異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第五部 暗躍する北方大陸

北方大陸の章・その11 今日はここまでにしてやる

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 ストームがツヴァイのピンチに乱入する少し前。
 マチュアとアーカムの戦いは均衡状態に突入していた。
 現在、二人は謁見室の中で一定の間合いをとって相対時している‥‥。
 実力差が均衡していることを両者ともに感じ取っているらしく、なかなか手を出せない状態が続いていた。
 
「さて、次の貴方の魔術は何が飛んでくるのかしら? 先ほども説明しましたけれど、貴方のできることは私にも全て可能。さらに魔族固有スキルも使える私には、貴方、勝ち目はないわよ?」
 勝ち誇ったような笑みを見せるアーカム。
 だが、マチュアもただでは転ばない。
「なら、これはどうかしら?」

──スッ
「「顕現せよ焔の魔人。かの者を討ち亡ぼす槍となれ!!」」

 マチュアとアーカムが同時に詠唱を開始する。
 二人の周囲に無数の『焔の槍』が生み出されると、同時に相手に向かって飛んでいく。

――ドゴドゴドゴドゴッ
 お互いの槍がぶつかり合い対消滅する。
 が、マチュアの放った槍の一つが辛うじて打ち勝ったらしく、アーカムの左腕に深々と突き刺さると一瞬で腕を炭化させた。
「ぐっ。アバロンの使徒よ、我が腕を癒したまえ」

――シュゥゥゥゥゥ
 炭化したアーカムの左腕が肩から抜け落ち、新しい腕が再生する。
 が、マチュアはその隙をも許さない。
「冥府の王ハーデスよ。我に魂を切り裂く鎌を与えよ」

――シュンッ
 一瞬で両腕の中に巨大な鎌を召喚すると、マチュアはアーカムに走っていく。
「まさかとは思ってけれど、本当にそっくりよねぇ‥‥」
「そうかしら? 力ある山羊よ、我にアマルティアの楯を貸しあたえたまえ」

――ガギィィィン
 アーカムの手の中で光の楯が生み出されたのと、マチュアの一撃が叩き込まれたのはほぼ同時。
 お互いの威力と防御魔力が均衡し、またしても鎌と楯が対消滅する。

「此処まで同じだと厄介でしかないわ。一旦体制を整えないと」
 まずは立て直しと、マチュアは窓に向かって走り出すと、素早く箒を取り出して空高く飛び上がる。
「ふぅん。魔族を舐めないでね」
 そう呟きながら、アーカムも外に飛び出すと背中から巨大な蝙蝠状の翼を生やしてマチュアを追い掛けた。

(この世界の言葉ではない事も知っているなんて。アマルティアなんて、マニアック過ぎて涙が出てくるわ)

 マチュアの脳裏にある言葉が、より濃厚になってくる。
 アーカムはマチュアたちの元々居た世界の住人ではないのか?
 そんな事を考えていると、すぐ真後ろにまでアーカムがやってきていた。
「さあ、次はどんな事をしてくれるのかしら?」
「しつっこいわ!!『風の刃』っ!!」

――ヒュヒュンッ
 高速で飛び回りながら次々と風の刃を飛ばすマチュアだが。
「ふんっ。その程度か!!」
 飛び交う風の刃を、アーカムは魔力を乗せた爪で切り裂いていく。
「ならこれはっ『爆裂弾』っ!」
 さらにマチュアの周囲に次々と焔の球体が生み出されると、高速でアーカムに向かって飛来する。
「こんな魔術に引っかかるとでも?」
 そんなことを呟きながら、アーカムは飛んでくる炎の玉を避けていく。
 が、余裕をかまして避けていると、球体のいくつかはアーカムの近くで爆発した。

――ドゴォッ
 爆風で翼が片翼吹き飛ぶが、アーカムはそれさえも瞬時に再生し体制を整える。
「爆発するタイミングまでコントロールするとはねぇ。貴女、本当に腹ただしいわね」
「それはこっちの台詞だよ。此処まで互角だと手が削れるのよねぇ」
 お互いに、次々と魔術を放つがすぐさまカウンターで相殺していく。
 暫くはその均衡した状態が続いたのだが。

――ミシッ
 マチュアの魔法の箒が戦闘の衝撃に耐えきれず、今にも折れそうなのである。
「仕方ない‥‥」
 速度を上げて再び窓に飛び込むと、箒は音を立てて崩れていく。
「ふう。危ないわ。けど、何となく対応策も見えてきたねぇ」

