異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ

バイアスの章・その2 どうして楽しい学院生活

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 目立たない。
 それがまず第一条件。
 ならばとマチュアは切り札を使う事にした。

 まずは、掌の中に魂の護符(プレート)を取り出す。
「アバターチェンジ。種族は人間で、外見はこのままの状態に少し弄って‥‥よし、これをロック、アバター名は『マチュア・ロイシィ』で登録と」
 シュミッツ城地下の転移門ゲート近くで、マチュアは魔術による見えない椅子を作り出す。
 アーカムの作った魔術だが、この前どさくさに紛れていくつか術式もコピーしたのである。
「設定はカナン魔導王国王都在住の準男爵の家系で‥‥これで良いかな?」

 アバターの変更で|魂の護符『プレート》まで変化するのはエンジの時に理解している。
 ならばと新しいアバターを登録したが、やはり魂の護符プレートも変化している。
 もっとも、冒険者カードはトリックスターのままだが、これはこれで良しとする。

「これでおっけ。では行くとしますか」
 外見的には完全に初期装備。
 実際は中級クラスの装備だが、見た目が初期装備の方がかっこいいので外見だけ初期装備に変更してある。
 コン、とねじ曲がった枝を削った杖を突くと、マチュアは地上に向かって歩いて行く。
 そして外に出て行くと、真っ直ぐにバイアス連邦に向かう馬車を探し、暫しのどかな馬車の旅を満喫することにした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 シュミッツ王国領を出て10日もすると、バイアス連邦の辺境都市までたどり着く。
 そこからさらに一週間で、今回の目的地である魔導学院のある魔導都市ベルファーレに到着した。
 ここから王都まではさらに馬車で5日だが、まだそこには向かう必要はないと判断。
「ファァォァァッ、もう座りっぱなしで腰が痛いわ!!」
 馬車から降りて体を伸ばすマチュア。

――サワッ
 突然誰かがマチュアのお尻を撫で上げた。
「ヒッ!!な、なんだぁ!!」
 慌てて両手で尻をカバーすると、後ろから男たちの声が聞こえてくる。
「腰が痛いのなら俺たちが揉んでやろうか?」
「どっかの旅人か?なら俺たちが色々と教えてやるぜ」
「手取り足取り、腰も取ってなぁ!! はっはっは」
 下品な笑いをしながら、お揃いのローブを着た男たちが話しかけてくるが。

――スバァァォァン
 マチュアは尻を触った男の顔面に、鋭い回し蹴りを叩き込んだ。
「どこのチンピラか知らないけど、人の尻を触るのならそれなりの代価を払って貰いましょうかねぇ」
「チ、チンピラってなんだ?」
「なんだこの女っ、やっちまぇ!!」
「よくも相棒を、袋にしちまえっっ」
 鼻血を流しながら叫ぶ男だが。
 マチュアが再び構え直して、空中に何度か蹴りと拳を叩き込んで脅す。すると三人ともその場にヘタリ込んでしまった。
「ま、まあ待ってくれ。こう見えても俺の親父はこの街の貴族院の議員だ。俺に手を出したら、お前はこの街ではどうなるか」

――ゴキゴキッ
 拳を鳴らしながらマチュアが鼻血男に近づく。
「まあ、偉いのはあんたの親父で、あんたは偉くない。分かるかな?」
「そ、そんな事を言ったって!!」
 その途端、いつの間にかマチュアの背後に回り込んだ別の男が、呪文の詠唱を開始した。
「大地の妖精テヘランよ、あの女の足を封じろ!!」
「無駄よっ!! 反射の魔楯リフレクターっ!!」
 男の詠唱よりもマチュアのカウンター魔術の方が早い。
 中級程度の魔術なら反射してしまう楯を生み出すと、マチュアに向けられた魔術は全て男に返された。

