姿が消えた。
セシールに向かって高速で飛んできた何かが、二人の騎士を串刺しにして上空へと持ち上げたのである。
「なっ!!」
「セシール様は下がって下さい! あれは何者だ!」
急いで防御陣形を取る騎士だが、一人ではセシールを守り通すことはできない。
上空で串刺しになった騎士が捨てられ、大地に落ちていく。
すると再び高速で飛んでくると、残りの一人も上空に連れ去られていく。
「ああっ、なんという事を……あなた達は一体何者なのですか!!」
ゆっくりと降りてくる亜竜族に向かってセシールが叫ぶ。
すると、亜竜族の背後から、一人の騎士が姿を現した。
「さて。はじめましてセシール・ニアマイアー・ベルナー。いえ、セシール・スタイファー」
その呼び名に、セシールは愕然とする。
古代魔導王国スタイファーの血を引く正当王家の女性。
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「な、何故その名前を知っているのですか? あなたは一体何者ですか?」
動揺しながら少しずつ下がる。
セシールを守る騎士は今は近くにはいない。
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「そのためだけに、罪のない民を、この都市を焼いたというのですか!!」
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セシールが空中に魔法陣を作り出す。
「おおっと。いきなりそのような事をされても」
ベネリが後ろに下がり亜竜族が彼を守る体勢を取ると。
──ゴゥゥゥゥゥッ
魔法陣の中から巨大な石像がゆっくりと姿をあらわす。
古代魔法王国スタイファの技術、動く石像である。
「久しぶりねベータ。あの騎士を捉えなさい。続いてアルファっ」
そう名を呼ぶと、魔法陣の中からもう一体の石像がやってくる。
「貴方は亜竜族を捉えなさい」
その言葉に、アルファとベータと呼ばれた石像が素早く亜竜族に向かって突進する。
──ドガッ
ベータの体当たりを手にしたバックラーで受け止めると、亜竜族は手にした槍を短く持ってベータに向かって突き刺す。
──ガギイィン
だが、槍の一撃はベータの身体に弾かれ、傷一つつけられない。
それどころか、その剛腕で亜竜族は押さえつけられ、腰を中心に鯖折り状態となってしまう。
──ギリッ……キリリッ
ベータの腕に込められた力が強くなる。
どうにか自由になっている腕で、必死にベータに攻撃を続ける亜竜だが、背中と腰からバギバギイッという音がすると、その動きが止まった。
その頃のベネリもまた窮地に落ちている。
アルファはただひたすら殴り続けているだけであるが、ベネリはずっと防戦体制のままである。
スタイファの遺産のひとつである動く石像には、魔法物品以外は傷一つつけられない。
それはある程度予測はしていたが、ベネリの持つミスリルソードでもかすり傷程度しかつけられていない。
「リビングスタチューは、使うものの魔力で幾らでも強くなるというが。此処までとは……」
どうにか楯を使って拳の直撃を躱してはいるものの、やがて体力が切れると確実に殺されてしまう。
──ガィンガィンガギィン
ドンドンと攻撃が重くなってくる。
「くそっ!!デグチャレフはどこで何をしている?早く女を抑えないかっ!!」
周囲を見渡して叫ぶベネリだが。
視界に入ったのは、腰から真っ二つに千切れた亜竜族と、その返り血を浴びて真っ赤になった石像がこちらにやってくる光景であった。
「くそっくそっくそがぁぁぁ。こんな事があってたまるかぁ!!誰でもいい、力を貸してくれ!!」
悲痛な叫びが周囲に響くのと、アルファとベータの動きが止まるのはほぼ同時であった。
──ゴトゴトッ……シュウゥゥゥゥッ
石の肉体が輝きを失い、そして塵のように散っていくアルファとベータ。
一体何が起こったのかとベネリが周囲を見渡すと、ぐったりと意識を失っているセシールを抱き抱えているカーマインの姿があった。
「き、貴様か……助けるならもっと早く助けろ!!」
「別に、貴方とそういう契約をしているわけではなかったので。けれど、先程契約が完了したので助けてみただけですわ」
クスクスと笑いながら告げるカーマイン。
「そうか。それは済まない、で、代償はなんだ?」
「そうねぇ。この女の肉体を頂いてもよろしいかしら?」