――ズバァァァァァッ
 アーカムも窓の中に飛び込むと、翼を閉じてマチュアに対峙した。
「今の戦いで分かったでしょう?貴女の使える魔術は、私も使えるのよ?」
 クスクスと笑いながらアーカムが告げるが、マチュアもニィッと笑った。
「本当に私と同じ魔術が使えるのねぇ。まるで私のコピーみたい。なら、これは如何かしら?」

――ダン!!
 と足踏み一つすると、マチュアの足元に巨大な魔法陣が形成される。
「グレーターデーモンの召喚印ね。出てくるのは貴方が作ったものでしょう?」

――パチィィィン
 指を鳴らしてマチュアの魔法陣を消滅させるアーカム。
「ははぁ。これは真似出来ないから消すのねぇ」
「‥‥」
 つまり、アーカムはグレーターデーモン級のゴーレムは所持していない。
 持っていないのか、それとも作れないのか。
「ならこれは如何かしら?」
 素早く両手で印を組み韻を紡ぐ。
 そして両手を上に上げて光り輝く槍のようなものを生み出すが、それもまたアーカムが指パッチンで消滅させた。
「それも知っているわよ。光の剣とかいう魔術でしょう?」
「へぇ。これまで知ったいるということは、次の私の魔術に驚くが良いわよ」
 そう告げると、マチュアの足元に魔法陣が広がる。

「黄昏よりも暗き存在もの、血の流れよりも赤き存在もの‥‥」

 元いた世界のラノベの中でも、マチュアが最も好きな小説の一つ。
 その中のヒロイン、リナ・インバースの必殺の魔術『ドラグ・スレイヴ』を詠唱したのである。
 突然マチュアの魔力が増大し、全身が赤く輝き始める。
 が、それさえもアーカムは涼しげに眺めている。

――パチィィィン
 突然マチュアの魔力が半減する。
「お馬鹿さん。増幅の護符もない貴方が、リナさんの魔法を使えるはずがないでしょう?」

 笑いながらアーカムが話すと、マチュアもニィッと笑った。
「そうね。でも確信したわよ、アーカム、貴方はこっちの世界の住人じゃないわね?」
「へぇ?何故そう思うのよ」
「最初の召喚の魔法陣を見て、貴方はとっさにグレーターデーモンと言ったわね。そこまではまあいいわ、魔族なら自分たちの世界の魔法ぐらいは理解しているでしょうからね」
 腕を組んで勝ち誇った顔のマチュア。
「そ・れ・で?」
「貴方の敗因は、私が使ったハッタリの魔法を知っていたこと。この世界には超人ロックの使う光の剣も、リナ・インバースもドラグスレイブも存在しないわよ。あっちの世界の漫画やラノベでも知らない限りは、そんな知識は得ることもできないわ」
 その言葉にはアーカムも驚く。
 アーカムにとっては、マチュアが詠唱した魔術は、自分の知識の中にいる偉大なる魔道士が使った魔術程度の認識しかなかった。

「そ、それがどうしたのよ?その程度で勝ち誇るなんて」
 焦りの表情がアーカムに見え隠れする。
「じゃあこれはどうかしら?」
 素早くホルスターの中から銃を取り出すマチュア。
 すると、アーカムはとっさに身構えて、目の前に『力の盾』を発動して防御姿勢をとる。
「ほらね。これが銃であるっていう知識がないと、そんな行動はしないわよ」

――ドゴォォォォッ
 引き金を引くと同時に、魔力の弾丸が銃口から超高速で射出される。
 そして弾丸はアーカムの『力の盾』に直撃し、一撃で破壊した。
「そ、そんな‥‥どうして?」
「そして貴方が私に勝てない理由はこれね」
 素早く間合いを詰めるマチュア。
 そのまま深く震脚すると、アーカムの腹部に向かって双掌打を浴びせた。

――バァァン
 たった一撃。
 それだけでアーカムは後方に吹き飛ばされる。

「そ、そんな、私にもその技はできる筈。たかが双掌打ごときっ!!」
 ウィンドウを展開し、修練拳術士ミスティックの技のパターンを調べるアーカム。
 そして立ち上がると、トントンとステップを踏み始める。
「さあ、もう貴方の攻撃は効かないわよ」
「賢者の次はミスティックねぇ。それじゃあ」
 マチュアの全身が黒い闘気に包まれる。
「では行くわよ」
 そうマチュアが叫ぶと同時に、素早く暗黒騎士に換装して両手剣の一撃を叩き込む。
「甘いわよっ」
 素早さが売りのミスティック。
 その一撃を左に躱して力一杯踏み込み、肘撃をマチュアに叩き込もうとしたが。