――シュルルルルッ
 男の足元から幾重にも植物の蔓が伸び、男を拘束する。
 そしてもう一人の男を見ると、マチュアは指をさしてコイコイと相手を挑発する。
「ふ、ふざけるなっ。我が魔力を持って現界に顕現せよ。其は力の矢なり。かの敵を貫く矢となりて、あの女をぶっ飛ばせ!!」
 初期魔術の理力の矢フォースアローが発動する。
 それは男の正面に一本だけ浮かび上がると、マチュアに向かって飛んで行く。
「はいはい。理力の矢フォースアロー
 素早くマチュアも反応して理力の矢を周囲に10本ほど生み出すと、その中の一本だけで矢を破壊した。
「そ、そんな。嘘だろう?」
 動揺してへたり込む男たち。
 するとマチュアは全ての矢を消すと、男たちに一言。
「女の尻を追いかけている時間があったら、魔力の練り込みと詠唱による安定化をもっと学びなさい。自己流の詠唱は精密性を欠き、安定度が下がるぐらいわからないの?」

 そう言われた途端、男たちは這々の体でその場から逃げ出す。
――パチパチパチパチッ
 と、いつのまにか周囲にはギャラリーが溢れ、マチュアに拍手している。
「よくやった。あのボンクラどもをあそこまで追い詰めるなんて」
「スッキリしたよ。あいつら、親の威光をかさにして偉そうだったからなぁ」
 そんな声が聞こえてくるので、マチュアは慌てて周囲に頭を下げる。
「あ、どもども。私魔導学院に行きたいのですが、どこにありますか?」
「それなら中央通りを真っ直ぐ行った先の建物だよ」
「今からそっち行くから乗りなよ。荷台で構わないならな」
 そう説明してくれた野菜売りの商人の好意に甘えて、マチュアは大量のカボチャやジャガイモと一緒に魔導学院へと向かった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 魔導学院に到着したマチュアは、入り口に立っていた警備員に話を通し、そのまま学院長の部屋まで案内された。
 そこにはエルフの老紳士が待っており、マチュアを歓迎してくれた。
「ようこそ魔導学院へ。私はこの魔導学院の学院長を務めているケネスといいます。早速ですが推薦状か紹介状はありますか?それと冒険者カードか魂の護符プレートを見せていただきたいのですが」
 執務机の向こうに座っているエルフが簡単な自己紹介をすると、マチュアも冒険者カードを差し出して挨拶する。
「カナン魔導王国のマチュア・ロイシィです。こちらは私の師匠であるヤミクモ導師の推薦状です」
 それを手に取って確認するケネス。
「成る程。失礼ですが魂の護符プレートも見せて頂けますか?」
「はぁ、構いませんが」
 ケネスの目の前で魂の護符プレートを作り出すと、それを提示した。
「ほうほう、カナン魔導王国で準男爵の家系ですか。これは失礼を」
「よろしいですか?」
「ええ。あなたの身分も確認できましたので。カナンでマチュアという名前ですから、てっきり白銀の賢者マチュアがやって来たと思いましたよ。では、この後でテストを受けて頂きます。簡単なテストですから問題はないと思いますよ」
 その言葉に心底から動揺するマチュア。

(あー危なかったぁ。もう警戒されているじゃないですか。シュミッツめ、後で覚えてろよ)

 そんな事を考えていると、コンコンと扉をノックする音がした。
「失礼します。ケネス学院長、この子が特別編入希望の子ですか?」
「そうだ。此方はホーリックス魔導教官、貴方の試験を行う試験官です」
「マチュアです。宜しくお願いします」
「ほう。あの魔導女王と同じ名前とはな。魔力はどれぐらいのものか楽しみですな。丁度午後の授業もありますから、そこで一緒に授業を受けてもらって才覚を見てみましょう」
「はい」
「よろしい。では此方へどうぞ。試験の報告は後ほど」
 そう告げてから、ホーリックスはマチュアを連れて実験室のような講義室にやってきた。

 30名ほどの同じローブを着た生徒が、六人ずつ一つのテーブルについている。
 よく見るとローブの色も若干濃さが違うし、肩口と背中の刺繍も違っている。
「教官、その方はどなたですか?」
「マチュアさんという特別編入生だ。この授業を受けてもらい、それから編入試験を行う。では早速だが本日の授業を行う‥‥マチュアさんは、そこの席にどうぞ」

 手近の席に座るマチュア。
 とりあえずはテーブルの生徒たちに軽く会釈をすると、となりのテーブルに座っていた男たちがマチュアを睨みつけているのに気がついた。

(おや?何処かで‥‥あ、さっきの痴漢さんたちだ)