そう問いながら、セシールの首元に舌を這わせるカーマイン。
「残念だが、それは無理だな。その女にはまだまだやってもらわないとならないから、全てが終わってからなら考えてやる」
そう話しながら、ベネリは千切れ死んだ亜竜族の体から隷属の首輪を回収すると、それをセシールの首にはめる。
──ヴァァァァン
そして制御球を発動すると、セシールを隷属化した。
「では、そろそろ帰還するとするか。デグチャレフは何処だ?」
「彼ならあっちに転がっていたわよ。頭と胴体と腰がお別れしていたけれどね」
デグチャレフは駆けつけた騎士によって惨殺されたらしい。
それなら仕方ないと、ベネリは上空で飛んでいる飛竜を呼び戻すと、セシールをラウドの体に固定してから、もう一体の飛竜に乗って燃え盛るニアマイアーから撤退した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ニアマイアー炎上から三日後。
カナン魔導王国の王都カナンに、ニアマイアーから早馬が到着した。
ボロボロになった装備を身に纏い、救援を求めるためにカナン正門に到着した騎士を、正門の護衛騎士は待機していた馬車に乗せると急ぎ王城へと向かっていく。
『ミナセ女王、ニアマイアーの使者です。かなり危険な状態ですのでお願いします』
「判りました。馬車を王城の正面にお願いします」
耳につけていた通信用水晶球を付けたイヤリングで城門からの報告に返事を返すと、ミナセ女王は王座から駆け下りて王城正門に向かって走る。
「ジョセフィーヌはすぐに治療師の手配を、ゼクスとファイズはすぐに動ける騎士を集めて待機してください」
『了解です!!』
指示を飛ばして正門に向かうと、やがて馬車が到着する。
「陛下、かなり危険な状態です」
「判りましたっ!!」
すぐさま馬車に乗り付けると、ミナセ女王は『治療(ヒール)』の魔術を施す。
全身が淡い光に包まれ、怪我が癒えていく騎士。
「もう大丈夫です。一体何があったのですか?」
「り、竜が……飛竜が街を襲撃し……セシール様が連れ去られて……」
そこで騎士は意識を失った。
『ゼクス、ツヴァイ。治療師を伴って至急ニアマイアーへ向かって下さい。怪我人の救出を第一に、もし飛竜が残っていたら迷わず殲滅して下さい』
そう指示を飛ばすと、意識を失った騎士はそのまま王城の部屋に運ぶように指示をする。
そしてミナセ女王は執務室へと向かうと、急ぎサムソンのストーム・マークⅡに連絡をする。
「こちらミナセです。マークⅡ貴方の国のニアマイアー領が飛竜の襲撃に逢いました」
『なんだと。キャスバル、ニアマイアーに早馬を送れ。騎士団一個師団と救援物資の手配もだ。ニアマイアーが飛竜の襲撃にあったらしい』
そう指示を飛ばしているマークⅡ。
その背後ではキャスバルがすぐさま行動を開始し、次々と騎士たちに指示を飛ばしているようである。
「それともう一つ。ニアマイアーのセシール様が何者かによって拉致され、どこかへ連れ去られたらしいです。相手が何者であるかはまだ不明。この案件の指示をそちらに移行します」
『了解。ニアマイアーの件はサムソンの管轄。こちらで処理をする。人道的支援だけは頼む』
「了解です。ではまた何か分かり次第連絡を入れます」
それで通信を終えると、ミナセはイングリッドにも同じ事を説明する。
「……まずはゼクスとファイズの報告を待ってから行動に入ります。管轄であるサムソンが動いたので、この後は私達が主導で動く必要はないかと思われますが」
「そうね。まずはファイズたちの報告をまちましょう。イングリッドはカナンと共に国内の様子を調べて下さい。ニアマイアー領からもっとも近いのはこのカナンです。次に此処にくる可能性も視野に入れておいて下さい」
「かしこまりました。カナン城西内外の警備を強化するよう指示を入れておきます」
「ええ。それでは……」
そこまで告げて、ミナセ女王は椅子に座って思考する。
この案件の管轄はサムソン。
ならばサムソンで行動してもらうのが一番である。
マチュアのコピーでありながら、女王としてカナンを守るように命令されているミナセ女王は、ただじっとファイズたちの報告を待つことにした。
そして、ニアマイアー領での飛竜襲撃の報告がベルナー城に入ったのは、そこから更に二日後のことであった。
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