――ドサッ、ドゴォォォォッ
 振り抜いた両手剣から手を離すと、そのまま肩口からアーカムに体当たりを入れる。
 マチュアの必殺技、鉄山靠である。

「グフッ‥‥そ、そんなぁっ」
 激しく後方に吹き飛ぶと、アーカムは次の一撃を恐れて防御姿勢を取る。
 だが、マチュアはそれ以上の攻撃はしてこない。
「さてと。それじゃあ、ここから先は私の出番じゃないわよ。ストームっ!!」
 そう叫ぶと同時に、先程まで奥ゼフォンと戦っていたストームがやってくる。
「なんだ‥‥と、そういう事か。クリスティナが北方で仕事と言っていたのは、この国関係だったのか‥‥」
 アーカムの姿を見て、ストームは大体の事を悟った。

 以前クリスティナの武器を直したときに言っていた言葉。
 シュトラーゼ公国に潜入していた。
 つまり、マチュアの追いかけていた案件と何らかの関わりがあって、そしていまは囚われて身体を乗っ取られていたということである。

――ゴキッ
 拳を鳴らしながら、ストームがアーカムに近づく。
「それじゃあクリスティナの身体を返してもらうかな?」
 迫力満載でアーカムの元に向かうストーム。
「ふん。私の知識では、貴方は女性に手を出せない。そんな状態でどうするのかしら?」

――シャキーン
 素早く不動行光を引き抜くと、闘気によって刀身を形成する。
「知らないのか?俺は自分に危害を加えないならば何もしないが、敵対する者に対しては男女平等だが?」
「う、嘘でしょう?」
 冷や汗を流しながら、アーカムが頭を左右に振る。
「30秒やろう。その間に体から出ていけばよし。さもなくば、消滅させるが?」
「わ、分かったわよ。アスタロッテ、一時的に仮宿になりなさい!!」
 ゼフォンの元で控えていたアスタロッテが、アーカムの言葉にコクリと頷いてやって来る。
 そしてアーカムに手を差し出すと、さっと手を握る。

――シュゥゥゥゥゥ
 クリスティナの肉体から黒い霧が吹き出すと、アスタロッテの中に入っていく。

 やがて霧が抜け終わると、クリスティナがガクッと力尽きて倒れる。
「全く。とっととその身体も処置しないと、魂と肉体のバランスが崩れて死ぬわよ。じゃあね」
 それだけを告げると、アーカムはゼフォンの元に歩いていく。
「マチュア、これは任せるがなんとか出来るか?」
「勿論さ、怪獣モチロンさ!!」
 そう笑いながら告げると、マチュアはクリスティナの体内から魔族核を引き抜く処置を開始した。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 体力がようやく戻ってきたゼフォンは、アーカムが敗北する瞬間を目の当たりにしていた。
 やがてアスタロッテの肉体にアーカムが移っていくのを見ると、ゼフォンもゆっくりと立ち上がると、こちらにやって来るアーカムに話しかける。

「さて、これからどうする?」
「どうするもこうするもないわよ。一旦立て直しよ、あの女に負けたままなんで納得がいかないわよ」
 口惜しそうに叫ぶアーカム。
 かなり悔しかったのだろう、唇を噛み締めている。
「そうだな。俺としても負けっぱなしは性に合わない。ここは撤退の一手だ、人間などに負けたままで、おずおずと引き下がれるか!!」
 接合したばかりの腕を軽く動かしつつ、ゼフォンも頷いた。

 そんな話をしているところに、ストームとエンジツヴァイが歩いて来る。
「これでチェックメイトだ。速やかにそのおっさんの肉体も返してくれるなら、どこにでも行けばいい」
「ああ。悪いがここは引かせてもらう。アーカム、手下の体を借りるぞ」
 そう告げると、影の中から三体の黒装束が姿をあらわす。
 その中の一体に近づくと、ゼフォンは身体から黒い霧を吐き出した。
 それは黒装束の一人に纏わりつくも、スーッと体内に侵食する。
 一分もしないうちに、黒装束はゼフォンに支配されたらしい。