 あえて見て見ぬ振り。
 そのまま授業が始まると、その日は初級魔術である『光』についての話である。
 魔力によって光を集め、それでさまざまな事象を起こすという魔術の基本。
「あ~、たしかに基本だわ。これが出来ないならば学院に入ることもできないわね~」
 そんな事を呟いていると、黒板には基本となる術式が書き込まれていた。
「では、各自秘薬を用いて光の玉を作ってみたまえ」
 ホーリックスがそう説明すると、生徒たちは身につけていた袋や小箱からいくつかの秘薬を取り出した。
「はへ?秘薬?」
 呆然としているマチュアに、隣の生徒が問いかける。
「魔法を使うのだから、秘薬は当然持っているでしょ?」
 そう問いかけられて、身近な魔法使いたちを思い出す。

 精霊魔術は元素を、一般魔術は秘薬か触媒が必要。
 たしかにメレアやミスト、ズブロッカも腰に秘薬袋を下げていた。
 彼女たちほどのレベルなら、袋から出さずとも身につけているだけで勝手に消費されるらしい。

「あ~ないわ~。秘薬ないわ~」
 そう呟いていると、隣のテーブルからさっきの痴漢男がそっと布に包まれた何かを手渡してくる。
『ほら、これ使えよ』
 そう告げていたので、マチュアは手渡された包みを開く。

(絶対に違うよなぁ)

 瞬時に光の玉を作るのに必要な秘薬を思い出すと、目の前に並んでいる手渡された秘薬と比較する。
 あちこちの席からもクスクスと笑う声がした。
「さて、マチュア君はまだかな?」
 一つ一つのテーブルを回って評価しているホーリックスが、マチュアの元までやってきた。
「秘薬を忘れたので、簡易でやりますね」

 そう告げてから、指先に魔力を集めると空中に魔法陣を書く。
 そこからマチュアは光の玉を生み出した。
 その光景を見ていた生徒たちは驚きの表情である。

「ほう。詠唱の簡略化と必要秘薬を魔障で補うか。かなり高等な技術だね」
 だが、ホーリックスは驚く事なくそう説明した。
 その回答が完璧なので、マチュアが逆に驚いていた。
「は、はへ?」
「学校では教えない実践魔術か。理論は分かっているが、私にもそれは不可能だからな。導師資格を持つ魔術師にしか伝えられていない秘儀の一つだ。興味があるものはマチュアが編入したら聞いてみたまえ」
 そう説明すると、ホーリックスは他の生徒を順番に回った。

『いきなり目立ってどうするのですか?』
(これでも優しい方だ。あんな魔法なら詠唱もいらんわ、指パッチンで出せる代物だぞ?大学生に九九を聞くようなものだ )
『その基本を学ぶ学校にいるのでしょうが、この馬鹿たれが』

 念話でツヴァイと喧嘩してから、マチュアはゆっくりと周囲に気を配る。
 隣のテーブルの痴漢男たちは、この程度は朝飯前と言いながらも光の玉の安定感がなく苦戦している。
 するとそのテーブルの隅っこに、いかにもいじめられっ子ですみたいな生徒が座っている。
 光の玉も何度も失敗しつつ、なんとか作り出していた。

「ふう。モーゼルもやっと追いつきましたか。まだ不安定なのは君が強い意志を保てないからだよ。魔術に必要なのは魔力や知識であるが、それらを纏める強靭な意志力も大切だ」
「はい。でも‥‥いえ、頑張ります」
 オドオドしているその子の近くの生徒がニヤニヤとしているところから、どうやら色々と邪魔されているらしいことは理解した。

(よしターゲット補足。しかしあの子がシルヴィーをねぇ。どう見ても政略結婚の素材よね)

 そんな事を考えながら、その授業ではあまり目立たないように努めていた。
 やがて授業が終わると、この日はこれで終了だったらしく生徒たちが次々と講義室から出て行った。
「さて、マチュア君の評価は問題ない。寧ろ他の生徒たちの良い刺激となる、学院長に報告するのでついてきたまえ」
「はい」
 軽く返事をすると、マチュアはホーリックスの後ろについて講義室を出ると真っ直ぐに学院長の元に向かった。

「‥‥成る程。それでは特別編入を許可します。構内の掲示板にはその日に行われる講義が貼られていますので、興味のある講義に参加してください」
「ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げると、ケネスは一枚の羊皮紙を取り出してマチュアに手渡す。
「その羊皮紙を持って町にある魔導商会に向かってください。入学寄付金を支払った時点で学生証を発行して貰えますので後のことは魔導商会の受け付けて聞いてください」
「わかりました。これからよろしくお願いします」
 肩から下げていたバッグに羊皮紙をしまうと、マチュアは丁寧に頭を下げて、ホーリックスと一緒に部屋からでると、ホーリックスにも頭を下げた。
「今日はありがとうございました。では、明日からよろしくお願いします」
「そうだな。今日の感じだと、基礎は飛ばして応用から始めてもいいかもな。ではまた明日な」
 マチュアの頭をボンボンと軽く撫でてから、ホーリックスも何処かへ向かう。
 そしてマチュアは街の魔導商会へ手続きに向かうことにしたが。

‥‥‥
‥‥


「おや?無事に編入試験はクリアしたのかしら?」
 学院敷地の正門横に数名の男女が立っている。
 全員が同じデザインのローブを着ているが、若干色や刺繍が異なっている。
 その中の中心人物らしい金髪縦ロールの少女が、マチュアにそう声を掛けてきたのだ。
「ええ、おかげさまで」
「それは良かったわ。私はシャルロッテ・ベルファーレ。この魔導都市の貴族院議長の娘で、魔導学院生徒会執行部副会長。貴女には特別に私の取り巻きに参加することを許してあげるわ」
 ファサッと自慢の金髪を撫で上げながらそう告げたが。
「そんなの許していただかなくて結構。では失礼します」
 面倒臭いので無視することにしたマチュア。
 まさか断られるとは思っていなかったのであろう。
 シャルロッテが慌ててマチュアを止める。
「ちょっとお待ちなさい。この私に逆らうというの?いまなら特別に許してあげるから頭を下げなさい」
「許してもらう理由がないので頭を下げません。では失礼します」
 スタスタと目の前を通り過ぎて立ち去ろうとしたが、ふと気になったので立ち止まった。
「あら?気が変わったのかしら?」
「いえ、皆さんのローブの色で気になったもので。どうして貴女だけ濃い青色に赤い刺繍なのですか?」
「なっ!!」
 その問いかけにシャルロッテは真っ赤になって無言で立ち去る。
 周囲にいた取り巻きらしい学生も、慌ててシャルロッテを追いかけていった。
「なんだありゃ?まあいいか」
 ほう呟くと、マチュアは真っ直ぐに街の魔導商会へと向かう事にした。


 ○ ○ ○ ○ ○


 街の中心にある商人ギルド。
 そこに併設するように魔導商会はあった。
 店内には大勢の生徒たちが集まっており、様々な魔道具秘薬などを眺めたり購入している。
 その奥にある受付カウンターにマチュアは向かうと、早速バッグから羊皮紙を取り出して提出した。

「ご苦労様です、確認しますね‥‥マチュア・ロイシィさん。特別編入ですね。入学寄付金をお願いしたいのですが」
「それは幾ら支払えばいいのですか?」
「金額の指定はありませんよ。学園の維持のための寄付ですので、身の丈にあった金額で構いません」

 随分とやさしいなぁと思ったが、生徒たちのためにもなるであろう。
貴族の義務である『高貴さは義務を強制する(ノブレス・オブリージュ)』を思い出して、寄付金に色を付けた。

――ジャラッ
 白金貨を10枚ほどカウンターに置くマチュア。
 その途端、奥のカウンターから店長らしき人物が飛んでくる。

「こ。これはすべて入学寄付金で?」
「少なかったですか?」
「いえいえ結講でございます。では早速手続きを。よろしくおねがいしますね」

 受付嬢に指示をすると、店長は奥に戻っていく。

「それでは学生証を作りますので、この鉄のプレートに血を一滴お願いします。貴方様の魂の資質と魔力を計算して、学園での貴方の資質を算出しますので」
「はぁ。では」

 ポタッと血を一滴垂らすと、鉄のプレートが変質しミスリルに変化する。

「シルバープレートですか‥‥あれ?」

 首を捻りながら受付嬢が困った顔で店長を呼んだ。

「あの、店長、すいませんがお願いします」
「はいはい。一体なにが‥‥ああ?」

 プレートを見た店長が動揺して、マチュアに近寄ると一言。

「こちらではなんですので、奥の私の部屋へお願いします」
「はぁ‥‥」
 コクリと頷いてマチュアは奥に向かう。

(これはごまかせないのかよー)
『そのようで、うまく丸めて下さいね』
(はいはい。目立ちたくないのが無理になったよぉ)