「まあ、仮宿としてはいいか。それじゃあ、次に会った時は容赦しない」
 ストームを指差してそう叫ぶが。
「構わん構わん。いつでもかかって来い」
「それと、約束はきっちりと守りなさいよ」
 ストームとマチュアがそう叫ぶと、アーカムは実に悔しそうな表情を見せた。
「分かってるわよ。この国からは出ていくわ」
 ゼフォンまそれにはコクリと頷いたが。
「へ?そんな約束した覚えはないけど」
 そのマチュアの言葉には、アーカムとゼフォンの二人も驚いている。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 改めてテーブルに付いたアーカムとゼフォン、そしてストームの三名。
 マチュアはと言うと、後ろの方で深淵の書庫アーカイブを発動して、アンダーソン大公の体内から魔族核を取り出す手術を行っている。

「私とゼフォンの二人は貴方達に負けたわ。なら、最初の約束通り、この国からは出ていくわよ」
 アーカムが憎々しそうに呟く。
 だが、マチュアはアンダーソンの容態を確認しながら一言。
「私が話したのは、ラグナ・マリアに手を出すのなら全力で潰すって言う事と、この国で何をしても私は干渉しないけど、人間の魔族化だけはやめて欲しいっていう二つだけ。私達が勝ったのだから、これだけは守りなさいね」
「しかしだ。それを守ったところで、俺とアーカムは既に仮宿を失った身。アンダーソン大公が俺たちを受け入れるとも思えん」
「そんなの知るか。後のことはお前達で勝手にやれ!!」
「そうそう。それと、アーカム、私に施した呪詛毒の解呪方法を教えて頂戴。でないと死ぬから」
 アンダーソンを奥の長椅子に横たわらせると、マチュアも先に戻って来る。
「今更なによ‥‥ほら、解呪のスフィアよ」
 そう話しながら、手の中に小さいスフィアを作り出す。
 それをマチュアにポン、と投げると、素早く取り込んで解読する。
「あー、成る程、こう言うことか。それじゃあ早速使って見るわ」
「ふん。とっくに解呪している癖に。何処まで嫌味ったらしいのかしら?」
 アーカムが毒づいているが、マチュアは無視。
 再び体内で解呪のスフィアを生み出すと、空間に放り込む。

(アハツェン、バックの中に解呪のスフィアが入っているから取り込んでおいて)
『了解しました』

 そうイヤリングで通信すると、マチュアも話し合いに参加する。
「さて、アンダーソン大公の意識が戻る前に撤収するわ。もう厄介ごとは御免ですからね」
 ガタッと立ち上がるアーカム。
 だが。

「此処まで国内を引っ掻き回して逃亡とはな。貴様達魔族は後始末もつけられないのか?」
 長椅子で体を起こしながら、アンダーソン大公が話しかけてきた。
「ゲェッ!!もう意識が戻ったのかよ」
「やれやれ。それでどうしますか大公。私達は貴方を操って魔族の国を作ろうとしていたのですよ?」
 ゼフォンは驚いていたが、アーカムはそれぐらいは当然だろうだ驚きもしない。
 それどころか、挑発めいたことを口ずさんでいる。

「身体を奪われても意識はしっかりとあった。殺されそうになった貴様達を許したくはない。が、その手腕を失うのも惜しい」
 何かを考えながら話を続けるアンダーソン。
「ではどうしますか?」
「そうだな。ゼフォンとアーカム、今一度この国のために私に仕えよ。さすれば、そのうち北方の小国の一つぐらいはくれてやる」
 とんでもない取引を持ちかけるアンダーソン。
「断れば?」
「好きなるがいいさ。但し、この北方大陸に安住の地はないと思え」
 それだけを告げると、アンダーソンはゼフォンとアーカムを凝視する。
 やがてゼフォンは諦めたのか。ゆっくりと口を開いた。
「いつまでもとはいかないが、暫くは手を貸してやる」
「そうねぇ。1年間、それで良ければこの国にとどまってあげますわ」
「いいだろう。なら今日より1年間は、この国に留まれ。ミナセ女王、今はこのような体で満足に礼は告げられぬ。後日改めて会見の場を設けよう」
 そこで力尽きたのか、アンダーソンは意識を失った。
「という事で、私はこれで。ストームはどうする?」
「俺か?俺はこの後は北方のカムイに向かう。約束したのでな」
「では、アンダーソン大公はお二人にお任せしますので。もし約束を破るようなことがあったら、その時は全力で潰しますので」
 そう話すと、マチュアとストームは謁見室を後にした。
 一旦自宅に戻り身体を休めるために。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


「くっそぉぉぉぉぉ。とんでもない代償だな!!」
 王城から戻ってきた翌日。
 マチュアは昼からずっと厨房で料理を作り続けている。
 助手はジョセフィーヌが勤め、エミリアはストームと食材の調達である。
 未だクリスティーヌは意識が戻らないので、二階にある寝室に横たわっている。
『ですが、ストーム殿のおかげで私は消滅せずに済みました。あの結界はとんでもないものです』
 ツヴァイの固有魔力に直接干渉する結界とは、流石のマチュアでも思いつかない。
 いくら結界無効化があっても、それを発動する魔力に干渉して発動を抑制して来るのでタチが悪い。
「そうと分かっているのなら、あんたもこっち来て手伝いなさい!!」
『は。はいっ!』
 そう叫びながらコックコートに換装すると、ツヴァイも厨房で料理を作り始めた。


――一方その頃
 一般区のとある雑貨屋で、ストームとジョセフィーヌは二人の商人と話をしていた。
「そうですか。用事は終わりましたか」
「ああ。この国で俺のやることはなくなったからな。暫くはこの国にいるけど、そのあとはサムソンまで戻るさ。スムシソヤの頼みもあるからな」
 スムシソヤと呼ばれた商人は、深々と頭を下げている。
 その。横では、一人娘のクッコロが和国から持ち帰った荷物を整理しているところであった。
「頼み事ですか」
「ああ。北方大陸の北にあるカムイという小国があるらしくてな。そこまでクッコロを護衛しないといけないんだ」
「護衛ですか。ストーム様にしてみれば随分とおとなしい依頼ですね」
「そう思うだろう?それがそうでもないらしい。まあ出発まではまだ時間があるから、何かあったら連絡をくれればいいよ」
「では、マチュア様にはそのように伝えておきますので。では失礼します」
 ジョセフィーヌは三人に挨拶すると、魔法の絨毯に乗って貴族区の屋敷へと戻っていった。

‥‥‥
‥‥


 ジョセフィーヌが帰ってから、スムシソヤ雑貨店ではストームと店主のスムシソヤ、そしてクッコロの三人が何やら話をしている。
「シュトラーゼ公国から私たちのカムイまでは、順調に進んで馬車で三十日程掛かります」
「随分と距離があるな。かなり道が険しいのか?」
「ええ。それもありますが、途中から雪道になりますので速度が落ちてしまうのですよ」
「なん‥‥だと?」
 突然ストームの表情が険しくなる。

 実はストーム、寒さは大の苦手である。
 オンラインゲームの世界でさえ、雪原や冬の天候は寒々として嫌なぐらい。

「防寒着の用意だけ頼む。それと、カムイの遺産は本当にあるのだろうな?」
「ええ。遥かな昔に封印されたカムイの遺産、『神殺しの神槍』を封じている万年氷壁が今年は僅かに溶けるのです。その時に、氷壁の中の神殿に向かう事ができます。それを神界を追放された亜神が狙っているという噂を耳にしまして」

 話によると、スムシソヤの一族は代々その氷壁を守護していた。
 だが、神槍の噂を聞きつけた周辺諸国が氷壁にある神殿を襲撃、スムシソヤの一族は追放されてしまったらしい。
 神殿を取り戻すために、スムシソヤは諸国を周り協力してくれる冒険者を探していたが、報酬のない依頼など誰も引き受けてくれず北方大陸に戻って来たらしい。
 神殿奥にある氷壁の内部に入るための結界は、スムシソヤの一族の女性しか開く事ができないため、表向きは雑貨屋という事で身を隠している。
 なお、スムシソヤという名前も身を隠すための名前であり、本当の名前はストームでさえ教えては貰っていない。

「ならば急いだ方が良いのではないか?」
「本来は急ぐべきなのでしょう。けれど、氷壁のあるカムイの北方は現在シュトラーゼ公国からの駐留軍が何も知らずに制圧しています。この国で何がおきない限りは、駐留軍が動くことはありませんから」
「シュトラーゼに何かあったら‥と」
 ストームの額に冷や汗が流れる。
 つい先ほど、何か起こしてしまったのである。
「そ、そうか。まあ、一応は急いだ方が良いかもしれないな」
 引き攣りながら笑うストーム。
 その理由がなぜなのか、スムシソヤ達はこの国で知る事になる。

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