 そんなことをツヴァイとはなしていると、店長室に通されてソファーに座る。

「さて。このプレートはミスリルプレート。含有魔力は冒険者としてもSSSに当たります。導師クラスの資質を持っていますと判断されましたが、どうなさいますか?」
「どうと申しますと?」
 首をかしげるマチュア。
「A以上のプレートは講師資格を有します。SSSですと尚更。今の貴方でしたら講師として学院で研究することも出来るのですよ?」

 しばし考える。
 が、講師なんてなったら時間が取れなくなるのはわかっているので。

「いえ、普通に学生で。初めてなんですよ、魔導学院みたいなところで学生生活が出来るなんて」

 ワクワクしながらそう告げると。

「判りました。では、これは公開しますか?」
「非公開でお願いします」

 そのマチュアに静かに頷く店長。

「ではこれをお持ち下さい。それと、この羊皮紙を持って二階の購買部へどうぞ。学校生活に最低限必要な道具が支給されます。マチュアさんはSクラスの寄付ですので、学生寮の部屋も無料となりますので」

 ニコニコとしている店長。
 まあ、いきなり日本円で一千万も寄付されたらそうなるだろう。

「では。さっそく二階に行ってきますので」
「ええ、お気をつけて」

 そう付けられて、マチュアは部屋を出ると二階の購買部へと向かった。

 二階はまるまる学生のためのショップである。
 その一角にある受付に向かうと、マチュアは受付に店長から預かった羊皮紙を差し出す。

「これで備品の配給をお願いします」
「はい。えーーっと‥‥少々お待ち下さい」


 そう告げると、受付は奥から巨大なバッグと純白のローブを持ってきた。

「このバッグの中身が教材である魔導大全の写本と秘薬一式です。ローブには学生の身分を示す刺繍が入っていますのでご確認下さい。こちらの羊皮紙を持って、学院の中にある学生寮の受付に行くと部屋も無料で貸し与えられますのでどうぞ』 
「はぁ。では早速」

 荷物は肩からさげているラージザックに放り込み、今着ているローブを脱いで白の学生ローブに着替える。

――ザワザワッ
 そのマチュアを見ていた周囲の生徒が驚いている。

「あのー。このローブって、どういう意味があるのですか?」
「一般生徒のローブは基本黒地です。成績が下がると黒が藍色になり、やがて青色に下がります」
「白は?」
「黒の上が濃い赤色ですね。これが講師資格に準ずる色です。講師は灰色のローブに黒の刺繍、白地は導師資格保有の色です」
「ふぁ?」
「刺繍はその方の総魔力を示しますね。上から金、白、黒、青、赤となります」
「あー、なるほど。青地に赤い刺繍は?」
「試験内容によりますが、大抵は落第です。学内の定期試験のたびに成績順にローブが配布されますが、濃い赤色のローブより上は試験免除です」

 ああっ。
 もうどうしていいか分からない。

「これって着用義務ですよね?」
「学内では着用義務。学外でも可能ならば着ているといいですよ。魔導学院の生徒は街の彼方此方で優遇されていますので」

 もう、安穏とした学生生活は望めない。
 ならば開き直ろうとマチュアは考えた。

(GPS鑑定開始。はぁ‥‥普通のローブよりもちょっとだけ材質がいいローブだ)

 一般服としては上質。
 なら、このままでいいやと開き直った。

「それではありがとうございました。ではこれで」
「はい。ここの備品は全て無料ですから、足りないものはいつでもどうぞ」

 そのまま魔導商会から外に出るマチュア。

「あーもう面倒くさい。ツヴァイ代わって~」
『今更無理ですよ。もうマチュアで登録おわらせてあるのでしょ?  私は王都で調査をしてきますので、マチュアはここでモーゼルを監視してみて下さい』

 そう呟いていると、ツヴァイが影の中からスッと消えた。

「逃げられた!!」

 だがすでに時遅し。
 マチュアはそのまま学院に戻ることにした。 
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